牙狼〈GARO〉 -女神ノ調べ-   作:らいどる

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ファイナルのBD先行落ちた\(^o^)/


……まだだ、まだHP先行がある。負けたと思わなければ負けじゃないってタケル殿も言ってた。


第3話  魔戒

 

 

 

 

「都市伝説?」

 

誰のものとも知らない、呆けたような声が音ノ木坂の屋上に響き渡る。

そうや。とその声に答えたのは東條希。自慢気な表情で、これまた自慢げにその豊満な胸を張る。

ぐぬぬと、にこの歯軋りをする声も聞こえたが、誰も気に留めなかった。

 

時は放課後。スクールアイドルの練習の合間に取った休憩中のことだった。

ドリンクを飲んだり、タオルで汗を拭いたり、おにぎりを食べたりと思い思いの方法で体を休めていた中、「面白い話がある」と希が切り出してきたのだ。

 

「えーっと、都市伝説ってあれだよね。口裂け女さんとか、くねくねとか」

 

「は、花陽、そういうのは苦手だな……」

 

自分の知ってる都市伝説を挙げていく凛と、それに怯える花陽。

確かに都市伝説というと、そういった恐ろしい内容なイメージがあった。

しかしなぜそれらをチョイスしたのか、有名だが特に恐ろしい部類ではないかと凛以外の誰もがそう思った。

 

「んー、それに近いけどちょっとはマシな部類かな」

 

「ねえ、もったいぶらないでどんな話なの?」

 

もったいぶる希に絵里がそう問いかけた。

すると希はわざとらしく咳払いをすると、神妙な表情で――本人は面白半分だろうが――語り始めた。

 

 

 

「実はな……最近、この辺りで夜な夜な人を襲う怪物が現れるんやけど、金色の狼がそれを退治して周ってるんやって!」

 

「「「!!!???」」」

 

それを聞いた瞬間、海未と穂乃果とことりが飲んでいたドリンクを噴き出した。

たまたま近くにいた真姫にその飛沫が飛びかかった。

 

「ちょっ、何すんのよ!?」

 

「げほっ、す、すみません……げほげほっ」

 

むせながら謝る海未。しかし彼女たちがそうなってしまうのも無理はなかった。

なにせ希の語った都市伝説というのは、どう見てもホラーと彩牙のことだ。まさか都市伝説にまでなっていようとは思いもしなかった。

 

「あ、凜もその話聞いたことある! 悪い奴はいねがーって夜の街を彷徨ってるんだよね」

 

「あら? 私は狼の方が人を襲うって聞いたけど……違ったのかしら?」

 

凛と絵里がそれぞれ聞いていた噂を出し合った。

少々内容に違いがあったが、噂とは人から人へ移っていくもの。途中で解釈の違いによってずれが生じ、全く違う内容になるなんてことはよくある話だった。

そして、噂自体を肯定する者がいれば、当然否定するものも出てくる。

 

「馬鹿馬鹿しい。ヒーローアニメじゃないんだし、そんなのただの噂じゃない」

 

「そうよ。怪物なんているわけないでしょ」

 

「もー、真姫ちゃんもにこっちも夢がないなー。……ん?海未ちゃんどうしたん?」

 

「い、いえ。何でもありません」

 

皆が都市伝説に対して思い思いの言葉を口にする中、真実を知る海未はもはや乾いた笑みを出すことしかできなかった。

実はその都市伝説は本当で、その大元と一緒に暮らしてます……なんて、言えるはずもなかった。

穂乃果とことりも同様だったようで、二人とも笑ってはいるが口元が引きつっていた。

 

「ま、噂のことはさておき、そろそろ練習しましょうか」

 

「ああん、えりちのいけずぅ」

 

甘えるような声で絵里にすがる希だが、絵里はそれを「はいはい」と軽く流した。

話題を練習に向けた絵里に、海未は心の中で感謝した。

――だが希以外は知らない。

絵里はそういうお化けなどの出てくる怖い話が苦手で、早く切り上げたかっただけだということを。

 

そんなことは露知らず、絵里に促されるまま他のメンバーと共に練習の準備をする海未。

その時、海未の視線はある一点に釘付けになった。

するとそれに気づいた穂乃果が海未に問いかけた。

 

「どうしたの? 海未ちゃん」

 

「……あ。いいえ、何でもありませんよ」

 

「さ、始めましょう」と、手を叩いてメンバーたちを促せる海未。

――そうだ、気のせいのはずだ。

もう一度見たらいなくなっていたし、気のせいに違いない。

 

 

 

 

 

 

――学校の裏に彩牙の姿があったなど――

 

 

 

**

 

 

 

「……音ノ木坂の裏に、こんな場所があったのか」

 

『正確にはこの学校が後からできたんだ。番犬所の入り口はそうそう動かせるもんじゃない』

 

そこは不可思議な空間だった。

辺りが暗闇で包まれている中、一筋の道だけが白く輝き、そこを歩くものを照らす。神殿を思わせるような神秘的な雰囲気に包まれた回廊だった。

その道を髑髏の指輪――魔導輪ザルバを指に嵌めた彩牙が歩いていた。

 

「番犬所……魔戒騎士のユニオン的存在……だったか?」

 

『そうだ、まさか魔戒騎士という言葉さえ忘れていたとはな。こんな小僧がよくガロを名乗れたもんだ。先代だった親父さんが草葉の陰で泣いてるぞ』

 

「……おい、さっきから一言多くないか?」

 

『それが嫌なら精進するんだな。理由はどうあれ、今ガロの称号を持つのはお前だからな』

 

「わかってる」

 

 

 

そもそもは昨夜――彩牙とザルバが対面した時から始まった。

ザルバの語る言葉――魔戒騎士、番犬所、そして自分の父について、彩牙はほぼ全くと言っていいほどついていけてなかった。

『いつ騎士見習いを卒業した?』『番犬所の管轄に入ったのか』『そもそも虹河はどうした?』それらについて彩牙は疑問符を浮かべることしかできなかった。

その様子を疑問に思ったザルバが尋ねたところ、彩牙が記憶喪失であることを知り、こうして状況説明を兼ねて近くの番犬所に赴いたのだった。

 

そして彩牙は彩牙で複雑な思いが渦巻いていた。

自分の指とこの先に、失われた自分の記憶の手掛かりが秘められているのだ。期待と、それと同じくらいの不安が胸の中で渦巻いていた。

しかし番犬所の入り口が、まさか海未たちの通う音ノ木坂の裏にあったとは。これは最早何かの縁なのだろうか?

そんなことを考えていると回廊の道が終わり、開けた空間にたどり着いた。

 

『着いたようだな』

 

そこは小さなホールのようにも思えた。

白を基調とした彫刻のような燭台、シャンデリア、テーブル、狼を模った彫像。そのどれもがぼんやりと白く輝いており、辺りは闇に包まれているというのに暗いという気持ちを全く感じさせなかった。

そしてその中央に、他の家具装飾と同じように白を基調とした豪華なソファーが鎮座していた。

そしてそのソファーには、一人の少女が腰を掛けていた。

 

ソファーなどの家具類と同じく、淡く輝いている白いドレスに身を包んだ銀髪の少女だ。歳は海未たちと同じくらいかと彩牙は感じた。

眠るように閉じていた目をすうっと開け、彩牙を見つけると、にやりとした笑みを浮かべた。

 

「おやおや、久しぶりの客人かと思えばガロの息子か。久しいのぉ」

 

『ちょいと違うな。今はこいつがガロだ』

 

「……なんじゃと? それはどういうことじゃ」

 

少女の言葉を聞いて、彩牙は面食らった。

少女の話し方は歳相応のそれではなく、老婆のそれに近かったからだ。外見が神秘的な雰囲気を秘めた美少女だっただけにそのギャップも大きかった。

 

「あの……あなたは……?」

 

「ん? ああそうか、以前会った時のおぬしはまだ赤ん坊だったからの、無理もないか。

 

 

 

――儂はこの虹の番犬所を預かる神官、“オルトス”じゃ。よろしくのぉ、彩牙」

 

『こう見えて中身は結構な歳の婆さんだ。見た目に惑わされるなよ』

 

「そこの魔導輪、お主は相変わらず余計なことまでぺらぺらと喋るのう」

 

『生まれつきだ、諦めるんだな』

 

「ほほほ。そこまで減らず口を叩けるなら当分ガタはこなさそうじゃの」

 

ケタケタと快活な、それでいて老獪な笑い声をあげる少女――神官オルトス。

その様子を見た彩牙は、人は見かけによらないという言葉を早速身に染みていた。

 

「……さて。思い出話に華を咲かせるのもいいが、そろそろ本題に入ろうかの?」

 

『そうだな。俺様もそれだけのためならこいつを連れてきたりしない』

 

ひとしきり笑い終えた後、表情を引き締めるオルトス。

その声も口調そのものは変わらないが、真剣味を帯びたものになっていた。ザルバも同様だった。

 

「儂の記憶ではガロの称号を有しておったのはお主の父であったはすじゃが……いつ継承したのかの?」

 

「俺の……父?」

 

『そうだ。お前の父であり、先代ガロ……村雨虹河(こうが)。お前はアイツの下で魔戒騎士としての修業を積んでいた』

 

『それとオルトス、こいつに聞いたところで無駄だぜ。どうやら記憶喪失らしいからな』

 

「なんじゃと……!?」

 

それからザルバは話した。時折、彩牙からの指摘も添えて。

彩牙が記憶喪失になっていること。自分の名前、ホラーと自分がガロであること以外何も覚えてなかったこと。ここ1か月、ガロとしてホラーと戦っていたこと。

全てを聞き終えた後、オルトスは難しい顔で口を開いた。

 

「……そうか。お主がガロを継いでおるということは、虹河は……」

 

『……確証はないが、おそらくはな』

 

そこから先はザルバもオルトスも、そして彩牙も言わなかった。

言わずとも、この場にいた誰もがうっすらとわかっていた。

――彩牙の父、村雨虹河はもうこの世にいないのだと。

 

「しかしザルバよ、お主は知らないのか?」

 

『……ああ。どうやらつい昨日まで石になっちまってたらしくてな、ここ1か月の記憶が全くない。最後に覚えてるのが虹河とこの小僧がホラー狩りに行ったところなんだが……』

 

「その時に父さんの身と、俺の記憶が失われた何かが起こった……ということなのか?」

 

『そういうことだ』

 

1か月前。園田家に拾われる直前。

そこに全ての答えが秘められていることだけは間違いなかった。

 

 

 

「……さて彩牙よ。お主はここ1か月ホラーと戦っておったそうじゃが剣の浄化は……しておらんそうじゃの」

 

「浄化……ですか?」

 

『そこに狼の像があるだろう、そいつの口に剣を突きさせ』

 

「こうか?」

 

ちょうど彩牙の横にあった、口を開いた狼の頭の像。

ザルバに促され、魔戒剣をその口に突き刺すと、白い蒸気がその口から吐き出された。

魔戒剣を抜くと入れ替わるかのように、その口から蒸気と共に一振りの短剣が吐き出された。

 

『ホラーを斬っていくと剣に邪気が溜まる。その邪気をそのままにしちまうと騎士の身体を蝕むようになっちまう』

 

「それを防ぐため、剣に溜まった邪気を浄化して短剣に変え、魔界に送還するのも番犬所の役目じゃ」

 

一本、二本とオブジェから吐き出され続ける、ホラーの邪気を封じ込めた短剣。

結果、現れた短剣は8本となった。

 

『8本か。浄化もせずよくここまでのホラーを狩ったもんだ』

 

ザルバは言った。

ホラーの邪気を封じた短剣は、12本にまとめて魔界に送還されるのだと。

つまるところ、自分の剣に溜まっていた邪気は相当な量だったことになり、もしこのまま放っておいたら自分の身体は邪気に呑み込まれていたことになる。

それを想像して、彩牙は思わずぞっとした。

 

「さて、浄化が済んだのならこの管轄の騎士として、早速仕事をしてもらおうかの。黄金騎士ガロよ」

 

「仕事?」

 

そう言いながら、にやりとした笑みを浮かべるオルトス。

その手には、赤い封筒が握られていた。

 

 

 

**

 

 

 

――園田家、稽古場

 

私、園田海未は今、実家の稽古場で母を前に日舞の稽古をしていた。窓から差し込まれる夕陽が稽古場を、母を、そして私を淡く照らしていた。

この夕方の稽古、そして朝の稽古はスクールアイドルを続ける上で、本来の鍛錬が疎かにならないようにと親と取り決めた約束だ。大変ではあるが自分で決めたことであるし、鍛錬をした分だけその結果は自分に返ってくるものだからやりがいはある。

万が一も考えてあまり無茶はし過ぎないようにも心掛けていた。

 

やがて流れていた唄が終わり、舞を締めくくるとそれまで静かに見つめていた母がポンと手を叩いた。

 

「はい、結構。日々の稽古がしっかりと身についているようですね」

 

「ありがとうございます」

 

自分でも舞っている最中にもしやと思ったが、今日はいつもより上手く舞えていたようだ。

母からのお褒めの言葉に、つい心が弾んでしまう。

――いけない。上達しているとはいえ、調子に乗ってはいけない。天狗になるものは足元を掬われると母も父も言っていた。

 

「スクールアイドル……だったかしら? あれを始めてお稽古にもし支障が出たら……と思っていましたけど、杞憂だったようですね」

 

「はい。穂乃果に誘われた時はどうしようかと思いましたが、色々と得るものもありましたし、始めてよかったと思ってます」

 

少なくとも、大勢の人前で踊ることにいくらかの耐性を……その、ほんの少しは得られた……とは思う。

そして何よりも楽しかった。日舞とはまた違った感じで歌うことが、踊ることが、こんなにも楽しいとは思わなかった。

だから始めてよかった。多忙になってもそれだけの価値があったと今では思う。

 

そうして母と会話をしていると、マナーモードにしていた自分の携帯の振動音が聞こえた。電話の着信だった。

失礼します。と母に断りを入れてから電話を取ると、画面に出ていたのは“彩牙”の二文字。

私は彼からの電話に出た。

 

「彩牙くん?」

 

『海未、悪いけど今日も少し遅くなりそうなんだ。先生と奥様に伝えておいてくれないか?』

 

「それは構いませんが……もしやまた?」

 

まさかまたホラーが出たのではないか――また戦いに行くのではないか。

そんな私の心配を感じ取ったのか、彩牙くんは明るく努めるような声で答えた。

 

『大丈夫さ、無事に帰ってくるから。俺を信じてくれ』

 

「……わかりました。それではお気をつけてください」

 

それを最後に、彼との通話は切れた。

彩牙くんはああ言っていたが、やはりどうしても心配してしまう。人を守るためとはいえ、戦えば彼が傷ついていく。そして戦うたびに、彼が遠いところに行ってしまう――そんな気がした。

そうしていると、私たちの会話を聞き付けたのか母が向こうからやってきた。

 

「彩牙くんからですか?」

 

「はい、今日は少し遅くなるとのことです」

 

「あらまあ……それじゃあ、彼の分の夕食をちゃんと残してあげませんとね」

 

そう語る母に、私はある疑問をぶつけた。

ここ最近――いや、前から思っていたことを。

 

「……お母様は、彩牙くんを疑ったりしないのですか?」

 

「疑う、とは?」

 

「用事の内容も碌に伝えず、夜遅くまで出歩いて……何か厄介事に手を出しているのか、とは疑わないのですか?」

 

元を辿れば彩牙くんは血の繋がりも全くない、素性すらもわからない赤の他人だ。

そんな人間が理由も告げずに夜出歩くなど、大っぴらには言えない“何か”をしていると疑うのが常だろう。

しかし母は、それを聞いてもいつもと変わらない優しい笑みを浮かべるだけだった。

 

「そんなことはありません。海未さん、あなたは彩牙くんがそのようなことをする人間だと思いますか?」

 

「……いえ。それだけはありえません」

 

そうだ。それだけはない。

事情を知っていることもある。しかしそれを抜きにしても、彼のような実直な人がそのようなことをする筈がないと断言できる。

彼の淀みのない太刀筋を見てきたからこそそう言える。大体、彩牙くんが隠れて悪事を行うような人間だったらあの父がここに留めておくはずがない。

 

「そう、彩牙くんはとても真面目な子です。そんな彼が遅くなるというのはきっと事情が……“成すべきこと”があるのでしょう」

 

 

 

「だから海未さん、彼のことを信じて待ちましょう。今はあの子も私たちの“家族”なのですから」

 

そう告げる母に、私はただ感嘆された。

母の言葉には彩牙くんを疑っている様子は一切見られなかった。

もしかして私以上に彼のことを信用しているのでは?そう考えると嬉しく思う反面、なんだかもやもやとした複雑な気持ちも胸の中に生まれた。

そしてそんな母に、私はもう一つ質問することにした。以前から不思議に思っていた素朴な疑問だ。

 

「お母様とお父様は何故、彩牙くんを家に招き入れたのですか?」

 

その質問に母は少しだけ考えるそぶりを見せると、はにかんだように答えた。

 

「そうですね……一つだけ、あえて言うのなら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「約束したから、でしょうか」

 

 

 

**

 

 

 

『なんだ、彼女に電話か? 随分と呑気だな』

 

「……別に、そんなんじゃないさ」

 

同じころ、彩牙は秋葉原近郊の廃ビルの中に佇んでいた。

海未に掛けていた電話を懐に仕舞うと、もう一度辺りを念入りに見回した。

 

「それよりもここで間違いないんだな、ザルバ」

 

『ああ、辺りから幾つもの邪気を感じるぜ』

 

彩牙がここを訪れたのは昼に番犬所から受けた指令のためだった。

指令書にはこう記されていた。

“人去りし場所に集いし邪気、その場を辿り討滅せよ”

要するに複数のホラーが1か所に集まっているから討滅しろとのことだった。

指令を受けてからからずっと街中を駆け巡り、日が暮れる頃になってやっと掴んだ微かな邪気を辿り、着いたのがこの廃ビルだった。

 

『しかし複数のホラー討滅とは……珍しい指令もあったもんだ』

 

「ホラー同士がコミュニティでも作ったのか?」

 

『さあな、奴らはつるんだりなんて滅多にないからな。過去にそういうことをしたホラーがいるという話は聞いたことがあるが』

 

ザルバと会話をしながら、警戒をしたまま廃ビルの中を散策する彩牙。

やがてそれなりに広いフロアに辿りつくと、床に無造作に転がっている物体を見つけた。

 

『なんだ?』

 

「……そういうことか」

 

彩牙が見つけたのは、バケツ、中身のなくなっていた洗剤、そして漂白剤だった。

所謂、“混ぜるな危険”と言われる組み合わせ。それを見たことで何が起こったのか、どうしてホラーが発生したのかが容易く想像できた。

 

『なるほどな、集団自殺を図ろうとした奴らの陰我に誘われたわけか。そりゃあ複数も出るわけだ』

 

指令書の“人去りし”という文はビルを使用してた人々というだけでなく、この世から去ろうとしていた人々のことも指していたのだ。

なんとも皮肉な。そう思いつつ、彩牙は魔戒剣を抜き、構える。

 

『囲まれたようだな』

 

「ああ」

 

ザルバと同じように、彩牙も自分たちを囲む邪気、そして殺気を感じていた。

殺気の出所を探ると1,2,3……少なくとも5体はいることがわかった。魔戒剣を構え、フロアの中央に陣取ってじりじりと相手の出方を窺う。

窓から差し込む僅かな光がフロアを仄かに照らす。警戒する彩牙の足が転がっていたバケツにぶつかり、カランカランと空虚な音を響かせる。

その瞬間、状況は一変した。

 

『ギシャアァァァァァァ!!』

 

窓を、ドアを、壁を突き破り、金切り声と共に魔獣がフロアになだれ込んできた。

悪魔のような風体に白と黒の翼を持つホラー。全てのホラーの原型とも言える姿、素体ホラーだ。

5体の素体ホラーは爪を、牙を立て、彩牙を取り囲むように一斉に飛びかかった。

 

『いいか小僧、お前の持つ魔戒剣や鎧はソウルメタルで出来ている。ホラーの爪を加工して作られた魔界の超鋼。謂わばホラーの力そのものでもある』

 

彩牙はまず、自分の正面に向かってきたホラーを縦一文字に斬り裂き、その勢いでホラーの下を潜るように前転した。斬り裂かれたホラーは消滅し、彩牙という標的を失ったホラーたちは互いに衝突し、僅かにのけぞった。

転がった勢いで姿勢を正した彩牙はその隙を突き、ホラーのうち一体の胴体に魔戒剣を深く突き刺し、薙ぎ払うように横に斬り裂いた。胴体が大きく裂かれたホラーは消滅した。

 

『ソウルメタルは扱う者の心次第でその重さを変える。強い心の持ち主が持てば羽毛のような軽さになり、弱い心の持ち主が持てば鉄塊を遥かに超える重さになる』

 

すると今度はのけぞりから復帰したホラーが彩牙に襲い掛かる。

彩牙は姿勢を低くしてホラーの攻撃を避け、同時に独楽のように回転して魔戒剣を振るい、襲い掛かったホラーの足を両断した。

足を斬られ、倒れこむホラー。そんな同胞を足蹴にして別のホラーがしゃがんだ状態から復帰していない彩牙に襲い掛かる。

 

『そんなソウルメタルを操り、鎧を纏い、ホラーを討滅する者……』

 

彩牙は咄嗟に自分の横に転がっていたバケツを手に取り、襲い掛かるホラーの顔面目がけて投げつけた。

当然、ただのバケツにホラーを傷つける力などない。顔面にバケツをぶつけられたホラーはほんの一瞬だけ怯んだものの、すぐさま持ち直し、彩牙を襲う。

だが――その一瞬がホラーの命運を分けた。

怯みから回復したホラーの目に入ったのは、姿勢を直し、魔戒剣を振り上げる彩牙の姿だった。

 

『それがお前たち、魔戒騎士だ』

 

残ったホラーは一体。

そのホラー目がけて彩牙か駆け出した、その時だった。

 

『ギィィシャアアアアアア!!』

 

「なにっ! もう一体だと!?」

 

天井を突き破り、新たな素体ホラーが彩牙に降りかかってきた。

虚を突かれ、反応が遅れた彩牙は降りかかったホラーに組み敷かれてしまった。ホラーの生温かい息が彩牙の顔にかかる。

そしてその隙を突こうと、さっきまでは最後の一体だったホラーが彩牙に襲い掛かる。

 

「くっ……そぉっ!!」

 

躊躇する暇はなかった。

彩牙は何とか自由になっていた手首を駆使し、魔戒剣を襲い掛かろうとするホラー目がけて投擲した。投擲された魔戒剣は弧を描き、ホラーの肩に突き刺さった。

そして自らを喰らおうと眼前まで迫っていたホラーの顔面に頭突きを叩き込み、怯んで力が抜けた瞬間に組み敷かれた状態からすり抜け、回し蹴りを叩き込んだ。

ホラーの拘束から脱出すると、別のホラーの肩に突き刺していた魔戒剣を手に取り、そのまま肩から腰に掛けて大きく斬り裂いた。

 

そして自らの背後に迫る、自分を組み敷いていたホラー。

彩牙はそれに目を向けることなく、脇から魔戒剣を後ろに突き出し、迫っていたホラーに突き刺した。

身体が前のめりに崩れ、黒い粒子と化して消滅していくホラー。それと同時に感知できなくなる邪気。

 

「今度こそ、全滅できたか?」

 

『ああ。さっきのでこのビルに巣食っていたホラーは全部討滅された』

 

それは何よりだった。

しかしそれとは別に、彩牙にはザルバに言いたいことがあった。

 

「ザルバ……お前、さっき乱入してきたホラーに気づいてたんじゃないのか?」

 

『ああ』

 

悪びれもなく、しれっと答えるザルバ。

彩牙は問い詰めるように尋ねた。

 

「なんで言わなかった?」

 

『お前の実力を見るためだ。戦い方はそこそこだが、敵はいつも見える範囲だけにいるとは限らないぜ』

 

「お前な……」

 

『いいか小僧、前ばかりに気を取られるな。たとえ見えずとも相手の動きがわかるように感覚を研ぎ澄ませるんだ』

 

「……わかったよ」

 

悔しいが、乱入してきたホラーに気づかなくとも、予測、警戒していなかったのは事実だ。

それは紛れもない自分の落ち度、力不足。ザルバの言うことは最もだった。

だからしぶしぶとはいえ、彩牙は己の力不足を認めた。

 

『それはそうと小僧。この街、やけにホラーが多いと思わないか?』

 

「……お前の言う、エレメントの浄化を俺がしなかったから。じゃないのか?」

 

それは魔戒騎士の昼の仕事だった。

ホラーを呼び寄せる陰我の溜まったオブジェ――エレメント。それに溜まった陰我を浄化することでホラーの出現をあらかじめ防ぐもの。

無論、それで万全というものではないが、少なくともホラーの出現を抑えることができる重要な仕事だった。

 

『それもあるかもしれん。だがお前の剣を浄化した時の短剣の数といい、どうにも妙だ』

 

『人の陰我がそれほどまでに増えたのか、あるいは……』

 

 

 

 

 

 

「……“何か”がホラーを増やしている?」

 

 

 

**

 

 

 

「――あ、彩牙くん。お帰りなさい」

 

「ただいま、海未」

 

指令を終え、園田家へ帰路についた彩牙。そんな彼を迎えたのは海未だった。

話を聞くとちょうど風呂に入ろうとしていたところらしく、彩牙の声が聞こえたのでこうして迎えに来たとのことだった。

とりとめのない話と共に、彩牙の分の夕食が残っていることを伝えると、「ありがとう」と礼を述べて彩牙は台所に向かおうとした。

その時だった。

 

「……彩牙くん、その傷は?」

 

「ん? ……ああ、大丈夫。大した怪我じゃない」

 

彩牙の腕には、爪で引っ掻いたような傷があった。

それは先のホラーとの戦いで出来た傷であることは明らかだった。彩牙は大したことはないと言うが、傷はやや深めに肉を抉っており、とても平気とは言えないものになっていた。

海未もそれを察したのか痛々しい表情で見つめた後、何かを決意したかのような表情に変え、彩牙の手を掴んだ。

「へ?」と素っ頓狂な声を出した彩牙をよそに、海未は彼の手を引いて歩きだした。

 

「えっ?ちょっ、海未!?」

 

「どうせホラーと戦ったのでしょう。私の部屋に薬箱がありますからそこで手当てしましょう」

 

「いや大丈夫だってこれくらい!」

 

「そんなわけありません! 放っておいたらバイ菌だって入りますよ!」

 

「だ、だったら俺が一人でやるし、海未は風呂に入るところだったんだろ? それじゃ悪いし……!」

 

「そんなもの後回しです! いいからついて来てください!」

 

結局、有無を言わさぬ雰囲気に圧倒され、彩牙は海未の部屋にまで行くことになった。

そうして連れてこられた海未の部屋。整理整頓がきっちりされており、真面目な海未の性格がしっかりと表れているようだった。

そして僅かに香る、女の子の部屋らしい甘い香り。薬箱を探す海未の傍らで、彩牙は胸の高揚を抑えるのに必死だった。

 

 

 

「――ありました。それじゃあ、腕を出してください」

 

「あ、ああ」

 

彩牙の腕につけられた傷を消毒し、ガーゼと包帯で止血をする海未。

消毒と包帯を巻かれるむずむずとした感覚に、ちゃんとした理由とはいえ海未に腕を触られているという状況に、ただどぎまぎしていることしかできなかった。

そして海未は手当てをしている彩牙の傷を見て、少し悲しげな表情を浮かべた。

 

「……彩牙くんは、これからもホラーと戦うのですよね?」

 

「ああ」

 

「その度に、このような怪我をするのですか?」

 

「……そうかもな」

 

手当は終わったが、海未は彩牙の腕を離さず、悲しげな表情で見つめていた。

彩牙も海未の言葉に表情を引き締めていた。

 

「……やめてほしいのか?」

 

「いえ、そんなことを言うつもりはありません。ただ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ただ、無理だけはしないでください」

 

海未は怖かった。

戦うたび、彩牙が傷ついていくのが。傷が増えていくのが。

無論、戦うことを決めたのは彩牙自身の意志だ。海未は彼の意志を止めるつもりはない。止めてはいけないと思った。

ただ、その代償に傷ついていくのが悲しかった。いつか、初めて会った時のように倒れてしまうのではないか、最悪、命を落としてしまうのではないか。

自分が知る人が傷つき、この世から去る。それが、たまらなく怖かった。

 

「海未……俺は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

『おい小僧。なんでこの嬢ちゃんがホラーのことを知っている』

 

「きゃあっ!? な、なんですか今の声は!?」

 

突然、それまで黙っていたザルバが口を開いた。

二人しかいなかったはずの自室に突然響いた声に海未は驚き、もしや不審者かと怯えるように辺りを見回した。

そして彩牙は呆れたようにザルバを見つめた。

 

「おいザルバ、いきなり喋るなよ」

 

『ふん、俺様は喋りたいときに喋る。それで今は喋っても問題ないと判断したまでだ』

 

指輪――ザルバと会話を始めた彩牙に海未は怪訝な視線を浮かべた。

そしておずおずというような態度でザルバを指さした。

 

「も、もしかして……その指輪、喋ってるんですか……?」

 

『ただの指輪じゃないぜ、お嬢ちゃん。俺様は魔導輪ザルバだ』

 

カチカチと音を鳴らして得意げに話すザルバ。

その様子を見た海未は顔をさあっと青くし、驚くべき速さで壁際まで退いた。

ずささささ、という幻聴が聞こえたような気がした。

 

「なんですかその指輪! お化け!?もしかしてホラーですかぁ!?」

 

『ほう、カンが良いなお嬢ちゃん。その通り、俺様はホラーだ』

 

ピタリ、とザルバの言葉に一瞬無表情になったかと思うと、みるみるうちに顔を青くして恐怖の表情を浮かべる海未。

その様子に、まるで百面相みたいだと、彩牙はどこかズレた感想を浮かべていた。

 

「な、何でホラーがこんなところにいるんですか! は、早く退治してください!」

 

『落ち着けお嬢ちゃん。確かに俺様はホラーだが、お前さんたちを喰おうってワケじゃない。それに俺様の身体は魔界にあって、この指輪に込められているのは魂にすぎない』

 

「……ど、どういうことですか?」

 

『言ったろ、俺様は魔導輪。魔戒騎士をサポートする存在なのさ』

 

 

魔導輪――それは人間との共存を考えている、善良なホラーの魂が封じられた魔導具。

本来の肉体を魔界に残し、指輪等に自らの魂を封じた魔導輪はその遥かな年月を生きたことによって蓄積された莫大な知識をもとに、ホラーの情報提供や邪気の探知など、騎士たちをサポートする存在である。

しかし共存を考えていてもホラーであることには変わりはなく、人間が他の生き物を食べて生きているように、魔導輪も人間の命がなければ生きてはいけない。

 

そこで魔導輪となったホラーと騎士の間に、ある契約が定められた。

自らの知識を提供しサポートする代わりに、契約した騎士は1か月に1日、自らの命を魔導輪に奉げる契約を。

それが魔導輪、そして魔導輪と魔戒騎士との間に定められる契約だと、ザルバはそう語った。

 

 

「――それではザルバ……さん、は彩牙くんの命を食べているということなのですか?」

 

『いいや、この小僧とは契約していない。半人前の命など欲しくもないからな』

 

「お前さっきから言いたい放題だな」

 

『ふん、本当のことだろう』

 

いがみ合う彩牙とザルバ。

だが海未には本気でいがみ合ってるようには見えなかった。

そう――まるでからかう親と拗ねた子供のような――

 

 

 

 

 

『……で、話は逸れたが、なんでこのお嬢ちゃんがホラーのことを知っている?』

 

「そ、それはホラーに襲われている時に彩牙くんに助けてもらったからです」

 

『そういうことか。で、記憶を消さずにそのままにしてると』

 

「な、何故記憶を!?」

 

『お嬢ちゃん、よく考えてみろ。ホラーのことが世間に知れ渡ったらどうなると思う?』

 

ザルバの言葉に、海未は考えてみた。

人に憑依し、人に化け、人を喰らうホラー。そんなホラーの存在が明るみになれば、人々はパニックに包まれ、誰がホラーなのかと互いに疑心暗鬼になるだろう。

それによって引き起こされるのは恐怖と疑心暗鬼に包まれた人々による密告、騙し合い、殺し合い。そしてそこから生まれた陰我に引き寄せられ、更なるホラーが現れる――

最悪の――地獄絵図の光景が浮かび上がった。

 

「……そういうことですか」

 

『そうだ。そのために巻き込まれた人間の記憶は消すのが掟なんだが……』

 

彩牙は海未を見つめた。

その眼は、海未自身が望むのならすぐに記憶を消そうと語っていた。このような恐ろしい裏側の世界を知るよりかは、表の世界で何も知らずに平穏に暮らせればいいと想ってのことだった。

そんな彩牙の視線を受けた海未は穏やかな笑みを浮かべ、答えた。

 

「このままでいいです。……いえ、消さないでください」

 

海未は記憶を消さないことを選んだ。

いくら恐ろしいことだとはいえ知った以上、目の前の現実から逃げるのは自分の心が許さなかった。

そして何よりも、彩牙が身を置く世界。そこから目を背けるのは“家族”としてしたくなかった。

彼を、一人にしたくなかったのだ。

 

 

「……そうか。わかったよ、海未」

 

『まったく、甘い小僧だ』

 

「止めないのか?ザルバ」

 

『決めるのはお前たちだ。それにお嬢ちゃんは知れ渡ることの意味がわかってるみたいだしな』

 

『だが選んだからには、決して後悔するなよ』

 

「はい」

 

さてと、と立ち上がる彩牙。

疑問符を浮かべる海未に、彩牙は思わず苦笑いをした。会話に夢中で手当てを終わらせていたことに気づいていなかったようだ。

そのことにようやく気付いたのか、海未は面食らったような表情を覗かせた。

 

「そろそろ戻るよ。海未もお風呂に入るところだったんだろ?」

 

「あ……そ、そうでした」

 

いそいそと、薬箱を片付ける海未。

その様子に彩牙は穏やかな気持ちになり、何が何でも守りたいと思った。

 

「手当てありがとう。それじゃあまた明日」

 

「はい、おやすみなさい」

 

パタンと海未の部屋を後にし、自分の部屋……の前に、遅くなった夕食を取りに向かう彩牙。

その指に揺られるザルバには、ある懸念があった。

 

 

――あのお嬢ちゃん、まさかとは思うが――

 

海未の身から発せられたある気配――いや、“匂い”がザルバには気がかりだった。

とても親しみがあり、懐かしみがあり、邪悪なものであり、そして――人間からは決して感じ取ってはいけないもの。

まだ確証はない。だがホラーのことを知ったきっかけといい、可能性は十分にある。

きっとこれから何度も彩牙の指に嵌められた形で彼女と接すれば、懸念は確信に変わるだろう。だがザルバは、その懸念が外れてほしいと思った。

もしその懸念が当たっていれば――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――彩牙は、彼女を斬らなければならない。

 

 

 

**

 

 

 

――神田明神・境内の雑木林

 

都内で数少ない緑に包まれた林の中、無数に並ぶ木々の内一本の前に彩牙は立っていた。

鋭い目つきで目の前の木を見据え、魔戒剣を引き抜くと躊躇なくその幹に突き刺した。

すると突き刺した部分から靄のように闇が噴き出し、宙で一つの塊になった。彩牙がその闇を十文字に斬り裂くと、闇は悲鳴のような金切り声を上げて霧散していった。

 

――これが、エレメントの浄化。

ゲートが開く前にオブジェに溜まった陰我を浄化し、ホラーの出現を未然に防ぐ、魔戒騎士の昼の務めだった。

 

「終わったぞ、ザルバ」

 

『ああ、これで何個目だったか……結構な数になったな』

 

彩牙は朝からずっと街中を駆け巡り、エレメントの浄化を続けていた。

覚えていなかったとはいえ、自分の怠慢によることである負い目もあったため虱潰しに探し、浄化をし続けていたのだ。

そしてザルバが言うように浄化した数は相当なものになり、20個を超えたあたりから数えるのをやめていた。

 

「だけどその分かなり減らすことができた。そうだろ?」

 

『ああ。この分ならペースを緩めても大丈夫だろうな』

 

「そうだな……っと」

 

会話の途中、身体がふらついて気に寄りかかりかける彩牙。

浄化といえど楽な作業ではない。浄化一つにも体力が相当消耗されるのだ。

短時間で数多くの浄化を行った結果、グロッキーになりかけた騎士も過去には存在していた。今の彩牙はその状態の一歩手前にあった。

 

『そろそろ休め小僧。そんな状態でホラーが出たらあっと言う間にやられちまうぞ』

 

「……そうだな。そうするよ」

 

ザルバの言うことも最もだった。流石に無茶をし過ぎたと彩牙も思った。

息を整え、倒れたりしないように足腰にしっかり力を入れ、林の出口に向け歩き出す彩牙。

木々によって夏の日差しが遮られ、木陰と爽やかなそよ風が真夏で火照った疲労感に満ちた身体を癒していく。

そういて歩いていた最中、彩牙の足踏みが急に止まり、その視線はある一点に釘付けになった。

 

「あれは……?」

 

彩牙の視線の先には、木陰に包まれて穏やかに眠る一匹の“獣”の姿があった。

だがその獣の姿は世間一般で見るような動物とは大きく異なっていた。外見的な特徴もそうだが、何よりもその身に纏う神秘的なオーラが彩牙の心と視線を奪っていた。

その獣の姿に心奪われていたところ、ザルバが驚きの声を上げた。

 

『こいつは驚いた、霊獣じゃないか! まだ若いがこんなところでお目にかかれるとはな』

 

「霊獣?」

 

『ああ。本来は特殊な手順じゃないと姿を見れないんだが……よっぽどこの地の霊力が優れているんだろうな』

 

感嘆とした様子のザルバにつられ、彩牙はもう一度霊獣の姿を見つめる。

やはり見れば見るほどこの世のものとは思えない、神秘的な美しさを感じる。

そうして時間と体の疲労を忘れるほど、霊獣の姿を見つめ続けていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ。あの子、今日も来とるんやね」

 

「っ!?」

 

――すると、背後から声がかけられた。

慌てて振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。巫女装束に身を包み、紫がかった長い髪を纏めた、ふんわりとした雰囲気の少女だった。

「おおぅ」と急に振り返った彩牙に驚きの声を上げた少女は、気を取り直すかのようににんまりと微笑んだ。

 

「あ、驚かせてゴメンね? ウチ、ここでバイトしてるんやけどこの林って滅多に人がいないから、つい」

 

「いや……こっちこそごめん。勝手に入り込んだりして……」

 

「ええんよ。別に誰が入っちゃダメってわけでもないし、昔は丑の刻参りしに来た人もいたって話やしね。……あ、もしかして君も?」

 

「いや、そんなんじゃないよ。ただ……そう、歩いたら気持ちいいかなと思って」

 

魔戒騎士の仕事を言うわけにもいかず、咄嗟に考えた理由を口にする彩牙の心情は驚き、焦り、そして反省の心が駆け巡っていた。

理由はどうあれ、目の前に夢中になって背後からの気配に疎かになってしまった。

今回は人だから良かったものの、もしこれがホラーだったと思ったらぞっとする。もう生きていなかったかもしれない。

彩牙は己の不注意を恥じた。

 

「それで、“また”ってことはあのれい……生き物はよくここに?」

 

「うん、たまにやけどね。なんか見てるとほっこりって言うか、心が澄んでくる感じがするからちょくちょく見に来ちゃうんよ、あの白い狸さん」

 

「狸?」

 

少女の言葉に彩牙は疑問符を浮かべた。

今、少女は霊獣のことを確かに“白い狸”と言った。だが彩牙の目には霊獣の姿は角の生えた犬のように見えていた。

これはどういうことなのか――そう考えていた時だった。

 

(霊獣は見る者によって違う姿に映る。だから本来の姿がどんなのかは誰にもわからないのさ)

 

「うわっ!?」

 

「わっ、どうしたん急に?」

 

頭の中にザルバの声が響き渡った。

その声に驚いた彩牙の様子に首をかしげる少女に「何でもない」と答えると、ザルバに視線を向けた。

すると再び頭の中にザルバの声が響いた。

 

(お前の頭に直接話しかけてる。頭の中で念じれば会話できるぜ)

 

(……こ、こうか? こんなこともできたのか)

 

(そうだ。上手いもんじゃないか)

 

おそろおそる念じてみると、確かに会話ができていた。

ザルバは何気に芸達者なのだと思い知った。

 

(しかし驚いたもんだぜ、この嬢ちゃん)

 

(何がだ?)

 

(霊獣ってのは本来普通に見れないことはさっき言ったな? いくらここが優れた霊地だとしてもお前のような魔戒に生きる者ならともかく、普通の人間が何もなしに見ることなんて不可能なんだ。この嬢ちゃん、案外タダもんじゃないかもしれないな)

 

その言葉に、彩牙は驚いたような眼差しで少女のことを見つめた。

普通の人間には到底見ることが不可能な霊獣。それを見ることを容易に為すこの少女に、一体何が秘められているというのか――

そうしていた時、ガサリと草を分ける音が聞こえた。

 

「あ」

 

視線を移せば、そこには目を覚ました霊獣の姿があった。

霊獣は彩牙達を一瞥すると走り去り、あっという間に林の奥に消えていった。

 

「行っちゃったね」

 

「……そうだな」

 

ただ静かに、そして惜しむように霊獣が消えた場所を見つめる彩牙と少女。

数秒かあるいは数分か。しばらくの間そうしていると、少女が突然思い出したかのように「あ!」という叫び声を上げた。

 

「あかん、まだ掃除の途中やった!早く戻らんと! 君も今度はちゃんとお参りしていってなー!」

 

慌てて神社の境内に向けて駆け出していく少女。

その背中を見つめ、見送るとぽつりと呟いた。

 

「……不思議な子だったな」

 

『そうだな。ああいうのが好みか?』

 

「バカ言え、そんなんじゃない」

 

とは言え、先程の少女には何か感じるものがあったと彩牙は思っていた。

本来は見ることのできない霊獣の姿があっさり見えていたこともそうだが、何よりもその柔らかな雰囲気に包まれ、途方もない安心感をいつの間にか覚えていた。きっと普段からそうやって周りの人たちの気を癒してきたのかもしれない。

また近いうちに会えるかもしれない。確証はないが、そんな気がした。

 

 

そして自分も林から抜け出そうと歩き出したとき、「あ」と間の抜けたような声を出した。

 

『どうした?』

 

 

 

「さっきの子……名前聞いてなかったな」

 

 

 

 

――不思議な人やったなぁ……

 

境内に戻ろうと林を駆ける中、少女は彩牙のことを思い出してそう思った。

最初は声をかけるつもりなどなかった。林の中で一人佇む見知らぬ男性など、警戒するのが年頃の少女として当然の反応だ。

しかし林に訪れる白い狸――霊獣を見つめるその姿があまりに純粋なまなざしで――自分にそっくりで、いつの間にか自然と声をかけていた。

 

それに少女は彩牙に何か感じるものを抱いていた。

少女は元々霊感が強い方で、幼いころからよくこの世ならざるものを目にしていたが、彼からはそれに似たような気を感じた。

――ひょっとして彼も自分と同じで霊感が強い人なのかな?

そんな同族意識を抱き、そんな自分によくここまで人懐っこいと言うか、知らない人に積極的になれたものだと感心した。

 

そこまで考えた時、少女はとても肝心な――あることに気づいた。

 

「……あ、名前聞くの忘れた」

 

 

しかし、不思議と悔やむ気持ちは起きなかった。

また近いうちに会える――そんな確信めいた予感が少女――東條希にはあった。

 

 

 

**

 

 

 

――秋葉原、大通り

大勢の人で賑わうその中を、彩牙は歩いていた。

 

『どこに行く気だ?小僧』

 

「さっきチラシをもらってさ、喫茶店みたいだから寄っていこうと思って」

 

『なになに……“メイドカフェ”? メイドというと西欧の侍女のことか』

 

「らしいな。日本で西欧流のもてなしを受けられるなんてそうそうないだろ?」

 

彩牙の手に握られていたチラシは、ついさっきビラ配りの女性から受け取ったものだった。

その時は何故侍女の格好をしているのだろうかと疑問に思ったが、チラシを見て納得がいった。メイドを目玉としているのだから、それに相応しい衣装で宣伝をしていたのだと。

……ただ、チラシの装飾が彩牙のイメージする西欧の侍女とは違ってやけにハートが多かったり、“萌え”という言葉を強調しているのはやや気になったが。

ともあれ、そんな経験はそうそうないだろうと、楽しみにしながら向かっていった。

 

 

チラシに記された地図に従って歩いていると、やがて一つの雑居ビルに辿りついた。

非常階段のような外に面した階段を上がっていくと、フロアに参入している店の看板が目に入った。

その看板と手に持ったチラシを照らし合わせると、ここが目指していた店だとわかった。

 

「……ここだな」

 

『普通の雑居ビルに見えるが、本当にこんなところで西洋のもてなしが受けられるのか?』

 

「まあ、中はちゃんとそれらしい装飾をしてるんじゃないか? とにかく入ってみよう」

 

自動ドアを超え、中に踏み入れるとそこにはややこじんまりとしているものの、華やかさと清廉さ、そして可愛らしさを表現したカフェが広がっていた。

彩牙のイメージしていた厳粛なものとは違っていたが、これはこれで過ごしやすそうだと感嘆した。

……しかしそうするとあのハートが沢山あったチラシは一体何だったのか。彩牙は深く考えるのをやめることにした。

 

そうしていると、彩牙の目の前に一人のメイドが現れた。

 

 

「お帰りなさいませ、ご主人さ……ま………」

 

「……! 君は……!」

 

彩牙を出迎えたそのメイドは言葉が尻すぼみになっていき、愕然とした表情を見せた。そしてそれは彩牙も同様だった。

彩牙はそのメイドに見覚えがあった。ロングスカートのメイド服に身を包んだそのメイドは、サイドテールにした長いベージュの髪に、頭頂部をまるでトサカのように結っていた、ふんわりとした声と雰囲気を持った同じ年頃の少女だった。

そう、そのメイドは――

 

 

 

「……南、さん?」

 

「……ダ、ダレノコトデショーカー……?」

 

 

まごうことなき、海未の幼馴染、南ことりだった――

 

 

 

***

 

 

 

ことり「自分には何もない。自分には何もできない」

 

ことり「自分に自信がない人は、そんな自分を変えようともがく」

 

ことり「自分という籠に囚われていることに気づかないまま……」

 

ことり「次回、『小鳥』」

 

 

 

ことり「私は、籠に囚われているだけの小鳥じゃないもん!」

 

 

 




魔戒指南


・ 村雨彩牙
黄金騎士ガロの称号を持つ少年。歳は海未と同じか1つ2つ年上程度。
記憶を失い、倒れていたところを海未に発見され、彼女の両親の好意によって園田家で手伝いをしながら世話になる。
普段は穏やかな性格だがムキになりやすいところがあり、ホラーを前にすると苛烈な怒りを見せることもある。
ご存じガロの鎧を纏うが、夢で見ていた海未曰く、その姿はくすんだ金色をしているらしい。ガロの瞳の色は緑。


・ オルトス
秋葉原の周辺一帯を管轄とする“虹の番犬所”の主。
10代半ばの少女の姿をしているが、その話し方や性格は悪戯好きな老婆そのもの。ザルバ曰く「若作りな婆さん」
名前の由来はギリシャ神話に登場する双頭の犬“オルトロス”。タコではない。


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