牙狼〈GARO〉 -女神ノ調べ-   作:らいどる

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9月に入ったものの、暑い日が続いて堪りません。



第24話  夢想/Ⅱ

 

 

 

――音ノ木坂学院・屋上

 

「――そっか。あの時ウチが持ち出した魔導書が……」

 

「ああ、解読できれば大和の狙いが掴めるかもしれない」

 

昼休みで他に誰もいない屋上に、彩牙と希の姿はあった。

友人同士の和気藹々とした会話――ではなく、その表情は真剣そのものだった。

話しているのは先日の番犬所での出来事だ。希が持ち出した魔導書のこと、その魔導書の解読をオルトスが始めたこと。

そして――

 

「……そして、その写真の男がコテツの探しているホラーだそうだ」

 

「うん。……………え?」

 

コテツが打ち明けた彼自身の事情――彼が探しているというホラーのことだ。

そのホラーが写っているという写真――コテツから借りた――を希に見せると、彼女の表情は驚愕一色に染まっていった。

 

「ちょ、ちょっと! これって……!」

 

「あいつの話では今は休眠中らしい。見つけたらすぐに教えて欲しいそうだ」

 

希の戸惑いを無視するように話を進める彩牙だが、彼女の気持ちはよく分かった。

他ならぬ自分もこの写真を見た時、彼女と同じような反応でコテツに詰め寄ったのだから。

コテツはあの時、写真のことについて何も答えなかったがその反応そのものが答えのようなものだった。

やがて希も写真が示す“真実”を察したのか、沈黙のまま写真を返したのだった。

 

 

「……言わなくて、ええのかな」

 

ぼそり、と希が呟いた。

彼女の言いたいことはわかる。この写真が示す事実――コテツのことを“彼女”に打ち明けた方がいいのではないのか、ということだ。

しかし――

 

「……俺も同じことは考えた。 だけどこれはあいつ自身の問題だ。あいつが自分の中で折り合いをつけない限りは明かすべきじゃないと思うんだ」

 

「でも……!」

 

「こればかりは俺たちが首を突っ込んでいいことじゃない」

 

隠したままでいいのだろうか、と言いたげな表情を浮かべる希だが、それを制する彩牙。

彩牙もコテツの気持ちがわかるのだ。■■だからこそ隠し通したままでいたいと、関わらせたくないと。

男のつまらない意地と言えばそれまでかもしれない。だがそれでも、コテツの意を無為にする気にはなれなかった。

希も彩牙が考えを変える気はないと察したのか、それ以上喋ろうとはしなかった。

 

 

 

――キィ

 

「希、こんなところに……って」

 

沈黙を破ったのは、屋上のドアを開ける音だった。

二人が振り向いた先でドアから顔を覗かせたのは、強気そうな赤毛の少女――真姫だった。

恐らくは希を探していたのだろうが、彼女の隣にいる彩牙の姿を認めると驚きと呆れが織り混じったような表情を浮かべた。

 

「……あなた、こんなところで何を……ていうかどうやって入ってきたのよ」

 

「? ああ、外壁を蹴って昇ってきたんだけど」

 

「………ちょっと待って、何言ってるのか……そう言えばこの間も屋上から飛び降りていたような気がするけど」

 

「これくらいの高さなら別に平気だが」

 

「……ああ、うん。疑問を持つだけ無駄ってことね」

 

彩牙から返ってきた言葉の意味を理解しようとして――真姫は考えるのをやめた。

よくよく考えればホラーという怪物と戦うのに普通の鍛え方では厳しいのだろう。だから魔戒騎士にとってはこれが普通なのだろう――と解釈することで魔戒騎士の異常なタフネスとそのメカニズムから目を逸らすことにした。深く聞いたところで多分理解できる気がしなかった。というか理解したくなかった。

 

「……まさかとは思うけど」

 

「いや、流石にウチにも無理やん」

 

もしや希までも同じレベルのタフネスさを持っているのかと思ったが、杞憂だったようだ。

……もっとも、これからどうなるかはわからないのだが。

 

「それで真姫ちゃん、ウチを探してたんやないの?」

 

その言葉で、意識が脱線しかけていた真姫は本来の用事を思い出した。

 

「あ、そうだった。 ……にこちゃんがね、穂乃果に勝負を挑んだのよ」

 

「にこっちが?」

 

「勝負……って、何故だ?」

 

真姫は語る。

どうしてもラブライブに出たいにこが、出場をかけて穂乃果に勝負を挑んだらしいのだ。

穂乃果が勝てばμ’sはラブライブには出場しない、にこが勝てば出場する。

放課後、神田明神の男坂での競争で決着をつける――とのことだ。

 

真姫の話を聞いた希は、いかにもにこらしいと思った。

思えば人一倍アイドルへの情熱が強いあの少女が、出場しないと言われたところで諦めるわけがなかったのだ。それでもμ’sの誰よりも早く穂乃果に直談判した行動の早さは流石というべきか。

 

「私は、にこちゃんはよくやってくれたと思う。希だって出たいでしょ?」

 

「……そうやね、今度のラブライブはウチら三年生にとって最後のチャンス」

 

だから出たい。

希はそう静かに語った。

けれど同時に、現状ではそれは難しいとも思う。

穂乃果が自分の心に踏ん切りをつけない限りは、出場する意義を見い出せるとは思えない。

 

メンバーの心を置いてけぼりにするようでは、希が思い描くμ’sの姿とは程遠いのだから。

 

 

 

**

 

 

 

――放課後、神田明神

 

雨が降る中、屋根の下で雨宿りするμ’sの面々の姿がそこにあった。

――学校でにこが穂乃果に挑み、この場で行われたラブライブ出場をかけた勝負。それはにこがフライングで飛び出すも途中で転んだことで勝負どころではなくなり、中止となった。

それと同時に雨が降り始め、屋根の下に避難する中でにこは呟いた。

 

――ズルでも何でもいいから、ラブライブに出たい。

 

その言葉が穂乃果の頭に響く中、にこの言葉を継ぐように絵里たちは語る。

自分たち三年生がラブライブに出られるのは今回がラストチャンス、そしてスクールアイドルでいられるのも――μ’sが9人でいられるのも、彼女たちが卒業するまでのあと半年だということを。

だから9人で頑張った足跡を残したい、たとえ予選敗退になったとしてもやる価値はあると花陽と凛、真姫は語る。

 

「……やっぱり、みんな……」

 

「出たかったんだ」と、穂乃果は心の中で呟いた。

穂乃果だってわかっていた。彼女もそれには応えたい。

だがその想いにブレーキを掛けてしまうような不安が心の中にあるのも、また事実だった。

 

「大丈夫だよ、穂乃果ちゃん」

 

そう言ったのは、優しい笑みを浮かべたことりだった。

それに続くように、海未が言葉を紡ぐ。

 

「また自分の所為でみんなに迷惑かけてしまうと、心配しているのでしょう?」

 

ラブライブに夢中になり、周りが見えなくなり、生徒会長として迷惑をかけるようなことがあってはいけない――と。

まるで心を見透かしたような海未の言葉に、穂乃果は苦笑いを浮かべた。

 

「……全部、バレバレだね」

 

海未の言う通りだった。

本当はラブライブに出たい。9人でもう一度、あの舞台に挑戦したいと。

だがいつかのように夢中になるあまり自身や周りのことが見えなくなり、迷惑をかけてしまうのではないかと不安だったのだ。

始めたばかりの頃なら何も考えず、多少の無理ならできた。だが今の穂乃果は生徒会長なのだ。何かやらかしてしまった時にかけてしまう迷惑はあの頃の比ではない。その不安が穂乃果の心を縛っていた。

 

――しかし、やはり自分の心に嘘はつけない。

 

「……でもね、やっぱり出たい。またみんなに迷惑かけちゃうかもしれないけど、一度夢見た舞台だもん……本当はものすごく出たいよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……高坂さんはもう大丈夫だな」

 

彼女たちから少し離れた場所で、壁を背にした彩牙はそのやりとりを全て聴いていた。

――彩牙は、こうなることを心のどこかで予期していた。

穂乃果は強い人だ。たとえ不安と恐れに苛まれ、心が挫けてしまうことがあってもそこから立ち上がり、逆境に挑むことができる勇気を持っている。

そして何よりも、彼女には海未やことりたち――μ’sという心強い仲間たちが付いている。

だからきっと自身の不安を打ち明け、そこから立ち上がることができると信じていた。

 

――歌が聴こえる。

海未が、にこが、希が、絵里が。

真姫が、凛が、花陽が、ことりが。

そして彼女たちに続いて、穂乃果が歌う。

可能性がある限り、進み続ける歌を。目の前にある道を進み続ける歌を。

 

彼女たちは歩み始める。自分たちが信じる道を。

彼女たちはもう一度挑む。夢を叶えるために、もう二度と後悔しないために。

そんな彼女たちの行く先を照らすかのように、降り注いでいた雨がやみ、雲の切れ間から太陽の光が差し込んだ――

 

 

 

 

 

 

 

「―――――っ」

 

――それと同時に、彩牙は気配を感じ取った。

彼の傍には、一匹の犬がいた。

全身が雪のように真っ白な毛で覆われた犬だ。いつからそこにいたのか――あるいはいつでもどこにでも現れることができるのか。そう思えるほどに、その気配を感じ取ったのは突然だった。

全身真っ白なその犬だが、一点だけ他とは違う色があった。

白の中で目立つその色は、犬の口元にあった。

 

 

――赤だ。

その犬の口には、血のように赤い封筒が咥えられていた。

 

 

 

**

 

 

 

――夜、とある広場

 

その一角で、ブロックに腰を掛けながら一人の女がギターを弾きながら歌っていた。

何故歌うのか?それは歌いたくて歌いたくて堪らないからだ。女の魂から溢れ出る強い欲求が、彼女を歌へと駆り立たせていた。

そして何よりも――歌に誘われてきたエサを美味しく頂くためだ。

 

そして今また、一人の客が女の前に現れた。

客は女の歌に魅了されているのか、そこから一歩も動く気配がない。集中しているため足下しか見えないが、女の歌にじっくりと耳を傾けているようだ。

女はこれ以上ない幸福感に包まれていた。客は自分の歌声に魅了され、自分は思うがままに歌うことができる上に美味しい“食事”にありつくことができる。

これ以上の幸福が果たしてあるのだろうか。

 

歌が終わり、ぺこりとお辞儀をする。

思い切り歌った後はディナータイムだ。自らの歌に魅せられた拍手に迎えられながらの食事は格別なのだ。歌った後の一番の楽しみと言ってもいい。

今日はどうしようか。いつものように歌による高揚感を持たせたまま一気に喰らうのもいいが、偶には趣向を変えてじわじわと悲鳴を浴びながらゆっくり喰らうのも悪くない。

食事のとり方をあれこれ考えながら、お辞儀をしていた顔を上げると――

 

 

 

シュボッ――と。

女を迎えたのは割れんばかりの拍手の音ではなく、客が取り出したライターの着火音だった。

女の目の前に現れたそのライターの火は緑色にゆらゆらと揺らめき、女の瞳を照らしだす。

すると女の瞳は白く濁り、魔導文字が浮かび上がる。

――魔導火によって、自らの正体が露見されたのだ。そして魔導ライターを持つということは、この客の正体は――!

 

 

「魔戒、騎士……!」

 

「――見つけたぞ」

 

魔戒騎士――村雨彩牙は弾き語りの女の正体を暴くと即座に魔戒剣を抜き、斬りかかった。

寸でのところでそれを躱した弾き語りの女――ホラーは距離を取り、じりりと構える。

互いに出方を窺う中、先に動いたのは弾き語りの女だった。

すぅ――と息を吸い込み、一気に吐き出すように「わっ!」と叫ぶと、なんと衝撃波となって彩牙に襲い掛かったのだ。

吹き飛ばされないように大地を強く踏みしめ、衝撃波を迎え撃つ彩牙。足腰に力を籠めて耐え凌ぐ。

 

女はそこにすかさず追撃――をかけることはなく、あろうことか背を向けて走り出した。

――魔戒騎士と戦うなど冗談ではない。自分はあくまで好きなように歌を歌い、それを聴く人間を食べたいだけなのだ。まだまだ歌い足りず、喰い足りないのに討滅される危険を冒して戦うなど誰がするものか。

そんな考えの下、女はこの場から離脱するべく駆け出した。

 

「―――なっ……!?」

 

しかし、その願いは叶わなかった。

女の行く手を阻むかのように、淡い紫色に輝く障壁が現れたのだ。

 

「逃がさへんよ……!」

 

壁の向こう側に現れたのは魔戒法師の少女――東條希。

彼女が作り出した障壁はぐるりと女と彩牙を囲みこみ、さながら格闘技のリングのようだった。

もっとも、このリングにノックアウトやカウントなどのルールは存在しない。斃すか斃されるか――シンプルな結果だけが残るのだ。

 

追いついた彩牙が振るう魔戒剣が銀の軌跡を描き、女の身体を斬り裂く。

どす黒い血が飛び散る中、息をつく間もなく追撃を仕掛ける彩牙の繰り出した回し蹴りが女の首を捉え、容赦なく蹴り飛ばす。

普通の人間ならばこの時点で命の危険があっただろう。だが女はホラー、この程度ではまだまだ死ぬことはない。

起き上がり、曲がった首をゴキリと戻す女。怨嗟に満ちた表情を浮かべ、口から獣のような吐息を漏らす。

 

ウゥゥゥ………GAAAAAAA!!

 

獣の如き雄叫びと共に女の肉体が弾け飛び、その下から異形の肉体が姿を現した。

スピーカー、アンプ、ジュークボックス、蓄音機――凡そ歌を流すための機器を無作為に繋ぎ、混ぜ合わせ、無理矢理人型にしたような異形の姿がそこにあった。

 

『ホラー・ボルガノ。下手な歌をところかまわず撒き散らす騒音の元だ』

 

そう語るザルバの言葉に、魔戒剣を構え直す彩牙。

ぎちぎち、と顔と思しき部位で機械音を漏らすボルガノ。更にがちがちと歯を噛み鳴らすような音を鳴らしていき、そのペースを段々早くしていった。

すると両肩のスピーカーから地の底まで響くような爆音が発すると共に質量を持った衝撃波――呼称するならば魔音波――が放たれ、彩牙に襲いかかったのだ。

 

「ぐ―――!」

 

魔音波を魔戒剣で受け止める彩牙。

だが魔音波に秘められた衝撃はあまりにも強く、徐々に押され始めていく。

何とか逸らすように弾き飛ばした魔音波が障壁に触れた瞬間、弾け飛ぶと同時に障壁全体とその内部に地を揺るがすような衝撃が響き渡った。下手をすれば障壁が砕きかねない程の衝撃だったと、希は肝を冷やした。

魔音波に秘められた破壊力――これがあちこちに撒き散らされるようなことがあれば、その被害は看過できるようなものではないだろう。

 

「――希!! 障壁の維持に集中しろ!あれを絶対に外に漏らすな!!」

 

「うん!まかせといて!!」

 

駆け出すと同時に魔戒剣で円を描き、ガロの鎧を召喚する彩牙。

対するボルガノは小出しで音を出し、魔音波を連続で発射していく。次々と襲い掛かるそれらを、ガロは牙狼剣で弾き、斬り裂き、時に殴り飛ばしていく。

その中で気付いた。最初の一撃に比べ、連続で発射される魔音波の衝撃が軽いのだ。

一体何が違うのか――

 

『――音が違うのか?』

 

ボルガノがスピーカーから発する音――悲鳴や嘆きの叫びのようにも聴こえるそれの重さが、音の響き方が違うのだ。

最初の一発は地の底まで響き渡るほどの轟音であったのに対し、目の前で連射しているこれは全く腹に響かない。音の重厚さに比例して魔音波の威力が変動しているのだ。

だが高威力を生み出すにはそれ相応の溜めが必要になる。現に今連射している魔音波は威力さえ劣るものの連射性――弾幕の生成に優れている。

 

『一つ一つは軽いがこの弾幕……小僧、お前はどう切り抜ける?』

 

挑発するかのような声色で、ザルバが問いかける。

――決まっている。そんなもの、考えるまでもない。

 

『正面から押し通る!!』

 

視界を埋め尽くすほどの弾幕を張るのなら、その全てを斬り伏せる。

地を震わせるほどの一撃を繰り出すのなら、それを超える一撃を叩き込む。

ガロに――魔戒騎士にホラーを前にして撤退するという選択肢はない。人々を守るためならば、喜んで敵の攻撃を浴びる盾となろう。

闇に脅かされる人々を守る――この身は、そのためにあるのだから――!

 

足腰に力を籠め、魔音波の弾幕に正面から立ち向かっていくガロ。

息をつく間もなく押し寄せる魔音波を牙狼剣で斬り裂き、殴り飛ばし、打ち払い、弾幕の中を裂いていくように進んでいく。

無論、魔音波の全てを打ち落とせるわけではない。ガロの迎撃を掻い潜り、その多くが彼の身体に浴びせられていく。

一つ一つの威力は小さくても、それを立て続けに喰らえばどうなるか――想像には難くない。

 

『GI―――GA?』

 

しかし、ガロは倒れない。

弾幕を立て続けに浴び続けても尚、その身体は崩れることなく、しっかりと立ち続けていた。

そしてこの状況であっても尚、ガロは歩みを止めようとしない。魔音波の弾幕を浴び続けているのに牙狼剣を振るう勢いは衰えず、拳は力強く振るわれ、一歩一歩、着実にボルガノの下へと近づいていく。

怯むことのない力強い眼差しでこちらを見据えるガロの姿に、ボルガノは恐れを抱く。

ならば――と、魔音波の弾幕を射ち止め、ガチガチと音を鳴らして両肩のスピーカーとそれらに繋がるアンプに力を蓄えていく。手数で止められないのならば、強力無比な一撃を喰らわせるまでだ。

 

『――今だ!!』

 

それを前に、ガロは一気に駆け出した。

風を切り裂き、一筋の黄金の軌跡となって駆け抜けていく。

迫りくるガロを前にしながら、ボルガノはチャージを続けていく。そして最大威力の魔音波を放てるほどに溜まった時、ガロは目前で牙狼剣を振りかぶろうとしていた。

 

『オオォォォォォォォォォッ!!』

 

『GI――GAAAAAAAAAAA!!』

 

牙狼剣が振り下ろされたのと同時に、空間が歪みかねない程の轟音と共に魔音波が放たれ、真正面からぶつかり合った。

最大限にチャージされた魔音波と、渾身の力を籠めて振り下ろされた牙狼剣。それらがぶつかり合った瞬間、両者を中心に凄まじいエネルギーの奔流が起こり始めた。

旋風として、閃光として撒き散らされるそれは、小型の台風と呼んでも違和感がない程だった。

 

その荒れ狂うエネルギーの中心で、ガロの振り下ろした牙狼剣は魔音波と完全に拮抗していた。

魔音波の強力な一撃に対抗するため全身の力をありったけ籠めて振り下ろされた牙狼剣ではあるが、対する魔音波もボルガノの全エネルギーを籠めて放たれた一撃なのだ。早々破れるものではない。

互いに全力を籠めた一撃であるが故に、どちらも一歩も引かず完全なる均衡を保っていた。

力関係が少しずれるだけで形成が一気に変わるこの状況。下手なことをすれば一瞬で押し切られてしまうため、ガロもボルガノも全く力を緩めようとしない。

 

このままでは均衡は崩れず、ボルガノを討滅することは不可能だろう。

それどころかガロの体力が限界を迎えた瞬間、その身は魔音波によって粉々に砕かれてしまうかもしれない――

 

 

 

「――彩牙くん!」

 

――しかしそれは、ガロが一人であった場合の話だ。

希の手元から放たれた、紙細工でできた二羽の鳥。それらは彼女の張った障壁をすり抜け、荒れ狂うエネルギーの暴風雨の中をガロ目掛けて一直線に羽ばたいていく。

やがてガロの下に辿りつくとぺらぺらとその形を魔戒符へと変え、ガロの背中にピタリと貼り付いた。

 

『―――! ウ……オオオオォォォォォッ!!』

 

その瞬間、ガロの全身に力が溢れ出した。

消耗していた体力が漲り、足腰の力が、剣を握る腕の力がみるみるうちに滾っていく。まるでガソリンを満タンまで補給されたエンジンのようにガロの――彩牙の肉体が息を吹き返し、熱き生命の奔流が全身を駆け巡り始めたのだ。

 

これこそ、希が両親から受け継いだ術の一つ。

彼女の両親は法師としての実力は高くはなく、ホラーと真正面から戦い、切り結ぶことなどは不可能であった。そこで選んだのが術によるサポートだった。

魔戒符などを介することにより、ホラーと直接戦う騎士や法師の身体や術を強化する――それが彼らの編み出した術だった。

希が今用いたのもその一つだ。身体強化の術を刻んだ魔戒符を鳥のように羽ばたかせ、離れた場所からでも騎士の身体を爆発的に上昇させたのだ。

 

咆哮と共に、牙狼剣を握る両腕に力を籠める。

すると先程までは拮抗していた魔音波が押され始め、そして遂に――

 

『GA――――!?』

 

風船が破裂したかのような勢いと共に、魔音波が弾け飛んだのだ。

その様を呆然と見つめるボルガノ。自らの全てを籠めた最大最高の魔音波が正面から破られた事実を前に、思考が完全に凍結してしまっていた。

そして――そんな絶好の隙を見逃すガロではなかった。

 

『■■■■――――!!』

 

構え直した牙狼剣で、一閃。

何物にも遮られることなく放たれた黄金の一振りは、ボルガノの機械仕掛けの肉体を深々と斬り裂いたのだ。

断末魔と共に崩れ落ち、崩壊していくボルガノの肉体。脚が、腕が、胴体が崩れていき、最後に頭部だけが残った。

そしてそれすらも崩れ、消えていく――その瞬間だった。

 

……どう、して………わたし、 うたいたかった、だけ、なの……――

 

――それは、力なき魂の叫びだったのか。

ホラーに憑依され、心身共に喰われてしまった女の僅かに残された残留思念。女に芽生えた陰我であると同時に、女が抱いた純粋な願い。

最期の最期で表に現れたその思念が宙に溶けていく様を、ガロは目を逸らさずに見つめ続けたのだった。

 

 

――ウチらとあの人で、どうしてあんなにも違っちゃったんやろ。

 

そしてそれは、希も同じだった。

ボルガノに憑依された女の、最期に残った思念の叫びが希の頭の中にこびりついて離れない。

あの女も、彼女たちμ’sも、抱いていた想いは同じだった筈だ。『歌いたい』という、ただそれだけの純粋な願いを。同じ願いであるはずなのに、どうしてこうもかけ離れてしまうのかと哀しみを抱かせた。

だがどんなに純粋な願いでも、心が弱く隙が生まれればそれは陰我となり、ホラーを呼び寄せることになる。そうなってしまえばこの女のように、地獄のような苦しみを味わいながら人々に災いを振りかざす存在と成り果ててしまう。

 

故に、希は戦うのだ。

あの女のようにホラーに憑依される苦しみから解き放つために。

仲間たちに同じ苦しみを味あわせないためにも。

 

 

 

**

 

 

 

――翌日

音ノ木坂学院・屋上

 

 

「……真姫、聞き間違いでしょうか? 今……何と?」

 

そう言いながら、今自分はとても間抜けな表情を浮かべているのだろう、と海未は思った。

いや、自分だけではない。真姫以外のこの場にいる全員がそうだ。

切欠は何だっただろうか。第2回のラブライブ出場に向けて気持ちを新たにし、そのために練習を始めようとした時だ。

一人足りないことに――真姫がいないことに気付いたのだ。花陽と凛に尋ねても、放課後すぐにいなくなっていたらしく、先に屋上に向かったのだとばかり思っていたらしい。

 

何か用事でもあったのだろうか――そう話していた矢先、タイミングを窺っていたかのように扉が開かれ、真姫が現れた。

だがその表情は昨日の神田明神での意気投合の時に比べると、明らかに暗い。そして練習着に着替えようともせず壁際に蹲り、顔を俯かせていた。

もしかして気分が悪いのかも――そう思った中で真っ先に穂乃果が、次いで希が彼女に駆け寄った。

「熱中症かな?」と真姫の様子を窺う穂乃果の前で彼女は不意に立ち上がり、湧き上がる感情を無理矢理抑え込むような表情で口にしたのは、μ’sの全員にとって耳を疑うような内容だった。

 

「……言い間違いなんかじゃないわよ、言ったでしょ」

 

その言葉にいつもの気の強さは感じられず、感情を抑えきれなくなったのか、瞳を潤ませながら真姫は――

 

 

 

 

「私、もうμ’sは続けられなくなっちゃったの―――」

 

涙をポロポロと零しながら、絞るように別離の言葉を口にした――

 

 

 

***

 

 

 

――彼が生まれたのは、どこにでもあるような家庭だった。

魔戒騎士の父と魔戒法師の母の間に生まれた――魔戒の者にとっては珍しくもない家庭だった。

父と母、その家族や友人まで、多くの人々が彼の生を祝福した。

次代の騎士として、または法師として、数多くの人を守る新たな希望として。そうでなくとも健やかに、逞しく生きてほしいと願いを込めて。

 

誰も疑わない。彼がすくすくと育つことを。

誰も疑わない。彼が守りし者となる未来を。

誰も信じない。彼が人々に害を為し、苦しめようとするなどと。

誰も信じない。彼が闇に堕ちることなど。

 

 

――きっと、彼自身も。

 

 

 

***

 

 

 

真姫「少女は歌う、喜びの歌を」

 

真姫「少女は奏でる、哀しみの歌を」

 

真姫「少女は溺れる、狂宴の唄に」

 

 

真姫「次回、『夢幻』」

 

 

 

真姫「終わらない宴が幕を開ける」

 

 

 

 







・ボルガノ
元プロのミュージシャンの女、サキエに憑依したホラー。
多種多様な音楽機器を無理矢理繋ぎ合わせ、人型を模したような姿をしている。
歌を唄い、他者に聴かせることに並々ならぬ執着を抱いており、人を喰う際にも必ず歌を聴かせてから喰らうことに拘っている。
戦闘の際には両肩のスピーカーから吐き出す衝撃波――魔音波を繰り出す攻撃を用い、どんな状況であっても歌うことは忘れない。


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