・・・・うん。自分でも待たせすぎだなーと思います。
ホント申し訳ない。お詫びにレディ・ヴィオラのご参拝権利を・・・アッチョッナグラナイデ
また、活動報告にて、とあるキャラの名前について報告しております。
よければそちらもご一読お願いします。
――希の家。
マンションの一部屋にある、彼女の住まい。
かつては両親と共に暮らし、今は親元を離れて一人暮らしをしているその部屋に、二つの人影があった。
「彩牙くん、大丈夫……!?」
希と、彼女に支えられている彩牙だった。
夥しい血を流し続けて意識が朦朧としている彩牙を肩で支え、希は血で部屋が汚れることを厭わずに進んでいく。
「えと、こんな時は……!」
『落ち着け、俺様が手筈を教えてやる』
ベッドの上に彩牙の身体を横たわらせると、辛うじて覚えていた知識を総動員して手当てを行っていく。血を拭き、消毒し、傷口をガーゼで塞いで包帯を巻いていく。
その手つきはやや拙いものではあったが、ザルバの助言のお陰もあり、希は無事手当てを終えることができた。
『これで大丈夫だろう。ちと血を流し過ぎたが少し安静にしていればすぐに回復する』
ザルバの言葉にほっと一息つく希。
だがその一方で、彼女の脳裏にはある焦りがあった。
――番犬所に、思いっきり背いちゃったやんね。
彩牙を捕らえよという、番犬所の命に背いたことだ。
彩牙を助ける際に顔は見られなかったが、あの術で下手人が希であることは完全にばれているだろう。当然、コテツから番犬所に報告が行く筈だ。
そうなれば希も晴れて彩牙と同じ反逆者の仲間入りである。そうなれば番犬所には最早二人の望みを――海未の存命を叶える道理はない。
だがそれでも、希は彩牙を助けずにはいられなかった。
「……ぅ……希……?」
「っ、彩牙くん!気が付いたん!?」
その時、彩牙が目を覚ましたのだった。
おぼろげな目で辺りを見回し、希の姿を目にした彼は意識を失う寸前に何があったのかを理解した。
希に助けられた――言葉にすればそれまでだが、それが何を意味するのかも彩牙は理解していた。
「……どうして助けたんだ。俺は番犬所からも追われている身なんだぞ……?」
コテツの言葉が正しければ、彩牙は番犬所からも追われる身になっている筈なのだ。コテツの師を殺害した容疑者として。
そんな彼を捕まえるのではなく助けるような真似をすれば、希も番犬所から追われる身になってしまうはずだ。
それなのに、何故――?
「だってウチと彩牙くんはお友達やん。ウチ、友達を見捨てるような趣味はないんよ?」
彩牙の疑問に、希は穏やかな笑顔でそう告げた。
穏やかな表情と声色からは、その言葉が彼女の嘘偽りのない本心であることが窺い知れた。
例えどんなことになろうとも、希には友を見捨てるような真似だけはできないのだ。
「だが俺は……!」
「ほらほら、まずはちゃんと休まへんと。疲れきった体じゃなんにももできへんよ?」
尚も自らの危険性を伝え、起き上がろうとする彩牙に対し、穏やかながらも有無を言わせぬ口調で再びベッドに横たわらせる希。
彼女の言う通り彩牙の身体は衰弱しきっており、肉体面では彼に遠く及ばない希の力に碌な抵抗もできず、為す術なくベッドに押し戻されてしまっていた。
それと同時に休息を求めている肉体が限界を迎えたのだろう。抗えない程の睡魔が彩牙に襲い掛かる。
徐々に意識が薄れていく中、彼の脳裏には海未のことが浮かび上がった。
彼女はどうしているのだろうか。
ホラーに襲われてはいないだろうか。
自分のことをどう思っているのか――人殺しと知っても自分を信じてくれるのか、それとも恐れを抱いて拒絶するのか。
そんな不安にも似た思いを抱いたまま、彩牙の意識は沈んでいった。
「……さて、これからどうしようかな」
彩牙が眠りに就いたのを確認した希は、これからのことに考えを巡らせる。
自分も彩牙に続いて番犬所に歯向かってしまった今、いつ海未が斬られてしまっても可笑しくはない。それどころか返り血の匂いに誘われてホラーに襲われることすら十分にあり得る。
それだけは防がなくてはならない。何が何でも海未を――友達を守らなくてはならない。
彩牙が倒れている間、皆を守れるのは自分だけなのだから――
『まったく、無茶しやがる』
「……そうやね。彩牙くん、意地っ張りなんやから」
『そいつはお前さんもだぜ、嬢ちゃん』
「ウチも……?」
『大方、学校の仲間と上手くいってないんだろう。見ればわかるぜ』
ザルバの言葉に、希は声を詰まらせた。
ザルバの言う通り、あれから希はμ’sのメンバーたちと上手くいっていなかった。
穂乃果が塞ぎ込んでしまったことも一因ではあるが、やはり一番の原因は自分が魔戒法師であることが明かされたからだ。命の危機と隣り合わせであるホラーとの戦いに恐怖を抱かれ、それに関わることを責められたのだ。
それ故に事情を知っていた海未はともかく、真姫や絵里、にこを筆頭に彼女たちとの間にはギクシャクとした関係が続いていた。
自分と向き合う――
それは彩牙に限った話ではない。
希と、そして彼女たちにも――
**
「――くそっ!!」
――都内某所、コテツの寝床
適当な廃墟を利用したその場所に、苛立たしげに缶を蹴り飛ばすコテツの姿があった。
蹴り飛ばされた缶の金属音が辺りに響く中、コテツの表情と心は憤りに満ち溢れていた。
仇である彩牙を取り逃してしまったことだけではない、それを魔戒法師である希に邪魔されてしまったからだ。姿を見てはいなかったが、あの防壁を使えるのは彼女しかいない。
どこまでいっても仇討ちに邪魔が入る――その現実に怒りを抱いていた。
「――ゾルバ、お前もお前で、なんで喋らないんだ」
そして、彼の苛立ちの理由はもう一つあった。
コテツの相棒たる魔導具ゾルバ。彼がまったく口を開かなくなってしまったのだ。
会話はおろか、叩いても呻き声一つ上げなくなってしまった相棒の姿に、コテツは今一度思考を巡らせる。
ゾルバが喋らなくなったのは――確か、“彩牙が仇だと確信した頃”だっただろうか。
前触れもなく、あの頃に突然全く喋らなくなったことを覚えている。
あの時は普通に話せていた筈なのだ、師匠の仇を討つことについて――
――ん?待てよ……?
そこまで考えて、コテツの中に疑問が生じた。
そういえば、自分はあの頃に彩牙が仇であると確信した。それは間違いない。
しかし――仇だと確信を抱いた“根拠は何だったのだろうか”?
彩牙を疑った根拠は、魔導具に残された映像にガロに似たシルエットが映っていたからだ。
しかし何故なのか、仇だと確信を得た根拠が何だったのかどうしても思い出せない。靄がかかっているというより、ぽっかりと穴が開いてしまっている感覚だ。
まるで、最初からなかったかのような――
「――先程は惜しかったな」
そんな思考を遮る声が響き、コテツは声の主へと振り返った。
いつからそこにいたのだろうか、その視線の先には一人の男――闇法師が闇の中に佇んでいた。
闇に魂を売り、ホラーを呼び寄せる外道を前に、コテツは魔戒剣を突きつけ、鋭い眼光で睨みつける。
「……何の用だテメェ。俺は今虫の居所が悪いんだ、怪我どころじゃ済まさねえぞ」
「そうだな……あの法師がいなければ黄金騎士を討てたのだ、無理もなかろう」
「……テメェ……!言っただろ、虫の居所が悪いってな!!」
煽るような闇法師の言葉に激昂するコテツ。
事実、あそこで希の介入がなければ彩牙を仕留めることができたのだ。そのことを悔やみ、憤っている中、闇法師の言葉は彼の中の導火線に火をつけるには十分すぎた。
激情に任せるまま、魔戒剣を投擲するコテツ。回転しながら飛翔する魔戒剣はまっすぐと闇法師に向かっていき、闇法師を斬り裂かんとする。
だが闇法師は動じることなく、魔導筆を取り出すと、その先端に闇色の光を灯らせる。
それを前に突き出した瞬間、闇色の衝撃波が発せられ、向かってきていた魔戒剣ごとコテツの身体を吹き飛ばした。
「うおおぉぉぉぉぉぉっ!?」
吹き飛ばされ、壁に叩きつけられるコテツ。
同時に魔戒剣も虚しく地に落ち、乾いた音を響かせる。
背中に走る衝撃に表情を歪ませ、顔を上げた先にはいつの間にか距離を詰め、彼を見下ろす闇法師の姿があった。
そしてそのまま追撃を加える――かと思いきや、懐から一枚の符を取り出すとコテツに差し出し、背を向けるのだった。
「何のつもりだ……!」
「餞別だよ。近いうちに黄金騎士を誘い込む手筈を整える。その招待券だ」
「ふざけんじゃねえ!! なんでテメェがそんなことをする……!」
コテツの疑問も最もだ。
彼らは魔戒騎士と闇に堕ちた法師、敵同士だ。そんな闇法師が自分を見逃し、あまつさえ手助けをするなど信じられる訳がなかったのだ。
しかしそんな疑問を前に、闇法師はさも当たり前のように口を開いた。
「復讐は果たされて然るべきだ。手を貸さない理由がどこにある?」
「―――!」
真顔になり、言葉を失うコテツ。
だがすぐに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、吐き捨てるように口を開く。
「……ふざけんな、テメェみたいな堕ちた奴の手なんか借りるか……!」
「ふむ……まあ好きにするといい。用意が整えば符が光るのでな、気が変わったら使うといい」
そう言い残し、闇法師は闇の中へと消えていく。
一人残されたコテツは、手渡された符を複雑な表情で見つめ、その心境を表すかのようにくしゃりと握りしめるのだった。
何も応えないゾルバ。
その目が一瞬、赤く、怪しく光ったことに、コテツは気づかなかった。
**
「……」
「……えりち、こっちの書類纏めたよ」
「ありがと、希」
――音ノ木坂学院、生徒会室
そこには生徒会の仕事を進める、絵里と希の姿があった。
会話もそこそこに、黙々と仕事をこなす二人。そこに以前までの仲睦まじい様子はなく、第三者から見れば気まずい空気が流れていた。
あの日から――μ’sが崩壊した日から絵里と希の間には以前のそれが嘘のように、会話がめっきりなくなってしまっていたのだ。
それはμ’sの活動が無くなったことだけではない。希が魔戒法師としてホラーと戦っているという事実を前に、壁が生じてしまっていたからだ。
――ねえ、希。あなたは本当にそこにいるのかしら……?
絵里は希にどう接すればいいのかわからなくなっていた。
親友が知らない間に非日常の世界に身を投じていたという事実が、彼女を戸惑わせていたのだ。
希はもう自分の知っている希ではないのか、どうして一言も相談してくれなかったのか、こちらに戻ってきてはくれないのか。そんな考えが何度も頭の中を駆け巡り、彼女から言葉を奪っていく。
すぐ近くにいるのにその心は遥か遠くに離れている――そんな錯覚さえも抱いていた。
「――失礼します」
「あら、海未?」
そんな時、生徒会室に一人の客が訪れた。
――海未だ。普段一緒にいる穂乃果とことりの姿はなく、一人で生徒会室を訪れた彼女は希に視線を向け、口を開いた。
「実は……希に話がありまして……」
「ウチに?」
「ええ。それでその、申し訳ないのですが……」
顔色を窺うかのように、絵里へ視線を向ける海未。
申し訳なさそうなその目に、何を言いたいのかを絵里と希は察した。
――二人きりで話したい。そしてその内容も、何となくだが察することができた。
希と二人きりで話したいことなど、一つしか考えられない。
「……いいわ、行ってあげて。残りは私だけでも大丈夫だから」
「えりち……うん、わかったよ」
絵里の言葉を受け、戸惑うような表情を浮かべながら海未と共に生徒会室を後にする希。
その背を見つめる絵里の胸中には複雑な思いが浮かんでいた。
生徒会室を後にする希の姿が、まるで自分たちの知らない世界に去っていくように見えたのだ。
そう、ホラーと戦う闇の世界に――
「絵里、いるー?」
その時、彼女たちと入れ替わるようににこが足を踏み入れた。
生徒会室に入る前に海未と希の姿を見たのか、絵里に呼びかけていながらもその視線と意識は彼女たちが去った方に向けられていた。
「……今の、希と海未?」
「ええ、海未から話があるんですって」
「……ふぅん」
そう呟くにこの表情には、怒っているような哀しんでいるような、複雑な感情が見えていた。
きっと、彼女も絵里と同じなのだ。友である希が闇の世界に足を踏み入れ、自分たちの下から離れていくように感じたのだ。
そしてそんな希に対し、自分たちはどうすればいいのかわからないもどかしさも……。
「……それよりどうしたの?何か用があってきたんでしょ?」
「っと……そうだったわね」
そんな考えを振り払うように、明るく務めて声をかける絵里。
その声ににこも気を取り直したのか、カーディガンのポケットに手を突っ込みながら口を開いた。
「講堂の使用許可が欲しいのよ」
そう言ってポケットから取り出した一枚の紙を、絵里の前に差し出すにこ。
その言葉の意味することに呆気にとられた絵里は、すぐさま慌てるように差し出された紙に目を通した。
それは確かに講堂の使用許可を求める申請書類であり、申請者の欄には『音ノ木坂スクールアイドル』の文字が、使用者名簿の中にはにこの他に花陽と凛の名前があった。
それに一通り目を通した絵里は愕然とした表情で、にこに視線を戻した。
「にこ……あなた、これ……!」
「μ’sは活動休止になったかもしれないけど、スクールアイドルそのものは禁止になったわけじゃないでしょ?ダメなんて言わせないわよ」
毅然として語るにこを前に、絵里は呆気にとられた。
確かに彼女の言うことには一理ある。スクールアイドルそのものを禁止したわけではないのだから、彼女がμ’s以外のスクールアイドルを始めることは何もおかしくはない。
――それ故に、絵里の脳裏には一つの疑問が浮かび上がった。
「……一つ聞いていい?」
「なによ?」
「こんなことになってまで、どうしてアイドルを続けようと思えるの?」
穂乃果の心が折れ、希との間に深い溝が生まれた今。彼女たちという二柱を失ったμ’sは瓦解し、ギクシャクとした空気が続いている。
そんな中、形を変えてでもアイドルを続けようとするにこ。
彼女のその情熱は一体どこから来るのだろう。何が彼女をそこまで突き動かすのだろう。
絵里はそれが不思議でならなかった。
にこはそんな絵里と改めて向き合い、その目をまっすぐに見つめると口を開いた。
「好きだからよ」
短いながらもはっきりと芯の通った声。
一片の迷いもなく放たれたその言葉は「好きだから」という、言ってしまえば単純なモノ。だが単純であるが故に、その言葉には力強い意志が宿っていた。
「にこはアイドルが大好きなの。一生懸命で、みんなに笑顔を届けて、また明日から頑張ろうって気持ちにさせてくれるアイドルが大好きなの」
アイドルが好き。
それだけの理由で――いや、それだからこそ、にこはここまで強い情熱を持てるのだ。
一度は挫折を経験しながらもアイドルへの情熱を絶やすことがなかったのは好きであるからこそ。形を変えてもアイドルを続けようとするのは好きだからこそ。
好きだからこそ、転んでもまた立ち上がれる――そんなにこがとても眩しく見え、絵里の胸中に羨望に近い感情が沸き上がった。
「あんたはどうなの」
「え?」
「あんたは、どうしてアイドルを始めたの?」
そう問われた絵里は考えを巡らせる。
自分がアイドルを始めたのは……学校が好きだから、学校を守りたかったから。
……でも、それだけだったのだろうか?もっと何か、根底に何かあったはずだ。
何か――
――やってみたいからやる。本当にやりたいことってそうやって始まるもんやない?
――そうだ。
やりたかったからだ。
ひたむきで、楽しそうな穂乃果たちの姿を見て、羨ましくて、自分もやってみたいと思ったから。楽しくなりたいと思ったから。
自分がアイドルを始めたのも、そんな単純な理由からだった。
でもその気持ちに見ないふりをして、義務感だけが強くなっていた。
そんな自分に素直になれるよう、正面から言葉をぶつけてくれた親友がいた。手を差し伸べてくれた仲間がいた。
そんな恩人とも言える二人は今、苦しんでいる。
一人は、抱えている事情を受け止めきれず、彼女自身から目を逸らしてしまっている。一人は自責の念に駆られ、心が押し潰されている。
……これでいいのだろうか?
――いいえ、いい筈がないわ……!
「……にこ、悪いけど許可できないわ」
「はぁ!? なんでよ?」
怪訝な表情を浮かべ、不満げに見つめるにこ。
彼女の気持ちもわかるが、今この申請を認めるわけにはいかないのだ。
なぜなら――
「――名前、これだけじゃ足りないもの」
**
――希の部屋
主が不在のマンションの一室にて、希に介抱された彩牙は一人、片手腕立て伏せをしていた。
鍛錬を行う彼の肌に幾つもの汗が浮かんでは、床を汚さぬように敷いたダンボールの上に落ちていき、換気のために開けた窓から入り込む風が火照りつつあるその身体を冷やしていく。
そんな彼をテーブルの上から見つめるザルバは目を細めながらも、口を開かずにいた。
強靭な肉体で早く治癒しつつあるとしても、仮にも深手を負った身体で快復前にこのような負担をかけることなど、本来は避けるべきだろう。
だが彩牙は、やらずにはいられなかった。身体を苛め抜き、無心になりたかったのだ。
自身の過去……罪のこと、海未のこと、魔戒騎士としての資格。ベッドの上でじっとしていると、余計なことを考えてしまいそうだった。
一時的な逃げでしかないとしても、そうせずにはいられなかった。
――ガチャリ
「……む……」
『帰ってきたようだな』
玄関から鍵の開く音が聞こえてきた。
この部屋の主が――希が帰ってきたのだ。
汗を拭き、インナーを着込むと同時にリビングの扉が開かれた。
「ただいま……って、彩牙くん、もしかして治りきってないのにまた筋トレしてたんと違うん?」
「ああ。でも換気はしていたし、床も汚さないようにしてたから問題はないさ」
「そういう問題じゃないんよ……」
勘が鋭い希は、リビングに入った瞬間に彩牙が鍛錬していたことに気付いた。
彩牙のどこかズレた言葉――本心を誤魔化すための意図的なものだが――に呆れた表情を浮かべる希は、不満げに口を開いた。
「せっかくお客さんを連れてきたのに、それじゃ余計に心配かけさせてしまうやん」
「……客?」
希の言葉に疑問符を浮かべる彩牙。
希が自身の身体を横にずらすと、そこには彼女の背に隠れるように一人の客人がいた。
その姿を見て、彩牙の表情は驚愕に染まった。
何故ならそこにいた客人とは、忘れようにも忘れられない、彼が最も守りたいと思い、そして自身の過去故に身を離れた人物――
「……海未……?」
「……お久しぶりですね、彩牙くん」
園田海未だったのだから――
*
「それじゃあ二人とも、ゆっくり話したってな」
彩牙と海未の前に紅茶の入ったティーカップを差し出し、そう言い残して自室へと引っ込んでいく希。
そしてリビングにはテーブルを挟んで彩牙と海未だけが残された。
数日ぶりに向き合う二人だがその間に漂うのは再会の喜びではなく、戸惑いによるぎこちなさだった。
「……希の所に、いたのですね」
「ああ、危ないところを助けられてな……希に聞いたのか」
「はい、彼女なら何か知っているかと思って……まさか一緒にいたとは思いませんでしたが……」
「……そうか……」
「……」
それっきり会話が続かず、二人は黙り込んでしまった。
――言葉が続かない。お互いに聞きたいことが、かける言葉があったはずなのにそれが出てこない。
いざ目の前にすると、言葉を上手く形にすることができなかった。沈黙が続く中、ようやく先に口を開くことができたのは海未だった。
「……彩牙くん、何か悩み事があったのではないですか?」
戸惑いがちに問いかけたのは、彩牙が抱えているかもしれない“何か”に関する問いかけだった。
彩牙が姿を消す数日前から感じ取っていた違和感。“何か”に思い悩む彼の姿に、助けになりたいとあの頃から思っていた。
穂乃果の心が折れたあの日も、希からそのことについて話を聞こうとしていたが、直後に起きた事件によって今まで聞けずにいた。
「……いや、そんなことはない。俺は――」
「だったら! どうして急にいなくなったんですか……!?」
彩牙の言葉を遮るように、声を荒げる海未。
テーブルがガタンと揺れ、カップの中身が波打ち、驚きの表情を浮かべる彩牙。
そこには瞳を潤ませている海未の姿があった。
「ひょっとしたら初めて会った時みたいになってるかもしれないって……どれだけ心配したと、思ってるんですか……!」
「海未……」
穂乃果の心が潰れ、これまで壊れることのなかった幼馴染三人の仲が大きく崩れた上、μ’sが瓦解してしまって皆との絆が崩れてしまった。
そんな中、突然姿を消してしまった彩牙。いくら気丈に振る舞っていようとも、その心中には不安が積み重なり、彩牙と対面したことでついにそれが決壊してしまったのだ。
そんな海未を前に、彩牙は静かに口を開いた。
「……すまない。俺は……」
一度そこで言葉を区切り、深く息を吸うと決意したように口を開いた。
「……俺には、資格がないんだ」
「資格……?」
「魔戒騎士としての資格が……俺にはない」
意を決したように話した彩牙の言葉を、海未はよく理解できなかった。
魔戒騎士の資格がないとは、どういうことなのだろうか。
海未の知る限り、彩牙は幾度も人々をホラーから守ってきたはずだ。自分も何度か助けてもらったし、この間だってμ’sの皆を助けてくれた。
確かにあの時の彩牙は恐ろしく感じるほど鬼気迫るものがあり、特に真姫やにこに至っては拒否感すら抱いていたが、それだけで資格がないと思うものだろうか……?
「わかりません……彩牙くんはこれまで私たちを守ってきてくれたじゃないですか。それなのに資格がないなんて……」
「人を殺していてもか?」
――え?
海未は今、彩牙が何を言ったのか理解できなかった。
人を殺した?誰が?――彩牙が?
「昔の記憶を少し思い出したんだ。そこで俺は、この手で人を……!」
そう語りながら険しい表情を浮かべ、自分を戒めるように血が滲む勢いで拳を握りしめる彩牙。
そんな彩牙を前に、海未は彼の言葉を理解できなかった。
――いや、正確には理解できないのではなく、それを受け入れることができなかったのだ。
彩牙が人を殺したなど、そんなことが――!
「……嘘、ですよね? だって、あなたはそんな人じゃ――!」
「嘘じゃない!! ……本当なんだ……!」
思わす声を荒げ、海未の言葉を遮る彩牙。奇しくも先程とは真逆の光景だった。
苦々しく表情を歪め、くるりと背中を向ける彩牙の姿に、海未はかける言葉が見つからなかった。
彼の抱える悩みの――苦しみの支えになりたいと、そう誓ったはずなのに。その実態を前に気圧され、何もできない自分が情けなく思った。
穂乃果の時と同じように――
「……わかっただろう?俺はもう、君と一緒にいない方がいい」
絞り出すように口にする彩牙を前に、海未は何も言うことができなかった。
*
「……本当に、これでよかったん?」
憂いのある表情を浮かべ、手付かずのティーカップを片付けながら語りかける希。
対する彩牙はマンションを後にする海未の姿を窓から見下ろしながら口を開いた。
「……ああ。人殺しの俺に、彼女といる資格はない」
「そんなことあらへんよ!彩牙くんは人殺しなんてする人やない! それに海未ちゃんの気持ちだって――」
「なら俺のこの記憶は何なんだ……!なぜ人を殺した光景が浮かび上がる……!」
「それは……」
思わず言葉に詰まる希。
オルトスから話を聞かされた時から、彼女は彩牙が人を殺めたということは信じていなかった。きっと何かの誤解なのだと、そう思っていた。
だが今、こうして彩牙と対面して、蘇った記憶に悩み苦しむ彼の姿を前にして、その思いは揺らぎ始めていた。
もしや本当に、記憶を失う前の彩牙は人を殺めてしまったのか――その考えを打ち払うように首を振り、話題を切り替えるように口を開いた。
「……これからどうするつもりなん?」
「……さあな……」
そう語る彩牙の背中は、どこまでも孤独なように見えていた。
だが希は、かける言葉が見つからない。彩牙を信じるという思いに疑いを抱いてしまった今、どんな言葉をかけてあげればいいのかわからなくなっていた。
**
「……それで?話って何?」
――いつものファストフード店。
そのテーブルの一つでドリンクを手に、訝しげに呟いたのは真姫だった。
そんな彼女とテーブルを挟んで向き合うのは凛と花陽。真姫に話があると呼び出した二人だったが、ドリンク片手に言い澱んでいるようだった。
「もしかしてアイドルの話? 前にも断ったけど私は――」
「ううん、違うの。そのことじゃないの」
真姫の言葉を否定しつつも、言葉にするのを迷っている様子の凛。
花陽が心配そうに見つめる中、しかし覚悟を決めたのか、手にしていたドリンクを一気に飲み干すとその勢いに任せるように口を開いた。
「凛ね、あれからもう一度考えたんだ。……希ちゃんや彩牙さん、魔戒騎士のことを」
その言葉に、真姫の眉がピクリと反応した。
彼女にとってその話題はあまり聞きたくないものだったからだ。
「真姫ちゃんやにこちゃんは彩牙さんに関わらない方がいいって言ってけどね、やっぱり凛にはそう思えないんだ」
「……それは何? 助けてもらった義理?」
「……うん、それもあるよ。彩牙さんが来なかったら凛も海未ちゃんもあの時、死んじゃってたかもしれないもん」
あの時――レギオンに攫われた時や、カミラに襲われた時、彩牙が助けに入らなければ彼女たちはこの世にいなかっただろう。そのことに恩義を感じている部分は確かにある。
でも、それだけではない。
「でもね、凛は思うんだ。凛たちを助けてくれた彩牙さんや希ちゃんは、一体誰が助けてくれるんだろう、誰が守ってくれるんだろうって」
独りで生きていられる人間などいない。
凛も花陽も、そして真姫も、誰かに助けられ、守られることで生きている。
しかし、人々をホラーから守る彩牙は、そして希は、一体誰が守ってくれるというのか。
自分たちを守ってくれる彼らが誰からも守られないというのは、あんまりな話ではないのか。
「だから凛は彩牙さんのことを嫌いになれないし、希ちゃんだって助けてあげなきゃって思うよ!今の希ちゃん、きっと寂しい思いしてるもん!」
あの日以来、希が楽しそうな表情をしているところを凛は見たことがない。
魔戒法師として戦っていることが明かされ、受け入れられず、メンバーとすれ違う希はどこか悲しげな雰囲気を纏っていた。
そんな姿を見続けるのは我慢ならなかった。友達がこれ以上苦しむ姿を見せつけられるのは嫌だったのだ。
「……わ、私も……凛ちゃんの言う通りだと思う。彩牙さんのこと、怖いって思っちゃったけど私たちを助けてくれようとしたわけだし、希ちゃんの選んだことも受け入れてあげなきゃって思うよ!」
凛に追従するように、花陽も自分の意見を――彩牙と希を受け入れるべきという意志を顕わにした。
元来心優しい花陽には、誰かを拒絶するなどということはできなかった。それが自分たちを助けてくれた相手や、大事な友達であるのなら尚更だ。
それに加えて、ホラーと戦う道を選んだ希が自分と重なって見えたからだ。勇気を出してμ’sに入る道を選んだ自分と、あの時自分の背中を押してくれた凛と真姫のように、彼女が選んだ道を受け入れてあげたいと思ったのだ。
そんな二人を前に、視線を落とした真姫は静かに口を開いた。
「……彩牙さんには関わるべきじゃない。私はこの考えを曲げるつもりはないわ」
それに対する真姫の答えは、無情にも変わることはなかった。
そう簡単に考えを変えることはできない。本心では友達思いだからこそ、危険な戦いを続ける彩牙には関わるべきではない。それだけは譲れない。
悲しげな表情を浮かべる二人の視線を浴びながら、「でも」と呟いた真姫は再び口を開いた。
「……希のこと、認めてあげなくちゃいけないのかもね」
「真姫ちゃん……!」
その言葉に、凛と花陽の表情は花が咲いたように明るくなった。
正直なところ、納得しきれている訳ではない。希にはすぐにでも戦いから身を引いてもらいたいというのが本音だ。
だけど希は既にホラーと戦う道を選んだのだ。おっとりしているように見えて、自分の選んだ答えは簡単には曲げない強かさを知っている。その反面で人との繋がりを誰よりも強く求め、その繋がりを守りたいと思っていることを真姫は知っている。“誰かさん”と同じ、面倒くさい人間であることを。
だからこそ、そんな希を自分たちが守ってあげなくてはいけないのだ。人一倍繋がりを求める彼女から、それを奪ってはいけないのだ。
納得できなくても、受け入れきれなくても、認められずに突き放してしまえば、きっと希は孤独に押し潰されてしまう。
大事な友達をそんな目に遭わせるわけにはいかなかった。
それに、穂乃果も――
「……あら?」
「絵里ちゃんと……にこちゃんから?」
その時、三人同時にスマートフォンが震えだした。
何事かと取り出してみると、そこに映し出されたのは以前も使ったボイスチャットの着信。絵里とにこからの呼び出しだった。
互いに顔を見合わせ、三人はボイスチャットのアプリを起動し、その着信に応じた。
**
「――そこまで」
――早朝、園田家の道場。
日舞の稽古の最中、手を叩いて海未の演舞を止める母。
だがその目は普段の厳しくも優しさを秘めたものとは違い、心の内を射抜くような鋭さが表れていた。
そんな視線を浴びながら海未は母の前に座り、俯きながら母の言葉を待った。
「海未さん、舞に精細さが欠けています。心に雑念があるようですね」
「……はい、申し訳ございません。私は――」
「――彩牙さんと穂乃果さんのことで悩んでいるのではなくて?」
自らの言葉を遮るように放たれたその言葉に、海未は思わず目を見開いて母を見つめた。
対する母は一片たりとも動じることなく、先程からと同じ心を射抜くような視線で静かに海未を見据えていた。
話してごらんなさい。と口にすることなく目で語りかける母に、海未は少しずつ口を開き始めた。
「……わからなくなってしまったのです」
神父に懺悔する信者のように、海未はゆっくりと語り始めた。
己の過去に直面し、アイデンティティを見失って悩み彷徨う彩牙と、己が招いてしまった事態に絶望し、心が潰れてしまった穂乃果。
苦悩と絶望の淵に立たされた大切な二人に何と言ってあげればいいのか、何をしてあげればいいのかわからなくなってしまったことを。
二人が抱える苦しみを理解しているからこそ、下手な励ましができなくなっていたのだ。
人を守ることを誇りにしていた彩牙の姿を知っていたからこそ、人を殺めたという記憶に苦しむ彼の苦悩を理解していた。自らが見出した夢を原動力に突き進んでいた穂乃果の姿を知っていたからこそ、その夢が原因で惨劇を招いてしまった彼女の絶望を知っていた。
もし自分が彼らの立場にあったら――そう考えただけで背筋が凍る感触を抱いたからこそ、海未はどうすればいいのかわからなくなっていた。
「――海未さん」
そんな思いを抱く海未の告白を、母は静かに受け止めた。
大事な友を救うための道を見失ってしまったという海未の前で、彼女はそう呟いて一呼吸入れると静かに、それでいて芯の通った声色で口を開いた。
「本当は、どうしたいかなんて決まっているのでしょう?」
その言葉に、海未は驚きの表情で母を見つめ返した。
母は穏やかな声と表情を崩さぬまま、言葉を続けた。
「お二人にかける言葉が見つからないのではなく、かけたい言葉はあるけどそれがお二人の助けになるのかわからない――違いますか?」
その言葉に、海未は息を呑んだ。
――図星だった。
そうだ。本当は言いたいことがあった。言ってあげたい言葉があった。
だけどそれが本当に二人のためになるのか、かつての彩牙の時のように逆に追い込んでしまうのではないか。
海未はそれを恐れていた。
「――大丈夫ですよ」
そんな海未の不安を打ち消すように、母は穏やかな微笑みを浮かべた。
「あなたは人を一番に思いやることのできる優しい子です。例え言葉が厳しいものであったとしても、そんなあなたの想いが相手に届かないことなどありません」
「そう……でしょうか、私は――」
「それに――」
「信じているのでしょう?彩牙さんも穂乃果さんも、必ず立ち直れることを」
その言葉に、海未はハッとした。
そう、どんな言葉をかけるべきか悩むということは、裏を返せば再び立ち直れることを信じていることだ。立ち直れないと思っているのなら、そもそもどうするべきかなど悩まない筈だ。
それに自分は知っていたはずだ。どんな困難を前にしても、挫けそうになっても、諦めずに立ち上がってきた穂乃果の姿を。
自分は決めたはずだ。彩牙を信じ、彼の支えになることを。今支えずして、一体いつ支えるというのか。
そんな決意を新たにした海未を前に、母は今一度問いかける。
「海未さん、道は見えましたか?」
「――はい!」
そう答えた海未の表情は、先程とは打って変わって力強い意志に溢れていた。
**
その日、海未は普段よりも少し早めに家を出た。
真っ先に彼女が向かったのは音ノ木坂――ではなく、小さい頃穂乃果たちと三人でよく遊んだ公園だった。
よく見知った、在りし日の思い出が蘇るその場所には先客がいた。
「――海未ちゃん」
「おはようございます、ことり」
そこにいたのはことりだった。
他でもない、海未が彼女を呼び出したのだ。話したいことがあったために――
「朝早くにすみません。ことり、聞いてほしいことが――」
「海未ちゃん! ことりのお話、聞いてくれる……?」
海未の言葉を遮るように、ことりが話を切り出してきた。
普段からは想像できない語気の強さと必死な表情を前に、海未は話の舵取りをことりに譲ることにした。
話したいことがあるのは、自分だけではなかったのだ。気を落ち着かせるように息を吐くと、ことりはゆっくりと口を開いた。
「……ことりね、あれからもう一度考えたんだ。穂乃果ちゃんになんて言えばいいのかなって、穂乃果ちゃんはなんて言うのかなって」
その言葉には聞き覚えがあった。
穂乃果の様子を見に行った帰りに会った時も、同じことを言って悩んでいたことを海未は覚えている。
「でもね、どれだけ考えても答えは見つからなかった。どうすればいいんだろうって考えたらどんどん行き詰っちゃったんだ」
「……それで、どうしたのですか?」
海未が尋ねると、ことりはそれまで話していたのが嘘のように押し黙った。
顔を俯かせ、表情が窺えない彼女の姿に哀しげな視線を向ける海未。
しかし――
「――“南さんの想いというのはその程度なのか”」
その言葉に、海未はことりに向けていた哀しげな視線を驚きのものに変えた。
元のは誰かの言葉だったのだろうその話し方には聞き覚えがあった。そう、今は彼女の下を離れている彼のものに――
気付けば顔を上げていたことりの表情は、絶望に打ちひしがれるそれではなく、かつての穂乃果や彼のような勇気に溢れていた。
「以前彩牙くんに言われたことを思い出したの、本当にやりたいことを簡単に諦めるなって」
ことりが思い出すのはアキバでの路上ライブの時だった。
ホラーに狙われ、ライブを中止しようかと考えた時、彩牙はやりたいと願うことをそう簡単に諦めるなと語った。
「それでもう一度考えたの。どうしたいんだろう、何がしたいんだろうって」
「……それで、どうしたいのですか?」
先程と同じような問いを、もう一度投げかける海未。
今度は顔を俯かせることもなく、ことりははっきりと言葉にした。
「――ことりは、穂乃果ちゃんと一緒にいたい。穂乃果ちゃんと、海未ちゃんと、みんなと一緒にスクールアイドルを続けたい!」
「ことり……」
「たとえ迷惑だとしてもいい、穂乃果ちゃんに嫌われたっていい! この気持ちは、想いは!誰かに決められたものじゃない、ことりだけのものだから!」
それは単純なこと。見方によればただの我儘のようにも見えるだろう。
だけど、これがことりのやりたいことなのだ。誰かに強制されたわけではない、嘘偽りのない彼女の願い。
――穂乃果と、皆と一緒にスクールアイドルを続けたい。例え否定されることがあろうとも、この想いだけは譲れない。
そんな思いの丈を叫んだことりを前に、海未は――
「……ふふっ」
「海未ちゃん……?」
思わず、笑みを零していた。
予想外の反応を目の当たりにして首を傾げることり。ひとしきり笑った後、笑い声を抑えきれぬまま海未は口を開いた。
「ごめんなさい、馬鹿にするつもりはないんです。ただ可笑しくて……」
「どういうこと?」
「だって、ことりも私と同じことを考えていたんですから」
その言葉に驚きの表情を浮かべることり。
そんな彼女の手を取り、海未は優しく語りかける。
「私も同じです。私も穂乃果やことりと、μ’sのみんなと一緒にスクールアイドルを続けたいのです」
それは海未の願い。
奇しくもことりが抱いていたものと同じ、単純で、それ故にどこまでも純粋な願い。
二人揃って同じ願いを抱いていたことが可笑しくて思わず笑みが零れる。それを語る海未の表情は、それを聞くことりの表情は、とても晴れやかなものだった。
「迷惑でもいいのです。穂乃果には迷惑をかけられっぱなしなのですから、偶には私たちが迷惑をかけてあげましょう」
「……うんっ!」
今一度、願いを叶えるために決意を新たにする二人。
それと同時に、二人のスマートフォンから着信音が鳴り響いた。揃って鳴り響いたことが気になり、スマートフォンを取りだして画面を覗き込む。
すると、二人の表情は段々と綻んでいった。
「……どうやら、私たちだけではないみたいですね」
***
海未「大切だから、大好きだから」
海未「離れたくないから、一緒にいたいから」
海未「だからこそ、私たちはこの言葉を送ります」
海未「次回、『友達』」
海未「友達だから、想いをぶつける時がある」
魔戒指南
『店長不在のため、誠に勝手ながら無期限休業とさせていただいております』