牙狼〈GARO〉 -女神ノ調べ-   作:らいどる

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ファイナルライブ、2日目のLVだけですが参加しました。
言いたいことは多いですが、まとめられそうにないので一言だけ。

最高でした。素敵な時間をありがとうございました。


第5話  波紋

 

 

 

 

 

「今日呼び出されたのは何故か、わかっておろうな?」

 

「……」

 

 

――番犬所。

いつにも増して真剣な表情のオルトスと、ほとんど睨むような表情の彩牙が向かい合っていた。――いや、オルトスのそれはもはや真剣を通り越し、感情を無にして罪を咎める者の表情だった。

まるで罪人を罰する執政官のように。両者が出す重々しい空気が辺りを包んでいた。

 

 

「お主と共に住んでいる少女。あの者は“血に染まりし者”であるにも拘らずお主はそれを放置しておる。ホラーの返り血を浴びた者がどうなるかは知っておろう?」

 

「……ええ、ザルバから全部聞きました。返り血を浴びた人間がどうなるのか」

 

『気絶することも許されない地獄のような苦痛の中、醜く崩れ溶けて死んでいく』

 

「ならば話は早い、その少女を斬れ。それがあの者のためになることはお主もわかっておろう?」

 

オルトスの言葉には、有無を言わせない力が込められていた。

ホラーに喰われるか、もしくはこの世で最も惨たらしい死を迎えさせてしまうくらいなら、まともな人間である内に安らかな死を迎えさせる――。それが魔戒騎士の掟であり、せめてもの情けだった。故に魔戒騎士は、血に染まりし者を斬らなくてはならない。

責めるような視線を向けられる中、彩牙は静かに口を開いた。

 

 

 

 

「――お断りします」

 

「……なんじゃと? 聞き間違いかの?今何と言った?」

 

「ハッキリ言いましょう。俺は海未を斬る気は毛頭ありません」

 

「……その言葉の意味を分かっておるのか? お主はその者をホラーの餌にするか、惨たらしい死を迎えさせると言っておるのじゃぞ、わかっておるのか?」

 

咎めるような鋭い視線を更に強くし、彩牙を睨むオルトス。

対する彩牙はそのような視線を向けられても尚、敢然とした姿勢を崩さなかった。

 

「いいえ。餌にさせる気も、死なせるつもりもありません」

 

「……まさかとは思うが、お主……」

 

「ヴァランカスの実……あれで彼女を浄化します」

 

――ヴァランカスの実。

それは紅蓮の森と呼ばれる場所に実る実であり、ホラーの血を浄化できる唯一の手段。

過去、何人かの血に染まりし者がこの実によって命を救われたとの言い伝えがあった。

しかし、それは決して容易な手段とは言えなかった。

 

「ヴァランカスの実か……あの実はいつ実るかはわからんし、そもそも紅蓮の森に入れるのは魔戒法師だけじゃぞ」

 

一つ、ヴァランカスの実はいつどんな時でも実るものではない。10年、あるいは100年に一度実ると言われており、100日が経過する前に実が実る保証はどこにもない。

そしてもう一つ、紅蓮の森には魔戒法師だけが立ち入ることを許され、魔戒騎士は立ち入ることができないのだ。

これらの理由――主に前者の為に血に染まりし者の浄化を諦め、斬ることになるケースが多かった。

 

「かまいません、法師は何とかして見つけます。絶対に」

 

「本気か? さっさと斬った方がホラーに喰われることもなかろうし、その者の為じゃぞ」

 

「人一人救えずして何が魔戒騎士ですか」

 

彩牙の目は、意志は揺るがない。

どれだけ非難の目に晒されようと、険しく困難な道のりだろうと、諦めようとする意志はなかった。

彩牙にとって海未は大切な、何が何でも守りたいと思う人。共に居るだけで心が照らされ、暖かな気持ちになる光のような人。だからこそ、彩牙には海未を見捨てるという選択肢はなかった。

 

どれほどそうして睨み合っていたのか。

呆れたような溜息と共にオルトスは表情を崩した。

 

「ザルバよ、お主は何か言わんのか?」

 

『こいつも頑固でな、何度言っても助けると言って聞かん。こういうところは父親そっくりだ』

 

呆れたようなその言葉に更に深くため息をつくと、オルトスは仕方がないと言わんばかりに姿勢を崩し、口を開いた。

まるで手のかかる子供を見つめる親のような表情と共に。

 

「わかったわかった、そこまで言うのならこの件はお主に任せる。実が実ったら知らせてやるから勝手にせい」

 

結局折れたのはオルトスだった。

こういった頑固な手合いは一度決めたことを決して変えようとしないことを知っていたからだ。下手に縛ろうとすれば手を噛まれることも。

 

 

「ま、それじゃったらちょうど都合がよかったかもの。入ってよいぞー」

 

「……?」

 

オルトスの声に応えるように、彼女のソファの横からまるで闇に隠れていたかのように一人の男が現れた。

黒いコートに身を包み、寡黙な雰囲気と屈強な肉体を併せ持った、壮年の男性だった。

その男に、彩牙は何か自分に近しいものを感じ取った。そう、自分と同じ闇を斬る者の――

 

 

「こやつは鬼戸大和、元老院付きの魔戒騎士じゃ。お主とはこれから度々組むことになるから仲良くせえよ」

 

「鬼戸大和だ、この管轄には最近の異常なホラーの出現率を調査すべくやって来た」

 

男――大和は彩牙の前に歩み立つと、剣のような鋭さを覗かせる視線で彩牙を見つめた。

その視線に彩牙は心の内を覗かれているような、試されているような……奇妙な感覚を覚えた。

 

「……何か……?」

 

「……そうか、お前が今の黄金騎士か……」

 

感慨深いような言葉と視線を彩牙に向ける大和。

するとそれまで黙っていたザルバが口を開いた。

 

『なるほど、確かに大和がいれば法師の問題は解決だな』

 

「どういうことだ?」

 

『こいつは魔戒騎士であると同時にかなり腕の立つ魔戒法師でもあるんだ』

 

「そう。先の件でお主に渡した魔戒符を作ったのもこやつじゃよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

『そして、お前の親父さんの戦友でもある』

 

「――父の!?」

 

「その通り。久しいな、ザルバ」

 

『全くだ。最後に会ったのは何年前だったか?』

 

和やかな表情でザルバと言葉を交わす大和。

まさか父の知り合いとこんなにも早く会えることになるとは夢にも思わなかった。

そしてそれは同時に、自分の記憶を取り戻す手掛かりとなる可能性もあった。そんな期待を込めた瞳で、彩牙は大和に問いかけた。

 

「父のこと、何故ガロの鎧が俺の下に来るようになったのか、何か知りませんか!?」

 

彩牙の言葉に、大和は申し訳なさそうに表情を僅かに歪め、答えた。

 

「すまない。私も虹河が死んだやも知れぬと聞かされたばかりでな、お前の期待には応えられん」

 

「……そう、でしたか……」

 

例え僅かであろうと期待していたことに変わりはなかった。

だからこそ、記憶を失う切っ掛けの手掛かりを見つけられなかったことに彩牙は肩を落とした。そんな彼の気を晴らすかのように、大和は明るく努めるかのように声をかけた。

 

 

「しかしあの彩牙が黄金騎士になるとはな。何があったかは知らぬが、十分に腕を磨いたのであろうな」

 

「俺のことも知っているのですか?」

 

「当然だとも。お前が小さい頃は虹河と共に稽古の面倒を見ていたからな。あのチビがガロになるとは感慨深いものだ」

 

懐かしむようにそう語る大和に、彩牙は奇妙な感覚を覚えていた。

――いや、正確には感じていなかった。大和の語る過去、それが記憶のない彩牙にとって実際にあったことという実感を得られなかったのだ。だから懐かしいという感情も湧いてこず、「そんなことがあったのか」という感覚しか得られなかった。

記憶を取り戻せばそうやって懐かしむことができるのだろうか――そんなことを考えた。

 

そうして過去の思い出に思いを馳せた後、本題に入ると言わんばかりに大和は表情を引き締めた。

 

 

「さて、話は聞いている。血に染まりし者の浄化を行うのだったな、ヴァランカスの実が実ったら私が取ってこよう」

 

「本当ですか!?」

 

大和の言葉に、彩牙は思わず表情を輝かせた。

先のオルトスの反応といい、本来ならば斬ることが最も確実な救いの手段とされていたため、こうも一つ返事で協力してくれるとは思わなかったのだ。むしろ彩牙としてはどれほど愚かで醜くあろうとも協力を得られるまで縋るつもりでいた。

それに対する大和はさも当然と言わんばかりの表情を浮かべていた。

 

 

「当然だ。僅かでも助けられる可能性があるならそれに賭ける、それが魔戒騎士だからな」

 

「――! はい!」

 

自分に記憶はない。だからこの人が父の知り合いで、自分のことも知っていると言われても実感が湧かなかった。

だけどこの人は――人として、騎士として信頼できる人だ。

湧き上がる憧憬の念と共に、彩牙はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうだ。最近のホラーの出現についてですが、一つ心当たりがあります」

 

「ほう?」

 

オルトス、そして大和に向き直り、表情を引き締めて切り出した彩牙。

思い出したのは先日、秋葉原でのμ’sの路上ライブの日。

あの日、ことりを狙ったホラーを討滅した直後、彩牙はある男に襲われた。

 

「黒いフードに身を包んだ法師と思しき男に会いました。奴は自分のことを“ホラーと共に歩む者”と言ってました」

 

『それに奴の身体、奴が使った符からは邪気を感じた。無関係ってことはないだろうな』

 

あの男――闇の法師からは強い“闇”を感じた。

それは単純に強大な力だけではない。あの僅かに覗かせた鋭い眼光からは暗闇に包まれた奈落のような――いや、それよりも深い“絶望”――そして、“憎悪”が感じられた。

 

 

「ふーむ、なるほどのぉ……なら当分はその法師を探すことにするかの」

 

「そうですな。仮にそやつが無関係だとしてもホラーと共謀するような奴は放っては置けません」

 

互いに頷き合うオルトス、大和、そして彩牙。

闇の法師を見つけ、ホラー異常発生との関係を吐かせる――これからの基本方針が決まった。そうしたところで気持ちを切り替えるかのように、大和は彩牙と向き合った。

 

 

「さて、それではまず我ら魔戒騎士の使命を果たすとするか」

 

「……ホラーですか」

 

静かに頷く大和。

それは肯定の意を表していた。

 

「夜が更けたころ、番犬所の前で集合だ。よいな?」

 

「はい!」

 

ホラーを斬る――

魔戒騎士の使命はどのような事情があろうと、決して怠ってはならない。

 

 

 

**

 

 

 

番犬所を後にした彩牙は、エレメントの浄化も兼ねて街を探索し始めた。

音ノ木坂から神田に抜け、神田から秋葉原に向けて探索していく。だが探してもエレメントとなるオブジェも、その気配も見つからない。

恐らくここ数日この辺りを徹底的に浄化しに周っていたためだろう。最も、エレメントが発生しないことはホラーが出現しないことを意味しており、むしろ歓迎すべき状態であるのだが。

だが油断してはいけない。ここ最近の異常なスパンでのホラー発生、何かが――もしやするとあの法師がエレメントを発生させている可能性だってあるのだ。

 

そうして神田を抜け、秋葉原に出たころだった。見覚えのある人影が彩牙の目に写った。

ポニーテールにした金髪にツインテールの黒髪、そして二つにまとめられた紫の髪の少女たち。

もしやと思い、彩牙はその背中に声をかけた。

 

「東條さん?」

 

「――あれ、彩牙くん? 奇遇やね」

 

希、絵里、にこの三人だった。

学校が夏休みに入ったということもあるのか、私服に身を包んだ三人。希の言うようにさも奇遇と言うような表情を浮かべていた。……最も、にこだけは若干しかめっ面で、何故かサングラスをかけていたが。

そんな中で、希はにこやかと言うのか、フレンドリーな表情を浮かべていた。

 

「今日は海未ちゃんと一緒やないんやね」

 

「はは、そんないつも一緒なわけじゃないさ。高坂さんや南さんと用事があったみたいだし、俺も俺で用事があったからね。東條さんたちは?」

 

「フフ、うちらはね~……敵情視察や!」

 

――敵情視察?

何のことかと疑問を浮かべる彩牙に応えるように、補足するかのように絵里が前に出た。

 

「今日、UTXでA-RISEのライブがあるんですよ」

 

「あらいず?」

 

「知らないのアンタ? A-RISEよA-RISE!スクールアイドルの頂点!常識でしょ」

 

何のことかわからない彩牙に、興奮気味のにこが仕方ないと言わんばかりに説明を始めた。

秋葉原に拠を構えるUTX学院が擁するスクールアイドル・A-RISE。全スクールアイドルのトップに君臨するグループであり、憧れの存在。

 

メンバーは三人。

統堂英玲奈――泣きぼくろと高い身長が特徴のクールな少女、その佇まいとハスキーな歌声から女性ファンが多い。

優木あんじゅ――甘さたっぷりの声と顔立ちが特徴の姫系の少女、メンバー1の女性らしい振る舞いと体つきから特に男性ファンからの人気が厚い。

そして綺羅ツバサ――A-RISEのリーダー、小柄ながらもその可憐さと高いカリスマ性から先の二人を凌駕する人気を誇る少女。

彼女たちがスクールアイドルの頂点・A-RISEなのだと、にこはそう語った。

 

「なるほど……で、東條さんたちはそのライブがどんなものなのか視察に行こう、と」

 

「そういうことやん♡」

 

「私や希はアイドルを始めてまだ日が浅いから、勉強も兼ねて見ておきたくて」

 

「まったくよ、せめて生のA-RISEのライブくらいは1回見ておきなさい。このにこにーがせっかく教えてあげるんだからきっちり頭に叩き込むのよ」

 

「頼むで、にこっち先生♪」

 

楽しそうだな、と彩牙は思った。彼女たちを見ていると暖かな気持ちになる。

それ故に、彼女たちの日常を何としても守らなければいけない。そう思い、エレメント探索を再開しようと別れを告げようとした――その時だった。

 

 

 

「そうだ、よかったら彩牙くんも一緒にいかへんか?」

 

「……俺も?」

 

希が彩牙を引き留めたのだ。

彼女の言葉に「あら」と言いたげな表情の絵里と、「何を言ってるんだ」と言いたげな表情のにこが反応した。

 

「はぁ!? ちょっと何言ってんのよ希!」

 

「そうよ、彩牙さんにも何か用事があるかもしれないのに、急に誘ったら迷惑じゃないかしら?」

 

「まあまあええやん。ほら、うちらって三人揃って類稀無い美少女やし、悪い虫さんが寄り付かんように♪ あの海未ちゃんが一緒に暮らしてるって言うなら安心やん?」

 

「つまり虫除けってことか?」

 

「うそうそ冗談。ここで会ったのも何かの縁ってことで、どうかな?」

 

朗らかな笑顔で彩牙の顔を覗き込む希。

それに対する彩牙はしばしの間考え込むと――

 

「……そうだな。お邪魔じゃなかったら一緒にさせてもらおうかな」

 

希の誘いを受け入れた。

 

 

「ふふ、勿論や!こっちこそよろしゅうな♪」

 

「ごめんなさいね、なんだか無理言わせちゃったみたいで」

 

「構わないさ。俺もその、あらいずというのに興味があるからさ」

 

「ったく、仕方ないわね。ま、にこみたいな美少女と一緒に居たい気持ちもわかるけど」

 

「にこっち、美少女言われて気分良くなっただけとちゃう?」

 

「違うわよ!」

 

やいのやいのと賑やかな彼女たちととりとめのない会話を交わしながら、UTXへと足を運んでいく彩牙。

彩牙が希の誘いを受けたのは理由があった。

一つは彼女たちに言ったように、単純に彼女たちが目標としているスクールアイドルに興味があったこと。

そしてもう一つは――

 

 

 

 

 

 

――UTX学院・ライブ会場

 

「すごいな……学校の中にこんな広い会場が……」

 

「ここまで凄いとはうちもビックリさんやー……」

 

「ハラショー……」

 

いくら有名なマンモス校であったとしても、一学校に収まっているとは到底思えないような広大なライブ会場に、ただただ唖然としていた。まるで一コンサートホールのようなその広大な会場が埋め尽くさんばかりの人で溢れかえっているのも、それに拍車をかけていた。

その中でにこだけが一人、何度も来て慣れているのか堂々としていた。

 

「当然でしょ。なんたってA-RISEはUTXが学校を挙げてサポートしてるのよ、これくらいは毎度のことよ」

 

「いっつもここでライブしてるん!?」

 

「へぇ……流石マンモス校は違うのね……」

 

感心したような表情をにこに向ける絵里と希。

そんな彼女たちを傍目に、彩牙は険しい視線を辺りに向ける。

 

(どうだ?ザルバ)

 

(エレメントの邪気は感じないな。今のところは、だが)

 

校舎に入ってからこのライブ会場まで、エレメントの気配を感じることはなかった。

また、大勢の人に混じってホラーの邪気も感じられなかったため、少なくとも現時点ではホラーの発生、および脅威はないということになる。

とりあえずはと一息つく彩牙、するとそんな彩牙の姿が目に入ったのか、からかうような表情の希が寄り添ってきた。

 

「あれれ?彩牙くん、こんなカワイイ子をほっといて何きょろきょろしてるん?」

 

「いや、ただちょっと圧倒されてさ。スクールアイドルってここまで凄いものだったんだな」

 

「何言ってんの。会場くらいでそんなこと言ってたら……っと」

 

にこの言葉を遮るように、会場内の灯りが消え、辺りを暗闇が包む。

それと同時にそれまで会場内に響いていた喧噪がピタリと止まり、嵐の前の静けさと言うのか――まるで主賓を迎え入れるかのような静寂に包まれた。

その気に充てられたのか、初めての絵里や希、慣れているはずのにこ、そして彩牙も思わずごくりと喉を鳴らした。

そして、煌びやかなスポットライトがステージを照らした瞬間――

 

 

 

 

 

 

 

 

歓声が、一気に爆発した。

 

 

「ぅおっ……!」

 

まるで爆発したかのような歓声に包まれ、サイケポップなミュージックと共に現れたのは三人の少女。キレ目のクールな少女――統堂英玲奈。姫カットの緩やかな少女――優木あんじゅ。そしてその中心に立つ圧倒的存在感を放つ小柄の少女――綺羅ツバサ。

彼女たちこそ、ここUTXを代表し、全スクールアイドルの頂点に立つグループ――A-RISEだった。

 

白を基調とした衣装に身を包んだ三人は、会場を埋め尽くさんばかりの観客に笑顔を向けて手を振り、ミュージックに乗ったダンスと共に、歓声に負けない程の歌声を紡いでいく。

曲名は、『Private Wars』――

 

 

 

 

 

 

 

 

――凄い

 

A-RISEのライブに、彩牙が抱いた思いはそれだけだった。いや――余りにも凄すぎてそれ以外に表現することができなかった。

彩牙はアイドルのことをよく知らない。何が良くて何が良くないのかもてんで知らない、ずぶのど素人だ。

だがそれでも、そんな彩牙でも目の前にいるA-RISEという存在が、その歌声が、ダンスが、パフォーマンスがどれほどハイレベルなのか理解するほどに、そのライブは凄まじかった。まだ1曲目だというのに、彩牙はすっかりとA-RISEに引き込まれていた。

 

ふと視線を横に向ければ彩牙と同じようなことを思ったのか、希と絵里も呆けたような表情を浮かべながら視線を奪われていた。

そしてにこは魅了されたような視線を浮かべながらも、まるでライバルを見つめるかのように複雑な、険しい顔つきをしていた。

 

――そうだ。自分とは違い、同じスクールアイドルである彼女たちにとってA-RISEはただ憧れるだけの存在ではない。超えるべきライバルでもあるのだ。

 

「……凄いわね。素人にしか見えないとか言ってた自分にビンタしたい気分だわ」

 

「そうでしょ。ダンスも歌もパフォーマンスも、μ’sはまだまだA-RISEには追いつけない」

 

「でもだからこそ、超え甲斐がある。そうやろ?」

 

もう憧れているだけの、夢を見ているだけの少女ではいられない。

弱小であろうと同じスクールアイドルという土俵に立った以上、彼女たちは競い合い、夢に向かって駆け上がっていかなければならないのだから。

 

改めてA-RISEと競い合うことに意志を固めた三人を横目で見ながら、彩牙は頑張ってほしいと思った。

A-RISEは確かに途轍もなく凄いグループだ。だがμ’sはそれに負けないような輝きを秘めているように感じる。

その輝きを無駄にしてほしくない――そう思っていた、その時だった。

 

 

 

(……夢中になるのはいいが小僧、気付いたか?)

 

頭の中にザルバの声が響いた。

その声に従い、感覚を鋭敏化させる。すると彩牙にも感じられた。

微弱な、しかしじわじわと膨れ上がっていく闇の気配を。

 

「あー……ごめん。ちょっとトイレ行ってくる」

 

「はあ!? せっかくのライブだってのに勿体ないわね、早く行ってきなさい」

 

もう少し楽しんでいきたかったが仕方ない。適当な理由をつけ、彩牙はその場を後にした。

魔戒騎士の昼の仕事が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

――まただ。あの時と同じ目……

 

自分たちから離れていく彩牙の背中を、希は見つめていた。

抜けようとする一瞬前、彩牙が鋭い表情を浮かべているのを、希は偶然にも目撃していた。

数日前、メイド喫茶で目にしたような、あの表情を。

 

 

――彩牙くん。キミは一体何を見てるの……?

 

 

 

「みんなーっ!ありがとーーーっ!! 続いてはこの曲、『CHIASTOLITE』!」

 

希の抱く不安とは裏腹に、ライブは更なる盛り上がりをもって進んでいく。

宴はまだ終わらない。その裏で何が起きているのか気づかないまま――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、彩牙が戻ってきたのはライブが終ろうとしたころだった。

 

「ごめん、広すぎて道に迷っちゃった」

 

「迷いすぎでしょ!もうライブ終わっちゃうのに、何勿体ないことしてんのよ!」

 

「あはは……まあ抑えて、にこ」

 

何食わぬ顔の彩牙に、アイドル好きとして憤るにこに、それを嗜める絵里。

傍から見れば微笑ましい場面に――彩牙に、希は何とも言えない違和感を拭えずにいた。

 

 

 

**

 

 

 

UTXでのライブが終わり、太陽が夕陽になりかけ始めたころ。

秋葉原と神田の境、人通りもまばらな道を歩く三人の少女たちの姿があった。

 

「はあ~っ、凄かったよぉ~……!」

 

「すっかり上の空ね」

 

「凛はこっちのかよちんも好きだよ♪」

 

花陽、凛、真姫の三人だった。

彼女たちも希たちと同じようにA-RISEのライブに訪れていたのだ。希たちと一緒にならなかったのは人があまりにも多く溢れかえっていたことと、お互いが取っていた場所が大きく離れていたため、互いの存在に気づくことはなかったからだ。

 

さて、その中で花陽は非常にうっとりとした表情を浮かべていた。

それもそのはず、にこと並んでアイドルが好きな花陽はμ’sに加わる以前からA-RISEの大ファンだったのだ。同じスクールアイドルとして競い合う関係であろうとも、自分たちよりもまだ遥か格上にいる存在であることもあってか、一ファンだという感覚で強い憧れを抱いていた。

 

「夢中になるのはいいけど、私たちもこれからはアレと競うんだってこと、忘れないでよね」

 

「はっ! そ、そうだったね。今は私たちもスクールアイドルだもんね。あぁでも、あのA-RISEと同じ舞台に立てるなんて夢みたいだよぉ……」

 

「もう、ここまでトリップしちゃうなんてね」

 

「でも凛は知ってるよ。さっきのライブ、真姫ちゃんも目を輝かせていたってこと」

 

「うぇっ!? ちょ、そういうことは言わなくていいの!」

 

「素直じゃないニャー♪」

 

ニャフフッと跳ね回る凛に、思わず赤面する真姫。

真姫も真姫でμ’sに加わったころから作曲の――アイドルの曲とはどのようなものかを参考にするために色んなアイドルやスクールアイドルの曲を調べた。その中には当然A-RISEの曲も入っていた。

それでいても今日のライブには衝撃を受けた。CDを聴いたりPVを眺めるのとでは全然違う、生のライブならではの迫力というものを目で、耳で、全身で感じ、A-RISEの王者たる所以を思い知った。

 

――花陽やにこ先輩が夢中になるのもわかる気がする。

 

競い合う相手なのに思わずファンになってしまいそうになるほどに、相手はあまりにも強大。でもだからと言って諦めるのは、自分のプライドが決して許さない。

何よりも相手が強大であればあるほど超え甲斐がある――真姫はそう思った。

 

 

 

そうしてとりとめのない会話をしながら帰路につく最中。ちょっと休んでいこうという話になり、三人は偶々通り道にあった公園に立ち寄った。

自販機で買った飲み物がライブの熱気と夏の日差しで火照った体を冷やし、気持ちを落ち着かせる。じりじりと照り付ける夏の日差しに汗を拭いながら、花陽は影を作るように手をかざした。

 

「暑いね……いよいよ夏本番って感じだね」

 

「暑いニャ~、溶けるニャ~、海行きたいニャ~。真姫ちゃん家なら海に別荘あったりするんだろうな~羨ましいニャ~」

 

「凛ちゃん、いくらなんでもそんな漫画みたいなこと……」

 

「あるわよ、別荘」

 

「そうそうあるわけ……」そう言いかけ、さらっと言い放った真姫の発言を理解したのか驚愕の叫びをあげ、迫真の表情で真姫に詰め寄る花陽と凛。

詰め寄った二人に真姫はただ、たじろぐことしかできなかった。

 

「ほ、本当なの真姫ちゃん!? 凄いよ!」

 

「ちょ、そんなに大したことじゃないでしょ!? 普通よ!」

 

「さすがお金持ちは違うニャー……」

 

ごくりと、恐れ慄くような表情を浮かべる凛。

だがそれも束の間、いいことを思いついたと言わんばかりに表情を輝かせ始めた。その表情に真姫は面倒な予感を覚えた。

 

「そうだ! それじゃあ今度みんなで真姫ちゃんの別荘に行くニャ!」

 

「な、何よ突然!花陽も何か言ってやって!」

 

「えっ!? ……わ、私もちょっと行ってみたいかなぁって」

 

「うぇえっ!?」

 

おずおずとしながらもそう答える花陽に思わずたじろぐ真姫。

凛と花陽の期待を込めた眼差しに見つめられ、真姫は仕方ないと言わんばかりにため息をついた。

 

「……仕方ないわね。適当な理由つけてパパに聞いてみるわ」

 

「わーい! 真姫ちゃん太っ腹ニャー!」

 

喜び跳ねる凛を傍目に、花陽は少し複雑そうな視線で真姫を見つめた。

海に行けるかもしれないというのは素直に嬉しい。しかし真姫の言ったこと――“適当な理由をつける”ということに違和感を感じていた。

 

――もしかして、真姫ちゃん。お父さんには……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ねえキミたち、カワイイね。よかったら俺たちと遊ばない?」

 

突然響いた、軽薄そうな男たちの声。

視線を向ければ、そこには声色に偽りなしと言わんばかりに髪を染め、だらしなく着崩した5,6人ほどの軽薄な男たちが三人の前に立っていた。

軽薄な、それでいて下品な笑みを向けられて花陽は怯え、凛はそんな彼女を抱きしめながら警戒心を露にし、真姫はキッと睨みつけて男たちの前に立った。

 

「お断りします。私たちそんな気はないので」

 

「オコトワリシマスだって! カワイィー!」

 

「こういうツンツンしてる子、俺タイプなんだよねー!」

 

毅然とした態度で言い放ったものの、男たちは下品な笑い声をあげるだけで全く取り合おうとしない。

男たちの反応で真姫は察した。

これは人の話を聞かないタイプだ。早く立ち去らないと面倒なことになると。

 

「迷惑だから本当にやめてもらいます? 二人とも行きましょ」

 

「いこ、かよちん」

 

「う、うん」

 

そうと決まれば逃げるが勝ち。

花陽と凛の手を取り、早足で立ち去る真姫。こういう手合いは相手にするだけ無駄だ。下手に話せば話すほど逃げられなくなってしまうのだ。

そうして公園の出口目掛けて歩き始めたのだが――

 

 

 

 

 

 

「まあまあ待ってよ、そんなに冷たくしなくてもいいじゃん。退屈させないよ?」

 

「っ! やめて!離してよ!」

 

あっさりと追い付かれ、男たちに組み付かれてしまった。

それは真姫だけではない、凛と花陽も同じように組み付かれてしまっていた。嫌悪感を露にしても男たちはやめようせず、それどころか彼らの情欲に火をつける結果となってしまった。

 

「や、やめて……ください……!」

 

「ちょっと! かよちんに変なことしないでよ!!」

 

「ヒューッ!怯えた顔もカワイイーッ!」

 

「俺こっちのショートカットの子が好み!」

 

下卑た笑いを浮かべ、彼女たちの拒絶を男たちは聞こうともしない。

逃げようともがくものの、男たちとの力の差は歴然。全く振りほどくことができず、次第に彼女たちは組み付かれたまま引き摺られ始めた。

何をされようとしているのか、嫌が応にも理解してしまった。

 

 

「離して! 離してってば!!」

 

「ほら暴れないでよ、天国に連れてってやるからさ!」

 

「天国にイクのはお前だけじゃねーの!」

 

「そりゃそうだな、ハハハッ! ヒト来ないうちに茂みに行くぞ!」

 

「ひっ……! や、やだぁっ……!」

 

「真姫ちゃん!かよちん! やめて!やめてってば!」

 

言ったところで何かが変わるわけでもない。抵抗虚しく三人は徐々に茂みの中に引き摺られていく。

自分たちの力だけではどうしようもないこの状況。真姫は、花陽は、そして凛はこう思わずにはいられなかった。

 

 

――誰か、誰か助けて!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――パチパチパチ

 

「――へえ、面白そうなことしてんじゃん」

 

突然、辺りに響いた声と、拍手するような音。

男たちが、そして凛たちが声のした方向に視線を向けると、そこには一体いつからいたのか、木に寄りかかるように一人の少年が立っていた。

非常に危うい状況であったというのに、その少年の姿を見た凛は変な人だと思った。

 

少年は黒髪で、凛たちと同じか少し年上くらいの背格好をしていた。

目元をサングラスで隠していたその表情は、僅かに吊り上がった口元から不敵な笑みを浮かべているのだということが辛うじてわかった。

だがそれよりも、何よりも奇妙だと思ったのは少年の服装だった。夏真っ盛りだというのに、少年は膝下まであるような黒いコートを身に纏っていたのだ。

見てるだけでこっちが暑くなりそうだと、凛は呑気にもそう思った。

 

「アァ? 何だよお前、イイトコだってのに邪魔すんじゃねーよ!」

 

「そうそう、俺たちこれから楽しい遊びをするとこなんだからさー!」

 

喧嘩腰の男たちを前にしても、少年は少しもたじろぐ様子を見せない。

それどころか余裕たっぷりに辺りを見回し、組み付かれている真姫、花陽、凛の姿を見ると不遜な態度を崩さずに口を開いた。

 

「ふーん……それにしちゃあ、随分と嫌がってるみたいだけど?」

 

「おい兄ちゃん、怪我したくなかったら大人しく引っ込んでろよっ!」

 

少年の態度に痺れを切らしたのか、男の一人が少年の前に出るとその顔面目がけて拳を繰り出した。

男に殴り飛ばされる少年の姿が頭によぎり、思わず目をつぶる凛たち。

しかしいつまでたっても殴られる少年の悲鳴や骨が砕けるような音は聞こえず、代わりに耳に入ったのは男たちのどよめきだった。

恐る恐る目を開くと、そこには驚きの光景が広がっていた。

 

 

 

「いてててててて!痛い痛い痛い痛い!!」

 

少年は殴られていなかった。

男の繰り出した拳は少年の目前にて掌で受け止められ、逆に締め上げられていた。

自分たちよりも小柄な少年に締め上げられ、情けない悲鳴を上げる男。少年はそんな男を乱雑に放り捨てると挑発するように手をかざした。

 

「来いよ。代わりに遊んでやる」

 

「ふざけんじゃねぇぞガキがぁ!!」

 

少年の挑発に乗り、凛たちを拘束する者を除いて一斉に少年に襲い掛かる男たち。

迫りくる男たちを前にしても少年は微動だにしない。やがて男の一人が少年の前に辿りつくと拳を振るった。

しかしその拳が少年を捉えることはない。少年はわずかな動きで男の拳を躱していき、男を翻弄する。

やがて繰り出された男の腕を掴み取ると、少年はその小柄に見合わない力で男を投げ倒した。

 

「ヤス!」

 

「テメェ、さっきはよくもやってくれたな!」

 

もう一人の男と、先程少年に締め上げられた男が、少年を挟み撃ちするように襲い掛かる。

前後から襲い掛かる男たちに、それでも少年は不敵な態度を崩さない。

前後から逃げ場を塞ぐように少年に殴りかかる男たち。しかし少年は拳が当たるその瞬間にしゃがみ込んで避け、本来の相手を失った男たちの拳はそのままの勢いで進み、互いに正面にいた仲間の顔面を見事に捉えて撃沈していった。

 

「くそっ、さっきから調子乗りやがって!」

 

先程少年に投げ倒された男が取り出したものを見て、凛たちはヒッと息をのんだ。

男が取り出したのは折り畳み式のナイフだ。刃渡りが小さくとも人の命を脅かすには十分な代物だった。

ナイフを振りかざし、襲い掛かる男。それを前にしても少年は身構えようとするそぶりも見せなかった。

これから起こされるであろう惨劇に悲鳴をあげる凛たち。そして――

 

 

 

 

――ポキンッ

 

「へ?」

 

目の前に突き出されたナイフの刃を、少年はあろうことが指で挟んで受け止めたのだ。

更に少年が少し力を込めただけで、なんとナイフは真っ二つに折れてしまった。

目の前の現実が信じられず、呆けたような声を出した男の顔面に少年の掌底が叩き込まれ、男の意識は刈り取られた。

返り討ちにした男たちを一瞥した後、少年は凛たちを拘束する男たちに視線を向ける。先程とは逆転したように、今度は男たちが怯えたような表情を見せた。

 

「まだやるかい?」

 

「ひ、ひいぃぃぃぃ! 何だこの化けモン!に、逃げるぞ!」

 

「お、おう!」

 

「おーい、忘れモンだぞー」

 

少年に恐れをなし、凛たちを放り出して逃げ出す男たち。

少年はその男たち目掛け、たった今返り討ちにして気絶した男たちを放り投げた。

仲間の身体が自分たちに積み重なり、ひぃひぃと仲間を引き摺って逃げていく男たち。それを見て助かったのだと自覚した花陽はペタンとその場にへたりこみ、恐怖を思い出したかのように涙を流し始めた。

 

「こ、怖かった……怖かったよぉぉ……!」

 

「かよちん、大丈夫……?」

 

「もう大丈夫、大丈夫だから……!」

 

慌てて駆け寄り、花陽をそっと支える凛と真姫。

震えているのは花陽だけではない。気丈に見せているだけで凛も真姫も震えていた。

怖かったのだ。男たちの声で、力で、手つきで、何をされるところだったのか嫌が応にも理解してしまったのだから。もしあの少年が助けてくれなかったらと思うとゾッとする。

やがて花陽の涙が収まり始めたころ、件の少年は彼女たちの前に歩み寄ると朗らかな笑顔――サングラスをしているので口元だけだが――を浮かべ、凛たちに話しかけた。

 

「怪我はなかった? 暑くなるとああいう連中が出るから気をつけなよ」

 

「は、はい。あの……ありがとうございます!」

 

少年に頭を下げてお礼を言う真姫に倣うように、凛も、泣きじゃくっていたため僅かな動きだが花陽も、ぺこりと頭を下げた。

普段から素直じゃないと言われる真姫だが、流石に自分たちを助けてくれた恩人に対して礼を言わないほど意地っ張りではなかった。

目の前の少年には本当に感謝の気持ちで溢れていた。

だからこそ――

 

 

 

 

 

「どういたしまして。それじゃ、さっきの連中はほっといて俺と遊ばない?」

 

 

その言葉は、真姫の中の熱を冷めさせるには十分だった。

 

――ああ、そうか。

結局のところ、この男もさっきの男たちと同じなんだ。私たちを助けたのは、別に私たちが可哀想とか義憤に駆られたとかそんなんじゃない。単にあの男たちが邪魔で、最初から私たちが目当てだったんだ。一瞬でもヒーローみたいとか考えてた自分がバカみたい……!

 

冷めきったのと入れ替わるように怒りが真姫の頭を駆け巡り、カッと熱が昇る。

気づいた時には怒り心頭で、花陽と凛の手を引きながら心の内を表すかのように、乱雑な足取りで歩き出していた。

 

「結構です!! 凛、花陽、行きましょ!」

 

「う、うん……」

 

「真姫ちゃん……ま、待って……!」

 

強く手を引かれ、よたよたと歩く凛と花陽。

その中で凛はちらりと戸惑いの表情で少年に振り返ったが、すぐに向き直して真姫を慌てて追いかけていった。

 

そして公園に一人取り残された少年。

助けた相手に怒りをぶつけられ、逃げられたにもかかわらず、その表情には悲しみや残念といった感情は何一つ浮かんでいなかった。

 

 

「あらら、振られちゃったか」

 

『わざと言ったくせによく言いますね』

 

少年一人だけのはずの公園に響き渡る、紳士然とした男性の声。

少しくぐもったようなその声は、あろうことか少年が首から下げた銀色のペンダントから発せられていた。

犬の頭と男性の顎の部分が融合したようなそのペンダントを、少年はさも当然のように触れ、慣れ親しんだ相手に向けるように語り始めた。

 

「あれ?わかっちゃうか?」

 

『当然です。何年見てきたと思っているのですか』

 

「それもそっか」

 

ハハハ、と笑う少年。

ひとしきり笑った後、踵を返してその場から歩き出した。

 

『どちらに?』

 

「お仕事だよ。仕事熱心な様をアピールしといた方がいいだろ?」

 

『しかし先に挨拶に向かわれた方が……』

 

「後ででいいんだよそんなモン」

 

黒いコートを翻す少年は夕陽でできた影の中に――闇の中に溶けていくように、公園を後にした。

そうして誰もいなくなった公園に、蝉の鳴き声だけが響き渡った。

 

 

 

**

 

 

 

「二人とも、今日はありがとうね♪」

 

「いいよいいよ、色んな服見れて楽しかったし!」

 

「それにしてもたくさん買いましたね……何に使うのですか?」

 

陽も暮れた夜道。その中を仲睦まじく歩く三人の人影があった。

穂乃果、ことり、海未の三人だ。

今日はことりからのお願いということで、三人揃って服屋などを見て回っていたのだ。途中、可愛らしい服装にうっとりとしたことりや、露出の多い服装に赤面して慌てふためく海未など、彼女たちらしい反応を覗かせていた。

 

そして今、ことりの腕の中には大きな紙袋が抱えられていた。

ほくほくと満足そうな笑顔で腕一杯にそれを抱えることりに海未が尋ねると、待ってましたと言わんばかりの笑顔を浮かべた。

 

「色んな水着だよ。夏真っ盛りだし、新曲は水着みたいな衣装でしたいなって」

 

「ことりちゃん、もしかして新しい曲作ってるの?」

 

「ううん、だから海未ちゃんお願い! 可愛い水着さんが映えるような歌を作って♡」

 

「やはりそこは私なんですね……」

 

軽くため息はつくものの、キラキラと瞳を輝かせてお願いをすることりに、海未は断る気はなかった。

幼馴染が自分を頼りにしてきてくれているのだ。断る理由はどこにもない。

 

「わかりました。折角ですし夏らしいのを作ってみましょう」

 

「ありがとう海未ちゃん! それじゃあ後でフリルがたくさんついたヒラヒラの可愛い水着さんを見せてあげるから参考にしてね♪」

 

「うっ……ひ、ひらひらの……ですか」

 

――波が打ち寄せる砂浜、その中で波飛沫にあてられるのはヒラヒラのフリルの付いた面積の小さな水着を着けた自分。その水着の合間から覗かせるのは、ハリのある白い肌――

そんなことを想像し、沸騰したかのように赤面する海未。

……安請け合いしてしまったかもしれないと、軽く後悔していた。

 

ウキウキと楽しそうに語ることりに、浮かべた妄想で顔を真っ赤にさせた海未。

そんな幼馴染二人の様子を見た穂乃果は、この二人とはずっと一緒に居たいと、心から思うのだった。

そんな中、ふと思い出したかのように穂乃果が海未の首元を指さして口を開いた。

 

 

「そういえば海未ちゃん、その首に下げてる指輪……だよね?どうしたの?」

 

穂乃果の言う通り、海未の首元にはシンプルな銀の指輪がペンダントのように下げられていた。

海未はその指輪を手に取り、少し恥ずかしそうなそぶりを見せながらも答えた。

 

「これですか? 今朝彩牙くんから渡されたのですよ。肌身離さず持っててほしいと」

 

思い出されるのは今朝。稽古が終わるなり彩牙に突然この指輪を渡されたのだ。

そういったシルバーアクセサリの類があまり趣味ではなかったことと、男性からの贈り物というものが気恥ずかしかった海未ははじめ、丁重に断ろうとしたが彩牙の余りにも真剣な眼差しに押し負け、指に嵌めるのは恥ずかしかったのでペンダントという形にして受け取ったのだ。

 

そして今、海未の話を聞いたことりと穂乃果はこれでもかと言わんばかりに表情を輝かせていた。

そんな二人を目にした海未は猛烈に嫌な予感がした。

 

「聞いた?ことりちゃん!」

 

「うん!男の子が女の子にプレゼント……これはつまり!」

 

「春だよ! 海未ちゃんに春が来たんだよ!」

 

「なっ、ななななななな何を言ってるのですかぁっ!! そんなんじゃありません!」

 

キャーキャー!と黄色い声を上げる穂乃果とことり。

完全に彩牙が海未に告白したような流れになっていることを前に、初心なところがある海未が平静を保っていられるわけがなかった。

そんな海未を、穂乃果は満面の笑みで肩を叩く。わかってる、わかってるよと言いたげな笑顔で。

わかってないでしょう。海未は声を高々にしてそう叫びたかった。

 

「大丈夫!アイドルなのに彼氏はどうなのかー、とかそういうことでしょ?」

 

「心配しないで!何があっても私と穂乃果ちゃんは海未ちゃんの味方だから!」

 

「もういい加減にしてください! 穂乃果!ことりも!」

 

顔を真っ赤にして叫ぶ海未。

そんな彼女を前に穂乃果とことりは舌を出しながらテヘ、と悪戯っぽく顔を見合わせた。

やはりこの二人、最初から確信犯だったのだ。こういう時に限って異常な速さで結託する二人を海未は若干うらめしく思った。

そうしてひとしきり笑いあった後、神妙な表情を浮かべた穂乃果は呟いた。

 

 

 

「それにしても彩牙くん、今もみんなのために戦っているのかなぁ……」

 

「……うん。きっと、この空の下で頑張ってるんだよ」

 

その言葉に倣うように、ことりと海未も神妙な表情を浮かべた。

思い出されるのはガロとしてホラーを斬り裂く彩牙の姿。初めて目撃した時も、女ホラーに襲われた時も、ミナリンスキーとしてのことりが狙われた時も、彩牙はホラーから守ってくれた。

それよりずっと前から、そしてこれからも、彩牙はホラーを斬り、人々を守っていくのだろう。それを思い、心の内に安心にも似た光が満ちる。

だが、それと同時に――

 

 

 

――でも、不安なのです。少し目を離したら遠いところに行ってしまいそうで……危ういと言うか……

 

 

そう、海未は不安を感じていた。

戦うたびに、ホラーを斬り裂いていくたびに、魔戒騎士として自分たちの知らない場所に行ってしまいそうで、離れ離れになってしまいそうで――二度と会えなくなるような。

 

そしてもう一つ、彩牙はまっすぐだ。人々を守ろうと奔走し、真面目なその性格や太刀筋から彼がどこまでもまっすぐな人間だということが窺える。

それ故に不安だった。ふとしたきっかけでぽっきりと折れてしまいそうな――そんな漠然とした不安があった。

 

しかし以前、穂乃果は言った。「自分たちが支えてあげればいい」と。

ならば支えよう。どうすればいいのかわからないけど彼が折れてしまわないように、支えられるように守られる側としてせめてもの努力しよう。

それがきっと、同じ家で暮らす“家族”としてできることなのだから――

そんな思いを胸に秘め、それとはまた別の不安を海未は口にした。

 

 

 

「しかしこんなに遅くなってしまって……またホラーに襲われたりしなければよいのですが……」

 

「そうだね……噂になっちゃってる程だし……」

 

「大丈夫だよ~! そんな何回も襲われるはずが――」

 

 

 

 

 

 

――ドスンッ!!

 

穂乃果の声を遮るかのように、アスファルトを砕くような音と共に一つの影が彼女たちの前に降り立った。三人はその影を呆然とした表情で見つめる。

影は一見すると人影のようなシルエットをしていた。だが街灯に照らされたその姿は人とは大きく異なる姿をしていた。

――蟲だ。まるで蟻を彷彿とさせるような、人型の白い蟲だった。白い外骨格に覆われた体躯は彼女たちの背丈を大きく超し、青い複眼が闇の中で妖しく輝き、牙に覆われた口からはギチギチと気味の悪い音を漏らしていた。

三人は一瞬のうちに察した――ホラーだと。

 

「ま、またですか!?」

 

「言ってる傍から!?」

 

「は、早く逃げなきゃ!」

 

踵を返し、ホラーから逃げようとする海未たち。

だがそんな彼女たちを嘲笑うかのように、振り返った先に全く同じ姿のホラーが現れたのだ。それも一体だけではない、二体、三体と増えていく。

そうして計六体。全く同じ姿をした蟲のホラーに逃げ道を塞がれ、すっかり囲まれてしまった。

 

「か、囲まれちゃったよ……!」

 

前から、後ろから、ホラーたちが彼女たちを囲み、じりじりと追いつめていく。

壁際に追い込まれ、少しでもホラーから距離を取ろうと互いの体を密着させる海未たち。

そんなささやかな抵抗を嘲笑うかのようにホラーは一歩、また一歩と距離を詰めていく。すぐ一斉に飛びかかろうとしないのは獲物の怯えるさまを堪能しているとでも言うのだろうか、海未たちにはわからない。

 

そうしてとうとう目前までホラーが迫り、牙を剥いた口から生臭い吐息が漏れる。

海未は、穂乃果は、ことりは恐怖と嫌悪感を露にしながら必死にホラーから顔を背ける。

だがそれもホラーの前では無駄な足掻きにすぎない、そう笑うかのように、ホラーの内一体が彼女たちを喰らわんと口を大きく開いた。口から垂れる涎が道路を、彼女たちの服を、肌を汚していく。

もう駄目だ――諦めかけた、その時だった。

 

 

 

 

『ギッ……!?』

 

口を開けて迫っていたホラーの動きが止まり、痙攣し、苦しむかのような唸り声をあげる。

何が……?そう思い、背けていた視線をホラーに向き直しその全身を見ると、ホラーの腹から一本の剣が生えていた。

――いや、生えているのではない、刺し貫かれているのだ。背後から突き出された剣によって。

剣はそのままホラーの身体を宙に持ち上げて放り捨て、海未たちを囲んでいた他のホラーを斬り裂いていき、彼女たちを囲んでいたホラーはあっという間に引き剥がされた。

そうして剣の持ち主が露になる。

 

 

「――彩牙くん!」

 

「逃げろ!」

 

それは彩牙だった。

魔戒剣を構える彩牙はたった今のやりとりでできた道――ホラーの手が届かない道のりを示し、逃げるように促す。

それに応えるように海未は穂乃果とことりの手を引き、恐怖に震える身体を奮い立たせて駆け出した。

 

「行きましょう! 穂乃果!ことり!」

 

「う、うん!」

 

「彩牙くん! 気を付けて!」

 

夜の闇の中に溶け、少しずつ遠くなる海未たちの声。

無論ホラーも折角の獲物を逃そうとするはずもなく、何体かがすぐさま彼女たちを追おうとした。

しかしそれは叶わなかった。闇の中から現れた、一振りの剣によって。

 

「今のが例の少女か。危ないところだったな」

 

――大和だ。

彩牙の持つ物よりも長い刀身をもつ魔戒剣を振るい、海未たちを追おうとしたホラーを斬り裂いていく。僅かな動きでホラーを斬るその佇まいには全く隙が見当たらず、歴戦の戦士である風を醸し出していた。

 

『全くだ、まさかターゲットに真っ先に襲われるとはな。指輪を渡しておいて正解だったな』

 

「そうだな」

 

今朝、彩牙が海未に渡したというあの指輪。

あれはザルバが己の身から生み出した、いわば体の一部なのだ。それが発信機の役割をすることで海未が現在どこにいるのか、ホラーに襲われているのかそうでないかということがザルバには手に取るようにわかるのだ。

浄化するまでの間ホラーに喰われないように行った措置だが、早速役に立つことになるとは彩牙自身も思ってなかった。

 

『しかし渡すときの小僧と嬢ちゃんのガチガチっぷり、あれは見物だったぜ』

 

「そのことは言うなっ!」

 

「お喋りはそこまでだ、来るぞ!」

 

大和の言う通り、二人に斬り裂かれたホラーは回復し、二人に襲い掛かり始めた。

ザルバの言葉に赤面していた彩牙は表情を引き締め直し、迫りくるホラーを迎え撃つ。

 

彩牙に襲い掛かったホラーは三体。

ホラーが突き出した爪を避け、避けた先に待ち構えていた別のホラーが繰り出した腕を魔戒剣で受け止め、斬り裂く。

斬られたホラーが仰け反ると同時に、先のホラーとまた別のホラーが牙を突き出しながら踊りかかる。彩牙は蟻の顎のようなその牙を素手で掴み取り、そのままホラーの身体を持ち上げてもう一体のホラーに投げつけるようにぶつけた。

 

『ギギッ……!』

 

もつれあい、重なり合う二体のホラー。

上の方に重なったホラーの頭目掛けて魔戒剣を突き刺し、そのまま縦一文字に斬り裂くようにしてその身体を両断した。

黒い粒子となり、ホラーが一体討滅された。

残り五体。

 

 

大和の方にも同じように三体のホラーが襲い掛かっていた。

大和に覆いかぶさるかのように一斉に飛びかかる三体のホラー。牙を広げ、噛みつかんと言わんばかりに大きく開けられたその口目掛け、大和は魔戒剣の鞘を突き刺した。

喉を突き破らんとばかりに深く刺された鞘に悶絶するホラー。残り二体が大和の身体に牙を突き立てようとした瞬間、内一体の顔面に大和の拳が叩き込まれ、大きく殴り飛ばされる。

それと同時にもう一体の胴体に魔戒剣が突き刺され、それを一気に振るってホラーを両断する。

残り四体。

 

「――はっ!」

 

そのまま大和は口に鞘を突き刺したホラー目掛け、服の袖から取り出した大きな毛筆――魔導筆を向ける。

すると魔導筆の先から光が伸び、鞘と繋がる。そのまま釣り上げるかのようにホラーを持ち上げ、自分の方に引き寄せる。

逃れようとするホラー。しかし大和はそれを許さず、ホラーの身体に魔戒剣を突き立て、横一文字に斬り裂いた。

残り三体。

 

「っ! しまった!!」

 

その時だった。

彩牙と相対していたホラーのうち一体が彩牙と鍔迫り合いをしている隙に、もう一体が頭上を飛び越えて行ったのだ。すかさず大和が追撃しようとするものの、残ったホラーに飛びかかられて動きを封じられてしまい、逃してしまった。

ホラーが逃げた先を見て、彩牙は肝が冷えた。何故ならその先は――

 

 

 

海未たちが逃げた先なのだから。

 

 

 

「彩牙! 追え!」

 

「はい!」

 

すかさず鍔迫り合いをしていたホラーを斬り払い、逃げたホラーの後を追う彩牙。

その後を追おうとするホラーの前に、大和が立ち塞がる。

 

「通しはせぬぞ」

 

金切り声を上げ、道を開けろと言わんばかりに威嚇するホラー。

それを前に、大和は静かに魔戒剣を逆手に持ち変え――

 

「――ムンッ!」

 

その剣先で甲高く――それでいて静かな音を響かせて地面を突いた。

すると剣先で突いた箇所からまるで波紋のように蒼い光の輪が広がっていく。やがてそれが大和の身体を覆うほどの大きさになった瞬間、光の輪は円となり、その円を突き破るかのように鎧のパーツが飛び出し、大和の身体を包んでいく。

 

鎧が飛び出してから装着されるのは一瞬だった。

それはガロと同じように狼を模り、そしてガロ以上に重厚感のある造りとなった鎧だった。

各所に波を彷彿させるような意匠が刻まれ、その身を彩るのはまるで海を思わせるような深い深い、蒼。

金色の瞳がホラーを睨み、狼の唸り声が響き渡る。そして手に持つ魔戒剣は、音叉を彷彿させるような二又の異形の大剣へと変質していた。

 

これこそが鬼戸大和が纏う鎧。

その名は――イブ。

 

 

 

――波紋騎士・威武(イブ)!!

 

 

 

『――参る!』

 

その言葉が引き金となり、ホラーが二方向から同時に飛びかかる。

襲い掛かるホラーを前に、イブは異形の大剣――波紋剣の刃を左手の甲に擦り合わせるように構え、ただじっと静かに待ち構える。

 

牙を剥いて喰らいつかんと、爪を伸ばして斬り裂かんとするホラー。

それでもイブはただじっと構え、波紋剣と左手の甲を擦り合わせる。

――まるで、何かを溜めこむかのように。

 

『……ハアッ!!』

 

あと少しでイブにホラーの爪が届きそうになった瞬間、遂にイブは動いた。

雄々しく、それでいて弦楽器の弦を弾くかのような軽やかな動きで左手の甲を擦るように波紋剣を引き、振りぬいたのだ。

火花が散り、その剣の軌跡を示す――と同時に、うっすらとした光の輪が波紋のように剣先から広がっていく。

ホラーがその波紋に触れた瞬間、その身体は空中でピタリと止まった。

 

『ギッ!? ギギッ!?』

 

――いや、止まったのではない。止められたのだ。

あの波紋を浴びた瞬間、ホラーの身体にまるで高圧電流を浴びたような衝撃が流れ込み、その動きを封じたのだ。

今、二体のホラーは空中に縫い付けられたかのように動きを止めていた。

そしてそんなホラーをみすみす見逃すほど、魔戒騎士は甘くはない。

 

『ギイィィィッ!!』

 

片方のホラーの眉間にイブの波紋剣が突き刺さり、そのまま下に振り下ろしてホラーの身体を縦に両断する。

真っ二つとなったホラーは、黒い粒子となって消滅した。

 

そして残ったもう一体のホラーは一矢報いんとでもするかのように、剥き出しになった牙をイブ目掛けて弾丸のように射出した。

背を向けていたイブ。ホラーの放った牙はイブの首筋を狙っていた。

仕留めた――そんな風に思いでもしたのか、青い複眼が妖しく光った。

 

 

 

 

 

『甘い』

 

だがそれは、大きな誤りでしかなかった。

イブは背後に目を向けることなく、波紋剣を後ろに向けて牙を受け止め、弾き返し――

 

 

返って来た牙は、ホラーの複眼に突き刺さった。

 

『――ギッ、ギ、ギギギギギギギギギィッ!!』

 

激痛――それも予想以上のそれが、ホラーの身体を蝕んでいく。

ただ眼に突き刺さったからではない。返って来た牙は振動を繰り返し、ホラーの肉体を削っていたのだ。そしてその振動はどんどんと強くなり、更に深く削っていく。

ホラーを斬るという意志を、波紋剣からそのまま持ってきたかのように。

そう、さながら波のように。

 

『――――――!!』

 

そうして自分の牙に身体を削り取られ、食い散らかされたような有体となったホラーはもはや鳴き声とも言えない、言葉にならないような断末魔を上げて消滅していった。

圧倒的ともいえる力で、瞬く間にホラーを討滅したイブ――大和。

一人佇む彼は彩牙が向かった方向を、ただ静かに見つめていた。

 

 

 

**

 

 

 

「ここまでくれば大丈夫でしょうか……」

 

「わ、私……もう走れないよぉ~」

 

そのころ、彩牙の手によりホラーから逃げていた海未たちは公園の近くに辿りついていた。

命が懸かっていることもあり、脇目もふらず全力疾走した結果か、三人ともダンスで体力がついていたにもかかわらずすっかりバテきってしまっていた。

とは言え、ここまで逃げ切ればさすがに大丈夫か――そう安堵した。

しかし、天はそう簡単には微笑んではくれない。

 

 

 

 

 

『ギギギギッ!』

 

「ひっ!」

 

「そ、そんな……!」

 

あのホラーが海未たちに追いついたのだ。

たった一体とはいえど、海未たちには手も足も出ない相手。逃げようにも完全にバテてしまい、足がうまく動かない。

万事休す――襲い掛かるホラーを前に、そう思った時だった。

 

「――海未ぃぃぃぃっ!」

 

「っ、彩牙くん!」

 

追いついた彩牙がホラーを捉え、海未たちから引き離した。

ホラーの爪と彩牙の剣が斬り結び、火花を散らしていく。彩牙の眼球を抉り出さんと繰り出された、ホラーの爪。それを彩牙は魔戒剣を振るって腕を斬り落とし、ホラーの胴体を蹴ってその反動で距離を取る。

その時、まるで射出されたかのようにホラーの牙が飛び出し、彩牙に喰らいつこうと迫る。

魔戒剣で弾き飛ばそうと構える彩牙。牙が彩牙の間合いに入った、その時だった――

 

 

「――なにっ!?」

 

どこからともなく飛んできた銀色の軌跡が彩牙の身体スレスレを通り、牙を弾き飛ばしたのだ。

銀色の軌跡は、回転しながら飛翔する一振りの剣だった。剣はそのまま勢いを殺さないまま飛翔し、ホラーのもう片腕を斬り落とした後、どこかへと消えていった。

何が起きたのかわからないが、絶好の好機。両腕と牙を失ったホラー目掛け、彩牙は駆け出した。

 

駆けながら魔戒剣で円を描き、ガロの鎧を召還する。

鎧を纏うと同時に足を強く踏み出して一気に飛び出し、距離を詰めるガロは牙狼剣を振りかぶり、ホラーの下に到達すると同時に一気に振り下ろした。

袈裟にかけて斬り裂かれ、両断されたホラー。その身体は黒い粒子となって消滅し、邪気が感じられなくなったことを確認するとガロの鎧を解除した。

 

「……あっけないな」

 

(ああ。しかし初めて見る奴だったな)

 

 

「彩牙くん!」

 

「こ、怖かったよぉ……!」

 

「よかった……三人とも無事だったか」

 

駆け寄る海未たちに、安堵の表情を浮かべる彩牙。

守りきることができたと安堵していたのも束の間、先の戦いで謎の剣が現れ、そして消えていった場所を険しい表情で見つめる。海未、穂乃果、ことりもつられるようにその場所へ視線を向ける。

 

そこにはただ闇が広がっていた。

……いや違う。闇が蠢いていた。

…………それも違う、蠢いていたのではない。人だ。闇に溶けていたかのように、人が現れたのだ。

 

それは少年だった。

黒いコートを身に纏い、サングラスで目元を隠し、首からは犬の頭の男性の顎が融合したかのような銀色のペンダントを下げていた。

そしてその手には先の戦いのときにホラーの牙を弾き、腕を斬り落としたであろう、奇妙な形状の――まるでブーメランのような形状の剣を携えていた。

口元だけで不敵に笑うその少年に、彩牙は自分と似たような雰囲気を感じていた。

 

「……さっきのは、お前が?」

 

「ああ。ま、そのままお前ごと斬っちゃってもよかったんだけど」

 

その言葉により一層鋭い視線を向けると「冗談だよ冗談」と、おどけたように笑う少年。

どこか不安そうに彩牙と少年を見つめる海未たち三人は、張り詰めたような空気を感じていた。そんな状況にも関わらず笑う少年の存在が一層そう思わせているように感じた。

 

「……っと、俺としたことが自己紹介もまだだったな」

 

そう言うと少年は改めるように、仰々しくお辞儀をして口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の名は“コテツ”、お前と同じ魔戒騎士さ。

 

 

 

 

 ――よろしくな? 黄金騎士サマよ」

 

 

 

***

 

 

 

花陽「夜に並び立つ二つの牙」

 

花陽「それは闇を斬る二つの牙」

 

花陽「……どちらも志は同じはずなのに、どうしてなの……!?」

 

 

花陽「次回、『灰塵』」

 

 

 

花陽「ぶつかり合う、禁じられた刃!」

 

 

 





魔戒指南


・ 鬼戸大和
元老院付きの魔戒騎士。虹の管轄にはホラーの異常発生の調査のために訪れていた。
寡黙な壮年の男性で、彩牙の父・虹河とは古くから共に戦う戦友だった。
手にする魔戒剣は彩牙のそれよりも長い長剣となっている。
また、魔戒法師としての腕も一級で、戦闘では魔戒剣の他に魔戒符や魔導筆による術を駆使して戦う。
前回(第4話)でオルトスが渡した魔戒符を作ったのも、他ならぬ彼。


・ 波紋騎士・威武
大和が纏う鎧。瞳の色は金色。
海のような深い蒼色に、各所に波の意匠が刻まれた鎧。
魔戒剣は音叉を彷彿とさせる二又の異形の大剣・波紋剣へと変化し、相手の動きを封じる“波”を刀身から放つ他、受け止めた相手の攻撃を波のように増幅して返すことが可能。


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