牙狼〈GARO〉 -女神ノ調べ-   作:らいどる

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大変お待たせしました、第16話です。
かなり時間がかかってしまいましたが、ようやく投稿することができました。

なお、今回は少々ショッキングが描写があるのでご注意ください。




第16話  悪鬼

 

 

 

 

 

 

「彩牙くん、大丈夫……?」

 

「ああ……もう平気だ」

 

街の一角。

周囲に人の気配がないその一角に、彩牙と希の姿はあった。

闇法師と一戦交えた後、彩牙は希に介抱されていた。あの時闇法師が叩き込んだ蹴りの一撃は思いの外深く、彩牙に動けなくなるほどのダメージを与えていたのだ。

その傷を癒すため、大和から教わった技術を用いて介抱していたのだった。

 

「ザルバ、あのホラーを追えるか?」

 

『……いや、気配が突然消えた。追うのは無理だな』

 

「くそっ……」

 

逃がしてしまった占い師――ホラーを追うことが適わないと知り、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる彩牙。

それも当然だ。ホラーを逃がしたということは、また人が喰われてしまうかもしれないからだ。魔戒騎士として、それはあってはならないことだ。

一刻も早く見つけ出し、討滅しなければ――そんな想いを抱く彩牙の横で、希は何とも言えない表情で彼の横顔を見つめていた。

 

そして躊躇いがちに、ゆっくりと口を開いた。

 

「あんな、彩牙くん……あの人が言ってたことって……」

 

「……何てことはない。揺さぶりをかけるための出鱈目さ」

 

「……」

 

――嘘だ。

希の問いかけに対する彩牙の答えに、彼女はそう思った。

闇法師の言葉を聞いた時、彩牙の表情には明らかな動揺が走っていた。それに今問いかけた時も何事もないかのように取り繕っていたが、視線が一瞬泳いだのを見逃さなかった。

何か心当たりがない限り、こんな反応はしない。

 

人を死に追いやった――

闇法師のあの言葉が、今も頭の中に響いている。

そんなはずはない、と希は思う。魔戒騎士である彼が、友達である彼が――海未のことをあれ程守りたいと思っている彩牙が人を殺したなど、ある筈がないと信じていた。

 

だが彩牙自身は、少なくともそう考えてはいないようだ。

彼の過去に何があったかは知らない。彩牙自身もわからないのだ。

それ故に彼の抱く恐れは消えることなく、少しずつ膨れ上がっていく。

自分は何を言ってあげることができるのか、どんな言葉が彩牙の励みになるかはわからない。

その代わり、してあげられることが一つだけあった。

 

 

――ウチは信じてるよ、彩牙くん。

 

何があっても、どんな真実があったとしても彼を見捨てず、信じ続けること。

それだけは貫こうと、希は強く思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『……』

 

その一方で、ザルバはあることに思考を巡らせていた。

それは先程まで戦っていた闇法師のことだった。

奴は魔戒法師でありながらも、魔戒騎士である彩牙に一歩も劣らないどころか、終始圧倒していた。

 

無論、それは彩牙自身の実力不足に拠るところがある。

それに騎士顔負けに強い法師というのもいないわけではないし、優れた体術を身に着けて互角に渡り合える法師もいる。

だがあの闇法師の動きは、体術は、術を主体に使う法師のそれにしては違和感があった。

 

あの動きは、法師というよりはまるで――

 

 

 

**

 

 

 

――高坂家。

 

「ただいまー」

 

「おかえり穂乃果。こんな時間に悪いわね」

 

「ううん、大丈夫!少し身体動かしたかったからね!」

 

「そんなこと言って、また倒れたりしても知らないわよ?」

 

「うっ……お、同じことは繰り返さないもん!」

 

買い物から戻った穂乃果を出迎えたのは、彼女の母だった。

頼んだ品を受け取り、からかうように笑う母に、ぷんぷんと怒る様子を見せる穂乃果。

傍から見れば無理をして倒れたことをからかうなど……とも取れるかもしれないが、穂乃果にとっては有り難かった。下手に慰められるよりも会話のネタにしてくれた方が、気が楽になるのだ。立ち直りつつあるのなら尚更だ。

 

「はいはい、すぐにご飯にするから着替えてらっしゃい」

 

「はーい」

 

そうして会話もそこそこに母は夕飯の支度に戻り、穂乃果は自室へと戻っていく。

階段を上がり、見慣れたピンクのカーペットが敷かれた自室に入ると着ていた出かけ用の服を脱ぎ、ゆったりとした部屋着に着替え始める。

身体が身軽になっていく、そんな最中――

 

 

 

――…………ぃ………――

 

「……うん?」

 

何か、聞こえたような気がした。

物音のような、声のような、何かはわからないが音らしきものが聞こえたような気がしたのだ。

穂乃果は不思議そうに辺りを見回すが、音を出したと思しきものは何一つなかった。首を傾げ、雪穂あたりの声が漏れでもしたのだろうかと考えた。

 

「穂乃果ー? 早く降りてらっしゃーい」

 

「あ、はーい!」

 

そこで母の催促する声が響き、疑問を頭の隅に追いやった。

きっとさっきのは気のせいだったのだと思い、一階へと降りていく穂乃果。

――灯りの消えた穂乃果の部屋にきらりと光る“何か”が落ち、そして溶けるように消えていった。

 

 

 

**

 

 

 

「「――ヤアァァァァァァーーッ!!」」

 

――早朝、園田家の道場。

朝日が差し込み、冷たい空気に包まれた道場に、彩牙と海未の姿はあった。

剣道着に身を包み、日課である早朝の稽古を行う二人は勇ましい鬨の声を上げ、激しく竹刀を打ち合っていく。

鬨の声と、摺り足と、打ち合う竹刀の弾ける音が、早朝の静寂を破っていく。

 

――やがて、決着はついた。

竹刀が面を激しく打つ音が響いたのだ。

一本を取った勝者――海未は面を脱ぎ、珠のような汗を浮かべた彼女の顔が露になる。そして敗者――彩牙もまた、それに連なるように面を脱いだのだった。

 

「流石だな、海未。更に腕を上げたんじゃないか?」

 

「……そう、ですね……」

 

海未を称える言葉を贈る彩牙だが、当の彼女はどこか上の空といったような様子だった。

普段の彼女ならば謙遜するような態度をとるのだろうが、今はただ己の手と、そして彩牙の間で何か考え込むような表情で視線を行き交わしていた。

しばらくそうした後、何かに気付いたかのように顔を上げると、先程までとは違ってはっきりとした表情で彩牙に向き合い、口を開いた。

 

「彩牙くん、何があったのですか?」

 

「……何のことだ?俺は別に――」

 

「誤魔化さないでください」

 

彩牙の言葉を遮った海未の表情は真剣そのもので、その瞳には彼の心を見透かすような凛々しさが表れていた。

 

「彩牙くんの剣がいつもと違うのです、動きも手応えも何もかも。何かあったとしか考えられないのです」

 

剣は人の心を表す。海未の父がよく口にしていた言葉である。

実際、居候を始めた頃の彩牙を彼女が受け入れるようになったきっかけも、彼と剣を交わしたことでその心を――悪意のある人間ではないと理解できたからだ。

それ故に、海未は気づいたのだ。

彩牙の剣に違和感があることを。心を乱す“何か”が、彼の心に潜んでいるのだと。

 

「………」

 

そんな彼女に見つめられる彩牙は、何も言わずにただ見つめ返していた。

海未の言葉に何一つ動じていないという風にも見受けられているが、その実は心の動揺をただひたすらに抑え込んでいた。

しばらくの間、そうして互いに見つめあっていると――

 

「――! 彩牙くん……!」

 

彩牙が、踵を返して彼女に背を向けたのだ。

 

「……そろそろ日舞の稽古だろう?支度を始めた方がいい」

 

背を向けたまま、話を逸らす彩牙。

海未に背を向けた今では、彼女がどんな表情を浮かべているのかは、彩牙にはわからない。

しかし――

 

「……私は、そんなに頼りないですか」

 

 

寂しげなその声が、彩牙の耳に深く残った。

 

 

 

 

 

 

『……小僧、あれでよかったのか』

 

道場を後にして廊下を進む彩牙に、彼の指に嵌められたザルバが語りかけた。

先の二人のやりとりに口を挟むことなく見定めていたザルバだが、その結果は彼にとって不満しか出ないものだった。

そのせいか彩牙に語りかけるその声も、心なしか棘があるように感じられた。

 

「……ああ。俺たちのことを無闇に話すわけにもいかないだろう」

 

『ほう?』

 

確かに彩牙の言う通り、彼ら魔戒に生きる者たちのことは普通の人間に無闇に話していいものではない。

例え相手が魔戒騎士やホラーのことを知っていてもだ。下手に話して余計な混乱や恐怖を抱かせてしまっては意味がないし、時にはそれが巡り回って陰我に繋がってしまう場合があるからだ。

しかし、この場合は――

 

『俺様には嬢ちゃんに拒絶されるのが怖くて、逃げただけに見えたがな』

 

「っ……」

 

ザルバの指摘を、彩牙は否定することができなかった。

魔戒のことを話してはいけないことも、彼女に余計な心配をかけさせたくないということも、確かにある。

だがそれ以上に海未がどう受け止めるのか、それを考えるのが怖かったのだ。

自分が過去に人を殺めたかもしれないと聞いたら彼女は何と言うのだろうか。

自分を人殺しと恐怖するのか、拒絶するのか、糾弾するのか――どちらにせよ、今のこの関係が終わることには間違いないだろう。

 

『もう一度言うぜ。それでいいのか、小僧』

 

「……そんなわけが、ないだろう」

 

 

 

**

 

 

 

「……彩牙くん」

 

一糸纏わぬ姿でシャワーを浴び、稽古の汗を洗い流す海未。

憂いのある表情を浮かべた彼女が思うことはただ一つ、彩牙のことだ。

剣を交えた時に感じ取った、彩牙が抱え込んでいるであろう、“何か”。戦う理由に思い悩んでいた頃のように、“何か”が彩牙を思考の渦に閉じ込めているのだ。

 

海未は、彩牙の助けになりたいと思った。

これまで自分を助けてくれたことや、人々を魔獣の手から守ってきたことのように、思い悩む彼の助けになりたかったのだ。

 

しかし、彩牙はその助けを受け取ることはなかった。彩牙は何も答えてはくれなかった。

話すのを拒否するほど、彩牙が抱え込んでいるものは大きいのかもしれない。

海未は、それが何よりも悲しかった。

自分は頼るに値しないと突き付けられた気がした。思い悩む彼の助けになることができないのだと。

 

自分は助けられるばかりで、助けることはできないのかと――

 

 

「……いえ、そんなことはありません」

 

――そうだ。そうと決まったわけではない。

自分にはまだ何もしていない。やれることがある筈だと、諦めるにはまだ早すぎると、海未は思い直した。

そのためにはまず、彩牙が抱える“何か”について知らなければならない。

“彼女”なら何か知ってるかもしれないと、海未は自分がやるべき方向性を固めた。

 

 

 

**

 

 

 

「みんな、やっほー!」

 

「あ、穂乃果ちゃん!やっほー!」

 

――その日の放課後。

高らかな声で元気よく屋上の扉を開けたのは穂乃果だった。

既に部室にいた五人の視線に迎えられながら、穂乃果と彼女に続くようにしたことりは部室の中へと入っていった。

と、そこで穂乃果とハイタッチを交わしていた凛と、その様子を楽しそうに見守っていた花陽が違和感に気付いた。

 

「あれ?海未ちゃんは一緒じゃないの?」

 

「うん、なんか希ちゃんと話したいことがあって後から来るって」

 

「へえ、そういえばあの二人ってなんだかんだで一緒にいること多いわね」

 

その言葉にぴくりと反応した真姫だったが、それに気づいたのは誰もいなかった。

 

そうして二人を待つ間、彼女たちの話題は講堂でのライブについて移っていく。

ライブでどんな曲を歌うか、どんな順番にしていくか。あれやこれやと思い思いの言葉を交わしていくのだった。

 

「それで、最初に歌う曲は―――――がいいと思うんだ」

 

「あ、この曲って……」

 

「へえ、懐かしいのを出してきたじゃない」

 

「あれ?にこちゃんってあの時いたかにゃ?」

 

「……そういえば、μ’sはこの曲から始まったのよね」

 

「ええ、あの時は自分もスクールアイドルになるなんて思いもしなかったわ」

 

穂乃果が提案した“その曲”にまつわる思い出を口にしていくメンバーたち。

その様子を見ながら穂乃果はほっとしたような表情を浮かべていた。

するとくい、と彼女の服の裾を引っ張る手が。それは優しげな表情を浮かべることりのものだった。

 

「がんばろうね、穂乃果ちゃん」

 

「……うん!」

 

――大丈夫、大丈夫だ。

私には共に考えてくれる友達がいる、間違っていようとしたら止めてくれる友達がいる。

だからもう、あんな失敗はしない。失敗しちゃいけない。

みんなが一緒なら、私はどんなところにだって――

 

 

――………ばら………しぃ……め………――

 

「……あれ?」

 

「穂乃果ちゃん?」

 

「今、誰かの声しなかった?」

 

「私たちの声じゃないの?」

 

「うーん……それにしては違和感が……」

 

首を傾げながら呟く穂乃果。

そう考えるのも、彼女が今耳にした声は周囲の話し声というよりはすぐ近くから――それこそ耳元から聞こえたように感じたからだ。

まるで自分の内側から聞こえたような――

 

 

 

 

 

「……え?」

 

その瞬間、穂乃果は己の目を疑った。

目の前に映る景色が――フェンスも空も、ことりも花陽も凛も真姫も絵里も、目に映るものすべてが色を失い、微動だにしなくなったのだ。

まるで時が止まったような――

 

 

――あなたは素晴らしい夢をお持ちですね。

 

「えっ、えっ……!?」

 

それだけでは終わらなかった。

頭の中に響くようにして声が聞こえたのだ。

はっきりと聞こえるそれは、つい先程耳にした謎の声と同じものだった。それにより、穂乃果の表情は驚愕と混乱の色に染まっていく。

 

「な、なに……?あなたは何なの……!?」

 

――おや、忘れてしまったのですか?昨夜私を助けてくれたのは貴方ではありませんか。

 

「さく……や……?」

 

そう言われ、昨夜のことを必死に思い出す穂乃果。

そうして思い出せたのは昨夜の買い物の帰り、幻か何かと思っていた倒れた女性。今聞こえている声は、ちょうどあの女性のような――

 

「ま、まさか……あの時の女の人……?」

 

――あなたの肉体をお借りしたおかげで、私はここまで回復することができました。ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

――おまけに、このような素晴らしいご馳走までご用意していただけるとは……感謝の極みにございます。

 

「え……?」

 

頭に響くその声に、穂乃果は言葉を失った。

今、この声は何と言ったのか?ご馳走?何が?

自分が今いるのは音ノ木坂の屋上。そして目の前にいるのは、大切な友達であるμ’sのメンバー。これを前にして、ご馳走?

まさか、昨夜の女性は――自分の中にいるのは――!

 

「まさか、ホラー……」

 

 

――このような夢に満ちた馳走が、ここまで揃っているとは……

 

「や……めて……」

 

――やめて。

いや、お願い、それだけはやめて……!

みんなを、友達に手を出さないで……!

 

 

――あなたのおかげで素晴らしい食事にありつけます。ありがとう……

 

「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほ、穂乃果……どうしたの?」

 

「穂乃果ちゃん……?」

 

突然取り乱し、頭を抱えたまま黙り込んだ穂乃果に、絵里とことりが恐る恐る声をかける。

他のメンバーたちも慄く様子でそれを見つめていた。

彼女たちが声をかけても穂乃果は碌な反応を見せず、呻くようにして抱えたまま。何かの病気かと思い、救急車を呼ばなければと思った、その時――

 

「………げて………」

 

「穂乃果ちゃん……?」

 

絞り出すように呟いた穂乃果。

その顔が上げられた時、彼女の顔を目の当たりにしたことりは、絵里は、その場にいた全員が言葉を失った。

 

彼女たちの視線は穂乃果の顔に――正確には瞳に集まっていた。

本来、穂乃果の瞳は澄んだ青空のようなスカイブルーの色をしている。

だが今の穂乃果の瞳はスカイブルーと言うにはあまりにも透明感のある――いや、透明そのものといっても過言ではなかった。

 

水晶のような、澄んだ色を――

 

 

 

 

「――早く逃げてぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 

 

**

 

 

 

「――海未ちゃん、話があるって、どうしたん?」

 

――少し前、穂乃果とことりが屋上に向かった辺りの出来事。

校舎の一角、生徒の数が減少したことにより使われなくなった教室に、海未と希の姿はあった。

希が部室に向かおうとした時だ。海未が二人で話をしたいと言い出し、この場に誘われたのだ。人気のないこの場所を選んだということは第三者には聞かれたくない内容なのだろう。それこそμ’sのメンバーにも、

そしてそんな内容に、希は心当たりがあった。

 

「真姫から聞きました。希は魔戒法師で、彩牙くんと一緒に戦っているのですよね」

 

「……まいったなぁ、知られちゃったんやね」

 

やはり、魔戒に関することだった。

だがそれも当然だろう。海未は彩牙と一緒に住んでいて、尚且つホラーの存在も、それと戦う彩牙の姿も目の当たりにしているのだ。希が法師になったことを知られるのは時間の問題だったといえる。

それはいいのだが、その上で海未がどんな話を切り出すのか――

 

「希には希の理由があるのでしょうし、今更とやかく言うつもりはありません。………正直、危険なことはしてほしくないというのが本音ですが」

 

「……ありがとうね、海未ちゃん。それで、ウチに何が聞きたいんや?」

 

そう尋ねると、海未は緊張しているかのように押し黙った。

だがそれも一瞬で、深く息を吸い、吐いて、心を落ち着かせるとまっすぐに希を見据え、口を開いた。

 

「彩牙くんに、何があったのか知りませんか?」

 

 

 

そうして海未は希に打ち明けた。

彩牙が何かに思い悩み、苦しんでいること。剣筋が乱れるほどに心が追い詰められていること。

そして、そんな彼の助けになりたいことを。

彩牙と一緒に戦う希ならば自分の知らない“何か”を知っているかもと思い、問いだしたのだ。

 

「彩牙くんは私を助けてくれました。だから今度は、私が彩牙くんを助けたいのです」

 

海未の相談を受けた希は、彼女の気持ちが痛いほどわかった。

昨夜の彩牙の様子を、無理に何とも無い様に振る舞おうとしている彼の姿を目の当たりにしたが故に、その思いが理解できた。あんな痛々しい姿の彩牙を、黙って見過ごすことなどできない、と。

 

それ故に考える。本当のことを話してしまっていいものかと。

彩牙の抱えている悩み――過去に誰かを殺めているかもしれないという疑問。

敵である闇法師の言葉で動揺してしまうほどなのだ。ホラーに与するような男の言うことなのだから切り捨ててしまえばいいものの、そうしなかったということは彼自身に心当たりがあるということである。

 

そんなデリケートな問題を、果たして本人のいない間に話してしまっていいのだろうか。

自然と希の表情に、躊躇いの感情が現れる。

しかし――

 

「……希。彩牙くんが話せないほどなのですから、言い淀むのもわかります。ですが私は彩牙くんを助けたいのです、そのためにも彼が抱える“何か”を知らなければならないのです!」

 

「海未ちゃん……」

 

海未の想いは固かった。

どんな真実があったとしても、例え彩牙を見る目が変わってしまうような内容だとしても、彼女はそれを受け止めると決めたのだ。

そうでなければ彩牙を助けることなど叶わないと信じて。

だから彼女は彩牙の抱える“何か”を知りたかった。知らなければならないのだ。

 

そんな海未の決意を前にした希は先程までの自分の考えを改めつつあった。

彼女の言う通り、知ることを恐れてしまっては何も始まらない。大事なのは知ることによる変化を恐れることではなく、知ることにより如何に道を切り拓くかなのだ。

海未にはその覚悟があった。ならば自分も彼女を信じて打ち明けるべきだと思ったのだ。

一人で彩牙を助けるのは難しくても、仲間と協力すれば何とかなると信じて。

 

「……ウチも完全に把握してるわけじゃないけど、驚くなんてもんじゃないよ。それでも知りたいんやね?」

 

「はい」

 

希の問いに、海未ははっきりと答えた。

それを確認した希は打ち明けることを決意した。彩牙には勝手に話したことを後で謝らなければいけないと思いながら。

そうして口を開こうとした時――

 

 

 

 

――ぞ わ り

 

「―――――っ!?」

 

突然感じ取った悪寒に、希の背筋は凍りついた。

希の異変に首を傾げる海未だったが、当の希は先程までの会話が頭から吹き飛ぶほどの衝撃に包まれていた。

この感覚は――どこまでも暗く、冷たく、悪意に満ちた感覚は間違いようがない。

――ホラーだ。ホラーの邪気が音ノ木坂の中から発せられたのだ。

しかもその邪気の出所は、この場所は――!

 

「あっ、希!?」

 

駆け出した希を、慌てて追いかける海未。

――まさか。そんなことはあり得ない、あってはいけない。

“あの場所”からホラーの邪気を感じるなどあっていい筈がない――!

 

鬼気迫る希の表情に一大事であることを感じ取った海未は、見失わないように希の後を追いかけていく。

そうしてすれ違った生徒に何事かと視線を向けられる中で、校舎を駆け巡った二人は邪気の発生源――屋上の扉まで辿りついた。

そのまま突き破らんばかりの勢いで扉を開けた二人の目に、信じられない光景が飛び込んできた。

 

 

「ぁ………かっ……!」

 

「穂乃果!アンタどうしたっていうのよ!?」

 

「穂乃果ちゃん!やめて!やめてよぉ!」

 

――ことりの首を絞める穂乃果という、悪夢のような光景が。

他のメンバーが必死に穂乃果を止めようとするものの、まるで石像を相手にしているかのようにびくともせず、能面のような無表情で首を絞め続けていた。そして首を絞められていることりは目を見開き、酸素を求めて口をぱくぱくと動かしていた。

そんな目を覆いたくなるような光景を前に、希と海未は固まっていたが――

 

「――――ッ!!」

 

「穂乃果!ことり!」

 

一瞬早く、我を取り戻したのは希だった。

穂乃果から邪気を感じ取った希は魔導筆を取り出し、穂乃果目掛けて光の鞭を放ち、彼女の身体に巻き付けるとことりの身体から引き剥がしたのだ。

解放されたことりを駆け寄った海未が支え、咳き込む彼女を必死に介抱する。

 

「ごほっ、ごほっ! ……海未、ちゃん……穂乃果ちゃんが、穂乃果ちゃんが……!」

 

「ことり……!」

 

他のメンバーが唖然とした表情で希と穂乃果を見つめる中で、希は魔導筆の先端に魔導火を灯らせ、穂乃果に向けて翳した。

信じたくはないが、もし穂乃果がホラーに憑依されているのなら瞳に魔界文字が浮かび上がる筈だが――

 

――浮かび上がってこない!?

 

穂乃果の瞳に魔界文字は浮かび上がっていなかった。

普通に考えればホラーではないということで済む話であるのだが、それでは水晶のように異常に澄んでいる穂乃果の瞳と、彼女からハッキリと感じ取れる邪気に説明がつかない。

どういうことなのかと思考を巡らせている間に、穂乃果が口を開く。

 

「おや、昨夜の魔戒法師ではありませんか。その節はお世話になりました」

 

「……そっか、あの時の……穂乃果ちゃんに何したんや!」

 

「この少女の身体を少しお借りしているのですよ。弱っていた私を介抱してくださったのでお言葉に甘えたのです」

 

穂乃果――いや、穂乃果の身体を乗っ取ったホラーの言葉に、希は怒りを覚えた。

何が言葉に甘えるなのかと。穂乃果の身体を使って友達であることりを殺めて喰らおうとするなど、そんな非道なことを平気で行うことに憤りを感じたのだ。

 

「の、希……一体何が起きてるっていうの?穂乃果はどうしたの……?」

 

「……後で説明するよ」

 

困惑した表情で呟いた絵里。

彼女からしてみれば穂乃果が突然豹変してことりを襲い、今まで見たことのない険しい表情でそれと対峙する希という、思考が追い付かない状況が続いているのだ。

後で話さなければいけないと思いつつ、ホラーの挙動を窺うように魔導筆を構える希。

そしてホラーは一瞬だけ海未の方に視線を向けると虚空から水晶を出現させて口を開いた。

 

「さて、それではドルチェまで揃ったことですし、皆さんを私の食卓へとご招待しましょう」

 

「――っ! みんな逃げて!」

 

穂乃果の姿と声でそう告げたホラーは水晶から辺り一面を包むほどの強い光を放った。

――結界だ。

それに気づいた希が皆に逃げるように促すも、突然の出来事に碌に動くことができなかった。そうしている間に、結界はどんどん広がっていく。

最早逃れることは不可能だと察した希は、取り出した一枚の符を屋上の出入り口の傍に貼り付け、ちょうど一か所に固まっていたメンバーたちの下に駆け寄った。

それと同時に結界の光が彼女たちを包み込み、一際強く光るとフッと消えた。

 

そうして誰もいなくなった屋上に、静寂だけが残った。

 

 

 

**

 

 

 

「……ここか」

 

――街の一角、とある廃工場。

人っ子一人の気配もない、缶などの物が散乱しているその場に彩牙の姿があった。

彼がここにいる理由、それは今朝のことだ。海未との稽古を終えて部屋に戻った彩牙の前に、一通の指令書が置いてあった。

そこには新たなゲートが出現したことと、その場所について記してあった。その場所が、この廃工場――という訳だ。

 

「どうだ、ザルバ」

 

『……妙だな』

 

ゲートの探索をする中、ザルバは訝しげにそう呟いた。

 

『ゲートが出現したにしては邪気が感じられん。それらしい気配が全くしないぞ』

 

「なんだと……?」

 

ゲートが出現した場所というのはホラーの邪気が残って然るべきものなのだ。魔導輪であるザルバにそれが感じられない筈がないのだ。

これはどういうことなのか――番犬所の読み間違いか、そもそもゲートが出現していなかったのか――

 

 

 

 

「――待っていたぞ」

 

「――ッ!?」

 

突然投げかけられた言葉に、咄嗟に振り向く彩牙。

氷のように冷たく、どこまでも深く暗いその声に身構えた彩牙の視線の先にあった声の主。

そこにはフードの下から彩牙を見下ろす闇法師の姿があった。

その姿を目にした瞬間、彩牙は事の次第を察した。

――嵌められたのだ。

 

「私の招待状はよく出来ていただろう?」

 

「お前……何のつもりだ」

 

『ここで小僧を始末しようという気にでもなったか?』

 

「始末? ……ふふ、まさか」

 

魔戒剣を突きつける彩牙とザルバの言葉に、闇法師は臆することはない。

それどころか可笑しくて堪らないと言わんばかりに笑い声を漏らしていた。

 

「私はお前に認めてもらいたいのだ。私と同じ、闇に生きる者だということを」

 

「ふざけるな!誰が貴様などと……!」

 

闇法師の言葉に毅然として言い返す彩牙。

彩牙にとってその言葉はその言葉は到底許容できないものだった。魔戒騎士である自分がホラーに与するような男と同じに扱われるのはどうしても我慢できなかったのだ。

だが闇法師は零れるような笑い声を止めることなく、口を開いた。

 

「灰塵騎士の師のことは、どう説明するつもりだ?」

 

「っ!……お前には関係ない!」

 

「ほう……これを見ても、か?」

 

そう言う闇法師は魔導筆を取り出し、彩牙に向けて光弾を放った。

直線的に向かってくるそれを、身構えていた彩牙は魔戒剣で難なく両断した。

しかしその瞬間、両断した光弾は消滅することも勢いを失うこともなく、二つに分かれて彩牙に襲い掛かった。

意表を突かれた彩牙はそれを防ぐことはできず、その頭に直撃した。

頭を揺さぶるような衝撃と共に、彼の意識は――

 

 

 

 

 

 

俺は、波飛沫が岩に打ちつけられる、人気のない海岸に立っていた。

手に持っているのは木彫りでできた小さな剣。無骨に彫り上げられたそれを、小さな腕で無我夢中に振り回していた。

「やあ」「とお」と、幼い掛け声とともに振られるその剣は、およそ剣技と言ったものには程遠い、お粗末なものだった。だけど俺にとってはそれが精一杯の、自分なりの剣技だった。

 

そんな俺は、一つの視線浴びていた。

剣を振るうその後姿を見つめている視線の持ち主は、一人の男性だった。

潮風にはためく白いコートを纏ったその人が俺の下へと歩み寄ると、屈託のない笑顔を浮かべた俺は彼の下へと駆け寄った。

 

その人は俺の頭を、髑髏の指輪がはめられた左手でがしがしと撫でていた。無骨で、固くて、傷だらけで、でもとても暖かい手だった。

自分の頭を撫でるその人の表情は、厳しさを秘めつつも暖かみを感じる、穏やかな表情だった。

 

まるで子を見つめる親のような――そんな表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――視点が切り替わる。

先程までの海岸とは違い、俺の姿は森の中にあった。

樹々が生い茂り、僅かに薄暗い森の中にいた俺の目の前には、一人の男性の姿があった。

さっきの人とは違い、老人と言って差し支えのないその男性は俺の目の前で血を流し、血の海に倒れていた。

既に事切れたその男性の前で、俺は夢うつつのように立ち尽くしていた。

 

その手には、男性のものである血に塗れた剣が握られていて――

 

 

 

 

 

 

「――――――はっ!?」

 

唐突に意識を取り戻す。

彩牙の意識はあの廃工場へと戻っていた。目の前では闇法師が彩牙のことを見下ろしていたが、彩牙の意識はそちらに向いてはいなかった。

彼の意識はついさっきまで目にしていた光景に奪われていた。あれは、あの光景は――

 

「……ザ、ルバ……今、のは……?」

 

『……間違いない、あの光景は俺様も覚えている。あれは、幼い頃のお前とお前の父――虹河だ』

 

意識を失い、最初に見た海岸の光景。

鍛錬をする少年――幼い自分と、それを見守る父の姿。あれが失われていた過去の記憶の一つとするのならば。

あれは、その次に見たあの光景は――!

 

「そう、あれこそお前の抱える罪……灰塵騎士の師を殺めたという事実そのものだ」

 

「ふざ……けるな……! あんなもの、幻術か何かに決まっている……!」

 

「そこの魔導輪が言っていただろう? あれはお前の失われし記憶、お前の過去だ。その中に“それ”があるということ、それこそがお前が闇に生きる者であるという証だ」

 

「違う……違う!!俺は……!」

 

闇法師の言葉を否定しようとするも、言葉に詰まる彩牙。

否定しようとしても、それに対する反論の言葉が出てこなかったのだ。

今見た光景が自分の記憶であることは、ザルバの言葉からも明らかなのだ。その中にコテツの師を殺める光景があったということは、それは彼の師を殺めたという証拠。

幾ら否定しようとしても、自らの記憶にあったそれを偽りと断じることができなかったのだ。

 

「案じるな、それを恥じることはない。闇を受け入れ、闇に生きることを選べばその苦しみは癒しへと変わるだろう」

 

そんな苦しみに囚われた彩牙に向けて、闇法師が手を差し伸べる。

穏やかな声で語りかけるその言葉に、闇に差し込む一筋の光のような錯覚を抱いてしまうほど、彩牙の心は疲弊してしまっていた。自らが人を殺めるという禁忌を犯していたことに、押し潰されそうになっていたのだ。

強い自責の念に支配された彩牙はその苦しみから逃れようと、手を伸ばそうとして――

 

 

 

『――おい、小僧!あの嬢ちゃんがホラーに襲われているぞ!』

 

――その一言で、目を覚ました。

 

 

 

**

 

 

 

「う……ここは……!?」

 

光が止んだ頃、海未は恐る恐る瞳を開いた。同時にその表情は驚愕に染まった。

つい先程まで自分たちがいたのは音ノ木坂の屋上にいたはずだ。だが光が止んだ時に自分たちがいたのは屋上とは全く違う、辺り一面が水晶で覆われた異様な空間だった。普段は綺麗と思うような水晶の煌きも、不気味さを感じさせるものとなっていた。

 

「っ……! みんな、無事!?」

 

「な……なに、ここ……」

 

「……ちょっと、何がどうなってるのよ!」

 

辺りを見渡せば、穂乃果を除いたμ’sメンバーが全員揃っているのを確認できた。

希が全員の無事を確かめる中で、これまでホラーと遭遇したことのなかった絵里、花陽、そしてにこは困惑と恐怖の色に染まっていた。それ以外のメンバーもホラーのことを知っていたこともあり、何が起きたのか、これから何が起こるのかを理解し、恐怖に慄いた。

 

「……! 穂乃果ちゃん!」

 

ことりの一言に、その場にいた全員の意識がそちらに向いた。

ことりの視線の先、そこには水晶の床の上で横たわる穂乃果の姿があった。

 

「穂乃果!」

 

希が止める間もなく、穂乃果のもとへと駆け寄る海未とことり。

横たわる穂乃果の身体を海未が抱き起し、ことりが彼女の様子を窺う。すると穂乃果の胸が上下に動き、息をしていることを確認するとほっと胸を撫で下ろした。どうやら気を失っているだけのようだった。

 

「二人とも!急に離れたらあかんよ!」

 

「すみません……ですが、穂乃果の無事を確かめたかったのです」

 

一拍遅れて希と、彼女に続くようにして他のメンバーたちも穂乃果のもとに集まった。

希はこの空間で穂乃果の姿を目にした途端、まだあのホラーが彼女の身体に潜んでいるかもしれないと疑った。海未やことりを止めようとしたのもそのためだ。

だがこうして近づいてみてはっきりとわかった。あのホラーはもう穂乃果の身体に潜んでいない。彼女から邪気が全く感じなくなったのだ。

 

むしろ、この空間全体にあのホラーの邪気が蔓延っているようで――

 

「――っ!危ない!!」

 

「きゃあっ!?」

 

それに気付けたのは、希の勘の鋭さがあってのものだろう。

つららのように先端が尖った水晶が、絵里目掛けてどこからともなく飛来したのだ。寸でのところで防壁を張ったことにより防ぐことができたが、一歩遅ければ絵里の頭は無残に貫かれていたことだろう。

突然自分に襲い掛かってきた水晶と、それを防いだ紫色の防壁の目にした絵里は困惑の表情でそれらと希を見つめていたが、希に気を留める暇はなく、魔導筆を構えたまま辺りを警戒していた。

 

『今のに気付くとは……お見事です』

 

その時だ。この空間中に響き渡るような声が聞こえたのだ。

その声の主は水晶の中から光が透過するかのように現れたのだが、その姿を見たメンバーの多くが息を呑み、恐怖を抱いた。

それは水晶のように煌くローブを纏い、その上からでも分かるほど女性的な体つきをしていた。だがフードの下から覗くその顔は人間のものとは思えない程青く染まっており、羊のような角を有していた。

――これが穂乃果の身体を乗っ取っていたホラー・カミラの真の姿だ。

 

「わざわざ穂乃果ちゃんから離れてくれたんやね」

 

『ええ、その子の中にいたままでは食事がとれませんので』

 

「そんなこと、ウチが許すと思う?」

 

魔導筆を構え、カミラと対峙する希。

普段からは想像もできないような険しい表情を浮かべる希の姿に、メンバーの多くは戸惑いの視線を向けるしかなかった。あれは本当に、自分たちの知る希なのかと。

そして数少ない事情を知る海未と真姫は、希に戦ってほしくはないがそうしなければ自分たちの命はないという思いに駆られ、複雑な表情を浮かべていた。

 

先に動いたのはカミラだった。

カミラが手を翳すと、それに応じるように絵里を襲ったものと同じような水晶が幾つも浮かび上がり、砲弾のような勢いで希たちに襲い掛かった。

その形状もありさながらミサイルのように飛来する水晶を、希は防壁を張ることで迎え撃った。

水晶が防壁と衝突する毎に発する炸裂音と衝撃を前に、メンバーたちの悲鳴が上がり、その身を小さく縮こまらせていく。皆、自らの命を狩りに来る脅威に呑み込まれつつあるのだ。

 

その中で唯一、希だけが歯を食いしばりながら立ち向かっていた。

ミサイルのごとく飛来する水晶は一つ一つの威力が凄まじく、少しでも気を抜けば破られかねない勢いだ。昨夜ではここまでの実力はなかったのにこれほどに強化されたのは、この空間がカミラに生み出された結界だからなのだろう。結界にいる限り、カミラの力は何倍にも跳ね上がる。

が、このまま黙ってやられるわけにはいかない。

防壁を展開したまま懐から数枚の札を取り出し、宙に放り投げる。するとそれらは紫色の光を帯びて浮かび上がり、幾重にも固まって一つの塊に――星を模したような形状となり、希の下から飛び立っていった。

 

まるで手裏剣のごとく飛翔する星は撃ち出される水晶の合間を縫うように飛んでいき、遂にカミラの目の前に到達した。

星はカミラの眼前で破裂し、元の札の姿になって炸裂弾のごとく襲い掛かる。法力が籠められたそれらはカミラの肉体を傷つけていき、その衝撃で水晶の射出が途切れた。

その隙を希は見逃さなかった。自分たちを守るように展開していた防壁を解除すると、すぐさまカミラの周囲に防壁を展開し、さながら檻のように閉じ込める。

密閉された空間により、札の炸裂は更に激しくなっていく。カミラの呻き声と共に法力が炸裂する光がその身体を包んでいき、遂には完全に埋め尽くされた。

その様子を希は警戒を崩さぬまま、他のメンバーたちは恐れを含んだ目で見つめていた。

 

やがて札の炸裂が止んだ頃。

カミラを閉じ込めた防壁内は札の炸裂による煙で埋め尽くされており、中の様子を窺い知ることはできない。だがあれだけの札を喰らったのだ。倒せてないにしてもタダでは済んでいないだろう。

そして煙が晴れ、防壁の中が明らかになったとき――そこに、カミラの姿はなかった。

 

「っ!しまっ――――」

 

――逃げられた!

防壁を張り直して警戒しなければと思った瞬間、希の身体に横殴りの衝撃が襲った。

 

 

 

 

 

「―――え?」

 

絵里は――いや、彼女だけではない。この場にいた全員が唖然としたような呟きを漏らした。

目の前で彼女たちを守るようにホラーと対峙していた希の姿が忽然と消えたのだ。

――いや、消えたのではない。横から突然現れた“何か”によって凄まじい勢いで殴り飛ばされたのだ。その証拠に、ついさっきまで希がいた場所には球状の水晶が浮かんでいた。

――真っ赤な返り血が、べったりと付着した水晶が。

 

彼女たちは、視線をゆっくりと横に動かした。

そこには希の姿があった。床を何度も転がって力なく横たわり、血を流す希の姿が。

血だまりの中に沈む、希の姿が。

 

「の……ぞ、み……ちゃん……?」

 

「……嘘、でしょ……ちょっと、返事しなさいよ……!」

 

「……ぁ……ぅ……!」

 

大事な仲間の変わり果てた姿を前に、信じられない、信じたくないといったような表情で震え、呟くメンバーたち。

それに応えようとする希だが、喉元の異物感によって上手く言葉が回らない。半開きになった口から唾液交じりの血が流れ、全身に走る激痛により身体が碌に動かせない。

誰の目から見ても瀕死の状態であることは明らかだった。

 

「……い、いやあぁぁぁぁぁ!! 希!のぞみぃ!!」

 

「今行きます!動かないで!」

 

半狂乱の叫びを上げる絵里と、我に返った海未。

二人を筆頭にしたメンバーたちが瀕死の希の下に駆けつけようとするが、その前に障害が現れる。この場の何よりも恐ろしい、死を運んでくる障害が。

ホラー・カミラが返り血で塗れた水晶を見せつけるように、妖艶な微笑みを携えて見下ろしていた。

 

「……あ………」

 

『うふふ……まず、一つ』

 

「ぃ……げ……!」

 

カミラを目前にして慄く海未たち。そんな彼女を――極上のドルチェを喰らおうと、カミラの手が伸びてくる。

「逃げて」と叫ぼうとする希だが、呻くだけで口が碌に回らない。助けに向かおうとしても、激痛により身体が全く動かない。

彼女には最早、守りたいと願っていた親友たちが喰われていくのを見ることしかできない。

そして海未を喰らうべく、カミラの手が彼女に触れようとした時――

 

『―――グ!?』

 

突然、呻くような声と共にカミラの身体が海未から離れた。

いや、離れたのではない。引き剥がされたのだ。

 

 

 

――カミラの背後に現れた、彩牙によって。

 

「彩牙くん……!?」

 

「……離れろ!!」

 

憤怒の表情を浮かべる彩牙はカミラを引き剥がすと、それと同時に魔戒剣で袈裟懸けに斬り裂く。

どす黒い血を流し、悲鳴と共に床を転がるカミラを、彩牙は射殺さんばかりに睨みつける。

そして海未は助かったと安堵すると同時に、どうやってこの場に現れたのだろうと疑問に思った。海未以外のメンバーも彩牙の素性を知る者は戸惑いつつも安堵の表情を浮かべ、知らなかったメンバーは剣を握る彩牙の姿に戸惑いを抱かずにはいられなかった。

 

――よかった、間に合った……!

 

その中で唯一、希だけが心の底から安堵していた。

彼女は、彩牙ならば必ず来てくれると信じていた。結界に呑み込まれる寸前、屋上に結界侵入用の符を残してきた甲斐があったというものだ。

そんな希の下にカミラの脅威から脱した絵里たちが駆け寄り、生きていることに涙しながら彼女の身体を抱きとめた。

 

瀕死の状態となった希の姿を一瞥した彩牙は、その表情に浮かべる憤怒の感情をより一層深いものとしてカミラに対峙する。

彩牙を、魔戒騎士を前にして身構えるカミラ。

彩牙はそんなカミラに向けて歩を進めると同時に魔戒剣で円を描き、ガロの鎧を召喚した。

降りかかる金色の光に、纏われる狼の鎧。

黄金騎士ガロの姿となった彩牙に、絵里とにこ、そして花陽の三人の瞳が大きく見開かれた。

ガロの姿を初めて目の当たりにした彼女たちは、近頃噂になっていた都市伝説のことを思い出した。あの話が本当のことで、その正体が彩牙であったことに。

 

「さ、彩牙さん……!?」

 

「あれって、まさか噂の……!?」

 

彼女たちの受けた衝撃をよそに、ガロは駆け出した。

瞬く間にカミラとの距離を詰めると、牙狼剣を振り下ろす。

大きく振るわれたそれはカミラの繰り出した水晶に受け止められ、火花と、付着していた返り血が辺りに飛び散る。

無論、それだけでは終わらない。何度も、何度も牙狼剣を振り下ろす。カミラもそれらを水晶で受け止めていき、時にはガロ目掛けて振り下ろす。

その剣戟の音は段々と間隔が短くなっていった。

 

そこに変化が訪れる。

カミラの周囲に新たな水晶が発生したのだ。先程希たちを襲ったのと同じような、先端が鋭く尖った水晶だ。

カミラはその水晶をガロに狙いを定め、一斉に放った。

ミサイルの如き水晶を至近距離で喰らい、水晶の欠片とソウルメタルが辺りに飛び散りながらたたらを踏んで退くガロ。一撃が重いそれらを何発も喰らい、呻き声を上げながらカミラとの距離が離されていく。

先程まで自分たちに襲っていた水晶のミサイルを一身に浴びるガロの姿に、μ’sメンバーの口から悲鳴が漏れた。

 

だがそれでは終わらない。終われない。

水晶のミサイルを喰らって離される中で、耐えるように脚に力を籠めてその場に踏み止まった。そうして一歩、また一歩と足を踏み出し、水晶のミサイルの雨に晒されながらもゆっくりとカミラとの距離を縮め始めたのだ。

 

『――ウ、オォォォォォォォォッ!!』

 

自らを鼓舞するように咆哮したガロは、牙狼剣を横薙ぎに一閃した。

それによって放たれた剣圧により、ガロに迫っていた水晶のミサイルは勢いを失い、弾き飛ばされていく。

剣圧に怯むカミラ、ガロはその隙を見逃さない。飛びかかるように一瞬で距離を詰めると、今度は水晶で受け止める暇も与えないように高速で牙狼剣を振るい、すれ違いざまにカミラの身体を両断した。

身体が上半身と下半身に分かれ、崩れ落ちていくカミラ。だが彼らの戦いを見ていた希は、そして海未は気づいた。

 

ガロの背後で崩れていくカミラ。その口角が、確かに吊り上がったことに。

 

「っ、まだです!!」

 

海未が叫ぶのと同時だった。

ガロによって両断されたカミラの身体が水晶へと変化し、砕け散ったのだ。

水晶の破片が辺りに舞い上がる中、海未の言葉に周囲を警戒するガロの瞳に映ったもの。それは水晶の床から生えるように現れたカミラの姿だった。

――水晶の刃へと変化した腕を、ガロの腹部に突き刺した。

 

『――ガハッ……!』

 

「彩牙くんっ!!」

 

海未の悲鳴が木霊する中、ガロの兜――狼の口からごほりと血が吐き出される。

その様を見たカミラは「獲った」と確信した。後は動けなくなった黄金騎士の目の前であの法師と少女たちを喰らい、絶望に染まったところで黄金騎士を味わうのだと、その美しい顔を光悦で歪ませる。

しかし――

 

『――ウゥゥ……オォォォォォォッ!!』

 

『な――!?』

 

ガロの――彩牙の瞳からは闘志の炎は消えていなかった。

自らの腹に突き刺さったカミラの腕をがっしりと掴むと咆哮と共に引き抜き、そのままカミラの身体を投げて床に叩きつけた。

それも一度ではない、腕を離さないまま、いたぶるかのように何度も何度も叩きつける。ガロから飛び散る彼自身の赤い血と、カミラのどす黒い血が飛び散るその光景に、戦いを見つめていた海未たちは恐怖に慄き、息を呑んだ。

つい先程までは危機に駆けつけた正義の味方のように見えたガロが、まるで憎悪に満ちた悪鬼のようだった。

 

今一度、渾身の力で床に叩きつけられたカミラ。その姿は無残の一言に尽きるものだった。

羊のような角はひしゃげて折れ、自身の真っ黒な血で染まり、美しかった顔は醜く腫れ上がっていた。

もしこれが人を喰う魔獣ホラーではなかったら誰もが同情の視線を向けていたことだろう。あるいはこの醜い無残な姿こそが、ホラーであるカミラの本質を表しているのかもしれない。

 

仰向けに倒れたカミラは、それでも尚ガロを討とうとするべく、水晶を放つために腕を動かそうとする。

だがその腕を、ガロは骨ごと踏み砕く。もう片腕も同様に踏み砕かれ、カミラはガロに組み敷かれる形となった。

そして見上げることしかできなくなったカミラの瞳に映ったのは――憎悪に満ち溢れた瞳で自らを見下ろし、牙狼剣の切っ先を突きつけるガロの姿だった。

 

『や、やめ――――!』

 

咄嗟に放ったカミラの命乞いは、聞くに堪えない断末魔によって埋め尽くされた。

牙狼剣がカミラの眉間を刺し貫いたのだ。びくりとその身体が跳ねたかと思うと力なく倒れ、黒く醜く崩れ落ちていった。

黒くて醜い肉の塊へと変化したカミラの肉体はそのまま宙に解けるように消えていき、それと同時にこの結界も崩れ始めていった。

辺り一面の水晶に罅が走り、ボロボロと崩れていく。そして現れたのはμ’sにとって馴染み深い光景――先程まで彼女たちがいた音ノ木坂の屋上へと戻ってきたのだ。

 

「――希!」

 

ガロの鎧を解除した彩牙は口元の血を拭うと、真っ先に希の下へと駆け寄った。

彼女を抱える絵里は咄嗟に庇うように身を逸らしたが、希がそれを手で制し、彩牙もまたその反応に臆することなく希の前に腰を下ろした。

そして着ていたコート――魔法衣の下から緑色の液体が入った瓶を取り出すと、その中身を躊躇うことなく希の口に移した。

口の中に広がる苦味に顔を顰める希と、怪しげな液体を彼女に飲ませたことで険しい表情を浮かべる絵里の前で、彩牙は口を開いた。

 

「応急処置用の秘薬だ。すぐに治るわけにはいかないが、これで大分身体が楽になる筈だ」

 

『瞬時に治す薬もあるが、あれは嬢ちゃんにはまだ負担が強すぎるからな。我慢してくれ』

 

「……ううん。ありがとな、彩牙くん、ザルちゃん」

 

希の身体が楽になったことを確認し、立ち上がる彩牙。

振り返る彼の視線の先には、こちらをじっと見つめているμ’sメンバーの姿があった。

だがその視線の大半は困惑と、彩牙に対する恐怖で染まっていた。例え自分たちを殺そうとした怪物が相手だったとしても、必要以上にいたぶるようなあの戦いは彼女たちに恐怖を抱かせるには十分すぎた。

特に、にこや真姫に至っては先のガロの姿は野獣か何かにしか見えず、警戒心を抱いているという有様だった。

 

 

 

 

 

「……んぅ……あ、れ……?」

 

「! 穂乃果!」

 

「穂乃果ちゃん!」

 

その時、彩牙を中心としていた場の空気が一変した。

カミラに乗っ取られてから気を失っていた穂乃果が目覚めたのだ。彼女を抱えていた海未とことりが真っ先に顔を覗き込み、それにつられてその場の全員が穂乃果に視線を向ける。

場の視線を一身に浴びた穂乃果は、ぼんやりとした思考の中で何をしていたのか思い出しつつあった。

 

――えと……わたし、確かみんなと練習してて……そしたら……えっと……。

そうだ、声が聞こえたんだ……頭の中から、女の人の声が………

 

 

 

 

……声、が……!?

 

その瞬間、穂乃果の記憶は爆発的に蘇った。

女の声、ホラー、自分の中に潜んでいた。動けなくなる身体、得体の知れないモノが自分の身体を勝手に操る感覚、気持ち悪い、きもちわるい、キモチワルイ。

伸びていく自分の腕、幼馴染の首に潜り込んでいく。締め上げる感覚、友達の命を奪っていく感覚。嫌だ、いやだ、イヤダ。ことりちゃんが、ことりちゃんが、ことりちゃんを。

 

「穂乃果ちゃん、大丈夫!?」

 

その声に、穂乃果の視線はことりに向けられた。

その瞳に映ったのは、白くきめ細やかな肌に手の跡がうっすらと残った、ことりの首。

視線を横に動かせば、絵里に支えられる希の姿。血に塗れた彼女の姿に、穂乃果は何があったのか理解した。理解してしまった。

 

自分が何をしてしまったのか。

何を壊してしまったのか。

それを理解した瞬間、穂乃果の顔は血の気が引いたように蒼白となった。

そして――

 

 

「―――ぅ、あ、あぁ……! うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「穂乃果!?」

 

抱えていた海未を突き飛ばし、絶望に狂ったような叫びを上げながら、穂乃果は逃げるようにその場から駆け出した。

その表情に普段の快活さや明るさは影も形もなく、己がもたらしてしまった過ちに対する絶望だけが残っていた。

そんな穂乃果を慌てて追いかける海未とことり。

彩牙も彼女たちの後を追いかけようとして――

 

――お前は闇に生きる者だ。

 

闇法師の言葉が、脳裏に響き渡った。

人を殺めてしまった自分が、海未を――彼女たちの後を追っていいのか?血に塗れた自分が、彼女たちと一緒にいていいのか?魔戒騎士最大の禁忌を犯した自分が彼女たちと共にいることなど、許されていいはずがない。

ここは――自分がいていい場所ではない。

 

「彩牙くん……?」

 

急に立ち止まった彩牙を、訝しげに覗きこむ希。

 

「……希。海未を――高坂さんたちを頼んだ」

 

「え……? ちょっ、彩牙くん!」

 

それだけを言い残し、踵を返した彩牙は屋上の手すりを飛び越えて宙へと消えていった。

突然屋上から飛び降りた彩牙の姿に殆どのメンバーが騒然としていたが、魔戒騎士はあれしきのことでは怪我すらしないことを知っていた希だけは、彩牙の様子が気がかりであった。

まるで、昨日以上に思い詰めているような――

 

「――希」

 

その時、自らを呼ぶ声に、希は振り返った。

呼んだのは絵里だった。希を見つめる絵里の瞳は、困惑に染まっていた。

絵里だけではない、にこも花陽も凛も同じように見つめていて、真姫は僅かな憤りさえ感じさせるような表情を浮かべていた。

そうした中、真剣そのものな表情を浮かべたにこが一歩前に出てきて口を開いた。

 

「……希、アンタ言ったわよね。後で説明するって」

 

――約束よ、全部話しなさい。

そう告げたにこは問い詰めるように希を見つめた。他のメンバーたちも彼女につられるように、希に視線を集中させる。

それらを前にした希は、もはや避けて通ることはできないと悟った。

穂乃果には海未とことりが付いている。彩牙の件も気になるが、これを無視することはできない。

彼女たちと、本当の意味で向き合う時が来たのだ。

 

 

 

**

 

 

 

「――待ちなさい!穂乃果!」

 

同じ頃、海未は屋上から逃げるように飛び出した穂乃果を捕まえていた。

そこは校舎の廊下の一角だったが幸か不幸か、周囲に人の気配はなかった。

遅れるようにことりが二人に追いつき、穂乃果は振り返ることなく俯いたまま呻くように口を開いた。

 

「……もう駄目だよ……」

 

「……何がですか?」

 

「私、ことりちゃんを殺そうとしちゃった……希ちゃんをあんな目に遭わせちゃった……もうあそこには、μ’sには戻れないよ……!」

 

「何を言うのですか!それはホラーの仕業なのですよ!」

 

「そうだよ!穂乃果ちゃんのせいじゃ――」

 

「違うよ!!」

 

ことりと海未の言葉を遮るように強く叫び、振り返る穂乃果。

涙を浮かべたその表情には絶望と後悔が織り混じり、海未とことりは思わず息を呑んでその剣幕に気圧された。

 

「私がホラーに憑りつかれなきゃ、こんなことにならなかった! 私のせいでホラーが現れた、ことりちゃんも希ちゃんもあんなことにはならなかったんだ!」

 

自分がホラーに憑りつかれなければ、ホラーを助けたりしなければ、ホラーに見出されるような“夢”がなければ――

自分のせいで、自分のせいで、自分の“夢”のせいで――。自らに対する憤りが、後悔や怒り、悲しみなどの感情と混沌と混ざり合い、自己否定として飛び出していく。

そしてそれは、堰を切ったようにとめどなく溢れ出ていく。

 

「……そうだよ、はじめてホラーに襲われた時だって、私が原因だった。アイドルなんて夢があったからホラーが私に憑りついて、みんなが死んじゃうところだった。私なんて……」

 

 

 

 

 

 

 

「――私なんて!最初から何もしなければよかったんだ!!」

 

「っ! あなたという人は――!」

 

その言葉を聞いた時、海未は反射的に飛び出した。

今の穂乃果の言葉は許せないものだった。彼女がこれまで積み重ねてきたものを、それによって救われた人もいたというのに、それらを全て否定するような言葉は到底許せるものではなかった。

湧きあがった激情を抑えきれぬまま、海未の掌が振り上げられ――

 

 

 

 

 

 

――パンッ

 

廊下に響く乾いた音。

それは人の頬を――穂乃果の頬を叩いた音だった。

ほんのりと赤く腫れた穂乃果の頬を叩いたのは海未の掌――ではなかった。彼女は目の前の光景を呆然と見つめ、振り上げていた手が固まっていた。

赤く腫れた頬を抑える穂乃果は微かに震えながら、呆然とした表情で自らを叩いた人物を見つめていた。

それは穂乃果の幼馴染で、愛らしいふんわりとした雰囲気を備える少女――

 

 

「……ことり……?」

 

――南ことりだった。

だが今の彼女は溢れ出てくる涙を流しながら、憤りに満ちた表情で穂乃果を睨みつけていた。

その掌は穂乃果を叩いたことにより、赤く腫れていた。

 

「………ばか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――穂乃果ちゃんの、ばかぁっ!!」

 

 

 

***

 

 

 

穂乃果「罪の意識に苛まれる少女」

 

穂乃果「罪を突きつけられる少年」

 

穂乃果「消えることのない罪が、彼らを追い詰めていく」

 

 

穂乃果「次回、『咎人』」

 

 

 

穂乃果「……償うことなんて、できるのかな……」

 

 

 

 






魔戒指南


・ ホラー・カミラ
占い師の女性に憑依したホラー。水晶のローブを纏った美女のような姿をしている。
水晶を自在に操り、結界を作って獲物を閉じ込めるうえ、自らの力を何倍にも強化することができる。
なお、非常に食い意地が張っており、ご馳走を前にすると昼だろうと我慢が利かなくなる。


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