お世辞抜きに最高の映画でした。活動報告の方に詳しい感想を載せているので、興味のある方はそちらもどうぞ。
今回はちょっと短めです。
「言った傍から派手にやらかしてくれたのう、お主ら」
――番犬所
心底呆れたような言葉を吐くオルトスの前には、大和によって引き摺るように連れてこられた彩牙とコテツの倒れ伏した姿があった。
満身創痍で膝をつく彩牙とコテツだが、その瞳は相も変わらず獰猛な光を放っており、それはより一層オルトスの呆れと非難の感情が混じった目を強くした。
悪びれるどころか未だに闘争心を隠そうとしない二人に対し、オルトスは呆れ果てたような溜息を吐いて口を開いた。
「騎士同士が争ってはならんと言うたのに……罰としてお主ら二人から命を一週間分没収する」
「おいちょっと待てよ、先に剣を抜いたのはこいつだぜ?」
「先に抜いたも何もない。剣を交えた時点でお主も同罪じゃ」
不満げな言葉を吐くコテツだったが、オルトスの有無を言わせない正論を前にチッと舌打ちをして押し黙った。
そして彩牙はそんなやりとりを横にして険しい表情は変えないまま、押し黙っていた。
オルトスはそんな彩牙に視線を向け、問いかけた。
「さて彩牙よ、何故掟のことを理解しておきながら剣を抜いた?」
オルトスの問いに、彩牙は一拍おき、答えた。
「海未を斬ろうとしました。だから剣を抜いた、それだけです」
「ふん、血に染まりし者を斬るのは俺たちの掟だろ。逆恨みもいいとこだぜ」
「お主は黙っておれ。掟破り云々が言えたことか」
オルトスは横から口を挟んだコテツを黙らせ、彩牙を見据えた。
その眼に鋭い眼差しを浮かべたまま。
「なるほどの、お主の言いたいことはわかった。その気持ち、わからんでもない」
「……」
「じゃが、だからと言ってお主の行いを見過ごすわけにはいかん」
確かに、彩牙が掟を破った理由は納得のいくものだろう。
魔戒騎士はただ使命のために戦うだけのマシーンではない、人間だ。大切な人を手に掛けられそうになる場面を目の当たりにして平静でいられる人間など果たしているだろうか。
答えは否だ。心が通った人間ならば我慢できるはずがない。
故に、彩牙の行いは当然とも言える。
しかしだからと言って、それが彩牙を許す理由にはならない。
どんな理由があっても掟破りを許すほど、番犬所は甘くはない。
それ故にオルトスは言葉にする。彩牙にとって何よりも重い枷になるであろう言葉を。
「もし今後もこのようなことがあれば……例の少女のことをお主に任せる件、考え直さなければなるまい」
「なっ……!?」
「それが嫌ならしっかりと自制することじゃ。わかったかの?」
「……肝に、銘じておきます」
苦虫を噛み潰したように表情を歪ませる彩牙。
海未のことを盾にされてしまっては、彩牙には従うより他にない。彩牙にとって海未は最大の弱点でもあるのだ。
そんな彩牙を傍目に、オルトスは不満げな表情のコテツを見据えた。
「お主もじゃ、下手にこやつを刺激するでない。例の少女のことはこやつに任せておるのでな」
「へっ、それはこいつ次第だと思うけどな」
「……あんまりオイタが過ぎるようじゃと、“例のこと”を教えてやらんぞ?」
「……ちっ」
オルトスの言葉に更に不満げに顔を歪ませたコテツはふらふらと立ち上がり、番犬所の出口へと向かって歩き出していく。
その背中にオルトスが言葉をかける。
「どこへ行く?」
「……レギオンを探しにだよ」
そう言い残して覚束ない足取りで去っていくコテツ。
その後ろ姿を怪訝そうに見つめる彩牙に、再びオルトスの言葉が投げかけられる。
「彩牙よ、先に言ったこと、忘れるでないぞ。お主の行い一つにあの少女の命が懸かっておるのじゃからな」
「お前はただの魔戒騎士ではない、黄金騎士ガロだ。そのことを肝に銘じるのだ」
「……はい」
**
――園田家・道場
「っ……」
「ほら、じっとしててください」
「……すまない、海未」
「そう思うのなら怪我なんてしないでください。あんな傷だらけで帰って来た時には肝が冷えましたよ」
あの後、ふらふらになりながらも園田家へと帰路についた彩牙を出迎えたのは、玄関で彼のことを心配そうに待っていた海未だった。
着いた途端にコテツとの戦いと命を没収されたことによる傷と疲労によって倒れこんだ彩牙を海未が慌てて引っ張り、こうして今道場で手当てをしていた。
倒れこむほどにしては少ないように見える怪我が、魔戒騎士の強靭な肉体によって自然治癒されたものであることを、海未は知らない。
だがそれでも、彩牙の身体の各所に残る斬られたような傷跡。
別れる直前の――コテツと険悪な雰囲気で対峙していた光景を思い出し、海未はあの後何があったのかを察した。
――戦ったのだ。彩牙とコテツが、魔戒騎士どうしである二人が。
「……戦ったんですね、あの人と」
「……ああ」
「……どうしてですか」
震えるような海未の言葉に、振り返る彩牙。
そこにはガーゼや包帯で巻かれた彩牙の身体に手を添え、うつむく海未の姿があった。
「あの人はホラーじゃありません、彩牙くんと同じ魔戒騎士、人間ですよ? そんなあなた達がどうして戦わなければいけないのですか?」
「……」
「……教えては、くれないのですか」
「……すまない」
苦々しくそう呟く彩牙。
「……私は、それほど頼りないですか?」
「……」
彩牙は、何も答えない。
そんな彩牙の反応に途轍もない悲しみを覚えた海未は、手当てが終わると小走りで道場から去っていった。
隠されたことが悲しいのか、それともそれ以外のことで悲しいのか、海未にはわからない。
だけど理由はどうであれ、涙と共に溢れ出てくる悲しみを止めることはできなかった。
『……小僧、とんでもない無茶をやらかしてくれたな』
「……あんなもの見せられて、我慢できるか」
一人残された彩牙に、嗜めるようにザルバが声をかける。
あの時、海未がコテツに斬られそうになった光景。あの時から彩牙は完全に頭に血が昇っていたのだ。
だから剣を抜いた、コテツと戦った。
その結果どうなるかも考えないまま。
『それで嬢ちゃんを泣かせていたら世話ないな』
「……それは……」
「――どうやら、相当な無茶をしたようだな」
「――! 先生……!」
その時、まるで海未と入れ違いになるかのように、海未の父が道場内に足を踏み入れた。
彩牙を見下ろすほどの大きな身体が、ガーゼや包帯に巻かれた彩牙をじっと見つめる。
心の内を探られているような――彩牙はそんな奇妙な感覚を抱いた。
「……帰って来てからな、海未はずっとお前のことを心配していた。夕食にほとんど手を付けないほどにな」
「……ご心配おかけして、申し訳ございません」
海未の父が語ったそんな海未の姿を想像し、彩牙は胸が苦しくなった。
あの律儀な海未が食事を疎かにする程など、よっぽどのことだ。海未にそんな思いをさせてまで、自分は怒りに身を任せて何をやっているというのか。
そんな自責の念に駆られる彩牙に、海未の父は再び口を開いた。
「……お前がどうしてこのようなことになっているのか、夜に度々外に出て何をしているのか、私は聞かん」
「先生、まさか……!?」
(……)
出来得る限り、気配を消していたはずだ。だというのに気づかれていたというのか。
目の前に佇む海未の父に驚愕と畏怖の念を抱く彩牙を前に、彼は続けて口を開いた。
その言葉に言い躾けるような厳格さと――諭すような優しさを纏わせながら。
「だが、お前が無意味に傷つくことで悲しむ者がいるという事を……忘れてはならんぞ」
それだけを言い残し、海未の父も道場から去っていった。
一人残された彩牙は、自問自答する。
今日、彩牙は海未のことを想い、海未を守るためにコテツと剣を交えた。その思いに偽りはなかった。
だが、怒りに身を任せただけのあの戦いで、一体何が得られたというのだろうか。誰が、何を得したというのだろうか。
少なくとも、海未は悲しんでいた。泣いていた。
海未のためと言っておきながら、当の彼女は悲しい思いをしただけだった。
――お主の行動一つにあの少女の命が懸かっておる。
――どうして戦うのですか?
――お前が傷つくことで悲しむ者がいる。
オルトスの、海未の、そして海未の父の言葉が頭の中を何度もよぎった。
**
「かーよちんっ! おっはよー!」
「おはよう、凛ちゃん♪」
――朝。
まだ夏の暑さが表に出ない、そよそよとした風が吹く涼しいひと時。
その中に、μ’sの朝練のために音ノ木坂に向かう凛と花陽の姿があった。
幼いころからずっと仲良しだったこの二人は、学校に行く時も帰る時もいつも二人一緒に居た。
無論、別々になる時もあるが、それでも一緒に居る時の方が多かった。
そしてそれはμ’sに入ってからも変わることはなく、今では真姫も交えるようになっていた。生憎と今日は一緒になれなかったが。
学校に向かいながら凛と花陽は、とりとめのない会話を繰り返す。
あのラーメン屋が美味しいだの、今日もご飯が美味しかっただの、練習に向けてテンションが上がるだの、穏やかで微笑ましい会話を繰り広げていく。
そんな穏やかな会話を交わす中、凛がふと思い出したかのように口を開いた。
「そういえば昨日の海未先輩、どうしたんだろうね?」
「うん……なんだか戻ってきてから心あらずっていうか……」
思い返されるのは昨日、クレープ屋に行った時のこと。
からかい過ぎて恥ずかしさのあまり路地の中に走り去ってしまった海未と、彼女を追いかけて行った彩牙を待っていた時のことだった。
あの時、残されたメンバーは皆のんびりと二人のことを待っていた。
……穂乃果やことりは人気のない場所で男女が二人っきりというシチュエーションに何かしら触れるものがあったのか、キャーキャーと騒いでいたが割愛しよう。
きっと、からかわれたことに顔を赤くしてぷっくりと怒った海未を、彩牙がなだめながら戻ってくる――そんな光景を想像しながら待っていた。
しかしそんな予想に反し、しばらくして戻ってきたのは海未ただ一人だけだった。
駆け足で、緊迫とした表情を浮かべながら。
何かあったのかと聞いても何でもないの一点張り。彩牙はどうしたかと聞くと一瞬目を泳がせ、「急用ができたようです」と答えるだけだった。
その後、そんな様子のおかしい海未に急かされて帰ることになったのだが、その最中でも海未は先程までいた路地が気になるかのようにそわそわと、ちらちら振り返るような仕草を何度も見せていた。
普段から落ち着いている海未が、あれ程までに恥じらいとは全く別の、落ち着きのない姿を見せたことが凛と花陽には非常に印象に残っていた。
「うーん……彩牙さんと何かあったのかな……?」
「はっ! ま、まさか人気がないのをいいことに海未先輩にあんなコトやこんなコトを……!彩牙さん見かけによらず最低だにゃ」
「さ、流石にそれはないんじゃないかな?」
「だよねぇ…………あれ?」
そんな冗談を織り交ぜた会話を交わす中、凛の目にあるものが映った。
公園の中、道路からはほとんど死角となっている花壇の脇から飛び出た黒い棒のようなものだ。
――なんだろう?
無性に好奇心が湧き、ひょこひょことそれに歩み寄る凛。彼女を慌てて追いかける花陽も、その黒い棒のようなものに気づいた。
近づくにつれて棒のようなものの姿が鮮明になり、その正体がわかった。
それは棒ではない。黒いズボンを履いた人の足だ。誰かが花壇に寄りかかり、足を伸ばしているのだ。
寝てるのかな?そう思った、次の瞬間だった。
――ドサリ
何かが倒れるような音。
いや、倒れるような――などではない。実際に倒れていた。
突き出した足の持ち主が、花壇に寄りかかったままずるずると倒れたのだ。
ぎょっとした凛と花陽は、慌てて倒れた人物へと駆け寄った。
「だ、大丈夫です……か……」
「この人……!」
そこにいた人物を目の当たりにして、凛と花陽は驚愕で目を見開いた。
そこにいたのは一人の少年だった。
凛と花陽より少し年上くらいの背格好に、サングラスをかけ、そしてこの夏の中では異様に目立つ黒いコートを纏った少年だった。
そう、そこにいたのは一昨日自分たちと出会った……乱暴な男たちから助けてくれたあの少年――
「一昨日の人……!」
「っ……ああ、アンタ達か……」
――コテツだった。
しかし凛と花陽は目の前にいるのが本当に一昨日の少年と同じなのかと疑わずにはいられなかった。
あの特徴的な人を食ったような不敵な笑みは消え、苦悶に満ちた表情だけが浮かんでいた。
身体の節々が痛むのか、所々を苦しそうに手で押さえていた。そして何よりも目を引いたのが、至る所にある斬られたような傷跡だった。
一昨日の時とはまるで正反対のボロボロな姿に、凛と花陽はただ唖然とする他なかった。
そんなコテツに、凛は恐る恐る尋ねた。
「ど、どうしたの……?あの後また喧嘩でもしたの……?」
「あー……まあな……むかつく狼とちょっとな」
「そ、それより早く病院に行かなくちゃ!」
「そんなもん必要ねえって」
「そんなものって……!」
花陽にはとてもそうは見えなかった。
息も絶え絶え、全身に傷を作り、寄りかかって倒れるほどに消耗した人間に病院が必要ないなどとは見えなかった。思えなかった。
何故そんな意地を張るのだろうか――花陽はそう思わずにはいられなかった。
そんな花陽の気持ちを知ってか知らずか、コテツは無理に不敵な笑みを作って呟く。
「ほらさっさと行け。アンタ達みたいな女の子がこんな怪しい奴にかまう必要なんて――」
「そんなのヤダよ!!」
コテツの言葉を遮るように叫んだのは、憤るような表情を浮かべた凛だった。
呆気にとられたコテツをまっすぐ見据え、凛は自分の思いを叫ぶ。
「苦しんでる人を放置して、知らないふりしていくなんて……そんなこと、凛は絶対したくないよ!」
凛は幼馴染の花陽をはじめ、困っている人間を前にすると手助けをせずにはいられないタイプの少女だ。そんな彼女が目の前で倒れているコテツを見過ごすことなどできなかった。
そしてそれは花陽も同じで、力強い眼差しでコテツを見つめていた。
「……あのな、俺がこうしてるのは実はフリで、本当はアンタたちを襲おうと隙を窺ってる……なんて思わないのか?」
「思わないよ」
コテツの言葉に、凛は迷いなど一切ない様子で答えた。
――何故だ?そうコテツが問うと、凛はあっけからんとした表情で答えた。
「だって一昨日、凛たちが帰るときあなたは追ってこなかったでしょ? その気になれば凛たちを簡単に捕まえられるはずなのに」
「それに、本当に悪い人だったらそんなこと言うはずないもん」
「……はは」
凛の言葉に、コテツはもはや力なく笑うことしかできなかった。
そこまで言われてしまっては、最早何を言おうと凛はコテツを助けようとするだろう。
ただそうしたい、その一心で。
「ね?だから早く病院に……」
「必要ねえよ」
「まだそんなこと言って……!」
そう言いかけて、花陽は思わず口を噤んだ。
コテツの表情は強がって意地を張る人間のそれではなくなっていたからだ。
本当に病院の必要がない――花陽にはそう言っているように見えた。
「――水、持ってないか?」
「えっ? ミネラルウォーターなら持ってるけど……」
「十分だ」
そうして凛が取り出したのは、ペットボトルのミネラルウォーター。
それを受け取ったコテツは、懐から包み紙に入った緑とも赤とも黒ともつかない、極彩色の丸薬を取り出した。そのあまりにもおどろおどろしい色合いの丸薬に、凛と花陽は思わず表情を歪めた。
どう見ても怪しげな成分が入っていそうなその丸薬を、コテツは何粒か手に取り、一瞬ためらうようなそぶりを見せて水と共に一気に飲み干した。
サングラスの上からでもわかるほどに非常に苦々しく表情を歪め、丸薬を飲み込んだコテツに、凛と花陽は恐る恐る尋ねた。
「だ、大丈夫ですか……?」
「なんだかすごくやばそうな薬だったけど……飲んで平気なの?」
「あー……今のは魔法の薬だよ。どんな怪我でもすぐに治しちまうすげえヤツ」
どんな怪我でも治す――どう考えても世間一般で言われるような危ない薬にしか見えないし、聞こえない。
そう思う彼女たちをよそに、コテツは何やら緊張した様子を見せていた。
まるで、何かに身構えているかのように。
「だけどこの薬には欠点が二つあってな。一つは吐き気がするほどクソ不味いってこと、そしてもう一つが――
――治す時、死ぬほど痛いってことなんだ」
そう言った瞬間、コテツの身体がびくりと震えた。
そして――
「――ぐぅぅああぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ひっ!?」
絶叫と共に先程までとは比べものにならない程の苦悶の表情を浮かべ、その場に転がった。
肉の、骨の蠢く音がコテツの身体から響き、蹲る彼の肉体を耐え難い激痛と共に強制的に治癒していく。その証拠に体中にあった血に塗れた無数の傷が次々と身体の中に埋め込まれるかのように消えていく。
そんな光景を目の当たりにした凛と花陽はどうしていいかわからず、怯えた表情でただ待つことしかできなかった。
そうして治癒の副作用にコテツが苦しむこと数分。
コテツの絶叫に誘われて、通りがかりの人が来て騒ぎにならなかったのは幸いと言えた。
怯えながら様子を見ていた凛と花陽の前で、たった今まで激痛に苦しんでいたコテツの身体がびくりと跳ね、絶叫が止まった。
やがてその呼吸もだいぶ落ち着いてきたころ、それまで見守っていた凛が恐る恐る尋ねた。
「……だ、大丈夫?」
「……あー……死ぬかと思った」
むくりと立ち上がったコテツ。
その姿はさっきまで倒れていたとは思えないほどにピンピンとしていた。
「ほ、本当ですか?あんなに苦しそうだったのに……」
「滅茶苦茶痛いからできればあの薬使いたくなかったんだけどさ。御覧の通り、ほら」
そう言いながら軽く飛び跳ね、五体満足であることをこれでもかとアピールするコテツ。
無理をしているようには見えないその様子に、凛と花陽はほっと胸を撫で下ろした。
絶叫しながら激痛にのたうち回る姿を見ていたため、尚更安堵していた。
そして、コテツの使った薬と彼自身、明らかに普通ではない。いったい彼は何者なのか、そう思わずにはいられなかった。
そんな彼女たちの疑問をよそに、凛に向き合ったコテツはどこか神妙な表情を浮かべた。
「一つ聞いていいか?」
「えっ?」
「アンタ、さっき『苦しんでる人をほっとけない』って言ったよな。それじゃあもし、その相手が心から憎い奴だったら……アンタならどうする?」
コテツの言葉に呆気にとられたものの、凛は考える。自分ならどうするか、その答えを。
凛をまっすぐに見据えるコテツ。突然起こった問答に戸惑い、どこか不安そうに見つめる花陽。
二人の視線を浴びる中、しばらくして答えが見つかったのか、凛はコテツを見つめた。
「……凛はね、誰かを憎んだこととかしたことないし、これからもしたくないって思ってるよ。だからね……あなたの言うこと、よくわかんないんだ」
「……」
「でもね、それでも凛は助けようとすると思うよ。憎くたって同じ人だもん、生きていればきっと仲良くなれる筈だから」
「……ははっ」
凛の言葉に思わず笑うコテツ。
それは嘲笑ではない、感嘆のあまりに漏れたものだった。
凛の思いの、その純粋さに。
「そっか、それだけ聞けりゃ十分だ。水、ありがとな」
凛と花陽にそう告げ、背を向けて歩み去るコテツ。
そんなコテツの後姿を見つめた凛を花陽は互いを見つめあい、何かを決意したかのようにコクリと頷き合った。
(どうかしたのですか? あのような質問をして)
(別に、ちょっとした気まぐれさ)
(……ふふ)
(何だよ)
(いえ、コテツも少しは人と仲良くなる気ができたのかなと)
(なんだそりゃ)
語りかけるゾルバの思念に毒づくように応えるコテツ。
だがその言葉とは裏腹に、ゾルバは気づいていた。
そう語るコテツの表情に、穏やかな笑みが浮かんでいたことに。
「――あの!」
そんな時、去っていくコテツの背にかけられた声。
振り返るとそこにはコテツを呼び止めた凛と花陽の姿があった。
「凛の名前はね、星空凛だよ!」
「あ、あのっ!私、小泉花陽といいます!」
「――あなたの名前は?」
元気一杯に叫ぶ凛と、戸惑いながらもはっきりと名乗った花陽。
……そういえば、まだお互いの名前も知らなかった。
今更ながら気づいたその事実に可笑しくなったのか、あるいは尚も快活な姿を見せる凛が微笑ましく見えたのか、コテツの表情には可笑しくて堪らないと言うかのような笑みが浮かんでいた。
そして、彼は答える。
「――コテツだ。縁があったらまたな、凛、花陽」
人知れずホラーを狩る魔戒騎士としては褒められたものではないかもしれない。
だが、新しい出会いを経たパートナーを、ゾルバは穏やかな気持ちで見守っていた。
**
「……どうしよう?」
「どうしよう、とは言ってもこれではどうしようも……」
「困ったわね……どうしてこんなことに……」
――音ノ木坂、アイドル研究部部室。
そこには凛と花陽以外のμ’sメンバーが朝練のためにと集まっていた。
しかし朝練であるにも拘らず、練習場所である屋上には向かわずにいた。
そして全員が、沈痛な表情、憤るような表情、困り果てた表情と、種類こそは違うものの暗い雰囲気に包まれていた。
そんな中で、誰のものともしれないため息が漏れて部室中に響いた、その時だった。
「おっはよーございまーす!」
「ごめんなさい!遅れましたぁ!」
遅れていた凛と花陽が部室の中に足を踏み入れた。
コテツと別れた後、遅刻しかけていることに気づいて全力疾走してきたのだ。
そうして部室にまでたどり着いたのだが、入った瞬間に異様な空気に包まれた部室に違和感を抱いた。
全員が全員、練習に向かわないのはおろか、暗い雰囲気に包まれているのだ。
「……あの、みなさんどうかしたんですか?」
「……あ!もしかして凛たちのこと待ってたの!? ごめんね、それじゃ早く練習に――」
「練習はできないわ」
凛の言葉を遮ったのは、沈痛な表情を浮かべた絵里だった。
いや、絵里だけではない。全員が同じような表情をしていた。
そして突如言い渡されたその言葉に、凛と花陽は驚きのあまり固まってしまっていた。
「ど、どうして!?」
「……アンタ達、ここに来るまでなんか変だなーとか、思わなかった?」
「えっ?……そ、そういえばどこか騒がしかったような気が……」
にこに問われ、凛はここまでの記憶を思い返してみた。
学校の目に停まっていた見慣れない車、夏休みで部活のある人間しかいないにもかかわらずどよめきが響いていた校舎、神妙な表情で話し合いをしていた先生たち。
何かあったのかなとは思っていた。しかしそれがどうして自分たちの練習ができないことに繋がるのか――
「……見た方が早いわ。行きましょう」
絵里のその言葉を皮切りに、μ’sメンバー全員が立ち上がった。
一体何があったというのか、凛と花陽はただ慄くことしかできなかった。
*
「……な、なにこれ……!?」
「ひどい……!」
他のμ’sメンバーに連れられて凛と花陽がやって来たのは、普段自分たちが練習に使っている屋上だった。
だがその屋上は、彼女たちが知っているものとは変わり果てた光景となっていた。
タイルが剥がれてその下にあった基礎が剥き出しになり、所々に何かが斬りつけたような跡が残っており、まるで“何かが争ったような”――そんな傷跡が屋上に刻まれ、立ち入り禁止のテープが張られていた。
自分たちのかけがえのない場所が見るも無残な姿となり、メンバーの心は悲しみと憤りに包まれた。
「どうしてこんなことに……?」
「……わからないわ。噂じゃ『狼同士が争っていた』なんて言われてるけど実際はどうなのか……」
「こんな都会に狼なんているわけないでしょ」
「……」
絵里と真姫はそう語るが、その中で唯一、海未だけは心当たりがあった。
昨夜、戦ったという彩牙とコテツ。その戦いの傷跡がこの音ノ木坂の屋上まで至ったのではないかという疑惑を抱いていた。
とはいえ確かなことではない上、到底話せるような内容ではないため、他のメンバーには黙っていた。
「お母さんの話だと、直すには最低でも一週間以上はかかるみたい……」
「そんな……!それじゃあ練習はどうするの!?」
「体力づくりやストレッチ程度なら神社でもできるとは思いますが……」
「さすがに歌やダンスの練習までとなると、他のお客さんに迷惑がかかっちゃうもんな……」
海未と希が代替案を挙げるが、内容としては如何とも乏しい。
確かに体力づくりだけなら可能だろうが、歌やダンスはそうはいかない。
ダンスも体力づくりと同じように何日間もやっていなければ、それまで身につけてきたダンスの動きや独特の癖というものを身体が忘れてしまうものなのだ。
このままではスキルダウンは免れない――そんな暗い考えが彼女たちを包んだ、その時だった。
「――そうだ!」
それまで他のメンバーたちと同じように暗い表情に包まれていた穂乃果が、突然何か閃いたかのように表情を輝かせたのだ。
一体どうしたのだろう。そんな疑問を抱いているいるメンバーたちの視線を浴びる中で、穂乃果はさも名案を浮かべたと言わんばかりの表情で高々と言い放った。
「合宿しようよ!!」
**
「――はっ!」
虚空に走る銀色の剣の軌跡。その一閃によって斬り裂かれ、霧散していく闇。
ここは音ノ木坂近辺の一角にあるとある街角。レギオンの手掛かり探索の傍ら、エレメント浄化を行う彩牙の姿があった。
魔戒剣を鞘に納め、今しがた浄化したオブジェを見つめる彩牙。その瞳にはとある疑惑が浮かんでいた。
『前に比べりゃ随分とエレメントの数が減ったな』
「ああ、だいぶ楽になったな」
『あのコテツとか言う小僧か。やっこさんも随分と仕事熱心のようだな』
ザルバの言うように、多いことには変わりないが、それでもエレメントの数が以前に比べると目に見えるように減っていた。
理由は簡単だ。コテツが彩牙と同じように浄化して回っているのだ。
もっとも、今ではコテツもここの管轄の騎士であるためそれも当然であり、エレメントが減って悪いことは何一つないのだが。
『さて、次は……あっちの方だぞ、小僧』
「わかった」
ザルバに誘われ、次のエレメントを求めて歩き出す彩牙。
エレメントに向けて歩を進める中、彩牙はずっと何か考え込むような表情をしていた。
そんな彩牙に、エレメントへの道を示すザルバが声をかける。
『どうした小僧、嬢ちゃんたちに言われたことが引っかかってるのか?』
「……そうかもしれないな」
あの時――コテツと戦っていた時、彩牙は怒りで我を忘れていた。
その怒りの源は海未を守りたいという純粋な想い。しかしそれは海未を悲しませるという結果だけが残ったものだった。
事実、あれから二日経ったが気まずさを感じ、海未とは碌に話ができずにいた。
たとえどれだけ純粋な想いであろうとも、手段を間違えてしまえば守りたい相手を悲しませてしまうだけなのだ。
『……いいか小僧、守りたいという想いを持つのは結構なことだ。だがな、怒りに囚われるな』
「……」
『どんなに純粋な想いでもな、怒りに呑み込まれてしまえばお終いだ。その先に待ってるのは闇だけだぜ』
「闇、か……」
それを聞いて思い浮かべたのは、あのフードを纏った闇法師。
あの男も何かしらの怒りに囚われて闇に堕ちたと言うのだろうか。
そもそも奴は何故、ホラーに味方するような真似をするのだろうか。
『……さて、話はここまでだ。近いぞ』
ザルバの言葉に思考を切り替える彩牙。
目の前にある角。その先から漂う、肌で感じられるほどの邪気。
エレメントがあるのは間違いなかった。それも相当な陰我が溜まったものが。
懐から魔戒剣を取り出し、息を深く吸う彩牙。
先程までの思考を隅に追いやり、魔戒騎士としてエレメントの浄化を行う準備を整える。
そうして角を飛び出し、浄化を行おうとした瞬間――
「おっと……!」
「お前は……!」
陰我の溜まった電柱――エレメントから溢れ出た闇を斬り裂く銀の閃光。
しかしそれは彩牙の魔戒剣によるものではなかった。その闇を斬り裂いたのはブーメラン状の魔戒剣。
そう――ついさっきまで話題に上がっていたコテツが、一足先にエレメントの浄化を行っていた。
「よう、誰かと思えば黄金騎士か。一足先にやらせてもらったぜ」
「……別に、誰が浄化を行おうと構わない」
エレメントの浄化を終え、挑発的な笑みを浮かべるコテツ。
その顔を見た瞬間一昨日の戦いと怒りの感情を思い出し、思わず身構える彩牙。
過ぎた怒りは身を滅ぼす――先程のザルバとの会話で刻まれたことだが、一度火がついた怒りというものはたとえ鎮まっても燻り続け、そう簡単に消えるものではなかった。
そして笑みこそは崩していないが、コテツも同じような反応をとっていた。
「へえ……それじゃあまた別のエレメントを探すか?
――それとも、一昨日の続きをやるか?」
彩牙に向け、魔戒剣を突き出すコテツ。
その言葉と行動に咄嗟に反応し、魔戒剣を手に身構える彩牙。
まるで先日の焼き直しのように睨み合い、一触即発の空気に包まれた二人。
また争ってしまうのか――そんなピリピリとした空気の中、その空気を破る声がその場に響いた。
『小僧、下らん喧嘩は後にしろ』
『あの嬢ちゃん“たち”が、例のホラーに連れ去られたぞ』
**
それは、彩牙とコテツが鉢合わせる数分前の出来事だった。
「ふう……こんなところでしょうか」
買い物袋を片手に街の中を歩く海未。その手に下げられた買い物袋にはタオルや粉末状のスポーツドリンク、虫よけスプレーなどの衛生用品が一杯に詰め込まれていた。
まるでアウトドア旅行に行くかのよう――いや、“まるで”ではない。正にそのための準備をしている最中だった。
なぜこんなことをしているのか、事の発端は昨日にあった。
屋上がしばらく使えなくなったという事で穂乃果が提案した合宿。突然のことで皆が皆困惑したが他に良い案もなく、なによりも“夏休みの部活らしい”ということで行くことに決まったのだ。
それでまず課題に挙がったのが当の合宿先。
一介の高校生である彼女たちのお小遣いに歌やダンスもできるような合宿先を確保できるような経済力もなく、言い出しっぺの穂乃果に至ってはことりのバイト代を頼りにしようとしたほどだった。
そこで名乗りを上げたのが真姫だった。
真姫の家が所有している別荘なら使えると言うのだ。
何でも以前から親に使っていいかどうか聞いていたらしいが、そのことを語る真姫がどこか気恥ずかしそうなことと、そんな彼女を見つめる凛と花陽に満面の笑みが浮かんでいたことが海未には印象に残っていた。
その別荘が海の近くにあり、周りが自然に囲まれているという事なので、こうして海未が必要になりそうな衛生用品などを買い出ししているところだった。
そうして粗方買い集め、こんなものかと思い帰路につこうとした時、海未の目にあるものが映った。
見覚えのあるオレンジ色のショートカット。もしやと思い、海未は声をかけた。
「……凛、ですか?」
「あ、海未先輩!」
少女――凛も海未に気づいたのか、元気いっぱいにぶんぶんと手を振る。
――相変わらず元気いっぱいだ。穂乃果に通ずるようなその快活さに思わず微笑むと、海未は凛の下へと歩み寄る。
すると凛はウキウキとした笑顔を海未に向けた。
「こんにちは、凛もお買い物ですか?」
「うん!今度の合宿で持っていくやつをね、真姫ちゃんやかよちんと一緒に買いに来てたの!」
「そうですか……花陽と真姫は?」
「そこのお店に行ってるよ、買い忘れたものがあったんだって」
そう言って凛が指さしたのは、激安を売りにしているという大手量販店。
じゃんけんの結果、凛がこれまで買ったものを手にここで待つという事になったらしい。
「それでね、いーっぱい買ったんだよ!花火とか、浮き輪とか!」
「……練習するのであって、遊びに行くわけではないんですよ?」
「うー……それはそうだけど、折角の海なんだしたくさん遊びたいよー……」
「…………まったく、仕方ありませんね。少しだけですよ?」
「……! わーい!海未先輩ありがとにゃー!」
先程までのしょぼくれたような表情が嘘のように満面の笑顔を浮かべる凛。
気まぐれな猫のようにころころと表情を変えるその愛らしさに、海未の中に微笑ましい気持ちがこみあげる。
それと同時に、ふと彩牙のことを想った。
何故彩牙のことが浮かんだのかはわからない。だが彼のことを考えると、途端に悲しい思いに包まれていく。
そうして海未本人も気づかないうちに表情が悲しげなものに染まっていく。そんな時だった。
「……海未先輩、どうかしたの?」
「……あっ! い、いえ、何でもありませんよ」
心配そうな表情の凛が、海未の表情を覗き込む。
ただ純粋に海未のことを心配しているであろうその眼差しに気圧され、思わず視線を逸らす海未。
申し訳ない――そう思う海未を見つめたまま、凛はぽつりと呟いた。
「……彩牙さんと何かあったの?」
「えっ……!?」
そう呟いた凛を、海未は思わず見つめ返した。
まっすぐな澄んだ瞳が、じいっと海未を見つめている。その瞳を見ているとまるで何もかも――下手な隠し事は見透かされてしまいそうな――そんな感覚さえ抱いた。
「この間の……彩牙さんと別れてから、海未先輩どこかおかしかったから……喧嘩でもしたの……?」
「……いえ、その……喧嘩したというわけではないのです」
――そう、別に喧嘩したわけではない。
ただ――
「ただ……そうですね……ひょっとしたら私は、悲しかったのかもしれません」
「……?」
「ここ最近、彩牙くんはどこか思い詰めているように見えて……何が理由でそうなってるのか話してくれないのが、悲しかったのかもしれません」
――そう。指輪を受け取ったあの日から、彩牙は海未の前であまり笑わなくなった。
朗らかな凛の笑顔を見て、海未はそのことに気が付いた。
確かに彩牙はそれほど快活に笑う方ではなく、どちらかというと静かなタイプだ。だがそれにも増してあの日から海未の前であまり笑うことはなくなり、それどころか悲しげな視線で海未を見つめていることが多くなっていた。
それを肌で感じ、何も語ろうとしない彩牙が――同じ人間と剣を交えて傷つき、なおも語ろうとしない彩牙が――途方もなく悲しいと感じた。
――もしかすると、自分は信頼されていないのではないかと思うほどに。
支えてあげたいのに、それが叶わない。
「私が彩牙くんにしてあげられることは、ないのかもしれませんね……」
「――大丈夫にゃ!」
激励するかのように響く、凛の声。
呆気にとられた海未を前に、凛はその小さな手で海未の手を取った。
元気いっぱいな凛の、その暖かさが海未に伝わっていく。
「凛は彩牙さんのことまだあんまりよく知らないけど、それでも海未先輩のことを大事に思ってるんだなってことは知ってるよ」
それは一昨日のこと、彩牙とμ’sの皆でクレープを食べに行った時のこと。
クレープを食べている時や指輪をプレゼントしたことを問い詰められていた時、彩牙が海未のことを時折穏やかな視線で見つめていたことを凛は気づいていた。
大事にしたい、守りたい――海未を見つめる目がそう語っているように凛には見えた。
あの視線は、凛には到底偽りには思えなかった。
「だから大丈夫にゃ! 海未先輩も彩牙さんも、もう一度話し合えばきっと仲直りできるよ! 二人が互いを信じれば、きっと大丈夫!」
「凛……」
元気いっぱいに、そして自信たっぷりにそう言い放つ凛。
その言葉を受け、海未の中で消えかけていた光が再び輝き始めた。
――そうだ。私は何を弱気になっているのだろう。
彩牙くんが戦いで傷つくのなら癒せばいい。彩牙くんが人と争い、道を踏み外そうとするなら正せばいい。
彩牙くんが私を頼ってくれないのなら頼られるように自分を磨けばいい。何か話せないことがあるのなら尋ねればいい、それでも駄目なら話してくれるまで待てばいい。
彩牙くんが笑えないのなら――彼が笑えるように、私が笑えばいい。
“信じること”――そんな当たり前のことに、どうして今まで気づかなかったのだろう。
海未はもう一度凛を見やる。朗らかな笑顔が海未を見つめていた。
その天真爛漫な視線が、愛らしい笑顔が――海未にはとても眩しく見えた。
「……ありがとうございます、凛。おかげで元気が出てきました」
「えへへ。海未先輩が笑ってると凛も嬉しいにゃ」
そうして互いに朗らかな笑顔を浮かべる海未と凛。
その姿は、傍から見れば仲の良い姉妹のようだった。
「――あ、あのっ!」
突然背後からかけられた上擦ったような声。
何事かと海未が振り向いた先には、そこには見るからに弱気そうな、おどおどとした同年代の少年が緊張しきった様子で立っていた。
どこかで見たことあるような――そう考えた直後、海未はその既視感の正体に気づいた。
「あなたは確か……一昨日の……?」
「は、はいっ! あの時はその、あ、ありがとうございました!」
そう。目の前にいる少年は、一昨日の秋葉原の路地裏で男たちに絡まれていた少年だ。
あの時は男たちの注意が海未に向いた途端に逃げ出していたがこうしてまた、無事な姿で会うことになるとは思ってもみなかった。
「よかった、あれから無事だったのですね」
「は、はい! ……その、あの時は君みたいな女の子を残して逃げて……す、すいませんでした!」
「いいのですよ。あのような状況では無理もありませんし、私が勝手にやっただけのことですから」
「そ、そう言ってくれるなんて……あ、あの!お詫びも兼ねて何かお礼させてください!」
そう少年は叫ぶも、海未は困っていた。
彼女は何も見返りが欲しくてあの時飛び出したわけではない。ただ自分の正義感に――心に従っただけなのだ。
「そんな……私はそれほどのことをしたわけではないのに……」
「い、いえ! せめて何か返さないとぼ、僕の気が済まないんです!お願いします!」
気持ちはありがたいと思ったが、海未は困り果てた。
――これは、うんと言わない限り解放されないかもしれないと。
こうなったら少年の顔を立てるためにも、何かしら受け取った方がいいかもしれない。
顔に似合わず根気強い少年を相手に、海未がそう思った時だった。
――くい
「? ……凛?」
「……」
不思議と今まで黙っていた凛が、海未の服をくいと引いた。
視線を移すと、海未の陰に隠れるように寄り添い、どこか怯えたような表情を浮かべる凛の姿があった。
いくら初対面の相手とはいえ、人懐っこい性格の凛がここまで怯えた様子を見せていることに海未は驚いていた。
そういえばこの少年が現れてから、凛は一言も口をきいていなかった。
そんな凛の様子に只ならぬ気を感じたのか、海未は先程までの考えを改めた。
「……申し訳ありませんが連れを待っていますし、お気持ちだけ受け取っておきます」
「そんな……!」
まるでこの世の終わりといっても過言ではないかのように悲しみの表情を浮かべ、俯く少年。
そんな心の底から悲しんでいるような少年の姿に、やはり気にしすぎてしまったかと海未は思った。
その時だった。
「――じゃあ、無理に来てもらうしかありませんね」
「え……!?」
聞き間違えかと思うような、底冷えする声。
その正体を確かめる間もなく、身体に走る衝撃と共に海未の意識は闇に堕ちていく。
意識を失う寸前、最後に映ったのは彼女と同じように気を失い、倒れ伏す凛の姿。スタンガンを持ち、虚ろ気な目をした見覚えのある男たち。
そして――目を怪しく光らせ、口を吊り上げた少年の姿だった。
「ごめんね凛、待たせちゃっ……た……?」
「凛……ちゃん……?」
しばらくして、買い物を終えて店から出てきた真姫と花陽。
だがそこには待っていたはずの凛の姿はなく、これまでに買った買い物袋の中身が散乱していただけだった――
***
凛「すっごく仲の悪い人たちっているけど、その人たちって何でそこまで仲良くできないのかな?」
凛「ちょっとは素直になった方が仲良くできるし楽しいと思うのになぁ……」
凛「次回、『双牙』!」
凛「……さすがに、危ない時には仲良くできるよね?」
魔戒指南
・ コテツ
灰塵騎士カゲロウの称号を持つ若き魔戒騎士。
彩牙と同年代と思われる少年だが常にサングラスをかけており、その素顔は謎に包まれている。
魔戒騎士として動く傍ら、彩牙に強大な敵意を向けることがあるが、その真意や目的は謎に包まれている。
武器はブーメラン状の魔戒剣であり、曲刀のように扱うほか、その形状が物語るようにブーメランとして投擲する。
・ 灰塵騎士・陰狼
コテツが召喚する灰色の鎧。瞳の色は赤。
ガロに比べると若干スマートな体形に、鎧の各所に炎を彷彿とさせる意匠が刻まれている。
ブーメランのような形状はそのままに一回り大きくなって炎のような紋章が施された灰塵剣を武器とし、ブーメラン状である飛翔態と、中心部から分かれて二振りの逆手持ちの剣となる双剣態という二つの形態を有する。
・ 魔導具ゾルバ
コテツのパートナーであるペンダント状の魔導具。犬の頭に男性の顎が融合したような形をしている。
紳士然とした男性の声で物腰の柔らかい話し方をする。
若い騎士であるコテツを兄のように見守り、暴走しがちな彼を窘めることが多い。