牙狼〈GARO〉 -女神ノ調べ-   作:らいどる

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断章その1

神ノ牙が全く容赦のない終わり方で、ガロがいないとここまで救いのない展開になるのかと身が震えました。
拙作ではどうなるかは・・・・・・これから御覧にしていきたいと思います。

それではよいお年を。来年もよろしくお願いします。




断章
第22話  灯火


 

 

 

 

 

 

――魔戒騎士になろうとした切欠は、仇を取るためだった。

 

●●を殺した仇を討つためには力が必要だった。魔戒騎士の力が。

だから師の下に弟子入りした。魔戒騎士になるために。

……そんな復讐心に染まった自分を何故、弟子に受け入れ、鎧を継がせようとしたのか。復讐心を鎮ませようとしたのか、もしくは鎧を途絶えさせないようにしただけだったのか――

……今となっては確かめようもないが。

 

厳しい修練にも死ぬ気で喰らいついた。どんな苦しみにも耐え抜いてきた。

全身が痛みで動けなくなることなんてしょっちゅうだった。精神を鍛える修練で危うく廃人になりかけたことや訓練用の剣でホラーと戦わされて死の淵を彷徨ったことも、一度や二度ではない。

それでも歯を食いしばり、耐え抜いてきたのは、仇を必ず討つという目的があったからだ。執念といってもいいかもしれない。

 

そしてそれが実を結び、遂に魔戒騎士になることができた。

灰塵騎士の鎧と称号、そして魔導具を授かり、魔戒騎士を名乗ることができたのだ。

――力は手に入れた。これでようやく仇を討ちに行くことができる。後は“時”を待つだけだ。

だがそれと同時に責務も生まれた。人々をホラーから守るという使命だ。

特段邪魔だとは思わなかった。自分の仇もホラーだったから奪われる側の気持ちは知っていたし、人々を守ることに悪い気はしなかったからだ。

 

……そんなある日、師が殺された。

ホラー狩りから帰った自分を迎えた、血の海の中で事切れた師。

深い悲しみと怒りが自分の中に満ち溢れ……討つべき仇が一つ増えた。

 

監視用の魔導具に映っていた、師を殺した仇は――黄金騎士だった。

そして師のツテで呼ばれた先の虹の管轄で、奴を見つけた。しかしあろうことか、黄金騎士は記憶喪失だった。

ふざけるなと思った。人の師を殺しておいて、その事を呑気に忘れていたというのか。

故に黄金騎士と剣を交え、殺し合った。ホラーの返り血を浴びた黄金騎士の女を殺そうとして、その怒りを誘った。

 

だがそれは――黄金騎士が仇だというのは、全て偽りだった。魔導具の記録も何もかも、全て偽りだったのだ。

自分は闇法師――暗黒騎士に堕ちた鬼戸大和の掌でまんまと踊らされていたのだ。

……奴が本当の師の仇であるとも知らずに。

 

何が仇を討つだ。いいように操られていたくせに。

本当に倒すべき相手を見誤り、罪のない相手を仇と憎み、殺そうとし、情けなく返り討ちにされ……これでどうやって師に顔向けできるというのか。

自分が――俺が力をつけてきたのは、こんな無様な姿を晒すためだったのか?

 

――ああ、くそ……

 

 

 

**

 

 

 

――深夜。都内某所

 

「――待ちやがれ!!」

 

街灯の寂しい灯りだけが頼りの人気のないその通りに、二つの影があった。

ただそこにあるのではなく、一方が一方を追いかける――追う追われるの追跡劇を繰り広げていたのだ。

 

一つは派手な色どりのタキシードに身を包み、ステッキを携えた男。街灯の灯りがタキシードのラメを反射し、その姿はまるでスポットライトを浴びる役者の様でもあった。

そしてもう一つは黒いコートに身を包み、サングラスで目元を隠す少年。タキシードの男とは対を成すように夜の闇に溶け込むような姿をしていた。

 

男を追う少年の手に握られていたのは、現代日本には不釣り合いなブーメラン状の剣。

少年はその剣を、その形状が物語るかのように投擲する。

男の逃走先に先回るように弧を描き、飛翔する剣。それは男の目と鼻の先を通過し、怯んだ男は思わずその場に踏み止まった。

そこに一気に距離を詰める少年。自らの下へ帰ってきた剣を難なく手に取り、男の背に向かって振り下ろす。

対する男も振り向きざまにステッキを構え、少年の剣を振り下ろす。木製のそれとは思えない強度で剣を受け止め、火花が宙を舞う。

 

「魔戒騎士……!しつこいですね、静かな夜にそんな品のない振る舞いをするものではありませんよ!」

 

「ホラー如きが一丁前に品を語ってんじゃねえよ!」

 

少年――魔戒騎士コテツが、タキシードの男の皮を被ったホラーに向けて叫ぶ。

その声色に隠しきれない怒りを剣に乗せ、何度も魔戒剣を叩きつける。

大振りで振るわれる魔戒剣と、それを受け止めるステッキが何度もぶつかり合い、火花を散らしていく。

コテツの方が優勢に見えるこの状況。だがその中でゾルバが真っ先に気付いた。

 

――いけない。このままではコテツが負けてしまう……!

 

「……ほほう」

 

剣を受け止める中、タキシードの男の口元がにやりと吊り上がる。

――この男も気づいたのだ。

今のコテツの剣には信念はなく、自らに対する怒りや苛立ちを我武者羅にぶつけているだけだと。

 

「何がおかしい!」

 

「ふふ……少し余興を思いつきましてね、とくとご覧あれ!」

 

その直後、魔戒剣を受け止めていたステッキの先端から細い光が伸び出した。

まるで糸のようなそれはコテツの額に触れると、一瞬だけチカッと輝いた。

 

「――っ!? ゾルバ!」

 

『……いえ、精神汚染の類ではありません。しかし今のは……?』

 

不意を突かれ、飛び退いて距離を開けるコテツ。

心身に異常がないかゾルバに調べさせながら、油断なくタキシードの男を見据える。

タキシードの男はぼんやりと光るステッキを面白げな表情で弄び、恭しくお辞儀をすると――

 

 

「――It’s SHOW TIME」

 

ステッキで地面を軽くコン、と叩く。

するとステッキを覆っていた光がまるで流水のように地面へ流れ、光の塊になった。

それだけでは終わらず、光の塊は上へ上へと伸びていき、くねくねとした動きで形を変え、遂には人型へとその形を変えた。

そして光が徐々に弱まり、そのカタチが露になる――

 

「な―――!?」

 

コテツは己が目を疑った。

そこに現れたのは、白髭を蓄えた白髪の老人。最早二度と会えない筈の、殺された彼の師。

――その名は、零士といった。

あまりの衝撃に思考が止まったコテツをよそに、零士はゆらりと揺れたかと思いきや電光石火の動きで距離を詰め、魔戒剣――コテツと全く同じそれを振り下ろしたのだった。

咄嗟に魔戒剣を構え、寸でのところで受け止めたコテツ。老騎士の鋭い眼差しがコテツに突き刺さり、彼の心を激しく揺さぶった。

 

「どういうことだゾルバ!なんだって師匠が……!」

 

『……コテツ、この零士は幻です!奴があなたの記憶から生み出した虚像です!』

 

「なんだと……!?」

 

ちらり、とタキシードの男へと視線を移す。

……余裕ぶった態度で、面白いものを見ているかのような愉悦に満ちた笑みを浮かべていた。

悪趣味な真似しやがって――吐き捨てるように心の中で呟いたコテツは、受け止めていた魔戒剣を渾身の力で弾き返し、お返しにと自らの魔戒剣を振り下ろす。

 

――そう、この零士は偽物、幻なのだ。

少し動揺してしまったが、何も気に病むことなど――

 

 

 

「――私を殺すのか?」

 

「―――!?」

 

びくり、と思わず動きを止めてしまったコテツ。

その隙に再び振るわれる零士の剣。何とか受け止めることはできたものの、その表情には明らかな戸惑いの感情が浮かんでいた。

――似ているどころの話ではない。全く同じだったのだ。

コテツの記憶の中の零士と、目の前にいる零士の声が――

 

「私の仇を討てないばかりか、よりによってお前が、私をもう一度殺そうというのか」

 

「っ……」

 

『惑わされてはいけません!あれはあなたの記憶から作られた幻、本物の零士の言葉ではありません!』

 

ゾルバの制止の声も、コテツには届かない。

彼の意識は完全に零士に――突然奪われ、もう二度と会えないと思っていた師に持ってかれてしまっていた。たとえそれが彼の記憶から生み出された偽りの姿と声だと頭の隅でわかっていても、感情を抑えることなどできなかった。

その師が仇を討てない自分を責め、その上己を殺すのかと問い詰める。

そんな状況でまともに剣が振るえるのか―――

 

否だ。

 

『――コテツ!!』

 

呆気なく弾かれ、宙を舞うコテツの魔戒剣。

集燥に満ちたゾルバの叫びが響き、剣を失い隙だらけになったコテツの前に、零士の魔戒剣が振り下ろされる。

……このまま終わるのか。

仇を討てず、騎士になった目的も果たせず、最後まで無様を晒したまま死んでいくのか。

そんな後悔に支配されたコテツの身体を、振り下ろされた魔戒剣が斬り裂――

 

 

 

「――ハァッ!!」

 

――かなかった。

横から現れた第三者により、零士の魔戒剣は直前で防がれ、弾かれたのだ。

後ろへ跳び距離を取った零士と、観戦していたタキシードの男は乱入者の姿を目の当たりにした。

――ボロボロの白い魔法衣に、赤鞘の魔戒剣。

そこにいたのは魔戒騎士・村雨彩牙だった。

 

「お前……」

 

呆然と見つめるコテツの視線をよそに、彩牙は向かい立つ零士とタキシードの男を見据える。

零士の方には見覚えがあった。闇法師――大和に植え付けられた偽りの記憶。その中で自分が斬り捨てた老人――コテツの師だった筈だ。

一方のタキシードの男。ザルバが邪気に反応している点から見ても、十中八九ホラーだろう。

そのタキシードの男は、無粋な乱入者である彩牙を不満げな表情で見つめていた。

 

「その姿……黄金騎士ですか。無粋な真似を……」

 

ステッキを構えるタキシードの男。

二対二。数だけで見るならば互角であるが……

 

「……やめておきましょう。ガロの相手など私には荷が重いですからね」

 

ふと、ステッキを下ろし、背中を向けて立ち去ろうとするタキシードの男。

無論それを黙って見過ごす彩牙ではない。

 

「逃がすか!!」

 

その背に向かって駆け出す――が、それと同時にタキシードの男がステッキで軽く地面を叩いた。

すると彩牙の前に零士が飛び出し、掴みかかるかのような勢いで迫ってきた。そして彩牙に組み付くと同時にその身体を強く輝かせ、光そのものになると――

 

「う……おっ!?」

 

――地の底に響くかのような破裂音とともに爆発した。

 

「くっ……! ザルバ!」

 

『……駄目だな。逃げ足の速い奴だ、印をつける暇もなかったぞ』

 

寸でのところで爆発から逃れた彩牙が追いかけようとするも、タキシードの男は邪気を感知できないところまで逃げてしまっていた。

表情を歪め、舌打ちする彩牙。

その時、自分の背後にいるであろうコテツの存在を思い出した。

 

「……あいつ、どこへ?」

 

だが彩牙が振り返った先に――コテツの姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――くそっ!!」

 

戦いの場から少しばかり離れた裏路地。街灯の灯りさえ殆ど差し込まないその場所に、コテツの姿はあった。

傍の壁に亀裂が走るほどに拳を叩きつけ、血を滲ませる姿は痛々しいものだった。

 

「何だよ!何なんだよ俺は!! なんでこんなに、情けねえんだ……っ!」

 

記憶から作り出された虚像という幻に惑わされ、ホラーの術中に嵌り、果てには仇だと命を狙っていた彩牙に助けられるというこの体たらく。

自分のあまりの情けなさ、不甲斐なさに憤りを隠せないコテツはその苛立ちをぶつけるかのように、嗚咽混じりに何度も拳を壁に打ちつける。

何度も何度も、己が壊れるのを厭わないように。

 

『落ち着きなさい!自分をこれ以上責めても仕方ないでしょう!』

 

「うるせぇ!黙ってろ!!」

 

ゾルバの制止にも耳を貸さず、当たり散らすコテツは壁に拳を叩きつけることをやめようとしない。

打ちつけるたびに広がっていく罅と、ぽたぽたと零れていく血。

それらはまるで、心を打ち砕かれた彼の内心を表しているかのようだった。

 

 

 

**

 

 

 

――都内、ファストフード店。

 

「――見つからないにゃあ~……」

 

「凛ちゃん、はしたないよぉ」

 

ぐでん、と空気の抜けた風船のような声を漏らす凛。

テーブルに突っ伏し、傍のジュースをストローでずるずる音を立てて吸うという年頃の女子としてはいささか見苦しい姿を晒す彼女を、気弱ながらも窘める花陽。

互いに正反対の姿をしている二人だが、一つだけ共通している点があった。

――二人とも、心身共に疲れきっていた。

それというのも――

 

「……コテツくん、どこ行っちゃったのかな」

 

あの日、様子のおかしいコテツの姿を街中で見つけて以来、二人はコテツの姿を探し続けていたのだ。

練習の後や休みの日。空いた時間を見つけては、これまで彼と出会った場所を筆頭に探し回っていた。

……だが未だにコテツ自身はおろか、その痕跡さえも見つけられずにいた。

 

無論、彩牙や希にも彼がどこにいるか尋ねた。

コテツと同じ魔戒の者である彼らならばどこにいるか、心当たりのある場所を知っているかと思ったのだ。

……しかし二人とも、コテツが普段どこに住んでいるのかも知らなかった。それどころか海未を助けたあの日以来、全く姿を見せていないらしかった。

曰く番犬所――集会所のような場所――にも全く顔を出しておらず、音信不通なのだという。

腕の立つ騎士だからホラーにやられたということはそうそうない筈――というのは彩牙の弁であったが、それでも凛たちは安心できなかった。

 

「あんなコテツくん見ちゃったら、大丈夫なんて思えないよ……」

 

「……うん、そうだね」

 

最後にコテツを見かけた時、あの時の彼の様子は素人目から見ても異常だった。

正気か定かでない足取り、光のない暗い表情、そしてはっきり伝わるほど立ち昇っていた負の感情。

あの時そのまま立ち去ったコテツを引き留めなかったことを、二人は後悔していた。

彼がなぜあのような負の感情に囚われていたのか凛たちは知らない。しかし――いや、だからこそ、あの時無理矢理にでも引き留めて話を聞くべきだったのだ。

どんな事情があるのか、自分たちが力になるかはわからない。だがそれでも彼を放っては置けない。彼の助けになりたいと思ったのだ。

――友達として。

 

「…………にゃ?」

 

――その時。

何かに気付いたかのように起き上がった凛は、窓の向こうをじっと見つめ始めた。

目を凝らし、その視線の先にあるものを見極めようとする。

そしてそれが何なのかわかった瞬間――表情を変え、脱兎のごとく駆けだした。

 

「り、凛ちゃん!?」

 

戸惑う花陽の声を置き去りに店内を駆け、店の外へ出る。

行き交う人々の姿を見まわし、店内で見つけた“それ”が人々の波の中へと消えていく姿を視界にとらえた瞬間、迷うことなくその波の中へと突入した。

行き交う人々にぶつかり、押し退け、叱られ、恨めしい視線をぶつけられても、凛は止まらずに波の中をかき分けていく。止まれない理由があった。

 

「待って……!」

 

最初は気のせいかと思った。

こんなあっさり――たまたま見つかる筈がないと。

だけど目を凝らしているうちにそれは疑念に、やがて確信へと変わっていった。

そこからはもう一瞬だった。胸が高鳴り、気付いた時には駆け出していた。

ずっと探していた。もう見失いたくない、絶対にその手を掴むんだと、その想いを胸にひたすらに駆けていく。

そして遂に――

 

「凛……!?」

 

「やっと見つけたにゃ……コテツくん!」

 

“彼”――コテツの手を、しっかりと握りしめた。

少し遅れて花陽もその場に辿りつき、突然現れた二人困惑した様子を見せるコテツ。

 

「……何の用だよ」

 

だがそれも束の間。

その一言を切欠にコテツの様子は一変した。

以前会った時のような余裕さ、不敵さは影も形もなくなり、その声は気怠そうに、表情は虚ろ気に、佇まいには無気力さを漂わせていた。

――今のコテツは、虚無に支配されていた。

 

「あ、あの……」

 

「……用がないなら離せよ、俺は忙しいんだ」

 

「―――っ」

 

最後に見かけた時とは別ベクトルで変わり果てた姿に一瞬怯んだ凛だったが、すぐに思い直す。

このままでは以前と同じだ。変わり果てた姿に動揺する余り、話しかけることもできず黙って見送ってしまったあの時と。

それではダメだ。今度こそちゃんと話をするのだと決めたのだから。

――勇気を出すんだ。

息を深く吸い、声を吐き出す。

 

「――凛たちと、その……付き合ってほしいにゃ!」

 

 

 

**

 

 

 

――とある個室型の喫茶店、一角のテーブル。

そこに凛と花陽、そしてコテツの姿はあった。

だがその様子は友人同士の団欒というには違和感があった。

 

「――お前な、テンパってたからってあれはねえだろ」

 

呆れた様子で呟くコテツの視線の先には、顔を抱えて蹲る凛の姿があった。

俯いていて顔は見えないが耳まで茹蛸のように真っ赤に染まり、隣に座る花陽は困ったような笑顔を浮かべていた。

何故このような珍妙な状況になったのか――コテツを誘う時の言葉が原因だった。

『自分たちと付き合ってほしい』――凛は確かにそう言った。白昼の大通り、大衆の前で。

傍目には女子高生が同年代の少年に告白したようにしか見えなかったのだ。そのことを自覚した途端、このようになってしまった。

 

「うぅ~……うるさいにゃ!忘れるにゃー!!」

 

羞恥が頂点に達した凛は叫び、顔を赤くしたままむくれたように俯く。

むきになった子供そのものな姿に呆れ、コテツは席を立とうとする。

 

「……用がないなら帰るぞ」

 

「ちょ、ちょっと待ってほしいにゃ!話はあるの、すっごく大切な話が!」

 

そんなコテツを慌てて引き留めようとする凛。

その姿は直前までの羞恥に悶絶していたものとは違い集燥に満ちた、大切な物を手放さんと必死に縋る少女のそれだった。

訝しげに見つめる中、それに続くように花陽が立ち上がり、真剣な表情で口を開いた。

 

「……教えて欲しいんです。コテツさんはどうして戦うのか」

 

「……知ったのか、俺が何者なのか」

 

その言葉に、花陽はコクリと頷いた。

凛や彩牙から聞いたのだ。コテツもまた魔戒騎士であると。

 

「私たち、コテツさんのことは知らないことが多いから……だから少しでも多くのことを知りたいんです」

 

「コテツくん、なんだか悩んでるみたいだから……だから凛たちにできることで助けになりたいの!」

 

「……知りたい、助けたいと。俺を」

 

「それに……友達のことをほとんど知らないなんて、寂しいもん」

 

「……友達。友達、ね……」

 

凛と花陽の言葉を噛みしめるように繰り返すコテツ。

そうしてしばらく考え込むような仕草を見せ、やがて考えがまとまったのか改めて二人と向き直り、席に着いた。

 

「いいぜ、話してやるよ」

 

「……! ほ、ホントに!?」

 

「ああ、“友達”だもんな。俺の抱えてるモン、ちゃんと全部話してやるよ」

 

その言葉にぱあっと表情を輝かせる凛と花陽。

これでコテツのことを――彼が抱えていることについて知ることができる。彼の助けになることができる。

そして何より、友達が悩みを打ち明けてくれることが嬉しかったのだ。

 

……だが、凛も花陽も気づかなかった。

そう語るコテツの声色が自嘲めいたものだったことに。その真意が何なのか。

気付いていたのは……彼の首元に下がるゾルバだけであった。

 

 

 

 

 

 

「―――とまあ、こうしていいように踊らされて今に至るってな」

 

――コテツは全てを話した。

とある人物の仇討のために魔戒騎士になったこと、師匠が殺されたこと、師匠の仇討として彩牙の命を狙い、それが黒幕によって仕組まれた罠であったこと。

そして――その過程で海未を殺そうとしたこと。

 

全てを聞いた凛と花陽はショックのあまり言葉を失い、俯いていた。

それも当然だと、コテツは思った。

友達だと信じていた者が、自分たちの友達を殺そうとしていたのだ。それも復讐という、澱んだ感情に満ちた動機によって。

そんな真実を前にショックを受けるなというのが無理な話だ。

 

――これが、コテツが全てを話した理由だった。

自分の本当の姿を――憎悪に満ちた姿を知れば、彼女たちは自分を恐れる。彼女たちの友を殺そうとした事実を知れば、自分を軽蔑し、幻滅する。

そうすればもう自分に付き纏うような真似はしなくなる。こんな愚かな男からは離れていくだろう。

その為にコテツは全てを話したのだ。

 

「これでわかったろ。俺はお前らが思ってるような善人じゃないってな」

 

そうして再び席を立ち、個室を後にしようとするコテツ。

これで自分如きを友と呼んだ心優しい少女たちを、これ以上巻き込まずに済む。

憎しみに染まり、暗黒騎士の掌で踊り続けたこんな愚か者は、彼女たちといるべきではないのだ。

後はこの扉を開け、立ち去れば全てが終わる。

彼女たちとの関係も――

 

 

 

「――待って」

 

――しかし、そうはならなかった。

ぐい、と身体が引っ張られる感覚に立ち止まり、振り返るコテツ。

そこには黒いコート――魔法衣の裾を掴み、彼を引き留める凛の姿があった。

俯いており、その表情は伺い知れないが……立ち去る前に恨み言の一つや二つでもぶつけようとしているのかと思った。

故に――

 

「……ひとりぼっちになろうとしちゃ、駄目だよ」

 

――その言葉は、コテツの思考を止めるには十分すぎた。

 

「なんとなくだけど、わかっちゃうんだ。コテツくんは凛たちの――ううん、みんなの前からいなくなる気だって。だからあんなこと話したんでしょ?」

 

「――っ。 ……それがどうした。元々独りだったのが元に戻るだけだ、何も問題ねえだろ」

 

「大ありだよ! そんなのコテツくんがひとりぼっちにならなきゃいけない理由にはならないもん!凛はそんなの絶対認めないんだからね!」

 

「わかってんのか!? 俺はお前らの仲間を殺そうとしたんだぞ!それも勘違いの復讐でな! そんな奴を許せるとでも言うのかよ!?」

 

 

 

「――そんなわけ、ないじゃないですか」

 

ヒートアップしていくコテツと凛の口論に、花陽の声が割り込まれる。

彼女の声は二人のそれに比べれば細い糸のように静かなものであった。しかし冷水を打ったかのようにその場に響き渡り、自然と二人の視線を集めた花陽は俯いていた顔をスッと上げた。

 

「海未ちゃんや彩牙さんに酷いことしたことには怒ってますし、許せません」

 

「だったら――!」

 

「でもコテツさんだって大切な人を奪われて苦しんだのに、これ以上苦しむなんて――みんなから離れて、嫌われて、独りぼっちになるなんて……そんなのは違うと思いますし、見たくありません。 ……あなたに、そんな目に遭ってほしくないんです」

 

そう語る花陽の表情は普段見せることのない、確固たる意志を秘めた凛々しいもの。

凛はそれに見覚えがあった。

あの日――彼女たちが真姫と共にμ’sに加入した日のこと。自らのアイドルへ向ける熱意を語り、スクールアイドルを始める決意を口にした、あの時と同じ表情だった。

あの表情を浮かべた花陽はこの世の誰よりも強い勇気を抱いていることを、凛は知っている。

 

「……馬鹿言うなよ。散々阿保やらかしてきた俺が、今更どの面下げてあいつらに――お前らと接しろってんだよ……!」

 

「……怖がらなくて、いいんですよ」

 

自らの行いを悔やみ嘆くコテツに、花陽が優しく諭すように語りかける。

そんな彼女の姿はいつもと同じように――否、いつも以上に穏やかな声色と表情だった。

 

「何を――」

 

「みんなはコテツさんが思ってるほど、誰かを見捨てるってことができないんですよ。 だからちゃんと向き合うことを恐れる必要はないんです。もし怖いなら私や凛ちゃんがお手伝いします」

 

 

「だから――もう一度、やり直してみませんか?」

 

花陽には、今のコテツにかつての自分がダブって見えていた。

スクールアイドルを始めることを躊躇し、一歩を踏み出せずにいた自分。あの時の自分と同じように、コテツも現状からその一歩を踏み出すことを恐れている。

だから今度は自分たちが、あの時の凛と真姫のように彼の背中を押してあげるべきなのだ。

 

「……なんだよ。 お前ら、何だってそこまでするんだよ……」

 

「……そんなの、決まってるにゃ」

 

絞り出すようなコテツの言葉に、凛と花陽は互いの顔を合わせる。

言おうとしていること――考えていることは同じだ。自分たちはその想いを原動力に彼を探していたのだから。

コテツの語る真実を前にしても揺らぐことのない――否、より一層固まったその想いを、彼女たちは言葉にする。

 

 

 

「「――友達を助けるのは当たり前だから」」

 

それだけだ。

それだけだからこそ、彼女たちは強固な意志を持っている。

コテツがどんな人間であろうと、どんな罪を犯していようと、友達であれば全力で助ける。

たったそれだけの――それでいてとても難しいことだった。

 

「友達だから――コテツくんがみんなを守ってくれるように、凛とかよちんがコテツくんを守るにゃ」

 

「………――」

 

コテツは、言葉を失った。

何か言い返そうとして――言葉が出ず、押し黙る。

わかってしまったのだ。コテツが何を言おうと、いくら突き放そうとしようと、彼女たちは決して見捨てようとせず、喰らい付いてくることを。

仮に記憶を消そうともその強固な意志を消しきれず、いずれ再び捕まる――そんな気がしてならなかった。

 

見誤っていた。

凛たちの人の好さを。意志の強さを。

彼女たちがコテツのことをどう見ているか――何もかもが彼の予想を超えていた。

 

『……コテツ、あなたの負けですよ』

 

それまで沈黙を貫いていたゾルバが、その口を開く。

喋る姿を初めて目の当たりにした花陽が目を点にして驚く中、彼は自らの想いを相棒へとぶつける。

 

『彼女たちは最早何を言っても梃子でも動きません。譲れないものがある人間の意志がどれほど強固かは、あなたが一番よく知っているでしょう?』

 

「……!」

 

『……虚勢を張るのはおやめなさい。あなたには、こんなにも素晴らしい“友”がいるのですから』

 

ゾルバの言葉に、コテツはもう一度彼女たちに視線を向ける。

そよ風のように穏やかな優しい笑顔を浮かべる花陽と、太陽のように輝く朗らかな笑顔を浮かべる凛。

――揺るぎない意志をもつ、友の姿がそこにあった。

 

「……馬鹿かよ……どいつもこいつも、馬鹿ばっかりじゃねえか……!」

 

――本当は、わかっている。

一番馬鹿なのは友を信じきれず、友を頼ろうとしなかった自分自身なのだと。

肩を震わせ、俯くコテツ。そして思い立ったように、テーブルの上にあった水の入ったコップを手に取ると――

 

「きゃっ!?」

 

「な、何するの!?」

 

――その中身を躊躇なく、自らの頭にぶちまけた。

あっという間にびしょ濡れになり、髪とサングラス、そして目元からぽたぽたと雫を垂れ流し、凛と花陽に改めて正面から向き直る。

正面からでないと駄目なのだ。ちゃんと正面から向き合わねばと思ったのだ。

 

「――凛、花陽。 俺は仇を間違えていいように操られた挙句、お前らの仲間を殺そうとした大馬鹿野郎だ」

 

「……」

 

「たぶん、俺はこれからも色々間違えちまうかもしれない。お前らに面倒を掛けさせちまう時もあるかもしれない」

 

 

 

 

 

「だからその時は――お前らが、俺を止めてくれないか?」

 

「! それって……!」

 

「勝手なことを言ってるのはわかってる。だけどダチのお前らにだから頼みたいんだ……たのむ!」

 

『私、ゾルバからもお願いいたします。 星空凛さん、小泉花陽さん。彼の友を名乗ってくださるのならば、引き受けてはいただけないでしょうか』

 

そうして深く頭を下げるコテツ。

その姿を前に凛と花陽は花が咲くような笑顔を浮かべ、彼の手を取るのだった。

 

「――もちろんです!」

 

「凛たちに任せるにゃ!」

 

そう語る凛と花陽の表情は、今日一番で晴れやかなものだった。

嬉しかったのだ。自分たちを心から頼りにしてくれることが、コテツの口からハッキリと友と呼んでくれたことが。

 

「……ありがとな」

 

コテツもまた、その口元は先程までと違って穏やかなものだった。

――思えば魔戒騎士になることを誓った時から、忘れてしまっていた気がする。

誰かを頼ること――友を頼ることは、こんなにも穏やかで安心できるものだということを。

自分を止めてくれる友がいることの心強さを思い出したのだ。

 

 

 

「……さて、そうと決まったら行かないとな」

 

「? ……どこに行くの?」

 

そして改めて席を後にしようとするコテツを、凛と花陽が不思議そうな視線で見つめる。

彼にはやらなければならないことがあった。

こうして決意を新たにした上で、どうしても成し遂げなければならないことがあった。

 

「――ケジメをつけにさ」

 

 

 

**

 

 

 

――夜。街の中。

 

「はっ……はぁっ……!」

 

人気のない路地の中を、一人の女性が走っていた。

煌びやかな鞄にハイヒール、艶やかな色気のあるドレスを纏う、所謂夜の女だ。

だが彼女の表情はその装いとは真逆の、切羽詰まったものだった。

まるで命の危機から必死に逃れようとしているかのような――

 

「おやおや。まだ逃げられるのですか?」

 

「っ!? い、嫌ぁっ!?」

 

――その通りだった。

彼女が逃げようとした先の路地から待ち構えるように、人影が地面から生えるように現れたのだ。

そこに現れたのは煌びやかなタキシードに身を包んだ男――かつてコテツと戦い、逃走したあのホラーだった。

タキシードの男はステッキを弄びながら、恐怖で腰を抜かした女にゆっくりと迫りくる。

 

「そろそろ観念しては如何ですかな?すぐにお友達の後を追わせてあげますよ。 ――私の胃の中に……ね」

 

そう語るタキシードの男は上品な笑顔を浮かべてはいる。だがその中に秘めた残虐さと暴力性を隠しきれておらず、それが女の恐怖をより一層誘っていた。

そして手の中で弄んでいたステッキをしっかりと持ち替えると、その先端を光らせ、軽く振るうとそこから無数の鳩が飛び出した。

――ぎょろりとした一つ目に牙の生えた嘴、全身に血のような赤い鱗を持つ異形の鳩が。

 

「こ、来ないで……!来ないでぇっ!!」

 

恐怖に震え、泣き叫ぶ女の下に鳩が一斉に飛びかかる。

あの鳩の群れに襲われ、生きながらに食い殺された女の連れの無残な姿が、彼女の脳裏に蘇る。

自らが辿るおぞましい末路を思い浮かべ、恐怖と絶望に染まった女は碌に身動きも取れず、ただ鳩の群れが自分へと到達するのを待つことしかできない。

そして――

 

 

「――――む?」

 

訝しげに呟くタキシードの男。

彼の目の前に広がる光景は、自らの身体の一部である鳩たちが女の肉体と魂を貪り喰らう光景――ではなかった。

そこに広がる光景は――どこからともなく飛来した銀色の軌跡が、鳩の群れを切り刻んでいく光景であった。

 

「ひ、ひいぃぃっ!!」

 

僅かに生まれたその隙に、生存本能を爆発させて腰を起こし、逃げ去っていく女。

その様を黙って見送るタキシードの男は、苛立たしげにステッキを弄ぶ。

追いかけたところで、無粋な乱入者に邪魔されるのがわかりきっているからだ。

 

「――よう。随分とお楽しみだったじゃねえか」

 

路地の影から、その乱入者がのっそりと現れる。

魔戒騎士――コテツだ。

その姿を前にしたタキシードの男は、うんざりしたような溜息を吐いた。

 

「……また貴方ですか、魔戒騎士。貴方との決着はついたと思っていたのですがね」

 

「そう言うなよ。流石にあのままじゃカッコつかないんでな」

 

そう言うと、コテツは吊り上げていた口元をきつく締め、サングラス越しに鋭い眼光を浮かべる。

そして魔戒剣の切っ先を、タキシードの男へと突きつけた。

 

「――リベンジだ。今日こそテメエを斬り捨ててやる」

 

それを目にしたタキシードの男はくつくつと笑い声を抑えきれなかった。

記憶から生み出した幻に躊躇して碌に戦えなかったような、未熟な騎士が何を強気に言うのかと。

タキシードの男には、コテツが身の程を弁えずに粋がっている子供にしか映らなかった。

 

「くくく……何を言うのかと思えば、彼と碌に戦えなかった貴方に何ができるのですかな?」

 

そう語るタキシードの男は、前回と同じようにステッキの先端に光を灯し、そこからコテツの記憶から生み出した彼の師匠――零士の幻を作り出した。

 

「コテツ……またしても私に刃を向けるのか……」

 

現れた零士の幻はコテツへと距離を詰めていくが、対するコテツは魔戒剣を突きつけたまま碌に構えようとせず、ただじっと零士を見つめていた。

その姿を前にしたタキシードの男は、やはりこうなったとほくそ笑んだ。

親しい者、大切な者に敵意を持たれ、襲い掛かられて正気を保てる人間などいないのだと。

思い出に縛られる愚かな人間と見下す中で、遂に間合いへ入った零士が魔戒剣を掲げ、躊躇することなく振り下ろした。

振り下ろされた魔戒剣は、コテツの身体を斬り裂かんと迫り――

 

 

「……よく見たら、あんまり似てねえな」

 

ぼそり、と。

そう呟いたコテツの魔戒剣に受け止められ、刃を返され、お返しにと袈裟にかけて斬り裂かれた。

呆気なく斬り裂かれ消滅していく零士の幻をタキシードの男が目を点にして呆然と見つめる中、コテツはすぐさま魔戒剣を投擲した。

暗闇の中に銀の軌跡を描いて飛翔する魔戒剣はあっという間にタキシードの男の下へと到達し、慌てて逃れようとするが――

 

「ぎゃあっ!!」

 

避けることは叶わず、その身を斬り裂くのだった。

ソウルメタルに斬り裂かれる激痛に苦しむ中、タキシードの男の真の姿が露になる。

派手な色のタキシードはそのままに、首から上が一つ目の鳩の頭になっている異形の姿。

――ホラー・アルパーの真の姿だ。

 

『な、なぜ……!?何故私の幻をいとも容易く……!?』

 

「テメエの作る幻ってのは結局ガワだけの紛い物なんだよ。中身のない空っぽのハリボテで二度も騙せると思ったら大間違いだっての」

 

『なんだと……!』

 

「折角本性を引きずり出してやったんだ、テメエもハリボテ任せじゃなくて自分の力で戦ってみたらどうだ」

 

そう言い、コテツは魔戒剣で自分を囲むように円を描き、カゲロウの鎧を召喚する。

炎の意匠をもつ灰色の鎧を身に纏い、燃え盛る炎のような赤い瞳でアルパーを睨みつけ魔戒剣――灰塵剣を突きつける。

 

『――俺が真正面から斬り捨ててやるからよ』

 

その宣言と共に駆け出すカゲロウ。

路地の中を疾風のように駆け抜けて瞬く間にアルパーとの距離を詰め、灰塵剣を振り下ろす。

対するアルパーは、ステッキで辛うじて灰塵剣を受け止める。

その際に飛び散る火花が、辺りを一瞬照らしだした。

 

『……いいでしょう。幻しか芸がないとは思わないことですね!!』

 

ぎょろりとした一つ目を血走ったように真っ赤に染め、牙の生えた嘴で吠えるアルパー。

すると灰塵剣を受け止めていたステッキが瞬く間にその形状を変え、一振りのレイピアへと変貌した。

レイピアを捻らせ、灰塵剣を打ち払ったアルパーは即座に追撃の突きを繰り出していく。連続で繰り出されるそれをカゲロウは灰塵剣で、時には腕の甲で打ち払っていく。

 

『速い……! 隙がありません!』

 

『だったらこっちも手数で勝負してやるさ! ゾルバ!!』

 

『はい!!』

 

猛攻を前にしても欠片ほども臆することのないカゲロウの声に応え、ゾルバの両目が蒼く光り出す。

それと連動するようにカゲロウの全身に蒼い炎のようなオーラが纏われていく。するとカゲロウの全身が陽炎のように揺らめきだし、まるで分身しているかのような姿を見せる。

そこから振るわれる灰塵剣もまた、分身しているかのように幾重にも重なった斬撃を繰り出していた。

 

しかしアルパーは、その何重にも重なった斬撃を前にしても怯むことはなかった。

分身しているように見えるのは単なる目の錯覚――ただの目くらましなのだと踏んでいたのだ。

自分の幻をハリボテと評しておきながらやっていることは同じこと――いや、それ以下の下らない手品ではないかと、カゲロウを見下すアルパー。

そして難なくレイピアで灰塵剣を弾き――

 

『―――な゛っ!?』

 

弾いたはずの灰塵剣の斬撃が、アルパーの身体を斬り裂いた。

何故、と困惑に包まれるアルパー。振るわれた灰塵剣は確かに弾いたのに、何故斬られているのか。

――確かに、カゲロウの振るった灰塵剣自体は、アルパーのレイピアによって弾かれた。だがカゲロウの繰り出した斬撃は、弾かれたそれ一つだけではなかったのだ。

アルパーを斬り裂いたのは、灰塵剣の斬撃の分身。アルパー自身が目くらましだと判断したそれは、確かな実体を持っていたのだ。

 

――秘剣・陽炎。

これこそ、カゲロウの鎧に秘められた力。

魔導具ゾルバの力を介することで、実体のある分身を生み出すことができるのだ。

本体から一拍遅れて揺らめくように動くその姿は、まさに“陽炎”の如き姿であった。

 

『今度はこっちの番だオラァッ!!』

 

先程とは一転し、攻勢に入るカゲロウ。

分身した斬撃によって、一振りで幾重もの斬撃を繰り出していく。

何重にも重ねた斬撃で斬り裂かれるのは最早ただ斬られるのではなく、例えるならばチェーンソーで削られる感覚に近かった。

アルパーもレイピアで迎え撃つものの、分身した斬撃の衝撃を防ぐことができず、受け止めきれずに弾かれていった。

 

『そのような小細工で……舐めないでいただきたい!』

 

アルパーの怒りが、魔戒騎士にいいようにやられてたまるかというホラーの怒りが爆発する。

アルパーのレイピアの先端に光が灯り、カゲロウに向かって突きつける。

すると弾ける音と共に、先端の光から無数の鳩が飛び出してきたのだ。

視界を埋め尽くさんほどの鳩が襲う先はカゲロウの身体――ではなく、その手に持つ灰塵剣だった。灰塵剣の刀身に鳩が自ら飛び込んでいき、その身を刃に沈めていくのだ。

――結果、“灰塵剣の刀身の半分”は、鳩の肉体で完全に埋め尽くされたのだった。

 

防ぎきれないほどの衝撃を伴う剣ならば、碌に振れないようにしてやればいい。

刀身を鳩の血肉で埋め尽くしてやれば剣としての機能を果たすことはできない。ブーメランの形状では、柄を握っている側の刀身では碌に振るうことはできないだろう。

自らの狙いが見事に決まったアルパーは剣を封じられたカゲロウに向け、レイピアの突きを繰り出し――

 

 

 

『――詰めが甘いんだよ』

 

逆に、心臓部を一突きにされていた。

 

『な、な ぜ―――!?』

 

『そういやテメエはまだ見てなかったな。俺の剣は――“二本”になるんだよ』

 

心臓部を一突きにしていたのは、双剣態になった灰塵剣、その一振りであった。

鳩の肉によって刀身の半分が潰された時、即座に分割して双剣態にしていたのだ。

自らの狙いが想定外の形で潰されたことによる困惑と、心臓部を一突きにされたことによる苦痛がアルパーに襲い掛かる。

そしてその苦しみから逃れようとするかのようにレイピアを我武者羅に振るい、更にその先端から大量の鳩を召喚し、カゲロウの視界を完全に埋め尽くした。

 

その隙にカゲロウから距離を取り、魂を削られるような苦痛に胸を抑えながらその場から逃れようとするアルパー。

カゲロウの一突きはアルパーに致命傷を与えていた。このまま放っておけば斃れることは間違いないだろう。

 

――まだ斃れるわけにはいかない。自分はまだ人間を喰い足りていない、もっとたくさんの人間を喰いたいのだ。

その為にはこの場は一度退き、適当な人間を食べて身を潜め、傷を回復させなくてはいけない。折角人間界に出てこれたのだ。もっと楽しみ、人間を食べつくしたい。

そうしてこの場から撤退するべく、振り向いたアルパー。

 

 

 

 

『―――あ?』

 

その目の前に、“死”が佇んでいた。

緑の瞳を持つ金色の狼――黄金騎士ガロが、目の前に立っていたのだ。

呆然と見つめるアルパーの前で、ガロは大きく拳を振りかぶり、大砲のような勢いと共にアルパーの顔面へと叩きこんだ。

嘴が砕け、眼球は破裂し、撃ち出された弾丸のように殴り飛ばされるアルパー。

その先には鳩を排除し、灰塵剣を構えて待ち構えるカゲロウの姿があった。

 

『おぉぉ―――りゃあっ!!』

 

気合と共に振るわれる灰塵剣の一閃。

それは殴り飛ばされたアルパーの身体をすれ違いざまに両断し、その身を宙へ溶かすのだった。

 

 

 

 

 

アルパーを討滅し、昂った気を鎮めるように深く息を吐くカゲロウ。

心を鎮め、カゲロウの鎧を解除するコテツの視線の先には、同じようにガロの鎧を解除した彩牙の姿があった。

じっとコテツを見つめる彩牙。対するコテツも彩牙から視線を逸らさずに相対し、両者の間に緊張に似た空気が漂う。

互いに視線を逸らさずに見つめあう中、彩牙に向かって歩みを進めるコテツ。

そして――

 

「―――すまなかった」

 

その言葉と共に、土下座をしたのだった。

その勢いたるやまるで地に雷が落ちたかの如くであり、額を叩きつけた地面はひび割れ、裂けた額からは血がとくどくと流れていた。

叩きつけた際に“割れて砕けた”サングラスを傍に、土下座のまま微動だにしないコテツ。

 

「誤って許してもらおうとは思っちゃいない。だけど勘違いでお前を殺そうとしたこと、海未の嬢ちゃんを殺そうとしたことにはどう詫びを入れればいいのか……これしか思いつかなかったんだ」

 

「……お前」

 

「許せないってんならそれでいい、何なら今ここで俺を斬り捨てたって構わねえ!

 ――すまなかった……!!」

 

コテツにはこれしか思いつかなかった。

どう詫びを入れれば筋が通るのか、何度も考えた。だけどこれしか――真正面から頭を下げること以外、思いつかなかったのだ。

例えそれで自分が斬られることになったとしても、自分はそれだけのことを仕出かしたのだから。

 

額を地面に擦りつけたまま微動だにしないコテツを、彩牙が見下ろす。

感情の浮かばない表情を変えないまま、彼の前で膝を折ると――

 

「――俺は、お前を許せない」

 

静かに、それでいて険しい声色でそう言った。

 

「俺のことはまだいい。だが何の関係もない海未を――たとえ返り血のことがあったとしても殺そうとしたお前のことを、俺は決して許せない」

 

当然だと、コテツは思う。

こんなことで許してもらおうなど、虫がイイにも程があるのだから。

 

「だけどお前を斬るつもりはない。 俺は魔戒騎士だ。守りし者が同じ騎士を――人間を斬るわけにはいかない。だからお前は――」

 

そこで彩牙は言葉を区切り、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「――俺と共に、彼女たちを守るんだ」

 

その言葉にハッとしたコテツは、地面に擦りつけていた顔をようやく上げた。

そこには見下ろすことなく、まっすぐコテツを見据える彩牙の姿があった。

 

「海未を、皆を――人々を守り続けること。 魔戒騎士として俺と共に戦うことがお前の償いだ」

 

「お前……!」

 

「立ち上がれ、コテツ。 お前も魔戒騎士なら、自分の使命を成し遂げてみせろ!」

 

そうして彩牙は、コテツに向けてその手を差し出した。

その表情は険しいままではあるものの、口元が僅かに吊り上がっていた。

そんな彼の姿を前に、コテツは毒気が抜けたかのように表情を崩した。

 

「……なんだってんだよ。あいつらといいお前といい、どいつもこいつもお人よしばっかりかよ」

 

差し出された彩牙の手を取り、力を借りて立ち上がるコテツ。

そうして向かい合う二人の間には、いつかの時のような敵意は漂っていなかった。

 

「――やってやるさ。 俺だって腐っても魔戒騎士だ。お前に負けていられねえからな!」

 

「――ああ!」

 

がっしりと、力強く拳を握り合う彩牙とコテツ。

――かつて、敵同士として出会った二人。

時には手を組み、剣を交え、遂には殺し合いにまで発展していた二人。

それが今、こうして真の意味で共に戦う仲間へとなったのだった。

 

 

「―――で、だ。折角だから一つ頼みたいんだが……」

 

「……?」

 

 

 

 

 

 

 

――数分後

そこには互いに距離を取り、向かい合う彩牙とコテツの姿があった。

コテツが彩牙に耳打ちした“ある提案”を実行するために、彼らはそうしていた。

 

「――準備はいいか!」

 

「そっちこそ、今更やめるとか言うんじゃねぇぞ!」

 

最初は、コテツだけが“喰らう”つもりだった。

だがかつて暴走してコテツを殺しかけた己にもケジメをつけたいという彩牙の望みもあり、こうしてお互いに“喰らわせる”形になっていた。

 

「……じゃあ、行くぜ!」

 

「ああ!」

 

掛け声とともに、同時に駆け出す彩牙とコテツ。

互いに向かって真っ直ぐに駆ける二人は、拳を握りしめ、大きく振りかぶりながら距離を詰めていく。

そして、交差する瞬間――――!

 

 

「「ウオォォォォォォォォォ――ッ!!」」

 

 

 

**

 

 

 

――園田家、玄関

 

「ど、どうしたんですかその顔!?」

 

いつものように彩牙を出迎えた海未の、驚愕に満ちた叫びが響き渡った。

それもそのはず、彼女の目の前にいる彩牙は顔に大きな青痣を作っていたのだ。

左頬から目の真下にまで大きく広がるその痣は、切り傷などとは違う痛々しさを醸し出していた。

真っ先に考えたのはホラーのことだ。ホラーとの戦いでこうなったのかと。

だが彩牙は、何のことでもないかのように口を開いた。

 

「ああ、心配しなくていい。これはただの“ケジメ”だからな」

 

そう語る彩牙を訝しげに見つめながら救急箱の用意をする海未。

その傍らで彩牙は、同じ“ケジメ”を分かち合った仲間のことを思い浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

――同じ頃

都内の某所にある廃墟。

その場を寝床にしているコテツの顔には、彩牙と同じような大きな青痣があった。

 

「いてて……あの野郎、ホントに手加減抜きで殴りやがった」

 

俺をぶん殴れ――ケジメとして、自分が言い出したことではあった。

だが思った以上の痛みで、コテツは思わず愚痴を零していた。

「やっぱり早まったか」「いっそのことあいつだけ殴ればよかった」などとぶつぶつと愚痴を漏らしていき、一見すれば女々しいようにも見える。

 

 

 

しかし月に照らされたその表情は、憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとしていた。

 

 

 

***

 

 

 

絵里「伝統、歴史、知恵、技術」

 

絵里「様々なモノを人は昔から伝えてきたわ」

 

絵里「でもそれは、受け継ぐ人がいなければ簡単に途絶えてしまうもの……」

 

 

絵里「次回、『継承』」

 

 

 

絵里「あなたに、想いを継がせたい人はいるのかしら?」

 

 

 

 







魔戒指南

・ ホラー・アルパー
タキシードの男に憑依したホラー。
派手な色のタキシードを纏い、一つ目の鳩の頭部を持つ姿をしている。
手にしたステッキで相手の記憶を読み取り、その人物にとって大事な人の幻を作り出し、惑わせる力を持つ。
また、ステッキをレイピアに変化させての剣術も得意とする。



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