牙狼〈GARO〉 -女神ノ調べ-   作:らいどる

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・・・・すいません。大変お待たせしました。

2か月って・・・・・遅いにも程があるでしょう、自分・・・・
筆がまったく思うように進まず、ここまでかかってしまいました。お待たせして申し訳ありませんでしたが、それではどうぞ。





第10話  法師

 

 

 

 

 

――それは、数日前の出来事だった。

 

月が雲に隠れた暗い暗い夜。とある海岸の砂浜に、一組の若い男女がいた。

服を脱ぎ捨て、一糸纏わぬ姿となった男女が絡み合うように重なっていた。

 

「ねえ……ホントにこんな所でするの?」

 

「平気平気。ここならちょうど岩陰になって道路からは見えないし、この辺りは金持ちの別荘があって地元のやつらは殆ど近づかないからさ」

 

彼らはカップルだった。

地元の人間である男と他所から来た女のカップルで、今まさに所謂男女の営みを始めようとしていたところだった。

男の言う通り、彼らのいる場所はビーチの端にある岩陰に隠れた所であり、月が雲に隠れていることも相まって通りがかりの人間がいたとしても見つかる心配はほとんどない場所にあった。

 

「それにそんなこと言ってるけど、本当はまんざらでもないんだろ?」

 

「やん♡」

 

さわり、と女の肢体を撫でる男。色っぽい声で反応したことが示すように、女もまた普段のベッドの上とは違う、大自然の中で営みをすることに言い知れぬ解放感と興奮を抱いていたのだ。

そうして彼らは一層深く絡み合い、唇を重ね、舐め、弄り合い、熱の籠った吐息と共に興奮をより高めていく。

そしてその営みは、遂に佳境を迎えようとしていた。

 

「さあ……いくよ」

 

「ん……」

 

男が女の股を大きく開き、その間に身体を埋めていく。

女は瞳を閉じ、指を色っぽく軽く咥えながらそれを受け入れていく。

受け入れて――

 

 

 

 

 

「………? ちょっと?」

 

――おかしい。

いつまで経っても、あの営み独特の身体が貫かれる感覚がやってこない。

予期せぬおあずけを喰らった女は不思議に思い、目を開け、男の方に視線を向けると――

 

 

 

 

 

 

「――――え」

 

男がいた。身体を伸ばした男が。

男がいた。一言も言葉を発しない男が。

男がいた。地面から足を浮かせている男が。

男がいた。

 

 

 

 

 

――巨大な口のようなモノに、上半身がすっぽり覆われた男が。

 

「~~~~!! ~~!!」

 

「あ……ぁ……」

 

呆然と目を見開いて見上げる女の前で、息ができずに苦しいのか露になっている下半身を使ってばたばたともがく男。

だがそれも束の間で、チュルンと吸い上げるように男の身体はその口の中へと消えていった。

そして男を飲み込んだ口――先端が口になったタコの足のようなソレが、残された女に向かってニィ――と笑うように口を吊り上げた。

 

「……ぃ、イヤアアアアアアアアアッ!!」

 

悲鳴をあげ、恐怖で抜けてしまった腰を引き摺りながら這うように逃げ出す女。

涙と砂で汚れ、肌が擦れても気にせず逃げた。気にする余裕などなかった。

殺される、喰われる――!女の中にあったのは、恐怖のみであった。

そして――

 

 

――ガシッ

 

「え?」

 

突然止まった身体、足に何かしがみついたような感覚。

恐る恐る、女が振り返ってみると――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――先端が人の手になったタコの足のようなものが、自分の足首をがっしり掴んでいた。

それに気づくと同時に、“手”が女の身体を引き摺り始めた。

“手”が現れた、海に向かって。

 

「嫌ぁぁぁぁぁぁっ!! 誰かっ、誰か助けてぇっ!!」

 

引き摺られていく中助けを求めるが、その助けが耳に入る者は誰もいない、どこにもいない。

何かに掴まろうと腕を伸ばすが、周りにあるのは砂ばかりで何も掴めない。

“手”を振り払おうと足をばたつかせるが、ビクともしない。それどころかもう一本現れた“手”がもう片足を掴み、彼女は完全に抵抗できなくなった。

そしてとうとう、女の身体が海の中に浸かりはじめた。

 

「ガボッ、たっ、たすけっ、たすガボッ」

 

打ち寄せる波が、海水が。女から言葉を、空気を、意識を奪っていく。

そうして碌な抵抗もできないまま、突如現れた“手”によって女は夜の海の中へ完全に引き摺りこまれていった。

 

それと同時に、雲に隠れていた月が顔を覗かせる。

 

 

 

 

 

 

 

月に照らされた海の中に、うっすらと赤い靄のようなものが浮かんだ。

 

 

 

これは、数日前の出来事。

 

 

 

**

 

 

 

「花火したいにゃ!」

 

「駄目です。昼間あんなに遊んだのですから練習です!」

 

――真姫の家の別荘・リビング。

その中でテーブルを挟み、意見を対立している海未と凛の姿があった。

 

きっかけは、夕食を終えてこれからどうしようかという話題になった時だった。

元気が有り余り、まだまだ遊び足りない凛が花火をしようと言い出したのだがそれに海未が待ったをかけ、練習した方がいいと言い出したのだ。

 

凛にしてみれば単純に遊びたいと思っていることに加え、折角の海での合宿なのだからみんなで花火をしたいと思ったからだ。

そして対する海未としては、本来練習をするために合宿に来たのだから、昼間遊んだ分をここで取り戻して実のある練習をしたいと思っていたのだ。

 

とは言っても他のメンバー全員が彼女たちに同意しているわけでもなく、夜が更けた今からの練習に乗り気でない者、花陽のようにお風呂に入りたいと思っている者など、微妙に考えが食い違っていた。

……ちなみに穂乃果はというと夕食を食べ終えた直後に傍にあったソファーに寝転がり、「ゆきほー、おちゃー」と妹の名を呼びながらしつこくお茶を催促するという、起きているのか寝ぼけているのかよくわからない状態であったが傍に置いておこう。

 

そんな中で、希はただ茫然と彩牙の姿を眺めていた。

他のメンバーたちと同じようにテーブルを囲んでいた彼は、意見を言い合う海未と凛を穏やかな表情で見守っていた。

そんな彼を見つめ、心あらずというような希の姿が目に入った絵里が、不思議そうに尋ねた。

 

「希、ぼーっとしてどうかしたの?」

 

「あっ……ううん、それじゃあ今日はもう寝て、練習は明日の早朝、花火は明日の夜ってことにせえへん?」

 

絵里の言葉で我に返った希がそう提案した。

 

「そっか……花火ができれば凛はそれでもいいにゃ」

 

「確かに、練習もその方が身が入るかもしれませんね」

 

希の提案に言い合いを止め、凛と海未が賛同した。

なんだかんだで誰もが疲れているこの状況で、希の提案が一番理に適っていると気づいたのだ。言い合いを止めた二人にほっと胸を撫で下ろす一同。

 

「彩牙くんもそう思わへん?」

 

「……そうだな。夜の外は危ないからな」

 

彩牙に話を振る希。

そんな彼女の姿を唯一、真姫は怪訝な表情を浮かべて見つめていた。

 

 

 

**

 

 

 

「彩牙くーん、お風呂空いたよー」

 

幾分か時間が経ち、彩牙の部屋をトントンと叩く人物がいた。

それは希だった。風呂上がりで身体から湯気を昇らせ、肌をほんのりと紅く染めたその姿は、豊かに発達した身体も相まって無自覚な色気を出していた。

先に風呂に入っていたμ’sのメンバーが全員上がったので、この場で唯一の男性ということであしらわれた彩牙の部屋をノックしていたが、部屋の中から返事はない。

 

「……入るよー?」

 

断りを入れ、恐る恐るとドアを開ける希。

灯りのない薄暗い部屋の中を見回すと、確かに彩牙はそこにいた。

――あのボロボロの白いコートを身に纏い、こちらに背を向け、左手に嵌めた髑髏の指輪に話しかけるように向き合っている彩牙が、そこにはいた。

 

「ザルバ、反応はあったか?」

 

『いいや、まだだ。やっこさん、話にあった通りに時間にならないと現れないようだな』

 

指輪――ザルバに話しかける彩牙の表情は夕食の時のそれとは一変した、差すような鋭い表情を浮かべていた。

それは買い出し帰りに襲い掛かってきた怪物――ホラーと戦っていた時と同じものだった。

彩牙の時折覗かせる鋭い表情に――それまで疑問を抱いていたそれの意味を今一度思い出し、思わずたじろぐ希。

そんな彼女を、ザルバは見逃さなかった。

 

『おい小僧、どうやらお客さんのようだぞ』

 

「ん……ああ、東條さんか。そうか、お風呂空いたんだな」

 

希の存在に気づいたザルバの言葉により、振り向く彩牙。

その顔には夕食の時と同じような穏やかな表情を再び浮かべていたが、希にはどうしてもついさっきの表情が頭から離れることができなかった。

 

「……彩牙くん、もう一度教えて」

 

「……」

 

「彩牙くんのこと、あのホラーって怪物のこと。……そして、ウチのことを」

 

希は知りたかった。

黄金の狼となった彩牙のこと、彼が戦ったホラーのこと。そして、不思議な術を行使した自分自身のことを。

昔から不思議なことには縁があった。占いの類はほぼ確実に当たっていたし、幽霊や神さまなど本来見えてはいけないモノが見えていたし、時折神田明神で見かける白い狸もその類のものだと思っていた。

だけどそれが――あんな怪物に抗える力に繋がっているとは思いもしなかった。

 

それにホラーそのものもだ。

たしかに悪霊など人に害をもたらすモノはいたが、それはあくまで霊的なものだ。

それがあんな、確かな肉体としてそこにあり、人を喰らわんと襲い掛かる怪物がこの世にいるなど、夢にも思わなかった。

 

 

『……さっきも言ったが奴らはホラー。人の陰我に誘われて人に憑依し、人を喰らう魔界のバケモノだ』

 

「ザルバ」

 

『この嬢ちゃんには全く無関係というわけにはいかんだろう』

 

答えあぐねていた彩牙に代わり、答えたのはザルバだった。

勝手に答えたザルバに非難めいた視線を向ける彩牙だが、正論とも言える言葉を返され押し黙った。

そうして、ザルバは続けて口を開いていく。

 

『そしてホラーを狩るのが魔戒騎士だ。さっき森での戦いで見ただろう?あれがこの小僧がいつの間にか受け継いでいた黄金騎士ガロだ』

 

「ガロ……」

 

オウム返しのように呟く希。

彼女は今、森で目にした金色の鎧――ガロの姿を思い出していた。

 

『そして嬢ちゃん、お前さんにもホラーと戦う者の血が流れている』

 

「ウチにも……?」

 

『ああ。魔戒法師、嬢ちゃんにはその血が流れている』

 

たしかにあの時、戦いが終わった直後にもザルバはそう言っていた。

魔戒騎士というのは大体わかった。戦っている時の彩牙の姿や佇まいはまさに騎士と呼べるものだったからだ。

では魔戒法師というのは?騎士に対して法師とはいったいどのような存在なのだろうか?

そんな希の疑問に答えるように、ザルバは口を開いた。

 

『魔戒法師ってのは俺様のような魔導具を作ったり、法力による術で騎士をサポートする存在なのさ。ま、中には騎士顔負けに腕の立つ奴もいるが』

 

「それが……ウチのこと?」

 

『ああ。嬢ちゃんの持ってる筆、そいつが魔導筆だ。法師はその筆を使って様々な術を操るんだが……その魔導筆、どこで手に入れた?』

 

「……小さい頃、お父さんとお母さんに貰ったんよ」

 

『なるほどな、お前さんの両親は魔戒法師だったんだろう。なんだってホラーのことを教えなかったのかは知らんがな』

 

ザルバの言葉を浴びながら、希はお守り――魔導筆を見つめた。

両親は何を想い、自分にこれを授けたのかわからなかった。もしやこの時を予期していたとでも言うのだろうか。

ホラーと戦うために――

 

――あれ?

 

そこまで考えた時、希はふとあることに気づいた。

――魔戒騎士としてホラーを狩る彩牙。

そんな彼がこの地に現れ、ホラーを倒したはずなのにいまだ警戒を解いているようには見えない。

つまり、それが意味することは――

 

「……もしかして、まだおるの?ホラーが……」

 

「ああ」

 

希の問いに、彩牙は静かに答えた。

彼の浮かべる鋭い表情が、それが真実であることを雄弁に物語っていた。

 

「俺がここに来たのはあるホラーを倒すためだ。さっき戦ったのははぐれホラーに過ぎない」

 

『強力な奴だ。ここの管轄の騎士を返り討ちにしたという話でな、後任が決まるまでに小僧が討滅するというわけだ』

 

「そんな……!」

 

それを聞いた希は背筋が凍るのを感じた。

つまりあんな恐ろしい怪物が、それもより強力な奴がまだこの近くにうろついているということだ。

それに下手をすれば自分たちμ’sにも牙を剥くという可能性も捨てきれない。

 

 

「そ、それじゃあウチもお手伝いするよ!」

 

「……」

 

そうは言うものの、怖い。

本当は怖くて怖くて仕方がない。普通の女の子として暮らしてきた自分が、あんな恐ろしい怪物と戦わなければならないのだから。

だけどやらなくてはいけない。自分にその魔戒法師の血が流れ、力を持っているというのなら自分が戦わなくてはならない。

そんな集燥に駆られた希をじっと見つめ、彩牙は言った。

 

 

 

「ダメだ」

 

「――! どうして……!?」

 

切り捨てるかのような彩牙の言葉に、思わず食ってかかる希。

何故駄目なのか。自分は魔戒法師で、ホラーと戦う力があるのではないのか?戦わなければならないのではないか?

そんな希の疑問に答えるように、刺すような視線を浮かべたまま彩牙は口を開いた。

 

「東條さん、俺たち魔戒騎士の……ホラーとの戦いは過酷だ。今まで普通の人間として生きてきた君が生きていけるような場所じゃない」

 

「で、でも!ウチは……!」

 

「それに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“やらなきゃいけない”で通るような世界じゃない」

 

「――っ!」

 

希は、言葉を失った。

見透かされていた。自分がただの義務感で戦おうとしていたことを。

力があるから。それだけの理由で恐怖を無理やり押し殺していたことを。

最早何を言ったところで、彩牙は希が戦うことに賛成はしないだろう。

彼女の言葉は、本心ではなかったのだから。

 

「……大丈夫だ、ここのホラーは俺が必ず始末をつける」

 

『それにここの別荘にホラー避けの結界を張っておいた。お前さんたちはただ静かに朝を待てばいい』

 

「……うん、そっか。ごめんね、変なこと言って」

 

諭すような彩牙とザルバの言葉に、希はただ頷くことしかできなかった。

その顔に、無理矢理作ったようなぎこちない笑顔を貼り付けて。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

パタン、とドアを閉め、彩牙の部屋を後にした希。その表情は晴れない。

今、この部屋の向こうでは彩牙とザルバがこれから戦うホラーについての対策を練っているのだろう。しかし自分がその中に加わることはない、その資格がない。

戦うのが怖いのに、力を持っているという義務感で戦おうとした。だから彩牙は戦わせようとしなかった。

そう、これは仕方ないことなのだ。無理をしてまで戦うことにならなくて良かったのだ。

――良かった、はずなのに――

 

――なんでウチ、こんなに悲しいんだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――こんなところにいたのね」

 

背後からかけられた、やや強気の声。

振り返るとそこにいたのはすらっとした赤毛の少女――真姫だった。

 

「あら、真姫ちゃんやん。んーとね、彩牙くんにお風呂空いたよって声かけてたんよ。でも彩牙くんまだやることがある言うてなー……」

 

朗らかな笑顔を見せる希。

だが真姫は睨みつけるとまでは言わなくとも、もの言いたげな目で希を見つめていた。

そして、ぽつりと呟いた。

 

 

 

 

「……戦う必要なんて、ないじゃない」

 

その一言は、希の笑顔を凍らせるには十分だった。

しかしそれも一瞬で、希はすぐに新しい笑顔を顔に“貼りつけた”。

 

「……もー、真姫ちゃん盗み聞きしてたん?ダメよ、女の子がそんなこと――」

 

「そうよ。あなたも私たちも、普通の女の子なのよ」

 

遮るように放たれた真姫の言葉で、希は気づいた。

真姫の表情が、憤っているような哀しんでいるような、そんな目で希を見つめていたことに。

そんな希を前に、真姫は吐き出していく。

自分の思いを、昂っていく感情に任せたまま。

 

「あの人と私たちじゃ住む世界が決定的に違うのよ。そんな世界に足を踏み入れる必要がどこにあるって言うのよ」

 

「あんな恐ろしい怪物と戦う?……冗談じゃないわよ! あれは……あなたや私たちが踏み込んでいいようなところじゃないのよ!」

 

吐き出していくうちに表情は険しくなり、語気も荒くなっていく真姫。

彼女には、彩牙とホラーの戦いには恐怖しか映らなかった。あのような恐ろしい非日常があるものなのかと、あんなのは自分たちが踏み込んでいい世界ではないと、そう思った。

だから希が彩牙の部屋に入っていき、行儀が悪くとも聞き耳を立てた時、彼女は希の正気を疑った。

 

希は自分も戦うと言い出したのだ。それも単なる義務感でだ。

だから真姫は、希が許せなかった。

どんな理由であっても自ら死地に向かおうとする彼女のことが――

 

 

 

――大事な“ともだち”が、危険な目に遭おうとすることがすることが許せなかった。

 

 

「……真姫ちゃん……」

 

そんな真姫の叫びを、希はただ黙って聞いていた。

自分のことを想ってくれているからこそ怒りを顕わにしているのであろう彼女を、希は困ったような――憂いを帯びた表情で見つめる。

そうして僅かな時、俯くような仕草を見せると――

 

「……そんな心配せんでも大丈夫! 彩牙くんにも釘を刺されたし、ウチがあんなおっかないお化けと戦うなんてことはありえへんよ」

 

――いつもと変わらないような、朗らかな笑顔を浮かべた。

 

「あ、あなたね!私は真面目に――」

 

「ほら、いつまでも終わった話せえへんで早くみんなのとこいこ」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

はぐらかされているような気がしてならない真姫は思わず食ってかかるが、希はそれを軽くあしらうようにして他のメンバーが待つリビングへと向かって行く。

いつもの希。お姉さんっぽくふるまう一方で時に無邪気にからかう希と、それに照れ隠すように振り回される真姫。

いつもの日常と変わらない光景がそこにあるはずだった。

 

だが真姫は、慌てて追いかけていく希の背中に、一抹の不安を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

そしてその後、彼女たちと入れ違いになるように部屋から出てきた彩牙。

白いコートを纏い、これから起こりうる戦いに臨もうとする彼は辺りを見渡し、誰にも気づかれないようにと玄関に向かって足を向け始めた。

 

 

「……ホラーと戦いに行くのですか?」

 

しかし、その背中を呼び止める声があった。

彩牙が振り向いた先には寝間着を纏った海未が立っていた。その表情は心配そうに見つめているようにみられた。

そんな彼女と彩牙は改めて向き合った。

 

「……どうしてわかったんだ?」

 

「わざわざこんな遠くにまで来た時から……いえ、昨日お父様とお母様にお話しした時からもしやと思ったんです」

 

昨夜の夕食の時から、そして今日駅で彩牙と遭遇してから海未はずっとその懸念を抱いていた。

そしてそれは今、白いコートを纏った彩牙を――魔戒騎士としての使命に臨もうとするその表情を見て確信に変わったのだ。

彩牙はそんな彼女を、驚きを見せつつも穏やかな表情で見つめた。できるだけ安心させるかのように。

 

「海未、みんなが不安にならないようにできるだけいつも通りでいてくれ」

 

「……わかりました。彩牙くんもお気をつけて」

 

「ああ、ありがとう」

 

そう告げて、再び玄関へと歩いていく彩牙。

少しずつ遠ざかっていくその背中をじっと見つめていた海未は、少し悩むようなそぶりを見せた後、意を決したように再び口を開いた。

 

 

 

「――希や真姫と、何かあったのですか?」

 

「……」

 

夕食の時、一見普段と変わらないように見えたが、時折神妙な表情で彩牙のことを見つめていた希と真姫。

気のせいなのかもしれないが、買い出しから戻ってからどことなく様子がおかしいように見えた彼女たちのことが気になったのだ。

 

対して彩牙はその問いに一度足を止めたが、振り向くことも答えることもなく、再び歩き出していった。

その背中を、海未は哀しげな視線でじっと見つめていた。

 

 

 

**

 

 

 

――夜、別荘前のビーチ。

夜空の殆どが雲に覆われ、月が隠れて夜の闇に包まれたビーチの中に、彩牙の姿はあった。

白いコートを纏い、悠然と佇む彼は、静かにビーチの先に広がる海を見つめていた。

陽光煌く昼とは違い、真っ暗な夜の海。月の光がないこともあってそれはどんな光も呑み込もうとする深い闇のように感じられた。

 

そんな海を見つめる彩牙の目は途轍もなく鋭かった。

それもそのはず。この闇のような海の底には何人もの人々を喰らい続ける魔獣が潜んでいるのだから。人々の命を貪り、奪い続ける魔獣が彼の守りたい人々の目と鼻の先に潜んでいる。そう思うだけで彩牙の中に魔獣に対する怒りが湧き上がってくる。

 

その魔獣を討滅すべく、ビーチの中でじっと佇む彩牙。

波の音だけが辺りに響く中、それ以外の音――いや、声が辺りに響いた。

 

『しかしあの希って嬢ちゃんには驚かされたぜ。まさか自分から戦うなんて言い出すなんてな』

 

「……そうだな。東條さんが魔戒法師だったなんて夢にも思わなかった」

 

ザルバの言葉に彩牙は思いを馳せる。

東條希。彼女が魔戒法師の血を引いていたことは彼らにとってあまりにも想定外のことであり、驚愕に満ちた出来事だった。

法師の力を持っていたにもかかわらず、守るべき一般人として生きていたばかりか彼女自身もその事実にまったく気づかなかったのだから。彩牙やザルバが驚くのも無理はなく、それを表情に出さないようにするので精一杯だった。

 

だがそれで納得がいった。

以前神田明神で霊獣の姿を見かけた時、いくらあの地が優れた霊力に満ちていたとはいえ普通の人間であるはずの希にもその姿が見えていたのはそれが理由だったのだ。

彼女の中に流れる法力が、霊獣の姿を見ることを可能にしていたのだ。

 

『しかしああは言ったが、本当に良かったのか?』

 

「何がだ?」

 

『あの嬢ちゃんに流れる法力は相当強力なやつだ。俺様も永いこと生きてきたがあそこまで強力な法力を持つ人間ってのはそうそうお目に掛かれるもんじゃない』

 

『いくら戦いにはずぶの素人とはいえ、折角自分から言い出したんだから手伝ってもらった方が楽になっただろうな』

 

……なるほど、ザルバの言うこともある意味間違ってはいないのだろう。

例え戦う術をほとんど持っていなくても強力な力を有しているのだから、彼女を上手く利用すればホラーを楽に倒すことができるのだろう。

しかしそれは――

 

「それは違う、ザルバ」

 

『ほう?』

 

「それは、魔戒騎士のすることじゃない」

 

それは魔戒騎士が――ホラーから人々を守る者がしていいことではない。

いかに戦う力があろうと、優れた力を有していようと、それまで普通の人間として生きてきた者を無理矢理戦わせるなど、あってはならないことだ。

本心ではないのに“仕方ないから”という者を戦わせようとするなど、もっての外だ。それで多くのホラーを倒せるようになるとしても魔戒騎士がしていいことではない。

如何に有力であろうとそんなことをしては、彼らが狩るホラーを何ら変わりないではないか。

 

 

『……ふん、わかってるじゃないか』

 

否定されたというのに、満足気なザルバの声。その反応で彩牙は察した。

――ザルバは、彩牙を試したのだ。

目先の力に囚われて、守るべき人を危険に晒そうとしないかを。本心でない希を、無理に戦わせようとする愚行を犯さないかを。

 

「ザルバ、もし俺が東條さんを戦わせる気だったらどうしたんだ?」

 

『二度とお前とは口を利かないつもりだった』

 

手厳しいが、そうでなければ魔戒騎士は務まらないのだろう。

ザルバの容赦ない言葉を受けながら、彩牙は目の前に広がる海を見つめる。

そこはどこまでも暗く、波の音だけが静かに響いていた。ここに魔獣が潜んでいるなど誰が想像できるだろうか。

だが油断してはならない。奴らの時間はまだたっぷりと残っている。

夜は、長い。

 

 

 

**

 

 

 

一方、そのころのμ’sは――

 

「ん~っ! 穂乃果ちゃん重いよぉ~」

 

「にこっちは軽いなー」

 

別荘のリビングに敷き詰められた、九つの布団。

そこは至る所に枕が散らかり、メンバーの半数が沈むように寝ているという嵐が過ぎ去った後のような惨状になっていた。

そんな中で無事な――単に起きているだけだが――希、ことり、真姫、花陽、凛が撃沈しているメンバーたちを引っ張るように元の場所へと戻していた。

 

そもそもの事の発端は希が投げた枕だった。真姫のふりをして投げた枕を始まりとして合宿の風物詩たる枕投げ合戦が行われたのだ。

自分以外の全てが敵ともいえる大乱戦。ヒートアップしていく中でその悲劇は起きた。

今となっては誰が投げた物かわからないが、唯一熟睡していた海未の顔面に枕が直撃したのだ。

 

穂乃果とことり曰く、無理矢理起こされると普段からは想像もつかない程機嫌が悪くなる海未。寝起きということも相まって幽鬼のようにそびえ立つ彼女に全員が慄く中、最初に犠牲になったのはにこだった。

音速と見間違えるほどの豪速球で海未が放った枕。それは彼女を眠らせようと抵抗しようとした穂乃果と絵里を立て続けに襲い、その意識を刈り取っていった。

 

最早どうにもならないと思われたその時、隙を狙った希と真姫が投げた枕によってようやく海未が撃沈し、平和が訪れた。

そうして後始末をしている今に繋がる……というわけだった。

 

うんしょうんしょと穂乃果を引っ張ることりと、小柄なにこを軽く引っ張っていく希。

そんな彼女たち――特に希を、凛と一緒に絵里を引っ張っていた真姫はじっと見つめていた。

希は、完全に普段通りの彼女と言ってよい状態だった。

つまみ食いしていた穂乃果に驚いたり、枕投げを始めたり、希たち上級生を名前で呼べずに素直になりきれなかった真姫を諭したりと、悪戯好きな側面もあるけど優しく見守るみんなのお姉さん、いつもの東條希の姿がそこにはあった。

 

しかしそれでも……いや、だからこそだろうか。

真姫はそんな希の姿に不安を抱かずにはいられなかった。

何かを心の内に隠しているような、無理にいつも通りに振る舞おうとしているような……そんな気がしてならなかった。

 

「真姫ちゃん、どうかしたの?」

 

「あ……ううん、何でもないわ」

 

不思議そうに尋ねる凛に、慌てて取り繕う真姫。

彼女は、己の中に生じた懸念が外れてほしいと願うばかりであった。

 

 

 

 

 

 

「それにしても海未ちゃんぐっすりやねぇ、さっきまで暴れてたのが嘘みたいやん」

 

「あはは……寝起きは悪いけど一度寝ちゃうとなかなか起きないから……」

 

穂乃果とにこを運び終え、先程まで修羅のごとく暴れ回っていた海未を二人がかりで慎重に慎重に運んでいく希とことり。

ついさっきまで暴れ回っていたのが嘘のように海未の寝顔は穏やかなものだった。希はそんな色んな一面を見せる彼女が微笑ましいと思うと同時に、不思議に思うところがあった。

 

海未の様子はあまりにも穏やかだった。寝ぼけて暴れていたところはあったが、穂乃果やことり曰くそれは彼女の素なのだ。

海未が彩牙のことを――魔戒騎士であることを知っているのかどうかは希にはわからない。いや、以前都市伝説の話をした時の反応を思い出す限り、知っているのかもしれない。

もし、仮に知っているとしたら――

 

「希ちゃん、どうかしたの?」

 

「……ねぇことりちゃん、海未ちゃんはどうしてこんなに落ち着いていられるんやろね」

 

「……どういうこと?」

 

「海未ちゃんは彩牙くんと一緒に住んでるんやったよね、でも彩牙くんはさっきから顔見せなくなってるのに心配じゃないのかなって」

 

彩牙は今、さっき話していたホラーを討滅しに行っているのだろう。つい先程の枕投げ合戦の騒ぎにも顔を出さなかったのだからそれは間違いない。

もし海未がホラーのことを知っているとしたら、彩牙がホラーと戦いに行っていることを知っているとしたら、どうしてここまで落ち着いていられるのだろうか。希はそれが気がかりだった。

そんな希の言葉を受け、ことりは考えるようなそぶりを見せた後、答えた。

 

「……海未ちゃんはね、本当はすっごく心配なんだと思うよ。彩牙くんって落ち着いているように見えてとっても無茶する人だから」

 

「……」

 

「でもね、それ以上に信頼してると思うんだ」

 

「信頼?」

 

「うん。どんなことがあっても彩牙くんは絶対に帰って来るって、約束を守る人だって信じてるんだと思うな」

 

そう語ることりの表情はとても穏やかなものだった。

海未を優しく見守るようなその表情からは、彼女自身も彩牙のことを信じているように感じられた。少し前までは彩牙の話題で怯えているように見えた彼女が、だ。

 

「ことりちゃんも信じてるんやね、彩牙くんのこと」

 

希のその言葉に呆気にとられたような表情を見せることり。

だがそれも一瞬のことで、再び穏やかな……はにかむような笑みを浮かべた。

 

「……そうかもね。私ね、前に彩牙くんに怒られたことがあるんだ」

 

「彩牙くんが?」

 

「うん、前にちょっと怖いことがあってね、本当にやりたいことから逃げようとしたことがあるんだ」

 

 

「その時に言われたんだ、『それくらいで諦めちゃう程度のものなのか』って」

 

ことりの脳裏に浮かぶのは、秋葉原での路上ライブを控え、ホラーに狙われた時のこと。

あの時、ことりは本当にやりたいこと――μ’sのライブを諦めようとした。やりたいと思う心を偽って、それが最善なんだと自らに言い聞かせながら。

だけど彩牙は言った。本当にやりたいこととはその程度なのかと。

――そんなことはない、本当は諦めたくなかった、歌いたかった。

 

その思いを吐露した時、彩牙は約束した。

ことりを狙うホラーを斬る。だからことりも自分の本当にやりたいことに嘘をつくな、偽るなと。

それを受け、ことりは歌った。μ’s全員で歌った。

そして彩牙も約束を守った。あのホラーを討滅した。

 

「あの時、彩牙くんは約束を守ってくれた。だから私も、本当にやりたいことには嘘をつかないって決めたの」

 

「……本当にやりたいこと……」

 

きらきらと輝くことりの顔を見ながら、希は考える。

自分のやりたいこと――自分が今、本当にやりたいことは何なのかと。

恐怖に従ってホラーから逃げること?忘れること?何も知らず、目を逸らし、ただみんなと穏やかな日々を送ること?

――本当に、そうなのだろうか。それらは本当に自分がしたいことなのだろうか。

 

 

 

――ウチが本当にやりたいこと、それは……

 

 

 

**

 

 

 

「――! ザルバ」

 

『ああ、来たぞ』

 

時間は過ぎ、午前三時を回ったころ。

誰もいないビーチで一人瞑想を続けていた彩牙が突然何かを感じ取ったかのように立ち上がり、目の前に広がる海を見据える。

魔戒剣を抜き、待ち構える中、それまで静かな波が立っていた海が大きく盛り上がっていく。彩牙の身の丈を優に超え、別荘程の丈があるそれは海を裂き、遂にその姿を現した。

 

それは、巨大な蛸のような姿をしていた。

しかし蛸で言う頭の部分は鎧のように鈍く光る外骨格に覆われ、その中央には巨大な人面が彫刻のように無機質な表情を浮かべて存在していた。

頭から伸びる足――触手は意志を持つかのようにうねうねと動き、その先端は口になっているものや人の手になっているものが入り混じっていた。

――これこそがこの海に潜み、多くの人々を、ここの管轄の騎士さえも喰らってきたホラー。

 

「ザルバ、こいつか!」

 

『ああ!ホラー・ダンタルカス。こいつで間違いない!』

 

『■■■■―――――!!』

 

ホラー・ダンタルカスは轟音といっても過言ではない雄叫びを上げ、その巨体を躍らせて陸地に上陸する。

それと同時に周囲で蠢いていた触手が一斉に彩牙に襲い掛かる。

 

喰らいつかんと、押し潰さんとばかりに怒涛の勢いで襲い掛かる触手の間を縫うように、駆け抜けていく彩牙。触手そのものが巨体である上に数も多いため一本一本相手にしてはキリがなかったのだ。

そうして彩牙を狙い、躱されて砂浜に突き刺さっていく触手の間を走り抜け、ダンタルカス本体との距離を徐々に縮めていく彩牙。

 

そんな中、一本の触手が彩牙目がけて襲い掛かった。

先端の手を貫手のように伸ばし、彩牙の身体を貫かんと迫る触手。それを前にした彩牙は避けるそぶりを見せず、そして――

 

「――ハッ!!」

 

魔戒剣で先端の指を斬り裂いた。斬り落とされた指がボトボトと落ち、勢いを失った触手は波を打つように悶える。

それと同時に跳び上がった彩牙は今しがた斬り裂いた触手の上に着地し、それを一本の道として駆け抜けていく。

最短距離で本体との距離を詰め、目と鼻の先になった時に再び跳び上がり、ダンタルカス本体目掛けて魔戒剣を振り下ろした。

しかし――

 

「ちっ……!」

 

――硬い。

鎧のような外骨格に覆われている外見から予想はできていた。

しかしそれでもあまりにも、予想以上に硬すぎた。渾身の力を籠めて振り下ろした魔戒剣ですらも乾いた音で難なく受け止められ、ビリビリとした衝撃が魔戒剣を通じて彩牙に伝わっていく。

そして一瞬とはいえ、そんな隙だらけの様子を見せた彩牙を、ホラーが黙って見逃すはずなかった。

 

「ぐおっ!」

 

横殴りに振るわれた触手。それは彩牙の胴体を的確に捉え、その身体を砂浜へと叩き落した。

砂埃が上がる中、完全に上陸したダンタルカスは“餌”の匂いに誘われ、這うようにその巨体を躍らせて進んでいき、砂浜の先に見える家屋――海未たちμ’sが眠る別荘を目指していく。

そうしてビーチの中間辺りに到達した瞬間だった。

 

『■■■―――――!?』

 

バチリ!という音と共に響くダンタルカスの悲鳴。

音の出所に視線を移すとそこには、焦げたように煙が立ち昇るダンタルカスの触手と、その近くでパチパチと音を立てる不可視の壁――結界があった。

 

「……効果は抜群のようだな」

 

『ああ、それに外部からは見えない上に音を漏らさないなんて、奴も粋なものをくれたもんだ』

 

砂埃の中から現れた彩牙が、結界の効果に感嘆するような声を上げる。

ダンタルカスが引っかかった結界、それは昼間の内に彩牙が仕掛けていたものだった。

ダンタルカスがこのビーチから陸地に現れているという情報を予め聞いていた彩牙は、オルトスから渡されていた結界の起動装置をこのビーチの中に仕掛けていたのだ。

――中に結界の札が込められた、瓶のような起動装置を。

 

結界内に閉じ込めた相手を逃がさないようにする上、外部からは視覚も音もシャットアウトする結界。

その効果は御覧の通り上々であった。

 

『■■■■―――――!!』

 

 

傷をつけられた怒りに燃え、彩牙を睨みつけるダンタルカス。その巨大な人面を囲むように、周囲に小さな人面――人間サイズそのもの――が浮かび上がる。

老若男女を問わないそれらは恐らく喰われた人間のものなのだろう。口を大きく開けるとその奥がキラリと光り、次の瞬間には無数の針が飛び出した。

 

彩牙目がけて放たれたそれらを、魔戒剣を振るって弾き飛ばしながら駆け抜けていく。

正に針の雨と呼んでも過言ではないほどの針が降りかかる中、更に追い撃ちをかけるように触手が彩牙に襲い掛かる。

針を弾き、触手を躱していく彩牙。身を捩るようにある触手を躱した時、その足元の砂がもこりと盛り上がり、その次の瞬間、砂浜を裂くように一本の触手が飛び出した。

 

「なにっ!」

 

先端が口になったその触手は、口を裂かんとばかりの勢いで大きく口を開き、彩牙の身体をあっという間に飲み込んだ。

忌まわしい魔戒騎士をまた一人喰らった喜びに震えるかのように身を躍らせるダンタルカス。

今度は己を遮る小賢しい結界を破壊しようとした時、彩牙を飲み込んだ触手が一瞬、そして僅かに光ったような感じがした。

 

ダンタルカスがそれに疑問を抱こうとした瞬間、その触手に激しい痛みが走り、びくびくと悶えるように震わせる。

そして――

 

 

 

『――オオォォォォォォォッ!!』

 

内側から触手の肉を裂き、黄金の鎧を纏った彩牙――ガロが飛び出した。

触手を裂き、宙に飛び出したガロ目掛けて他の触手が一斉に襲い掛かる。ガロはそれらの触手を殴り、蹴り、牙狼剣で斬り裂いていく。

そんな中、一本の触手に牙狼剣を深々と突き刺し、その触手は痛みに悶えるように血を噴き出しながら突き刺さった牙狼剣とそれを持つガロをしがみつかせたまま暴れまわる。

 

右に左へ、上に下へ、平衡感覚を失いかねない勢いで触手に振り回られるガロだが、その緑の瞳が揺らぐ様子はない。

やがて振り回されるうちに牙狼剣が引き抜かれ、暴れ回っていた勢いで宙に放り出されたガロ。

放り出された先の行き先は――ダンタルカスの巨大な人面、その真正面だった。

 

牙狼剣をまっすぐに突き出し、ダンタルカスを貫かんと迫るガロ。

触手に振り回された勢いを利用したこともあって、両者の距離はあっという間に縮まった。

そして、牙狼剣がダンタルカスの人面に突き刺さろうとした瞬間――

 

 

 

『――たすけて』

 

『―――――!!』

 

びくりと、勢いを止め、ダンタルカスの寸前で止まった牙狼剣。ダンタルカスの表面に足をつけ、牙狼剣を止めたガロ。

牙狼剣の剣先――ダンタルカスの人面にあったのは、涙を流し、助けを請うような表情を浮かべた、喰われたと思しき女性の顔が生えていたのだ。

守るべき人間の助けを請う表情と声に動揺し、反射的に剣を止めてしまったガロ。

だがそれは、目の前の狡猾な魔獣にとって絶好の隙でしかなかった。

 

『小僧!惑わされるな! そいつはホラーが作り出したまやかしだ!』

 

ザルバが警告するも時すでに遅し。

ガロの周囲は無数の触手で囲まれ、それに気づいて離脱しようとするが、それよりも早く触手がガロに襲い掛かる。

牙狼剣で触手を斬り払うが襲い掛かる触手の数があまりにも多く、圧されていく。そうしてとうとう触手がガロの四肢を絡め取り、その身を大の字にして拘束した。

 

吊り上げられたガロの姿を目にし、無表情だった巨大な人面に嘲笑うような卑しい笑みを浮かべるダンタルカス。

それに睨み返すガロが触手の拘束を解こうとするが――

 

『――ッ! グアアアァァァァァッ!!』

 

それぞれを拘束する触手によって引っ張られるガロの四肢。

ガロの四肢を引きちぎり、その身を裂こうとしているのだ。

絶叫を上げ、触手から逃れようともがくガロ。しかしもがけばもがくほど触手は更に四肢をぎりぎりと引き延ばし、引き裂こうとする。

月が雲に隠れ、光のない夜のビーチの中でガロの――彩牙の絶叫が響き渡った。

 

 

 

**

 

 

 

「……ん……」

 

――真姫の家の別荘。

皆が寝静まったリビングの中、もぞりと動く影があった。

 

真姫だ。

真夜中に起きてしまった彼女はぼーっと眠たげな眼で辺りを見回す。静かに寝ている者、どんな寝相をしているというのかとんでもない格好で寝ている者がいる中、そのなかにある一人の姿がないことに気が付いた。

 

「……希……?」

 

皆が寝ている筈のリビングには、希の姿だけがなかった。

今現在、最も気がかりな彼女の姿が見えないことに、寝惚け気味だった真姫の意識は一気に覚醒した。

皆を起こさないように、そろりそろりと希を探してリビングを抜け出す真姫。何処に行ったのか――まさかホラー絡みの場所に行ったのではないかと危惧しながら探していると、彼女の姿はあっけなく見つかった。

 

希は玄関にいた。

玄関の窓から外をじっと見つめていたのだ。

希の姿が“こっち側”にいたことにほっとしたのも束の間、真姫は気づいた。外を見つめる希の表情がはらはらしているかのような危機感と、憂いの感情を秘めていたことに。

 

「……希、何してるの?」

 

「あ、真姫ちゃん起きちゃったん? ちゃんと寝ないとあかんよ」

 

「あなたもでしょ」

 

それもそうやね、と。

そう返す希の横で、彼女が見つめていた窓の外を除く真姫。

………何もなかった。窓の外に広がるのは、月が雲に隠れた夜の中、静かに波が打ち寄せるビーチがあるだけだった。

疑問符を浮かべる真姫の横で、憂いの表情で彼女を見つめる希が呟いた。

 

「……そっか。真姫ちゃんには見えないんやね」

 

「見え……? ……って、まさか!?」

 

「うん。今あそこでね、彩牙くんがホラーと戦ってるんよ」

 

そう言って希が指さしたのは、別荘の前に広がるビーチ。

嘘だと信じたかったが、希の表情は嘘をついている人間のそれではなかった。

自分たち――μ’sが眠るこの別荘の目の前であの怪物、ホラーが暴れているという事実に、真姫の心は恐怖に包まれる。

そしてホラーに対する恐怖とは別に、ある不安が生じた。

 

「……行っちゃダメよ」

 

「え?」

 

「あそこには彩牙さんもいるんでしょ、だったらあなたが戦う必要なんてないわよ。それにさっきも言ったけど、あそこは私たちが踏み込んでいい世界なんかじゃないのよ」

 

真姫は怖かったのだ。

希はかつて釘を刺された、戦わないと言った。だが真姫はそう語る希に、それ以降もいつも通りの姿を見せる彼女に誤魔化しているのではないか、無理をしているのではないかと不安を抱いていた。

そんな真姫を呆然と見つめた後、希は優しげな表情を浮かべた。

 

「……優しいんやね、真姫ちゃんは」

 

「べ、別にそんなんじゃないわよ。私はただ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからこそ、ウチも覚悟が決まったのかもしれへんね」

 

「……え?」

 

希の放った一言に、愕然とする真姫。

動揺を隠せない彼女を横目に、希は続けて言葉を放つ。

 

「ウチな、μ’sの皆のことが大好きなんよ」

 

「μ’sを作ったのは穂乃果ちゃんたちやけど、ウチもずっと見守ってきたんよ。それだけ思い入れがある」

 

「だからね、μ’sの皆には誰も欠けてほしくないんよ」

 

「何……言ってるの……?」

 

「だから――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ウチ、行くね」

 

 

そう言った瞬間、希は勢いよく玄関の扉を開けて外に飛び出し、そしてすぐに閉めた。

呆気にとられた真姫は一瞬遅れ、すぐに希を追おうとしたが玄関の扉は開かない。外にいる希が抑えている様子でもなく、鍵が閉まっているわけでもないのに、だ。

 

「開けて! 何をする気なの!」

 

「真姫ちゃん、ウチな、考えたんよ。ウチがしたいことは何かって」

 

「彩牙くんに言われて、ことりちゃんの話を聞いて、本当は何がしたいのか、そのためには何をすればいいのか、ずっと考えてたんよ」

 

希の脳裏に浮かんだのは、「やらなきゃいけないで通る世界じゃない」という彩牙の言葉。そして「本当にやりたいことに嘘はつかない」ということりの言葉。

二人の言葉について考えに考え抜き、そして見つけた。

自分がやりたいこと、自分が一番大好きなことは何なのかを。

 

「そうしたら答えは一つだった。だからウチは行くね」

 

そう告げて魔導筆を片手にビーチへ向かおうとする希。

その背中に向け、玄関越しの真姫が必死に言葉を投げかける。

 

「待って、行かないで! 私は、あなたに……

 

 

 

 

 

 

 ……“友達”に!そんな危険なことしてほしくないのよ!!」

 

その言葉に思わず振り返る希。

その視線の先には涙目で必死に玄関のドアを開けようと、四苦八苦する真姫の姿があった。

……嬉しかった。音ノ木坂に入学するまで友達がいなかった自分に、こんなにも身を案じてくれる友達ができたことが、心の底から嬉しかった。

だからこそ、自分が抱いた決意を一層強固なものにする。

眼の奥が熱くなり、流れ落ちそうなものを必死に堪え、希は精一杯の笑顔を真姫へ向けた。

 

「ありがとう、真姫ちゃん……行ってきます」

 

その言葉とともに、ビーチへ向かって一気に駆け出していく希。

真姫はその背中を、ただ見送ることしかできなかった。

 

「待って!お願い行かないで! ……のぞみぃ!!」

 

素直になりきれなかった友達思いな少女の、悲痛な叫びが響き渡った。

 

 

 

**

 

 

 

『ぐ……あっ……!』

 

ダンタルカスの触手によって四肢を拘束され、引き裂かれようとしているガロ。

その抵抗も徐々に弱まり、今や関節が外れかけ、四肢の付け根からはプチプチと筋肉繊維が断裂しかかっている音が響いている。四肢が引きちぎられて達磨が一つ出来上がるのは時間の問題だった。

黄金騎士が斃れようとしているその光景を卑しい笑みを浮かべて見つめるダンタルカス。最早これまでかと思われた、その時だった。

 

 

――コツン。

 

ダンタルカスの背後に響いた、何かがぶつかったような軽い音。

不思議そうにダンタルカスが振り返ると、その音の正体は小石だった。

そして、その小石を投げたのは――

 

 

 

「彩牙くんを……離して!」

 

息を荒げ、寝間着のままで魔導筆をダンタルカスへと向ける希の姿があった。

必死の表情で震えながら対峙する希の姿を目にしたダンタルカスは標的を変えたのか、触手を彼女に向けて放った。

すぐさま防壁を張り、襲い掛かる触手を防ぐ希。先端が人の手や口になっている生理的嫌悪感を抱かせる触手が目の前で踊り狂い、希の表情が恐怖で染まる。しかしキッと睨み返し、防壁を緩めようとはしなかった。

そんな彼女の足下が、もこりと盛り上がり――

 

 

『――東條さんっ!!』

 

その寸前、希に気を取られて力が緩んだ触手を振り払ったガロが倒れるように砂浜に落ち、同時に鎧が解除された。

倒れこんでしまいそうな身体に鞭を打ち、すぐさま希目掛けて駆け出す彩牙。そして目の前の触手を防ぐのに精一杯だった希を抱えたその直後、彼女がいた場所の砂から触手が飛び出したのだ。

先の彩牙のように、希を飲み込まんとするために。

 

間一髪のところは免れたが、同時に希が張っていた防壁が解かれ、希と彼女を抱える彩牙目がけて大量の触手が一斉に襲い掛かった。

怒涛の勢いで襲い掛かる触手を相手に、彩牙は希を抱えたまま残った片手に握る魔戒剣で辛うじて触手を弾き、戦いに出たばかりの希は防壁を張る余裕が生まれなかった。

 

「――ちっ!」

 

「彩牙くん!後ろも……!」

 

そうして逃げ回っていた二人の行方を阻むかのように、目の前に触手が現れた。

前後を触手に阻まれ、逃げ道を失った彩牙と希。そんな二人に触手が一斉に襲い掛かろうとした瞬間――

 

 

『―――!? ■■■■――!!』

 

それまで隠れていた月の光が雲の隙間から差し込み、辺りを淡く照らしだした。

それと同時に悲鳴をあげ、彩牙たちを追い詰めていた触手を引っ込めてダンタルカスは海中へと逃げ出した。

突然の出来事に呆気にとられたと同時に危機から逃れてほっとする希。そんな彼女の横で彩牙ががくりと膝から崩れ落ちた。

 

引き千切られかけていた身体に鞭を打ち過ぎたのだ。

そんな彩牙を支えようと、希が彼の肩を取ると――

 

「東條さん……何故来たんだ!」

 

苦痛に顔を歪ませながら、責めるような彩牙の言葉が迎えた。

鬼気迫る彩牙の表情に一瞬びくりと尻込みした希だが、すぐに敢然とした表情で彩牙を見つめ返し、はっきりと答えた。

 

「決めたんよ。ウチも戦う、この力でホラーと戦うんやって」

 

「何を言ってるんだ!俺の言ったことを忘れたのか! 君が生きていけるような世界じゃ――」

 

「ウチはみんなを守りたい!!」

 

彩牙の言葉を遮るように放たれた、希の叫び。

呆気にとられる彩牙を前に、希は自らの思いの丈をぶつけていく。

 

「ウチはμ’sのみんなが大好きなんよ、μ’sのみんなを守りたい。みんながホラーに喰われるなんて嫌や」

 

「だからウチがみんなを守るんや! やらなきゃいけないとかじゃない、ウチがやりたいって、そう思ったから!」

 

「ウチが大好きなみんなは……ウチの手で守るんや!」

 

怖くないと言えば嘘になる。自分たちを喰らわんと迫るホラーの恐ろしさは彼女自身、既に身をもって知っていた。

しかし……いや、だからこそ、同じ恐怖を味あわせてはいけない。自分の大切な友達をそんな目に遭わせたくない。

ホラーの恐怖から皆を、大好きな場所を守りたい――それこそが東條希の本当にやりたいことであり、戦う理由であった。

 

「東條さん……」

 

毅然とした態度で想いを叫んだ希を、彩牙はまっすぐに見つめた。

覚悟を問いているようにも見えるその瞳が、目を逸らすことなく見つめ返す希の姿を映し出す。

――彼女の表情は、ただの義務感でものを語るような人間のそれではない。彼女が言ったことは全て嘘偽りない事実。希という人間の想いの、その全てを表していた。

 

「……後悔はできないぞ」

 

「しないよ。だって他でもないウチが決めたことだもん」

 

希の想いは揺るがない。

彩牙と頷き合う彼女の姿は既に恐怖に怯えるだけの少女ではなかった。

そう、それはまさに彩牙たちと同じ――

 

『――どうやら、話は纏まったようだな』

 

待っていたとばかりに口を開いたザルバ。

 

「ザルバくん、頼りないところもあるかもしれへんけどよろしくな」

 

『積もる話はまた後だ。まずはあのホラーを倒さないとな』

 

「……そうだな」

 

ザルバの言葉に表情を引き締める彩牙と希。

ダンタルカスはまだ健在だ。今は何故か海中に閉じこもっているが、いつ海中から姿を現してもおかしくはない。

ダンタルカスは強大だ。巨大な体躯に堅牢な外骨格、伸縮自在な無数の触手をもち、その上喰った人間の顔を利用する狡猾さも併せ持っている。

事実、それらを駆使したことで彩牙は追い詰められていた。あそこで希が助けに入らなければ命はなかったかもしれない。

何か手を考えなければ――二人の思考は一致していた。

 

『それだがな、俺様に一つ考えがある』

 

「本当なのか?」

 

『ああ。だがな嬢ちゃん、それにはお前さんの力がどうしても必要になる』

 

「ウチの……?」

 

 

 

 

 

 

『■■■――――』

 

時がいくら経過しただろうか。

月の光が再び雲の中に隠れ、辺りが闇に包まれたころ、ダンタルカスが再び海中から姿を現した。

甲高いような野太いような――聞く者に不快感を抱かせることは確実な唸り声を上げ、周囲を見回す。

するとその視点は、ある一点で止まった。

 

「……」

 

彩牙だ。

ビーチの真ん中で一人立っていた彩牙が、待ち構えていたかのようにダンタルカスを睨んでいた。

獲物がまだいたことにダンタルカスは歓喜に包まれた。法師の姿は逃げたのか見当たらないが構わない。黄金騎士を喰う機会などそうそうあるものではないのだから。

そんなことを考えたのかどうかは定かではないが、人面に卑しい笑みを浮かべたダンタルカスはその巨体の全てを海中から露にし、唸る触手を一斉に放った。

 

それらを前にした彩牙はガロの鎧を召喚し、駆け出した。

辺りを覆いかねない勢いで迫る触手を牙狼剣で斬り裂き、殴り、蹴り、薙ぎ払っていく。

だがやはり多勢に無勢というのか、徐々に埋め尽くされていくかのように追い詰められていく。

 

『くっ!』

 

そんな中、一本の触手が先端の手でガロの身体を捉えたのだ。

胴体を鷲掴みにされ、地面から浮いてダンタルカスの目前まで触手で運ばれるガロ。ダンタルカスはそんなガロを嘲笑うような笑みで迎えた。

そしてガロを握る触手に渾身の力を籠め、握り潰さん勢いで締め上げる。

 

――芸がない。

思わせぶりな雰囲気で待ち構えていたと思ったらやっていることはさっきまでと同じ、ただ正面から突っ込んでくるだけのこと。

馬鹿の一つ覚えのようにそれを繰り返したガロを、ダンタルカスは嘲笑う。

ダンタルカスは、“愚行を繰り返し、まんまと殺されていく”ガロが滑稽でたまらなかった。

 

 

 

『――いいか、教えた通りにやるんだ』

 

「……うん」

 

――そんな会話に、気付かないほどに。

 

 

『嬢ちゃん、今だ!』

 

突然辺りに響き渡った、威勢のいい叫び声。

それと同時にダンタルカスの目の前――ガロとの間に現れた、線香花火のような小さな光。

突然現れたそれを呆気にとられたように見つめた、次の瞬間――

 

『――!? ■■■■■―――――!!』

 

その小さな光が爆発するかのように、夜の闇を昼のように照らしだす閃光と化した。

それと同時に轟音のように響き渡るダンタルカスの苦悶に満ちた悲鳴。両目から黒々とした血涙を流し、その巨体の至る所から肉の焼ける音と共に煙を上げ、狂うように悶えだした。

 

「や、やった!」

 

『思ったとおりだ。奴は光を極端に嫌うようだ』

 

そう言いながら岩陰から現れたのは驚きと歓喜の表情を浮かべた希と、彼女の魔導筆に嵌っていたザルバだった。

 

ザルバの言う通り、ダンタルカスには単純で致命的な弱点があった。

それは光だ。ダンタルカスにとってありとあらゆる光は自らを焼き尽くす忌まわしきものなのだ。

先程月の光が照らしだした時、ダンタルカスは彩牙たちを追い詰めていたにも拘らず海の中へと逃げ出した。光が届かない海へと。

 

ザルバはそこに目を付けたのだ。

ダンタルカスの弱点が光ではないかと踏んだ彼は一つの作戦を打ち出した。

それは実にシンプルなものだった。彩牙が囮となってダンタルカスを引き付け、油断した瞬間に希の術で閃光のごとき光を浴びさせる。シンプルが故に非常に効果的なものだった。

その結果、ザルバが希に教えた術によって発動された光はダンタルカスを焼き焦がしていった。

 

『■■■■――――!』

 

『くっ!』

 

光による苦痛にもがき、暴れ狂うダンタルカス。

その隙に触手の拘束から抜け出したガロを暴れ回る別の触手が偶然捉え、その身体を上空へと殴り飛ばした。

そうして光から逃れようとその巨体を海へ向かって引き摺らせていくダンタルカス。脇目もふらず、身体を焼く光から一刻も早く逃れたい一心で潰れた両目の代わりに感覚を駆使して進んでいき、遂に海面の目の前に辿りついた。

 

そして海の中へと潜ろうとした、その瞬間だった。

 

「行かせへん……よっ!」

 

ダンタルカスの巨体を凌ぐほどに巨大な防壁が、海面を覆うように現れたのだ。

希によって張られた防壁により海への逃げ道が失われ、苦悶と苦痛に苦しむダンタルカス。

海に逃れようと鉄壁の防壁を必死で壊そうとするその姿は――

 

 

 

――あまりにも、隙だらけだった。

 

 

『――ウオオオォォォォッ!!』

 

殴り飛ばされた上空で体勢を持ち直し、牙狼剣をダンタルカスへまっすぐに突きつけながら落ちるように迫りくるガロ。

その気配を感じたダンタルカスはガロがいるであろう上空に向かって触手を我武者羅に放つが、光に焼かれて狂った感覚では殆どガロを捉えることができず、運よくガロに命中しそうだった触手は希が張った防壁によって弾かれていった。

 

そうして両者の距離はあっという間に縮まっていき、ガロが間近まで迫ってきたことを感じたダンタルカスは、巨大な人面の表面に己が喰った人間たちの助けを求める顔を浮かび上がらせるという、先程ガロが引っかかった手を使った。

だがしかし、それが罠であることに――人間の命ばかりかその尊厳をも踏み躙る行いであることに気づいているガロの瞳は揺るがない。その瞳に浮かぶのは戸惑いではなく、目の前の狡猾な魔獣に対する純粋な怒りだけだった。

 

そして――ダンタルカスの額に、牙狼剣が深々と突き刺さった。

 

『■■■■■■■■―――――!!』

 

辺りに轟くダンタルカスの悲鳴。

牙狼剣は突き刺さるだけに収まらず、それを持つガロごとダンタルカスの内部へと突入していく。

ダンタルカスの中を貫いていく牙狼剣とガロ。やがてダンタルカスの巨体を完全に貫通し、背面の外骨格を突き破るように背後へ――希の張った防壁の上へ降り立った。

その手に持つ牙狼剣の先端にはミイラのような生首――ダンタルカスの核が突き刺さっていた。

 

呻き声のような断末魔と共に消滅していくダンタルカスの核。

それと同時に核を失ったダンタルカスの巨体も、宙に溶けるように崩れ落ちていく。

巨獣が斃れ、希が発動させていた閃光も消えて再び夜の闇に包まれる中、それを背にするガロの瞳だけが爛々と輝いていた――

 

 

 

**

 

 

 

「彩牙くん、怪我の方は大丈夫?」

 

「ああ。これくらいだったら休めばしっかり治るさ」

 

戦いが終わり、静かな海が戻ったビーチ。

夜の闇は消えつつあり、太陽が昇ろうとしている水平線の向こうから伸びる淡い朝焼けに照らされた中、彩牙と希の姿がそこにはあった。

 

ふと、彩牙は横に佇む希に視線を向けた。

彼女の表情は晴れやかだった。以前からホラーと戦い続けてきた自分とは違い、昨日の今日ホラーのことを知り、初めて戦ったのにも関わらずだ。

だがもう一度よく見てみると、決してそうではないことに気が付いた。

希は震えていた。ホラーと戦ったこと、そしてその恐怖により手先の震えが止まっていなかったのだ。

 

彩牙は、もう一度尋ねてみることにした。

 

「東條さん、本当にいいのか?」

 

「え?」

 

「ホラーとの戦いはこれで終わりじゃない。奴らはいつでも現れ、人に憑依し、人を喰らう。それは決して終わることはない」

 

「その終わらない戦いに身を投じる覚悟が……君にはあるのか?」

 

彩牙のまっすぐな視線を受け、希は自らの手先の震えを見つめ、少し考え込むように視線をずらす。

そうしてもう一度彩牙をまっすぐに見据え、自らの想いを答えた。

 

「……彩牙くん、ウチは言ったよね、μ’sのみんなを守りたいって。その思いは今でも変わることはないんよ」

 

「だからウチは戦うよ。怖くても、終わりがなくても、ウチがやりたいってそう思うから」

 

「みんなが大好きだから……なんて、ちょっと理由としては軽いかな?」

 

 

「……いや」

 

悪戯っぽい微笑みを向ける希。

それに対する彩牙は満足そうな表情を浮かべて改めて彼女に向き合い、手を差し出した。

彩牙の思ったとおりだった。先の戦いの中で思ったことは間違いではなかったのだ。

恐怖を抱いたとしてもそれに屈せず乗り越え、自らのやりたいこと――大切な人たちを守るために立ち上がることができる。

自分たち魔戒騎士と同じ精神を彼女も持っていることが、はっきりとわかったのだ。

 

「そんなことはない。東條さん、これからもよろし――」

 

「“の・ぞ・み”!」

 

「……東條さん?」

 

「せやから希! 一緒に戦う仲間なんやし、名前で呼んでほしいやん?」

 

希の言葉に少し呆気にとられたようなそぶりを見せ、すぐに引き締まった笑みを浮かべた彩牙は答えた。

 

「――ああ。これからよろしく頼む、希」

 

「うん!ウチからもよろしくね、彩牙くん!」

 

 

晴れ渡るような歓喜に満ちた表情を浮かべ、彩牙の手を取った希。

二人の若き“守りし者”の姿を、朝焼けの光が優しく照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……希」

 

そんな二人の姿を見つめていた人物がいた。

真姫だ。別荘の玄関の扉を何とか開き、希を追いかけてきた彼女は二人の姿を複雑な表情で見つめていた。

希が無事であったことに安堵すると同時に、彼女が戦いに身を投じたことに――友達が遠い世界に足を踏み入れたことに悲しみを抱いていた。

 

 

「――真姫ちゃん?」

 

呼ばれ、振り返った真姫の視線の先には穂乃果を筆頭にしたμ’sのメンバーがこちらに歩いてくる姿があった。起きたら真姫と希の姿がなかったことが不思議に思ったのだろう。

と、そこで真姫に続いて希の姿も見つけた穂乃果が高らかに叫んだ。

 

「あ、希ちゃんもいた! おっはよーーー!」

 

「あ、みんな! おはようさん!」

 

そこで向こうも穂乃果たちに気づいたのだろう、大きく手を振りながら名前を呼ぶ希の姿があった。

そして希が彩牙と一緒にいたことに、一部のメンバーが目敏く反応した。

 

「あれ?希ちゃん彩牙くんと一緒にいる……?」

 

「ちょっと希! 海未に続いてアンタまで熱愛疑惑とかやめてよね!」

 

「ちょっ!私がいつそんな破廉恥なことをしたというのですか!?」

 

わいのわいのと騒ぎながら希たちの下へと駆けていくμ’sメンバーたち。

真姫はそんな彼女たちのことを呆然と見つめ、思い直すようにその後を追いかけていった。

 

希は違う世界へと足を踏み入れてしまった。

だけどきっと、彼女はこっち側へと帰ってきてくれる。何故ならここは、彼女自身が大好きと言ってくれた場所なのだから。

大好きな人たちを、場所を、自ら手放すわけがないと。そう信じて。

 

 

 

***

 

 

 

ザルバ「人生ってのは、悩むことの連続だ」

 

ザルバ「たとえ一度は決心したことでも、ふとしたきっかけでまた悩むようになっちまう」

 

ザルバ「そう、まるで分かれ道のようにな」

 

 

ザルバ「次回、『迷路』!」

 

 

 

ザルバ「悩むあまり、袋小路に追い込まれるなよ」

 

 

 

 







魔戒指南


・ ホラー・ダンタルカス
海の管轄に出現したホラー。
兜のような外骨格に包まれた巨大な蛸のような姿をしており、頭の中央には無機質な表情を浮かべた巨大な人面が存在している。
無数にある触手の先端は人間の口や手のようになっており、それらによって対象を捕食したり捕らえたりしている。
まともな言葉は話せないが非常に狡猾な性格であり、かつて己が食べた人間の顔を体表に浮かべることによって、相手の動揺を誘う戦法をとる。


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