牙狼〈GARO〉 -女神ノ調べ-   作:らいどる

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今回から、アニメ一期における終盤に突入します。





第14話  涙雨

 

 

「――それじゃあ、本当にいいのね?」

 

――ことりの家、リビング。

そこではテーブルを挟み、ことりと彼女に似た一人の女性――音ノ木坂の理事長でもある、ことりの母が向かい合っていた。

問い質すかのようにそう問いかけることりの母の手には、一通の便箋が――エアメールがあった。

そうした母を前に、ことりは毅然とした表情で頷いた。

 

「うん、こっちでやりたいことがまだまだ沢山あるから。折角留学先を探してくれたお母さんには悪いけど……」

 

ことりの母が手にした便箋、それは留学への紹介状だった。

ことりは元来服作りが好きであり、いつかは本格的に服飾の勉強をしたいと考えていた。μ’sの衣装作製を担当していることもその表れだ。

そんな彼女の意を汲み取ったことりの母が、自らのツテで服飾の勉強ができるところを探し回り、そこで見つかったのが手にしている便箋の送り主――フランスの学校だった。

 

ことりが前々から願っていた、服飾の勉強ができる場所。フランスへの留学。

しかしそれを断るという選択を、ことりは選んだ。

折角の母の動きが無駄になったというのに、彼女は優しい笑顔でことりを見つめていた。

 

「いいのよ。どうしてもやりたいことがあるっていうのなら、お母さん応援するわ」

 

「お母さん……!」

 

「でも、覚悟を決めなさい。一度断ったってことは次に留学したいって思った時はことりの努力だけで果たさなくちゃダメなのよ」

 

先程とは打って代わり、険しい表情で警告する母。

だがそれを前にしても、ことりは狼狽えることなく、毅然とした表情で見つめ返した。

 

「大丈夫だよ、どんなに大変でもやるって決めたんだもん。それに私、やりたいことにもう嘘はつきたくないから」

 

そう語ることりの脳裏に、スクールアイドルを始めてからこれまでのことが浮かび上がった。

穂乃果に誘われ、やってみたいと思ったことから始めたスクールアイドルは大変なことも辛いことも沢山あった。だけどそれと同じくらい――いや、それ以上に楽しいと思った。この日々を手放したくないと、そう思った。

 

そしてもう一つ、ことりがホラーに狙われた時のことを思い出した。

あの時、ことりは彩牙からやりたいことに嘘をつくなと言われた。そして今、ことりがやりたいことは穂乃果たちと一緒にスクールアイドルを――ラブライブに出場し、廃校を阻止すること。

だから留学を断った。勉強はいつでもできる、だがスクールアイドルができるのは今しかないからと、そう思ったからだ。

 

 

――前は、穂乃果ちゃんや海未ちゃんについていくだけだったのに……――

 

そして、そんなことりの姿を前にした母は感慨深くそう思った。

彼女の知る限り、以前までのことりは自分の意見を出すことができず、穂乃果や海未についていくことしかできなかった。以前のままだったら今回の留学に関してはっきりと答えを出すことはできなかっただろう。

だが今は違う。ことりは自分で答えを決め、進みたい道をはっきりと選んだのだ。何があったのかはわからないが、今のことりは以前より強くなったと実感した。

 

そんなことりを、母は嬉しそうに優しく見つめていた――

 

 

 

**

 

 

 

――夜

人気のない街の中、屋根から屋根へと飛び移っていく一つの影があった。

人のような形をしていたそれは、人ではなかった。おとぎ話に出てくるような悪魔の姿をした魔獣――素体ホラーだった。

まるで何かから逃げるかのように、ホラーは素早い身のこなしで屋根を飛び移っていく。

そう、ホラーは実際に逃げていたのだ。自らを狙う狩人から。

 

『ギイッ!?』

 

やがて、その逃避行も終わりを告げる。

突然目の前に現れた光の壁――淡い紫色に輝く壁にホラーの身体は勢いよく衝突し、地へと落ちていった。

地面へと叩き落され、身悶え、もう一度逃げようと起き上がるホラー。

だが、それはもう遅かった。ホラーの目の前には狩人が――いや、処刑人が待ち構えていた。

剣を振りかぶった、黄金の狼が。

 

 

『――ハアッ!!』

 

その雄叫びと共に、暗闇の中に黄金の閃光が走った。

ガロの振るった牙狼剣によってホラーが斬り裂かれたのだ。

ホラーの身体が消滅し、完全に討滅されたのを確認したガロは鎧を解除し、彩牙の姿が露になる。

ホラーを倒し、昂った気を鎮めるように息を吐く彩牙。そんな彼に寄り添い、声をかける人物がいた。

 

「彩牙くん、お疲れさま」

 

それは同じくホラー討滅に加わっていた希だった。

すっかり慣れたのか、何事もないかのように魔法衣を身に纏った彼女は、彩牙を労うかのように隣に立っていた。

 

「ああ、希もお疲れ」

 

『嬢ちゃんも大分慣れてきたな。動きに戸惑いが無くなってきていたぜ』

 

「そ、そうかなぁ?なんだか照れるやん?」

 

ザルバの言葉に、照れ隠しのように恥ずかしがるそぶりを見せる希。

だが確かにザルバの言うように、最近の希の動きは初めの頃とは大きく変わっていた。初めの頃は自分や仲間を守ることに使うことが多かった防壁は、先程のようにホラーの動きを封じるためにも使用していたのだ。

他にも大和から様々な術を教えてもらったらしく、希が少しずつ成長していることを彩牙は実感していた。

 

「そういえば帰らなくていいのか?明日は朝早いと言ってたが……」

 

「あ、そうやった。ほな、後のことはお願いな?」

 

そう告げて、急ぎ足でその場を後にする希。

その後ろ姿が見えなくなった頃、彩牙はぽつりと呟いた。

 

「……ザルバ。希は強くなったよな」

 

『そうだな。最近はめきめきと上達してるし、あれなら将来は有望な法師になれるだろうぜ』

 

「ああ、俺も負けてられない」

 

少しずつではあるが確実に進歩を見せている希の姿に、彩牙は自らも成長しなくてはと奮起していた。

先日の使徒ホラー出現の際、為す術もなくやられてしまったこともあり、日々成長を続ける彼女のように自らも更に強くなりたいと思うようになっていたのだ。そうでなければ人を守ることはできないと。

そんな彩牙に、ザルバは静かに口を開いた。

 

『小僧、一つだけ言っておく。嬢ちゃんは嬢ちゃん、お前はお前だ。比べて焦るなんて考えるなよ』

 

「わかってるさ」

 

ザルバの言う通り、彩牙は彩牙、希は希。成長の仕方というのは個々で違うものなのだ。そこで比べて焦ってしまっては何の意味もない。

そのことを胸に秘め、彩牙は拳を握りしめる。

 

それと同時に、ふと思う。

記憶を失う前の自分はどのような人間だったのか、ひょっとしたら今とは全然違う性格だったのではないと思う時が度々あるのだ。

もし仮にそうだとしたら、記憶が蘇ったとき、“今の自分”はどうなってしまうのだろうと。

 

 

 

**

 

 

 

『――オラァッ!!』

 

――同じ頃。

そこにはガロとはまた別の場所でホラーを斬り伏せる灰色の狼――カゲロウの姿があった。

斬り伏せられた素体ホラーが黒い靄と化して消滅するのと同時にカゲロウの鎧は解除され、コテツの姿が露になる。

ホラーを討滅したコテツは張り詰めた緊張の糸をほぐすかのように背を伸ばし、ゾルバへと話しかけた。

 

「ふう……ゾルバ、今ので終わりだな?」

 

『――はい。周囲にもう邪気は感じられません』

 

「うっし。……しっかしまあ、斬っても斬ってもキリがないな。ネズミじゃあるまいし」

 

コテツがそうぼやくのも無理はなかった。

なにせ連日エレメント浄化に駆け回っても、一向にホラーの出現が無くなることがないのだ。何者かの――闇法師の手が入っているという話ではあるが、ゾルバはそこに疑問を持ち続けていた。『その闇法師は一体何を目的としているのか?』ということを。

 

仮にホラーが好きなのだとしても、それならば魔界にでも行ってしまえば済む話だ。文字通り地を埋め尽くさん限りのホラーが出迎えてくれることだろう。

そうでないのならば、ホラーを呼び出すことに何か理由が――目的があるはずなのだ。

……もっとも、それが何なのかがわからないのだが。

 

 

その一方で、コテツは全く別のことを考えていた。

――彩牙のことだ。

さる理由で彩牙に敵意同様の感情を抱いてきたコテツだが、最近になってその敵意が薄くなりつつあるように感じていた。彼と共に戦うのも悪くないと思ってしまう自分がいることに、戸惑いを覚えていたのだ。

 

元々は彩牙を断罪する筈だったのにそう思うようになったのはあの少女――凛の影響だろうか。彼女の言葉が――人を憎みたくないという言葉が響き、興が醒めるように彩牙に対する敵意が引いていくのだ。

それも悪くないという思いと、このままでいい筈がないという相反した思いが、コテツの中でせめぎ合っていた。

 

そのことに思考を巡らせていた時――彼は異変に気が付いた。

 

「―――なっ!ここは……!?」

 

コテツは人気のない路地にいた筈だった。

だが今の彼の姿は木造の小屋がポツンと建ち、鬱蒼とした木々が生い茂る、濃い霧に満ちた山の中にあった。

突然飛ばされた見知らぬ場所――いや、コテツはこの場所をよく知っている。

この場所は、コテツにとって何よりも忘れられない場所の一つだった。

 

――腑抜けたか?灰塵騎士よ――

 

「っ! おい、誰だ!」

 

目の前に広がる光景に目を奪われていたコテツに、どこからともなく男の声が語りかけた。

その場全体に響き渡るような、もしくはコテツの頭の中に響くように発せられたその声は、まるで囁くかのように語りかけていく。

 

――もう一度見せてやろう。己が戦う、その理由を――

 

「なんだと……!?」

 

その言葉と共に、コテツの瞳に一つの影が映りこんだ。

それは人影だった。倒れ伏しているその人影にコテツが少しずつ歩み寄ると、霧に隠れていたその姿が露になる。

そこに倒れていたのは老人だった。白くなった髪と髭を蓄え、血まみれになった老人が仰向けに倒れていたのだ。

その姿を目の当たりにした瞬間、コテツの表情は集燥なものへと変化し、その老人の下へ一目散に駆け寄った。

 

「――師匠!」

 

悲痛に満ちた声で、師匠と呼んだその老人を抱きかかえるコテツ。

しかしそれも虚しく、老人の身体は力なく崩れ落ち、その命を引き取った。

それを目の当たりにして震えるコテツの腕の中で、老人の身体は黒い霧状となって消滅していった。

その光景を前に、驚愕の表情を浮かべるコテツに、再び謎の声がかけられる。

 

――お前の記憶から読み取った光景だ。よく再現されているだろう?――

 

「……ふざけんな!こんなもん見せやがって、何を考えてやがる!」

 

――私はお前に、自分の戦う理由をもう一度見直してほしいのだ。お前は自らの師の仇を討ちたい、そうだろう?――

 

「……だからどうした!どこの誰だか知らないが、俺の戦いに首を突っ込むんじゃねえ!」

 

――いや、それでいい。お前はそれでよいのだ――

 

「おい待て! 姿を見せろ!」

 

その言葉を最後に、遠ざかっていく謎の声。

声の主を引き留めるべく叫ぶコテツだが、先程まで響いていた謎の声は何一つ返事をしなかった。

そして――

 

 

 

 

『―――テツ………コテツ!』

 

「――はっ!?」

 

気が付いた時、コテツの姿は元の路地にあった。

ゾルバが何度も呼びかける中、コテツは困惑を隠せないまま辺りを見回した。

 

「おいゾルバ!奴は!?」

 

『……奴、とは?』

 

「さっきから何処かから話しかけてた奴だ!あの野郎、師匠の幻まで見せやがって!」

 

『……コテツ、何を仰っているのですか?私には何も聞こえませんでしたし、あなたはただぼうっとしていたのですよ?』

 

「なんだと……?」

 

信じ難い表情を浮かべるコテツだが、ゾルバの声色に嘘をついている様子はない。

……夢だったのか、それとも何かしらの術で幻覚を見せられていたのか?

そんなコテツに、ゾルバは躊躇いがちに声をかける。

 

『……コテツ。まだ零士の仇のことを考えているのですか』

 

「当たり前だ。お前だって師匠は親みたいなもんだろ」

 

『……ええ、それはそうですが……』

 

はっきりと、それでいて苛立ちを隠せないように答えたコテツに、ゾルバは不安を隠せずにいた。

彼の師――自分にとっては親同然の仇を取りたいという気持ちはよくわかる。しかしその反面で不安もあった。

このままでは、彼は――

 

 

 

 

 

 

 

 

「――その通り。復讐は果たさなければ意味がない」

 

 

 

**

 

 

 

「ふわぁ~……おはよー……」

 

「おはよー」

 

――高坂家・居間

 

そこには起きたばかりで寝惚け気味の穂乃果と、そんな彼女とは対照的にぱっちりと目を覚ました状態である妹、雪穂の姿があった。

起きたばかりの穂乃果と違って先に起きていた雪穂は先に朝食を食べており、穂乃果もそれに倣うように食卓の前に座り、朝食のトーストを口に運んでいく。

起きているのか寝ているの定かではない様子の姉に、雪穂は呆れるような視線を向ける。

 

「お姉ちゃんまた寝坊?」

 

「んー……」

 

「しっかりしてよ、ラブライブも近いんでしょ?そんなんで大丈夫なの?」

 

「んー………あ」

 

雪穂の言葉で、穂乃果はふと思った。

ラブライブに出場できるグループが決まるまであと二週間、そこで20位以内に入っているグループが出場できるのだ。

最後にランキングを見た時、μ’sのランクは……あまりよく思い出せなかったため、今はどうなっているのかと思い、穂乃果はスマートフォンを取り出した。

 

「穂乃果!ごはん中に携帯弄るのはやめなさい!」

 

「ちょっとだけ!すぐ終わるから」

 

母に注意されたが、穂乃果はどうしても今の順位が気になり、操作を続ける。

そうして画面に表示された、スクールアイドルのランキングページ。その中でμ’sの名前を探していき――

 

 

「…………ん゛!?」

 

――その指がピタリと止まった。

それと同時にスマートフォンを持つ手が震え、信じられないといった様子でトーストを咥えたまま、驚愕に満ちた表情で固まる穂乃果。

そんな彼女の様子に疑問を抱いた雪穂が、横から穂乃果のスマートフォンを覗き込むと――

 

「……すごい!!」

 

 

 

**

 

 

 

「凛ちゃん見た!?」

 

「うん!しっかりこの目で見たにゃ」

 

――音ノ木坂学院・アイドル研究部

そこには興奮冷めやらぬといった様子で盛り上がる穂乃果と凛の姿があった。

 

「遂に……遂に!」

 

 

 

 

 

 

「μ’sが20位以内にランクインできたんだよー!!」

 

「やったにゃぁーー!!」

 

「ヘイ!!」と叫び、ガッツポーズをとる二人の間には、部で使用しているノートパソコンがあった。

そこに映し出されているのはスクールアイドルのランキングサイトであり、表示されているμ’sのランクは“19位”。

そう、彼女たちμ’sは遂に、ラブライブの出場圏内である20位以内にランクインできたのだ。

そんな二人の横では強がりつつも感動に打ち震えるにこの姿があり、この場にいる全員がこの事実を心から喜んでいた。

 

 

「安心するのはまだ早いですよ」

 

「ええ、海未の言う通り。これを見て」

 

釘を刺すようにそう言ったのは海未だった。

そんな彼女に同調するように、穂乃果と凛の間に割り込んだ絵里はノートパソコンを操作し、画面を切り替えた。

するとそこに映し出されたのは一つの動画、A-RISEのライブ動画だ。だが彼女たちが視線を奪われたのはライブの映像そのものではなく、そこに表示されたテロップだった。

 

「……7日間連続ライブ!?」

 

そう、A-RISEは七日間の連続ライブを開催することを決定したのだ。自分たちに同じことができるだろうか、と誰もが慄いた。

ラブライブの出場権が決まるのはあと二週間後、その時に20位以内にランクインしていることが必要になる。

つまりどのスクールアイドルもこれから最後の追い込みをかけることになり、ここから巻き返されることもその逆も十分にあり得るのだ。

 

「つまり、ここからが本番ってわけね」

 

「そういうこと。でも今から無理をしても仕方ないし、まずは学園祭でのライブを成功させることを目標にしましょう」

 

絵里の言う通り、音ノ木坂学院では今、学園祭の準備を控えていた。

音ノ木坂の学生のみならず、外部の人間も招かれる学園祭において十分なライブパフォーマンスを魅せることができれば20位以内を維持することが――それだけでなく、更なるランクアップも期待できるのだ。

そのことを胸に、メンバーの心は改めて引き締められる。

 

「それでにこ。早速だけど部長としてぴったりの仕事があるの」

 

「――いいわ! 何でも言ってちょうだい!」

 

 

 

**

 

 

 

「――それで、屋上でライブすることになったのか?」

 

「はい。講堂が使えなくなったときはどうしようかと思いましたが」

 

――その日の夜、園田家。

庭に面した縁側で隣り合って腰を掛ける中、海未の話を一通り聞いた彩牙はそう返した。

海未の話では、あれから学園祭での講堂の使用権をかけたくじ引きが行われたのだが、μ’sことアイドル研究部はそのくじ引きを見事に外してしまい、講堂を使用できなくなってしまったのだ。

ちなみにそのくじを引いたのは部長であるにこであった。

 

代わりにどこでライブをしようかと皆が悩む中、穂乃果が提案したのは屋上でのライブだった。

十分な広さがあって他の部活が使わない場所であり、何より自分たちにとって思い入れの深い場所であるということから、ラブライブへの出場をかけた舞台にピッタリだと言うのだ。

その一方でたまたま通りがかって目に留まることがないという欠点もあるが、その点は学校中に響くような大きな声で歌い、お客さんを誘おうという、前向きな穂乃果らしい答えだった。

 

「なるほど、高坂さんらしいな」

 

海未の話を聞いた彩牙は、思わず顔が綻んだ。

どんなに向かい風な状況であっても常に明るく、自分のやりたいことに嘘をつかずに前向きな発想でいられるのが穂乃果なのだと、改めて知った。そんな彼女だからこそ、海未は穂乃果のことを心から信頼しているのだ。

彩牙自身も戦う理由に迷っていた時、穂乃果の純粋な言葉があったからこそ立ち直ることができたのだ。

 

そして海未も昼の出来事を思い出しながら、穂乃果には敵わないと思っていた。

穂乃果が屋上をステージにすると提案した時、自分たちは“お客さんに気づかれないかもしれない”とネガティブなことを考えていた。

だけど穂乃果はそれを真っ向から否定した。それならば気づいてもらえるような大きな声で歌おうと言ったのだ。

そんな困難に臆することのない穂乃果が、海未はとても眩しく、そして誇らしく思っていた。

 

 

その一方で、海未は意識を隣に向けた。

そこにいるのは、彼女の隣で腰を掛けている彩牙がいる。彼は海未の話で何かしら思うところがあったのか、穏やかな表情を浮かべている。

 

――ホラーと戦っている時とは大違いですね――

 

ホラーと戦う時の苛烈な姿の彩牙と、そうでないときの穏やかな姿の彩牙。

どちらが本当の彼の姿なのかは、海未にはわからない。――いや、どちらも本当の彼の姿なのかもしれない。

だけど願うのならば、彩牙には――希にも、ホラーと戦うことなく、穏やかに、戦いとは無縁の世界で生きてほしい。

 

そんな切なる願いを、彩牙の横顔を見つめながら海未は抱くのだった。

 

 

 

**

 

 

 

――同じ頃。

高坂家、穂乃果の部屋。

 

「……」

 

そこで穂乃果は、スマートフォンの画面をじっと見つめていた。

そこに映し出されていたのは、スクールアイドルのランキングサイト。そこでは19位という、μ’sの現在の順位が表示されていた。

 

真剣な表情でしばらくそれを見つめ続けた後、スマートフォンに表示される画面を大手の動画投稿サイトに切り替えた。そこには7日間連続ライブの敢行を決定したA-RISEのライブ映像が映し出されている。そしてA-RISE以外の多くのスクールアイドルも、それぞれ多種多様なイベントの告知を出していた。

 

「……みんな、頑張ってるなぁ……」

 

ぼんやりと、そう呟いた。

ラブライブ出場をかけた最後の追い込み――穂乃果の脳裏に昼間の会話が思い出された。

どのスクールアイドルもこの二週間で出場権を手に入れるため、あるいは守り抜くために必死だった。それはどれだけ人気のあるグループだろうと――王者であるA-RISEであっても例外ではない。

そしてμ’sも、学園祭という舞台で人気を集め、ラブライブの出場を勝ち取ろうとしている。

 

穂乃果は、ここで自分に何ができるだろうかと考えた。

廃校を阻止するために始めたμ’s。ラブライブに出場して有名になれば入学希望者も増えると考え、出場することを目指してここまでやってきた。

 

……ここで終わりたくないと、そう思った。何としても出場したいと、そう強く願った。

μ’sの発起人は他ならぬ穂乃果だ。発端であるが故に、そしてリーダーであるが故に、彼女なりに責任を感じていた。

この大事な場面で自分がヘマするわけにはいかないと、そう思った。

 

「……よしっ」

 

決意を固めるようにそう呟いた穂乃果はすくっと立ち上がり、着ていた部屋着を脱ぎ捨て、代わりに動きやすいジャージを身に着けた。

着替えを終えると身体を伸ばして軽く柔軟を行い、頬を軽く叩いて気合を入れ、部屋を後にした。

 

「あれ、お姉ちゃんどうしたの?」

 

「ちょっと走ってくる!」

 

 

 

**

 

 

 

――夢を見た。

 

夢の中の自分は、波飛沫が岩に打ちつけられる、人気のない海岸に立っていた。

手に持っているのは木彫りでできた小さな剣。無骨に彫り上げられたそれを、自分は小さな腕で無我夢中に振り回す。

「やあ」「とお」と、幼い掛け声とともに振られるその剣は、およそ剣技と言ったものには程遠い、お粗末なものだった。だけど自分にとってはそれが精一杯の、自分なりの剣技だった。

 

そんな自分を見つめている視線があった。

剣を振るう自分の後姿を見つめている視線の持ち主は、一人の男性だった。

潮風にはためく白いコートを纏ったその男性が自分の下へと歩み寄ると、それに気づいた自分は屈託のない笑顔を浮かべ、彼の下へと駆け寄った。

 

男性は自分の頭を、髑髏の指輪がはめられた左手でがしがしと撫でる。無骨で、固くて、傷だらけで、でもとても暖かい手だった。

自分の頭を撫でる男性の表情は、厳しさを秘めつつも暖かみを感じる、穏やかな表情だった。

 

まるで子を見つめる親のような――そんな表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その姿がぶれ、次の瞬間には雨が降りしきる森林の光景が映し出された。

その中であの男性が血に染まって倒れていき、その向こう側には“狼の影”が、闇の中に立っていた。

 

 

 

**

 

 

 

――夢を見ました。

 

夢の中の私は、公園にいました。

幼い頃、二人の幼馴染とよく遊んだ公園。そこで幼い私は一人、ブランコを漕いでいたのです。

そこで私は気づきました。これはあの夢――悪魔のような怪物が現れて、それらを黄金の狼が斬り払う、あの夢なのだと。

 

最近にあまり見ることが無くなったあの夢。どうしてまた久々に見るようになったのだろう――と考えたような気もしましたが、すぐに何処かへと消えていきました。

そこにいたのは私一人ではなかったのです。両隣のブランコに――ちょうど私を挟むようにして二人の幼馴染の姿があったのです。

太陽のような屈託ない笑顔を浮かべる少女と、穏やかな気持ちにさせるふんわりとした雰囲気の少女。昔から変わることのない、大切な幼馴染が一緒にブランコを漕いでいたのです。

 

それから私たちは何を話したのか思い出せないくらい、たくさんのお話しをしました。

それはとても楽しくて、わくわくして、心が躍り、時間も忘れるほどに沢山のお話しでした。私も、二人の幼馴染も、心からの笑顔を浮かべていました。

その中で私は、こう思いました。

 

――この時がずっと続けばいいのに、と。

 

 

 

だけどそんな思いは裏切られるもの……とでも言うのでしょうか。私は異変に気付きました。

ついさっきまで幼い頃の姿だった私は高校生の姿に――現在の姿になっていたのです。

それは幼馴染も同じで、二人とも私と同じ、通っている高校の制服を身に纏っていました。

だけど異変はそれだけではありませんでした。先程までの楽しい雰囲気とは打って変わり、二人とも俯いて表情を見せず、暗い雰囲気を漂わせていたのです。

 

『わたし、いかなきゃ』

 

そう言ったのはベージュ色の髪をした幼馴染でした。

すくっと立ち上がった彼女はまるで何かに誘われるかのように、どこか暗い場所へ向かって歩いていくのです。何度名前を叫び、呼び止めても彼女は足を止めませんでした。

そこで私はもう一人の幼馴染に――オレンジの髪をサイドテールにした幼馴染に呼びかけました。追わなくていいのですか、三人が離れ離れになってしまうのですよ、と。

だけど彼女は俯いたまま、こう答えました。

 

『やるだけむだだよ』

 

そう言った彼女の瞳には光が失われ、底知れぬ闇だけが映し出されていました。

そうして彼女の姿は、闇に溶けるようにして消えていったのです。私がどれだけ名前を呼んでも、腕を伸ばしても、彼女に届くことは叶いませんでした。

 

そうしてその場には、私一人だけが残されました。

変化は周りの景色にも起こりました。私が漕いでいたブランコだけを残し、周りは全て闇に覆い尽くされていったのです。

孤独と恐怖に押し潰されそうになった私は必死でその場から走り去りました。けれども行けども行けども目に映るのは暗闇だけ。幼馴染の名をどれだけ叫んでも返事はなく、沈黙だけが残されていったのです。

 

そうした中、暗闇の中に一本の腕が現れました。

金色の光を放つその腕は、私に向けて手を差し伸べていたのです。それはまるで救いの手のようでした。

私はその腕に向けて、無我夢中で手を伸ばしました。この暗闇による孤独と恐怖に耐えられなかったのです。

そして、その腕を取ったとき――

 

 

 

――ナニカが、嗤ったような気がしたのです。

 

 

 

**

 

 

 

――音ノ木坂学院、屋上。

 

「も、もう無理……足動かない……」

 

「まだだよっ! ほら、もう一回やるよ!」

 

「ちょっ、嘘でしょ!?まだやるの!?」

 

学園祭に向けた練習が始まってから数日が経ち、本番が明日に迫っていた。

そこではにこをはじめとした多くのメンバーが、これまでとは比べものにならない練習量に疲れきった姿を見せていた。

その理由として学園祭では一番に新曲を披露することになったのだが、練習を始めてから本番まで数日間とかなりの短期間のため、必然的に練習内容がこれまでよりも格段に厳しいものになっていたのだ。

 

加えてこの日、穂乃果の提案で振り付けを一部変えることになったのだが、その動きがとても激しいものである上、元々予定していた振り付けとの擦り合わせにより、練習は更にハードになったのだ。

その結果、ほとんどのメンバーが疲れ果てており、元々体力のある海未や絵里、そして凛も肩で息をせざるを得ない状態となっていた。

 

だがその中で唯一、異彩を放つメンバーがいた。

――穂乃果だ。彼女も同じくらい疲れきっている筈なのに、身体を休めることよりも練習を続けることにこだわる姿を見せていた。

現に今、疲れ切ったにこを立たせようとしている彼女を前に、このままではいけないと考えた海未は一歩前に出た。

 

「……私たちはともかくとして、穂乃果は一度休むべきです。あなたは私たちよりもかなり動くことになるのですから、バテてしまっては元も子もないのですよ」

 

「大丈夫! まだまだやれるよ!」

 

「……雪穂から聞いた話では、夜遅くにも練習をしているとのことですが?」

 

「大丈夫! 私いま、燃えてるから!!」

 

……取りつくシマがない、とはこのことを言うのだろう。

確かに穂乃果はこの新曲において一番重要な立ち位置であり、必然的に彼女が身につけなければならないことは沢山ある。

だからとはいえ、この状況はあまりよろしくない。彼女は自分の身体に溜まった疲労に気が付いていないのではないかと不安になる。

 

どうにかして思い留まらせなければいけない、しかし今の穂乃果は海未一人の言葉だけでは到底耳を傾けそうにない。

せめてあと一人――彼女の言葉なら聞いてくれるかもしれないと思い、海未は視線を移した。

 

「――ことりからも何か言ってやってください」

 

「え?」

 

海未が意見を求めたのはことりだった。彼女からも言えば、穂乃果も少しは聞き入れてくれるだろうと踏んだのだ。

話題を振られたことりは少し考えるそぶりを見せ、ゆっくりと口を開いた。

 

「んー……穂乃果ちゃんのやりたいようにするのが一番いいんじゃないかな?」

 

「ほら!ことりちゃんもそう言ってるよ!」

 

だがそれは、海未の求めていた答えではなかった。

自慢げな表情を浮かべる穂乃果を前に、予想外の答えに海未が困り果てていると、「でも」と前置きしたことりが再び口を開いた。

 

「その前にちょっとお休みするのも悪くないと思うな♪」

 

「えーー!?」

 

「そうそう、ことりちゃんの言う通りやで」

 

ことりの言葉に穂乃果が驚いたのも束の間、自らの背後から聞こえたその声に戦慄した。

その独特の喋り方は最早見なくてもわかる、希のものだ。問題はいつ忍び寄ったのかわからないが、それが自分の背後から聞こえているということだった。

自らの背後にいる希、そして上機嫌に聞こえるようなその声。……ここまで揃えば、次に何が起こるかは日の目を見るよりも明らかだった。

 

「――ひぃっ!?」

 

咄嗟に逃げようとしても間に合うはずがなく、希の伸ばした手によって穂乃果の胸は後ろから鷲掴みにされたのだ。

そしてそのまま、穂乃果の胸は為す術もなく希に揉まれていった。

 

「ほらほら、ちゃんとお休みするって言わへんとずぅーっとわしわしするよ?」

 

「ひぃぃぃぃっ! 休むっ!休みますからわしわしはやめてぇぇぇぇっ!」

 

悲鳴をあげる穂乃果をよそに、海未は改めてことりに視線を向けた。

その視線を受け、ことりは優しく微笑み返した。ことりも、穂乃果は少し休ませた方がいいと考えてくれていたのだ。

漠然とした表現ではあるが、幼馴染同士、考えが通じ合っているのだと実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――この時、海未は油断していたのかもしれない。

良く言えば信頼しきっていると、悪く言えば依存していると言えるのかもしれない。

休もうとしない穂乃果に強く言おうとしなかったのは、彼女ならきっとどこかで思い留まってくれるという過信があったのかもしれない。

 

それはことりも同様で、「穂乃果のやりたいようにするのがいい」というのは紛れもない彼女の本心だった。

そこには穂乃果に任せれば驚くような――わくわくするような新しい発見があるという、ある種の心酔を抱いていたのかもしれない。

 

『穂乃果なら何があったとしても大丈夫』

その過信がある事態を引き起こすことになるとは、この場の誰もが考えもしなかった。

 

 

 

**

 

 

 

「疲れたにゃあー……」

 

「今日も練習、大変だったもんね」

 

学校からの帰り道、夕陽が差す中歩く凛と花陽の姿があった。

二人とも疲れきってはいるが、その表情に辛いといった感情はなかった。

なにせ明日は新曲を披露する学園祭本番なのだ。昼間の穂乃果程ではないにしろ、彼女たちも迫る勝負の時に少なからず気が昂っていたのだ。

 

「よーっし!明日に向けてラーメンで気合入れるにゃー!」

 

「ふふ、そうだね。 ………って、あれ?」

 

ラーメンで気合を注入しようとする凛を優しく見守っていた花陽だったが、その視線はある一点に移された。

彼女が視線を向けた先には、こちらに背を向けた一人の少年がいた。未だ夏の気候であるこの時期に黒いコートを纏ったその姿は、誰であるのか明らかだった。

花陽に続いてそれに気づいた凛が大きく手を振り、その少年の名前を呼んだ。

 

「コテツくーーん! ちょうどいいところに!凛たちとラーメン食べに行かな――」

 

呼びかけたその声が、ピタリと途切れた。

凛の声に振り返ったコテツは、一見すればいつもと変わらない様だった。

だが違った。普段の彼とはあまりにも雰囲気が違っていた。

普段話す時とも、ホラーに襲われた時とも違う、言い表せないほどの負の感情が立ち昇っているように感じたのだ。

 

そのあまりの変わりように凛は思わず立ち竦み、花陽はびくりと肩を震わせ、二人は互の手を強く握りしめた。

そしてコテツは二人を一瞥して何も話さないまま踵を返し、人混みの中へと消えていった。

 

「コテツくん……だったんだよね?今の……」

 

「……そのはず……だよ……」

 

友人が見せた異様な雰囲気に凛と花陽はただ、呆然と立ち尽くしていた。

そんな二人の不安を表すかのように、空が少しずつ雲に覆われつつあった。

 

 

 

**

 

 

 

――その日の夜。

 

『オォォォオッ!!』

 

雨が降りしきる中、雄叫びが響き渡った。

雨音に負けんばかりに響かせたその雄叫びを放ったのは黄金の狼――ガロ。

雨粒が滴り落ちる黄金の鎧の目の前には、たった今ガロによって切り伏せられた悪魔こと、素体ホラーの姿があった。

牙狼剣の一閃によって斬り伏せられたホラーはずるりと崩れ落ち、水溜りに同化するかのように解けて消滅していった。

 

それを見届け、ガロの鎧を解除する彩牙。

鎧に守られていた彼の姿が降りしきる雨に晒されていく。

 

「……これで終わりだな」

 

『ああ。全く狩っても狩っても湧いてきやがるな』

 

ザルバの言葉に耳を傾けつつ、彩牙はゆっくりと拳を握った。

そして自戒するかのような表情で、己の拳をじっと見つめた。

 

――この程度では駄目だ。素体ホラーを簡単に倒せるくらいで浮かれていては駄目だ。

自分はより強い相手、より強いホラーと戦っていかねばならないのだ。これくらいの相手を倒したからといって浮かれている余裕はない。

せめて、レギオンやダンタルカスのような強力なホラーと互角に渡り合えるようにならなければ――そう考えていた時だった。

 

「? あれは……」

 

雨の中、人影が見えた。

少し小柄なように見えるその人影はフードを被っているようだが、彩牙はそれがどうにも奇妙に映った。

その人影はこの雨の中、傘を差していなかった。出かける折に傘を忘れてしまい、急いで走っているのならまだしも、その人影はそういったそぶりを見せず、ぼんやりと立ち尽くしていた。

 

その在り様が奇妙であると思いつつ、彩牙には一つの懸念があった。

つまり――ホラーなのではないかと。

確証はないし、思い過ごしの可能性も高い。

だがホラーとは人々の中に紛れ、人間を喰らっていく存在なのだ。人間らしく為りすますことなど、奴らにとっては赤子の手をひねることよりも容易なことである。

 

それ故に、彩牙はすぐさま行動に移した。

その人影に気配を消して忍び寄り、背後まで接近すると素早い動きで肩を掴み、振り向かせると同時にその人影をすぐ近くの塀へと押し付ける。

そしてホラーかどうか判別するべく、魔導火でその瞳を照らした。

 

「――きゃっ!?」

 

年若い少女のものである短い悲鳴が、人影の口から漏れる。

そして被っていたフードがずれ落ち、その下が露になると、彩牙は驚愕に満ちた表情で固まった。

魔導火で照らされた瞳には何も――魔界文字は浮かんでいなかった。その緑色の炎に照らされたその顔は――少女の顔は彩牙にとって非常に見知ったものだった。

そこにいたのは、オレンジの髪をサイドテールにした少女――

 

「……高坂さん?」

 

「いたた……彩牙くん、いきなり何するのぉ?」

 

 

――高坂穂乃果の姿があった。

 

 

 

 

 

 

「――ひどいよっ!」

 

「……すまない」

 

「よりにもよってホラーと勘違いしたとか、ひどすぎるよっ!」

 

「いや、その……本当にすまなかった」

 

雨宿りのために入った軒下。

そこで怒り心頭の穂乃果を前に、彩牙は心の底から気まずそうに頭を下げ続けていた。その姿からは黄金騎士の風格など微塵も出てはいなかった。

しかし穂乃果の怒りも最もだった。いきなり乱暴に壁に押し付けられ、うら若き女子高生が身の危険を覚えたのだ。

しかもその実行犯が自分の友人であり、その理由が“ホラーと勘違いした”などというものだったのだ。怒りを顕わにしない方が無理な話だった。

 

『すまなかったな嬢ちゃん。小僧のバカを止められなかった俺様にも責任はある』

 

「いいよ、ザルちゃんは何も悪くないもん。悪いのは彩牙くんだもんねぇー」

 

「う……わかった。クレープでも何でも、好きなものをご馳走させてくれ」

 

「……え、いいの!?やったぁ! それじゃあ許してあげないこともないかな~?」

 

先程まで怒っていたのが嘘のように、上機嫌な表情を浮かべる穂乃果。

コロコロと表情が切り替わる彼女の純粋さを前に、彩牙は思わず苦笑いを浮かべた。

それと同時に、穂乃果の姿をもう一度見やる。フードの付いたパーカータイプのジャージを着ていた彼女は、そのジャージは勿論、肌も髪も、全身が彩牙と同じように雨に濡れていた。

この雨の中、彼女は傘も持たずに何をしていたのか――装いを見れば何となく想像もつくが、だからこそ聞かずにはいられなかった。

 

「……それで、この雨の中何をしていたんだ?」

 

「それはもちろん、走ってたんだよ!」

 

『それくらいはわかる。問題はこの雨の中、明日がライブだってのになんで走ってるのかってことだ』

 

ホラ!と言わんばかりに雨に濡れたジャージを見せつける穂乃果。

そんな彼女に呆れたような声色のザルバが問いかけるが、穂乃果はそれを意に介する様子を見せることなく、雨音に負けんばかりの声で口を開いた。

 

「だからだよ! だって、明日のライブでラブライブに出場できるかどうかかかってるんだよ、ここで頑張らなきゃ!」

 

「……多少無理をしても、か?」

 

「うん!それに私はリーダーだし、みんなより一生懸命頑張らないといけないんだもん!」

 

そう意気込む穂乃果の姿に、彩牙は自分が重なって見えた。

――強大なホラーと互角に渡り合えるようになりたい。強くなりたい。

そんな自分の姿に――現状の自分に満足せず、より上を目指そうとする姿勢があまりにも似ていたのだ。

 

「……俺と同じだな」

 

「え?」

 

「俺も力をつけたい、より強くなりたいと思っていたんだ」

 

「……そっか。似た者同士だね、私たち」

 

そうして微笑み合う二人。

お互い強くなりたい、力をつけたいと思う者同士、ある種の親近感が湧いていた。

 

「……そうだ。俺もランニングに付き合ってもいいか?」

 

「え? でも彩牙くんってお仕事の途中だったんじゃ?」

 

「今日の分はもう終わったさ。それに高坂さんを夜道に一人行かせたら海未になんて言われるかわからないしな」

 

「あー……海未ちゃんって心配性だもんね」

 

「ああ。それで、ご一緒してもいいか?」

 

「うん! こっちこそよろしくね!」

 

そう言って歩調を合わせ、雨の中走り出した彩牙と穂乃果。

――後から考えてみれば、この時、この選択が決定的になったのだろう。

 

 

 

**

 

 

 

「――穂乃果!もう起きなさい!今日学園祭なんでしょ!」

 

――お母さんの声が聞こえる。

寝坊しちゃったのかな?なんだか頭の中がぼんやりして、まだ夢の世界にいるみたい。

そうしてぼうっとしてるうちに、お母さんは下の方に降りて行っちゃった。

朝ごはんの支度かな?私も早く行ってご飯食べなきゃ。

 

 

「……雨?」

 

窓の向こうから打ちつける雨粒の音に、私はようやく雨が降ってることに気が付いた。

……昨日からずっとやまなかったんだ。更に強くなってるような気もする。

でも弱音なんて吐いちゃいられない。だって今日は大事なライブが――

 

「……あ、れ……?」

 

立ち上がろうとして、力が入らなくてお尻をペタンと打っちゃった。

どうしたんだろう……?なんだか目の前がぼんやりするや。それに起きたばっかりなのに息も荒いし、喉も……

 

 

 

 

 

 

――喉、も……?

 

 

 

**

 

 

 

「……む?」

 

――虹の番犬所。

洒落たスピーカーからアイドルものの音楽を流しながらアイドル雑誌を読みふけるという、完全にリラックスモードに入っていたオルトスがふと、何かを感じ取ったかのようなそぶりを見せた。

読んでいたアイドル雑誌を畳み、感じ取った“何か”に警戒するように険しい表情を浮かべ、口を開いた。

 

「……何か、不吉な予感がするのう」

 

今、外界で降っている雨が嵐の予兆になるような――そんな気がしてやまなかった。

 

 

 

**

 

 

 

「……何の用だ」

 

――雨の中。

エレメントの探索に回っている最中だった彩牙の前に、立ちはだかる人影が現れた。

そこにいたのはコテツだった。彩牙と同じように雨に濡れる彼は何も言わぬまま、俯くように立っていた。

突然目の前に現れ、何も言わずに敵意と呼ぶには生易しい感情を己に向ける彼の姿に、彩牙は警戒を崩さずにいた。

 

「………師匠の……」

 

やがて、変化が訪れた。

その声と共に、コテツがゆっくりと顔を上げたのだ。

雨に打たれるサングラス越しに、隠しきれないほどの憎しみの感情が表れていて――

 

 

 

 

 

「……師匠の仇! 覚悟しろ村雨彩牙ァッ!!」

 

激昂と共に魔戒剣を抜き、彩牙に向かって斬りかかった――

 

 

 

**

 

 

 

「……ほの、か……?」

 

海未は目の前の光景が信じられなかった。

いや、現実だと受け入れたくなかったのが本音だろう。

だが今にして思えば、こうなることが予想できた要因は幾つもあった。どこかおかしい様子の穂乃果、雨の中での屋外ライブ、今まで以上に身体に負担をかけるダンス、少し考えればわかることだった。

 

だがどれだけ後悔しようとも、目の前の現実――新曲の終了と同時に穂乃果が倒れたという事実は変わらない。

 

「穂乃果!?」

 

「穂乃果ちゃん!!」

 

海未が、絵里が、ことりが、μ’sの全員が、倒れた穂乃果のもとに駆け寄る。

ステージの上の異常事態に気付いた観客側がざわめくが、今はそれに構う余裕はなかった。

そっと、倒れた穂乃果の額に絵里が手を当てる。

 

「! ひどい熱……!」

 

「穂乃果!」

 

「穂乃果ちゃん!」

 

海未とことりが必死に呼びかけるも、穂乃果からは呻き声のようなものが漏れるばかりで、まともな返事が返ることはなかった。

そしてそのまま、穂乃果の手は力なく崩れ落ちた。

 

降りしきる雨粒が、涙のように彼女たちの頬を伝っていった――

 

 

 

***

 

 

 

希「占いに使う水晶ってあるよね」

 

希「未来とか、運勢を映し出すためのものなんやけど、じっと覗きこみすぎるのもアカンと思うんよ」

 

希「だってなんだか――魂が吸い取られそうな気がするやん?」

 

 

希「次回、『水晶』」

 

 

 

希「そこに映りこむのは希望?それとも……」

 

 

 

 






魔戒指南『本日休業』


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