牙狼〈GARO〉 -女神ノ調べ-   作:らいどる

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第一部 決戦:後編

今回で第一部は区切りとなり、断章に当たる話を投稿してから第二部に入ります。
またしばらくお待たせすることになるとは思いますが、お楽しみいただければ幸いです。


第21話  暗黒

 

 

 

 

 

 

休日の音ノ木坂の廊下を、一人走る少女がいた。

それはこの学校の副会長・東條希。ここの生徒である彼女がいること自体は何もおかしくはなかったが、その姿は一生徒としては異彩なものだった。

 

第一に、彼女の服装は制服でも練習着でも、普通の私服でもない。紫色のコートにいささか露出の多い姿――魔法衣を纏っていたのだ。

そしてその表情は学校にいる女子高生にしてはあまりにも険しく、集燥に駆られたものを浮かべていた。

まるで、戦場に向かおうとしている戦士のように。

 

『……もう少し、近いですよ!』

 

「うん!」

 

その場に響き渡る、男性のような声。

何処から発せられたのかもわからない、金属音混じりのその声に希は全く動じることなく、当たり前のように返事をしていた。

 

彼女は走る。

友を助けるため、友を守るため。

友を呪縛から解放するために――

 

 

 

**

 

 

 

真っ直ぐ振り下ろされた牙狼剣は、その先にあるカゲロウの喉元に――

 

 

「――彩牙くんっ!! だめぇぇぇっ!!」

 

――突き刺さる直前で、ピタリと止められた。

その場に響き渡った第三者の叫びが、ガロの――彩牙の中から激情の熱を奪い去り、冷水を打ったように我に返る。

ガロの鎧が解除され、同時にカゲロウの鎧も解除される。そして顔を上げた彩牙の視線の先には、客席に縛られ、涙を浮かべ、悲痛な表情を向ける海未の姿があった。

 

「やめて……お願いだから、やめてください……」

 

涙と共に、ポロポロと懇願を呟く海未。

――自分は今、何をしていたのだろうか。

怒りと憎しみに支配され、あろうことか海未を理由に罪を重ねようとしていた。こんな有様を見せて、何が守りし者だというのか。

我に返った彩牙は己の所業に慄き、力なく海未の下へ歩み寄ろうとした。

 

 

「――いけない娘だ。あともう少しだったというのに」

 

しかし次の瞬間、彩牙の表情はまたも怒りで塗りつぶされた。

海未の隣に立つ闇法師が、彼女の肩をがしりと掴み、その首元に魔導筆を突きつけたのだ。

彩牙はすぐさま駆けつけようとするが、「動くな」と闇法師がそれを手で制する。

 

「貴様……海未を放せ!!」

 

「……いいぞ、その表情だ」

 

くつくつと、満足そうに頷く闇法師。

魔導筆を光らせ、いつでも海未の命を奪うことができると脅しをかけるその姿に、彩牙は激しい怒りと、手出しできない自分への憤りを抱いていた。

 

 

「さて、彼女を放してほしければ……わかっているな?」

 

「……何が望みだ……!」

 

「灰塵騎士を斬れ」

 

その言葉に、反射的に振り返る彩牙。

その視線の先には、床に倒れ伏し、こちらを射殺さんばかりに睨みつけるコテツの姿。

彩牙の視線が、意識が、海未とコテツの間を行き交う。

 

「何を躊躇う。その男は貴様だけでなくこの娘も手にかけようとしたのだぞ?その男がいなくなり、この娘も助かる。迷う理由なぞどこにある」

 

「っ…………!」

 

闇法師の誘いに、表情を歪ませる彩牙。

――少なくともつい先程まで、自分は正にそう信じてコテツと刃を交えたのだ。

それが魔戒騎士どころか人の道まで外れていることすらも、頭から転がり落ちて……

 

「元よりお前はこちら側の人間だ。その男の師を殺め、怒りに身を任せて剣を振るう……魔戒騎士と名乗るには程遠い、ホラーに近しい人間なのだ」

 

「ちがう、俺は……俺は……!」

 

「違わぬさ。くすんだ鎧がその証、血に汚れたお前は決して守りし者にはなれぬ」

 

「……!」

 

 

 

「さあ……その男を斬り、お前もこちらへ堕ちてくるがいい……」

 

闇法師の言葉が、誘惑が、水を濁らせる絵の具のように、罪に苛まれる彩牙の中に侵食していく。

――やるしかないのだ。

このまま躊躇っていては、海未は闇法師に殺されてしまう。コテツを放っていけばいつか海未に手をかける。

自分は既に両手を血に染めていたのだ。ならば今更もう一人斬ったところで何が変わるというのだ。

コテツを斬ってしまえば海未は助かるのだ、何を迷う必要があるのだ。

――そうだ。そのためなら闇に堕ちることくらい――

 

 

 

「……………なにを……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――何をいつまでもうじうじ迷っているのですかっ!!」

 

――その時。

凛とした叫び声が、辺り一面に響き渡った。

 

「………海未……!?」

 

その叫びに我を取り戻した彩牙。

振り返れば、そこには魔導筆を突きつけられながらも凛とした表情を崩さず、彩牙に檄を飛ばす海未の姿があった。

涙は流しているものの、そこには命を握られている恐怖も、堕ちかけていく彩牙への哀しみも感じさせてはいない。

あるのはただ、彩牙へとぶつける想いのみ。

 

「あなたがこれまで戦ってきたのは何のためですか! 罪滅ぼしのため?……違うでしょう!!」

 

「過去に人を殺した――それが何だというのです! たとえそれが真実だとしても、あなたがこれまでしてきたことは変わりません!」

 

「私を、みんなを、沢山の人々を守ってきた、守りたいから戦ってきた……! そんなあなたが闇の人間だ、魔戒騎士失格などと……悲劇のヒーロー気取りも大概にしなさい!!」

 

「誰かに許されなければ戦うこともできない……あなたはそんな人間ではないでしょう!」

 

それこそが、海未が彩牙に伝えたかった想い。

彩牙はこれまで、彼女を、皆を、多くの人々を守るために戦ってきた。たとえ人を殺したことが事実だとしてもそれだけは揺るがない。

罪を犯した者が人を守ってはいけないなどとと誰が決めた。人を守る資格などどこにあるのだ。

――許されることが無くても、人を守っていいではないか。

そんな想いと共に、海未は叫ぶ。

 

「立ち上がりなさい!村雨彩牙!! 黄金騎士ガロともあろう者が――」

 

 

 

 

 

「“私たち”たった二人を、守れずしてどうするのですか!!」

 

海未の檄が、言葉が、想いが、彩牙の中に染み渡っていく。

その澄み切った想いは、泥のように澱んだ彩牙の迷いに差し込んでいく。

さながら、暗闇の夜を照らす月の光のように――

 

 

「まったく、野暮な真似をする娘だ」

 

「あうっ……!」

 

そんな海未の頭を乱暴に掴み、魔導筆を首筋に突きつける闇法師。

魔導筆の先端に灯る光が、彼女の白い肌をじりじりと焼いていく。

だが肌を焦がし、焼かれる痛みを前にしても、海未は凛とした表情を崩さず、彩牙へ向ける視線を少しも揺るがせることはなかった。

その瞳を、彩牙は真正面から受け止める。

――不思議と、心の中は落ち着いたままだった。

 

「さあ、このままこの娘を血の色に染め上げてもいいのか?」

 

彩牙は、手の中の魔戒剣を力強く握りしめた。

そしてその視線は、闇法師に頭を掴まれこちらを見下ろす海未の視線とぶつかりあう。

互いの視線が交差する中、彩牙は静かに口を開いた。

 

「――海未、俺を信じてくれるか」

 

「―――はい……!」

 

『何を』と尋ねることもなく、彩牙の言葉に迷うことなく頷く海未。

それを見届け、深呼吸した彩牙は――

 

 

 

 

 

 

 

握りしめた魔戒剣を、闇法師と海未目掛け、全力で投擲した。

 

「―――――ッ!?」

 

その瞬間、闇法師は驚愕に包まれた。

渾身の力を籠めて放たれた魔戒剣は山のような軌道を描き、弾丸の如き勢いで迫りくる。

咄嗟に魔導筆を握る腕を海未から引っ込めたと同時に、闇法師と海未の間に魔戒剣が轟音と共に突き刺さった。その様はまるで地に落ちた雷のようだった。

そしてその直後、闇法師の瞳に映ったのは、魔戒剣を投擲した直後に距離を詰め、拳を振りかぶる彩牙の姿だった。

 

「ウゥゥオォォォォォッ!!」

 

咆哮と共に放たれた拳は、虚を突かれた闇法師の身体へと確かに叩き込まれ、その身を海未の傍から叩き飛ばした。

そして入れ替わるように海未の傍へと立った彩牙は、彼女を縛る鎖を斬り払い、その身体を抱き起した。

彩牙の瞳に、涙を浮かべながらも満面の笑みを浮かべた海未の表情が写りこむ。

 

「……すまなかった、海未。不甲斐ないところを見せてしまったな」

 

「いいえ、信じていましたから。彩牙くんなら必ず、また立ち上がることができると」

 

「……ありがとう」

 

思わず笑みを零し、表情を綻ばせる彩牙。

互いに憑き物が落ちたような表情で見つめあう彩牙と海未。そして静かに瞼を閉じ、深く息を吸い、再び顔を上げた彩牙の表情は鋭いものへと変わり、海未の身体を庇うように彼女の前へと立った。

向かう先には、体勢を立て直した闇法師――

 

「もう、迷いませんね?」

 

「ああ、覚悟は決めた」

 

(ま、惚れた女にあそこまで言われちゃ立ち直らずにはいられんだろうさ)

 

(……そうだな、その通りだ)

 

ザルバとの念話に頷き、闇法師をまっすぐ見据える彩牙。

その瞳に、迷いは一片たりとも浮かんではいなかった。

 

「……確かにお前の言う通り、俺は過去に人を殺め、両手を血で染めたのかもしれない。俺に魔戒騎士の資格はない……それも正しいのかもしれない」

 

「だが俺は戦う。例え騎士の資格がなくても、罪に穢れても、罵られることがあっても、俺は魔戒騎士であることをやめない」

 

「贖罪のためじゃない。誰が何と言おうとも、人々の命を、明日を、夢を守るため、大切な人を守るために戦う!なぜなら俺は……」

 

魔戒剣を天に掲げ、円を描く。

黄金の輪から差し込む光が、彩牙の全身を包み込む――!

 

 

 

『――俺は守りし者……黄金騎士・ガロだ!!』

 

迷いなく、高らかに宣言する彩牙――否、黄金騎士ガロ。

その背を見つめる海未は見た。

見間違いか、目の錯覚か――しかし彼女の瞳は確かにそれを捉えたのだ。

 

 

――くすんだ金色をしていたガロの鎧が一瞬、だが確かに――澄んだ輝きを放っていたことを。

 

 

 

それと同時に、彩牙の脳裏にある光景が過った。

コテツの師を殺める瞬間の記憶――その光景がノイズと共に消えていく様を。

それと代わるように、ある光景が浮かび上がってくる。

ガロとは異なる鎧を纏う自分、突き飛ばされる自分の身体。入れ替わるように斬り捨てられ、崩れ落ちていく白い魔法衣の男。絶叫と共に届かぬ手を伸ばす自分。

そしてそれを闇の中から見下ろす、見覚えがあるような男の姿――

 

 

 

「……当てが外れたか。だが――」

 

幻滅したかのような闇法師の呟きに引き戻されるガロの意識。

それと同時にガロの背後に現れる気配――いや、殺気。

その正体は――

 

『――村雨彩牙ァァァ!!』

 

カゲロウの鎧を纏ったコテツが、ガロに斬りかかったのだ

だがその様子は明らかに異常な姿だった。獣のような息吹を上げ、赤い瞳はまるで血が沸騰しているかのようにギラギラと燃え上がっている。そしてそれに呼応するかのように、首元のゾルバの瞳は赤く輝き、その身から発せられる赤黒いオーラがカゲロウの全身を包んでいたのだ。

その姿を目の当たりにしたザルバは、驚いたように口を開いた。

 

『こいつは……そうか、そういうことか! あれはゾルバじゃない、そっくりに作られた魔導具だ!』

 

『なんだと!?』

 

『あれは身に着けた者の怒りや憎しみを増幅させる魔導具だ!陰我を呼び寄せてしまうような禁じられたシロモノだぞ!』

 

振り下ろされた灰塵剣を牙狼剣で受け止める中、ガロは思案する。

コテツが己へ向けていた異常なまでの殺意は間違いなくこれが原因だ。元々抱いていた疑惑や怒りが魔導具によって際限なく高められ、確信と殺意に昇華されていたのだ。

そしてこんなことを仕組んだのは、今この状況を見てほくそ笑んでいるであろうあの男――闇法師しかいない。

 

『ウゥゥゥゥゥガアァァァァァァァァッ!!』

 

『っ……! こ、のっ……!!』

 

とはいえ、まずはこの状況を何とかしなくてはならない。

魔導具によって完全に理性のタガが外されたのか、灰塵剣に籠められる力はどんどん増していき、圧し潰されかねない勢いだ。

受け流そうにも自分の背中には海未がいる。そんなことをすればどうなるかは火を見るよりも明らかだ。

かといって鎧を纏った今では、彼女を抱えて跳ぶこともできない。

一体どのようにしてこの場を切り抜けるか――

 

 

 

 

 

 

「――彩牙くん!!」

 

ガラスが砕けるような音と共に響いた、自らを呼ぶ声。

その瞬間、カゲロウの腕に巻き付いた、淡い紫色の光の鞭。

それはすぐに解かれてしまったが、灰塵剣に籠める力に確かな隙が生まれた。

その隙を見逃さず、牙狼剣で灰塵剣を斬り払う。がら空きとなったカゲロウの胴体に、ガロの拳が叩き込まれる。

一切の容赦なく放たれた拳に、カゲロウの身体はくの字に曲げられる。呻くように息を吐くと共に鎧は解除され、コテツの姿が露になる。

 

その時、ガロの横を乱入者が通り過ぎた。それはガロ、そして海未もよく知る人物だった。

紫を基調とした、少々露出が多い魔法衣に身を包んだ少女――東條希だ。

彼女はコテツの目の前に辿りつくと、首元のゾルバにそっくりな魔導具目掛け、あるモノを叩きつけた。

 

 

『――コテツ!そのような紛い物に惑わされてどうするのですか!!』

 

それは――正真正銘、本物の魔導具ゾルバだった。

ゾルバが彼を模した魔導具に触れた瞬間、彼の口から赤い魔導火が溢れ出し、魔導具の中へと吸い込まれていく。

すると魔導具の全体に亀裂が走り、内部から焼き尽くされたかのように砕け散ったのだった。

 

「っ――――――、ぁ……!」

 

その瞬間、がくりと糸が切れたかのように崩れ落ちるコテツ。

魔導具の支配から逃れ、意識を失った彼の首元には、彼の相棒である魔導具ゾルバが元通りに鎮座していた。

 

それと同時に、ガロの瞳にあるモノが映りこんだ。

こちらをつまらなそうに見下ろし、魔導筆を操る闇法師の姿だ。

それを目にした瞬間、ガロは即座に動いた。

 

『希!二人を頼む!!』

 

「うん!!」

 

闇法師の下へ、観客席の中を駆け上がっていくガロ。

それと同時に闇法師の術が発動し、魔導筆で描かれた陣から無数の光の矢が放たれる。

それらを牙狼剣で斬り払い、勢いを止めることなく駆けていくガロ。打ち漏らした矢も、希が張った防壁によって防がれ、海未とコテツに届くことはなかった。

 

駆け上がり、ガロは一気に距離を詰めるべく椅子を蹴り、宙に高く跳びあがった。

そして牙狼剣を振り上げると、咆哮をあげ、落下のスピードに乗せて闇法師へと振り下ろす――!

迫りくるガロと牙狼剣を前に、闇法師は海未と希とコテツ、そしてガロの姿を一瞥すると、静かに呟いた。

 

 

 

「潮時か」

 

その直後、闇法師に振り下ろされた牙狼剣。

その衝撃は暴風となり、劇場中に吹き荒れる。

あまりの風圧に身体を背ける海未と希。そして衝撃が収まった時、彼女たちが目にしたのは――

 

 

 

 

 

闇法師の寸前で牙狼剣を止められていた、ガロの姿だった。

 

『なっ……!? なぜだ……何故あなたが……!?』

 

牙狼剣を止めたのは、術を発動した魔導筆――ではなかった。

それはソウルメタルで作られた、魔獣を打ち倒すべき牙――魔戒剣。

ガロにも見覚えがあるその魔戒剣を握る闇法師は、先程の風圧で深く被っていたフードがめくり上げられていた。

フードの下に隠され、露になったその素顔。その正体は――

 

 

 

 

 

 

『どういうことなんだ――“大和さん”!!』

 

――元老院付きの魔戒騎士、鬼戸大和だった。

 

ガロの慟哭にも近い問いかけを前に、彼は眉一つ動かすことはなかった。そして牙狼剣を受け止めていた魔戒剣を斬り払い、ガロの身体ごと弾き飛ばした。

弾き飛ばされ、宙で姿勢を直し、着地するガロ。

鎧越しでも戸惑いを隠せない彼に向け、大和は静かに口を開いた。

 

「わからんか?見ての通り、全て私が仕組んだことだよ。この街にゲートをばら撒いたのも、コテツに魔導具を取りつけたのも、その娘を攫ったのも全て、な」

 

『なんだと……!』

 

「……やっぱり、本当に大和さんやったんですね」

 

「ふ……そうか、オルトスの差し金か。気付かれるのが思ったより早かったな。 ……となると、“見た”のだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私がコテツの師――零士を殺した瞬間をな」

 

『なっ……!』

 

なんてことの無いように言い放たれた衝撃の事実に、言葉を失うガロ。

視線を希に移すと、彼女はコクリと頷き、険しい表情のまま口を開いた。

 

「……ウチが見せられた映像は、大和さんがでっち上げた偽物やったんよ。それに気づいたオルトスさんからの指令で大和さんの家を調べたら……」

 

――見つかったのだ。

大和がコテツの師を殺めたという、本物の記録を収めた魔導具を。大和に囚われていた魔導具ゾルバを。

そしてゾルバの導きにより、彼女はこの場に来ることができたのだ。

 

「偽りの記憶も仕込んで上手くやっていたところだったが……やれやれ、こんな形で破綻するとはな」

 

可笑しくてたまらないのか、邪悪な含み笑いを零す大和。

自分たちの記憶の中とはまるで異なる彼の姿に戸惑いを抱き、大和が本当に闇法師の正体であることを余儀なく実感させられる。

そして同時に……怒りの炎が沸き上がる。

 

『……なぜだ。何故あなたほどの騎士がこんなことをする!! 俺に魔戒騎士の在り方を語ったことも、希に法師としての稽古をつけたことも……俺たちを助け、共に戦ってきたことも!全て嘘だったというのか!!』

 

それでも、信じたくなかったのだ。

海未の命を救うために力を貸すと誓ったこと、コテツと戦った際に仲裁に入ったこと、希に法としての道を諭し、彼女に稽古をつけたこと。そして――共に戦い、時に自分たちの命を救ってくれたこと。

その全てが嘘だったなど――

 

「……忘れたのか?私は確かに言ったぞ。

 

 

 

 

 

 

 ――人間に守る価値などない、とな」

 

『………!!』

 

――それが、答えだった。

正真正銘、大和はとうに闇に堕ちてしまっていたのだ。

初めて顔を合わせた時から――いや、それ以前から。大和は人間を憎み、守りし者の使命を放棄していたのだ。

優秀な魔戒騎士としての顔を見せていた裏で、街中にホラーを放ち、人々の命を――!

 

 

 

『………ふざけるな! あなたの――いや、貴様のせいで一体どれだけの人が犠牲になったと思っている!守るべき人々をホラーに売り渡す……魔戒騎士を名乗る資格がないのは貴様の方だ!!』

 

「ならば、どうするというのだ?」

 

『貴様の狂った陰我、今ここで俺が断つ!たとえ貴様を斬ることになっても!!』

 

咆哮と共に、大和に向かって駆け出すガロ。

距離を詰め、その手に握る牙狼剣を――怒りの刃を掲げ、人々を苦しめる邪悪へと振り下ろす。

だが迫りくるガロ、そして牙狼剣を前にしても、大和は微塵も悠然とした態度を崩すことはなかった。

 

「いいだろう。我が真の力、その一端を見せてやろう」

 

そう呟くと同時に魔戒剣で床を叩き、イブの鎧を召喚する大和。

波紋のように広がった光の輪から鎧のパーツが飛び出し、大和の全身に纏われていく。

海のように蒼く輝くイブの鎧――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――その全身に亀裂が走り、膨大な闇が噴き出すと同時に砕け散った。

 

『なにっ!?』

 

爆発したかの如く噴き出した闇の勢いと飛び散った鎧の破片を前に、ガロの脚はその場に縫い付けられた。

鎧を纏っても尚、吹き飛ばされぬように足腰に力を入れ、踏み留まるので精一杯だった。同様に希もまた、海未と意識を失ったコテツを守るため、防壁を張って耐えていた。

 

『――小僧!!』

 

ザルバの声に反応できたのは、幸運としか言えなかった。

闇の中から突如放たれた、重く鋭い一撃。それを咄嗟に翳した牙狼剣で受けることができなければ、身体を吹き飛ばされていただけでは済まなかっただろう。

海未と希の悲鳴と心配そうな眼差しを浴びる中、ガロは油断なく闇の中を見据えた。

――そして闇の勢いが収まり、晴れた先に佇むモノの姿が露になった。

 

『――っ!? あれは……!』

 

それは、彼らが知るイブの鎧とは似て非なるものだった。

所々かつての姿を思わせる部分はあるものの、全く異なる姿をしていた。

海のように蒼く荘厳な鎧は、一点の光も届かない深海のようなどす黒く禍々しい漆黒の鎧に。澄んでいた金の瞳は、濁りきった輝きのない金に。手にしていた音叉のような大剣――波紋剣は、歪で禍々しい形状の二又の大剣――暗黒剣に。

そして、その身を形作るソウルメタルは反転し、生物的な質感の闇の金属――デスメタルへと変貌していた。

 

それは魔戒騎士でありながら、魔戒騎士に非ずモノ。

闇に堕ちた騎士の象徴。闇に魂を売った騎士の為れの果て。

それは最早、波紋騎士イブではない。

その真の名は――

 

 

 

 

――暗黒騎士・威武(イブ)!!

 

 

『――っ! なっ……!』

 

それは一瞬のことだった。

瞬きをする間もなく、まるで瞬間移動のようにガロの目前へと距離を詰めたイブ。

想像を絶するスピードを前に反応が遅れたガロの胴体に、暗黒のオーラを纏ったイブの拳が叩き込まれた。

 

殴り飛ばされたガロの身体は観客席の椅子を幾つも貫き、粉砕していき、やがて舞台の真ん中へと叩きつけられた。

辺りに椅子の残骸が散らばる中、ガロはふらつきながらも立ち上がる。その先には、悠然としながら歩み寄ってくるイブの姿があった。

 

『どうした?私を斬るのではなかったのか?』

 

『っ……! だま…れっ……!!』

 

牙狼剣を強く握りしめ、斬りかかるガロ。

だがイブはそれを暗黒剣で受け止める――までもなく、軽く払った程度でガロの身体ごと弾き飛ばしたのだった。

よろめき、姿勢を正し、再度斬りかかるガロ。しかし何度やっても、その刃がイブに届くことはなかった。

 

『……足りん。 その程度では全く足りんぞっ!!』

 

『ぐっ――!!』

 

身体に纏っていた暗黒のオーラを、爆発したかのように噴き出すイブ。

爆風の如きそれを真正面から受けたガロは身体を大きく崩し、どうにか姿勢を持ち直そうとするので精一杯だった。

――故に、反応が遅れた。

暗黒の爆心地から突き放たれた暗黒剣の切っ先が、ガロの肩を貫いたのだ。

 

『ぐああああぁぁぁぁぁっ!!』

 

「彩牙くん!!」

 

肩を貫かれたガロの絶叫が、辺り一面に響き渡る。

暗黒の噴出が収まり、その姿を露にしたイブは手にした暗黒剣でガロの身体を持ち上げる。

宙に吊られたガロ。その足元に鮮血が滴り落ちる姿に、海未は叫ばずにはいられなかった。

 

『弱いな……その程度の力で私に勝つつもりだったのか?』

 

暗黒剣を握る力が強くなり、その刃はガロの肩に更に深く沈んでいく。

 

『人間を守る――そのようなことに固執しているようでは、未来永劫私には勝てぬ!』

 

『ぐうぅっ!!』

 

『今からでも遅くはない、こちら側に来い。下らぬ使命など捨て、大いなる力と共に人間どもを滅ぼすのだ! お前にはその資質がある……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「――下らなくなど、ありません!!」

 

辺り一面に響いた、凛とした叫び声。

その場にいた全員が、その声の主へと視線を向ける。そこには防壁を張る希を押し退けるかのような勢いで身を乗り出す海未の姿があった。

彼女はイブの禍々しき姿と暗黒のオーラ、邪気に染まったその眼差しに臆することなく叫ぶ。

 

「人を守ることのどこが下らないというのですか! たとえ迷いに囚われても、復讐に囚われても、堕ちかけても、彩牙くんたちは人を守ることを忘れたりはしなかった!」

 

――そう。

彩牙が罪の意識に囚われた時も。

希が己の進む道を迷った時も。

コテツが復讐に囚われた時も。

その形が変わることがあっても、彼らは決して人を守ることを忘れようとはしなかった。

それができたのは――

 

「みんなを、大切な人たちを守りたいと思っていたから……! 本当に下らないのはその想いを忘れ、人を滅ぼそうとするあなた自身です!!」

 

 

 

 

 

『……そうだ、その通りだ』

 

海未の思いの丈を受け、呻きながらも呟くガロ。

彼は自らを貫く暗黒剣の刃を握りしめると、渾身の力を籠め始める。

イブは少しずつ動くガロの身体に暗黒剣を深く沈ませようとするが、その刃は微動だにしなかった。

 

『俺たちの力は……人々を守るためのものだ! それを忘れるどころか、人を滅ぼそうとする力などに、何の意味がある!!』

 

『ぬ――!』

 

『俺は貴様を倒す! 人々の命と明日を守るために――俺自身の誇りにかけて!!』

 

その瞬間、ガロの身体が強く輝き、貫いていた暗黒剣を一気に引き抜いた。

よろけるイブの身体に、すかさず叩き込まれるガロの鉄拳。

殴り飛ばされ、姿勢を正すイブの瞳に映ったもの。それは緑の瞳でこちらを睨み、見据えるガロ。

 

その姿は――透き通るような黄金の輝きが、鼓動するかのように点滅していた。

 

『ならば証明してみせよ! 貴様の言う使命とやらが真に価値あるものか!!』

 

その言葉と同時に一瞬で間合いを詰め、暗黒剣を振るうイブ。

対するガロも待ち構えていたかのように牙狼剣を振るい、二振りの剣がぶつかり合う。

そのエネルギーは金色と闇色の衝撃波となり、辺り一面に襲い掛かる。

 

「っ……! 海未ちゃん!ウチから離れたらあかんよ!!」

 

「は、はい!」

 

それは戦いを見届ける海未と希にも例外なく襲い掛かる。

吹き飛ばされないようにと必死で踏み止まるが、もし希が防壁を張っていなかったらそれだけでは済まなかっただろう。それだけのエネルギーが、戦いの中心にはあった。

――それ故に、そちらに注意が向いていたために気付かなかった。

 

彼女たちの後ろから、コテツの姿が消えていたことに。

 

 

 

ぶつかり合っていた牙狼剣と暗黒剣は、弾かれるように離れ、そしてまた一度、二度と剣戟を繰り返す。

そのたびに衝撃波が発生し、互いの身体を内側から破壊せんとばかりに襲い掛かる。戦いの中心――発生源だからこそ、その影響もこの場の誰よりも大きかった。

剣を打ち合うたびに発生する闇色の衝撃波が肩の傷口にぶつかる度に、燃え上がるような熱と激痛がガロの――彩牙の脳に襲い掛かる。

だが痛みに悶える暇も、気を失うような余裕もない。傷口の熱よりも、この胸の内に灯った炎の方が、何倍も熱く燃え滾っているのだから――!

 

『オオオォォォォォォォッ!!』

 

『ム――!』

 

咆哮と共に振るわれた牙狼剣が、暗黒剣を大きく弾く。

がら空きとなったイブの身体にすかさずガロの蹴りが叩き込まれ、その身を大きく吹き飛ばした。

宙で身体を捻って姿勢を直し、危なげなく着地するイブ。そこに追撃を仕掛けたガロが飛び込み、牙狼剣を振り下ろす。

一撃、二撃、三撃と、次々に振り下ろされる牙狼剣は途切れることなく暗黒剣へ叩き込まれる。その怒涛の連撃にダメ押しを加えるべく、牙狼剣を大きく振り上げ、渾身の力と共に一気に振り下ろす―――!

 

『――甘いわぁっ!!』

 

しかしイブ――鬼戸大和は、かつては長い間戦い続けてきた優秀な魔戒騎士だった男だ。

牙狼剣が振り下ろされる瞬間、腕の甲で暗黒剣の刀身を強く擦り合わせると、闇色の炎をその刀身に纏わせた。

 

――烈火炎装だ。

闇色の魔導火は瞬く間に暗黒剣からイブの全身に広がり、その炎の灯りは漆黒の鎧をより禍々しい姿へと浮かび上がらせる。

そして魔導火を纏った暗黒剣の斬撃は、牙狼剣を振り下ろすガロへと容赦なく叩きこまれ、その身を大きく吹き飛ばした。

 

吹き飛ばされ、背中から床に叩きつけられるガロ。

すぐに起き上がろうとするも、一瞬で距離を詰めたイブによって両肩を踏み抑えられ、床に縫い付けられる。

そして魔導火を纏った暗黒剣の切っ先を、ガロの顔面目掛けて容赦なく振り下ろした。

 

『っ――!』

 

首を捻り、間一髪のところで暗黒剣を躱したガロ。

だが当然その一突きだけで終わることはなく、イブは暗黒剣を引き上げると、何度もガロの顔面目掛けて振り下ろす。

息をつく間もなく迫るそれらを寸でのところで躱し続けるガロ。このままではいずれ限界が訪れ、顔面を貫かれると同時にその身を魔導火で焼き尽くされてしまう。

そんな危機感を抱いたガロは、辛うじて自由だった脚を思い切り蹴り上げ、がら空きとなっているイブの背中に叩き込もうとする。

 

『な――!?』

 

しかし、イブはそれを読んでいた。

視線を向けることなく、背中に迫っていたガロの脚を難なく掴み取ったのだ。

それに驚く間を与えられることもなく吊り上げられ、そのまま宙へと投げ飛ばされるガロ。

そして隙だらけとなったその身体へと、イブの振るう暗黒剣が迫りくる。

――身を捩って姿勢を直すことも、牙狼剣を振るうことも間に合わない。海未と希の悲鳴が聞こえる。

このままガロは暗黒剣によって斬り裂かれ、その身は闇色の魔導火によって焼き尽くされてしまうことだろう。

 

 

 

 

 

 

――そう、“このまま”ならば。

 

『ム、グッ―――!?』

 

突如、イブの背中に走る衝撃と痛み。

何かが刺さったかのようなそれを受け、振り返るイブ。その視線の先には自らの背に突き刺さる一振りの剣があった。

ブーメランのような形状をした、灰色の剣を握るのは一人の騎士。炎の意匠を有する、灰色の狼の鎧を纏った騎士。

燃える炎のような赤い瞳には正気の色が浮かび上がり、まっすぐにイブを見据えていた。

 

『……テメェ、よくも今まで人のことを好き勝手にやってくれたな!!』

 

魔導具の呪縛から解き放たれ、正気を取り戻したコテツ――灰塵騎士カゲロウの姿がそこにあった。

 

『――猪口才な!』

 

『ぐうぅあぁぁぁっ!!』

 

苛立ち混じりの雄叫びと共に振るわれるイブの腕。そこからバーナーの如き勢いで放たれた闇色の魔導火が、カゲロウの身体を吹き飛ばす。

魔導火に包まれ、鎧ごと身を焼かれながら床を転がるカゲロウ。うつ伏せに倒れ伏し、鎧が解除されて火傷を負ったコテツの姿が露になる。

都合のいいように操られ、そこから解放されるも奇襲が呆気なく破られ、仇に一矢報いることもできずに返り討ちにあったコテツ。

哀れとも言える彼の姿を見下ろすイブだが、その瞬間気付いた。

 

 

 

――うつ伏せになったコテツの口元が、僅かに吊り上がったことに。

 

 

 

気付いた時には遅かった。

再度振り返ったイブの瞳に映ったのは、コテツが稼いだ時間により体勢を立て直したガロの姿。

腰を深く落とし、ぐぐぐと膝を折るその姿は、まるで力を溜めこむバネの様。

そしてその例えに違いなく、溜め込んだ力を一気に解き放つ――!

 

『ウウゥゥオオオォォォォォッ!!』

 

咆哮と共に弾丸の如く飛び出したガロ。

その手にまっすぐ構える牙狼剣はまるで弾丸の先端のように、勢いに乗せてイブの左肩を貫いた――!

 

『ぐっ―――!』

 

鎧を、肉を、骨を貫かれ、夥しい血を流すイブ。

左肩から先の感覚が薄れていく中でもイブは僅かに仰け反るだけで、その脚は強く踏み止まっていた。

この程度の負傷、かつての頃から幾度となく経験しているのだから。

 

『う、おっ……!!』

 

イブの身体の奥底から放たれた闇の波動。

猛烈な勢いのそれはガロの身体を仰け反らせ、イブの身体を貫く牙狼剣すらもその身から押し出すほどのものだった。

そしてがら空きとなったガロの胴体に右手を押し当てたイブは、零距離で闇の波動を叩き込むのだった。

 

吹き飛ばされ、床を転がるガロ。

勢いが収まり再び立ち上がるも、零距離で受けたダメージは体の内側まで深く侵食しており、鎧が解除されて満身創痍の彩牙の姿が露になる。だがその瞳から未だ闘志は失われていなかった。

同じように立ち上がったコテツもまた、力強い目でイブを睨み、魔戒剣を構えている。

 

そして最後に、イブの鎧が解除されて大和の姿が露になる。

牙狼剣に貫かれた左肩は夥しい血で赤く染まり、力なく垂れ下がった左腕の指先からは血がポタリと滴り落ちていた。

自らのその姿、彩牙、コテツ、希、そして海未を無感情な視線で一瞥すると静かに口を開いた。

 

「少し、遊び過ぎたようだな」

 

そう呟くと同時に魔導筆を携え、空を切るように撫でると、大和の背後に裂け目が出現した。

その先は真っ暗な空間が覗いており、どこに繋がっているのか定かではないが、その意図だけはこの場の全員が理解した。

 

「逃げる気か!」

 

「させるか!」

 

撤退を阻止すべく駆け出す彩牙とコテツだが、大和は慌てることなくゆったりと堂々とした動きで裂け目の中に入りこんでいく。

そして振り返ると、彩牙と――海未を一瞥し、不敵な笑みを浮かべた。

 

「そう急くな。お前たちとの戦いに相応しい舞台は別に用意する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――女神の調べが響く時、また会おうではないか」

 

その言葉を最後に大和の姿は裂け目の向こうへと消え、裂け目はファスナーのように閉じられた。間に合わなかった彩牙とコテツは、共に苦虫を噛み潰したような表情で舌打ちをするのだった。

それと同時に術者が消えたことにより結界がその姿を保てなくなり、劇場のようなその空間は崩れていく。

そうして露になった現実の世界は海未や希にとって見慣れた景色――音ノ木坂の講堂だった。

 

「……戻ったの……ですか?」

 

「……そうみたいやね」

 

戸惑うように辺りを見つめ、ほっと息をつく海未。

自分が知っている場所というのは、それだけで心が落ち着くものだ。あのような劇場に似た異常な空間にいるよりは何倍も良いし、日常に帰ってこれたという安心感を抱く。

 

 

「くそっ……」

 

形はどうあれ戦いが終わり、魔戒剣を鞘に納める彩牙。

その視線は、同じように鞘に納めるコテツへと向けられる。コテツもまた、サングラス越しの視線を彩牙へと向ける。

向かい合う二人の騎士。その間には沈黙が走っているが、先の結界の中でのような怒りと殺意に満ちた空気ではなくなっていた。

やがて、その胸に何を思ったのか、コテツが背を向けて講堂を後にする。彩牙はその背中から目を離すことなく見つめ続け、そして言葉をかけることもなかった。

希や海未は何か言いたげな視線を向けていたが――言葉をかけてはいけない気がすると、彩牙は思った。

 

確かにコテツは彩牙へと並々ならぬ憎悪と殺意を向け、彼を殺そうとした。

だがそれは殺された師の仇を取りたいが故だった。それが勘違いで、しかも思考を誘導された結果であり、あまつさえ魔導具に良いように操られていたとあっては。

コテツの心を占める絶望と後悔は、如何ほどであろうか――

 

 

 

 

 

「――こっちだよ!」

 

「さっきの凄い音、まさか希……!?」

 

コテツが立ち去ったのと入れ替わりに、講堂の外から響いてきた声。

扉が開け放たれ、雪崩れ込むように足を踏み入れたのは海未と希を除いたμ’sのメンバー。

彼女たちは講堂の中を見回し、希と彩牙、そして海未の姿を視界に収めると、一斉に駆け出した。

満面の笑みと、涙を浮かべながら――

 

「――海未ちゃぁぁぁぁん! 無事でよかったよぉ!!」

 

「大丈夫!? どこも怪我してない!?」

 

「大丈夫ですよ。二人とも、心配かけましたね」

 

真っ先に駆けつけた穂乃果とことりが、海未に思い切り抱き着いた。

涙が溢れ、顔がくしゃくしゃに歪むが、二人はそれを隠そうとしなかった。

希から話を聞いた時、二人の頭の中には絶望の二文字が浮かび上がった。二人ともホラーに襲われた経験があり、穂乃果に至っては憑りつかれて利用されたのだから連れ去られたことが何を意味するのかは身を持って知っていた。

それ故に海未が無事に戻ってきたことは、彼女たちの胸中に溢れんばかりの歓喜をもたらしたのだ。

海未はそんな二人の幼馴染を優しく抱きとめ、微笑んだ。

 

 

「希……おかえりなさい」

 

「……うん、ただいま」

 

絵里は涙を掬い上げながら、希を迎えた。

――帰ってきた。

希は確かに約束を果たし、帰ってきたのだ。海未を助け、自分たちの――μ’sの下に。

それだけでいい。それだけで――絵里の心は晴れ渡っていた。

二人は、互いの手を固く握り合った。

 

 

「………」

 

そして彩牙と、にこと真姫の間には沈黙が流れていた。

気まずそうな複雑な表情を浮かべ、視線を僅かにそらすにこと真姫と、そんな二人から目を離さずにじっと見つめる彩牙。

微かな緊張が互い中に走る中、彩牙は――

 

「――すまなかった」

 

深々と、そして一切の淀みもなく、頭を下げていた。

 

「今回、海未が攫われたことは俺の責任だ。俺が不甲斐ないばかりに彼女を危険な目に遭わせてしまった。 許してほしいなどは言わない――すまなかった」

 

そうして言葉を締め、頭を下げたまま微動だにしない彩牙を、にこと真姫は動揺を隠せない表情で見つめていた。

関わるべきではないと評した男の姿から、先程とは違い視線を外すことができなかった。

 

「真姫ちゃん」

 

「にこちゃん」

 

そんな彼女たちを、諭すかのように凛と花陽が呼びかける。

深く息を吸い、吐き、覚悟を決めたかのように表情を引き締めると――

 

 

「――こっちこそ、ごめんなさい」

 

返されたその言葉に顔を上げる彩牙。

その真っ直ぐな瞳を、二人は避けることなく受け止める。

 

「私たちだって同じよ……傍にいたのに何もできなかった」

 

「なのにその始末をあなたや希に任せっきりにして……関わるべきじゃないとか言っておいて、虫の良い話よね」

 

彼女たちも悔やんでいた。

彩牙に――魔戒騎士に関わるべきではないと言っておきながらも、いざとなったら彼に頼らざるを得ない自分たちの不甲斐なさ、都合のいい時だけ頼ろうとするその虫の良さを。

その上で彼に謝らせてしまう――そんな醜態をこれ以上晒すのは耐えられなかった。

 

「……凛たちの言ったこと、少しはわかる気がする。アンタたちはアンタたちで一生懸命頑張ってるのに、それを私たちの都合だけで拒絶するってのは違うのかもね」

 

思えばあの時もそうだ。

穂乃果の身体を操ったホラーに襲われた際、彩牙は多くの傷を負いながらも自分たちを守っていた。なのにあの時の自分たちは戦う彩牙のことを恐ろしく思い、危険だとしか思わなかった。

そして今も全身傷だらけになりながらも彩牙は海未を助け出した。

そんな彼に送るべき言葉は、拒絶のそれではない。

 

「だから、その……――」

 

 

 

 

「「――ありがとう」」

 

ぼそりと、絞り出すように呟かれたその言葉。

だが真っ直ぐな視線と共に確かに伝わったその言葉を受け止め、彩牙は思う。

――自分が守るべきものは、確かにここにあるのだと。

 

 

「――彩牙くん」

 

彩牙に呼びかける海未。

振り返った彩牙の視線の先には、穏やかな笑顔でこちらを見つめる海未。その横には、そんな二人を暖かく見守る希の姿があった。

――こうして彩牙と海未が落ち着いた形で向き合うのは、希の家で会った時以来だ。

あの時は互いに満足に言いたいことも言えず、絶望に包まれていたが今は違う。互いに内に秘めたものを乗り越えた二人は、穏やかな表情を浮かべていた。

 

――海未は思う。

言いたいことは、結界の中で全て出しきった。ならば後は、自分が言うべきことは一つだけだ。

本当ならもう少し後で言うべきなのだろうが……構いはしない、言ってしまおう。

この数日間、この一言を言いたくて言いたくて堪らなかったのだから――

 

 

 

 

「おかえりなさい」

 

「――ただいま」

 

 

 

**

 

 

 

――数日後。

音ノ木坂学院にてスクールアイドルによる一つのライブが行われた。

それは活動再開を宣言したμ’sによるライブ。これまでのような煌びやかな衣装とは違い、彼女たちが纏うのは何の変哲もない音ノ木坂の制服。

だが彼女たちの堂々とした佇まいときらきらと輝く笑顔が、ただの制服をスクールアイドルらしい衣装として昇華させていた。

 

奏でられる曲目は、『START:DASH!!』

μ’sの始まりの曲であり、かつてこの講堂で行われた初めてのライブで歌った時は、彼女たちと穂乃果のクラスメイト三人以外には直接披露されることのなかった曲。

それが今は、講堂を埋め尽くさんばかりの観客の前で披露されていた。あの日穂乃果が誓った『講堂を満員にする』という言葉が現実になったのだ。

 

そんな講堂を埋め尽くす観客たちは、音ノ木坂の生徒や教師だけではなかった。

μ’sをはじめとした、生徒たちの親兄弟――親族たちの姿もあった。

ステージで踊る姉たちを輝く瞳で応援する二人の妹。娘の名を呼ぶ母と、静かに涙を流す父。

講堂の入り口ではばったり出くわした二人の母が、友人との再会に胸を弾ませていた。

 

そんな中、ステージで踊る海未はちらりと客席に視線を向けた。

隙を見計らって客席を見回す彼女の瞳に映ったのは、自分の両親の姿。忙しい身であるというのに、合間を見て来てくれたのだろう。

そしてそこには、彼の姿もあった。

ライブの空気に気圧されながらも、瞳に焼き付けようと自分たちを見つめる彼の姿に、海未は思わずくすりと微笑んだ。

 

 

――そういえば、あなたが私たちのライブを見るのは、これが初めてでしたね――

 

 

――その日。

彩牙は初めて、μ’sの――海未の踊る姿を目の当たりにした。

 

 

 

**

 

 

 

――失敗した。

岩に囲まれ、燭台の篝火のみで僅かに照らされた真っ暗な空間で、大和はそう思った。

憎悪に支配されていた灰塵騎士はその洗脳から解き放たれ、ありもしない罪に悩み堕ちかけていた黄金騎士は立ち直り、遂には巫女も奪い返された。

結果だけを見れば、今回の件で彼の目的は一つも果たすことはできなかった。

 

しかし後悔や失意、焦りといったような感情は、大和の表情には微塵も表れてはいなかった。

元々今回で全てが決まるなど、そんな都合のいいことは考えていなかった。

――まだこれからなのだ。

時間はまだ残されている。闇へ堕とすのも、巫女を手に入れるのも次の策がある。その時までは光の世界を謳歌させてやろうではないか。

 

注射器のような器具を取り出した大和は、それを力なくぶら下がる自らの左肩へと突き刺した。

すると左肩の肉がうぞうぞと蠢いては盛り上がり、牙狼剣に骨まで貫かれた傷口がみるみるうちに塞がっていった。

左拳を握っては開きを繰り返し、左腕の感覚を確かめると、自らの目の前にあるモノへと視線を向ける。

まるで仰ぎ見るかのように。まるで祈るかのように。

 

 

そこには巨大なオブジェがあった。

篝火で淡く照らされ、岩の中に埋もれるように佇むそれはまるで――

 

 

 

 

 

 

 

――まるで、女神像のようだった。

 

 

 

***

 

 

 

花陽「誰だって、間違えちゃうことはあると思うんです」

 

花陽「私も凛ちゃんも、間違えちゃうことなんて沢山ありましたし……」

 

花陽「でもそんな時だからこそ、周りのみんなが支えてくれたんです」

 

 

花陽「次回、『灯火』」

 

 

 

花陽「……孤独な人は、どうするんだろう……」

 

 

 

 







魔戒指南



・鬼戸大和

波紋騎士イブの称号を持つ、元老院付きの魔戒騎士―――というのは過去の話。
その真の姿は闇に堕ちた暗黒騎士であり、この街にホラーをばら撒いてきた闇法師の正体である。
人間を既に見限っており、守る価値はないと吐き捨てて滅ぼそうとしているが、その考えに至った経緯は不明。
彩牙とコテツを同時に相手にしても圧倒的な力で優位を崩さず、『女神の調べ』という謎の言葉を遺して行方を眩ませた。



・暗黒騎士・威武
大和が身に纏うイブの鎧の真の姿。
かつての蒼く荘厳としたソウルメタルの鎧は露と消え、今は禍々しい漆黒のデスメタルの鎧となってしまっている。
波紋剣も歪な形状の暗黒剣に、魔導火の色も闇色に変質してしまっている。
なお、これまで彩牙たちが目にしてきたイブの鎧は、大和が術でかつての姿を纏わせていたものであり、謂わば変装していたようなものである。

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