牙狼〈GARO〉 -女神ノ調べ-   作:らいどる

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最近どうにも執筆ペースが遅くなってしまっている・・・・
これもすべて、F○1○が面白いのがイカンのや・・・・・

12/9追記:一部修正しました。


第11話  迷路

 

 

 

 

 

「……じゃあ、いくわよ」

 

「……」

 

――音ノ木坂学院・アイドル研究部部室

 

スクールアイドル・μ’sの活動拠点でもあるその部屋には9人の少女――当のμ’sの姿があった。

彼女たちは皆、この部室唯一のノートパソコンが置いてある机の前に群がるかのように集まっていた。椅子に座り、パソコンを操作するにこを筆頭にして。

皆が皆緊張しているかのような気を引き締めたような表情を浮かべる中、誰かごくりと唾を飲む音が響く。

 

そんな中でにこが操作するパソコンの液晶には、一つのウィンドウが映し出されていた。

そのウィンドウの中にある動画ファイルにカーソルを持っていくと、一瞬ためらいがちにクリックした。

動画ファイルが起動して画面が暗転した中、しばらくして映し出されたのは――

 

 

「――ハラショー!」

 

「やっぱりみんな可愛い!」

 

 

 

水着のような衣装を纏い、歌い、踊るμ’sの姿だった。

これは彼女たちの新曲のPVであり、曲名は、“夏色えがおで1, 2, Jump!”。合宿に行ったときに撮影した新曲であった。

自分たちの新曲のPVが見事に完成した姿に、彼女たちの歓声が沸き上がる。

 

 

「さすがにこちゃん!文句の付けどころのない編集力ですぅ!」

 

「ふっふーん!ま、宇宙No.1アイドルたるもの、自分のPVくらい作れないとね!」

 

褒め称えるような歓声に囲まれ、自慢げに胸を張るにこ。

そう、合宿中に撮影された映像を編集し、PVの形に仕上げたのは他でもないにこだった。

そもそもμ’sに加入する前のものを除けば、これまでの曲のPVを作ったのもにこだ。元々アイドルが好きであることと、かつてスクールアイドルであった経緯でPVの編集能力を身に着けていたのだ。

その上、μ’sの中で最もアイドルに情熱を傾けているにこはアイドルのPVで魅せるためには何が重要なのかを深く理解しており、PVの編集に関してμ’sの中で彼女の右に出る者はいなかった。

 

「これでまた、ラブライブや廃校阻止に一歩近づけるんだね!」

 

「安心するのはまだ早いわ。廃校のこともそうだけど、ラブライブに出場するには順位がまだ足りてないんだからね」

 

「ええ。そのためにはより沢山の人に興味を持っていただけるように、より練習を重ねなければいけません」

 

「合点承知にゃ!」

 

絵里の言う通り、μ’sはラブライブ出場の条件を満たしていない。

ラブライブに出場するにはスクールアイドルのランキングの20位以内に入っていなければならないのだ。

μ’sは現在50位以内に入っているもののまだ圏内には届いていない。加えてここから上位のランキングにはそれぞれのグループのファンも多くなり、苦戦に見舞われることは必須だった。

 

それ故、更なるスキルアップのために練習を重ねる必要があり、屋上も無事に修理が終わったことで練習しない理由は最早どこにもない。

そう、ないのだが――

 

「あのね、ウチはちょっと今日用事があって練習には出れへんよ」

 

申し訳なさそうにそう言ったのは希だった。

彼女の以外なその言葉に、部室にいた全員が反応した。

 

「え?そうなの?」

 

「そういえばそんなこと言ってたわね……」

 

「明日はちゃんと出るから堪忍してな?」

 

申し訳なさそうにしつつ、パタパタと部室を後にする希。

その姿を見送ったメンバーが不思議そうに呟いた。

 

「希ちゃんどうしたんだろ?具合が悪いってわけでもなさそうだし……」

 

「詳しいことは私も聞いてないけど、とっても大事なことって言ってたわ」

 

「………まさか、男なんてことはないでしょうね」

 

にこのその一言に、部室の中は大きなどよめきを見せた。

それもそのはず。根も葉もない憶測とは言い切れず、彼女たちには一つ心当たりがあったからだ。

それはPVの件にも出ていた先日の合宿、その二日目の早朝のこと――

 

「そ、そういえばこの間の合宿の時、早朝の砂浜に彩牙さんと二人でいましたよね……」

 

「ま、まさか希……嘘でしょ……?」

 

「そんなことないよ!」

 

「そうだよ!彩牙くんには海未ちゃんがいるんだもん!二股なんてマネしないよっ!」

 

「あなた達はまだそれを言うのですかっ!?」

 

深く考える者、慄く者、反論する者――海未が異を唱えたが――が現れ、わいのわいのと賑やかに騒ぎ出すμ’sメンバーたち。

その中で唯一、賑やかな輪に入らずに希が去った後を複雑な表情で見つめる真姫。

そしてそんな彼女の姿を、輪の中で海未だけが不思議そうに見つめていた――

 

 

 

**

 

 

 

アイドル研究部の部室を後にした希はそのまま校舎を通り抜け、音ノ木坂の敷地外へと飛び出した。

そしてマンションの自宅に帰宅――するでもなく、校門前の大通りを学校の塀伝いに歩いていき、人目を気にするように辺りをきょろきょろと見回すと、学校の裏に繋がる路地裏へと入り込んでいった。

 

狭く薄暗い通りを緊張しているような面立ちで進んでいく希。

やがてちょうど音ノ木坂の裏――校門の反対側にまで辿りつくと、そこにいた待ち人の姿を見つけ、朗らかな笑顔を浮かべた。

 

「彩牙くん、お待たせ!」

 

「……っと、希か」

 

『思ってたより早かったな』

 

待ち人――彩牙の下へぱたぱたと駆け寄る希。

そんな彼女を穏やかな表情で出迎えた彩牙だったが、ふと、不思議そうに彼女を見つめた。

それは彼が抱いたある疑問によるものだった。

 

「しかしよかったのか?練習を休んでしまって」

 

彩牙の知る限り、希にはμ’sとしての練習があったはずだ。しかも希はμ’sそのものにとても強い思い入れがある。それこそ自らの戦う理由となるほどに。

約束があったとはいえ、そんな彼女がμ’sの活動から抜け出して想定していたよりも早く来たことが不思議に思ったのだ。

 

「ええんよ。確かにウチはμ’sが大事やけれど、こっちのことを疎かにしていいわけでもないんやからね。それに――」

 

自分で選んだことやしね。

そう告げて改めて微笑んだ希に対し、彩牙は僅かに驚いたようなそぶりを見せ、納得した表情を浮かべた。

わかっていたことだったのだ。希はそう簡単に己の意志を曲げるような性格ではないことを。大切だからこそ、あえてその場所から離れることもあると。

 

「……そうか、それじゃあ行こうか」

 

「うん! エスコートは任せたで♪」

 

すぐ傍にあった壁――音ノ木坂の塀に向け、左手を突き出す彩牙。

すると指に嵌ったザルバが一瞬輝き、それと連動して二人の背丈よりも大きな四角形の光の線が塀に現れた。光の線の内側の壁が溶けるように消えていき、四角形の光はぽっかりと暗い穴の開いた“門”へと変化した。

 

彩牙が促すように顎を引くと、先導するようにその門を潜っていく。ごくりと唾を飲み、緊張した表情を浮かべ、一拍遅れて追うように希も門を潜っていく。

すると光の線の内側に再び塀の壁が現れ、門を塞いでいく。

そこにあったのはただの塀であり、その裏通りには人気のない静寂が戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

「……音ノ木坂の裏に、こんなスピリチュアルな場所があったんやねえ……」

 

「……ふふ」

 

「ん? どうかしたん?」

 

「いや、何でもないさ」

 

暗い空間の中に一筋だけ伸びる淡い光の道――番犬所の神官の間へと続く回廊を歩いていく彩牙と希。

その道中で希が呟いた言葉に、彩牙は思わず可笑しそうに笑った。

同じだったのだ。かつて自分が初めて番犬所を訪れた時に呟いた言葉に。あの時の自分も番犬所の存在に、その入り口の意外すぎる場所にただただ驚くばかりだった。

あの時はそんな自分をザルバが先導していたが、今度は自分が希を先導することになるとは思ってもみなかった。

 

そんな懐かしさに思いを馳せていると、二人は神官の間に辿りついた。

だが彩牙も希も、その顔には訝しげな表情を浮かべていた。

 

「……ここに、その神官さんがおるん?」

 

「……ああ。だけど……」

 

『妙だな、静かすぎる』

 

ザルバはそう言うが、静かというレベルではなかった。

神官の間には主であるオルトスの姿はおろか、彼女が普段掛けているソファや調度品すらもなく、暗い空間に狼の頭を模したオブジェ――浄化装置がポツンと立っているだけだった。

想定していなかった光景を前に、警戒心を抱いた彩牙が庇うように希の前に出る。

 

『とりあえず、剣の浄化だけでも済ませておくか』

 

「……そうだな」

 

気を取り直し、魔戒剣を抜いて浄化装置の前に立つ彩牙。

そしていつもと同じように狼の口に魔戒剣を突き刺し――

 

 

――バン バン バンッ!

 

「わあっ!?」

 

「っ! 何だ!?」

 

何処から現れたのか、突然神官の間に差し込まれる無数の照明。その光はスポットライトのようにある一点に集まっていた。

照明に照らされたのは、華や月などの装飾が施された白く輝く舞台だった。それを目の当たりにした希はどこか既視感を抱いた。

――まるで、アイドルのステージのようだと。

 

突然現れたステージを前に、彩牙と希が驚きつつも警戒していると、どこからともなく可愛らしく軽快な音楽が流れ始め――

 

 

 

 

 

 

 

 

「な……!?」

 

「わぁ……!」

 

……どこからともなく現れたオルトスが、マイク片手にそのステージの上で歌い、踊り始めた。それもご丁寧にヒラヒラのフリルが付いた白いドレス――アイドルのような衣装に身を包んで。

ポカンとした表情を浮かべる彩牙は、自分の理解が追いつかない光景にただ茫然としていた。――魔戒剣の浄化が終わり、邪気を封じた短剣が吐き出されたことに気づかないほどに。

 

対して彩牙の後ろにいた希は突然始まったアイドルのステージに驚きつつも、楽しそうな表情で見つめていた。

そう、何も知らない彼女からすれば、見た目麗しい美少女アイドルがステージを披露しているようにしか見えないだろう。

……その中身が年齢不詳の老婆であることを知らないのだから。

 

呆然とした彩牙と輝かしい表情の希が見つめる中で、オルトスはノリノリで歌い、踊る。ザルバは何かがこみあげそうになるのを必死に抑えた。

そうして一曲歌い切ったオルトスは清々しい表情で、アイドルが観客にするようにぺこりとお辞儀をした。

それを満面の拍手で迎える希だが、理解が追いつかず呆然としていた彩牙はそこでようやく我に返り、オルトスに恐る恐る尋ねた。

 

「……お、オルトス……様?」

 

「おお彩牙か、待っておったぞ。そちらにいるのが前に話した娘じゃな?」

 

「えっ? えっ?」

 

オルトスの素――美少女の外見に反して老婆のような話し方のそれに、希は驚きを隠せなかった。彩牙が初めて訪れた時のように、外見と中身のギャップに驚いていたのだ。

そんな彼女をよそに、オルトスと困惑の色を隠せない彩牙が言葉を交わしていく。

 

「え、ええ。彼女が魔戒法師の希です。それであの、その姿は……?」

 

「これか?最近人の世では年頃の娘たちが歌って踊る……アイドルじゃったか、それが流行っておるのじゃろう? ならば儂も乗り遅れるわけにはいかんと思ってのう」

 

――どうじゃ、似合うじゃろ?

そう言いながら色っぽいポーズを決めるオルトスを前に、彩牙は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

 

『歳を考えろ。お前さんみたいな婆さんがそんな格好してもキツイだけ――むぐっ!?』

 

「ザルバっ!?」

 

思ったままのことを口にしたザルバだが、言い切る前にその口が塞がれた。

オルトスがザルバに口封じの術をかけたのだ。真顔で、即座に。

口を塞がれてカチカチと音を鳴らしてもがくザルバと、何とか口を開けさせようと奮闘する彩牙を無視するように、オルトスは希と向き合った。

 

「さて、口煩い魔導輪は放っておいて、お主が彩牙の言うとった法師じゃな? 儂はこの虹の番犬所を預かるオルトスじゃ。歓迎するぞ」

 

「は、はい! ウチ……その、東條希って言います。よろしくお願いします!」

 

改めてオルトスを前にした希は、緊張した様子を見せていた。

騎士や法師たちに指令を下す番犬所。その一つである虹の番犬所の主であるオルトスのことを、予め彩牙から聞いていたのだ。直接の上司に当たる存在であると。

しかもまるで人形のような美少女であったため、その美しさが希の緊張をより高めていた。

……ザルバの言った「婆さん」という単語は聞き流して。

 

「ん? ……そうか、“東條”か……」

 

対して、希のフルネームを聞いたオルトスは訝しげな表情を浮かべていた。

彼女の様子に疑問を抱いた希だったが、それをかき消すようにオルトスの快活な笑い声が響いた。

垣間見せた訝しげな表情は、偽りだと言わんばかりに。

 

「彩牙から聞いたぞ、あのダンタルカスの身の丈を越えるほどの防壁を張れると言うではないか」

 

「そ、そんな大したことじゃ……ウチにできるのはあれくらいですし……」

 

「謙遜するでない。お主のその力は人を守るためには必要不可欠なのじゃ、それを忘れるでない」

 

「――! はい!」

 

オルトスの言葉に希は再び身を引き締める。

――そう、自分は何もここにステージを見に来たわけでも、ただ挨拶に来たわけでもない。

自分はホラーと戦うために、みんなを守るためにここに来たのだと。

そうして気を引き締めた希の姿を、深みのある笑みで見つめたオルトスは胸元から一通の赤い封筒――指令書を取り出した。

 

「さて、というわけで早速初仕事に取り掛かってもらうかの」

 

「ホラーですか?」

 

『―――ぷはっ! おいおい、また現れたのか。キリがないな』

 

オルトスの取り出した指令書に、気を切り替えた彩牙とようやく口が開けたザルバが真っ先に反応した。

エレメントの浄化を続けていても一向にホラーの出現が減る様子がないのだ。ザルバがうんざりしたようにそう漏らすのも無理はなかった。

そして希は初めての正式な仕事を前に、ごくりと喉を鳴らした。

 

「うむ。お主ら二人に当たってもらうのじゃが――」

 

そう言いながら、オルトスは希の姿をじっと見つめる。

音ノ木坂の夏制服――学校帰りであるが故のその服装。その姿をじっと見つめられ、希はどこか気恥ずかしい感覚を抱いた。

 

「……その服装では行かせられんのう、魔法衣をやろう」

 

「……まほうい?」

 

『そうか、魔法衣のことを教えてなかったな』

 

聞き慣れない単語を鸚鵡返しのように呟く希。

何のことかわからないと言いたげな彼女に補足するように、ザルバが説明していく。

 

――魔法衣とは、騎士や法師たちが纏う衣類のことであり、術による加護が施されている衣類のことである。

施す加護は様々であり、ホラーの返り血を防ぐという戦う上では必須になるものから、衝撃を和らげる、人目に留まりにくくなる、裏側に物を収納できるなど多岐に渡っている。

そして個人の差はあれど、多くの魔法衣がコートの形状をしており、黒で配色されていることが多いのである。

 

『この小僧が着ているコートもな、ボロボロだが立派な魔法衣の一つなんだぜ』

 

「へぇ~………ってことは、この間のウチは結構危なかったってこと?」

 

「そういうことじゃ。そういうわけでお主にも魔法衣を着てもらうぞ」

 

「しかし、予備の魔法衣などあったのですか?」

 

番犬所に魔法衣があるなど聞いていなかった彩牙の疑問に対し、オルトスは不敵な笑みを浮かべた。

 

「あるぞ。とっておきのやつがのう」

 

その不敵な――いや、悪戯心に溢れたにやりとした笑みを前に彩牙は、そして初対面であるはずの希もどこか嫌な予感を抱いた。

 

 

 

**

 

 

 

「――真姫、何かあったのですか?」

 

「……え? 何よ急に」

 

「いえ、どこか心あらずというような感じがあったので気になりまして」

 

練習が終わり、休んだ希を除いた皆が帰りの準備を進めている中、真姫にそう声をかけたのは海未だった。

訝しげな、それでいてどこか気まずそうな真姫の表情を目にした海未は、己の直感が的中していたことを察した。

 

ここ最近、海未から見た真姫の様子はどこかおかしかった。

初めて違和感を抱いたのは合宿の時だったが、その時はまだ『そんな気がする』程度だった。

それが確信に近くなったのは今日のことだ。用事で先に帰った希のことを見送った時の真姫の表情が、物悲しげなものに見えたことだった。

 

対する真姫は、海未の言葉にどきりと心臓が跳ね上がりそうな感覚を抱き、周りに悟られないように少し悩みこむような様子を見せた。

やがて意を決したのか、辺りを見回して海未以外は誰も聞き耳を立てていないことを確認すると、ひそひそと耳打ちをした。

 

「……ねえ、ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」

 

「ええ、構いませんよ?」

 

真剣な表情で言う真姫を前に、海未はためらうことなく頷いた。

そして再度周りの様子を窺うと、海未以外には聞こえないように呟いた。

 

 

 

 

 

 

「……ホラーって言葉に、聞き覚えない?」

 

 

 

**

 

 

 

「……ここか?ザルバ」

 

『間違いない、邪気がこれでもかってほどに伝わってきやがる』

 

――時は過ぎ、夜。

人気がほとんどなく、微かな街灯だけが辺りをおぼろげに照らす広場。その隅に隠れるようにサーカスのテントのような小屋が建っていた。

“ドッキリハウス”とポップな文字でファンシーなピエロやお化けと一緒に描かれた看板が掛けられたその小屋を、彩牙は睨むように見上げていた。

 

その理由は、ザルバが言うように小屋から漂ってくる邪気。

情報が正しければここにホラーが潜んでいる筈なのだ。ファンシーな見た目とは裏腹におぞましい邪気が、彩牙の警戒心をより高めていた。

 

『可愛い見た目に惹かれてみたら地獄の入り口……ってわけか』

 

「……」

 

人間を喰らうために、誘い込むためにあらゆる手を使うホラー。

時には甘い顔をも使うその狡猾さが、彩牙の中にある怒りの炎を燃え上がらせていく。

その怒りの炎を胸に秘め、いざ乗りこまんと踏み出そうとした時、彩牙は何か思い出したかのように突然くるりと踵を返した。

そして後ろの方に立っていた街灯に向かって、呆れるように声をかけた。

 

「……いつまでそうしてるんだ?」

 

「ちょ、ちょっと待って!まだ心の準備が……」

 

彩牙の声に応えたのは、関西弁のような少女の声――希の声だった。

しかし彼女の声が発せられたのは、彩牙が向き合っている街灯の裏。希はその街灯の裏に隠れていたのだ。

ホラーの住処を目の前にして恐怖に侵されてしまった――というわけではない。彼女の声と街灯の端からちらりと見える仕草は、恐怖に侵された者のそれではなかった。

どちらかというと――

 

『なんだ、まだ恥ずかしがってるのか?俺様たちしかいないっていうのに』

 

「し、しかたないやん。恥ずかしいもんは恥ずかしいんよ」

 

――羞恥に染まった者のそれに近かった。

ザルバに促されても渋っていたがやがて意を決したのか、飛び出すように街灯の裏から現れた希。

そして街灯の灯りに照らされ、彼女の姿が露になった。

 

 

「……あ、あんまり見とんといてや」

 

希は、魔法衣を身に纏っていた。

背中に三日月のワンポイントが施された紫色のロングコートを纏っていたが、コートは問題ではなかった。問題なのはその下だ。

丈の短いスカートとブーツの間で輝く白い生足に、肩が完全に露出しているトップス。特にトップスは彼女の最大の特徴である豊満な胸を強調するように谷間を覗かせていた。

 

……これが、オルトスが希に与えた魔法衣である。

一歩間違えれば“そっち系の趣味”と誤解されかねないその魔法衣を纏う希は羞恥で顔を真っ赤に染め、対する彩牙も出てくるように促したものの気恥ずかしそうに視線を逸らした。

いくら魔法衣とわかっていても、年頃の男子である彼には少々刺激が強いのもまた事実だった。

 

『アイドルをやってるのに何をそこまで恥ずかしがる?この間だって水着同然の姿で踊っていたじゃないか』

 

「そ、それとこれとは話が別やん。ステージで着るのと街中で着るのじゃわけが違うんよ」

 

希の言い分も最もで、確かにライブをするときには露出が激しい衣装を着ることもあるが、それはあくまでステージに合った衣装なのだ。街中で着て歩くわけではないし、ライブ中では集中していることもあって気にすることはない。

だけどこれは別だ。これはライブで着る衣装ではない、街中で着る服装なのだ。いくら認識阻害の術がかけられていて人目に留まることはないにしても、恥ずかしいものは恥ずかしかった。

 

『しかしだな、昔は今で言うレオタード同然の魔法衣を着ていた法師がいたんだぜ。それに比べれば可愛いもんじゃないか』

 

「そう言うてもなあ……」

 

「もういいだろう、行こう」

 

「あ、ちょっと待って」

 

そろそろ話を切り上げてテント小屋へと進もうとした彩牙を、希が呼び止めた。

まだ恥ずかしがっているのかと思い、振り返った彩牙だったが、そこにいた希は自らの格好に恥ずかしがっている様子ではなく、真剣な表情を浮かべていた。

そして、やや躊躇いがちに口を開いた。

 

「……本当なん?海未ちゃんのこと」

 

「……ああ、本当だ」

 

『ホラーの返り血を浴びちまったあの嬢ちゃんは百日後に死ぬ。残念だがれっきとした事実だ』

 

希は彩牙から、そしてオルトスから聞いたのだ。

ホラーの返り血を浴びた者がどうなるのか。海未がその返り血を浴びてしまったことを。

大切な友達が死の運命に囚われてしまった事実。それを聞いた直後、ショックのあまり視界が真っ暗になってしまった程だ。

 

「でも、ヴァランカスの実ってのがあれば海未ちゃんは助かるんよね?」

 

「ああ、だから海未はその日まで守り抜く!絶対に……!」

 

決意を新たに固めるように、険しい表情で拳を握りしめる彩牙。

そんな彼の拳に、希の手がそっと置かれる。

見ればそこには、優しい表情で彩牙を見つめる希の姿があった。

 

「ウチも、やで? 海未ちゃんは大切なお友達やもん、ウチらで必ず助けような」

 

「……そうだな。俺たちで、必ず」

 

 

 

 

 

 

「……中は思ってたより広いんやね」

 

「おそらく、この小屋自体がホラーの張った結界なのかもしれないな」

 

『ああ。この胃の中に呑み込まれたような感じ、間違いないだろうな』

 

テント小屋へと足を踏み入れた彩牙たち、彼らは今その通路を歩いていた。

希の言う通り、テント小屋はそのこぢんまりとした外見に反し、内部は広い通路がどこまでも続いており、その上小屋の内部全体に靄がかかったような感覚が漂っていた。薄いピンクで染められ、ファンシーなピエロやお化けの装飾が施された通路の内装が、生理的嫌悪感とも言えるその薄気味悪さをより高めていた。

 

テント小屋そのものがホラーの張った結界であることが疑い様のなくなったその通路を、彩牙が先導して警戒しながら進んでいく。

ホラーの張った結界であるならば、いつどこからホラーやその使い魔が襲ってきても不思議ではないからだ。それに感化され、希の魔導筆を握る手にも自然と力が入る。

 

そうして通路を進んでいくと、曲がり角に差し掛かった。

ピエロのお面が壁に架けられたその角の先を窺う彩牙。敵の姿や気配がないことを確認すると、先に進もうと足を踏み出した。

――その時、希の背筋にぞくりとした悪寒が走った。

 

「――! 彩牙くん!待って!!」

 

「!?」

 

集燥に駆られた希の叫び。

その叫びに尋常ではない危機感を抱いた彩牙は踏み出していた足を引っ込めて飛び退くと、それと同時に角の壁に架けられていたピエロのお面の両目が妖しく光りだした。

すると突然ピエロのお面の真下から数本の針が生えてくるように現れ、彩牙が踏み出そうとしていた場所目掛けて伸びてきたのだ。彩牙が飛び退いていたため、空を切るだけに終わった針は金属音と共に床に突き刺さり、宙に溶けるように消えていった。

 

「っ……すまない希、助かったよ」

 

『罠か。よく気づいたな、俺様よりも早かったんじゃないか?』

 

「なんだか猛烈に嫌な予感がしたんやけど……無事でよかった」

 

彩牙が罠を踏もうとした寸前、希の脳裏に直感とも言うべき警鐘が鳴り響いたのだ。『今踏み出させてはいけない』と。

それが彼女の持つ強力な法力の副作用なのか、生来の勘の鋭さによるものなのか定かではないが、結果として彩牙が助かったことに安堵していた。

 

その彩牙だが、罠に嵌らずによかったという安堵もそこそこに、訝しげに罠のあった場所を見つめていた。

希が不思議そうにその姿を見つめていると、彩牙はどうにも納得しきれないと言いたげな表情を浮かべた。

 

「……おかしいな」

 

「どうしたん?」

 

「今の罠だけど、出てきた針が急所を狙っていないんだ。敵を排除する罠にしてはおかしくないか?」

 

「……そうだったん? 咄嗟のことやったから全然気づかへんかった」

 

彩牙の記憶が正しければ、あの時彩牙目がけて突き出てきた針は頭、首、胸などといった急所は避け、手足などの刺さっても命に別状はない箇所を狙っていたのだ。

敵――この場合自分たちを排除する罠にしてはどうにも不自然な造りになっていた。それが気がかりだった。

 

『……この罠は敵の排除じゃなく、獲物を弱らせるためのようだな』

 

「弱らせるため?」

 

『ああ。おそらくここに潜んでるホラーはデストラップ。結界内に誘い込んだ人間を罠で心身ともに弱らせてから喰らう悪趣味なホラーだ』

 

ザルバの話ではこうだ。

件のホラー――デストラップは、自らが張った結界の中に人間を誘い込む。そして結界内の至る所に罠を仕掛け、獲物を心身ともに弱らせ、追い詰めていく。

一度では到底死ぬことのない罠でじわじわと嬲り、その苦しんでいく様を楽しみながら。

そうして弱りきって“味付けが施された”ところで喰らうというのだ。

 

話を聞いているうちに彩牙の表情は険しくなり、拳も固く握られていく。

怒っているのだ。人間を喰らうホラーを、じわじわと嬲り殺しにするかのように追い詰めるその悪辣さに怒りを抱いていた。

そしてそれは彩牙だけではなかった。隣にいた希も、ホラーの非道に憤りを隠せずにいた。

 

「……先に進もう」

 

「……うん。これ以上好きにさせたらあかんね」

 

 

 

 

 

そうして奥へと進んでいく彩牙と希。

奥に進むにつれて通路は薄暗くなっていき、空気の重苦しさも増していった。

そして罠も。致命傷には至らないが対象を確実に弱らせていく罠の数も、そのえげつなさも増していった。

しかしそれらは全て罠にかかる前に希が感知したため、彩牙たちは事実無傷だった。

持ち前の勘の鋭さによるものといえばいいのか、彼女の感知力の高さに彩牙とザルバは感嘆とした。

 

そうして二人が辿りついた場所は、開けた空間だった。

テント小屋の外から見た広さがちょうどこの位だったと思わせるその広間には、壁に幾つものピエロやお化けのお面が架けられており、ここまでの通路に比べるとやや明るかった。

しかしその反面、空気の重苦しさはこれまでの比ではなくなっており、最早肌に触れる空気が獣の吐息のように感じるほどだった。

 

警戒する彩牙と希。

辺りを注意深く見回しながら進んでいく、その時――

 

 

 

「――おやおや、まさかここまで入り込む方がいらっしゃるとは驚きです」

 

「「―――っ!!」」

 

背後から響いた、驚きと愉快さが織り混じった声。

振り返った先には派手な化粧と衣装に身を包んだピエロがいた。ステッキを片手に、興奮冷めやらぬ様子で彩牙たちを見つめていた。

すぐさま彩牙が魔導火を灯すと、その瞳に魔界文字が浮かび上がった。

すなわち、このピエロがホラー・デストラップであるということだ。

 

「なぁるほど、魔戒騎士でしたか。それにしても掠り傷一つないとは驚きです。ワタクシ自信をなくしてしまいそうです」

 

オヨヨヨ、と泣いているそぶりを見せるピエロ。

その感情に溢れた姿を前にした希は、言い表しようのない気味の悪さを感じていた。泣いているようで泣いていない、笑っているようで笑っていない。初めて目にした意志をはっきりと持ったホラーに、途方もない不快感を抱いた。

 

そして彩牙は、ピエロをただじっと静かに見つめていた。

表情を険しくし、鞘に収まった魔戒剣を強く握りしめながら呟くように口を開いた。

 

「……この結界を張ったのは、お前か」

 

「ピンポンピンポーン!そぉの通りデス!」

 

「あの罠は何のつもりだ」

 

「ンー……あれですか。 あれはワタクシ自慢の“調味料”です」

 

「ちょうみ……りょう……?」

 

呆然とした希の呟きに、ピエロは愉快そうな笑みを浮かべた。

それはさながら自分の技術を誇らしげに語る職人のように。

 

「ワタクシは珍味が好みでしてね、幸せの絶頂を調味料とする輩もいるようですが、あんなものはただ脂っこいだけです!」

 

「本当の美味というものはですね、甘さ、辛さ、ほろ苦さが絶妙に絡み合ったものなのです! そしてそれが実現できるのはそう!極限の恐怖と絶望なのです!」

 

「勢いあまって殺してしまわないようにじわじわと痛みつけ、死への恐怖と絶望にゆっくりと染めていくと素材の味が最大限に活かされるようになり、このときの味がまた言葉に表せないほどの美味なのですよ!」

 

「そうそう、一つお話ししましょう! 先日そちらの法師と同じ年頃の娘がやって来たのですが、その娘の恐怖に染まった顔が実に最高のスパイスでして――」

 

 

 

 

「――もういい。喋るな」

 

遮るように放たれた彩牙の言葉と同時に振るわれた、魔戒剣。

軽々と躱したピエロによって魔戒剣は空を切ったが、彩牙は怒りを隠しきれない表情を浮かべ、すぐにその切っ先を向き直す。横では同じように憤りを隠しきれていない希が、魔導筆を構えていた。

話を遮られ、剣を振るわれたピエロはそれでもニタァと愉快そうに笑っていた。

 

「いいでしょう、普通の人間を喰うのも飽きてきました。お二方にはワタクシの最高のトラップを楽しんでいただくとしましょう!」

 

その言葉と同時にステッキで床を突き、沈むように床の中へと消えていったピエロ。

すると広間の全体が脈動を打つように妖しく光り、ピエロの不気味な高笑いが響き渡る。

一層薄暗くなり、どこから仕掛けてくるのかと辺りを警戒する彩牙。冷や汗を浮かべ、緊張しきった表情だが恐怖に呑み込まれないようにと希も周囲に意識を向ける。

そして、彩牙の足がすり足で一歩動いた時――

 

「――! 彩牙くんっ!」

 

「っ!」

 

希の叫びと共に飛び退く彩牙。その直後、彼のいた場所に無数の槍が天井から降ってきて床に突き刺さった。

そして飛び退いた先に着地した瞬間、今度はどこからともなく噴き出てきた火炎放射が襲い掛かる。

炎にコートをたなびかせながら火炎放射を躱すと、今度は巨大な斧が振り子のように揺られながら襲い掛かる。すかさず魔戒剣で受け止め、鍔迫り合いの後に弾き返すと、畳みかけるように全方位から同じような斧が襲い掛かってきた。

 

息をつく間もなく襲い掛かるピエロ――いや、ホラーのトラップ。

魔戒騎士ならば少しくらい過激でも平気だと言いたいのか、そのトラップは普通の人間ならば即死してしまうようなものばかりだった。

 

全方位から襲い掛かる斧を、独楽のように回転して弾き返す彩牙。

すると今度はその隙間の縫うように無数のナイフが襲い掛かる。360度、真上も含めた全周囲から襲うそれらは一度に飛んでくるのではなく時間差になっており、防ぎきるのは困難となっていた。

襲い掛かるナイフを弾き返すが、全てには対処しきれない彩牙。振るわれた魔戒剣を逃れたナイフが彼の身体に突き刺さらんとした瞬間――

 

「彩牙くん!」

 

彩牙をドーム状に囲むように張られた希の防壁が、襲い掛かるナイフを全て弾き落とした。

次のトラップが襲い掛かる前に彩牙の傍に駆け寄り、再びドーム状の防壁を張る希。その直後、ナイフだけでなく槍、斧、火炎放射などが途切れることなく防壁に守られた二人に襲い掛かった。

 

「助かったよ」

 

「どういたしまして。でもここからどうしたらええんやろ?」

 

『奴をおびき出すことができればいいんだがな』

 

ピエロは未だ姿を隠し、その高笑いが響くだけだ。

その上希の防壁が解除された瞬間、これら無数の凶刃がその身を襲うことは明白だったため、彩牙たちは下手に身動きが取れなかった。

頑丈さは折紙付きである希の防壁が破られる心配はなさそうだが、このままではいつまで経っても状況を覆すことができない。

どうしたものかと手を探っていた、その時だ。

 

 

――フワッ

 

「え……?」

 

「なっ……!」

 

突然の浮遊感。

足下に視線を移すと、そこにはさっきまで自分たちが立っていた床がなく、ぽっかりと二人を呑み込むほどの穴が開いていた。

そしてその遥か下には、人骨らしき残骸が浮かび上がる酸の池が待ち構えていた。

 

「――きゃあああぁぁぁーーーーー!」

 

「うあああぁぁぁーーーーーっ!」

 

重力に従い、穴の中へと落ちていく彩牙と希。

深く深く、酸の池目掛けて落ちていき、その声が聞こえなくなった頃、床から生えてくるようにピエロが姿を現した。

白く塗られたその表情に愉快な笑みを浮かべ、二人が落ちていった穴へと歩み寄っていく。

きっと今、穴の中では酸の池で身体を焼かれてもがき苦しむ二人の姿があることだろう。

 

「楽しみですねぇ。どんな美味しそうな悲鳴をあげていることでしょう」

 

あの騎士も良さそうだが、何よりもあの法師がとても美味しそうだ。

逞しい顔立ちの騎士の表情を恐怖に歪ませるのもいいが、あの法師のように可憐な少女の苦痛と恐怖に歪んだ顔は格別だ。普段は愛らしい笑顔を浮かべているであろうその表情を絶望に落とし、醜く崩れさせる姿は想像しただけで涎が止まらなくなる。

そうして舌なめずりし、穴の中を覗き込むと――

 

 

 

 

「――ハアッ!」

 

「ぎゃあっ! な、なんですって!?」

 

魔戒剣を構えた彩牙が猛烈な勢いで穴の中から飛び出し、穴を覗き込んだピエロを斬り裂いたのだ。

斬り裂かれたことで顔にできた横一文字の傷を抑え込み、魔戒剣を構える彩牙を困惑した表情で睨みつけるように見つめるピエロ。

 

――何故奴が無事なんだ!?酸の池に焼かれることもなく!?

なぜ?どうやって!?

 

その疑問の答えは、穴の中を再度覗きこんだ瞬間に明らかになった。

 

 

 

「……! なんですって!?」

 

穴の中には希がいた。

――自らが張った防壁を足場にして、酸の池に落ちることなく立っていた希が。

穴に落ちた時、酸の池に落ちる前に自分たちの下に穴をちょうど塞ぐように防壁を張っていたのだ。そうして自分たちが酸の池に落ちたと思い込んだピエロが姿を現し、穴の中を覗き込むのを待ち構えて彩牙が跳び上がった。

これが一連の流れだった。

 

『逆に罠に嵌められた気分はどうだ?』

 

「私を、罠に嵌めた……? ……許しません、ただじゃおきませんよっ!」

 

今までの愉快そうな笑みとは一転し、憤怒に満ちた怒りの表情を浮かべたピエロがステッキを振るうと、その身体をファンシーな色合いの光が包み込んだ。

その光は靄のような闇へと変化していき、やがて溶けるように消えていくと、ピエロの姿は人間の姿ではなくなっていた。

道化師を彷彿とさせ、それでいて生理的嫌悪感を抱かせる生々しい姿をした怪物――ホラー・デストラップの真の姿だった。

 

禍々しい形状に変化したステッキを携え、彩牙に襲い掛かるデストラップ。

振るわれたステッキを彩牙は魔戒剣で受け止め、デストラップごと弾き返す。そして間髪入れずに円を描いてガロの鎧を召喚する。

たたらを踏むデストラップに、これまでの仕返しとばかりに牙狼剣を振るい、躍りかかるガロ。

 

猛烈な勢いで振るわれる牙狼剣をステッキで受け止めるデストラップだが、その動きはガロのそれとは違ってぎこちなく、辛うじて受け止めるのが精一杯というような様子だった。

それもそのはずで、デストラップの本来の戦い方とはトラップで相手を苦しめ、自らは安全なところから高みの見物をするというもの。こうして自分自身で戦うなどとは以ての外なのだ。

だが今のデストラップは自らのトラップを防がれた上、自分を嵌めるために利用したことによる怒りに支配され、その事実を見失っていた。

 

やがてガロの猛攻に押し切られ、デストラップのステッキが弾かれて宙を舞う。

デストラップは宙に舞う自らのステッキを集燥に駆られたように見つめるがそれも僅かで、すぐさま爪と牙を立ててガロに襲い掛かった。

しかしガロはデストラップの攻撃を躱し、カウンターとして横薙ぎに振るった牙狼剣をその胴体に押し当てる。

一瞬、時間が止まったかのように動きを止める両者。やがて再び時間が動き出すと、ガロはそのまま牙狼剣を振りきってデストラップの身体を両断した。

 

『■■■■■―――――!』

 

上半身と下半身が分かれ、苦痛と驚愕に満ちた表情で崩れ落ちるデストラップ。その様は皮肉にも、これまで喰らい続けてきた人間たちと同じ姿だった。

そして断末魔と共にその肉体が消滅すると、周囲の光景が――テント小屋の広間が歪み、変化していく。デストラップが斃れたことにより、その結界が効力を失ったのだ。

 

気づいた時にはガロと希の姿はテント小屋の外にあった。

自分たちが先ほどまでいたテント小屋は今にも崩れそうなほどにボロボロに、寂れた状態になっていた。

希は、ガロの鎧を解除した彩牙は、そのテント小屋をじっと見つめる。すると希はテント小屋の一角に何かが張り付いていることに気づき、傍に歩み寄ると悲しげな表情を浮かべながらそれにそっと触れた。

彼女が触れた指先には、昔このテント小屋を訪れたと思しき子供が、あのピエロと一緒に満面の笑みを浮かべている写真が張り付けてあった。

 

「……あの人、ホラーに憑依される前は純粋に人を驚かせるのが好きだったんかな」

 

「……そうだったのかもな。だが何かがきっかけとなって奴はホラーになり、人を喰らうようになってしまった」

 

『人を笑顔にさせるのが目的だったトラップが、人を絶望させて喰らうためになっちまったってのは、皮肉な話だな』

 

「……」

 

あのピエロは、一体どこで道を間違えてしまったというのか。何故ホラーになってしまったのか。

だがいくら考えてもその答えを知る由はない。あのピエロはもういないのだから。

彩牙が斬る前から、ホラーに憑依された時点であのピエロはもうどこにも存在しないのだから。

 

「帰ろう、希。今日の仕事は終わった」

 

「……うん、そうやね」

 

いつまでもこうしていても仕方ない。

番犬所への報告もあるし、明日も早い。そう思い、気持ちを切り替えて立ち上がった。

 

 

その時だ。

 

 

 

 

「――なんだ、もう終わっちまったのか?」

 

「っ!」

 

後方から近づいてくる、草を踏む足音と聞き覚えのある声。

彩牙と、彼に倣うように振り返った希の視線の先にいたのは、林の中からゆっくりと現れた黒いコートに身を包んだサングラスをかけた少年。

――魔戒騎士・コテツがそこにいた。

 

「……お前か、何の用だ」

 

「何だとはお言葉だな、仕事だよ仕事。この辺りに人を誘い込んで喰らうホラーがいるって話だったからな」

 

『そいつならたった今討滅したところだ、一足遅かったな』

 

「みたいだな。 ………ん?」

 

自然と表情が険しくなった彩牙と話すコテツの視線が一点に止まる。

その視線の先にあったのは、こちらをキョトンとした表情で見つめる魔戒法師らしき少女――希。

 

「……アンタは?」

 

「あ、はじめましてやったね。ウチ、東條希っていうんよ。魔戒法師……の見習いってとこやね」

 

「俺はコテツ、御覧の通り魔戒騎士さ。しっかし可愛いなあ……どうよ、こんな奴よりも俺と組まないか?」

 

「えっ!?」

 

「……どさくさに紛れて何を言ってるんだ」

 

呆れたような表情を浮かべる彩牙に、「冗談だ」と鼻で笑うコテツ。

まるで正反対な二人の騎士の姿を前にした希は、賑やかな居場所が増えたと、朗らかな気持ちと共にそう思うのだった。

 

 

 

**

 

 

 

――園田家・玄関

 

「おかえりなさい、彩牙くん」

 

「……ただいま。どうしたんだ?こんなところで」

 

「そろそろ帰ってくる頃だと思いまして」

 

『ほう、嬢ちゃんも小僧の行動がわかるようになってきたか』

 

「そうかもしれませんね。ザルバさんもお帰りなさい」

 

帰路についた彩牙を待ち構えるように出迎えたのは海未だった。

きょとんとした表情を浮かべる彩牙を出迎えた海未は凛々しくも優しい笑みを浮かべ、それがホラー狩りをした後の張り詰めた彼の心を解かしていく。

コートを脱ぎ、腕に掛けた彩牙の隣を一緒に歩いていく海未。自然と背の高い彩牙を見上げる形となった。

 

「……今日もまた、ホラーですか?」

 

「ああ、でももうカタがついた。何の心配もない」

 

「そうですか……あら、また怪我をしたのではないのですか?」

 

「ん……ああ、ただの掠り傷さ」

 

「だとしてもそのままにしたらバイ菌が入りますよ。手当てしますから来てください」

 

廊下を歩きながら会話を交わしてく二人。

手当てをするようにと迫る海未の姿に朗らかな気持ちになる彩牙だが、その一方で何とも言えない違和感を抱いていた。

こちらを向きつつも、時折何か考え込むかのように俯くそぶりを見せているように見えたのだ。

そのことに疑問を抱いていた中、二人のやりとりを静観していたザルバが口を開いた。

 

『――嬢ちゃん、小僧に何か聞きたいことがあるんじゃないのか?』

 

ザルバの言葉に驚いたような表情を浮かべる海未。

やがてその表情が躊躇うようなものから仕方ないと言いたげなものに変化し、真剣な表情へと変わると、彩牙に改めて真っ直ぐ向き合った。

 

「……彩牙くん、お話ししたいことがあるのです」

 

 

 

 

 

 

――海未の部屋

 

「……そうか、西木野さんから聞いたのか」

 

「はい。希が魔戒法師だったということ、ホラーと戦うことを決めたということを」

 

立ち話でするような話じゃないということで、傷の手当ても兼ねて案内された海未の部屋。

そこで彩牙は傷の手当てを受けながら、海未の話を聞いていた。

先日の合宿の時、ホラーに襲われて希が魔戒法師であること――それまで本人も知らなかったが――が明らかになったこと。彼女がホラーと戦うことを選んだと、真姫から聞いたことを。

それらの話を彩牙は黙って聞いていた。その話は嘘偽りない真実だったからだ。

 

そして海未は、この話を真姫から聞いた時に自分の耳を疑った。

真姫がホラーのことを知っていたこともだが、それ以上に希が魔戒法師だったことに驚きを隠せなかったからだ。

彩牙から騎士や法師のことについて聞いていたからこそ、驚いたのだ。まさか自分の大切な仲間が魔戒法師であることなど、そしてその危険極まりない世界に足を踏み入れたことなど夢にも思わなかったのだから。

 

“もしやあの勘の鋭さも法師としての力に由縁するものか?”などと考えつつも、気持ちを切り替える海未。

話はまだ終わってはいないのだ。

 

「……心配なのか?」

 

彩牙が言うと、海未はこくんと頷いた。

 

「……話では、希は彩牙くんと違って戦ってきたわけではなく、ホラーのことを知らずに生きてきたわけですから……不安にはなります」

 

海未の言う通り、希はこれまで彩牙のように戦ってきたわけでも、鍛えてきたわけでもない。

今はただその身体に流れる強力な法力によって戦えているのだ。

そして――

 

「希が自分でその道を選んだのならそれを邪魔するのは無粋――と思うべきなのでしょうが……」

 

 

 

 

 

 

 

「……やはり、怖いのです。私も真姫も、希に戦ってほしくないのかもしれません」

 

「……」

 

「彩牙くんだけでもそうなのに、もし希までもが傷ついてしまうのかと思うと……怖くて仕方がないのです」

 

海未の脳裏に浮かぶのは彩牙と初めて会った夜――家の前で血だらけで倒れていた彼の姿。

深い傷を負って倒れた彩牙の姿が、希の姿にダブって映し出される。

もし、ホラーとの戦いの中で彼女までもがあのような姿になったら――それが、怖くて怖くて仕方がなかった。

 

 

「……優しいんだな、海未も西木野さんも」

 

ホラーとの戦いという、何時命を落としても可笑しくない世界。自ら選んだとはいえ、海未も真姫も本音では希にそんな世界に足を踏み入れてほしくなかったのだ。

――だからこそ、あの夜、希は彼女たちを守るために戦う道を選んだのだろう。友達を心から大事に思う彼女たちを守りたかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――しかし

 

『……もっとも、あの嬢ちゃんがこれから先も戦うかはわからんがな』

 

「……え……?」

 

「おやすみ、海未」

 

ザルバの言葉に思わず反応した海未だが、それよりも先に立ち上がった彩牙が海未の部屋を後にした。咄嗟に彩牙を掴もうと手を伸ばした海未だったが、それは叶わなかった。

そうして部屋には、ザルバの言葉が頭から離れずに呆然とした表情の海未だけが取り残された。

 

 

 

海未の部屋を後にした彩牙は、屋敷の廊下を一人歩いていく。

薄暗いそこを進んでいく中で、真剣な表情でザルバに話しかける。

 

「ザルバ、希はどうなると思う?」

 

『さあな、どちらを選ぶかはあの嬢ちゃん自身だ。

 

 

 

 

 

 

 

 ――これまでの生活を捨てるかどうかはな』

 

 

 

**

 

 

 

――希の部屋

 

 

「……はぁ」

 

マンションにある自らの部屋に帰宅した希は衣服を脱ぎ捨て、下着同然の姿となって寝室のベッドに身を投げた。

ぼふん。と、弾力がありつつも柔らかいベッドに受け止められ、胸を押し潰しながらうつ伏せになるその表情にはホラーと戦った疲労だけでなく、どこか憂いを帯びていた。

その表情は普段の朗らかな笑顔とは全くの正反対だった。

 

ごろんと仰向けになると、両親から貰った魔導筆をじいっと見上げる。

希は今、まったく気分が晴れずにいた。

彼女の心にはあることが重く圧し掛かっていた。

そのことを考えるだけで胸がずしりと重くなり、頭の中がごちゃごちゃと絡まって上手く考え事ができなくなる。

 

「……どうして、こんなことになっちゃったんやろ」

 

 

 

 

 

 

――それはデストラップを討滅し、番犬所へ報告しに行った時の出来事だった。

彩牙と希を出迎えたオルトスはソファに深く腰掛け、アイドル雑誌を手にくつろいでいた。

 

「ご苦労じゃ。その様子じゃと無事討滅できたようじゃの」

 

「はい」

 

「希も初仕事じゃったが具合はどうじゃったかの?」

 

「は、はい!彩牙くんもいたので大丈夫でした!」

 

「それは何よりじゃ」

 

緊張気味に答える希を、オルトスはケタケタと笑って労う。

それを目にして、希は自分にもちゃんと法師としての役目を果たすことができたのだと安堵した。そんな彼女を穏やかな表情で見守る彩牙。

そんな中、アイドル雑誌を閉じたオルトスは思い出したと言わんばかりに二人に向き合った。

 

 

そして――

 

 

 

 

 

「それで希よ、お主はいつ頃学校をやめるのかの?」

 

「………え……?」

 

余りにも唐突なオルトスの言葉に、希は思考が追いつけなかった。

 

――学校をやめる?誰が?ウチが?音ノ木坂を、μ’sをやめる?みんなと離れる?

なんで?どうして!?

 

「わしらは闇の世界に生きる者たち、故にこの道で生きると言うのならこれまでの世界とは別れを告げねばならぬ」

 

「でも……その、ウチは……!」

 

「それともお主にはその覚悟もなかったのか?」

 

頭が混乱しきった希に現実を教えるかのように、威圧感をも抱かせるような言葉を投げかけていくオルトス。

その言葉は冷たいナイフのように希の心に深く突き刺さり、抉っていく。

そんな希の姿を見兼ねてか、彩牙が前に出た。

 

「……オルトス様、急な話では希も混乱するでしょうし、彼女に考える時間を頂けないでしょうか?」

 

『どのみち今の状態じゃ、まともな答えなんてできないだろうな』

 

「……ふむ、まあいいじゃろう」

 

じゃが。と区切り、再度口を開くオルトス。

 

 

「この世界で生きるのならどうあるべきか、よく考えることじゃ」

 

 

 

 

 

 

――時は戻り、希の部屋。

 

「……」

 

確かに、オルトスの言うことは正しいのかもしれない。

ホラーと戦う身であるのなら、普通の人間の世界とは距離を置くべきなのだろう。人の世に別れを告げ、闇の世界に身を置くのが本来あるべき姿なのだ。

 

だがそれは、希にとって辛く重い選択だった。

彼女にとって音ノ木坂は――μ’sは、何物にも代えがたい居場所。元来寂しがりで内気だった彼女が勇気を出して踏み出したことをきっかけに得ることができた、暖かい居場所だ。

そんな居場所を――友達を、自ら捨てなければいけないかもしれないという事実が、希の心に重く圧し掛かっていった。

 

「お父さん、お母さん、みんな……ウチはどういたらええの……?」

 

何となしに掴んだ一枚のタロットカード。

そのカードは――“月の正位置”を示していた。

 

 

 

**

 

 

 

深夜

月が天に昇り、多くの生き物たちが眠りにつき、もしくは目覚める時間。

そして、魔獣ホラーが人を襲わんと跋扈する時間。

そんな時間に、闇に紛れて雑木林を歩く人影があった。

 

夜の闇に溶け込むような闇色のローブに身を包み、深く被ったフードからはその下の顔を窺い知ることはできない。まるで闇そのものと一体化したかのような男が、ローブの下に何かを抱えるようにして歩いていた。

周囲は闇に包まれ、灯りになるような物は何一つ持っていないというのに、男の足取りには躊躇う様子がなかった。まるで闇の中ではっきりとものが見えているようだった。

 

やがて男は雑木林の開けた場所で立ち止まった。

するとローブの下に抱えていたものを取り出し、それらを使って門のようなものを組み立てた。

――“人骨を使った”門を。

 

そして懐から一本の筆を取り出し、呪文のようなものを唱えるとその先が闇色の光を帯び、人骨の門に向けて突きつけた。

すると筆と共鳴するように門が闇色の光を放ち、鼓動をするように点滅を繰り返すと光を放つ門ごと夜の闇に溶けるように消えていった。

 

まるで、そこには最初から何もなかったかのように。

 

「……これでまた一つ、準備が整った」

 

後に残ったのはローブの男――闇法師の不敵な笑い声だけだった。

 

 

 

***

 

 

 

穂乃果「選ぶことって大変だよね」

 

穂乃果「だってどっちも大切なんだもん、簡単には決められないよ」

 

穂乃果「なんでどっちかを選ぶなんてこと、しなきゃいけないのかなぁ……」

 

 

穂乃果「次回、『選択』!」

 

 

 

穂乃果「……え?二択とは限らないって?」

 

 

 

 





魔戒指南

・ ホラー・デストラップ
人を驚かせることを喜びとするピエロに憑依したホラー。生物感のあるピエロのような姿をしている。
罠が張りめぐされた結界内に人間を誘い込み、罠によって心身ともに徐々に弱らせ、弱りきったところを喰らうことを好んでいる。
戦闘時には次々に罠を生み出して嵌らせるという、罠ありきの戦い方をとるため、素の戦闘力はそれほど高くない。


・ 希の魔法衣
オルトスから贈られた魔法衣であり、露出度が非常に高い。
烈花の魔法衣とスクフェスのチャイナドレス編を足して割ったような感じ。

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