新米提督が艦娘に着任しました――雨開の艦艇、これより提督の指揮に入ります――   作:低蓮

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そもそも艦船同士の戦闘って、駆逐艦級だといかに接近して雷撃を当てるか、に尽きると思いますし、直接の殴り合いもないので描写がどうしても少なくなってしまうんですよね……

さて、時雨のことは長々と書くくせに霈君(ちゃん?)のことは随分とあっさり書くじゃないかと思う方もいるかと思いますが、どちらかと言うとこのお話の主人公は時雨なので、問題ありません(断言

文才が足りないためにこんなものしか書くことが出来ませんが、お付き合いいただける方は今後共どうぞ宜しくお願いします


鎮守府近海編
残念だったね……(色々と


 耳に届く音、目から入る光、かすかに香る潮の匂い。

 そのすべてがとても新鮮で……狂おしいほどに懐かしくて。

 自然、その瞳には涙が浮かんできていた。

 

 

「はは……は。やっぱり、『外』は気持ちがいいね……」

 

 

 久々に浴びた外の空気。

 大きく深呼吸をすれば、潮の香りが鼻孔を擽る。

 しばらくの間、十二分に外の雰囲気を楽しんだ後、さてと今の状況について考え始めた。

 沈んだ時に傷ついていた部分はきれいさっぱり直っており、当然のことながら千切れていた右腕も元に戻っている。

 そのことを嬉しく思いながらも、根本的な所では困惑を隠しきれなかった。

 

 

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 

 あの時、深海悽艦に沈められた時雨は、確かに一度死んでいたはずだった。

 光が遠のいていくに従って意識も薄れていき、やがて完全に闇に包まれて──

 

 

 ──そして、急に意識が鮮明になった。

 傷ついた体はそのまま、動かすこともままならないで、ただ意識だけが覚醒する。

 目の前に広がるのは、何処までも孤独な深い闇。

 光さえ届かない深い海の底で、移動することも出来ずにただ闇を見つめるだけ。

 動くものさえ滅多に視界に入らず、孤独に震えるしかない中で正常な精神を保つことは難しいだろう。

 それは艦娘である時雨にもいえたことで、時間がたつにつれて着実に彼女の精神は壊れていった。

 

 

 時間の経過を知る術がないため、意識が覚醒してから何週間たったのか、或いはまだ数秒しか過ぎていないのかすらわからない。

 初めは鎮守府での出来事を思い返して何とか自分を保っていた時雨も、やがて思い出も底をつきただ虚空を眺めるしかなくなった。

 そして、そんなときに首を擡げてくるのが妬みや憎しみといった心の闇だ。

 鎮守府での楽しい出来事を思い出した後とあって、余計にそういった感情が増幅される。

 どうして自分が提督の隣に居られなくなったのか、どうして他の艦娘は今も大好きな提督と一緒にいられるのか。

 どうして、どうしてどうしてドウシテ──

 

 

 憎しみは際限なく増幅され、この世の何もかもが憎く思えてくる。

 時雨は知らなかったが、実はこれこそが深海悽艦が生み出されるメカニズムだった。

 運命を呪い、周囲を妬み、全てを憎む。

 そしてその憎悪が形を成し、深海悽艦が生まれるのだ。

 

 

 深い孤独は時雨を狂わせ、その身を深海棲艦へと変じさせようとしていた。

 端々の輪郭がぶれ、瞳の色が空色(スカイブルー)から深紅色(スカーレット)と変じる。

 沸き上がる衝動は記憶の全てを暗く染め上げ、一つ一つを塗りつぶしていく。

 鎮守府での記憶が、仲間達との記憶が、親友との記憶が──

 

 

 ──そして、一番大切な(提督との)記憶。

 

 

 憎かった、こんな海域に自分たちを送り込んだ提督が。

 妬ましかった、命を張って戦っている後方で、安全な場所から指示を出すだけの提督が。

 疎ましかった、命令調で話しかけてきた提督が。

 

 

 でも、そんな中で変わらず輝き続ける記憶もあった。

 

 

『時雨、か。知っているよ、佐世保の幸運艦だね? なに、畏まることはない。これからよろしく頼む』

 

 

 初めてあったときに、掛けてもらった言葉が。

 

 

『君達は本当に仲がいいね……いや、別に咎めているわけでなくてな。君達を見ていると、微笑ましく思えてくる』

 

 

 優しく笑いかけてくる、その笑顔が。

 

 

『怪我をしてるね、すぐに入渠してきなさい。大丈夫? いやいや、駄目だ。怪我をしたらそれを癒やす。それがルールだよ、わかったね?』

 

 

 厳しいながらも気遣ってくれる、その優しさが。

 

 

 時雨の中で、最も大切な記憶。

 どんなに侵されようとも、変わることのない不変の記憶(おもい)

 それを思い出した時、時雨の体の変化は止まっていた。

 再び深海に静寂が訪れ、変わることのない孤独が時雨を襲う。

 けれど、時雨は決意した。

 妬みや憎しみが、全て消えたわけではない。

 変わらず、他の艦娘は羨ましいとは思う。

 

 

――でも

 

 

 提督にだけは、そういった感情を向けたくなかった。

 提督だけは、裏切りたくなかった。

 最後の最後に芽生えたその感情が、時雨をかろうじて艦娘にとどめたのだった。

 

 

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 

 そして。

 またどれほどの時がたったのか、気がつけばこうして孤独から開放されて、眩しい外の光景を眺めている。

 永遠に孤独と闘いながら、深海でただ沈んでいるしか無いと諦めていただけに、どうしてまた陽の目を拝めたのか、困惑するしかなかった。

 困惑する原因は、一つだけではなかったが。

 

 

『なんだこれ、なんだこれぇ?! え、ちょま、ハアアアアアァ?! なんで海、って言うかなんで外にいるんだ?! ついさっきまで部屋にいて、それでなんか変なことが起きて……るけど、変なこと現在進行形で続いてるけど! 今、なうだけど! ってか、身体動かねぇ?! マジなんなんだよ! 何で勝手に動くんだよ?!』

 

 

 さっきから、頭のなかで誰かの声がガンガン鳴り響いている。

 言っていることの半分も理解できず、正直言ってかなり煩いのだ。

 

 

「もうちょっとボリュームを落としてくれないかな……」

 

 

 だから、抗議の意を込めてそう呟いたのだが、呟いた途端に頭のなかの声がピタリと止む。

 何故だろうと首を傾げていると、再び恐る恐ると言った体で頭のなかに声が響く。

 

 

『あー、悪い…… そんなことより、今この状況を説明してくれないか』

「残念だけど、僕にもわからないんだ」

『一体何だよ……どこの小説だよ全く……』

 

 

 時雨が正直に知らないと答えると、声の主は明らかに意気消沈した様子で呟いた。

 よくわからないが、彼――声の質からして、多分男――も今の事情を飲み込めていないようだった。

 何故声が聞こえるのに姿が見えないのか、などという質問を一度脇に置き、時雨は声に話しかけてみることにした。

 なんだかんだ言っても、久しぶりに他人と会話ができたので、すこしばかり嬉しかったのだ。

 

 

「ところで、君は誰なんだい?」

『んぁ? あぁ、俺の名前は天沼(あまぬま) (ひさめ)だ。東京住まいの大学生……だったはずだ』

「はず? なんだか曖昧だね」

『正直なにが現実なのかわからなくなってきてな……この記憶がほんものなのかも、いまいち』

「そうか、大変そうだね……取り敢えず、霈って呼ばせてもらうけど、いいかな?」

『あぁ、構わない。俺はそっちをなんて呼べばいいんだ?』

「あぁ、自己紹介がまだだったね。僕は白露型駆逐艦2番艦の時雨だよ。あのレイテ沖海戦では――って、それは今はいいよね。よろしく頼むよ」

『……ん? 駆逐艦?』

「そうだけど、艦娘(ぼくたち)を見る……というのはおかしいね、会うのは初めてかい?」

『いや、初めてっていうか……えぇ?』

 

 

 声が、狼狽しているかのごとく揺らぐ。

 本当にどうしたのだろうか、そう思って重ねて質問しようとした途端、時雨はバッ! と振り返り、ある一点を見つめた。

 その行動が気になったのか、霈が訝しげに尋ねてきた。

 

 

『お、おい。どうかしたか?』

「……深海棲艦だね。イ級の単艦なら、僕だけでも」

『おぉい、ちょっと待てぇ?!』

 

 

 まっすぐイ級に向かっていった時雨は、頭に響く声を無視して戦闘態勢に移ろうとした。

 前方のイ級もすでに時雨に気がついており、砲門を向けてきていた。

 時雨の手が、兵装を展開しようと背中の艤装に向かって伸び――

 

 

 ――空を切った(・・・・・)

 

 

「……あれ?」

 

 

 慌てて背中を見れば、背負っていたはずの艤装が見当たらない。

 まさかと思い体中を弄ってみれば、出てきた兵装は魚雷数本のみ。

 流石にこれだけでは、イ級を撃破することは難しい。

 どうしよう、つい足を止めてしまった時雨に鋭い声が飛ぶ。

 

 

『なんか聞こえたぞ?! 大丈夫かオイィ!』

 

 

 ……鋭いというより、騒がしかったが。

 しかし、その必死さに慌てて深海棲艦に目を向けてみれば、口からつきだした砲身から立て続けに発射炎(マズルフラッシュ)が瞬く。

 大量とまでは言わないが、十分に脅威となり得る量の砲弾が時雨に向けて飛んで来る。

 その初弾が時雨の至近に着弾して初めて、漸く時雨は回避行動に移ることに思考が至って、慌てて蛇行しつつイ級から距離を取り始める。

 けれど、対応が遅れたのと、時雨が反撃しないのも相まってかなりの数の砲弾が時雨の至近に着弾する。

 蛇行しているために振り切るに振り切りきれず、距離が縮まるに従って精度も増してくる。

 どんどんジリ貧になる時雨に、霈の緊迫した声が響く。

 

 

『お、おい。このままじゃいつか直撃……』

「……ッ ちょっと黙っていてくれるかな……ッ」

 

 

 回避に集中するために、霈の声を意識から締め出す。

 霈も理解はしているのか、それ以上無駄な口をきこうとはしなかった。

 

 

 時雨はただ避け続けるだけではなく、虎視眈々とタイミングを図っていた。

 蛇行することによって徐々に近づいていく彼我の距離、それを凡そなりとも目測で図る。

 そして、十分に近づいたと判断した瞬間、手にしていた魚雷をイ級に向けて全て放つ。

 真っ白な航跡がイ級へ伸びていき、そのうちの一本が直撃して大きな水柱が立つ。

 

 

「やった!」

 

 

 命中したことに思わず喜びを露わにする時雨に、再度注意の声が飛ぶ。

 

 

『おい、あいつまだ……ッ!』

 

 

 しかし、それはいささか遅すぎる注意喚起だった。

 時雨がはっと気がついた時には、最後の力を振り絞ったらしきイ級の砲門から発射炎が瞬く。

 飛来する砲弾、今から回避行動をとったところで、至近からの砲撃を避けられるはずもない。

 

 

『うわあああああああぁ?!」

 

 

 やけに大きく響く霈の叫び声を聞きながら、来るべく衝撃に思わず目を瞑る。

 直後、2つの爆発音(・・・・・・)が同時に響き、衝撃が時雨を襲う――ことはなかった。

 

 

「…………?」

 

 

 恐る恐る目を開けた時雨が見たものは、風に対して波のように揺れる藍紫色(シアンブルー)の長髪。

 腰のあたりまで伸びる長髪をストレートに流しているその人物は、時雨と然程変わらない体躯には似合わないほど長い刀を振り切った体勢で静止している。

 その後姿は時雨が惚れ惚れするほど絵になっており、やがてぎこちなく振り返った翡翠色(ジェイドグリーン)の瞳と視線が交差する。

 

 

「えっと、助けてくれたんだよね……ありがとう」

 

 

 暫く続いた沈黙に耐え切れずにそう感謝した時雨に対し、非常に聞き覚えのある、微妙にニュアンスの異なる言い回しでその女の子(・・・)は呟くのだった。

 

 

「あー、悪い…… そんなことより、今この状況を説明してくれないか」

 

 

 

 

 

 こうして、ほんとうの意味で二人は出会った。

 片や、一度沈んだ記憶を引き継いだまま生まれ変わった艦娘。

 片や、訳もわからず転生させられた冴えない大学生。

 

 

 そんな二人の邂逅は、海面に反射した己の姿に硬直した後に発せられた、可愛らしい声の悲鳴によってひとまずの幕を閉じたのだった。




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