小鳥がさえずり太陽が真上にあるというのに辺りは生い茂った木々の枝で薄暗い。よく言えば自然を満喫できる憩いの場なのかもしれないけど、僕が感じたのは不気味さと物悲しさだった。
「今更だけどなんでさとりはこんなところにいるのかな?」
桃子はキョロキョロと周りを見回している。
「正直僕ももうこの街にいないと思ってたよ。」
「叔母さんの家って隣町だっけ?」
「…。僕は答えるべき答えを持ち合わせているけれど、それについてはさとりが答えるべきだと思うんだ。」
「どうゆうこと?」
「さとりに会って聞けば分かることさ。」
「ふーん。よく分かんないけどいつもの飛鳥だね。」
前を向いて階段を登っている桃子は僕の方を見て笑ってそう言う。
「それこそどういうことだい?」
「僕はすべてを知ってるみたいなこと言ってるとことか、ね!」
「桃子、前にも言っただろう?僕はむしろ知らないことの方が多い。けれど知ろうすることを諦めていない分、そう見えるのかもしれないね。」
「はいはい。あっそろそろ階段終わるよ。」
「ああ。いよいよだね。」
少し緊張してきた。僕はさとりに対しての答えを持ち合わせているだろうか。
階段を登り終わる。薄暗い神社の境内に中央にさとりが立っていた。最初にあったときのように頭までフードを被っている。
「さとり…。」
「さとり!」
さとりはまるで僕たちが来ることが分かっていたかのようだ。
「お待ちしておりましたっていうのはいうのは大げさですね。私も気付いたのはさっきですし。」
「さとり、君はなんで急にいなくなったりしたんだい?」
「それについては少し込み入った話になります。」
「構わないよ。出会った日と違って時間は充分にあるさ。」
「そうですか。でもその前に桃子に話しておかなければならないことがあります。」
「なに?」
さとりはフードを脱ぐ。そしてさとりの姿があらわになる。僕にとってはもう見慣れたものだけど桃子は…。
「私が人間じゃないってことです。」
さとりは胸にある第三の目を撫でながら言った。
「っ!?」
桃子は声にならない悲鳴をあげる。無理もないだろう。この光景は非日常的過ぎる。
「それって…えっ?」
「桃子、実は僕は知っていた。さとりは妖怪らしい。」
「ようかいって。妖怪!?」
「ええ。心を読むさとり妖怪です。まあ大したことはできませんけどね。」
「ちょっと待って。さとりがホントは妖怪。でも見た目ほとんど人間だし。」
「混乱するのも無理はないよ。」
「ええ至極当然の行動ですよ。」
桃子は髪を手でくしゃっとしてから言った。
「妖怪っていうと人間を食べたりするの?」
「まあそういう妖怪も多いですけど、私は人間と変わらない食生活を送っていますよ。むしろ人より野菜を多く取るくらいです。」
さとりは微笑を浮かべる。
「なんか妖怪っぽいことはしないの?」
「心を読めることと、この触手と眼球が人目に付くくらいですね。」
「それは怖いけど。えっと大丈夫だから!さとりはさとりはさとりだから、桃子は今までと変わらない桃子だよ。」
さとりの眉が少し上がった。驚いているようだ。僕としても正直こうなるかどうかは五分五分だと思っていた。これは嬉しい誤算だ。
「つまりは受け入れるってことかい桃子?」
「そりゃあびっくりはしたけどさとりはさとりだもん。」
「それはそうだ。」
フフッと僕は笑う。
「そうですか。それは嬉しいです。」
しかし言葉とは裏腹にさとりの表情には悲しみが浮かんでいた。
「では少し昔話をしましょうか。そうですね。あちらの神社の本殿に腰掛けながら話すとしましょう。座布団が3つありましたので。」
「そうだね。ここまでの道のりで少し疲れてしまったからありがたいよ。」
さとりが先に本殿の中に入り座布団を持ってくる。僕たちはそこに座る。丁度ご神体が置いてあるらしい扉の前だ。
「では話すとしましょう。二人の妖怪の姉妹の話を。」
僕たちは無言で頷いた。
「妖怪っていうものはどちらかというと概念に近い存在です。人々の恐怖から生まれるものですから。だから基本的には親も兄弟姉妹もいません。ですが私たちの場合はその例外でした。私には妹がいます。古明地こいしという名前です。よく笑う子で、草木や鳥のことさえ慮る優しい性格でした。だからこそでしょう。妹が苦しんでしまったのは。
昔は妖怪に対する恐れというものが強かったこともあり、私たち妖怪の力もそれなりにありました。具体的に言うと、今は一人の心を読むことが精一杯なのに対して、昔は常時周りの生き物の心が読めていました。
心を読むことは便利です。誰しも人に知られたくないこと、思い出したくないトラウマを抱えています。それを知ってしまうのですから、人を操ることもできるでしょう。
問題は常時その状態であったということです。人に知られたくない話やトラウマなんて知ったら嫌な気分になるだけです。その状態を数百年過ごしてきました。妹が狂ってしまうのは無理のない話でしょう。
妹は部屋から出て来なくなってしまいました。心を知ってしまっても何もできない自分を責めていたのです。終始自分に向かって呪いの言葉を投げつけていました。まるで自分を壊そうとしているように。執拗に何度も何度も何度も何度も。
そしてあるとき、私が部屋にご飯を持っていくと妹はいませんでした。私が名前を呼ぶと後ろで声が聞こえました。『なあにお姉ちゃん。』と。後ろを振り返るとこいしがいました。昔とは違った表情で楽しそうに笑っていました。けれど私には、その存在の在り方が少し違ってるように感じました。
妖怪というものに限りませんが存在そのものが変化することがあります。人が妖怪になったりなどが分かりやすい例ですね。こいしの場合は、なんといえばいいのか伝えづらいのですが、ひどく希薄な存在になってしまいました。
存在を捉えることが難しい。まるで意識の外に存在しているような…。私はこの力に頼って何とか近くにいれば認識できるのですが、ともすれば忘れてしまいそうになってしまいます。
そしてこいしはその数日後私の前から姿を消しました。私がこいしの部屋に行くと、部屋の壁に『I LOVE YOU』と書かれていました。真っ赤な赤い血で…。それはこいしが買っていた動物たちの血でした。すぐ下に死体が転がっていましたから気付きました。
それから私は妹、こいしを探し続けています。あの子は可哀想に狂ってしまっている。新しく得てしまった能力を使って、動物を、人を殺し続けているようです。
だから私が止めなければいけない。たった一人の姉として妹を、こいしを、殺さなくてはいけません。それがあの子が変わることを止められなかった私にできるせめてもの贖罪です。
これが私の今の現状になります。事務所を離れなければいけない理由は、こいしです。もしかしたらあなたたちに迷惑をかけるかもしれない。プロデューサーさんと少しお話をしまして、私が事務所から離れることになったのです。あの方はこいしが起こした殺人事件のことを知っていて、私がこいしかもしれないと思って、それで事務所のみんなを守るために私に事務所に近づいて欲しくないと真摯に頼んでいました。
私がこいしでないことを証明できない以上仕方のないことです。彼は彼なりに一生懸命あなたたちの為を思って行動しました。今時珍しい人間ですよ。
だからあなたたちには彼の下で頑張って欲しいです。」
さとりはそういうと笑顔を浮かべた。けれどその瞳には涙が浮かんでいた。僕たちの間に沈黙が流れた。辺りもすっかりと薄暗くなってしまっている。僕は重くなった口を開く。
「さとり一つ言いたい。」
「なんでしょうか。」
「キミは何で僕に相談してくれなかったんだい!一人で全部抱え込んで…。自分だけがすべてを知っているっていう優越感に浸りたかったのかい!」
「そんなことはないです。ただあなたたちを巻き込みたくなかったんです。」
「巻き込む?そんなのとっくの昔に巻き込まれているさ!君に初めて会ったその日に既にね!今更巻き込みたくないってそれはあまりにも自分勝手っていうものさ!」
「そうかもしれません。自分勝手なのかもしれません私は。」
「じゃあ僕の勝手も通らせてもらうよ。僕はさとりと一緒にいたい。キミがいなくなってから一層、僕の中の多くの部分を占めていることを理解った。一人暮らしってさ。やっぱり寂しいものなんだよ。だからさとり帰って来て欲しい。
僕の存在がキミにとっての存在証明じゃなかったのかい!」
「それもあまりに自分勝手ですね。私の気持ちも同じとは限りませんよ。」
「じゃあ何で泣いているんだい?」
さとりははっとしたように瞳を拭う。夕日に照らされキラキラと光る涙がさとりの手につく。
「これは…。その…。」
「さとり。キミは妹と同じように優し過ぎるんだよ。前にいつか私の周りには優しい人が集まるって言ってたよね。それはさとりが優しいからさ。そんな簡単なこと僕でも分かる。」
さとりの目から涙が溢れる。拭っても拭っても止まることはなかった。
「そりゃあ私も離れたくないです。でも仕方ないじゃないですか。私がこいしじゃないことは証明できないんですから!」
さとりは僕が出会ってから初めて声を荒げた。
「キミの気持ちは分かったよ。桃子、録音したよね?」
「うん。できてるよ。」
「じゃああとやることはたった一つさ。」
僕は電話をかける。
「ああプロデューサー。今仕事終わったのかい。丁度いい。今すぐ八坂神社に来てくれ。理由?そうだね。古明地さとりと一緒にいるっていえば分かるかな。」
僕はそう言ってプロデューサーが何かを言う前に電話を切った。その後プロデューサーから着信が入るが僕は出ない。
「これでプロデューサーはここに来るしかなくなった。恐らくすぐに来るだろう。」
「飛鳥…。あなたは何をするつもりですか。」
「ちょっと簡単な問題の存在証明をね。」
僕は笑った。これからすることを考えると正直心が躍る。
「さとり、桃子。僕は少し準備をするものがあるので下のコンビニに行ってくるよ。桃子がさとりが逃げないようにしておいてくれよ。さとりは待っているだけでいいさ。ここから先は僕の仕事さ。」
僕はそれじゃあといい少し急ぎ足で階段を降りる。
「まったく。飛鳥はいつも勝手なんだから。」
「…。」
「さとりもさ。もっと素直に生きればいいと思うよ。世の中色んなヤなことあるって桃子でも分かるけど、でもつらいことや悲しいことでもみんなとなら乗り越えていけるって気付いたし。」
「そうですね。そうなのかもしれません。あなたたちを見ているとそう思います。」
「…。親のことも嘘なんだよね。」
「ええ。」
「でもそれって私の為についた嘘なんでしょ。だったら別に悪いことじゃないよ。どうせなら最後まで騙してよ。」
桃子はそう言って笑う。ドラマで聞いた台詞だったけど今の気持ちにはふさわしいと思う。
「本当に私は幸せ者ですね。」
「もうおばあちゃんみたいなこと言って。これからも幸せは増えていくんだから。飛鳥がその準備をしてくれるっていうなら桃子たちは待ってればいいんだよ。まあ飛鳥のことだから助け船くらいは出さないといけないかもしれないけど。」
「そうですね。少し猪突猛進してしまうところがありますよね。飛鳥には。」
「そうそう。そういえばね…。」
桃子は飛鳥の話をした。最初に会ったときとか、中二ってこととか。そして十五分くらいしたときのこと。
「それでねー。そのとき飛鳥が…。」
「飛鳥!桃子!」
プロデューサーが息せき切って走ってきた。
「も、桃子!飛鳥は。無事なのか。」
「…。プロデューサー。僕ならここにいるよ。」
飛鳥は階段を伸びり切ってすぐのとこにいた。右手で小刀を自分の首に当てたまま。走ってきたのか肩で呼吸をしている。
「飛鳥!何をやってるんだ。まさか…。」
「ああそのまさかさ。どうやらそこにいるさとりの妹に捕まってしまったらしい。姿は見えないけどね。僕に話しかけているよ。貴方も殺してあげるってね。さとり、キミなら理解るんじゃないか?」
「…。確かにそこにこいしがいます。こいし、馬鹿なことはやめなさい。」
プロデューサーは僕たちのそんな言葉に困惑しているようだ。正直これもまた五分五分の賭けだ。だけど五十パーセントも勝てる賭けなら勝ったも同然さ。
「本当にこいしがいるんですか?それはさとりさんのことでしょう。」
「だったら良かったんだけどね。」
僕は少し首筋に小刀を当てる。血が首を伝って地面に落ちる。
「さとりさん!本当ですかあなたに妹がいるというのは?」
「ええ。本当です。」
「ではその言葉を信じましょう。この状況でどうしたら飛鳥を助けることができるか分かりますか?」
「そうですね。」
飛鳥の方を見ると苦し気な表情で手を震わせている。まったく役者になった方がいいと思いますよ。
「こいし。キミは何故僕を殺したいんだい?生き物は全部殺さなくちゃいけないって?それはおかしな話さ。キミだって生きているじゃないか。それに被害者面をするのは感心しないな。キミは今や加害者じゃないか。ここで僕を殺したところで何が変わるわけでもないよ。今まで通りのセカイを妬むキミがいるだけさ。」
「飛鳥あまり刺激しては…。」
「いえ、大丈夫です。効果はあるようです。」
飛鳥は掴んでいた小刀を話した。カランカランとした音をして階段を落ちていく。
「じゃあどうすればいいのかって。キミできる贖罪これ以上もう姉を悲しませないことさ。ほら何か言いたいことはないのかい。」
飛鳥は目配せをする。私はこいしが飛び込んできたかのように後ろに倒れる。
「こいしようやく会えたわね。まったく世話をかけて。ごめんなさい?謝ってももう奪った命は帰って来ないのよ。でもそうね。貴方がもうしないっていうのならこれ以上悲しむ人は出て来ないでしょう。そう?分かってくれたようで嬉しいわ。」
飛鳥はプロデューサーの横に立っている。
「今こいしはさとりの中に帰っていったよ。本来は二人は一人に存在だったっていうことかな。まるでジキルとハイドさ。」
えっ?そういう展開に持っていくんですか。私はともすれば笑ってしまいそうになったけれど言葉を続けた。
「もう大丈夫です。こいしは今は私の中で眠っています。もう何かをしでかすことはないでしょう。ご迷惑をおかけしました。」
「まさか本当に妹がいたとは。僕の方こそ疑ってすいませんでした。」
プロデューサーは頭を下げる。
「これでさとりが事務所にいてはいけない理由はなくなっただろう?プロデューサー。」
「…。そうですね。さとりさんがこいしさんではなく、もう危険はないのなら。これからも飛鳥をよろしくお願いします。古明地さとりさん。飛鳥は寂しがり屋ですから…。」
「ですね。」
「そんなことはないと思うけどね。」
「いや桃子も寂しがり屋だと思う!」
「勘違いというものは時折起きてしまうものだからね。仕方ないか。」
フフッと飛鳥は自嘲気味に楽しそうに笑った。
「もうこんな時間!お兄ちゃん!早く家に送って!ママに怒られちゃう!」
「そうですね。二人も乗っていくでしょう?」
「いや少し寄り道したいところがあってね。僕たちは歩いて帰るよ。」
プロデューサーは少し僕とさとりを見比べてから言う。
「分かりました。あまり遅くなってはいけませんよ。」
「分かってるよ。」
「早く!早く!」
二人は神社の境内を早足で駆けていった。桃子は途中で少し振り返り指を立てた。
僕はやれやれと首を振る。
「じゃあ帰ろうかさとり。」
「そうですね。帰る家があるんですね。私には。」
「そうさ。」
降りる階段の途中で僕は木の枝を指差す。
「この枝もう新しい芽が出ているよ。じきに春だね。」
「ええ。楽しみですね。」
「花見のときは料理を頼むよ。普段は眺めている方が好きなのだけれど、今年は一緒に騒いでみるのも悪くないって今はそう思うよ。」
「腕にによりをかけて作らせてもらいます。」
「それは楽しみだね。」
僕とさとりはフフッと笑った。
これにて大体の部分は書き終わりました。あとはゆるい日常を書くつもりです。引き続きお楽しみ頂ければ幸いです。飛鳥の可愛さを少しでもお伝えできればなーと思います。
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