牙狼〈GARO〉 -女神ノ調べ-   作:らいどる

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大変長らくお待たせしました。

・・・ですがその割にあまり長くありません。



第17話  咎人

 

 

 

 

 

「――どういうことですか……!」

 

――虹の番犬所。

普段は静厳な雰囲気に包まれたその場に、悲痛な声が響き渡っていた。

その声の主は希だった。彼女は困惑と憤りが織り混じった表情で、ソファーに腰かけるオルトスと対峙していた。

オルトスの態度はそんな希とは正反対とも言える姿であり、いつもと変わらぬ気だるげな様子で彼女を見つめていた。

 

「不満そうじゃのう」

 

「当たり前です!彩牙くんを捕まえろなんて……どうしてそんなことになってるんですか!」

 

あの日――μ’sがホラーに襲われたあの日から、彩牙は行方を晦ましていた。海未の家に帰ることは勿論、番犬所にも顔を出していなかったのだ。

そんなある日、番犬所に呼び出された希は彩牙の捜索についての話だと思った。だが捜索は捜索でも、“彩牙を捕らえること”というものだった。

当然ながら希は納得できなかった。共に戦ってきた仲間であり、友人でもある彩牙が罪人であるなど納得できる要素がどこにもなかった。

だがそんな彼女の訴えを、否定する者が現れた。

 

「彩牙は先代の灰塵騎士――コテツの師を殺害した疑いがある。それ故にだ」

 

大和だ。

屋上の時と同じように感情を感じさせない声色の彼の言葉に、希は信じないと言いたげに憤りを籠めた視線を向ける。彩牙がそのようなことをする筈がないと。

だが大和は無駄だと言わんばかりにその視線を受け流し、代わりに札が貼られた木箱――記録用の魔導具を取り出し、そこに内蔵されていた映像を浮かび上がらせた。

 

「これは……!?」

 

そこに映し出されたのは、一人の騎士によって斬り伏せられる老人の映像。

老人を斬り伏せた騎士はシルエットだけではあるものの、その姿はガロに違いなかった。

愕然とした表情で映像を見つめる希だが、オルトスはそんな彼女に訝しげな視線を向けた。

 

「……納得しておらんようじゃの」

 

「……当たり前です。こんなの、嘘か何かに決まってます」

 

「だがこの魔導具には細工された痕跡はなかった。時期も奴が記憶を失う前後と一致している。我々はこの真意を確かめねばならないのだ」

 

希はそれでも、彩牙の無実を信じていた。

例えこの魔導具の映像が偽りないものだとしても、状況証拠が揃っていたとしても、彩牙がそんなことをするとは信じられなかった。元来友というものに飢えていた希は、友を疑うような真似は――友を信じる心だけは捨てたくなかったのだ。

そんな彼女の心を見透かすような視線を向けるオルトスが口を開く。

 

「お前さんがどう考えるかは勝手じゃ。じゃが“あの少女”を救いたいというお主らの望み、忘れたわけではなかろう?」

 

「――っ!」

 

オルトスの冷酷な言葉が、希の心に突き刺さる。

オルトスからすれば、希がどう思うかは――それこそ彩牙のことを信じていようと関係ないのだろう。

だが彩牙が行方を晦まし、希も番犬所に従わないというのであれば、最早二人の望みでもある海未の浄化を待つ義理はどこにもない。来たるべき最悪の死から救うために、すぐにでも彼女を斬ろうとするだろう。

 

「どうすればよいか、わかるじゃろう?」

 

「……はい」

 

それ故に、希はオルトスの言葉に頷くことしかできなかった。

唇を噛み締め、憤りを抱えながら。

 

 

 

**

 

 

 

「……はぁ」

 

――音ノ木坂学院の裏路地。

番犬所を後にした希は重々しくため息をついた。ため息をつくと幸せが逃げるとはよく言うが、今の状況を考えるとため息の一つや二つ、つきたくなるものだった。

彼女自身、彩牙が人殺しをしたなどとは思っていない。例え記憶を失う前後の出来事だとしても彩牙がそんなことをしたとはどうしても思えなかったのだ。

 

だがオルトスや大和、そしてコテツはそうではない。

彼らは彩牙が裁くべき罪人であると疑っている。

師を殺されたというコテツはそれが特に顕著だ。この状況下で彩牙の無実を訴えたところで門前払いにされるどころか、下手をすれば爪弾きにされるだろう。

そうなってしまえば彩牙だけではない、海未を返り血の呪縛から救うことも敵わず、斬り伏せられてしまう。

それ故にどう立ち回るべきか悩んでいた。

 

そして、彼女が抱える悩みの種はそれだけではない。

希の頭を悩ませるもう一つの種、それは――

 

 

 

 

 

「……希」

 

「っ……えりち、どうしてここに……?」

 

番犬所から裏路地に出たばかりの希を呼び止めた声。

ハッとした彼女が振り向いた先には、こちらを真剣な表情で見つめる絵里の姿があった。

その表情と、たった今現れたのではなく待っていたような佇まいを見て、希は察した。

絵里は全部見ていたのだ。希が番犬所に入っていったことも、そこから出てきたことも。

そんなことを考えている間に、絵里は希の下に歩み寄っていく。

 

「つけるような真似をしたのは謝るわ、ごめんなさい。でもどうしても確かめたかったの、希が関わっているのがどんなものなのか」

 

「……」

 

「ここが、そうなのね」

 

希の隣に立った絵里はそう言って、番犬所の入り口があった塀を見つめた。

その姿を横目で見ながら、希は先日のことを思い出す。

そう――μ’sの目の前にホラーが現れ、希と、そして彩牙の正体が彼女たちに明らかになった、あの日のことを。

 

 

 

 

 

 

「――そんなわけで、ウチはホラーと戦っているんよ」

 

μ’sのメンバーから問い詰められた希は、全てを正直に話した。

ホラーのこと、魔戒騎士・魔戒法師のこと、彩牙のこと、そして……自分自身のこと。

話を聞いたメンバーの反応は様々だった。希もホラーと戦っていたことに驚く凛、ホラーという裏側の脅威に怯える花陽、改めて聞かされた内容に顔を顰める真姫。

そして――

 

「……」

 

「えりち……」

 

絵里は、俯くように顔を伏せていた。

表情が窺えない彼女を、憂いを帯びて見つめる希の前に、絵里に代わるようにしてにこが立つ。

希と向かい合うその表情は、まるで怒っているようで――

 

「希、アンタ前に言ってたわよね。“やりたいことが他にもできた”って、それがこれなの?」

 

「……うん。そうやで、ウチは――」

 

「ふざけないでよ」

 

希の言葉を遮るにこ。

それと同時に彼女は希に掴みかかっていた。

小さな悲鳴が漏れ、メンバーの間に動揺が走る中、希の顔を引き寄せる彼女の表情は隠しきれない怒りで染まっていた。

 

「アンタ、自分が何言ってるかわかってんの? あんな化け物と戦うなんて冗談、許す筈がないでしょう!」

 

「冗談なんかやあらへん!ウチは、ウチができることをしたいって――」

 

「死んじゃうかもしれないのよ!!」

 

にこの叫びが、希の言葉を打ち消した。

その叫びに気圧されたのは希だけではない、その場全体に響き渡り、時間が止まったかのように静まりかえる。

にこの叫びはそれほどまでに鬼気迫るものであり、それでいて悲痛に満ちたものだった。

先のカミラとの戦いの際、希は瀕死の重傷を負った。これまでと同じ生活は不可能に――いや、下手をすれば死んでしまっても可笑しくはなかった。

希がそんな世界に身を置いていることが許し難く、そしてどうしようもなく悲しかったのだ。

そして、そう思っているのはにこだけではない。

 

「……希」

 

その言葉と共に、今まで俯いていた絵里が顔を上げた。

希とまっすぐ向き合う彼女の表情は怒っているようで、泣いているようで――

 

 

「……私は、頼んでないわ」

 

「え……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたにそんなことしてほしいなんて、頼んだ覚えはないわ」

 

 

 

 

 

 

「ねえ、希……考え直す気はないの?」

 

――時は戻り、現在。

希をまっすぐ見つめる絵里はそう告げると、彼女に向かって手を伸ばす。

差し伸べるように出されたその手は、希が取るのを待つように在った。

絵里は希にこの手を取ってもらいたいのだ、戻ってきてほしいのだ。ホラーとの戦いという闇の世界から普通の女の子として生きる、光差す世界へと。

それと同時に、絵里の立っていた場所が差し込んできた陽の光に照らされる。日陰の中に立つ希とは対照的なその姿は、彼女たちの今の立ち位置をそのまま表しているかのようだった。

 

差し伸べられた絵里の手を前にした希は無意識に、そして釣られるように歩み寄っていく。

だが希がその手を取ろうとした直前、彼女の手はピタリと止まった。

脳裏に浮かび上がるのはこれまでの思い出。絵里との出会い、μ’sの結成、そして魔戒法師として戦う決意を固めたこと。今こうして絵里の手を取ってしまったら、皆を守りたいというその決意も否定することになってしまうかもしれないと、そう思ったのだ。

そうして絵里の手を取ろうとして、しかし下ろされた希の手を目にした絵里は、悲しげな笑みを浮かべた。

 

「……それが答えなのね」

 

「あ……」

 

今にも泣き出してしまいそうに儚げな表情を浮かべ、その場から走り去っていく絵里。

彼女の後姿に手を伸ばす希だが、その手は所在なさげに下ろされていき、後悔の念が胸に浮かんでいった。

どうして絵里の手を取ることができなかったのか、法師もμ’sも、どちらも続けるつもりではなかったのかと。

結局自分は、どちらか片方しか選ぶことしかできないのか――

 

 

 

**

 

 

 

「――はぁ……」

 

「……なに溜息ついてんのよ……」

 

「……にこちゃんこそ」

 

――学校帰りのファストフード店。

大勢の客で賑わうポップな飾りつけがされたその店に、凛と花陽と真姫、そしてにこの姿はあった。

しかし店内の雰囲気やいつかμ’sの仲間達で来た時とは違い、今の彼女たちに漂う雰囲気は重く澱んだものになっていた。

溜息をついた真姫に思わずそうぼやいたにこだが、彼女も溜息をつきたくなる気持ちはよくわかっていた。あまりにもいろんなことがありすぎたのだ。

 

ホラーという怪物の存在、それと戦う希と彩牙。

その話を聞いた時、にこは質の悪い冗談か何かと思った。いや、思いたかった。

だが瀕死になった希の姿、まるで獣の如くホラーに追い撃ちをかけていた彩牙の姿が頭に焼き付いて離れない。

あれを人知れず怪物と戦う英雄譚――などとは決して思えなかった。あんな恐怖を抱かせるようなものを英雄などと、どうして呼べようか。

 

「……凛ちゃんは、知ってたの?」

 

「うん、前に彩牙さんに助けてもらったことがあったんだ」

 

希ちゃんのことは知らなかったけど――そう続けて、凛は口を噤んだ。

以前レギオンから助けてもらった時、凛には彩牙の姿が勇敢な正義のヒーローのように見えていた。小さい頃に好きだったテレビのヒーローのようで、憧れを抱いた。

だが先日の彩牙の姿は違った。獣のように執拗な攻撃を加える彩牙の姿に抱いたのは恐怖のそれだった。

あれは本当に彩牙だったのか――そんなことさえ抱いていた。

 

「かよちんは……みんなは、彩牙さんのことどう思う?」

 

「ええと、その……」

 

「私は、あまり関わるべきじゃないと思うわ」

 

凛の問いに言い淀む花陽をよそに、はっきりとそう答えたのは真姫だった。

 

「あんな危険な真似をしている人に関わっていたら、私たちも巻き込まれかねないわ」

 

魔戒騎士とホラーの戦いに関わるべきではない――彩牙の事情を知ったあの日から、真姫はその考えを変えることはなかった。

それに真姫にとって彩牙は希を戦いに巻き込んだ張本人だ。それ故に彩牙に――魔戒騎士に対して良い印象を抱いていなかった。

 

「……そうね、私もそれには同感よ」

 

「にこちゃん……」

 

「それに、もっと考えなくちゃいけないことがあるでしょ」

 

そう言って話題を切り替えるにこ。

確かににこの言う通り、彼女たちにはもっと身近な、それでいて大きな問題を抱えていた。

 

「……μ’s、本当に活動休止になっちゃったんだよね……」

 

花陽の言う通り、μ’sはその活動を休止していた。

ホラーが現れたあの日の翌日、絵里は言ったのだ。μ’sは活動休止とすると。

ラブライブに出場しないどころか、活動そのものまでも休止にする。そのことを聞いた時、絵里に食ってかかりそうになったにこだったが、一方で心ではそうなってしまうことに納得している自分がいた。

 

お世辞にもあの時の――今のμ’sは一つになっているとは言えない。むしろバラバラになっていると言った方が当て嵌まっていた。

心が折れた穂乃果、それによって塞ぎ込みがちになった海未とことり、そして魔戒法師として足を遠ざけつつある希――これをバラバラになっていると言わずして何と言うのか。

 

こんな状況でμ’sの活動などできるものだろうか――

 

「穂乃果ちゃん、大丈夫なのかな……」

 

「……どうかしらね。海未の話じゃ相当自分を責めてるみたいだし」

 

 

 

 

 

 

「あの子、あの日からずっと学校に来てないみたいだしね」

 

 

 

**

 

 

 

「――穂乃果、起きていますか?」

 

――穂むら、その中にある高坂家の住まい。

その一角、穂乃果の部屋の前に海未の姿はあった。部屋の扉に向かって呼びかける彼女だが、中から返ってくるのは沈黙ばかりであり、返事はない。

「入りますよ」と断りを入れてから扉を開け、部屋に入る海未。

 

足を踏み入れた穂乃果の部屋は、彼女の記憶とは全く違う有様になっていた。

主の心を現したかのような陽光の差しこむ明るい部屋は、カーテンが閉め切れられ、薄暗く陰惨な雰囲気に包まれていた。また、漫画本などが散らかっていることがなく片付いてはいるが、そこから感じ取れるのは無気力さだけだった。

自らの記憶と180度変わってしまった幼馴染の部屋、薄暗い中で部屋の主を探して目を凝らしていると、ベッドの上にその姿はあった。

 

ベッドの上で丸くなり、蹲っている彼女の姿はとても弱々しいものに見えた。

髪は碌に手入れをしていないのかあちこちが跳ねて荒れており、健康的だった肌は暗い部屋に引きこもっていたせいか白くなってしまっていた。

そんな変わり果てた姿になった穂乃果を前にした海未は憂いげな表情を浮かべたが、明るく務めるようにして声をかけた。

 

「……穂乃果。今日の授業のノート、持ってきましたよ。休むにしても、勉強だけはしておかないとみんなに置いていかれますよ」

 

「……」

 

「ほら、そんなところで丸くなってないで、教えてあげますからこちらに来てください。大丈夫ですよ、いつかのように怒ったりはしません」

 

「………なんで、何度も来るの」

 

テーブルの上にノートを取り出していた海未はその手を止め、穂乃果に視線を移す。

蹲っていた顔を上げた穂乃果はやつれた目で海未を見ていた。その表情はどこまでも暗く、瞳には底知れぬ闇が広がっていた。

 

「穂乃果……」

 

「私が余計なことをしたからラブライブに出れなくなった上に、みんなも危険な目に遭ったんだよ。なのに……」

 

そう語る穂乃果の言葉には、いつもの快活さも覇気も感じられなかった。

ただ空虚だけが広がっていた。

 

「……放っておけるわけないじゃないですか、みんなもずっと心配してるんですよ」

 

「……心配なんて、する必要ないのに」

 

普段の穂乃果なら絶対に口にしないであろうその言葉に、海未は愕然とした。

他者からの心遣いを無下にするような言葉を、穂乃果が吐くわけがない。なのにそれを口にしてしまうということは、穂乃果の心はそれほどまでに追い詰められたということだった。

 

「……本気で言っているのですか?」

 

「……」

 

穂乃果は答えない。

無視されたことや皆の心配を無下にした態度に対する怒りは、不思議と湧いてこなかった。

それよりも――

 

「本当にμ’sも……何もかもやめてしまうのですか?」

 

怒りよりも――悲しみの方が大きかった。

 

「……何したって意味ないよ……私が何かしようとしたら、誰かが不幸になっちゃうし。それに――」

 

 

 

 

 

――もう、疲れちゃった。

 

 

 

**

 

 

 

「……私には、どうすれば」

 

穂むらから出てきた海未は、思わずそんな独り言を零していた。

今日も穂乃果を立ち直らせることはできなかった。

穂乃果が学校に来なくなってから毎日彼女の下を訪れていたが、一向に良くなる傾向は見られなかった。それどころか日に日に弱々しくなっているようにさえ見えた。

雪穂をはじめとした高坂家の家族も、突然閉じ籠るようになった穂乃果を立ち直らせようとしているようだが芳しくなかった。

「お姉ちゃんが引きこもってから家の空気が重い」とぼやいていた雪穂の言葉が強く心に残っていた。

 

……穂乃果はもう、立ち直れないのだろうか。

あるいは彼女の心はもう死んでしまっていて、立ち直るも何もその心がないのではないか――そんな不安さえも、海未の心に燻り始めていた。

もうできることは、何もないのだろうか――

 

 

 

「……海未ちゃん」

 

かけられたその言葉に、海未は意識を自分の内から目の前へと向けた。

視線を上げた先にいたのは、穂むらの向かい真正面にある塀によりかかるように立っていた少女――

 

「……ことり、来ていたのですね」

 

 

――南ことりの姿があった。

 

 

 

 

 

 

「……穂乃果ちゃん、どうだった?」

 

「……お世辞にも、良いとは言えません」

 

隣り合って帰り道に就いている海未とことり。

その道中でことりは穂乃果のことを尋ねるが、海未から返ってきた返事は芳しいものではなかった。

海未は穂乃果の様子を語った。酷くやつれていること、言動も以前の明るさはなく空虚なものばかりで完全に別人のように変わり果ててしまったこと。

話を一通り聞いたことりは顔を俯かせ、自責の念に駆られた。あの時、自分が穂乃果を叩いたりしなければこんなことにならなかったと。

 

「私が、あんなことしちゃったから……」

 

「……いいえ、そんなことはありません」

 

優しく諭すような海未の言葉に、ことりは驚いたように顔を上げた。

 

「きっとこうなることには変わりなかったのでしょう」

 

あの時、μ’sの皆に命の危険を招いてしまった穂乃果は、錯乱するほどの自責の念に駆られていた。いや、あれは最早自己否定と言っても過言ではない。

そこまで心が追い詰められた彼女に手を出していようとなかろうと、どんな言葉をかけていたとしても、今の状態に陥ることは避けられなかっただろう。

「それに」と続けて海未は口を開いた。

 

「あそこでことりが手を出していなくても、私が穂乃果を叩いていましたよ」

 

穂乃果が自己否定のあまり今までしてきたこと全てを否定した時、海未の頭は激情に支配されていた。

あの時ことりが一歩早く動いていなければ彼女を叩いていたのは海未だ。そうなれば海未がことりの立場になっていた。

そしてこうなることにも変わりはなかっただろう。そのことを語る海未は、自嘲するような笑みを浮かべていた。

 

 

「……それで、よかったのですか?穂乃果に会わなくて」

 

話題を切り替えるように、海未は内にあった疑問を口にした。

海未が穂むらから出てきた時、ことりは店の前にいた。だがその場にいるだけで店の中に――穂乃果に会おうとはしていなかった。

まるで会うことを躊躇っているかのように。

ことりの表情に影が差し、躊躇いがちに口を開いた。

 

「……穂乃果ちゃんにちゃんと謝らなきゃって思ったんだけど……怖くて……」

 

「怖い……ですか?」

 

「穂乃果ちゃんが何て言うのか……そのことを考えたら怖くなって……」

 

ことりは、今の穂乃果に会うのが怖かった。

変わり果てた穂乃果の姿を目の当たりにするだけではない。実際に穂乃果に会った時、彼女が何と言うのか――それを考えたら怖くなったのだ。

無論ことり自身、穂乃果が恨み言を口にするような人間ではないことは知っている。だが一度芽生えてしまった恐れとはそう簡単に消えるものではない。

それに今の穂乃果に何を言ってあげればいいのか――何度考えてもわからなかった。

 

「……大丈夫ですよ、ちゃんと穂乃果と話せる時がきっと来ますよ」

 

励ましの言葉を口にする海未。

そんな彼女の顔を横で見ながら、ことりは恐る恐る口にした。

彼女が抱いていた、もう一つの懸念を。

 

「……海未ちゃんは、大丈夫なの?」

 

「……確かに、穂乃果に何を言ってあげればいいのか、私にもわかりません。ですが――」

 

「彩牙くん、ずっと帰ってないんでしょ……?」

 

ことりの言葉に、海未の表情は固まった。

その様子に、海未はやせ我慢していたのだとことりは悟った。

 

「……それは……」

 

ことりの言葉に思わず口籠る海未。

彼女の言う通り、あの日から彩牙は家に帰っていなかった。

最初は魔戒騎士の仕事で空けているだけだと思った。だがいつまで経っても彩牙が帰ることはなかった。携帯に電話をかけても一度も出ることはなかったのだ。

希に聞いてもあれ以来会っていないらしく、彼女も彩牙の行方を知らなかった。

 

――彩牙くん。あなたはいま、どこにいるのですか……?

 

海未は彩牙のことが心配でならなかった。

彼の身だけではない、何かに思い悩んでいた彼の心も――

 

 

 

**

 

 

 

『――ウオォォォォォォォッ!!』

 

――夜道。

人っ子一人の気配もないその場所に、狼の咆哮が木霊していた。

その咆哮の主――黄金騎士ガロの目の前にあったのは、たった今彼の振るった牙狼剣によって両断されたホラーの姿があった。

真っ二つになったホラーは金切り声のような断末魔を上げ、醜く崩れていく。

それと同時にガロの鎧が解除され、彩牙の姿が露になる。

 

「っ、ぐっ……!」

 

それと同時に、膝をつく彩牙。

その額には幾つもの汗が浮かび上がり、肩で大きく息をしている。その姿はたった今ホラーを圧倒していたとは到底思えない姿だった。

そんな彩牙に、ザルバが呆れた様子で語りかける。

 

『小僧、剣の浄化もせずに無茶しすぎだ』

 

ザルバの言う通り、あの日以来彩牙は園田家に帰ることはおろか、番犬所にも訪れておらず、ただひたすらにホラーを狩り続けていた。

まるでこの街で戦い始めた頃のように剣の浄化を行わないまま狩り続けていたため、彼の身体に溜まった邪気は相当なものになり、その身を蝕んでいたのだ。

額に幾つもの汗を浮かばせ、肩で息をしているのもそのためだ。

 

「――ザルバ、俺に魔戒騎士である資格があると思うか?」

 

粗くなった息で途切れながら、彩牙が口を開いた。

 

『……お前、この間のことを気にしているのか』

 

「ザルバも見ただろう、コテツの師を殺した俺の記憶を。そんな男が騎士を名乗っていいのか」

 

彩牙がここまで自分を追い込んでいる理由には、闇法師によって引き出された自らの記憶にあった。

人間を殺めるという、魔戒騎士最大の罪を犯していた自分。そんな自分が騎士を名乗ることが許されるのかという自責の念が、邪気を溜めこむような戦いに走らせていた。

それでもホラーを狩り続けていたのはせめてもの償いのためか、それとも胸の内にあるいらだちをぶつけたいだけなのか――彩牙にもわからなかった。

 

『だから嬢ちゃんの所にも帰れないと、そう言うのか?』

 

「……ああ」

 

そしてそれ故に、海未の所にも帰れない。

こんな血に塗れた男が彼女の傍にいることはできない、あってはならないのだと。

彼女を守ることはしても、傍にいることは最早許されないと、そう考えていた。

 

 

 

 

「――よくわかってるじゃねえか」

 

「――ッ!!」

 

頭上からかけられたその声と同時に、浴びせられる殺気。

間髪入れずに振り下ろされた銀色の刃を避けた彩牙の視線の先には、一人の男がいた。

黒いコートを纏い、ブーメラン型の魔戒剣を手にした魔戒騎士――コテツの姿がそこにはあった。

 

「俺を斬りに来たのか……!」

 

「応ともよ、番犬所の許しも出た今……ここで引導を渡してやらぁっ!!」

 

話すことは最早何もないと言わんばかりに、即座に彩牙に襲い掛かるコテツ。

対する彩牙は魔戒剣を抜いてコテツを迎え撃ち、何度も剣を打ち合うが、彼に圧されつつあった。それは師の仇を前にしたコテツの勢いがそれほど凄まじいものであるが故だろう。

しかし、それだけではない。

 

――俺は……倒されるべきじゃないのか――?

 

彩牙の心には迷いが生じていたのだ。

自分は魔戒騎士に相応しいのか、ここでコテツに斬られるべきではないのか。少なくとも師を自分に殺された彼にはその権利があるのではないか。

そんな心に生じた隙が、彩牙の剣を鈍らせていた。

 

「オラァッ!!」

 

「グッ――!!」

 

そして、その結果はすぐに現れた。

コテツの一閃が、彩牙の魔戒剣を弾き飛ばしたのだ。

宙を舞い、地面に突き刺さる彩牙の魔戒剣。そしてがら空きとなった彩牙の身体にコテツの蹴りが叩き込まれる。

蹴り飛ばされ、地面を転がる彩牙。咳き込みながらも起き上がった彩牙の目に飛び込んできたのは、魔戒剣を振り下ろすコテツの姿だった。

 

「――ッ!!」

 

宙に舞う血飛沫。

それはコテツの魔戒剣によって斬り裂かれた彩牙の血だった。しかし彩牙を斬っていながらも、コテツの表情は苦々しげなものだった。

寸でのところで避けたことにより、肩を斬り裂くだけに終わったからだ。肉を深く裂いていながらも骨まで達してはいなかったのだ。

 

転がるように避けた彩牙は地面に落とした己の魔戒剣の下まで辿りつき、再び剣を手にした。斬り裂かれた肩から夥しい量の血を流す彩牙は、苦悶の表情を浮かべながらもコテツを睨みつけていた。

そんな彼を前にしたコテツは、今度こそ確実に仕留めんと再び構える。

その時――

 

「うおっ!?」

 

彩牙とコテツの間を遮るように現れた、紫色の光の壁。

突然現れたそれを前にしたコテツは一瞬たじろいだものの、すぐに魔戒剣を投擲した。しかしその刃は壁に弾かれ、その向こう側に届くことはなかった。

そうしている間に光の壁は宙に溶けるように消滅し、向こう側にあった彩牙の姿は跡形も無く消え、彼の流した血の跡だけが残っていた。

それを目にしたコテツは忌々しそうに舌打ちをした。

 

「くそっ……!」

 

彼の相棒たるゾルバは首に下がったまま、ぴくりとも口を開くことはなかった。

 

 

 

**

 

 

 

――ここではないどこか。

闇に包まれたその場所で、遠い場所での出来事を除いている者があった。

鏡を通してその者が覗いていたのは、二人の騎士が争う場面。復讐の炎を燃やす黒い騎士と、己が道を見失いかけている白い騎士。

黒い騎士の憎しみの刃が白い騎士を斬り裂こうとした時、第三者の乱入によって白い騎士はその場から逃れ、復讐心を燻らせる黒い騎士が取り残された。

 

第三者の横槍によって消化不良に終わった戦い。高みの見物をしていたその者にとって不満の残る結果となったはずなのに、その口元は僅かに吊り上がっていた。

まるでこうなることは予想の範疇だったと言うかのように。

 

「それでいい……怒りを、憎しみの炎を激しく燃え上がらせるのだ」

 

そう満足気に呟き、彼は鏡の向こうから姿を消した白い騎士へと意識を向ける。

その者にとってみれば、不満だったのは白い騎士の戦いぶりだ。

白い騎士の戦い方には覇気がない。憎しみの心はおろか、生きようとする気概もない。

“そうなるように仕向けた”ものの、これでは闇に染まるには物足りない。

 

「ふむ……彼女に協力を仰ぐとするか」

 

そう呟くと、鏡に映し出された映像が黒い騎士の姿から切り替わる。

そうして代わりに映されたのは青味のある黒髪を持つ少女――

 

 

 

 

――園田海未の姿があった。

 

 

 

**

 

 

 

――ファストフード店

 

「えっ……!? 今、なんて……?」

 

にこに呼び出された花陽と凛は、彼女の持ちかけた話を受けて驚いたようにそう呟いた。

 

「話した通りよ。真姫には断られちゃったんだけどね」

 

彼女の話に困惑を隠せない花陽と凛を、にこは真剣な表情で見つめていた。

そして深く息を吸い込むと、彼女たちに話した内容をもう一度口にした。

それに対する決意を新たにするように――

 

 

 

「アイドル、一緒に続けない?」

 

 

 

***

 

 

 

ザルバ「人付き合いが面倒と考えたことはあるか?」

 

ザルバ「確かに気を遣ったり厄介事を押し付けられたりと、面倒なことは多い」

 

ザルバ「だがそうやって蔑ろにする奴ほど、後で痛い目を見るんだぜ」

 

 

ザルバ「次回、『迷走』!」

 

 

 

ザルバ「人間ってやつは独りじゃ生きられないのさ」

 

 

 

 






魔戒指南「本日休業」


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