牙狼〈GARO〉 -女神ノ調べ-   作:らいどる

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Aqoursのダイヤお姉ちゃんを演じる小宮有紗さんことありしゃが炎の刻印劇場版に出演することでなんだかテンションが上がってます。
まあPV見る限りホラーっぽいですけど、ダリオの中の人はカイジだし。

今もゴーストにゲスト出演してますし、これで戦隊、ウルトラマン、ライダー、牙狼を制覇したことになりますね。
Aqours、またはμ'sから彼女の後を追う人は出てくるのでしょうか・・・・


第6話  灰塵

 

 

 

 

 

 

――音ノ木坂、屋上

 

「……ね、ねえ。どうしたのかな」

 

「わかりません。私が来た時にはすでに……」

 

「これはちょっと……練習どころじゃないというか……」

 

夏の日差しが照り付ける中、今日も今日とて練習をしようと集まったμ’sのメンバー。

だが集まったはいいものの、その場に漂う雰囲気が中々練習を始めようという空気にさせずにいた。

照り付ける夏の日差し――?それは違う。確かに暑いがそれなら精々穂乃果やにこがややげんなりして愚痴を漏らす程度だ。練習を躊躇させるほどではない。

 

答えは負の感情だ。怒り、憤り、軽蔑――そんな負の感情がこれでもかと込められたオーラが屋上を包み、やって来たメンバーたちを圧倒していた。

そしてそのオーラを出していたのは――

 

「……」

 

「ま、真姫ちゃん。とりあえず落ち着こ、ね?」

 

「私は落ち着いてるわよ!」

 

一年生でμ’sの作曲担当――真姫だった。

普段は知的な雰囲気を浮かべているその表情には隠しきれない怒りの感情を覗かせ、苛立ちを感じさせるかのように不機嫌なオーラを撒き散らし、時折何かを思い出したかのようにより一層眉間に皺を寄せていた。

花陽が必死におだててはいるものの、その憤りは自分でも抑えきれていないようだった。

 

「どうすんのよ……暑いうえにこの雰囲気とか……」

 

「そうですね……真姫があそこまで怒りを露にするなんて一体何が……」

 

げんなりとした様子のにこに口合わせする海未。

彼女たちの知る限り、確かに真姫はムキになって感情的になりやすいところがある。しかし元が常識的で賢いところもあってか、少し置けば冷静さを取り戻し、己の行いを反省することができる少女だ。

それが今はご覧のように怒りを露にし、落ち着かせようとする花陽の言葉も耳に入らないようだった。周りを見る限りμ’s内でトラブルがあったようにも見えない。

一体何が真姫をここまで憤らせているというのか。

 

「真姫ちゃん、昨日のことまだ気にしてるのかな……」

 

「何か知ってるの?凛ちゃん」

 

不安そうな表情で呟いた凛にことりが尋ねると、凛は一瞬真姫をちらりと見ると昨日あったという出来事を語り始めた。

花陽と真姫と三人で出かけている時に乱暴な男たちに襲われたこと、その男たちからサングラスをかけた黒いコートの少年に助けられたこと、でもその少年も男たちと同じように自分たち目当てだったということを。

話を聞いた直後、驚愕と心配が織りまざった表情を浮かべた絵里が凛に詰め寄った。

 

「襲われたって……三人とも怪我はないの!?」

 

「うん、大丈夫だったよ……でも、それから真姫ちゃんずっと怒ってて……凛もかよちんもどうすればいいのかわかんなくて……」

 

「まったく……これだから男ってやつは……」

 

普段の元気いっぱいの様子はどこへやら、おろおろとした様子を見せる凛。

親友が覗かせる負の感情にどう対応していいのかわからないのだろう。普段の真姫を取り戻したいという思いと、どうすればいいのかわからないという不安が混在していた。

 

そしてそんな凛を可哀想と思うと同時に、海未にはある気がかりがあった。それは凛が言った、サングラスをかけた黒いコートの少年。

海未の記憶が確かならばこの真夏にそんな恰好をしている人間など1人しかいない。

昨夜、ホラーに襲われた際に……海未と穂乃果とことり、そして彩牙の前に現れたあの少年。

 

 

――魔戒騎士・コテツ

 

 

 

 

 

 

――時間は巻き戻り、昨夜

 

「俺の名はコテツ、お前と同じ魔戒騎士だ。よろしくな?黄金騎士サマよ」

 

そう名乗った黒いコートの少年――コテツ。

自分と大和に加えた新たな魔戒騎士――恐らくは同年代であろうそれを前に、彩牙は訝しげな表情を浮かべていた。

 

「魔戒騎士だと……?」

 

「そ、お前の同業者ってヤツ。今日は栄えある黄金騎士サマにご挨拶ってことで」

 

「……俺は彩牙だ。黄金騎士サマなんて名前じゃない」

 

「おっと、こりゃ失礼」

 

彩牙とコテツの間に漂うピリピリとした空気に、海未たちは不安を覚えずにはいられなかった。

魔戒騎士だというならば、二人は志を同じくする仲間のはずだ。だというのになぜここまで張り詰めた空気に満ちているのだろうか。

その疑問に答える声が、その直後に響き渡る。

 

『それにさっきは狙ってやったくせに、挨拶なんてよく言うぜ』

 

『申し訳ございません。私は止めたのですが……』

 

「ゆ、指輪とペンダントが喋った!?」

 

響き渡るザルバの声と紳士然とした男性の声。

コテツの首に下げられたペンダント――犬の頭と男性の顎が融合したようなそれが喋ったことに驚く穂乃果やことりをよそに、彩牙とザルバ、そして海未はすぐさま察した。

魔戒騎士が身につける喋る装飾具――ザルバと同じ、魔導具であることを。

 

『申し遅れました、私は魔導具“ゾルバ”と申します。この度はコテツがとんだご無礼を……』

 

「ちょっと黙ってろよゾルバ」

 

ペンダント――魔導具ゾルバの口を鬱陶しそうに塞ぐコテツ。

そんなコテツを前に、彩牙は自分の考えが当たっていたことを確信した。

先の戦いの際、コテツはホラーを狙おうとして彩牙が巻き込まれたのではない。初めからホラーと彩牙の両方を狙っていたのだ。

どんな理由があるにしろ、自分に牙を剥けるような相手とそうそう仲良くなれる筈がない。彩牙はより一層鋭い視線をコテツに向けた。

 

「……あらら。嫌われちゃったか?」

 

「当然だと思わないのか」

 

「んー……まあいいか。さっきも言ったけど挨拶のつもりだったし」

 

それだけを言うと、くるりと踵を返して背中を向けるコテツ。

 

「近いうちにこっちの番犬所にも顔を出すからさ。精々後ろから刺されないように気をつけろよー」

 

「……お前がそれを言うのか」

 

睨むような視線を向ける彩牙の言葉を背に受けながら、ひらひらと手を振って闇の中に消えていくコテツ。

そうして完全に姿が見えなくなったころを見計らったように、ザルバが口を開いた。

 

『面倒な奴が出てきたな、小僧』

 

「そうだな……」

 

ホラーとはまた別の、底の見えない謎の魔戒騎士・コテツ。

その登場に、彩牙の警戒心は高まるのだった。

 

「あの、彩牙くん……」

 

「っと……そうだ。三人とも、このまま送って――」

 

――さて、それはそうとコテツの登場でこれまで蚊帳の外になってしまっていたが、大和の方も無事にホラーを討滅できたことだろうし、海未たちを家まで無事送り届けなければいけない。

そうして背後に隠れさせていた海未たちに向き直ると――

 

「「………」」

 

「……あの、高坂さん?南さん?」

 

そこでは穂乃果とことりが彩牙を――いや、彩牙の指に嵌ったザルバをじぃっと見つめていた。

その視線がやけにキラキラしているように見えるのは気のせいだろうか――彩牙と海未は同時にそう思った。

そしてそれは的を獲ていたと直後に思い知ることになる。

 

「………か……」

 

「か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「……かっわいい!!」」

 

穂乃果とことりが発した黄色い悲鳴に驚き、思わずびくりとした彩牙と海未。

そんな二人を無視するかのように、穂乃果とことりは彩牙の指にあるザルバを手に取ってさらに捲し立てる。

 

「凄いよことりちゃん!指輪が喋ってる!」

 

「うん!髑髏だけど怖すぎずにデフォルメしてる感じで可愛いよ!」

 

『ほう、嬢ちゃんたち見る目はあるようだな』

 

「わっ、すっごいカッコイイ声! 可愛いくてカッコいいなんて反則だよ~♪」

 

「ね、ね! あなたお名前はなんていうの?」

 

『俺様の名はザルバだ。よく覚えておいてくれよ、目の利く嬢ちゃんたちよ』

 

「ふむふむ……じゃあザルちゃんだね!よろしくぅ!」

 

『ざ、ザルちゃんだと?』

 

「よろしくね、ザルちゃん♪ わぁ、頭の撫で心地気持ちいぃ~♡」

 

『ザルちゃんはやめろ。……っおい、頭を撫でるな』

 

これでもかという勢いでザルバを愛でる穂乃果とことり。

先程までの張り詰めた空気はどこへやら、穂乃果とことりの出す和やかな雰囲気がいつの間にか辺りを包んでいた。

彩牙と海未は顔を見合わせた。互いに苦笑いではあるが、先までの緊迫していたものとは違い心からの穏やかな表情を浮かべていた。

ザルバには悪いがもう少しこの空気でいさせてもらおう。そんな明るい雰囲気のまま、4人は帰路についたのだった。

 

 

 

 

 

 

――あの人は、凛たちにも会っていたのですか?

 

 

時は戻り、現在。

凛の話を聞き、昨夜の出来事を思い出していた海未は、コテツという人間が掴めずにいた。

男たちに襲われた凛たちを助け、心が不安定だった彼女たちをナンパした姿。ホラーを斬るのに彩牙を巻き添えにしようとした姿。一体どれが本当の姿なのだろう。

いや――そもそもこの中に彼という人間の本当の姿があるのだろうか。

 

そしてもう一つ。

確かに真姫は怒るだろう。自分たちを助けてくれたと思った相手が、実は男たち同様に自分たち目当てだったのだから。

だがそれでも腑に落ちない。いくらコテツに幻滅したとはいえ、それなら話題に出さないなり忘れようとするなり色々あるだろう。真姫という人間の性格を考えれば少なくともそうするはずだ。

 

だが実際の彼女は周囲にピリピリと伝わるほどに怒りを露にしている。

一体何が彼女をそこまで苛つかせているというのか。

そうして考えに集中し、真姫本人から意識が逸れていた時だった。

 

 

 

「――きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

屋上に、真姫の甲高い悲鳴が響き渡った。

一体何事か――!?

皆が視線を向けるとそこには一体いつの間に忍び寄っていたのか、真姫の背後を取っていた希が真姫のやや小ぶりな胸をしっかりと鷲掴みにしていた。所謂わしわしMAXだ。

 

唖然とし、トラウマを思い出したのかさっと胸を庇う一部のメンバーたち。

その中で被害者の真姫は胸を鷲掴みにされている感触と羞恥で顔をみるみる真っ赤に染め、背後の希に思いっきり振り返った。

 

「なっ、ななななな何するのよ!?」

 

「おぉ、真姫ちゃん前よりちょっと大きくなってるんやない?」

 

「イミワカンナイこと言わないでよっ! 一体何のつもりよ!」

 

希を振りほどき、彼女のわしわしから逃れる真姫。

対する希は一瞬だけ名残惜しそうな表情を浮かべたが、すぐに優しげな表情になり、口を開いた。

 

 

 

「真姫ちゃんはさ、自分が許せないんやろ?」

 

「は、はあ!?」

 

「昨日会ったって言う男の子のこと、その子のことを簡単に信じちゃった自分が許せないんやろ? ひょっとしたら花陽ちゃんや凛ちゃんが危ない目に合ったかもしれないのにって」

 

「――! な、なによ!人のこと見透かしたようなこ――!」

 

希の言葉にドキリとし、反論しようとした真姫。

だが言い終わる前に希が真姫をぎゅっと抱きとめ、その言葉を遮った。

希の暖かな包容力に包まれ、戸惑いつつもそれまで抱いていた怒りが引いていくのを感じる真姫。そんな彼女を抱きとめたまま、希は優しい声色で話しかけていく。

 

「隠さなくていいんよ、真姫ちゃんが優しい子だってわかってるから。だからついつい怒っちゃったんやろ?花陽ちゃんと凛ちゃんのために」

 

「わ、私は別に……!」

 

 

 

 

 

 

「でも、それだったら真姫ちゃんが二人を不安な顔にさせちゃダメだよね?」

 

「……あ……」

 

希の言葉にふと思い出したかのように振り返る真姫。

そこには他のメンバーと一緒に、真姫を心配そうに見つめる花陽と凛の姿があった。

 

そういえばと、冷静さを取り戻した頭で真姫は思い出した。

今日一日、朝から花陽と凛の笑顔をまともに見てなかったような気がする。

それは自分が怒っていたから、昨日の少年のこと、そして油断していた自分に怒り、その感情を周囲に撒き散らせてしまっていたためだ。

音ノ木坂に入って初めてできた友達を不安にさせてしまった。真姫は自分がしてしまったことを理解し、熱が急速に冷めていくのを感じた。

 

「わかった?……それじゃあどうすればいいか、わかるやろ?」

 

優しい声の希に促され、花陽と凛に向き直る真姫。

自分のしたことに気まずくなったのかクルクルと髪を弄ったがそれも束の間、決心したかのように二人の顔を見据え、そわそわしつつもはっきりとした口調で話し始めた。

 

「その……二人とも、ごめんなさい。私、頭に血が昇って……」

 

「……真姫ちゃん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……にゃーっ! 凛も真姫ちゃんのこと、だーい好きだよ!!」

 

「うぇええっ!?」

 

――ガバッ。

そんな擬音が聞こえるかのような勢いでさながら猫のように真姫に抱き着く凛。

そんな凛に戸惑っていると、誰かが真姫の手を取った。

 

「真姫ちゃん!そこまで想ってくれてたなんて……私も真姫ちゃんのこと、大好きだよ!!」

 

「は、花陽まで!?」

 

花陽だった。

涙を浮かべてはいるが、その表情には溢れんばかりの笑顔が浮かんでいた。

 

「さあさあ!あんな男の人なんか忘れて今日はパーッといくにゃー!」

 

「……も、もう! これじゃあうじうじしていた私がバカみたいじゃない!」

 

せめて一言二言くらいは文句を言われるかと思った二人の友人に責められることなく、笑顔で詰め寄られ、戸惑いを見せて憎まれ口を言う真姫。

だがその表情には隠しきれない、確かな笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「……どうやら、上手く納まったようですね」

 

「そうだね、一時はどうなることかと思っちゃったけど」

 

そんな仲睦まじい1年生三人を見つめる、海未や穂乃果をはじめとしたμ’sメンバー。先程までの張り詰めたような空気が消え、平穏さを取り戻したことに誰もが胸を撫で下ろしていた。

 

「今回は希先輩に助けられちゃったね」

 

「ええ。流石ね、希」

 

「そんなことないよー。ウチはただ、真姫ちゃんが素直になれるようお手伝いしただけやし」

 

隣に戻って来た希に褒めたたえるような言葉をかけることりと絵里。

そうは言うが、たとえそうだとしても希の行動がこの騒動の解決のきっかけになったことは事実だった。

だから誰もが、希に――μ’sを優しく見守る母に感謝していた。

……まあ、真姫にしたわしわしMAXに、穂乃果とにこはトラウマを思い出して震えあがっていたが、それは隅に置いておこう。

 

「さあ、一件落着したことだし、そろそろ練習始めましょう」

 

「ええ。夏休みにもなりましたし、これまで以上に気合を入れませんと!」

 

「お、お手柔らかにオネガイシマス……」

 

「真姫ちゃん、いこう!」

 

「ちょっ、そんな引っ張らないで!」

 

それでは気持ちを切り替えてと、絵里の号令をもとに和気藹々と練習の準備を始めるメンバーたち。海未の言葉に少々顔を引きつる者もいたが、怠けようとする様子や気持ちは見られなかった。

 

 

そしてその一方で、海未は思考を巡らせていた。

――コテツ。

同志であるはずの彩牙を巻き添えにしようとして険悪な仲を作り、その上真姫たちに手を出しかけ、間接的にとはいえ自分たちをも巻き込んだあの魔戒騎士。

彼が現れて、面倒なことばかりが起きているような気がした。

 

――これ以上、変に拗れなければいいのですが……

 

これからのこと、そして彩牙のことを想い、海未は日差しが照り付ける夏の青空を見つめるのだった。

 

 

 

**

 

 

 

「厄介なホラーが現れた」

 

時を同じくして、番犬所。

呼び出された彩牙を出迎えたのは、いつになく険しい表情のオルトスだった。その言葉を補足するかのように、彼女の隣に佇んでいた大和が口を開いた。

 

「昨夜、私とお前が戦ったホラーだが、妙に思わなかったか? 何故素体ホラーではないのに同じ姿をしているのかと」

 

「……そういえば……」

 

大和の言葉に、彩牙は違和感に気づいた。

ホラーとは人間に憑依する前は一部を除き、全く同じ姿をした素体ホラーと呼ばれる姿をしているが、憑依した人間の陰我に応じてそれぞれ独自の姿形を取るのだ。

しかし昨夜戦ったホラーは全て素体ホラーでないにもかかわらず、一寸違わぬ姿をしていたのだ。これでは辻褄が合わない、どういうことなのだろうか。

 

 

『……そうか、昨夜のアイツらはレギオンか』

 

「レギオン?」

 

納得がいったかのように呟くザルバ。

それに対する彩牙の疑問に答えるかのように、オルトスが口を開いた。

 

「左様。ホラー・レギオン、他のホラーや人間を自分そっくりな兵に変えてしまう厄介な奴じゃ」

 

――ホラー・レギオン。

それは自分に似せた兵を作り、群体として行動する特殊なホラー。

レギオンは自らの肉の一部を他の生物に埋め込むことでその肉体をホラーに作り替え、どんな命令にも従う兵隊に変えてしまう能力を持つ。その兵を利用して人間を攫い、捕食するのだ。

兵にする対象となる生物は人間はおろか、同胞たるホラーにまで及ぶ。しかも対象が生物として高等であればあるほど強力な兵となるおまけつきだった。

 

「まるで病原菌のような奴じゃ。おまけに奴は固定の姿を持たず、憑依するたびに全く違う姿をとる」

 

「それ故に魔導具でも一目でレギオンと判断するのは難しい。過去には発見が遅れ、街一つを埋め尽くさんほどに大発生したという記録もあるほどだ」

 

だから昨夜戦った時、ザルバはホラーに見覚えがなかった。出現するたびに姿が変わるため、ただの一ホラーとして見てしまったのだ。

集団で現れない限り決して正体が悟られずに兵を生み出し続け、その気になれば一個大軍を作ることだって可能なホラー。

確かに厄介な相手だ。オルトスと大和が揃って険しい顔をするだけはある。

 

 

「それを倒すのが今回の指令、ということですか」

 

「その通り、お主たち“三人”でこれ以上兵を増やす前にレギオンを突き止め、討滅するのじゃ」

 

「……三人、ですか」

 

彩牙は、ちらりと自分の隣に視線を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほー……そりゃあまた責任重大だな」

 

『着いて早々、大変な仕事が舞い込んできましたね』

 

へらへらとしたような笑みを浮かべる黒いコート纏う少年。

そこにいたのは昨夜彩牙をホラーごと狙った魔戒騎士・コテツだった。

確かに近いうちに番犬所に顔を出すとは言っていたが、自分を狙った相手がさも当たり前のように隣にいることに、彩牙は険しい表情を浮かべていた。

 

「この男も加わるのですか」

 

「おいおい、つれないこと言うなよ。仲間だろ?」

 

どの口が言うのかと、彩牙は思った。

昨夜の攻撃、あの時僅かではあったが自分に対する確かな敵意が感じられたのだ。

その上で仲間と言うなどと、白々しいにも程があると思った。

 

「当然じゃ、そやつはホラーの異常出現に対してわしが呼び寄せたのじゃ。若者同士仲良くせい」

 

「そういうこと。それとも黄金騎士サマは他人と協力するのが不服か?」

 

オルトスの言葉に便乗するかのように挑発するコテツ。

――この男とは根本的にウマが合いそうにない、彩牙はそう思った。

 

 

「……わかりました。レギオンは必ず討滅します」

 

心の内で燻り始めた憤りを抑え、コテツから意識を逸らして使命を果たすことに意識を向ける彩牙。

自分は魔戒騎士だ。例えこの男がどれだけ気に喰わない相手であっても、それを理由にホラー討滅を怠るなどあってはならないことだ。ここは堪えるべきだ。

そう思い、コテツに対する怒りで我を忘れる前にとくるりと背を向け、レギオン探索のために番犬所を後にしようとする彩牙。

しかし―――

 

 

 

「昨日お前と一緒に居た、黒髪の子」

 

その背に向けて放たれたコテツの一言が、彩牙の足をピタリと止めた。

 

「カワイイ子だったよなぁ、ずっとお前のことチラチラ気にかけてて。彼女か?」

 

「………」

 

彩牙は背を向けたまま、何も答えない。

だんまりを決め込んだかのように佇むその背中に、コテツは更なる言葉を投げかけていく。

 

「ま、俺にはどうでもいいし、何だっていいけどよ。精々気をつけろよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――うっかり斬っちゃったりホラーに喰われでもしたら、一大事だからさ?」

 

「―――!」

 

嘲笑うように放たれたコテツの言葉。

それが我慢の限界だった。怒りを露にした彩牙は目を見開きながら振り向き、乱暴な音がしそうな足取りでコテツに近づき、その襟首を掴み取った。

それでも尚、コテツは嘲るような笑みを崩そうとしない。それが一層彩牙の怒りを買った。

 

「お前が何を企んでいようと、俺に刃を向けようと関係ない。だがな……彼女に手を出してみろ!俺はお前を決して許さないぞ!」

 

瞳孔が開き、より一層深い怒りをコテツにぶつける彩牙。

この男がどんな理由で自分を狙ったのかはわからない。もしかしたら記憶を失う前の自分に原因があったのかもしれない。それならまだ堪えることが、受け入れることができた。

だがコテツは、何の関係もない海未を手にかけようと暗に言った。

大切な人を手にかけようとすること。そのことが、彩牙には我慢できなかった。

 

「ふーん、熱いねぇ………そんなにあの子が大事か。

 

 

 

 

 

  ―――でもな」

 

それまで浮かべていた嘲るような笑みを潜め、突如としてサングラスの上からでもわかるような鋭い表情を覗かせるコテツ。

コテツが初めて見せた、人を喰ったような笑顔以外の――怒りの表情だった。

 

「自分だけ大事な人を守れると思ったら、大間違いだぜ?」

 

コテツの襟首をつかんでいた彩牙の腕を掴み取り、締め上げようとするかのような力を籠めて腕を引き剥がそうとする。彩牙も負けじと引き剥がされないように襟首をつかむ手に力を籠める。

怒りが込められた鋭い視線で互いを睨み合う彩牙とコテツ。

あわやこのまま殴り合いにまで発展するのではないかと思われた、その時――

 

 

 

「やめぬか、この馬鹿ども」

 

有無を言わせないオルトスの声が、二人の怒りを強制的に鎮めた。

見下すような――愚者を裁く審問官のような視線を彩牙とコテツに向けるオルトス。

声だけではない、その視線も争いに発展しかけていた二人を鎮めるには十分すぎるほど冷たいものとなっていた。

 

「わしの目の前で争おうとするとはいい度胸じゃ、それなりの覚悟はあるんじゃろうな?」

 

「魔戒騎士同士で争ってはならない。この絶対の掟を忘れたわけではあるまい」

 

『コテツ、ここは抑えてください』

 

『小僧、少しは頭を冷やせ』

 

オルトスに同調するように、大和もまた罪を咎めるような視線と言葉を二人に向ける。これ以上争おうとするなら容赦はしないと言外に添えて。

それらを受け、彩牙とコテツは互いを掴み取っていた手を静かに放した。

最も、その視線は火花を散らすかのように相変わらず互いを睨むようなものだったが。

 

「……さっきの言葉、忘れるなよ」

 

「そっちこそ、自分が正しいのかよーく考えてみるんだな」

 

喧嘩別れ――と言うには余りにも殺伐とした雰囲気。

途轍もなく険悪な空気を残したまま、彩牙とコテツはそれぞれが入ってきた出口から番犬所を後にしたのだった。

そして大和もまた、若さゆえに暴走しがちな若者二人に頭を抱えつつ、レギオン捜索のため番犬所を後にした。

 

そうして残ったのは、オルトス1人。

犬猿の仲もいいところの二人の若者とそれに頭を抱える熟練の騎士がいなくなり、オルトスは呆れたような表情を浮かべ、どっと疲れたように溜息を吐き出しながらソファに座り込んだ。

 

「まったく、最近の若造はどーしてああも怒りっぽいんじゃ」

 

ソファに身体を預けるように深く落とし、所在なさげに手をヒラヒラとさせながらオルトスは考える。

先の彩牙とコテツ。あの場ではいったん収まったがどこからどう見ても当人達二人は納得していない様子だった。

だがそれも当然だろう。彩牙の中ではコテツは仲間と言うよりはその皮を被って後ろから刺さんとする敵になりかけているのだ。

コテツもその真意はわからないが、少なくとも彩牙と仲良くやろうとする気は皆無だった。

 

ふとしたきっかけがあれば今度こそ争い合う――掟破りをしかねない二人の騎士を考えながら、オルトスはぽつりと呟いた。

 

 

「……二人とも仲良くしてくれると良いのじゃがのぉ」

 

自分で言ったその願望が、オルトスにはひどく薄っぺらく空虚なものに聞こえた。

 

 

 

**

 

 

 

番犬所を後にし、音ノ木坂の裏に抜け出た彩牙。

番犬所から出た瞬間に彼の目に差し込んできたのは一筋の強い光――しかしどこか暖かみを感じる陽の光。そこで彼は、もうすでに夕方になりつつあることに気が付いた。

暑さこそはあるものの真昼とは違って優しさが感じられる陽に照らされ、彩牙は先程までのコテツに抱いていた激しい怒りが徐々に引いていくのを感じた。

 

――不思議とこの街は、気持ちを落ち着かせてくれる。

 

この街は――特にこの音ノ木坂近辺で浴びる夕陽は、とても心が安らぐように感じていた。

神田と秋葉原に挟まれて小さくひっそりと、でも古くから続いてきたこの街並みがそうさせているのか、そこに暮らす人々の暖かさがそうさせているのかはわからない。

だが確かなことは、怒りを自然と鎮めてくれるこの街は、とてもいい街だということだ。この街に根付く音ノ木坂という学校を守りたいという海未たちμ’sの気持ちも、少しはわかるような気がした。

 

ここに暮らす人々を守っていきたい。

そう思い、レギオン探索のために音ノ木坂の裏から校門前の大通りに出た時だった。

 

 

 

 

 

「――彩牙くん?」

 

横からかけられた、聞き覚えのある声。

もしやと思い、振り向いた先。そこには練習帰りなのか、ノースリーブのカーディガンが特徴の音ノ木坂の夏服に身を包んだ9人の少女たち――

 

「……海未、それにみんな?」

 

海未をはじめとしたスクールアイドル・μ’sの面々がそこにいた――

 

 

 

 

 

 

「おばちゃん! 私はこの苺たっぷりのやつ!」

 

「凛はこっちのバナナのやつがいいにゃー!」

 

秋葉原の大通りから外れた小さな通り、そこに響き渡る穂乃果や凛の元気いっぱいな声。

それを見つめるのは二人の後ろで並んだり、クレープを手に持ったりしている他のμ’sメンバー――そして、彩牙。

 

ここは、以前彩牙と穂乃果が訪れた移動式のクレープ屋。

彩牙は今、海未たちと一緒にそのクレープ屋を訪れていた。

 

 

さて、どうしてこうなったのだろうか。

きっかけはそう、音ノ木坂近くで彼女たちとばったり出会った時だ。

あの時既にこのクレープ屋に向かおうとしていたらしく、そこで偶然出会った彩牙のことも旅は道連れと言わんばかりの穂乃果によって、ほとんど連行に近い形で一緒に行くことになったのだ。

初めて訪れた時と同じように。

 

「ごめんなさい彩牙くん。穂乃果が無理やり……」

 

「いや、構わないよ。ここのクレープは俺も好きだからさ」

 

そう、強引に連れてこられたはしたもの、彩牙はここのクレープが好きだった。だから困惑こそはしたものの、決して悪い気はしなかった。

……まあ、店主の女性に「モテモテだね、兄ちゃん」とからかわれた時は流石に慌てふためくとまではいかなくとも、ドキリとしたものだが。

 

そんなこんなで皆、思い思いのクレープを食べていた。

ちなみに彩牙が食べているのは抹茶アイス入りのクレープである。黒蜜とクリームの甘さの中に潜む抹茶の苦味がアクセントとなり、食指が進んでいく。

そして彼の隣にいる海未が食べているのは甘さ控えめの餡子入りクレープだった。普通のクレープ屋では中々見られないようなレパートリーの広さがこの小さな店の人気の秘密らしい。

 

そんなクレープに舌鼓を打つ彩牙の前にある人物が歩み寄ってきた。

 

「……東條さん?」

 

希だった。

同じようにクレープを持った彼女だが、何故か数歩離れたところで止まり、彩牙とその隣の海未をちらちらと順に見るかのように眺め始めた。

これまた何故かにやにやとしているような笑顔を浮かべていることに彩牙は疑問を抱き、その表情に見覚えのある海未は猛烈に嫌な予感を覚えた。

いつの間にか希の横に加わり、同じような笑みを浮かべる穂乃果がそれを余計に強くした。

そしてその予感は、例のごとくと言わんばかりに的中する。

 

 

「どうですか!希隊長!」

 

「うむ、ウチの見込んだ通りや。片や大和撫子の体現者たる海未ちゃん、もう片や精悍な佇まいの彩牙くん。

 

 

 

 

 

 ――お二人さん、結構お似合いやね♪」

 

「「!!??」」

 

希の言い放った言葉に揃って動揺し、咳き込む彩牙と海未。

幸いクレープを口から噴き出すという見るに堪えないような事態は免れたが、それでもむせて苦しい思いをしたのには間違いなかった。

いや、そんなことはどうでもいいのだ。それよりも希が言ったことの方が重要だった。

 

「とっ、東條さん!? 何を言うんだ!?」

 

「そ、そうです!何のつもりですか希先輩! 私と彩牙くんはそんな、破廉恥な……!」

 

慌てふためいて反論する彩牙と海未を前に、希はからかい甲斐があると言いたげな笑みを崩さずにいた。

そう、思春期真っ盛りの男女のような二人の反応は格好の餌――エンジンを加速させる燃料にしかならなかったのだ。

 

「えー? ウチは自分が思ったことを正直に言っただけやし、それに有力な証言があるからね。なー、穂乃果ちゃん?」

 

「はい! 私、高坂穂乃果は海未ちゃんが彩牙くんから指輪をプレゼントされたと聞きました!他ならぬ海未ちゃんからです!」

 

「えぇえええっ!?」

 

「ぬわんですってぇ!? ちょっと海未説明しなさい!」

 

「まさかあなた、不純異性交遊まで発展してるなんてことは……!」

 

「さあ海未先輩!さっさと吐いて楽になるにゃー!」

 

「してませんっ!そんな破廉恥なこと!」

 

穂乃果が暴露したことに動揺を見せ、海未に詰め寄るにこや絵里、花陽や凛。

そしてこの事態の引き金を引いた穂乃果も加わったことで、釈明する海未に詰め寄るにこ達、全力でからかう穂乃果という混沌とした場ができあがっていた。

そして彩牙は――

 

 

 

「………」

 

「彩牙くん、その時のこと詳しく教えてほしいな~♪」

 

「ウチも詳しく聞きたいなー♪」

 

(墓穴を掘ったな、小僧)

 

(うるさい)

 

同じようにニコニコとしたことりと、相変わらずニヤニヤとした希に詰め寄られていた。

混沌と化している海未の方よりかは格段に――恐らく天と地ほどはマシであるのだろうが、ザルバに毒つかずにはいられなかった。

 

さて、正直にザルバの一部だと言うわけにもいかないし、どうしたものだろうか。

ことりと希に詰め寄られ、考え抜いた彩牙が答えたものは――

 

「……南さんや東條さんたちが思ってるようなものじゃないさ。あれは……そう、魔除けみたいなものだからさ」

 

嘘は言っていない、嘘は。彩牙はそう己を納得させた。

 

「ほほう、つまりスピリチュアルなアイテムってことやね」

 

「あ、ああ。ほら、物騒なことも多いしさ、せめてお守りにと思って」

 

「そっか、ちゃんと海未ちゃんのことを想ってのプレゼントだったんだね」

 

なるほどなるほどと言うかのように頷くことりと希。

――よかった、納得してくれた。そう思い、安堵した時だった。

 

「でもね、彩牙くん」

 

「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「海未ちゃんを泣かせるようなことをしたらことり、怒っちゃいますからね♪」

 

そう語ることりの表情は笑顔だったが、同時に有無を言わせない迫力に満ちていた。

――海未と立場が逆だった方が良かったかもしれない。彩牙はそう思った。

そして追及が無くなったという美味い話もなかった。

 

「で、肝心の渡す時はどんなんやったん?」

 

(代わりに答えてやろうか?)

 

(黙ってくれ頼むから)

 

相変わらずにやりとした笑みを浮かべる希に追及され、ザルバにからかわれて頭を抱える彩牙。

もはや乾いた笑みを浮かべるしかなくなったとき、彩牙の目にあるものが映った。

混迷と化したこの状況でどの輪にも加わることなく、少し離れていたところでちらちらと彩牙を見つめていた少女――真姫だ。

彼女は警戒しているよう――とまではいかなくとも、どこか訝しげな表情を浮かべていた。

彩牙の視線を追うようにしたことりと希も、真姫のその表情に気が付いた。

 

「……西木野さん?」

 

「真姫ちゃん、ちょっと目が怖いよ?」

 

彩牙とことりが声をかけると無意識でそうしていたのか、真姫はあっと言うような表情を見せた。

自分がしていたことをようやく気付いたのか、ばつが悪そうに髪の毛を弄り、恥ずかしそうに口を開いた。

 

「……ごめんなさい。夏にロングコートって見たらちょっとやなこと思い出しちゃって」

 

「……さっき話してた、黒コートの男の子のこと?」

 

その言葉を聞いた途端、彩牙の肩がピタリと止まった。

 

「黒コートにサングラスってのがどうにも頭に残っちゃって。関係ないのにごめんなさい」

 

「でも白いコートってのも珍しいよね、結構ボロボロやし。暑くないん?」

 

「……ああ。大丈夫だよ、これくらい」

 

もしやとは思ったが、間違いない。

この夏にロングコートを着るなど余程の物好きか、自分たち魔戒騎士以外にありえない。

そして彩牙の知る限り、“黒コートにサングラスの少年”など1人しかいない。

そう思い、彩牙は傍にいたことりに耳打ちした。

 

「……南さん、まさかとは思うけど……」

 

「……うん。私もね、話を聞いた時、あの人じゃないかって思ったの」

 

「……あいつか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

訝しげな表情を浮かべる彩牙とことりを、真姫は不思議そうに見つめていた。

確かに同じようなコートを着ているという共通点はあるが、そこまでに気にするようなものだろうか。ただ同じような物好きがいるという事で済むのではないか。

もしかして何か知っているのかと、そう思った。

 

 

希は、そんな彩牙のことを不安げに見つめていた。

またあの目だ。ライブの時やメイド喫茶の時と同じ、訝しげな表情の中に鋭さを覗かせた目だ。

彼は一体何を想ってあの目をしているのか、何を知っているのか。希にはわからなかった。

 

そしてもう一つ。

なぜ自分は、彼にそのことを尋ねようとしないのか。――いや、“尋ねられないのか”。

どうしてかはわからない。だが尋ねようと思うと頭の中で警鐘が響くのだ。

“知ってしまったら戻れなくなる”と。

無意識――いや、むしろ防衛本能とでも言うのだろうか。知ることを恐れている自分がいた。

 

まるで昔の……内気で臆病だったころの自分が帰ってきたようだ。

だげど何時までも臆病なままではいられない。あの日、張り詰めていたころの絵里に初めて話しかけたあの時のように、勇気を出さなければならない。

例え知った先に何が待っていようとも。

 

「……あんな、彩牙くん――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――もうやめてくださいっ! 知りません!!」

 

意を決した希の言葉を遮ったのは、悲鳴にも似た海未の叫び声だった。

散々穂乃果たちにからかわれたからなのか、その顔は耳までトマトのように真っ赤に染まっていた。

よっぽど恥ずかしかったのだろう。目を潤ませ、羞恥に満ちた表情を浮かべた彼女は通りから連なる路地の中に逃げるように走り去ってしまった。

 

突然の事態に唖然とする彩牙、ことり、真姫、そして台詞を遮られた希。

そんな中で当の海未に詰め寄っていた穂乃果たちはバツが悪そうに――というよりは、引きつったような苦笑いを浮かべていた。

 

「えへへ……ちょっと、からかいすぎちゃったかな?」

 

「もう、穂乃果先輩はともかく絵里先輩まで何してるのよ」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

呆れたように呟く真姫と、恥ずかしそうに肩を縮ませる絵里。

ともかく扱いされたことに穂乃果がプンプンと言いたげな表情を浮かべていたが、彩牙はそれを無視し、海未の走り去った方向を見つめた。

路地の中は非常に入り組んでいる。仮にも地元とはいえ、道に迷いかねないだろう。

それに悪くどい輩が出ないとも限らない。

 

「仕方ない、俺が迎えに行ってくるから皆は待っていてくれ」

 

「二人っきりだからって変なことするんじゃないわよー」

 

「はは……信用ないな」

 

半眼のにこの言葉に苦笑いしながらも、海未の後を追う彩牙。

その背中を、希は先程までの物憂げなそれを潜め、穏やかな笑顔で見つめていた。

 

騒めく心の内を隠しながら。

 

 

 

**

 

 

 

「――もうっ、何ですか穂乃果もみんなも……!」

 

走り抜けたことと羞恥で顔を赤く染め、息切れした海未が路地の中で佇んでいた。

息を吸い、膝に体重を預けながら、海未は先程までの穂乃果たちとの会話――いや、むしろ追及と言った方がいいか。それを思い出していた。

 

一言で言ってしまえば、途轍もなく恥ずかしかった。

穂乃果も絵里も花陽も凛もにこも、皆が皆海未と彩牙が付き合っているかのように問い詰めてきたのだ。特に花陽とにこは『アイドルとしてやっちゃダメ』と言わんばかりの気迫に満ちた表情で。

穂乃果なぞ「どんなことになっても私は海未ちゃんの味方だよっ!」なんて言う始末だ。味方だと言うならすぐにやめてほしかったが、生憎とその願いは届かなかった。

 

「私と彩牙くんは、そういう関係ではないというのに……」

 

気持ちと呼吸が落ち着き、頭が冴え始め、首から下げた指輪に手を添える。

海未は考える。なぜ、彼はこれをくれたのだろうか。

指輪を渡したときの彩牙は、どこかそわそわしながら顔を僅かに赤く染めていた。きっと自分も同じか、あるいはそれ以上に顔を赤くし、慌てふためいていたことだろう。

 

それだけだったらやんわりと断るなりするか、例え受け取ってもずっと身につけることなく大事にしまっておくなりしただろう。

だが海未は受け取り、彩牙の言うように可能な限り身につけるようにしていた。

それもあの時の彩牙の表情が理由かもしれないと海未は思った。

指輪を渡すときの彩牙は確かにそわそわしていた。だけどその中に別の感情が秘められていることを海未は感じた。

 

何かを誓うような固い意志、憂い、そして――罪悪感。

ひょっとしたら自分の気のせいなだけかもしれない。だけど海未はそれらをどうしても無視することができなかった。

だから彼女は恥じらいながらも指輪を受け取り、身につけた。彩牙の思いを少しでも知りたいと思ったから。

 

 

「……そろそろ、戻りましょうか」

 

たっぷりと息を吸い込んだことで頭が冴え、高揚が静まった海未は、くるりとその場から踵を返した。

いきなり飛び出して心配をかけてしまっただろうし、こちらが落ち着いて話しさえすればきっと穂乃果たちもわかってくれるだろう。たぶん、きっと。

そんな期待を抱きながら、海未は足を踏み出――

 

 

 

 

 

「――ほら、出すもん出してくれねえかなぁ?」

 

――そうとして、その足をピタリと止めた。

耳に入り込んできた軽薄で、それでいて乱暴な言葉の男の声。辺りを見回すと、その声の出所がすぐに見つかった。

海未が今いる路地の通路。そこから横に入ったその一角に、それはあった。

 

「お、お願いします……見逃してください……」

 

「あぁん? 人にぶつかっておいてなんだその言い草はよぉ?」

 

「そーそー。骨折させておいて、財布の中身だけで見逃してやるって言ってんのに。なぁ?」

 

「あー、痛てー。痛ってえよー」

 

頬に痣を作り、見るからに気弱そうな自分と同年代の少年が、ガラの悪い男たちに囲まれていた。

男たちは仲間が骨折されたなどと言っているが、そのわざとらしい態度と言葉で演技であることは一目瞭然だった。よくある言いがかりによるカツアゲの手口だ。

弱い者を相手に振るわれる、集団による理不尽な暴力。

その光景を前に、海未は――

 

 

「――あなたたち! 何をしているんですか!」

 

知らんぷりをすることなど、できなかった。

路地の中に響いた海未の凛々しい叫びに、怪訝そうに男たちが振り向く。

その瞬間、見た目に反して意外と目敏いのか、カツアゲされていた少年が男たちの間を縫うようにすり抜け、あっという間に反対側に走り去っていった。

慌てて男たちが手を伸ばすも少年は既に路地を抜け出し、獲物を逃した男たちは舌打ちして改めて海未に振り返った。

 

「……おい姉ちゃん、なんてことしてくれんだよ」

 

「そうそう。俺らはただ仲良く“ハナシアイ”してただけだって言うのになぁ?」

 

「……何が話し合いですか。自分たちより弱い相手に寄ってたかって暴力を振るい、金を奪おうとするなど、男として恥ずかしくないのですか!恥を知りなさい!!」

 

「……ハア?」

 

海未の言葉が癇に障ったのか、青筋を立てて彼女を睨む男たち。

しかしそれも束の間。男たちの視線は睨みつけるようなそれから、海未の全身を舐め回すかのような下劣なものへと変化していった。

新しい獲物を品定めするかのように。

 

「……へへ、それじゃあ代わりに姉ちゃんが俺たちと遊んでくれるってか?」

 

「……下劣な」

 

――まあ、そうなりますよね。

たった一人の女子高生が倫理観の欠いた男たちの前に出ればどうなるか。それくらいは初心なところのある海未にもわかっていた。

加えて海未自身、周りから大和撫子と揶揄されるように優れた容姿の少女だ。この男たちがみすみす放っておく筈がない。

 

さて、勿論海未は男たちの慰み者になる気など毛頭ない。そして何も無策で飛び出したと言うわけでもなかった。

武道をしているとはいえ、流石に女性が素手でこの男たち相手に切り抜けられるわけがない。ならば取る手は一つ、逃げの一手だ。

幸い自分のいる地点は男たちよりも大通りに近い。いくら力では向こうが勝っていても集団である向こうと違い、単独且つ武道やダンスで鍛えてきた自分の方が身軽に動け、体力的に長く走ることができる。

力と身体能力や体力はイコールではないのだ。

 

後はタイミング。

自分と男たちの間――男たちよりのところに瓶や缶が転がっている。

あの付近に足が寄った時点で走り出せば男たちも追いかけようとし、瓶や缶に気づかずに躓いて転ぶだろう。そうなれば逃げ切れる確率はグンと上がるはずだ。

 

そう考え、海未は下卑た笑みを浮かべながらにじり寄って来る男たちをじいっと見つめる。

まだだ、まだ早い……もう少し、あと5歩……3歩……1歩……。

 

 

――今です!

 

「――きゃっ!?」

 

自分の狙っていたタイミングになった瞬間に踵を返した海未だが、それ同時に人にぶつかり、尻餅をついてしまった。

 

――そんな、まだ仲間が!?

 

何という事だろうか。まさか後ろに仲間が迫っていたことに気づかなかったとは。

海未は己の迂闊さを恥じ、逃げ道を塞がれ、男たちに捕まった自分の末路を想像し、ぎゅっと目を閉じる。

だがしかし、男達の歓喜の声も、ざわめきも、こちらに迫る足音も聞こえない。

不思議に思った海未が振り返ると、そこには恐れ慄くような表情を浮かべ、震えながら海未を見つめる男たちの姿があった。

 

――いや違う。男たちが見ているのは海未より上――今しがた、海未がぶつかった人物だ。

正面に向き直した海未の視界に入ったのは“黒”だった。

真っ黒なロングコート、黒いズボン、暗い赤色のシャツ。その顔には黒いサングラスをかけ、不敵な笑みを浮かべている。

そう、その人物は――その少年は――。

 

 

「……コテツ、さん?」

 

――コテツだった。

彼は足元で尻餅をつく海未を一瞥すると、もう一度男たちに視線を向けた。

その口元に変わらない笑みを浮かべながら。

 

「お前ら、昨日あれだけ遊んでやったのにまだ懲りてないみたいだな?」

 

「ひっ……!」

 

「あんまりオイタが過ぎるようなら……もう一度、“遊んで”やろうか?」

 

サングラスに隠れたコテツの眼光が、ギラリと光った。

それを見た男たちは勿論、その視線を向けられていない海未もびくりと震えた。

闇の魔獣を狩る魔戒騎士。一端とはいえその眼光に睨まれてしまっては普通の人間に抗うことはできなかった。

 

「ち、ちくしょう……! 覚えてろ!」

 

コテツの眼光に慄いた男たちが、ありきたりな捨て台詞を吐いて一目散に逃げていく。

その姿をコテツはひらひらと手を振りながら眺め、そして海未は呆然としていた。

何をするでもなく、場が収まってしまった。勿論怪我をしないに越したことはないため、よかったのだが。

海未は立ちあがって埃を払い、コテツを見つめる。コテツもまた、海未を見ていた。

 

「……ありがとうございます。おかげで助かりました」

 

「いいって、別にアンタを助けたわけじゃないからさ」

 

海未は正直、彩牙のことを考えるとコテツには複雑な思いを抱いていた。

なにせ彼は彩牙のことを狙っていたのだ。警戒せずにはいられない。

だけど形はどうあれ、今助けてもらったのは事実だ。だから海未は素直に礼を口にした。

 

それに――コテツには聞きたいことがあった。

 

 

 

「助けてもらってなんですが、聞いてもよろしいでしょうか?」

 

「内容にもよるぜ?」

 

「……なぜあなたは、彩牙くんのことを狙ったのですか?」

 

その言葉を聞いた途端、コテツの動きがピタリと止まり、笑みを浮かべていた口元も真顔のそれに変化した。

それを視界に収めながら、海未は更なる疑問をぶつけていく。

 

「さっきの会話を聞く限り、あなたは昨日凛たち……ショートカットの女の子たちをあの人たちから助けてくださったんですよね?」

 

「そして今は私を助けてくれました。そんな私たちを助けてくださったあなたが……魔戒騎士のあなたが、どうして同じ仲間の彩牙くんを狙うのですか?」

 

コテツの行動には謎が多かった。

自分や凛たちを助けてくれた一方で、仲間であるはずの彩牙を巻き添えにしようと狙った。

海未はその真意が知りたかったのだ。自分たちを助けてくれたという事は彼も人を守る者。

志を同じくする彩牙と争う理由などない筈なのだから。

 

そしてそんな海未の疑問をぶつけられ、コテツは――

 

 

 

 

 

 

「……くくくくっ……あっはははははははは!」

 

――可笑しくてたまらないというかのように、大笑いしていた。

 

「……え……?」

 

「何を勘違いしてんのかわからないけどさ、俺と奴は仲間でもなんでもない」

 

唖然とする海未を前に、コテツは笑いながら彼女に歩み寄っていた。

一歩、また一歩、ゆっくりと近づいてくる。

 

「それとさっきも言ったけど、俺はアンタを助けたわけじゃない」

 

歩み寄ってくるコテツに、海未は言いようのない恐れを抱いていた。

その笑顔が余りにも恐ろしく、まるで狩人のようで。コテツが一歩近づくたびに海も一歩後退り、終いには壁際に追い詰められた。

壁際に海未を追い詰めたコテツは――

 

 

 

「アンタを斬るためだ」

 

ブーメラン状の剣――魔戒剣を抜き、その切っ先を海未に向けた。

人を守るはずの剣を自分に向けられ、怯えと信じられないと言うような感情が織り交ざった表情を浮かべる海未。金縛りにあったかのように体が動かない。

魔戒騎士の彼が、なぜ自分を……?

湧きあがる疑問に答えないまま、コテツの魔戒剣が海未に振り下ろされ――

 

 

 

 

 

 

――ガキンッ!

 

「……へえ」

 

「――っ! 彩牙くん!」

 

横から割り込んだ彩牙が、己の魔戒剣でコテツの剣を受け止めた。

後一瞬遅ければ、コテツの剣は海未を斬り裂いていたことだろう。彩牙はコテツを睨みつけたまま、背後で肩を縮ませている海未に一言だけ言った。

 

「逃げろ」

 

「……っ!」

 

それだけで十分だった。

彩牙の言葉にコクリと頷いた海未はそれまで恐れ慄いて動けなかったのが嘘のように走り出し、脱兎のごとくその場を後にした。

角を曲がる瞬間、ちらりと振り返った海未の目に入ったのは、殺気を放ち、今までにないほど怒りに満ちた表情でコテツを睨む彩牙の姿だった。

 

――彩牙くん……!

 

そんな彩牙の姿に一抹の不安を抱きながら、海未は路地の中から抜け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その場に残ったのは彩牙とコテツのみになった。

しかしその場に漂う空気は途轍もなく、重い。

激しい怒りの表情でコテツを睨みつける彩牙。対するコテツも飄々としているものの、隠し切れないほどにその身から溢れているのは、彩牙に対する確固とした敵意。

一触即発と言えるこの状況、先に口を開いたのはコテツだった。

 

「場所を変えないか?」

 

「……いいだろう」

 

――ここだと少々人目につく。

言外にそう含んだコテツに、彩牙は静かに頷いた。

それはまさに、嵐の前の静けさのようだった。

 

 

 

**

 

 

 

「さーて、何が聞きたい?」

 

既に日が暮れた逢魔が時。

彩牙とコテツの姿は今、秋葉原近郊の廃ビル――以前の指令で彩牙が訪れた場所にあった。

ひび割れた窓ガラスからは闇を裂かんばかりの街の光が差し込み、闇に包まれるビル内を、彩牙とコテツをおぼろげに照らしていた。

その中で相も変わらず軽口を叩くコテツを、彩牙は射抜くかのように睨んでいた。

その内に激しい怒りの炎を滾らせながら。

 

「何故海未を斬ろうとした」

 

「はっ、なにかと思えばそんなことかよ」

 

そんな彩牙の視線を、コテツは屁でもないかのように受け流す。

しかしその直後、へらへらとしていたその表情を鋭いものへと変え、口を開いた。

彩牙を責め立てるかのように。

 

「あの子、ホラーの返り血を浴びただろ? 血に染まりし者がどうなるかぐらい、お前知ってるだろ」

 

「……」

 

「せめて苦しまずに死なせてやろうとしてるんだぜ?魔戒騎士の当然の務め、お前に恨まれる筋合いはないと思うけどな?」

 

気絶することも許されない苦しみの中、悪臭を放ちながら醜く崩れ死んでいく。

返り血を浴びた人間が100日後に辿る死の運命。

知っている。知っているからこそ――

 

 

 

 

「――! おっと!」

 

彩牙はコテツを許すことができなかった。

我慢などとうの昔に――路地で海未に斬りかかるところを目にしたあの時から、堪忍袋の緒と共に切れていた。

懐から抜かれ、コテツ目掛けて振り下ろされた彩牙の魔戒剣がそれを物語っていた。

 

「――先に剣を抜いたな?」

 

「……」

 

挑発するかのように指を差すコテツを前に、ゆらりと振り向く彩牙。

まるでホラーと相対しているかのような眼光でコテツを睨み、魔戒剣を構えていく。

 

「……海未は死なせない。彼女は俺が必ず守る」

 

腰を落とし、魔戒剣を顔の右側に沿うように構え、切っ先を目の前の“敵”に向ける。

 

「彼女に手を出すというのなら……今ここで、俺がお前を斬る!!」

 

例え魔戒騎士の掟に背くことになろうとも――!

彩牙の頭は、心は、絶対の掟を二の次にしてしまうほどに、激しい怒りで熱く燃え滾っていた。

 

そして、そんな彩牙と対峙するコテツは――

 

「……いいぜ、先に抜いたのはそっちだしな。それに――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――俺の方こそ、お前には言いたいことが山ほどあるんでな」

 

挑発するかのような今までの軽い表情から一変し、冷酷さを感じさせるほどに冷たい表情を浮かべ、魔戒剣を抜き取った。

ブーメランのような形状のそれを脇に添え、居合のように構える。

 

『おい小僧落ち着け! 頭を冷やせ!』

 

『コテツ!あなたも処罰されますよ!』

 

ザルバとゾルバがお互いのパートナーを止めるべく声を荒げるが、二人の若い騎士には届かない。

二人が見えているのは――自分の目の前に立つ“敵”の姿だけだった。

 

 

「――――」

 

互いに剣を構えたまま、微動だにしない彩牙とコテツ。

部屋の中が闇に包まれ、一呼吸おいた後に再び街の光がその場を照らした瞬間――

 

 

 

 

 

「――!」

 

「――ハッ!」

 

――二人の騎士は、駆け出した。

 

彩牙の剣が横薙ぎに振るわれ、コテツの剣が受け止めてそれを弾く。

お返しにとコテツの剣が彩牙の顔目掛けて振るわれる。今度は彩牙の剣が受け止め、それを弾くとその勢いで一回転。魔戒剣をコテツの視界から一瞬消し去り、振り向きざまに突き出した。

突き出した彩牙の剣はコテツの頬を裂き、対するコテツは突き出された彩牙の剣を魔戒剣で振り払い、それと同時に彩牙の頬を裂いた。

 

一撃、一撃、また一撃と火花を散らし、剣戟を打ち鳴らしていく。

その最中、コテツの蹴りががら空きとなった彩牙の腹に叩き込まれる。

息が詰まり、吐き気を抑えて後退りする彩牙。そんな彩牙に追い撃ちをかけんがごとく迫るコテツ。

コテツの魔戒剣が振るわれた瞬間、彩牙は敢えて自ら姿勢を崩して足払いをかけた。

 

足を払われことで姿勢が崩れ、不安定な態勢でよろめくコテツ。

それを見逃さなかった彩牙はすかさず魔戒剣を振り下ろし、対するコテツもギリギリのところで剣を受け止め、鍔迫り合いの形となった。

 

互角の力で鍔迫り合い、拮抗する彩牙とコテツ。

全身の力を籠め、互いに相手の剣を斬り払わんとする二人。

その眼はとても荒々しく、少しも気を弱めれば相手に喰われかねないといった状況になっていた。

 

 

 

 

 

 

――その時だった。

 

『小僧! 喧嘩は後にしろ!』

 

『ホラーの気配です!来ます!』

 

ザルバとゾルバの警告と共に、辺りを包んでいく闇の気配。

だがそれでも、彩牙とコテツは目の前の敵から視線をそらさず、鍔迫り合いを辞めようとしない。

そんな中、闇が姿を現した。

 

 

『ギギギギギィッ』

 

『ギチギチギチギチッ』

 

窓から、フロアの入り口から、這い出るように現れたのは白い蟻のような姿のホラー。

昨夜も現れたレギオンの兵隊――レギオン兵だ。

彩牙とコテツは鍔ぜり合っていて、そちらに視線を向けようとすらしない。

 

自分たちを無視しているのあるいは気づいていないのか、争い続ける二人の魔戒騎士目掛け、二体のレギオン兵は金切り声を鳴らしながら駆け出していく。

レギオン兵たちは彩牙とコテツが隙だらけだから即座に襲い掛かったわけではない。傀儡となった彼らにそんな思考をする意思はない。

彼らの中にあるのはただ一つ。“魔戒騎士を排除せよ”という主からの命令だけだ。

 

だからレギオン兵たちは愚直なまでに突き進んでいく。

たとえそれが――

 

 

 

 

「「――邪魔だ!!」」

 

自らの死を招くことであっても。

 

彩牙とコテツ、二人の背後をそれぞれ取ったレギオン兵が爪を振り下ろそうとした瞬間だった。

それまでレギオン兵には目もくれずに互いを斬ろうとしていたのが嘘のように鍔迫り合いを解き、自分たちの背後に迫っていたレギオン兵を振り向きざまに一刀両断に斬り裂いたのだ。

断末魔と共に消滅していくレギオン兵。それを視界に収めながら彩牙とコテツは再び対峙する。

互いに剣を構えた、その時だ。

 

『まだ終わりじゃないぞ』

 

『屋上から奴らの気配を感じます』

 

ザルバの言葉に視線を上へと向ける彩牙。

まだいたのか。そう思った瞬間――

 

 

「っ! くっ!!」

 

「先に行かせてもらうぜ」

 

響き渡る剣戟音。

コテツが不意打ち気味に繰り出した魔戒剣を、彩牙が咄嗟に弾いたのだ。

不意打ち気味だったため少しよろけ、態勢を直してコテツに視線を向けた時には、彼は既に窓の縁に足をかけていた。

そのまま縁を足蹴にして、窓の外を跳ねるように駆け上っていった。

 

『俺たちも急ぐぞ』

 

「わかってる!」

 

彩牙はすぐさまフロアの近くにあった階段から、屋上へと駆け上っていく。

奴だけには遅れをとってなるものかと思いながら。

 

 

 

 

 

 

――廃ビル・屋上

 

その真ん中に佇んでいるのは一体の白いホラー――レギオン兵だ。

このレギオン兵も先の二体と同様、彩牙たちを狙ってこの場にやって来たホラーだった。

ならば何故先の二体と一緒に彩牙たちを襲わなかったのか?

それはこのレギオン兵が先の二体よりも上位の個体だからだ。

 

レギオン兵は素体となる生物が高等であればあるほどその力は強く、群の中での立場も高くなる。

先の二体の素体は烏や野良猫、そしてこのレギオン兵の素体は――ホラーだった。

ゲートから現れた直後の素体ホラーがレギオンによって兵にされたのだ。しかし今はもう元の知性を失っており、同胞であるはずのレギオンに使役されるだけの存在となっていた。

 

そして今現在、このレギオン兵は配下である2体を主の命に従い、先に突入させていたのだ。

だがその2体は戻らず、そればかりか群の中でのみ行われている情報の――感覚の共有もできないことに疑問を抱いていた。

元がホラーであったためか、ほんの少しではあるが思考するほどの知性が残っていたのだ。

その僅かな思考で考え、どうするべきが主に指示を仰ごうとした時――

 

 

 

 

「見つけたァッ!」

 

『ギッ!?』

 

屋上の縁から跳び超えるようにコテツが現れ、魔戒剣をその形状を物語るようにブーメランのごとく投擲した。

弧を描き、空気を斬り裂きながら滑空していく魔戒剣から、レギオン兵は右腕を犠牲にして己の命を守った。

腕一本を切断しても全く勢いが衰えないまま、コテツへと戻るように滑空する魔戒剣。

コテツは魔戒剣の帰りをただ待つなんてことはせず、自ら魔戒剣の下へ――その先にいるレギオン兵へと駆け出していく。

 

そうして滑空していた魔戒剣を手にし、その下で見上げるレギオン兵へとそのまま振り下ろすコテツ。

しかし――

 

「――ちっ!」

 

素体がホラーであるということもあるのか、咄嗟の瞬発力でレギオン兵はコテツの剣を避けたのだ。

そして剣を振り下ろした隙を見せたコテツ目掛け、右腕の仇と言わんばかりに左腕の爪で斬り裂かんと迫る。

その時――

 

 

『ギィッ!?』

 

割り入るように横から現れた赤い柄の魔戒剣がレギオン兵の脇腹に突き刺さり、その動きがガクンと止まる。

その隙にコテツがレギオン兵の傍から退いたことで、振るわれた爪は虚しく宙を斬った。

去り際にコテツが振るった魔戒剣が、レギオン兵のもう片方の脇腹を斬り裂いたというオマケつきで。

 

両脇腹を裂かれ、悶えるレギオン兵。

その苦しみから悶えようと、片方に突き刺さった赤い柄の魔戒剣を抜こうとする。

しかしそれは、レギオン兵が抜くよりも早く抜き取られた。

 

「――ハアッ!」

 

コテツの後を追うように現れたその剣の持ち主、彩牙によって。

彩牙はレギオン兵から脇腹から自らが投擲した魔戒剣を抜き取り、そのまま横に振るって残っていた左腕を両断した。

斬り払われた勢いで後ずさるレギオン兵。

 

両腕を失い、満身創痍となったレギオン兵を前に彩牙は油断なく魔戒剣を構える。レギオン兵を挟むように彩牙の反対側で、コテツも同じように構える。

一瞬か、あるいは数秒か。息の吐く音だけが静かに響くその静寂の中で、動きが現れた。

 

『ギギギギギッ!』

 

恨めしい――そんな感情が残っているのか定かではないが、そう思わせるような金切り声をあげるレギオン兵の背中がもぞもぞと蠢く。

何か仕掛ける気か――そう警戒する彩牙とコテツの目の前で、レギオン兵の背中を突き破りあるものが現れた。

 

 

 

 

『……翅だと?』

 

レギオン兵のその蟲の見た目に違わない、透き通った翅だった。

レギオン兵はその翅を素早く動かし、蟲のそれと全く同じ羽音を響かせて飛び去ろうとする。

もはやこのまま戦っても勝てないと悟ったのか、命の危機からなる生存本能がそうさせたのか、レギオン兵はここから逃走することを選んだのだ。

 

 

「逃がすか!」

 

無論それを見逃す彩牙ではない。

魔戒剣で円を描き、円に光が満ちると同時にレギオン兵を追わんと跳び上がり、召喚されたガロの鎧をそのまま空中で装着した。

 

対するコテツも魔戒剣の剣先で円を描くようにその場で一回転し、逃げようとするレギオン兵目掛けて跳び上がる。

身体を包むように描かれたその円が白い光を放ち、突き破るように飛び出した鎧のパーツがコテツの身体を包んでいく。

 

レギオン兵を挟むように迫る、金色の軌跡と白色の軌跡。

その軌跡――ガロと“騎士”は交差するかのように、逃げようとしていたレギオン兵をその剣で同時に斬り裂いた。

×(クロス)を描くように斬り裂かれたレギオン兵は、哀れにも断末魔の叫びを残し、その身を爆散した。

 

 

レギオン兵を斬り裂き、交差するかのように互いのいた場所に着地したガロと“騎士”。

振り返り、対峙するかのように向き合うガロと“騎士”。その時、ガロの瞳に“騎士”――鎧を纏ったコテツの姿がはっきりと映った。

 

 

 

――その鎧は白と言うにはあまりにも暗く、黒と言うにはあまりにも明るく、銀と言うにはあまりにも煌きがなかった。

魔戒騎士の象徴たる狼を模ったその鎧は、鎧の各所に炎を彷彿とさせる意匠が刻まれ、

ガロに比べると幾分かスマートな出で立ちをしていた。

 

手にする魔戒剣は一回り大きくなり、炎のような装飾が刻まれているが、ブーメランのようなその形状は依然として変わらない異形の剣――灰塵剣へと変質していた。

炎のような赤い瞳が輝き、その身を彩るのは白でも黒でも銀でもない、生命を感じさせない――灰。

コテツが纏う、灰色の鎧。その名は――

 

 

 

 

 

 

 

 

――灰塵騎士・陰狼(カゲロウ)

 

 

『……貴様』

 

『さあ、第2ラウンドといこうぜ』

 

指で首切りのジェスチャーをするカゲロウ。

それが引き金となり、同時に駆け出すガロとカゲロウ。

すれ違いざまに互いの剣――牙狼剣と灰塵剣を振るい、ぶつかり合い、火花を散らしながら緑の瞳と赤の瞳が互いを睨む。

 

剣の打ち合いはすれ違うと同時にすぐに解かれた。

その勢いのまま、ガロとカゲロウは砂塵を巻き起こし、滑るように距離をとった。

一拍、息を吐くように剣を構え、互いを見据えた彼らは並行するように走り出し、互いの距離を徐々に縮めていく。

 

そして互いの姿が目前まで迫った時、駆け抜けた屋上の縁から宙へと飛び出し――

 

 

 

『うおおおおおおっ!!』

 

『でぇえりゃぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

 

 

**

 

 

 

街灯と街のネオンが暗闇を照らす、夜の秋葉原。

その中を道行く大勢の人々の中、ある親子連れの姿があった。

仕事帰りなのか、スーツ姿の母親の手に引かれているのはまだまだ年端もゆかぬ、園児くらいだろうと思われる幼く小さな男の子。

 

母に手を引かれ、ぼんやりとした顔つきで歩く男の子はある一点を見つめ、立ち止まった。

クイ、と我が子に手を引かれ、つられて立ち止まる母親。しゃがみこみ、我が子と同じ目線でその顔を覗く。

男の子はぼんやりとした顔つきはそのままで、ある一点をじいっと見つめていた。

 

「どうしたの? こたろう」

 

「おおかみー……」

 

男の子の指さす方向を、母親もつられて見つめる。

そこにはビルの合間から覗く夜空があるだけで、狼の姿など影も形もなかった。

もっとも、こんな都会の真ん中で狼がいるわけないのだが――母親は笑うことなく、優しげな言葉をかける。

 

「狼さんがいたの?」

 

「ひかってたー……」

 

「ふふ、きっとこたろうが無事でいられるように見守ってくれてるのかもね」

 

「んー……」

 

「さ、お姉ちゃんたちも待ってるし、行きましょう」

 

そうして母親に優しく手を引かれ、再び歩き出す男の子。

男の子は一瞬だけ狼がいたという方向を見つめた後、手を引く母親の後をついていく。

 

 

 

――母親も、誰も思いはしなかっただろう。

男の子の差した方向には、確かに狼がいた。

2頭の狼――金色の狼と、灰色の狼が……

 

 

魔戒騎士・ガロとカゲロウが争っていた――

 

 

『ハアァァァッ!!』

 

『ウオォォォォォッ!』

 

ビルとビルを飛び交いながら、ガロとカゲロウは激しい剣戟を繰り広げていく。

牙狼剣が振るわれればカゲロウはそれを弾き返し、灰塵剣が振るわれればガロがそれを弾き返す。

互いに一歩も引かない、そんな攻防が繰り返されていた。

 

――やがて、二人の騎士は一つのビルの屋上に辿りつく。

先に足をつけたのはカゲロウだった。振り返り、灰塵剣を構えてガロを待ち受ける。

一歩遅れてガロが足をつけた。飛び移った時のスピードを殺さずに駆け出し、その勢いのままカゲロウに斬りかかる。

 

一撃、二撃、三撃。

火花を散らし、牙狼剣と灰塵剣がぶつかりあう。

その激しい剣戟は、金と灰の軌跡を描いていく。飛び散る火花により、ガロとカゲロウの顔がおぼろげに照らされる。

そうしてまた剣がぶつかりあった、その時――

 

『ぐっ!』

 

ガロの頭が激しく揺さぶられた。

剣を打ちあったその瞬間、カゲロウが頭突きを叩き込んだのだ。脳を揺さぶられて感覚が狂い、よろめくガロ。

そんな隙だらけとなったガロを、カゲロウは灰塵剣で斬り裂いていく。

 

『ぐあっ……!』

 

鎧を構成するソウルメタルが、同じソウルメタルによって削られる。

カゲロウの振るった灰塵剣は鎧の装甲に守られていないアンダースーツの部分も斬り裂き、その下から真っ赤な血が流れ出ていく。

斬り裂かれ、鮮血を流し、床に転がるガロ。

そんなガロに追い撃ちをかけようと、カゲロウが灰塵剣を振るった瞬間――

 

 

『――なんだとっ!?』

 

地面スレスレで振るわれた牙狼剣が、カゲロウの足を払った。

鎧の装甲に守られたことで足が両断されることは勿論、血を流すこともなかった。

だがその時振るわれた牙狼剣は、カゲロウの足の感覚を麻痺させ、姿勢を崩すには余りにも十分すぎた。

 

『ぐぅおっ!』

 

姿勢を崩したカゲロウ目掛けて、立ち直ったガロによる拳が叩き込まれた。

渾身の力を籠めて繰り出されたその拳はソウルメタルの装甲に深くめり込み、その下に守られた骨を、内臓を圧迫していく。

狼の頭を模った兜、その牙の隙間から吐き出された血が零れ出し、その衝撃でカゲロウの身体は大きく殴り飛ばされた。

 

殴り飛ばされたカゲロウの身体は何度も床を転がり、階下へと続く階段の出入り口となるペントハウスの壁にぶつかることでようやく停止した。

ひび割れたペントハウスの壁にめり込み、破片と砂埃を撒き散らしながらよろりと立ち上がろうとするカゲロウ。しかしそれは手元から引っ張られるかのように止められた。

 

カゲロウが視線を向けると、そこには手にしていた灰塵剣がペントハウスの壁に突き刺さっている光景があった。

刀身の半分近くになるほど深く突き刺さっており、軽く力を籠めた程度では抜き取ることはできなかった。

それと同時に感じた、正面から迫る敵意。先の仕返しと言わんばかりに、牙狼剣の切っ先をまっすぐに向けたガロが迫っていたのだ。

 

下手に灰塵剣を抜くことに集中すればその間に牙狼剣はカゲロウを貫くだろう。かと言って素手で牙狼剣を迎え撃つには余りにも心許ない。

思考は一瞬。

そしてカゲロウの下に瞬く間に到達したガロはカゲロウ目掛け、牙狼剣をまっすぐに突き出した――

 

 

 

 

 

 

――ガキン。と、鳴り響く金属音。

 

『――何だと!?』

 

牙狼剣は止められていた。

牙狼剣を止めたカゲロウの手には一本の“剣”が握られていた。

しかしもう片手には、未だ壁に深く突き刺さったままの灰塵剣が握られていた。

灰塵剣ともう一本の剣――否、“2本の灰塵剣が”カゲロウの両手に握られていた。

 

『二刀流だと!?』

 

ザルバの驚きの声が上がる。

そう、カゲロウの持つ灰塵剣は2本の剣へと変化していた。

ブーメランのような形状――その中心から二つに分かれ、ブーメランのような1本の剣から逆手持ちの双剣へと変化していた。

これこそがカゲロウの持つ灰塵剣、もう一つの姿――

 

 

 

――灰塵剣・双剣態!

 

『くっ!』

 

牙狼剣を受け止めていた灰塵剣を振るい、牙狼剣ごとガロを宙へと弾き飛ばすカゲロウ。

その間に突き刺さっていたもう一本を抜き取り、再び連結してブーメランのような形状――飛翔態へと灰塵剣を変化させる。

そしてそれを振りかぶり、宙に飛ばされたガロ目掛けて投擲した。

 

『ぐうっ……!』

 

迫る灰塵剣を、ガロは牙狼剣を振るって弾き飛ばす。

しかし弾かれた灰塵剣はまるで意志を持っているかのように軌道を変え、再びガロに襲い掛かる。

正面から、右から、左から、後ろから。何度弾き返そうとしても、灰塵剣は何度でもガロを斬り裂かんと襲い掛かる。

――やがて、先に限界が訪れたのはガロだった。

 

『ぐああああああっ!』

 

牙狼剣で受け止め損ねた灰塵剣が遂にガロの身を捉えたのだ。

回転する灰塵剣の刃がガロの鎧を削り、斬り裂き、抉っていく。

ガロを捉えた灰塵剣はその勢いのまま、宙にいたガロを斬り裂きながらその身体をビルの上から遥か下の地面へと押し落としていく。

 

落下していく中、ガロを斬り裂いていた灰塵剣が離れ、上へと飛んでいく。

視線を向けるとそこにはガロの後を追うように宙に身を投げ、戻ってきた灰塵剣を手にするカゲロウの姿があった。

斬り裂かれて節々が痛む身体を抑え、満足に身動きが取れない空中でありながらもガロは上を、下を、辺りを見回す。勿論そうしている間にもガロの身体はどんどん落下していき、それを追うカゲロウも灰塵剣を構えて徐々に近づいてくる。

 

そうして灰塵剣を再び双剣態にしたカゲロウが、遂にガロの目前にまで迫った。

仰向けになったまま落下し続けるガロに、灰塵剣を振り下ろすカゲロウ。

追い撃ちをかけんと迫る灰塵剣の刃を前に、ガロは受け止めるべく牙狼剣を――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――構えなかった。

 

『なに!?』

 

ガロは、灰塵剣を防ぐために牙狼剣を構えることはしなかった。

迫る灰塵剣を前にガロが取った行動。それは落下する自らの横にあったビルの壁に、牙狼剣を突き刺すことだった。

ビルの壁に深く突き刺さったことにより、牙狼剣を手にしていたガロの落下も止まり、牙狼剣を軸にしてくるりとその場で1回転した。まるで体操の選手のように。

 

相手を失ったことにより、虚しく空を斬る灰塵剣。

虚を突かれ、驚愕に包まれたカゲロウが次の瞬間目にしたものは、牙狼剣を軸に回転し、ビルに突き刺さったそれの上に身を置くガロの姿。

交差する、緑と赤の瞳。

そして――

 

 

『―――!』

 

隙だらけとなったカゲロウ目掛け、ガロの渾身の蹴りが叩き込まれた。

薙ぐようにして放たれたその蹴りはカゲロウの身体をくの字にしならせ、その身を夜空へと向かうように凄まじい勢いで蹴り飛ばした。

牙狼剣をビルから抜き、それと同時にガロは壁を足場にしてカゲロウを追うように跳び上がった。

 

蹴り飛ばされたカゲロウに肉迫するガロ。

月が照らす夜空の中、姿勢を取り直したカゲロウとガロの剣が交差する。

慣性のまま空中を駆ける中で、一撃、二撃、三撃と、激しい剣戟を繰り返していく。

元々跳び上がったビルが秋葉原の端の方にあったこともあるのだろう。そうしている内にガロとカゲロウの身体は秋葉原の街を抜け、いつしか二人の眼下には住宅地や小さな雑居ビルが立ち並ぶ街並みが広がっていた。

 

そんな中、ガロとカゲロウの剣戟にも変化が起きた。

互いが同時に突き出した剣。それらは相手の剣と打ち合うことなく火花を散らしながら擦れ合い、お互いの頭を的確に捉えたのだ。

正常な感覚と、それまで宙を駆けていた勢いを失い、真っ逆さまに落下していくガロとカゲロウ。

そんな中でも狂った感覚でありながら、相手へと剣を振ろうとする姿はもはやある種の執念と言ってもいいのかもしれない。

 

やがて、彼らはほとんど同時に墜落した。

身体を強く打ちつけたコンクリートのタイルは割れ、剥がれ、まるでクレーターのような有様を見せていた。

二人が落ちたのは道路でも、かといってそこらの雑居ビルでもない。

まるで、“学校の屋上のような”場所だった。

 

「ぐっ……!」

 

「く、そ…がっ……!」

 

鎧が解除され、彩牙とコテツの姿が露になる。

二人とも体の至る所から血を流し、息も絶え絶えで満身創痍といった風貌だ。

だがそれでも、二人の目はギラギラと光っていた。

まだ戦えると言うかのように。相手を力強く睨んでいた。

 

『いい加減にしろ!小僧!』

 

『コテツ!命を没収されますよ!』

 

パートナーたるザルバとゾルバの静止の言葉も、二人には届かない。

その証拠に二人は己の魔戒剣を手にしてよろよろと立ち上がり、覚束ない足取りながらも相手に向かって駆け出した。

ふらつきながらも一歩一歩と進んでいくその様は、鬼気迫るものを感じさせた。

そうして二人の間の距離が縮み、剣の間合いに入った瞬間、彼らは同時に動いた。

 

「おおおぉぉぉぉぉぉっ!」

 

「うぉりゃぁぁぁぁぁぁっ!」

 

咆哮と共に振るわれる、二人の魔戒剣。

相手の急所を狙って振るわれたそれらは銀色の軌跡を描き、互いの急所を的確に捉え――!

 

 

 

 

 

 

 

 

『――何をしている、お前たち』

 

――なかった。

 

彩牙とコテツの魔戒剣は相手を斬り裂くことなく止まった。

いや、止められていた。二人の間に割り込んだ、蒼い腕とその手に握る大剣によって。

驚愕の表情に包まれる、彩牙とコテツ。

二人を止めたのは、蒼い鎧に身を包んだ魔戒騎士。

――イブの鎧を纏った、鬼戸大和だった。

 

『魔戒騎士同士が争ってはいけないと……忘れたのか!!』

 

「ぐあっ!」

 

「ぐっ!」

 

怒気に満ちたその言葉とともに、イブは受け止めていた魔戒剣ごと彩牙とコテツの身体を弾き飛ばした。

力なく屋上を転がっていく彩牙とコテツ。

声にならなない呻き声を上げ、倒れ伏す若き魔戒騎士たちを見据えながら、イブの鎧を解除する大和。

その表情には、感情を消した冷たい眼光だけが浮かんでいた。

 

「来い。番犬所にて然るべき罰を与える」

 

有無を言わせないその言葉に逆らうだけの力は、もう彩牙とコテツには残っていなかった。

 

 

 

***

 

 

 

ザルバ「まったく、派手にやらかしてくれたな小僧」

 

ザルバ「いい機会だ。ここらで少し自分を見つめ直すことだ」

 

ザルバ「お前に言いたいことがあるのは、なにも俺様だけじゃないからな」

 

 

ザルバ「次回、『言葉』!」

 

 

 

ザルバ「言われて初めて気づくことだってあるんだぜ」

 

 

 






魔戒指南


・ レギオン兵
ホラー・レギオンと瓜二つの姿を持つ、レギオンの尖兵たるホラー。
ホラーと表記したがその実態はむしろ使い魔に近く、その正体もレギオンの肉片を埋め込まれた生物の肉体がホラーと同様のものへと変化したもの。
ベースとなる生物は植物以外なら何でもよく、人間は勿論、犬や猫のような動物も可であり、果てにはホラーですら兵にすることができる。
また、ベースとなる生物が高等であればあるほど強力な兵になり、動物類<人間<ホラーの順にその力は大きくなる。
だが兵になった時点で本来の理性や知性は完全になくなり、レギオンの命に忠実に動く傀儡へと成り果てる。


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