牙狼〈GARO〉 -女神ノ調べ-   作:らいどる

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【速報】ダイヤお姉ちゃん(アニメ版)、まさかのガチライバーだった。

「スクールアイドルには興味ありませんわ。勝手にどうぞ」と言っていたダイヤお姉ちゃんはもういないんや・・・・
あれか、使徒ホラーになった経験で考えが変わったのか。




第8話  双牙

 

 

 

 

 

 

「………う、うぅ……ここは……?」

 

まどろみの闇の中から目覚める海未。

覚醒しきっていない頭の中に目や鼻を通して飛び込んでくるのは、薄暗くてかび臭く、その中に混じる油のような臭い。

そこは先程までいた街中とは程遠い、まるで正反対の工場のような廃墟の一室だった。

 

「なっ……!何ですかこれは!?」

 

余りにも現実離れした光景を前に一気に覚醒し、思わずその場から飛び出そうとする――が、海未は動けない。

手首に伝わる圧迫するような痛みとガチャリという金属音が彼女の動きを封じたのだ。

視線を向ければそこには手錠に掛けられ、パイプなどに繋がれた自分の手首があった。

 

監禁状態――そこで海未に一つの懸念が走り、動けない手首以外を駆使して自らの身体を調べた。

結論から言えば海未の懸念――気を失っている間に身体を嬲られていないかという懸念は杞憂に終わった。

身体を弄られたような感覚も痛みもないし、出血した様子もない。強いて言うなら最悪な目覚め方をしたせいで頭の中がガンガンと殴られたような感覚が収まらずにいたことだった。

 

そうしてもう一度辺りを見回す。

すると自分の隣にもう一人、同じように繋がれた少女がいたことに気づいた。

 

「――凛! しっかりしてください!」

 

「……う、うぅん……海未、先輩……? ……あ、あれ?なにこれ!?」

 

少女――凛は海未の呼びかけによって目覚め、そして意識がはっきりしていくと共に自分が置かれた状況に気づき、慌てふためいていく。

その様子にいつもの天真爛漫さはなく、ただ恐怖に震えるのみだった。

無理もないだろう。自分でさえこのあまりにも異常な状況に戸惑うことしかできないのだから、と海未は思った。

だからこそ、自分が怯えるような様を見せ、不安にさせてはいけないとも思った。

 

「う、海未先輩……凛たち、どうなっちゃうの……?」

 

「……わかりません。ですが大丈夫ですよ、きっと助けが――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ、あの!大丈夫ですか!?」

 

自分たちだけかと思われた部屋に響いた、年若い少年の声。

声の出所に視線を向けると、そこには照明が届かずに暗くてシルエット程度でしか判別できないものの、意識を失うまで一緒に居たあの弱気そうな少年がいた。

そのシルエットから、海未や凛と同じように繋がれていることが窺い知れた。

 

「あなたもいたのですか! そちらは無事ですか!?」

 

「は、はい! ただ手錠に繋がれて身動きできなくて……!」

 

「そちらもですか……!」

 

もしかしたら少年の方は繋がれていないかもしれないという希望的観測も断たれ、苦々しく表情を歪める海未。

その一方で、とある疑問もあった。

意識を失う寸前――邪悪に笑っていたように見えた少年。だが今、表情こそはよく見えないもののその声色はこの状況に本当に戸惑っているようにも聞こえた。

意識も朦朧としていたし、あれは気のせいだったのだろうか――自分が見たことにそんな風に結論付けた、その時だった。

 

「きゃっ!?」

 

「眩しっ……!?」

 

突如それまで付いていなかった照明が灯り、部屋のある一点を照らしだした。

照らされた先にあったもの――それを見て海未は、凛の瞳は、大きく見開かれた。

 

 

 

 

「……た、助けてくれよぉ……!」

 

「あ、あの人……!」

 

「凛も知っているのですか!?」

 

「う、うん。このあいだ凛たちを襲おうとした男の人だよ」

 

そこにいたのはかつて海未を、そして凛を襲った乱暴な男たち、その内の一人だった。

男も海未たちと同じように繋がれていたのだが、なによりも彼女たちが驚いたのはその様子だった。

あの欲望を隠そうともしない見るからに乱暴な笑みを浮かべていた表情は恐怖に染まり、汗を幾重も流し、目はぎょろぎょろと大きく開いていた。

一体何を見て、或いは何をされたというのか。その身体は小動物のように小刻みに震え、あまりの恐怖によるものか、股間のあたりのズボンが大きく湿っていた。

 

あの乱暴な男がここまで変貌するというのか。

海未はそのことに唖然とし、同時に自分たちの置かれた状況に途轍もない危機感を抱いた。

凛はただただ恐怖していた。これから自分がそうなるかもしれないというその姿に怯え、幼馴染の名を――花陽の名を弱々しく呟くことしかできなかった。

 

 

 

そうしている中――“それ”は起きた。

 

 

 

「がっ……!」

 

突如ビクンと跳ねた男の体。

“それ”が始まったことを知った男は恐怖と苦痛に表情を歪め、狂ったようにもがき、叫びだす。

 

 

「いやだ!いやだぁぁぁぁ! やめ、やめてくれ! 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくn――ぅぷっ!」

 

「ひっ……!」

 

「っ! 凛!見てはいけません!」

 

言い切ることなく言葉が途切れ、頬がボコリと膨らんだ男を見て途方もない不吉な予感を抱いた海未が叫ぶも時は既に遅かった。

恐怖に支配され、硬直した凛は目の前で起こりつつある惨劇から目を逸らすことができなくなっていた。

そうして惨劇は続く。

 

「おっ……ご、GA……AAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

最早言葉にすらならない叫び声と共に男の頬が、頭が、腕が、足が、身体が膨らんでいく。

まるで風船のように膨らみきった“男だったもの”の背中から、弾け飛ぶように裂いて“それ”は現れた。

血に塗れた白い外骨格、赤い血の中で爛々と輝く青い複眼。まるで蟻を彷彿とさせるような姿――

 

先日海未を襲ったホラー――レギオン兵が、抜け殻となった男の血と肉片を浴び、辺りに撒き散らしてその産声を上げたのだった。

 

 

「いっ……いやああああああああ!!」

 

「うわあああああっ!?」

 

人が弾け、怪物が姿を現すという目の前で起きたあまりにも惨たらしい惨劇に恐怖し、悲鳴をあげる凛。

暗くて表情こそは見えないものの、少年も同じような悲鳴をあげていた。

そしてその場の視線を一身に浴びたレギオン兵は辺りをきょろきょろと見回し、やがてその視線は凛に向けて留められた。

レギオン兵の青い複眼が、恐怖と涙で濡れた凛の姿を映し出す。

 

「ひっ……!?」

 

おぞましい怪物に見つめられ、びくりと震える凛。

数秒、もしくは数分間だったのかもしれない。まるで品定めをするかのように凛をじいっと見つめた後、レギオン兵は凛目掛けて歩き出した。

生まれたばかりなためかその足取りは覚束ないものの、一歩、また一歩と着実に凛に迫っていた。

 

「や、やだぁっ!! こないで!こっち来ないでよぉ!!」

 

「凛!! ……このっ!外れなさい!!」

 

泣き叫び、じたばたともがく凛。それも無理はないだろう。

突然の監禁、弾け飛んだ男とあまりにも異常で残酷な光景を目の当たりにして精神を摩耗し続け、迫りくるレギオン兵を前にした恐怖により遂に精神が決壊してしまったのだ。

凛の危機を前にして、海未はどうにかして拘束を解こうともがくものの一向に解ける気配はない。

鍛錬を重ねていると言っても海未は一介の女子高生だ。手錠の拘束を解く術など持っていなかった。

 

そうしている間にもレギオン兵は凛に迫り、最早彼女の目と鼻の先にいると言っても過言ではなかった。

凛の目前にまで迫ったレギオン兵は生臭さのある牙を剥き出しにし、血に塗れた腕を凛に向けて伸ばす。

凛を喰う気なのだと、海未は理解してしまった。

 

「やだ、やだ!やだよぉ!!」

 

「凛! やめなさい!彼女から離れなさい!!」

 

海未は必死に叫ぶものの、生まれたばかりで意識がはっきりせず食欲だけで動くレギオン兵には届かない。――もっとも仮に意識がハッキリしていたとしてもホラーである以上聞き届くことはないのだろうが。

虚しく響く海未の叫び。死の恐怖に直面し絶望したような表情を浮かべる凛。

そんな凛の身体をレギオン兵の腕が遂に捉え――

 

 

 

 

 

 

 

 

『ギイィィィィッ!?』

 

――ようとした、その時だった。

まるで蹴り破るかのように扉が乱暴に開かれる音と同時に、レギオン兵の頭に突き刺さる一振りの剣。

その下手人は部屋に乗り込んだと思った瞬間、瞬く間に凛の前に迫っていたレギオン兵を蹴り飛ばし、突き刺していた剣を抜いてレギオン兵を斬り裂いた。

斬り裂かれ、断末魔と共に消えていくレギオン兵。一瞬の出来事に海未と凛は呆然とし、そこで海未はようやくその下手人の正体に気が付いた。

膝下まであるようなボロボロの白いコートに赤い柄の剣。そんな佇まいをしている人間など、一人しかいなかった。

 

「……二人とも、無事でよかった」

 

「彩牙くん……!」

 

『どうやら間に合ったようだな』

 

そこにいたのは――村雨彩牙だった。

赤い柄の剣――魔戒剣を振るい、海未と凛を拘束していた手錠を容易く斬り裂く彩牙。

そうして自由になった海未は真っ先に凛の下へと駆け寄った。

 

「凛!大丈夫ですか!?」

 

「海未、先輩………こわかった、怖かったよぉ……!」

 

「もう大丈夫、大丈夫ですよ……!」

 

海未に縋りつき、泣き続ける凛を海未は固く抱きとめる。

余程怖かったのだろう。肩はがたがたと震え、愛らしく朗らかな笑顔を浮かべるその顔は恐怖で染まり、涙で濡れていた。

彼女の笑顔を何としても守らねばと、海未は深く思った。

 

そして彩牙はそんな海未と凛の無事な姿を見て安堵していた。

海未の持つザルバの分身を辿ってここまで来たが、最悪の事態を避けられたことにほっとしていた。いつ喰われていたとしてもおかしくなかったのだ。

 

「……そうだ、彩牙くん! 私たち以外にもそこに人が捕まっているんです!」

 

「た、助けてください!」

 

凛を抱きとめていた海未が思い出したかのように彩牙に言った。

凛の無事で安堵していたが、まだもう一人、あの少年が拘束されたままだったのだ。

そんな海未の言葉を受け、照明の届かない暗い場所で拘束されている少年を一瞥し、彩牙は口を開いた。

 

 

 

 

海未にとって信じられないような言葉を。

 

「誰がお前なんか助けるものか」

 

「彩牙……くん?何を言って……!?」

 

底冷えするような彩牙の言葉にぎょっとし、思わず問い返す海未。

だが彩牙はそれに答えず、少年の方に鋭い視線を向けたまま、懐から一つ目のような彫が刻まれたライターを取り出し、それに火を灯した。

だがその火は普通の火ではなく、緑色に妖しく燃え上がる火――魔導火だった。その鮮やかな緑色の火に、見つめていると吸い込まれそうだと海未は思った。

 

そうして燃え上がる魔導火は部屋全体を――少年のいる場所をも照らしだした。

そこで明るみになった少年の姿に、海未の、泣き止みかけた凛の表情は驚愕に包まれた。

確かにそこには海未が会ったあの弱気そうな少年がいた。――拘束などされておらず、拘束された“フリ”をしていた少年が。

だが海未と凛が何よりも驚いたのは少年の目だ。魔導火に照らされた少年の目は――瞳は白っぽい緑色に濁り、奇妙な文様――魔界文字が浮かび上がっていた。

海未たちは知らなかったが、これが意味することはただ一つ。

 

「やはり貴様がホラーか」

 

『ホラー・レギオン。間違いない、こいつだ』

 

彩牙の、ザルバの言葉を受け、ついさっきまで弱気そうな表情を浮かべていた少年はすくっと立ち上がった。

その顔に先程までとは正反対の、相手を小馬鹿にするような表情を浮かべて。

 

「……なぁんだ、やっぱり魔戒騎士にはわかっちゃうのか」

 

本性を露にし、嘲笑うような視線を向ける少年――いや、レギオン。

そのあまりの変わりように事情の知らない凛は勿論、海未も思わず後退りをした。

そんな彼女たちの前に立ち、魔戒剣を手に対峙する彩牙は“あるもの”背後の海未へと投げ渡した。

 

「っと……ザルバさん?」

 

『よう嬢ちゃんたち、無事そうで何よりだな』

 

「ゆ、指輪が喋った!?」

 

“あるもの”――ザルバを手にした海未と、ザルバが喋ったことに驚きを隠せない凛。

そんな見覚えのある光景をよそに、どういうことかと海未は彩牙を見つめる。

 

「海未、星空さんを連れて逃げてくれ。道はザルバが知っている」

 

「し、しかし……!」

 

また下手な無茶をするのではないか――そんな不安が海未の中に生じる。

しかしそれと同時に彼女は思い出した。つい先程自分が見つけた光を――彩牙を支えること、彩牙を信じ続けることを。

それに気づいたら、彼女のとる行動は一つだけだった。

 

「……わかりました。行きますよ、凛。ザルバさん、よろしくお願いします」

 

「う、うん……!」

 

『エスコートは任せな』

 

戸惑いつつある凛の手を取り、部屋の出口へと駆け出していく海未。その足取りを邪魔する者は今この場には誰もいなかった。

そうして部屋の出口に差し掛かった時、海未は一瞬だけ振り返り、彩牙の背中を見つめる。

そして彼女は口を開く。先程見つけた自分の思いを籠めた、ある一言を。

 

 

「彩牙くん――――ご武運を!」

 

「……ああ!」

 

彩牙の信頼するような言葉。その短いやりとりだけで十分だった。

迷いのない足取りで凛の手を引き、海未は部屋を後にしていく。

 

『嬢ちゃん、こっちの通路をまっすぐだ!』

 

「はい!」

 

「う、海未先輩! 彩牙さん、大丈夫なの……!?」

 

ザルバの案内により、廃墟のような通路を駆け抜けていく。

そんな海未に手を引かれ、不安げな表情を隠せない凛。何も事情を知らない彼女からすればこの恐ろしい場所に彩牙一人を残してきたことが不安なのだろう。加えて彩牙自身も剣を手にしていたため、何がどうなっているのかという思いがとても強くなっていた。

そんな凛に対し、海未は非常に落ち着いた声色で話しかける。

恐怖に怯える妹を、優しく慰める姉のように。

 

「大丈夫ですよ、凛。なぜなら彼は――」

 

 

 

**

 

 

 

対峙する彩牙と少年。

魔戒剣を構える彩牙とは対称的に、少年を嘲笑うような笑みを浮かべるだけで身構えようとすらしない。

しかし彩牙は油断しなかった。構えていないからといってホラー相手に油断するのは愚の極みでしかないからだ。

 

「まったく……どうして魔戒騎士ってのはいいところで邪魔をするのかなぁ」

 

「それが俺たちの使命だからだ」

 

「あの子たちだって、あのままだったら僕と可愛い兵たちのご馳走になるっていう、名誉溢れる死が迎えられたのに」

 

「……ふざけるな!」

 

少年のあまりにも身勝手な――ホラーらしい言葉が怒りに触れ、斬りかかる彩牙。

振るわれた魔戒剣を、少年は腕一本で受け止めた。

人間のものではない、カマキリの鎌のような黒い腕で。

 

「身勝手だって思った?違うね、本当に身勝手なのは人間さ! 僕がホラーになる前はそれは酷いもんだったさ。学校に行っても家に居てもどこにいてもみんながみんな僕をいじめて、苦しめて、汚いものを見るかのような目で助けようともしない!」

 

「だからホラーにしても、喰ってもいいと言うのか!」

 

「ああそうさ!僕はホラーになれて最高に幸せだったよ! 僕がされてきたことを全部あいつらにお返ししてやったんだ、僕の兵隊にしてね!自業自得さ、悪いかい!?」

 

「ああ――悪い!!」

 

少年のもう一本の腕が、同じように黒い鎌腕へと変化し、もう片腕と魔戒剣をぶつけあっている彩牙に向けて振るわれる。

鍔ぜりあっていた鎌腕を弾き、振るわれるもう一本の鎌腕を魔戒剣で弾き返す彩牙。

それと同時にまた振るわれる少年の鎌腕。それを弾き返す彩牙。

一撃、二撃、三撃……幾度となく打ち合う、少年の鎌腕と彩牙の魔戒剣。そうして何度か打ち合いを交わし、今再び魔戒剣と鎌腕の鍔迫り合いが起きた。

 

「それにしてもいいのかい?」

 

「何がだ!」

 

「ここは僕の城、あちらこちらに僕の兵がうようよいるんだよ? それなのにあの子たちをほったらかしにして平気なのかなぁ?」

 

――そう、この廃墟はレギオンの根城。いわば城だ。

ならばその城の中に蔓延るのは王の手足たる兵隊たちであることは自然の明利。故にザルバがついているとはいえ海未と凛を二人きりにするのはあまりにも危険すぎた。

だというのに――その言葉を聞いても彩牙に動揺した様子は見られない。それどころか不敵に笑っているように見えた。

 

「それなら心配ない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気に食わない奴だが、優秀なボディガードがいるからな」

 

 

 

**

 

 

 

『次の角を左だ!』

 

「はい!」

 

一方、海未と凛、そしてザルバ。

彼女たちは今、彩牙から預かったザルバの導きによって廃墟の通路を迷うことなく進んでいた。事実、これまで行き止まり等にぶつかることは一度もなかった。

このままなら無事に脱出できる――そんな考えを抱いた時だった。

 

『次の角を右……いや左……ダメだ!来た道を戻れ!』

 

「えっ!?ど、どうしたのですか!?」

 

「う、海未先輩!あそこ!」

 

突然慌てだしたザルバに、今しがた進もうとしていた道の先を怯えた表情で指さす凛。

その先には暗闇の中で騒めく影、闇に浮かぶ青い複眼――レギオン兵たちが迫っていた。

それは反対側の通路も同じだった。そして来た道を戻ろうとしたのだが――

 

「こっちからも来たにゃ……!」

 

『ちっ!』

 

「凛!下がってください!」

 

その来た道からも、レギオン兵が迫っていた。

三方向から囲まれ、孤立する海未たち。せめて凛だけでも守ろうと、海未は彼女を庇うように前に立った。

牙を剥き出しにし、涎を撒き散らしながら迫るレギオン兵。

 

「海未先輩!」

 

「っ……!」

 

凛の悲鳴と、襲い掛かるレギオン兵の唸り声。

自らに降りかかるであろう痛みに耐えようと身構え、瞼をぎゅっとつぶった瞬間――

 

 

 

 

『ギイィィィィィィ!?』

 

「……え?」

 

痛みは訪れず、耳に入るのはレギオン兵の断末魔。

おそるおそる目を開けてみると、驚きの光景が目に入った。

 

どす黒い血と共に飛び散るレギオン兵の腕、脚、首。

その中で舞うようにレギオン兵を斬り裂いていくのは、銀色の閃光――魔戒剣。

そしてそれを振るうのは黒いコートをたなびかせる一人の少年。

その圧倒的な剣の舞に魅入られる海未と凛。瞬く間にその場のレギオン兵が全滅した時、その少年の正体が明らかになる。

 

「コテツくん!?」

 

「よう無事かい?お二人さん」

 

――彩牙と争った魔戒騎士、コテツだった。

 

「な、なんでコテツくんが!? さっきの彩牙さんといい、もう凛わけわかんないよ!一体何がどうなってるの!?」

 

「あー……詳しい話は後だ、さっさとここから出るぞ」

 

自分の知り合いが難なく怪物を倒していくという現実に混乱する凛をよそに、脱出するように促すコテツ。

だがそんなコテツを、海未は険しい表情で見つめていた。

 

「? なんだよ?」

 

「……あなた、一体何を企んでいるのですか? この間は剣を向けたかと思えば今度は助ける。彩牙くんと戦ったことといい、あなたは何を考えているのですか?」

 

海未からすれば、コテツは理由もわからずに自分を斬ろうとした相手だ。

そんな相手が「助けに来た」などと言っても信用しきれないのは当然のことだった。それに同じ騎士同士である彩牙と戦ったことも、海未にはしこりとして残っていた。

 

「……心配しなくても、アンタにはもう手出ししねーよ。上からお叱りを受けたし、ここはきっちり守ってやるよ」

 

「……」

 

――本当だろうか。

海未にはまだ、疑いの心が残っていた。信頼というのは壊すのは簡単だが築くのは途方もなく難しいものなのだ。

 

 

 

 

 

 

「……あ、あの!」

 

そんな海未とコテツの中に割り込む声があった。

怪物に対する恐怖を抱いたまま、それでも二人の仲を取り繕うと必死の表情を浮かべる凛だった。

 

「凛、あんまり頭良くないし、何が起きてるのかちんぷんかんぷんだから上手く言えないかもだけど……でもね、コテツくんは悪い人じゃないないよ! だからその……二人とも、喧嘩しないでほしいな……」

 

険悪にならないでほしいというその一心。必死の表情で訴える凛。

そんな彼女を海未はじっと見つめ――

 

 

 

 

 

 

 

 

――仕方ないと言わんばかりに、息を吐いた。

凛の必死さに根負けしたのだ。

 

「……仕方ありません。凛がそこまで言うのなら信じましょう」

 

「そりゃ光栄だ。ま、信じようが信じまいと俺はどっちでもいいんだけどさ」

 

「……前も思ったけど、コテツくん変に悪ぶってないかにゃ?」

 

「………気のせいだろ」

 

ぷい、と凛の言葉に知らんぷりするかのように目を背けるコテツ。

これまであまりにも謎に満ちていた、コテツの性格の一端が垣間見れた瞬間だった。

 

 

『おいおい、何時までぼさっとしてる気だ?』

 

『早くしないと次が来ますよ』

 

「っと、それもそうだな。走るぞ!」

 

ザルバとゾルバに促され、再び通路を駆けだした海未たち。

そんな中で海未は一つ、気になっていたことをコテツに問いかけた。

 

「……そういえば凛とは随分仲がよさそうですが、どういうご関係ですか?」

 

「ん? そりゃあ………」

 

 

「凛とコテツくんはね、お友達なんだよ!」

 

「あー……そういうことだ」

 

何を言っても仕方ないと言わんばかりに、コテツは頭をポリポリと掻いた。

 

 

 

**

 

 

 

「うおおおっ!!」

 

「シャアッ!!」

 

一方、そのころの彩牙は少年――レギオンと戦っていた。

彩牙の魔戒剣がレギオンの鎌腕を受け止め、弾く。同様に魔戒剣を鎌腕が弾き、火花を散らし、何度も打ち合う。

そんな互いに一歩も引かない、激しい攻防が繰り広げられていた。そして今、魔戒剣と鎌腕がぶつかり合い、鍔迫り合いとなった。

 

「ここでキミを、ガロを始末できれば僕の名前は魔界中に知れ渡り、魔界の王になることができる!ガロを倒した、唯一の存在として!」

 

「……下らない考えだな」

 

レギオンの言葉を一蹴し、彩牙は鍔迫り合いとなっていた鎌腕を渾身の力で弾き飛ばし、がら空きとなったレギオンの胴体を魔戒剣で斬りつける。

どす黒い血が飛び散り、よろめくレギオン。その隙を逃さんと更なる追撃を仕掛け、魔戒剣を突き出したとき――

 

 

 

――衝撃が、彩牙の身体に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

「――そろそろ出口だな」

 

「凛、あと少しです!頑張ってください!」

 

「う、うん!」

 

廃墟からの脱出を試みていた海未たち。

ザルバの導きによって最短距離で駆けあがり、道中遭遇したレギオン兵をコテツが斬り裂いていったため、彼女たちは無事に建物内から外に出ることができていた。そして自分たちが今までいた場所をようやく知ることになる。

 

その廃墟は一言でいうなら廃工場だった。人の手がつかなくなったことにより地面は荒れ、雑草が伸び放題に生い繁げ、錆びついたドラム缶やら重機やらがあちらこちらに散乱していた。

敷地の周囲は暗いためよくはわからないが、少なくとも秋葉原から離れていることは明らかだった。

とはいえ後は塀を越えるだけ――そう思い、再び駆け出そうとした時――

 

 

 

「――ぐっ!」

 

「きゃあっ!?」

 

「さ、彩牙くん!?」

 

彼女たちの目の前に、建物の壁を突き破るようにして彩牙が降って来たのだ。

地面を幾度か転がり、立ち上がりながら自分が降ってきた方向を睨みつけていた。

 

「お前いきなり何を――!」

 

そんな彩牙に文句を言おうとして、その睨むような視線にはっとするコテツ。

彩牙が睨む方向に一瞬視線を向けた後、すぐさま傍にいた海未と凛を突き飛ばした。

 

「わっ!?」

 

「な、何をして――!?」

 

その直後、大きな影が彼女たちの前に降り立った。

2メートルを超えるような大きな体躯。人とは到底離れた蟲のような姿。

唖然とする海未と凛。少年――いや、本性の姿を露にしたホラー・レギオンがそこにいた。

 

レギオン兵と同じように蟻を彷彿とさせるような人型の蟲の姿。しかし兵とは正反対のようにその身体は大柄で黒く、複眼は赤く輝き、更に背中には上級兵と同じような翅を有していた。

だが兵との最大の違いは腕だ。兵と同じような腕の他にもう一対、カマキリの腕のような鎌腕を有していたのだ。

 

「おい、仕留め損なう上に何連れて来てんだよ」

 

「悪かったな。海未と星空さんは下がっててくれ」

 

「は、はい!」

 

四本の腕――二本の腕に二本の鎌と対峙するのは、一本の剣と二本に分かれる剣。

それを前にしても臆することなく、彩牙は頭上に、コテツは身体を囲むように、それぞれ魔戒剣で円を描き――

 

 

 

 

 

 

 

光の輪が溶けるようにして消えていった。

 

「なにっ!?」

 

『無駄だよ。この城には結界が張ってある、君たちの鎧は召喚できないよ』

 

「……そういうこと。まんまと嵌められたってわけか」

 

――そう、廃墟に張られた結界により、彩牙とコテツは鎧の召喚を封じられていた。

レギオンが海未や凛を連れ去ったのは彼女たちを喰うためだけではない。彼女たちを助けるために乗り込んでくるであろう彩牙――黄金騎士ガロの鎧を封じ、安全に始末するためだったのだ。

レギオンにとって今の彩牙とコテツは飛んで火にいる夏の虫――といった具合だった。

 

『これでもう、キミたちに僕を倒すことはできない!』

 

「ちっ!」

 

舌打ちする彩牙とコテツに、レギオンの無慈悲な鎌が振り下ろされる。

二人はその鎌を避け、地面に突き刺さったその鎌腕を両断しようと斬りつけるが僅かに食い込むだけとなり、あまりの硬度に両断することは到底敵わなかった。

そしてそんな彩牙とコテツに、レギオンのもう一対の両腕が襲い掛かる。

渾身の勢いで殴り飛ばされ、血を流して地面に転がる彩牙とコテツ。

 

「くっ……!」

 

『なんという硬さ……!鎧を纏わなければ突破するのは難しいですよ!』

 

「くそったれが……!」

 

悔しそうに顔を上げる彩牙とコテツ。

そんな二人の前には更に現れるレギオン兵たち。そして兵たちを従え、四本の腕をゆらゆらと揺らめかせるレギオンが迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彩牙くん……!」

 

「ど、どうしよう!?彩牙さんとコテツくん、このままじゃやられちゃうよ!」

 

彩牙に促され、物陰に隠れて戦いを見守っていた海未と凛。彼女たちは今、集燥に駆られていた。

彼女たちの目の前では、レギオンとレギオン兵たちを前にして防戦一方を強いられている彩牙とコテツの姿があった。

レギオンの腕を、鎌を躱しては反撃をしようとするが、レギオン自身の高強度の外骨格に阻まれるかレギオン兵の妨害を受け、攻勢に向かうことができずにいた。

その上大量のレギオン兵も相手にすることで、彼ら自身の疲労も徐々に溜まっていく。このままでは一瞬の隙を突かれ、その物量によって呑み込まれてしまうだろう。

 

――何か、私たちにできること、何か――!

 

このまま見ていることしかできないのか?……それは嫌だ。

自分にできること、この状況を切り開くために自分ができることは何かないのか。

海未がそう考えた、その時だった。

 

『……なるほどな、結界で鎧の召喚が阻まれてやがる』

 

ザルバの言葉が、海未の意識を向けた。

そういえばこの戦いの中で、彩牙とコテツは鎧を召還していなかったのだ。

そのことに気が付いた海未と、何のことかわからず疑問符を浮かべる凛がザルバを見つめた。

 

「! 鎧が!?」

 

「よろい……?」

 

『ああ、魔戒騎士の鎧。あれが召喚できないせいで倒せずにいるんだ』

 

ザルバの言う通り、素体ホラーやレギオン兵のような使い魔程度ならばまだしも、ホラーを倒す――封印するためには鎧の存在が必要不可欠なのだ。

いずれこのままでは彩牙とコテツの体力が底をつき、その隙を狙って瞬く間に殺されてしまうだろう。

そのことを聞いた時、海未の中にある考えが浮かんだ。

 

「……ザルバさん、その結界というのは破ることができるんですか?」

 

『ふむ……周りをもう一度見せてくれるか』

 

そう言われ、見渡しやすいようにザルバを高く掲げる海未。

周囲を――上下左右を確認した後、満足する答えを得たザルバが口を開いた。

 

『あの螺旋階段の上あたり、わかるか?あそこに貼ってある札が結界を張ってある』

 

ザルバが示した先は、海未たちと彩牙たちが戦っている中間辺りに存在している螺旋階段。

その階段を昇りきって少し上に進んだ先に、黒い札が2枚貼ってあるのを確認できた。

あの2枚の札が、結界を張っていたのだ。

 

「つまり、あれを剥がせば彩牙くんたちは鎧を召喚できるのですね」

 

『ああ。……まさかと思うが、嬢ちゃん』

 

「はい、私が行って剥がしてきます。どのみち彩牙くんたちがやられてしまっては私たちもお終いです」

 

彩牙もコテツも、レギオンの相手で手一杯で結界を破る余裕などないだろう。

ならば今こそ自分の出番だ。自分なら結界を破る余裕がある。こんな安全な場所でただ怯えているだけなどできない。

それに彩牙もコテツも自分たちを助けるために命を張ってくれているのだ。ならば自分も、自分にしかできないことで彼らを助けたい。自分なりのやり方で彼らと共に戦いたい。

それが海未の出した答えだった。

 

「いいですか、凛。あなたはここに――」

 

「凛も行くよ!」

 

残っているように――そう伝えようとした海未の言葉を、凛は遮った。

驚きの表情で見やる海未をよそに、凛は自分の思いを伝えていく。

 

「よくわからないけど、あのお札を剥がせば彩牙さんやコテツくんも助かるんだよね? だったら凛もお手伝いしたい!」

 

「……危険ですよ?」

 

「それはそうかもしれないけど、だったら尚更海未先輩一人には行かせられないよ! 凛も力になりたい、凛だって……怯えてるだけなのはやだもん!」

 

海未はじっと凛の表情を見つめる。

恐怖を浮かべながらもそれを抑え、それ以上の使命感――自分を助けてくれた人たちの力になりたい、助けたいという思いに満ち溢れていた。

その思いは梃子でも動かせないだろう――そう、海未と同じように。

すると海未は呆れたような笑みを浮かべた。無謀なことに挑戦しようとする凛、そして彼女自身に向けて。

 

「……わかりました。行きましょう、凛!」

 

「うん! 彩牙さんとコテツくんを助けるにゃー!」

 

『……まったく、恐れ知らずな嬢ちゃんたちだ』

 

覚悟を決めた二人の少女たち。

そんな彼女たちにザルバは呆れたような溜息を吐きながら――――同時に、その声色は嬉しそうに弾んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ!」

 

目の前に迫り、爪を振り下ろしたレギオン兵の爪を受け止め、弾き、斬り裂く彩牙。

消滅していくレギオン兵。しかしその余韻に浸る暇はなく、それと同時に別のレギオン兵が迫りくる。

爪を、牙を弾き、反撃していくが一向にレギオン兵は減らない。そしてレギオン兵を相手している間にレギオンが目の前に迫り、その巨大な腕でレギオン兵ごと彩牙を殴り飛ばした。

コテツの隣にまで殴り飛ばされ、なんとか体勢を立て直す。

 

「……おい、今ので何体目だ?」

 

「さあな。数える気がしない」

 

「そうかい、こっちもだ」

 

そう語るコテツも不敵な笑みこそは浮かべているが、疲労は隠せずにいた。

彼も彩牙と同じで鎧の召喚を封じられ、この圧倒的な物量差に押されていた。

そんな二人の前に、今一度レギオンが立った。レギオン兵たちを従え、まるで王のように。

 

『あの黄金騎士が僕に手も足も出ないなんて……やっぱり僕は最強なんだ!僕は黄金騎士よりも強いんだ!』

 

「よく言うぜ、数に物言わせただけのお山の大将気取りが」

 

「ああ。それに結界で鎧を封じているくせに偉そうなもんだ」

 

『ふふ、何とでも言えばいいさ。君たちが手も足も出ないのは紛れもない事実だからね!』

 

確かに、それは事実だった。

現に今、鎧を封じられて数で押されている彩牙とコテツは追い詰められているのだから。どんな手を使おうと最後に勝てばいい――とは誰の弁だっただろうか。

そうして高らかに叫ぶレギオンが彩牙たちを更に追い詰めんとレギオン兵を差し向けようとした時――

 

 

 

『……ん……?』

 

僅かながら、視界に入ってきた違和感。

その正体を確かめようと、彩牙たちから視線を逸らすレギオン。それにつられて彩牙とコテツもレギオン兵を警戒したまま、レギオンの向いた方向へと視線を向ける。

そこには――驚きの光景が映っていた。

 

 

「――海未!?星空さん!?」

 

隠れていたはずの海未と凛が、螺旋階段を昇りきった先の屋根の上を昇っていたのだ。

老朽化して不安定な足場の上、落ちてしまえばひとたまりもないだろう。

何故そんな危険なことを――その答えは、コテツの首元から返ってきた。

 

『あれは――!あの二人の先、あの札がこの結界を張っています!』

 

「なに!? あいつらまさか――!」

 

結界を破ろうとしているというのか。

あの二人が、守られる立場であるはずの海未と凛が。他でもない、自分たちを助けるために――

 

『あーあ、余計なことしちゃって』

 

先に動いたのはレギオンだった。

配下のレギオン兵を二体、海未と凛の下に送り出したのだ。

翅を羽ばたかせ、飛翔するレギオン兵。結界を破ろうとする海未と凛を殺そうとしているのは火を見るより明らかだった。

 

 

「――! 凛、急いでください!」

 

「えっ? ――ひいっ!?」

 

「海未!星空さん! ――どけえっ!!」

 

海未たちもレギオン兵が迫っていることに気づき、結界を破るため、レギオン兵から逃れるために急いで駆け上ろうとする。

彩牙もそんな彼女たちを助けようとするが、その前にレギオン兵が立ち塞がり、妨害する。

レギオン兵を斬り裂いていくが余りの物量に道は開かない。

 

 

『嬢ちゃんたち!後ろだ!』

 

「きゃあっ!」

 

「あと少しだというのに……!」

 

そうしている間にもレギオン兵はどんどん迫り、遂に海未たちのすぐそばまで迫った。

結界を張る札はもう目と鼻の先にあるというのに、こんなところで水泡に帰してしまうのか。そう思った海未は苦虫を噛み潰したように表情を歪めずにはいられなかった。

このまま無防備な彼女たちが殺されるのを黙って見ていることしかできないのか――?

 

 

「そうは……させるかってんだよ!」

 

違う。決してそうはさせない。

渾身の力を籠め、魔戒剣を投擲するコテツ。円を描いて回転しながら飛翔していく魔戒剣は寸分の狂いもなく海未たちに迫っていたレギオン兵を捉え、まるで意志を持っているかのような自由な軌道で幾度となく斬り裂き、討滅した。

 

「――がはっ!」

 

『きみ、何余計なことしてるの?もう少しであの子たちが食われるところを見れるとこだったのに』

 

魔戒剣を手元から失い、丸腰となったコテツをレギオンは見逃さなかった。

その巨大な腕でコテツの首根っこを掴み、ギリギリと締め上げる。余計なことを――結界を破ろうとする海未たちを殺そうとしたことが許せなかったのだ。

このまま首を斬り落としてやる――コテツ目掛け、鎌腕を振り下ろそうとするが――

 

『――がっ!?』

 

「……いくら外骨格が硬くても、間接だけはどうしようもないだろう」

 

コテツを締め上げていたレギオンの腕、その手首の関節へ彩牙が魔戒剣を突き刺した。

外骨格に守られていない僅かな隙間――そこに正確に、かつ深々と突き刺したのだ。

痛みに悶え、コテツを絞める力が弱まるレギオン。その隙を見逃さなかったコテツはするりと脱出した。

 

 

 

――そして、遂にその時はきた。

 

「いいですか、凛!」

 

「うん! せえ……のっ!」

 

彩牙とコテツが稼いだ時間により、札のところまで到達した海未と凛が札に手をかけ、その掛け声と同時に2枚の札を剥がしたのだ。

それと同時に辺り一帯に広がる、見えない膜のような何かが雷鳴と共に破れ、崩壊していくような感覚。

魔戒騎士の真の力を縛る邪悪な結界が破られた瞬間だった。

 

 

 

 

「や、やったんだよね海未先輩! やっ、た――?」

 

「凛!!」

 

彼らを助けることができた。

そう思った瞬間だった凛の気の緩みを、一体誰が責められようか。

不安定な屋根の上。そこで身体を海未の方に向けようとしてバランスを崩し、身体が屋根から離れて地面に向けて落下していく。

呆然とした表情の凛。海未が咄嗟に手を伸ばそうとするが、無情にもその手は届かない。

 

――あれ?凛、死んじゃうの――?

 

 

 

 

 

 

「だから……させるかって言ってんだよ!!」

 

自由になったコテツがレギオンとレギオン兵たちを足場にして跳びあがり、落下する凛の身体を抱きとめる。

そのまま壁を蹴り、体勢を直して着地する。コテツが上手く衝撃を逃がしたことにより、着地の衝撃が凛に伝わることはなかった。

凛の無事にほっとした海未。そして自分が生きていることに安堵した瞬間、ようやく抱きとめられていること――それも俗に言う“お姫様抱っこ”されたことに気づいた凛がみるみるうちに顔を赤く染め、慌てふためいた。

 

「にゃっ、にゃっ、にゃ~っ!?」

 

「ようお姫さん、ホント無茶するな」

 

そう語るコテツの言葉には呆れたような感情に混じり、嬉しそうな感情が込められていた。

 

 

 

「凛……よかった……」

 

『嬢ちゃん、お前さんにも迎えが来たようだぜ』

 

安堵し、屋根から降りようとしていた海未の傍に彩牙が降り立った。

レギオン、そしてレギオン兵の妨害を強行突破してきたのだ。その証拠に身体には新しい傷が幾つかできていた。

海未の身体を支え、屋根を、螺旋階段を彼女と共に降りていく彩牙。地面に降り立った時、彩牙と海未は改めて向き合った。

彩牙の眉間に皺を寄せた表情に、海未は自分が責められているような感覚を抱いた。

 

「海未……」

 

でもそれも仕方のないことだと、海未は思った。

守る対象が自分から危険なことに足を踏み込むなど、守る側からしてみればたまったものではないだろう。海未だって同じことをされたらきっと怒るだろう。

相手が何よりも大切なのだから。

 

だが海未に後悔はなかった。

彩牙を助けたい――そんな己の本心に従ったのだから。どんな結果になろうとも、それを果たすことができたのだから。

だから海未は、彩牙の責めるような視線から逃げない、逸らさない。まっすぐに見つめ返した。

そして、彩牙の口がゆっくりと開く――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ありがとう」

 

「……え?」

 

責められると思っていた。あんな危険な真似をしたのだから。

 

「助かったよ。海未のおかげで十分に奴と戦うことができる」

 

「彩牙くん……」

 

彩牙の穏やかな、そして安堵した表情を見て、海未は思った。

自分は彼のことを助けることができたのだと、支えとなることができたのだと。

 

「でも、あんな無茶はもうしないでくれよ」

 

「……はい。でもそれは彩牙くんもですよ」

 

「ああ――そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ダンッ!

 

『きみたち……よくもやってくれたね、僕の完璧な結界を……!』

 

「……海未、後は任せてくれ」

 

「下がってな、凛」

 

お互いの無事を確かめ合った時、結界を破られた怒りに震えるレギオンが兵たちを引き連れ、再び彩牙たちの前に立つ。

海未を下がらせる彩牙。同じように凛を庇うように立つコテツ。

その大群を前に正面切って戦えるのは彩牙とコテツの二人のみ。一見すれば圧倒的不利に見えるだろう。

 

だが彼らは恐れない、退くことはない。

後ろには守るべきものが、守りたい人がいるのだ。その身を危険に晒してまで自分たちを助けようとしてくれた人が。

そして何よりも――

 

 

「おい、負ける気がするか?」

 

「いいや、全くしないな」

 

「へっ、お前と一緒なんて気分悪いぜ」

 

「同感だ」

 

互いに憎まれ口を叩きながら並び立つ彩牙とコテツ。

互いを許したわけではない、わだかまりは消えない、ちょっとしたきっかけがあれば彼らはまた剣を交えるだろう。

犬猿の仲という表現も生ぬるい、相容れない二人。だが彼らは今、共通の目的をもって並び立っていた。

目の前のホラーを討滅し、後ろにいる人を――大事な人を、友を守るということを。

 

彩牙の魔戒剣が天に円を描く。コテツの魔戒剣が身体を囲むように円を描く。

黄金の鎧が現れ、彩牙の身体に纏う。灰色の鎧が現れ、コテツの身体に纏う。

そこにいたのはもはや、彩牙とコテツではない。

 

「黄金の、狼……? 海未先輩、まさか……!」

 

「ええ。先ほども言ったように、彩牙くんが都市伝説になっていた――

 

 

 

 

 

 

 

 ――黄金騎士・ガロなのです!」

 

黄金の狼と灰色の狼が――黄金騎士ガロと、灰塵騎士カゲロウがそこにいた。

 

『いくぞ!』

 

『おう!』

 

『鎧を纏ったところで、僕の軍に勝てると思うなぁ!!』

 

レギオン率いる群隊に向け、同時に駆け出していくガロとカゲロウ。

対するレギオンも兵を差し向けて迎え撃つ。

今までとは比にならないほどの大量のレギオン兵が同時に襲い掛かる。それこそガロとカゲロウの姿を埋め尽くさんほどに。

しかし、二人の騎士の足取りに躊躇いはない。臆しない、退くことはない。

 

『ハアァァァァァァッ!』

 

『ウォリャァァァァァッ!』

 

牙狼剣が、灰塵剣が、レギオン兵を斬り裂き、突き貫き、薙ぎ払い、道を切り開いていく。

鎧を纏った騎士の猛進を、素体ホラー以下か、それに毛が生えた程度のレギオン兵では止めることは不可能だった。

そうしてレギオン兵による“肉の壁”を臆することなく、そして易々と突破していくガロとカゲロウ。二人の騎士が自分の軍をいとも容易く蹴散らしていく光景にレギオンが戸惑っている間に、遂にガロとカゲロウがレギオンの目前に現れた。

 

『シィイィィィィィ!』

 

ガロとカゲロウ目掛け、鎌腕を振り下ろすレギオン。

鎧を纏う前は必死に避けるか弾いていたそれを、二人はそれぞれの得物で真正面から受け止める。

ギチギチと音を鳴らし、鍔ぜり合う鎌と剣。

一見すると巨大な鎌に二人が押されているように見えるだろう。しかしガロとカゲロウには押し負けている様子など微塵もなく――

 

 

 

 

『――ギイィィィアァァァッ!?』

 

牙狼剣が鎌腕を弾き、浮かせ、その一瞬の隙で両断する。双剣態となった灰塵剣が鎌腕を薙ぎ払うように切断する。

両鎌腕を失い、悶絶するかのような悲鳴をあげ、よろめくレギオン。

そしてそんな隙を、ガロもカゲロウも見逃さない。

 

『『――ハアッ!!』』

 

牙狼剣と灰塵剣が、レギオンのもう一対の両腕を両断する。

腕を全て失ったレギオンに、ガロとカゲロウの更なる追撃が迫る。

牙狼剣が胴体ど真ん中に突き刺さる。灰塵剣が脳天に突き刺さる。

このままレギオンが討滅されるのは、もはや自明の利だった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、すごい……彩牙さんもコテツくんもあのお化けに勝ってる……!」

 

「……そう、ですね」

 

レギオンを圧倒するガロとカゲロウの姿に、凛は魅入られていた。

あの数のレギオン兵をものともしない勇猛さ。力強く、そして流れるような動きで剣を振るい、レギオンを斬り裂いていくその姿に憧れにも近い感情を抱いていた。

そう、幼いころに憧れた、テレビのヒーローのように。

 

そして海未は、レギオンを圧倒していくガロとカゲロウに心強さを抱いていた。

――が、同時に、僅かではあるが漠然とした不安も抱いていた。

このまま無事に終わらないような……何か良くないことが起こりそうな……そんな不安があった。

 

――杞憂であってくれればよいのですが……――

 

 

 

 

 

 

 

「……彼は、ここまでか」

 

暗闇の夜の空に浮き、その光景を見下ろしていた者が一人。

闇色のフードを纏う男――あの闇法師だった。

闇法師はフードから僅かに覗かせる眼を眼下に、ガロに、カゲロウに、海未に、凛に、そしてレギオンへと向けていた。

その中でもレギオンに向ける視線は――見下すような冷え切ったものだった。

 

「結界も与えてやったが……仕方ないな。それに貴殿は私との“約束”を破ろうとした」

 

そして闇法師が視線を向けるのは、ガロとカゲロウの戦う姿を見つめる一人の少女。

だがそれも一瞬で、闇法師はもう一度レギオンを見つめ直した。

 

「だがこのまま為す術もなく討滅されるのは口惜しいだろう……せめてもの手向けだ」

 

闇法師が懐から取り出すのは、骨があしらわれた禍々しい形状の魔導筆。

その筆先を宙にかざすと闇色の陣を描き、そしてそれは瞬く間に消滅する。

 

「さあ、最期に一矢報いるといい」

 

獣が、狂う。

 

 

 

 

 

 

『――! ギッ、ガアアアアAAAAAAAAAAAA――!』

 

『っ、なんだ!?』

 

レギオンにトドメを刺そうとした時、それは起こった。

突然レギオンの頭上に現れた闇色の陣。そこからレギオン目掛けて闇の稲妻が降りかかる。

稲妻は悲鳴と共に、レギオンの身体を変えていく。やがて稲妻が止み、陣が消えた時にはレギオンの姿は変わり果てていた。

 

『なん……だっ、こりゃっ……!』

 

カゲロウから驚愕に染まった声が漏れる。

レギオンはただでさえ大柄な体が更に巨体になっていた。一階建ての小屋の屋根まではあるかのような勢いだ。

 

いや、ただ大きくなったわけではない。

触手だ。

ガロとカゲロウが両断した腕、その断面から先端が鋭い爪のようになった触手が生えていたのだ。

しゅるしゅると蠢かせ、突然跳ねるかのように飛び出す触手。襲い来ると思い、迎撃に構えるガロとカゲロウだったが触手の狙いは彼らでも、ましてや海未たちでもなかった。

 

 

『ギッ!』

 

『ギギィッ!』

 

触手の狙いは――生き残っていたレギオン兵たちだった。

一体、また一体とレギオンの触手に貫かれ、倒れていく。

思わず息を呑む海未と凛。目の前で起きた同士討ちに驚くガロとカゲロウだったが、それだけでは終わらなかった。

 

 

 

――ゴキュ……ゴキュ……

 

『なんて奴だ……自分の兵を喰ってやがる……!』

 

ザルバの言う通り、レギオンはその触手で兵を喰っていた。

飲み込むような音と共にレギオン兵の全て――肉を、血を、魂を喰っていく。

やがて一体のレギオン兵を“文字通り”喰い尽くすと、他のレギオン兵を触手で貫き、喰っていく。

そしてレギオン兵は逃げようとしない。それが主の命だから。

傀儡である彼らには、例え喰われることになろうとも主たるレギオンに逆らうことなどできないのだ。

 

共喰いと表現するのも生易しい、そのあまりにも一方的な食事を呆然と見つめるガロとカゲロウ。

やがて――生き残っていたレギオン兵が全てレギオンに喰い尽されたその時、更なる異変が起きた。

 

『……腹いっぱい食べて力でもついたか?』

 

筋骨隆々と膨れ上がるレギオンの外骨格に包まれた身体、脚、そして触手。

ただ膨らむだけではない。触手は腕の断面から一本、また一本と次々と生えてくる。

そうして無数の触手を生やしたレギオンは、最早知性など毛ほども感じさせないように爛々と赤く光る複眼をガロとカゲロウに向け、その口から涎を撒き散らしながら言葉にすらならない咆哮をあげる。

 

『■■■■■■■――!!』

 

『くっ!』

 

『ちいっ!』

 

咆哮と共に振るわれる触手が、ガロとカゲロウに襲い掛かる。

無数に、そして鞭のように襲い掛かる触手を弾き、斬り裂いていくがあまりにも数が多すぎる。

加えて触手一本一本の耐久力が跳ね上がっており、弾いて斬る位では両断することも敵わなかった。

 

あまりにも開き過ぎた手数の差と力に、徐々に、しかし着実に追い詰められていくガロとカゲロウ。

次第に疲労の色が見え始めてくるその姿に、はらはらとしながら見つめる海未と凛。

そしてついに――彼女たちが危惧したその時が訪れた。

 

『ぐっ……!』

 

『くそがっ……!』

 

触手の猛攻に耐えきれず、僅かに生まれた隙を突かれ弾き飛ばされる牙狼剣と灰塵剣。

自らの剣を失ったガロとカゲロウに触手が巻き付き、その身体を持ち上げる。

触手に拘束され、天高く掲げられる二人の騎士。逃れようと、拘束を解こうともがくが触手はびくともしない。

 

やがて、二人の前にそれぞれ一本の触手が現れる。爪のような先端をまっすぐと、狙いをつけるのように向ける。

あのレギオン兵たちのように、ガロとカゲロウを喰い尽さんとするかのように。

もがき続けるガロとカゲロウだが、触手の拘束は一向に解ける気配がない。

そしてとうとう――二人目掛け、触手が突き放たれる。

 

「彩牙くんっ!!」

 

「コテツくん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

響き渡る断末魔。

しかしそれは――ガロとカゲロウから発せられたものではなかった。

 

『■■■■■■――!!』

 

悲鳴を発したのは他ならぬレギオンだった。

ガロとカゲロウを貫こうとした触手、そして二人を拘束していた触手は根元から切断されていた。それもただ切断されていたわけではなかった。

 

炎だ。

紫色に燃える炎が、レギオンの触手を焼き斬っていた。突然現れた炎の斬撃が、レギオンの触手を断ち切ったのだ。

ガロは、カゲロウは、海未は、凛は、炎の斬撃が現れた方角――廃工場の屋根の上へと視線を向ける。

そこには、一人の騎士が立っていた。

 

 

 

『――大和さん!』

 

『おっさん!?』

 

『すまぬな、遅くなった』

 

波紋騎士・イブが――鬼戸大和がそこにはいた。

波紋剣に紫色の炎――魔導火を纏わせたイブは波紋剣を構え――

 

『――二人とも、使え!!』

 

波紋剣を振るい、魔導火の斬撃をガロとカゲロウ目掛けて放った。

思わず悲鳴をあげそうになる海未と凛。その斬撃がどれほどの威力を秘めているかは先のレギオンを見て十分に分かっているからだ。なぜそんなものを二人に放つのかと。

だがしかし、ガロもカゲロウも戸惑う様子は見せない。二人はわかっているのだ。

その魔導火の斬撃が、“何を目的としているのかを”。

 

狼狽えることなく、牙狼剣と灰塵剣を魔導火の斬撃へと向ける。

斬撃が二振りの剣に到達したとき、魔導火が牙狼剣と灰塵剣を、ガロとカゲロウを包み込む。

その衝撃に押し負けぬように堪え、苦しそうな唸り声をあげる二人の騎士。

そして魔導火が二人を焼き切らんと思われた時、それは起きた。

 

『――ハアァァァッ!!』

 

『――ウオォォォォッ!』

 

魔導火の斬撃は二人を焼き切ることはなく牙狼剣と灰塵剣に伝わり、その二振りの剣に新たな炎として纏われた。

牙狼剣が纏うのは、緑色の魔導火。灰塵剣が纏うのは、真紅の魔導火。

自分たちの武器に――魔戒剣に魔導火を纏わせるそれは、こう呼ばれている。

 

 

 

――烈火炎装!

 

 

 

『■■■■■■――!!』

 

再び振るわれるレギオンの触手。

だがそれらはもはや二人には通じない。魔導火を纏い、烈火炎装となった牙狼剣と灰塵剣にはレギオンの触手など容易く焼き斬ることができた。

触手が牙狼剣によって斬り裂かれていく。灰塵剣・双剣態によって引き裂かれていく。そして、魔導火に焼かれ、燃え尽きていく。

 

やがて触手が二本だけになった時、レギオンは二人目掛け、触手を猛烈な勢いで突き刺した。

しかし、触手が二人を貫くことは叶わなかった。ガロとカゲロウによって貫く寸前に焼き切られたのだ。

それと同時に高く跳び上がるガロとカゲロウ。

天高く跳び上がり、緑と真紅の魔導火を纏いながら牙狼剣と灰塵剣を掲げ、振りかぶる騎士をレギオンは知性を失いながらも呆然と見つめる。

そして――

 

『――ウオォォォォォォォォッ!!』

 

『――ドォリャアァァァァァァァッ!!』

 

気合一閃。

魔導火を纏った牙狼剣と灰塵剣が、クロスを描くようにレギオンを斬り裂き、通り抜けた。

剣を振り下ろして着地したガロとカゲロウの背後で、斬り口からどんどんと燃え移り、且つ燃え盛っていく魔導火がレギオンの全身を包み、その邪悪な身体を焼き尽くしていく。

 

『■■■■■■■■■――!!』

 

言葉にすらならない断末魔。

魔を滅する緑と真紅の炎に焼き尽くされ、自分だけの軍隊を作ろうと企んだ悪しき魔獣は消滅していった――

 

 

 

**

 

 

 

 

 

 

 

「………うん、うん。ごめんね」

 

「……えへへ……真姫ちゃんにも言われたにゃ……あああごめんね!だから泣かないで……?」

 

「……うん。それじゃまたね、かよちん」

 

そう言って電話を切る凛。

ちょうどその時、それまで傍で見守っていた海未が口を開いた。

 

「……どうでしたか?凛」

 

「かよちんには凄い泣かれちゃったにゃ……真姫ちゃんにはとっても怒られたし、えへへ……」

 

「それほど二人が凛のことを大事にしている証ですよ。明日は二人一緒に怒られないといけませんね」

 

「うぅ……が、頑張るにゃ!」

 

ふんす、と覚悟を決めたと言わんばかりに息を吐く凛。

凛がしていたのは花陽と真姫に無事を知らせる電話。買い物の途中で突然いなくなってしまったのだから心配しているだろうと思い、電話していたのだ。

その結果花陽からは泣かれ、真姫からはこっぴどく怒られていた。

だけど凛は嬉しかった。裏を返せばそれだけ凛のことを心配していてくれたということなのだから。勿論、若干の申し訳なさも感じていたが。

 

それは凛を見守る海未も同じだった。

そして彩牙は、そんな二人を見て安らかな気持ちを抱いていた。

 

 

今、この場にいるのは彩牙と海未、そして凛の三人。

レギオンとの戦いを終え、二人の護衛も兼ねて帰路についていた。

だがそこにコテツと大和の姿はない。

大和は今回のことを番犬所へ報告すると告げて一足先にいなくなり、そしてコテツというと余韻に浸る間もなく、一言も告げずにいつの間にか姿を消していたのだ。

ちゃんとお礼を言いたかった、と凛は残念がっていた。

 

そうしている間に、辺りの通りを目にして落ち着いたように息を吐く凛。

凛の家のすぐそばまで辿りついたのだ。自らの日常に――闇から光に戻ることができ、安堵する。

くるりと振り返り、彩牙と海未に改めて向き合う凛。

 

「彩牙さん、ザルちゃん、助けてくれてありがとうにゃ!」

 

『お前さんもザルちゃん……もう知らん、好きに呼べ』

 

「いや、俺の方も助かったよ。二人がいなければ危なかった」

 

「えへへ……そう言われるとなんだか照れくさいにゃ」

 

「しかしよいのですか、凛。今日の事をなかったことにだってできるのですよ?」

 

凛は今日のこと――レギオンの一件についての記憶の抹消を拒否していた。

目の前で人がホラーになり、命を狙われた――あのような恐ろしい記憶などなかったことにした方がよいのでは――海未はそう考えていた。

 

「ううん、確かに怖かったけど……でも、それだけじゃなかったもん」

 

思い返されるのは、自分たちを助けに来てくれた彩牙とコテツ。

そして黄金の鎧と灰色の鎧を纏った二人の姿。その姿が凛には闇に差し込む希望の光に見えたのだ。

絶望の闇の中に確かにある光――その光までも忘れたくないと、そう思ったのだ。

 

「だからね、凛はこのままでいいの。この光を失くしたくないって、そう思うから」

 

「……わかった。俺からはもう何も言わないよ」

 

「ええ。凛がそこまで言うのでしたら」

 

彩牙も海未も、凛の意志をまっすぐに受け止めた。

下手に彼女の記憶を消してしまっては光を見失い、闇に怯えるだけになってしまう――そう思ったからだ。

特に海未は、凛の言葉に親近感を抱いた。

闇を斬り裂く希望の光、その光を失いたくない――まるで自分のようだと、そう思った。

 

「それじゃあ彩牙さん、海未先輩、また明日! コテツくんにもよろしく言っておいてほしいにゃー!」

 

そう告げて元気いっぱいに手を振り、自分の家へぱたぱたと駆けて行く凛。

そんな凛の姿を、彩牙と海未は穏やかな表情で見守っていた。

 

「いい子だな」

 

「はい。凛と一緒だとこちらまで元気が貰えそうです」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そいつは同感だ」

 

「! お前は……!」

 

背後から突然かけられた、若い男の声。

聞き覚えのあるその声に二人が振り返ると、そこにはサングラスをかけた黒いコートの少年――いつの間にか姿を消していたコテツが立っていた。

その顔に不敵そうな笑みを浮かべながら。

 

睨むような形で向かい合う彩牙とコテツ。ピリッと張り詰める空気。

さっきは共に戦ったのにまた争い合うつもりなのか――二人を見つめる海未にそんな懸念が生まれる。

不安げに二人を交互に見やる海未。張り詰めていく空気の中、魔戒剣に手をかける二人の姿に、やはり手を取り合うことはできないのかと、そう思った時――

 

 

 

 

「……ま、しばらくはやめておくか」

 

「……そうだな」

 

互いの魔戒剣に掛けられた手が、離れていく。

張り詰めた空気が、解けていくのを肌で感じた。

 

『しばらくと言わず、二度としないでほしいんだがな』

 

『同感ですね』

 

ザルバとゾルバの呆れたような言葉をよそに、安堵で胸を撫で下ろした海未はもう一度彩牙とコテツを見つめる。

二人とも睨み合うような形はそのままではあるが、そこに敵意や殺気は感じられなかった。

少なくとも、今は。

 

「ああまで純粋なところを見せられるとなー……ちょっと自分を見つめ直しちまうっていうか……」

 

「……俺も、沢山の人に色々言われたからな」

 

「お互い、似たような考えってか」

 

「そうだな、気に食わないが」

 

「同感だ、ムカつくことにな」

 

まるで子供の喧嘩のように罵り合う彩牙とコテツ。

そんな二人の会話を目の当たりにして、海未は思った。

――ひょっとしたらこの二人、実は似た者同士なのではないかと。

 

「それに、ちゃんと目的も果たせたしな」

 

「……そうか。そういえば、そうだったな」

 

「ま、そんなわけで今日のところはお暇させてもらうぜ」

 

それだけを告げ、コテツはくるりと踵を返し、彩牙と海未に背を向けて去っていく。

二人の視線を浴びる中で、ぽつりと、誰にも聞かれないように呟いた。

 

 

 

 

「……“今度は”間に合うことができたしな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

去っていくコテツの背中を見つめる彩牙と海未。

また争いにならなくてよかったと胸を撫で下ろす中、海未は一つ気になったことを彩牙に尋ねた。

 

「彩牙くん、コテツさんと何かあったのですか?」

 

「ん?」

 

「先日に比べると、お二人とも随分穏やかそうでしたので……」

 

先日――彩牙とコテツが戦ったあの日、現場から去る海未が見たのはお互いに殺気を向ける二人の姿だった。

仲直りなど到底不可能そうなあの姿に比べると、今日二人の関係は罵り合ってはいたものの、ホラーを前にしていることを抜きにしても随分と穏やかだった。

それが海未には気になったのだ。

 

「大したことはないさ。海未や先生に言われたこともあるし、それに……」

 

「それに?」

 

 

 

~~~

 

 

 

「海未と星空さんが!?」

 

「……星空、だと……!?」

 

『ああ、どうやらレギオンと鉢合わせちまったようだ』

 

「くそっ……! ザルバ、行くぞ!」

 

 

 

 

 

「……待ちな、俺も行くぜ」

 

「なに!? ……まさかお前、まだ海未のことを……!」

 

「ちげーよ、あの子には手を出さねーよ。番犬所がおっかないしな」

 

「……なら、何故だ?」

 

「決まってるだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「守るべき奴がいる、それだけだ」

 

 

 

~~~

 

 

 

「……奴も魔戒騎士だってことを、わかっただけさ」

 

 

 

**

 

 

 

「……うん、うん。大丈夫、今月はまだ余裕があるから。お母さんは心配しなくても大丈夫だよ」

 

「……うん。お友達もたくさん増えたし、ついこの間だって男の子の友達もできたんだよ?」

 

「……え?ふふっ、お父さんもしょうがないなぁ。ただのお友達だから安心して」

 

――マンションの一室。

一人で住むには少々広いその部屋に住んでいるのは紫色の髪の、ゆったりとした雰囲気の少女。音ノ木坂学院の3年生にしてμ’sのメンバー・東條希だった。

音ノ木坂に入学する際、転勤族でもある母が以前使っていたという部屋を、譲り受けてもらっていたのだ。

 

そんな彼女は今、離れて暮らしている母親と電話をしていた。

だがその口調はμ’sのメンバーの前や外で普段使っている、所謂エセ関西弁とは違う、至って普通のありふれた標準語そのものだった。

あることがきっかけで関西弁を使うようになっただけで、本来の希の言葉遣いはこれが素なのだ。

 

そして、電話越しとはいえ親と話す希の表情には朗らかな、満面の笑みが浮かんでいた。

その表情、その言葉に――今の生活が充実しているという言葉に偽りはなかった。

男の友達ができたということに慌てふためく父の反応に可笑しくてたまらないと思いつつ、彼女は親との会話を楽しんでいた。

 

 

 

「……ん?お守りのことなら大丈夫。お母さんとお父さんがくれた物だもん、ちゃんと大事にしてるよ」

 

そう言いながら希が手に取ったのは、傍らに置いてあった“お守り”。それを壊してしまわぬように、大事に持っていた。

その“お守り”は、彼女が幼いころ両親から貰った大切なもの。

『怖いことがあってもこれが守ってくれる』そう言われて譲り受けたその“お守り”を、希はずっと大事にしてきた。

 

“お守り”を持っているとほんの少しでも勇気が湧いてくる。一人暮らしをしても、これがあると両親が傍にいてくれている気がする――そう思い、これまでずっと肌身離さず持ち歩いていた。

きっと、これからもそうすることだろう。自分がこの“お守り”を手放すという光景を、希には想像できなかった。

 

 

 

 

 

その“お守り”――“大きな毛筆”を、希は大事そうに抱えていた。

 

 

 

***

 

 

 

真姫「合宿って不思議ね。今まで気づかなかったことに初めて気づくことがるし」

 

真姫「他の人のことだろうと、自分のことだろうと」

 

真姫「でもそれって、決して良いことだとは限らないのよね」

 

 

真姫「次回、『合宿』」

 

 

 

真姫「知らないことが幸せ……なのかもしれないわね」

 

 

 

 






魔戒指南


・ ホラー・レギオン
いじめられっこだった少年に憑依したホラー。黒い外骨格に赤い複眼を持つ、大柄な人型の翅を持つ蟻のような姿をしており、普通の両腕の他に蟷螂の鎌のような腕をもう一対有している。
通常のホラーとは違って人界に現れるたびに異なる姿をとり、自らの肉を他の生命体に埋め込むことで、その生命体を自らにそっくりなホラー・レギオン兵に作り替えて兵として使役する。また、対象となる生命体に縛りはなく、ホラー相手でも兵に変えることができる。
大量のレギオン兵による数の暴力で圧倒する戦法をとるが、レギオン自身の実力は並のホラーよりも少し強い程度である。そういう意味では“白夜の魔獣”と名高いとあるホラーよりも劣る存在であるといえる。


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