牙狼〈GARO〉 -女神ノ調べ-   作:らいどる

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どうもこの頃、筆を進めるのがかなり遅くなってしまっています……
お待ちしていただいてる方々には申し訳ありませんが、今後も投稿間隔が長引いてしまうかもしれません。
お許しください。

あと前回でお気づきの方もいるかもしれませんが、アニメ一期終盤に当たるこのエピソードは、かなりオリジナル要素が入っています。


第15話  水晶

 

 

 

「……海未、ここにいたのか」

 

「……彩牙くん、ですか」

 

――夜、園田家の縁側。

そこに面した庭の中に、園田海未の姿はあった。

鯉が泳ぐ池の傍で腰を下ろし、屋敷の灯りに薄く照らされた彼女の表情は、どこか悲痛なものに映っていた。

そんな彼女の下へと歩み寄った彩牙は、同じように隣に腰を下ろした。そんな彼の表情もまた、心なしか険しいものだった。

 

何も言わず、ただ静かに、隣り合いながら池の中の鯉を眺める二人。

沈黙と静寂に包まれる中、口を開いたのは彩牙だった。

 

「……高坂さん、倒れたそうだな」

 

「……はい」

 

その言葉に海未は静かに、そして悲痛な表情を更に深くして頷いた。

学園祭でのμ’sのライブが中止になったこと、穂乃果が倒れ、病院に運ばれたこと。

 

海未が医者から聞いた話では、風邪を患った身で疲労がピークに達してしまった結果なのだという。幸いにして命に別状はなかったが、下手をすれば肺炎になっていた可能性もあった。

数日間安静にしていれば元通りに回復するとのことらしいが、それでも海未の心は晴れなかった。

 

「……私がもっとちゃんと言い聞かせていれば、こんなことにはならなかったのかもしれません」

 

「……」

 

「穂乃果ならきっと大丈夫だろうと……そんな幻想に、囚われていたのかもしれません」

 

――無理をしているとわかっているのに止められなかった。穂乃果なら大丈夫だろうと過信し、彼女に甘えすぎていた。

無理矢理にでも止めさせるべきだった。そうすればこのような結果にならなかった筈だと、後悔の念が渦巻いていた。

 

「……俺も、高坂さんとは昨夜会っていた」

 

「え……?」

 

「雨の中走る彼女を止めようとしなかった、俺にも責任はある」

 

後悔しているのは彩牙も同じだった。

魔戒騎士である彼と普通の人間である穂乃果とは、身体のつくりが根本的に違うのだ。すぐに帰すべきだったのに、それを失念してしまっていた。

だから穂乃果が倒れた責任の一端は自分にもあるし、責められるべきだと――そう語った。

 

「……でも、そうだとしても彩牙くんが全て悪いわけでは……」

 

『それを言うのならお前さんもだぜ。この件は誰か一人が悪いなんてもんじゃない、全員が手を誤っちまった。それだけの話だ』

 

ザルバの言うことも最もである。

今回の件は誰か一人が悪いという話ではないのだ。無理な練習を重ねて身体を壊した穂乃果も、そんな彼女に頼りきりになっていた海未たちμ’sも、止めようとしなかった彩牙も皆が皆悪かった点があり、責任がある。

だから誰か一人を責めようというのは見当違いなのだ。

 

「……そろそろ戻ろう。身体も冷えるし、海未まで体調を崩したら元も子もない」

 

「……そう、ですね。あんなこと言った矢先に風邪なんてひいたら穂乃果に顔向けできません」

 

彩牙に促され、彼と一緒に屋敷の中へと戻っていく海未。

少なくとも海未一人の責任ではないと励まされたこともあってか、その表情は一人で庭にいたころと比べて幾分か楽なものに変わっていた。

その道中、彼女は隣にいる彩牙の表情をちらりと窺った。

そこにいる彼の表情は普段と変わらないように見えていた。

しかし――

 

「……彩牙くん、あの……」

 

「……? どうかしたか?」

 

「……いえ、何でもありません」

 

 

――なんだか、思い詰めているような気がしましたが――

 

そんな懸念を抱いたが、きっと自分の勘違いだと思い、その考えを振り払った。

あるいは穂乃果が倒れ、自責の念を抱いた今、そう思いたかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……ザルバ、俺は一体なんなんだろうな……)

 

(………)

 

海未が気のせいだと思い込んでいた懸念。それは実の所、的を獲ていた。

ザルバに念話で話しかける彩牙の声には不安と、そして恐れが表れていた。海未と話していた時は、この心の動揺を彼女に察しられないように振る舞うので必死だったのだ。

彩牙にここまで動揺が現れた理由、それは今日の昼までに遡る――

 

 

 

 

 

 

「――お前が師匠を殺したのか!村雨彩牙ァッ!!」

 

その雄叫びと共に魔戒剣を抜き、斬りかかるコテツ。

彩牙は咄嗟に魔戒剣を抜き、コテツの剣を受け止めた。ソウルメタル同士が擦れ合う音が響く中、驚愕に満ちた表情を浮かべた彩牙は先程のお返しのように怒鳴り返した。

 

「いきなり何をする!俺が一体誰を殺したと言うんだ!」

 

「とぼけんじゃねえ!!テメェが師匠を殺したんだろう!!」

 

「だから……何の話だと言っている!!」

 

その言葉と共に、受け止めていたコテツの魔戒剣を弾き返す彩牙。

剣を弾かれたコテツはいったん彩牙から距離を取り、サングラス越しでも伝わるほどの激情を漂わせたまま口を開いた。

 

「……ああ、そういや記憶喪失とか言ってたな。だったら教えてやる! 俺の師匠は魔戒騎士に殺された。そう、テメェが持つガロの鎧を纏った騎士にな!!」

 

「ふざけるな!俺はそんなことをした覚えはない!」

 

コテツの糾弾を前に言い返す彩牙。

魔戒騎士である自分が人を殺したなどと、ある筈がない。仮にもガロの鎧を継いでいる自分がそんなことをするわけがない。そう信じての言葉だった。

しかし――

 

「“覚えがない”? 記憶のない奴がなんでそう言い切れる!!」

 

「っ、それは……!」

 

そう、彩牙には園田家に拾われる以前の記憶がない。

何をしていたのか、どんな人間だったのか、人伝に聞くだけで何一つはっきりとわからない。

だから頭の片隅で考えてしまうのだ。“もしかすると自分は、そのような罪を犯してしまったのかもしれない”と。

そして一度湧きあがった疑惑は自分に向けたものであろうと、簡単に消えるものではない。

言葉に詰まった彩牙を、確認するように頷いたコテツは再び口を開いた。

 

「……そういうことだ、覚悟しやがれ!!」

 

それと同時に魔戒剣を投擲したコテツ。

彩牙は己の魔戒剣でそれを受け止めるが、回転を加えられて放たれたことにより彩牙の剣は宙へと弾き飛ばされた。動揺したことにより、剣を握る手がぶれたのだろう。

主の手を離れ、空中にてぶつかり合う二人の魔戒剣。それと並行して距離を詰めたコテツは、彩牙に向けて拳を繰り出した。

空を切る鋭い音と共に放たれた拳を受け止め、流し、カウンターで拳を繰り出す彩牙。コテツはそれを腹部へと受けたが、そのお返しに放ったハイキックを、彩牙の横っ面に叩き込んだ。

 

そうして激しい肉弾戦を繰り広げていく二人。

その間に宙に放たれた二振りの魔戒剣は何度も何度も、まるで互いの主のようにぶつかり合いながら落ちてゆき、やがてそれぞれの主の下へと還った。

己の手の中に再び剣を戻した二人は、今度は剣戟を繰り広げていく。何度もぶつかり合い、火花を散らし、互いに互角に見えるその剣戟だが、次第に変化が表れてきた。

 

彩牙がコテツの勢いに押し負けてきたのだ。

剣を振るうその表情も、コテツは彩牙を斬るという確固たる執念が表れているのに対し、彩牙の表情は困惑し、迷う者のそれだった。

そしてその動揺は、決定的な隙を生み出すこととなる。

 

「もらった!!」

 

「っ、しまっ……!」

 

コテツが横に一閃した魔戒剣によって彩牙の剣が弾かれ、体勢を崩すと同時に胴体ががら空きになったのだ。

その隙を逃さんと、彩牙目がけて魔戒剣を振りかぶるコテツ。

そのまま彩牙の身体を斬り裂かんとした、その時――

 

 

「――っ、これは……」

 

段々と近づいてくる、雨の音をかき消すように辺りに響き渡るサイレンの音。

救急車の発したものであるそれにコテツが気を取られたその瞬間、彩牙は体勢を整え直し、突き出された魔戒剣を弾き返した。

それと同時に地を蹴ってコテツから距離を取り、そのまま塀を、建物を飛び越えてその場から離脱した。

 

「待て!!逃げんじゃねえ!!」

 

怒気を孕んだコテツの制止も振り切り、離脱する彩牙。

今の彼にコテツの制止の声を聴くことはもとより、戦いを続ける余裕もなかった。

今はただ、己に対する疑惑で思考が一杯になってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

当時のことを思い出していた彩牙の胸中には、戸惑いと疑惑が渦巻いていた。

かつての記憶を失う前の自分はどんなことをしてきたのか、自分はどんな人間だったのか。記憶がないが故に、人伝でしか聞いたことがない故に、自分が師を殺したというコテツの言葉を、はっきりと否定できる自信がなかった。

もしそれが本当なのだとしたら、自分は本当にガロの称号に相応しい人間なのだろうか。

自分には人を守る資格があるのか。

 

――海未。俺に君を守る資格はあるのか?――

 

隣で歩く海未の姿を視界に収めながら、彩牙はそんな自責の念に囚われていた。

 

 

 

**

 

 

 

――あの日のことは、一度も忘れたことはない。

 

師匠からカゲロウの鎧とゾルバを受け継いでしばらく経った頃、“ある目的”のために力をつけるべく、ホラーの討滅に精を出していた頃だ。

その日もまた、ホラー討滅の帰りだった。人里から離れた、樹々が生い茂る森の中にある師匠の家――当時の俺の家でもある――に帰っている最中だった。

 

最初に異変に気付いたのは、家が近くなった時だった。

ゾルバが微かな邪気を感じると言い出し、そして俺自身も樹々の香りの中に紛れ込む淀んだ匂い――血の匂いを感じ取り、不吉な予感を抱いて駆け出していった。

そうして家の前まで辿りついた時、俺の視界にとんでもないものが映し出された。

 

そこにあったのは、血の海の中で倒れた一人の老人だった。

白い髪と髭が血で赤く染まったその老人は、見間違えるはずがなかった。

俺を鍛え上げ、戦う力とカゲロウの鎧を授けてくれた恩師――零士こと、俺の師匠その人だった。

 

「――し……師匠!!」

 

気付いた時には叫びながら駆け出していた。

まだ息はあるのか、息があるのならすぐに蘇生しなければならないと、とにかく師匠を死なせたくないことで頭が一杯だった。

だけど――

 

『コテツ……零士はもう……』

 

「……嘘だろ……?なんで、こんなことに……!」

 

師匠はもう、息をしていなかった。目の前にあるのは、“師匠だった”死体だったんだ。

そのことを理解した俺は、言葉にならない声で大きく叫んだ。

……どれくらい叫んでいたのかは、わからない。涙を流していたような気もする。

“また”失くしてしまった。奪われてしまった。

ひとしきり慟哭し、悲しみに包まれていた俺の心は、徐々にそれを打ち消すほどの怒りに包まれていった。

一体、どこのどいつが師匠を――!

 

 

 

「――そうだ! ゾルバ、何か映ってないか!?」

 

そんな中、ふと気づいたことがあった。

侵入者対策に師匠が仕掛けた、監視用の魔導具――所謂監視カメラのそれの存在を思い出したんだ。重要な魔導具を奪われないようにするためだと、以前師匠から聞いたことがあった。

記憶を頼りに近くの樹々を探してみるとすぐに見つかった。札が張り付けられた木箱のような形状の魔導具を手に取ると、ゾルバをそれに翳した。

 

『……ほとんど壊れているようですが、辛うじて残った部分があります』

 

「すぐに映してくれ!」

 

そう伝えるとゾルバの瞳が光り、それに呼応するように魔導具から映像が浮かび上がった。

……映し出されたのは、ついさっきまでの映像のようだ。ノイズがいくつも走っていてかなり見辛いが、師匠が映っていることは確認できた。

こちらに背を向けているが、身振り手振りしているように見える。

……誰かと話しているのか?

 

そう思ったのも束の間、突然映像の中に鮮血が飛び散った。飛び出した鮮血が、師匠の身体を赤く染め上げていく……!

映像の中の師匠が血まみれになり、崩れるように倒れていく。

師匠が倒れていく中、一瞬だけ、師匠の向かい側に人影が映ったのを見逃さなかった。

そこに映っていたのは――

 

「魔戒騎士……だと……!?」

 

見間違いかと思った。だけどそれは間違いではなかった。

そこに映っていたのは鎧を纏った魔戒騎士だったんだ。映像の乱れが酷くてシルエットくらいしか確認できなかったが、あの形状はハガネじゃない、何かしらの称号持ちの騎士であることは間違いなかった。

こいつが……こいつが師匠を……!

 

「……ゾルバ、ここに映っている鎧は何なのかわかるか?」

 

『……この形状、剣……いや、そんな馬鹿な……』

 

「わかったのなら教えてくれ、頼む!」

 

ゾルバの反応からして、どこの騎士なのか見当がついたのは明らかだった。だから俺はすかさず問い詰めた。

するとゾルバは、躊躇いがちに口を開いた。

 

「……この鎧、おそらくは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黄金騎士・ガロのものと思われます」

 

――ガロだと!?

ガロは何度も聞いたことがある。魔戒騎士の中でも頂点に君臨する、最強の称号。

……そいつが、師匠を殺したのか。何が最強の騎士だ、ふざけやがって……!

 

心の中に芽生え、燃え上がっていく怒りを抱きながら、俺は師匠だった亡骸をそっと地面に横たわらせ、ライターで灯した魔導火の炎をその亡骸に移した。

鮮やかな真紅の炎に焼かれていく師匠の亡骸を目に焼き付けながら、決意した。

俺は奴を――!

 

 

 

**

 

 

 

――都内某所

 

「もし、そこのお兄さん」

 

夜が更け、人気のなくなった街中を歩いていた青年を呼び止めたのは、若い女の声だった。

急に呼び止められ、振り返った青年の視線の先にはその声に違わぬ若い女性がいたが、その姿を目にした青年は思わず不思議そうに首を傾げた。

 

というのも、女性の格好は紫のローブに身を包み、シャラシャラとした装飾を着けているという妙なものだったからだ。加えて女性は腰を掛けているのだが、その前にはローブと同じ紫のクロスで覆われたテーブルがあり、その上に丸い水晶が置かれていた。

そんな一昔前のステレオタイプな占い師の格好をした女性は、青年の奇異な視線を気にすることなく語りかけた。

 

「私はしがない占い師なのですが……あなたの夢を叶えてみませんか?」

 

「はあ……?」

 

「ああ、代金はいただかなくても結構です。私はただ、あなたの夢を叶える助けになりたいだけなのです」

 

女性の言葉に怪訝な表情を浮かべた青年だが、しばらくして「それもいいかな」と思い、女性の下に足を進めた。

特に占いを信じている訳でも好きであるという訳ではないのだが、“夢”というワードに気になるところがあり、お金もかからないようだし偶にはいいかなという軽い気持ちだった。

そうしてテーブルの前にあった椅子に腰を掛け、女性と向き合う。こうして近くで見ると結構綺麗な人だな、とも思った。

こんな怪しげな商売もどきをしていなければお近づきになりたいと、呑気に考えていた。

 

「では、始めます。あなたの夢を強く思い描いてください……」

 

女性が水晶に手をかざすのと同時に、言われるがままに自分の夢を頭に思い浮かべる。

青年にも夢があった。昔から思い描き、そして現実にするために努力を続けている夢が。

その夢を頭に浮かべ、一体どんな占いをするのかと考えていると――

 

「……へ?」

 

青年は自分の目を疑った。

女性が手をかざしていた水晶がひとりでに輝き始め、どんな仕組みになっているのかその中に映像のようなものが映り始めたのだ。

そこに映りこんでいたのは、画家として自分の姿――青年が思い描いていた夢の内容そのものだった。

 

「え、え!? これどういう仕組みなんですか!?」

 

「素晴らしい夢ですね。希望と活力に満ちた、とても素晴らしい夢です」

 

水晶の仕組みに戸惑う青年のどよめきを無視するように、女性はうっとりとした表情で水晶に映りこんだ青年の夢を見つめていた。

その姿を目にして、これは下手に質問をしても答えそうにないかもしれないと思い、疑問を頭の片隅に押し込めて占いが進むのを待った。

 

……しかし、いくらなんでもじっと見つめ過ぎではないかと思う。

自分の夢のことを褒めてくれるのは嬉しいが、そこまでじっくりと熱の入った視線で見つめられていると段々恥ずかしくなってくる。

いい加減早く進めてほしいと口を開こうとした時――

 

 

「……それでは、始めましょう」

 

「わっ!?」

 

女性が唐突にそう言った瞬間、水晶から強烈な光が放たれた。

あまりの眩しさに目を瞑る青年だが、水晶から放たれる光は瞼を貫かんばかりに強く、目が潰れてしまうのではないかという錯覚を覚えた。

しばらくそうしていると徐々に光が弱くなっていくことを感じ取り、恐る恐る目を開けると――

 

「………え?」

 

青年の目に映った光景は、先程のものとはうって変わっていた。

水晶もあの女性も、彼の目の前から消えていた。彼が立っている場所も、あの街中ではなくなっていた。

その目に映るのは、アトリエの中で見事な絵を描き続ける自分の姿――先程あの水晶に映っていた光景そのものだった。

 

一体何がどうなっているのか。

青年はこの摩訶不思議な現象を前に戸惑いを隠せず混乱していたが、目の前の光景を――夢を叶えた自分の姿を目の当たりにしていると、疑問が不自然なほどに引っ込んでいった。

その代わりに湧き上がってきたのは――この光景を今すぐ自分のものにしたいという“欲”だった。

 

抑えきれないほど湧き上がってきたその欲に従い、画家になった自分に向けて手を伸ばす青年。

自分が長年夢見てきた光景がこの手の先にある、この光景を今すぐモノにしたい――!

そんな欲に支配された彼が、画家になった自分に手を触れた瞬間――

 

「や、やった!やっ――――」

 

歓喜に満ちた表情を浮かべると同時に、青年の身体は一瞬で弾け飛んだ、

弾け飛び、光り輝く粒子となった彼は、夢を掴んだと“思い込んだ”高笑いを上げたまま、その空間に――水晶の中に溶けるように消えていった。

その一連の光景を水晶の外から見続けていた女性は、光悦の表情を浮かべ、ぺろりと唇を舐めた。

 

「……やはり、夢と希望に溢れた魂ほど、美味なものはありませんね」

 

――ごちそうさまでした。

誰もいないその通りに、満足気な女性の声が響き渡った。

 

 

 

**

 

 

 

「……」

 

――高坂家、穂乃果の部屋。

学園祭から数日が経ち、病院から自宅での療養に移った穂乃果。

彼女は今、ベッドの上で開いたパソコンの画面にスクールアイドルのランキングサイトを表示させ、それをじっと見つめていた。あの学園祭までの間、彼女はそのサイトを開くたびにランキングの変動を前にして喜びに溢れた時もあれば、落胆した時もあった。

 

だが今、そのランキングサイトを見つめる彼女の表情は何の感情も写さない、空虚なものだった。

そんな彼女が見つめるランキングサイトには――μ’sの名前はどこにも存在しなかった。

 

「……ラブライブに、出れないんだ……」

 

μ’sは、ラブライブを辞退したのだ。

事を知ったのはつい先程、μ’sのメンバーが見舞いに来てくれた時だった。自分のせいで学園祭のライブが台無しになってしまったことによる罪悪感と、そんな自分のことを心配してきてくれた皆に感謝を抱いた穂乃果が、今後はこんなことにならないようにもう一度ラブライブに向けて頑張ろうと意志を示した時、躊躇いがちに絵里が言ったのだった。

 

――ラブライブには、出場しない――

 

それを聞いた時、穂乃果は自分の耳を疑った。そしてすぐに冗談か何か――もしかすると自分を律させる為にわざとそんなことを言ってるのかもしれないと、淡い期待を抱いた。

だが真剣で、辛そうな表情を浮かべる絵里の姿を見て、冗談でも何でもないということを思い知った。

 

このような事態を招くためにスクールアイドルを許したのではないと、ことりの母――理事長に言われたらしいのだ。自分たちの――それもリーダーの体調管理が疎かになるばかりか倒れてしまうなど、学生の活動としてあってはならないと。

その言葉を重く受け止めた絵里は他のメンバーと話し合った結果、ラブライブの出場を辞退したのだった。

そのことを語る時、絵里をはじめとしたメンバーたちはずっと申し訳なさそうだった。穂乃果に黙って出場を辞退したことに罪悪感を抱いたからだ。

 

そんなことはないと、穂乃果は皆を励ました。

なぜなら、それが本当なら一番悪いのは――

 

「……私のせいだ……」

 

自分が調子に乗って無理をしなければ、こんなことにならなかった。

折角出場できるところまで来たのに、それを全てフイにしてしまった。みんなのこれまでの努力を、台無しにしてしまった。

 

自分のせいで――

 

 

 

**

 

 

 

「……やっぱり、言わない方が良かったのかな?」

 

――同じ頃。

穂乃果の見舞いの帰り道で、おもむろにそう呟いたのは凛だった。

その言葉に思う所があったのか、その場にいたμ’sメンバー全員の表情に影が差した。凛の言いたいことが皆にはよくわかっていたのだ。

ラブライブを辞退したと伝えた時の穂乃果の様子は正直なところ、見ていて痛々しかった。

自分のせいでそうなってしまったと思っているであろうことは明らかだったのだ。

 

「……ですが凛、いずれは知ってしまうことです。ならばせめて……」

 

「でも!……穂乃果ちゃん一人を責めてるみたいで、なんかヤダにゃ……」

 

凛の言いたいこともわかる。

彼女たちだって穂乃果一人が悪いなどとは思っていないのだ。穂乃果を止めることができず、彼女に負担を背負わせてしまった自分たちにも責任があると。

それ故に今、あの場でラブライブ辞退を伝えることには抵抗があった。

しかし――

 

「それでも、ちゃんと伝えなきゃ穂乃果の……ううん、それだけじゃない、私たちのためにならないわ」

 

「そうやね。ウチらみんなに悪いところがあった、それを踏まえた上でこの結果を受け止めへんときっと先には進めないと思うんよ」

 

絵里の言葉に希が賛同する。

人間というのは過ちを受け止めてこそ成長し、先に進めるもの。受け止めることができなければそこから何も学ぶことはできず、いつまでたっても前に進むことはできないのだ。

 

その一方で、穂乃果をこのまま落ち込ませておくわけにはいかないのも事実。友人が意気消沈している姿というのは、見ていて辛いものがある。

どうにか穂乃果の元気を取り戻さなければ――全員がそう考えている時、やや躊躇いがちに手を挙げたのはことりだった。

 

「……ねえ、一つ提案があるんだけど、どうかな?」

 

その言葉に、その場にいた全員がことりに意識を向けた。

皆がことりの提案に耳を傾けている中で唯一、希だけは話を聞きつつも意識を別の所へ向けていた。

それは彼女が持つ鞄に向けられていた。鞄の中から到底無視できない異様な気配を感じた彼女はファスナーを開け、ちらりと中を覗き込んだ。

 

 

その瞳に映りこんだのは――外の明かりに照らされた、赤い封筒だった。

 

 

 

**

 

 

 

「くぅっ……!」

 

「――まったくお主という奴は。掟破りということを忘れておるのではないか?」

 

――虹の番犬所。

そこでは彩牙に対して呆れたように叱責するオルトスの姿があった。

彼女が責めているのは先日のこと、彩牙とコテツがまたもや剣を交えたことだった。あの日剣を抜いて戦ったことを、彼女は完全に認知していたのだ。

その罰としてまた寿命を一週間分没収され、その苦痛で彩牙は苦しげな表情で膝をついていた。

また、彩牙と同じようにコテツも呼び出していたのだが、彼が来ることはなかった。

 

そんな中、オルトスは違和感に気付いた。

処罰を受けている彩牙だが、その表情を歪めているのは苦痛によるものだけではないように見受けられたのだ。

それはまるで――

 

「……お主、何を悩んでおる?」

 

「っ! ……なんのことで――」

 

「とぼけるな。わしの目を誤魔化せるとでも思うたか」

 

そう語るオルトスの目は誤魔化しを許さない、問い詰める者のそれだった。

その鋭い視線に黙秘することは不可能だと感じた彩牙は、寿命を没収された苦痛を和らげるように深く息を吸い、ゆっくりと、罪を告白するかのように口を開いた。

 

「……俺に、人を守る資格はあるのでしょうか」

 

「……何を言うのかと思ったらそのようなことか。よいか、お主は黄金騎士――」

 

「――だとしても、俺にはわからないのです。記憶を失う前の俺はどのような人間だったのか……本当に、ガロを名乗るに相応しい人間なのか」

 

彩牙は、自分自身のことがわからなかった。

記憶を失う前の自分はどんな人間だったのか。父の顔も知らない、そんな父を知る人物やザルバから昔の自分のことを聞かされても実感が湧いてこないのだ。

それ故に、以前の自分に不信感を抱いてしまう。コテツの言う通り、彼の師を殺めてしまった可能性も否定できないのだ。

 

そんな彩牙の懺悔にも近い告白を前にしたオルトスは呆れたように溜息を吐き、よく言い聞かせるように口を開いた。

 

「……お主に何があったのかは知らん。じゃが今のお前は魔戒騎士、それ故に何をしなければいけないかわからんわけではあるまい?」

 

「……はい」

 

――そうだ。

いくら彩牙が自分自身のことで悩もうとも、ホラーにはそんなことは関係ないし、事情を考えてくれることもない。

どれだけ悩もうとも、ホラーは人間界に現れ、人を喰らう。それと戦い、人を守るのが彩牙の――魔戒騎士の使命。

資格のあるなしに悩む以前に騎士である以上、その使命を果たさなければいけないのだ。

 

「それにコテツは音沙汰もないし、大和は所用で留守にしておる今、ホラーと戦えるのはお主と希だけなのじゃぞ」

 

「……ホラーが現れたのですか?」

 

その問いかけに肯定するようにコクリと頷いたオルトスの手には、指令書が握られていた。

 

 

 

**

 

 

 

「――講堂でライブ?」

 

「ええ、穂乃果だってあのまま終わるのは嫌でしょう?」

 

身体が回復し、復学した初日。アイドル研究部の部室にて穂乃果は呆然と呟いた。

ポカンとした表情の彼女の疑問に応えるように、絵里は説明を続けた。

先日の学園祭ではトラブルにより、新曲一曲しか披露できなかった。今更あの時のことを蒸し返すつもりはないが、自分たちも観客も物足りないと思ったのは事実だ。

それ故に、音ノ木坂の生徒だけではなく一般の観客も招待したライブを講堂で開催し、あの時やりきれなかった分を果たそうというものだった。

それに――

 

「廃校阻止の記念にもなるしね」

 

そう、音ノ木坂学園の廃校は阻止されたのだ。

正確には来年度の生徒募集を行うというものなのだが、元々生徒募集をかけない方針だったことを考えれば目的はほとんど達成されたと言える。

そのことが発表されたのが今日だったため、狙ったわけではなかったが絶好のタイミングであった。

 

「ね、ええ考えと思わへん?」

 

「――そう、だね……」

 

そうは言うものの、穂乃果の表情はどこか晴れない。

――やはり、学園祭の時のことを気にしているのだろう。自分が無茶をし過ぎたことで、皆に迷惑をかけてしまったと。

また同じようなことを繰り返してしまうかもしれない――そんな危惧を抱いていることが窺い知れた絵里や希、花陽などメンバーの多くが心配そうな表情で見つめた。

しかし――

 

「……アンタ、まだ気にしてるの?過ぎたことをいつまで引っ張ったってしょうがないでしょ」

 

「にこちゃん……」

 

「にこちゃんの言う通りね。ラブライブに出れなかったのは残念かもしれないけど、廃校は阻止できたのよ?ならそれでいいじゃない」

 

そんな穂乃果を嗜めるようにそう言ったのはにこと真姫だった。

彼女たちの言う通り、学園祭のことはもう過ぎてしまったことだった。反省することはあれど、後悔に囚われて委縮してしまうことはお門違いである。

それにラブライブに出場しようとしたきっかけは知名度を上げて有名になり、音ノ木坂への入学希望者を増やそうとするものだった。出場こそは叶わなかったが目的は達成できたのだ。

故に気に病む必要はないと、そう言いたかった。

 

「ねえ、穂乃果ちゃん……もう一度、一緒にがんばろ?」

 

そう語りかけることりと、自らを立ち上がらせようとするメンバーたちを前に、穂乃果の瞳と意志に光が灯し始める。

いつまでもくよくよしていてはいけないと。こんなにも励ましてくれているのだから、弱気なままでは自分らしくないと思った。

――そう“言い聞かせて”、奮い立つ。

 

「……そうだね。いつまでもへこんでちゃ、駄目だよね」

 

「穂乃果……!」

 

「やろう!あの時の汚名を挽回して、最高のライブをもう一度しよう!」

 

「それを言うなら、“汚名返上”ですよ」

 

「あうっ」

 

「よーっし!気合入れていくにゃー!」

 

「頑張ろうね、凛ちゃん!」

 

奮い立った穂乃果の宣言と共に、思い思いの言葉で盛り上がっていくμ’sメンバーたち。

その姿を視界に収めながら、海未は思った。

――これからは、穂乃果のことをしっかりと支えよう。二度とあのような事に、あのような目に遭わせぬよう、穂乃果一人に背負わせないようにしようと、そう強く誓った。

 

 

 

**

 

 

 

――夜の街。

人気のない、ひっそりとした通りの中に、彼女はいた。

装飾のある、紫色のローブに身を包んだ占い師のような姿の女性――水晶の占い師が。

彼女は今、この場で“客”が来るのを待ち続けていた。夢を持った人間を、希望と活力に溢れた人間を。

――今夜のメインディッシュとなる人間を。

 

“彼女”の好みは夢を持った、希望と活力に溢れた人間だった。

夢を抱いた人間に、その夢を叶えた姿を見せ、触れさせることで幸福と達成感の絶頂に至った人間を喰らうことが、彼女にとって最高の美味であり、至福の時だった。

“同胞”の中には幸福の絶頂から絶望へと突き落とすことを美味とする者がいるが、彼女からしてみれば悪趣味極まりなかった。折角食べてあげるのだから、どうせなら喰われる瞬間も幸福を感じさせるべきだというのが彼女の考えだった。

 

 

「――もし。そこのお嬢さん」

 

そんな彼女が呼び止めたのは、一人の少女だった。

フードを深く被り、顔を隠した少女は不思議そうに振り返った。水晶の占い師が踏んだ通り、その少女からはキラキラとした夢が感じ取れていた。

 

「私はしがない占い師なのですが……あなたの夢を叶えてみませんか?」

 

「……ウチの夢を?」

 

「ええ、夢を叶える助けをしたいのです」

 

「……ほんなら、お願いしようかな。ウチ、占いって大好きなんです」

 

誘われるがまま、少女は水晶を挟んで占い師の前に腰を掛けた。

その素直な姿を好ましく感じた占い師は、この少女のことは特に幸せな夢を見せ、より強い幸福の中で喰らってあげようと決めた。

 

「では始めます。あなたの夢を強く思い描いてください……」

 

そうして水晶に力を送り、少女から読み取った夢の内容を映し始めた。

水晶が輝き始め、その中に少女の抱く夢が徐々に映し出されていく。少女の夢がどのようなものなのか期待に胸を膨らませながら待ち、少女の夢がはっきりと映し出されようとした瞬間――

 

「………はっ……!?」

 

占い師の瞳に映りこんだのは、少女の夢ではなかった。

代わりに映りこんだのは、少女の手にある一枚の符。その先端に灯された緑色の炎――魔導火だった。

その炎に照らされた占い師の瞳が白く濁り、文様が――魔界文字が浮かび上がる。魔獣ホラーであるという、確固たる証拠が。

それと同時に、フードに隠されていた少女の顔が――占い師をキッと睨みつける、希の顔が露になった。

 

「彩牙くん!!」

 

正体を明かされた占い師が攻撃しようとするも、希はすかさず魔導筆を取り出して術を発動し、占い師の身体を包み込むようにして防壁を張った。防壁内に閉じ込められたその姿は、さながら檻のようだった。

占い師はどうにかして防壁を破ろうとするが、希の声に応えるように現れた彩牙が彼女目掛けて魔戒剣を振り下ろした。

 

魔戒剣が触れる寸前に防壁が解除されたことにより、占い師は斬り伏せられると思われた。

しかし斬られる寸前に水晶で魔戒剣を防ぎ、弾いたことで占い師は難を逃れたのだった。

そして彩牙と希も、それぞれ油断なく構えることで占い師と向かい合い、互いに出方を窺う緊迫した空気が流れた。

 

「なるほど、魔戒法師でしたか……」

 

「ザルバ、こいつで間違いないな?」

 

『ああ。奴が指令書にあったホラーだ』

 

「占いを騙って人を食べようなんて、許さへんよ!」

 

「……人聞きの悪いことを。私はただ、夢を叶える助けをした代価を頂いているだけですよ」

 

『よく言うぜ。ただの幻じゃないか』

 

先に動いたのは占い師だった。

ひとりでに宙に浮かんだ水晶が光り輝いたかと思うと、そこから光弾を撃ち出したのだ。

それと同時に駆け出す彩牙と、彼の前に防壁を張る希。彼女が張った防壁によって、占い師が放った光弾は彩牙に届くことなく砕け散った。

占い師は続いて水晶から光弾を放つが、彩牙は怯むことなく、魔戒剣を振るうことで光弾を斬り裂いていく。

そうして占い師との距離を詰め、魔戒剣を振り下ろす彩牙。対する占い師は宙に浮かぶ水晶をまるで体の一部のように操り、魔戒剣を受け止めたのだった。

 

「強い瞳……けど怒りと迷いといった雑念も渦巻いている……あなたの夢は活力が乏しそうですね」

 

「……黙れ!貴様らホラーに語る夢などない!」

 

占い師の言葉を振り払うように、魔戒剣を受け止めていた水晶を弾き、再び刃を振るう彩牙。

占い師は弾かれた水晶を軌道修正し、再び魔戒剣を受け止め、弾いた。その繰り返しにより、魔戒剣と水晶の激しい打ち合いが繰り広げられていく。

 

「ウチを忘れたらあかんよ!」

 

その攻防に第三者の手が――希が介入する。

希の魔導筆から光の鞭が伸び、占い師の水晶を捉えたのだ。

攻撃兼防御手段を封じられ、がら空きになる占い師。その隙を逃さんと振るわれた彩牙の魔戒剣が彼女の身体を斬り裂いた。

血飛沫をあげ、後ろにたたらを踏む占い師。続けて斬り伏せんと、魔戒剣を振り下ろす彩牙。

この一撃で決着がつくと、彩牙も希も、そしてザルバも、誰もが思った時――

 

 

「――きゃっ!?」

 

「っ、なんだ!?」

 

突如空から無数の光の矢が降り注ぎ、水晶を拘束していた光の鞭を断ち切ったのだ。

突然の奇襲にたたらを踏む希と、光の矢を弾いて後退する彩牙。意識が逸れたこの瞬間を逃さまいと、占い師は高く跳び上がり、この場からの逃走を始めた。

それに気づいた彩牙と希は逃がすわけにはいかないと、追跡を始めようとした。

しかし彼らと占い師の間に再び光の矢が降り注ぎ、二人の行く手を遮ったのだ。

雨のように降り注ぐそれによって二人の足は止められてしまい、占い師の逃走を許してしまった。

 

「あれは……!」

 

そして、逃げた占い師と入れ替わるように現れたのは一人の男。

闇色のローブに身を包み、フードで顔を隠したその男は、矢が降り注いだ天から降り立つように現れ、骨をあしらった魔導筆を携えている。

その男は以前彩牙に奇襲をかけた魔戒法師――闇法師だった。

 

『あの時の法師か……!』

 

「もしかして、あの人が例の……?」

 

「ああ。 ……お前!ここ最近のホラーの異常な出現はお前の仕業なのか!」

 

闇法師へと魔戒剣を突きつけ、憤るように問い詰める彩牙。

対する闇法師は突きつけられた魔戒剣に動じることはなく、何事もないかのように淡々と口を動かした。

 

「そうだ、私がホラーをこの地に呼び寄せている。先日も魔導具で使徒ホラーを誘ったばかりでな」

 

『……なるほど、ガザリウスの門をばら撒いたのはこいつだったのか』

 

「……なんでなん!?魔戒法師なのに、どうしてこんなことするん!?人を守るのがウチらの役目じゃないの!?」

 

淡々とした闇法師の口調に動揺を隠せない希の、悲痛な問いかけが辺りに響き渡る。

魔戒法師、ひいては魔戒騎士は、人々をホラーの魔の手から守る絶対的な守護者。希はそう信じているからこそ、自身もこの道を歩むことを決意したのだ。

だというのに目の前の闇法師が語ること、していることはその真逆。ホラーに人間を捧げているようなものだった。

 

「……人を守る、か……下らんな」

 

しかし闇法師は、そんな希の問いかけを一蹴した。

 

「人間など守る価値もない。……いや、そもそもこの世に存在してはならぬものだ」

 

「そんな……!」

 

闇法師の答えに愕然とする希。それと同時に彼女の横を彩牙が駆け抜けていった。

彩牙は瞬く間に距離を詰め、闇法師目掛けて魔戒剣を振り下ろす。

しかし闇法師は闇色の光を纏わせた魔導筆一本で、その刃を難なく受け止めたのだった。魔導筆で受け止められた魔戒剣を握る彩牙の表情には、闇法師に対する怒りの感情が表れていた。

人々の命を脅かす、敵に対する怒りが。

 

「貴様だけは放っておく訳にはいかない!」

 

「……いいだろう。お前たちの力、見せてみるがよい」

 

その言葉が引き金になり、魔戒剣を受け止めていた魔導筆から波動が放たれた。

その全身が殴られたような衝撃により、彩牙の身体は大きく吹き飛ばされる。

間髪入れずに闇法師は無数の魔戒符を取り出し、それらを自身の目の前へと展開させる。そして魔導筆で符を撫でると光を灯し、光の矢が発射された。

無数に襲い掛かる矢を回避し、時には魔戒剣で弾いていく彩牙。しかし無尽蔵に繰り出される矢の猛攻により、徐々に追い詰められていく。

しかし――

 

『――っと! いいタイミングだぜ嬢ちゃん!』

 

「彩牙くん、受け取って!」

 

希の張った防壁が彩牙の前に展開されたことにより、矢を防いだのだ。

続けざまに希の魔導筆から紫色の光――彼女の法力が放たれ、魔戒剣へと到達することでその刃に法力を纏わせる。

希の法力を纏い、紫色に発光する魔戒剣。彩牙はそれを闇法師目掛けて振り下ろし、斬撃として飛ばしたのだった。

 

斬撃として放たれた法力は闇法師の前に展開されていた無数の符に衝突し、希の強力な法力によって強制的にその能力を停止させられていく。

そうして矢を放っていた符は力を失うように光が消え、ぱさぱさと落ちていった。

 

「ほう」

 

符が力を失って地に落ちていく中、闇法師の目に映ったもの。

それは距離を詰め、符の合間から魔戒剣を振り下ろそうとしている彩牙の姿だった。

しかし闇法師は少しも狼狽える素振りを見せず、魔導筆の先端に光を灯らせると、魔導筆の先端だけで軽々と魔戒剣を受け止めたのだった。

 

「随分と怒りを滾らせているようだな、黄金騎士よ」

 

「当たり前だ! 貴様のせいでどれだけの人が犠牲になったと思っている!」

 

「……犠牲、か……」

 

彩牙が糾弾するも、闇法師は可笑しいと言わんばかりに笑っていた。

 

「何が可笑しい!」

 

「なに、滑稽なものだと思ってな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――人を死に追いやった男が、犠牲に憤る姿はな」

 

「――――ッ!?」

 

闇法師の発した言葉に、驚愕の表情を浮かべる彩牙。

その時に生じた隙を、闇法師は見逃さなかった。魔導筆で魔戒剣を弾き飛ばし、がら空きとなった彩牙の胴体に蹴りを叩き込んだのだ。

動揺していたところに鳩尾に蹴りを入れられてしまい、胃液を吐き出しながら蹴り飛ばされ、倒れる彩牙。希が彼の下に駆け寄ると同時に、弾き飛ばされていた魔戒剣が傍に突き刺さった。

 

「彩牙くん、しっかり!」

 

「ぅ……くそっ……!」

 

倒れ伏す彩牙の姿を一瞥した闇法師は、闇の中へと消えていった。

その後ろ姿を睨みつけるように見つめていた彩牙は、地面に拳を叩きつけた。

後に残されたのは己の力不足を嘆き、友を介抱する希と――闇法師の言葉が突き刺さり、自分自身を見失いかけている彩牙だけだった。

 

 

 

**

 

 

 

「えーっと……これで全部だよね」

 

そう呟き、手提げ袋の中身を確認しながら街中を歩いていたのは穂乃果だった。

彼女は今、母親からの頼みでのお使いの帰りだった。

夕食の材料に買い忘れがあったらしいのだ。頼まれた時には店仕舞いの準備で忙しかったため、手が空いていた穂乃果に白羽の矢が立ったのだ。

 

そうして出かけ、いつも使っている店で買い揃え、家の近くまで来る頃には既に空は真っ暗になっていた。

ちょうど真っ暗になると同時に着けてよかったと安堵し、このまま真っ直ぐ家に向かおうとした時――

 

 

「――っ!? だ、大丈夫ですか!?」

 

目の前の角から一人の女性が現れた。

全身を覆うように紫色のローブを纏ったその女性は、肩で息をしながらふらつくように歩いていたかと思うと、躓くようにその場に倒れたのだった。

慌てて駆け寄り、女性に呼びかける穂乃果。自分の呼びかけにも碌に応えられない様子を見て、救急車を呼ばなければと思い、スマートフォンを取り出そうとした。

 

 

「――え?」

 

その時。

おもむろに女性は水晶を取り出し、自信と穂乃果の間に翳したのだ。

水晶に映りこんだ自分の顔、そして瞳を目にした穂乃果が呆気に取られていると、その水晶が光を放ち――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、あれ?」

 

――気づいた時には、何もかも無くなっていた。

水晶も、それを手にしていた女性も、最初からどこにも存在していなかったかのように忽然と消えていたのだ。

 

「気のせい……だったのかな?」

 

――それにしては随分とリアルな気がしたけど……

ううん、きっとまだ疲れが残っているだけなんだ。海未ちゃんにも言われたし、今日は帰ったらゆっくり休もう。

もう、あんな失敗を……みんなに迷惑かけるわけにはいかないんだから――

 

 

そんな考えを抱きながら、再び帰路に就く穂乃果。

彼女の瞳はこれまでにないほど澄んだ瞳をしていた。

そう、まるで水晶のような――

 

 

 

***

 

 

 

ザルバ「お前たち、自分の振る舞いを考えたことはあるか?」

 

ザルバ「いくら正しいことをしていたとしても、振る舞い一つでそうは見られないことがあるんだぜ」

 

ザルバ「ま、他人の目ばかりを気にするのもどうかと思うがな」

 

 

ザルバ「次回、『悪鬼』!」

 

 

 

ザルバ「さて、お前の姿はどう映っている?」

 

 

 

 






魔戒指南

・ 闇法師
闇のように黒いローブを身に纏い、フードで顔を隠した魔戒法師。
闇に堕ちた法師であり、虹の管轄を中心にホラーを魔界から呼び寄せるべく暗躍をしている。
人間を守る気は毛頭なく、むしろ滅ぶべきだと語っているが、その真の目的、正体共に謎に包まれている。
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