ONE PUNCH MAN ~白銀の女神~   作:上川 遠馬

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第10話

「……これは、どういうことだ?」

 

 地が抉れ、木々が溶けている。まるでこの世の終わりのような惨たらしい景色を前にA級六位≪ブルーファイア≫は青ざめた表情で呟いた。

 今朝、ヒーロー協会からの一報で前々から不穏分子として内偵を進めていた≪進化の家≫という組織に動きがあったと、急いでA級上位数名による精鋭チームが組まれ現地に来てみればこの有り様。実力ではS級にも引けをとらないとされているメンバー……ブルーファイアを始め、A級七位≪テジナーマン≫A級五位≪重戦車フンドシ≫までもが、その恐ろしい怪物が蹂躙した跡地のような光景を前に言葉を失い立ち竦んだ。

 

「これから調査を始めますが……これは……」

 

 ヒーロー協会からの研究員が言っておずおずと前に出る。一体、何を調べるというのだろうか。何もかも、溶け消えて無くなってしまったこの場所に、果たして調べる物など残っているのか。半ば自棄になってしまった思考でブルーファイアはそう考える。

 自分が最強などと奢り高ぶっていたつもりは毛頭なかったが、それでもこの光景は桁が違い過ぎた。仮にこれが人為的に起こされたものだとして、それを行った者がこの場に居たとしたら――――きっと自分は手も足も出ずに蹂躙されてしまうだろう。それが途方もなく恐ろしい。

 

「ほぅ……これはまた凄いな」

 

 静まり返る場に、突如聞き慣れぬ第三者の呟きが耳に入る。

 咄嗟に振り返ったブルーファイアの背後には見た目麗しい美青年が佇んでいた。

 

「――――アマイマスク!? 何故ここに……!」

 

「僕も召集されていたんだよ。ヒーロー協会にね」

 

 青年――A級一位≪アマイマスク≫の突然の登場に場のヒーロー達は皆一様に身を強張らせ、顔をしかめた。それもそのはず、アマイマスクは名に反した苛烈な言動で時おり他のヒーローを貶めるフシがあることは業界でも有名だ。同業者から基本的に好かれていない。アマイマスクを除いたその場のヒーロー達が咄嗟に警戒して敵意を向けてしまうというのは半ば必然的な出来事だった。

 

 しかし、アマイマスクは決して友好的とは言えない視線の中を涼やかな表情で横断する。ブルーファイアの横を通り過ぎると溶解した大地の元で辺りを見回した。

 

「ふむ、敵の気配は既にないな。死んだか、逃げたか……」

 

「調査ならもう十分だろう。あんたは大人しく帰ってテレビの撮影でもしててくれ」

 

 顎に手を当てて黙考していたアマイマスクにブルーファイアは辛辣に言葉を投げ掛け、周りのヒーローも同調したように頷く。しかしそんなブルーファイアを嘲笑うかのようにアマイマスクは肩を竦めた。

 

「――君たちの眼は節穴か? そこに地下へ繋がる階段があるじゃないか。恐らくそこが本丸だ」

 

「……何だと?」

 

 アマイマスクが指差した方向を見ると瓦礫に埋もれてはいたが確かに地下通路とおぼしき入り口が目に入る。てっきり嫌味と冷やかしを言いにきたとばかり思っていたが意外に周囲を観察しているらしい。アマイマスクは言葉を続ける。

 

「しかし、敵が居ないのなら僕の出る幕じゃないな。大人しく帰らせてもら――――」

 

 そこでアマイマスクは不意に言葉をと切らせ、その場にしゃがみ込む。

 

「――これは」

 

 そうしてアマイマスクが拾い上げたのは銀に輝く一筋の糸だった。太陽に反射しキラキラと煌めくそれはいつか見た、記憶にある映像と酷似していて――――、

 

「女の……髪? いや……もしや……」

 

 ぶつぶつとしばらく呟いていたアマイマスクだったが、やがて立ち上がると彼は手にした糸を丁重にハンカチの中に折り畳んでから胸ポケットにしまい込んだ。おもむろにスマートフォンを取り出すとアマイマスクは誰かに通話をし始める。

 

「――はい――それでは今日の撮影は――中止ということで――――失礼」

 

 ぷつりと、通話を切るとアマイマスクは不敵な笑みを口端に浮かべた。

 

「何もなければ午後からのドラマの撮影に戻るスケジュールだったんだが――気が変わった。僕もこの調査に同行させてもらうことにしよう」

 

 そう言ったアマイマスクの表情には何かを期待するような、あるいは待ちわびていた物をついぞ見付けたような、歓喜の色が滲み出ていた。

 

 降り立った地下、薄暗闇の研究室には紙の束が散乱としていた。生活感は感じさせないが、部屋は一定の清潔性を保っていて最近までここに人が居たであろうことが推測される。

 

「――解析、完了しました!」

 

「……やっとか」

 

 渋面でモニターを睨み付け、パソコンでカタカタと忙しくキーボードを叩いていた解析班の男がたっぷり一時間ほど費やしてから、一仕事終えたような爽快感満ちた表情でそう言った。

 それまで壁に背を預け、手持ち無沙汰にしていたアマイマスクは肩の凝りをほぐすように腕を回してから身を乗り出す。

 

「これは……監視カメラの映像ですね……。最後の記録、映します!」

 

「――――っ?!」

 

 言って、モニターに映し出された物を観てアマイマスクは息を呑む。

 映像は先ほど通った階段から続く地下通路の道を映したものだった。

 そこをしどけなく歩く一人の少女。何やら青年に支えられ、整った柳眉を苦しそうに寄せる少女の頬に絹糸のような銀髪が垂れ掛かる。

 がたり、と机を揺らしてアマイマスクはモニターに食い入った。

 

「アマイマスクさん……?」

 

 さながら花の蜜に誘われた蝶だ。横で胡乱げな顔を向ける研究員の呼び掛けも、今のアマイマスクの耳には届かない。

 

「――――見付けた」

 

 映像の少女の輪郭をなぞるように、モニターへ指を走らせてからアマイマスクはぽつりと呟いた。

 求め、待ちわび、渇望した物を、ついぞ見付けたかの如く。感極まったかのように熱い吐息を漏らしてから、一拍置いて続ける。

 

「――我々が、――――女神(ヴィーナス)

 

 口を孤の字に吊り上げる。そうしてアマイマスクは笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「知名度が低い!!」

 

「は?」

 

 進化の家にカチコミ――もとい潜入から数日。

 何か青ざめた表情で突然出ていったと思ったら帰って来て開口一番そう言い放ったサイタマの表情は心なしか平素に比べてどんよりとしていた。

 とりあえず何だコイツと怪奇な物を見るような目をサイタマに向けてみる。

 

「……俺がヒーローを始めてからもう三年経つ。いままで散々怪人だの悪の軍団だのを退治してきたが、誰も俺のことなんて知らないって言うんだ……」

 

「ほーん」

 

 さも深刻そうな顔でサイタマは語り始める。俺はといえばテレビを見ながら話半分に聞き流して煎餅をぼりぼりかじっていた。

 

「――まさか……先生! ヒーロー名簿に登録してないんですか?!」

 

「む、ひってひるほかひぇのふ(知っているのかジェノス)!」

 

 ジェノスの言葉に聞き慣れない単語が出たのを耳にして半ば反射的に訪ねてしまった。俺は口にくわえた煎餅をくいくいっと動かして続きを促す。

 

「いいですか? ヒーロー名簿とは――――」

 

 そこから始まるジェノスの長い話は要するにヒーローという仕事が正式に国として認められていて、協会によるテストを受けて、ヒーロー名簿に登録された者がヒーローを名乗っていいらしい。裏を返せばヒーロー名簿に登録してないのにヒーローを名乗っているやつは自称ヒーロー(笑)として世間から白い目で見られるそうだ。

 

「知らなかった……」

 

 サイタマが額に手を当てながら目に見えて落ち込んだ。

 それにしてもヒーローになるってのは存外厳しいらしい。協会のテストに合格が条件ってつまり面接もやるんだろ? 面接……会社……圧迫……何か急に頭痛くなってきた。ヒーローっていうのはもっとこう……夢なさ過ぎるだろ。

 

「ジェノスは登録してんのか?」

 

 顔をあげたサイタマがジェノスに向かって問い掛ける。こいつやけに詳しかったから登録してんのかと思ったらそうでもないようであっさり首を横に振った。

 

「いえ、俺はいいです」

 

「登録しようぜ!一緒に登録してくれたら弟子にしてやるから」

「いきましょう!」

 

 ジェノスの盛大な手のひら返しに俺は思わずがくりと肩を落とす。こいつ意見ころころ変わるなとジト目で見てるとその視線に気が付いたのがジェノスが俺の方を向いて言った。

 

「アカメさんもどうですか?」

 

「いや、俺はいいよ……」

 

 咄嗟に首を横に振った。ヒーローなんて安定しなさそうな仕事を本職にして貰える賃金なんてたかが知れてるのである。

 

「ん、そうか? でもA級ヒーローにもなれば給料倍増するらしいぞ? 一、十、百……」

 

 サイタマはそう言ってパソコンのホームページを指差したが、俺はふんと鼻を鳴らして否定する。

 どーせ月給十万とかそこらだろうと見遣った液晶の画面にはA級以上のヒーローの月給が……百……千……万を越えた辺りで俺は目を見張った。

 

「よし、行こうぜ! 今すぐに!!」

 

 斯くして俺たち一行はヒーロー登録を目指し、協会へ向かうこととなったのである。

 いや、まさか……社畜だった頃の俺の年収より多いなんて誰が思おうか。




※捏造。ヒーローのお給料
あれいくら貰ってるんですかね? 詳細ありましたっけ?

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