マミゾウさんの話を聞く限り、こいしは相変わらずっといった感じかしら。むしろ悪くなってるかもしれない。
あの子が人間嫌いなのは仕方がないことだけれど、だからといって好き放題して良いわけでもない。何より妖怪退治を専門とする者に見つかってしまったらただで済むとは思わない。
あの子を認識することは難しいけれど不可能な訳ではない。現にマミゾウさんが見つけているということもあるし、例外がある。
私が見つけた認識する法則は三点。
『こいしが意識的に認識させようとするとき。』
この場合は七割位の高い確率で認識できる。
『近くにいる場合に限るけれど、私の能力によるもの。』
あの子の心を読むことは出来ないけれど、常に周りの意識を感じている私にはそこに認識できないものがあるということが分かるため認識できる。逆説的な言い方になるが分からないからこそ分かる。
『小、中学生の子どもの一部、もっといえば本来の自分とは別の自分を持っているような人物。』
私はそこで飛鳥の方を見る。初のTVデビューということでみんなで焼き肉を食べに来ている。飛鳥も上機嫌なようで普段よりも饒舌だ。
「さとりもっと食べたらどうだい?せっかくプロデューサーの驕りなんだから食べないと損だよ。」
「そうですね。ありがたく頂きます。」
私が焼いてある肉を取ろうとするとこのみさんが肉を私の皿に置く。
「そうよ。さとりちゃんも線が細いんだから、肉一杯食べないと。あっ店員さん生お代わり!」
「ありがとうございます。」
食が細いのであまり食べられないが好意を無下にするようなマネはしたくない。
「おいしいですね。」
「でしょ?ここ分かりにくいところにあるからお客さんはそんなにいないけど知る人ぞ知る名店なのよ。」
「あの…今更なんだけど…。」
「どうしたの杏奈ちゃん?そんな申し訳なさそうな顔して。」
「その…飲んだら運転…できない…よ?」
このみさんは思い出しかのように慌てた口調になる。
「だ、大丈夫よ!プロデューサーに送って貰うし!」
「どうやら往復することになりそうですね。」
笑顔でやれやれと首を振る。注文しても止めなかったところから察するに最初からそのつもりだったんだろう。
「頑張ってお兄ちゃん。あっ!飛鳥それ桃子のカルビ!」
「そうだったかい?まあ世の中弱肉強食さ。盗られたくなかったら名前でも書いておくんだね。」
「どうやって名前書くのよ!」
楽しんでいる人を見ると見ている方まで幸せになります。こんな優しい人たちに囲まれて…私は本当に幸せものですね。
「少しお手洗いに行ってきます。」
軽く会釈して席を立つ。
洗面所の鏡の前に立ち、自分の姿を見る。第三の目を隠すのに丁度いいということですっかり普段着になったパーカーに、触手をごまかすためのカチューシャと少し伸ばした髪。
「人間みたいね。私はなんでさとり妖怪なのかしら。」
そんなの今更言ったって意味なんてないけれど呟いてしまう。出生や出自なんて選ぶことはできない。自分をいくら嫌っても私は私。
「だからさ。お姉ちゃん楽しめばいいんだよ。」
「!?」
私は信じられない気配に驚愕する。
「こいし?」
「人間なんかと一緒にいるから悩まなくちゃならなくなる。人間なんかと一緒にいるから傷つかないといけなくなる。傷つけられて辛い思いをしなくちゃならなくなる。嫌なことしてくる相手になんでそんなに優しくできるか私には分からない。そんなの無駄なことだよお姉ちゃん?」
私は鏡越しに後ろにいるこいしを見る。服装は変わらず笑顔でニコニコとしている。私は動揺を押し殺しこいしに言う。
「世の中には優しい人間もいるのよこいし。悪い人だけじゃないの。」
「さっき騒いでた人間たちのこと?小さいのがいっぱい?」
「こいし何かしてないわよね?」
「うーんどうだったかな?人間なんていちいち確認してないから分かんないよ。」
私はみんなのところに行こうとするがこいしに後ろから抱き付かれる。
「そんなに大事なの?あの人間のことが?うーん今のお姉ちゃんのお気に入りはあれか。じゃあ殺そう。お姉ちゃんがまた傷つくのは見たくないもの。」
「やめなさい!こいし!」
駆けだすこいしを掴もうとした手は空を掴んだ。こいしは私の言葉には耳をかさず、そのまま扉を開けた。
「!?」
扉の先には無数に蠢く目玉がある暗闇が広がっていた。こいしは突然止まることもできずにその暗闇に飲み込まれていった。
「こいし!?」
私の声が小さなトイレの中で響くだけで返って来る声はない。
「これはどういうことなの?」
私は周囲とその暗闇に意識を集中させる。しかし辺りに生き物の気配は感じられない。
「どういうことってあなたを救ってあげたのよ?古明地さとりさん。」
振り向くと鏡が扉と同じように暗闇に包まれておりそこからドレスを着た女の人が身を乗り出している。
「最近妖怪によく会いますね。あなたは何者?」
「貴方にとってそんな質問に意味はないでしょう。」
ドレスの女は微笑んでいる。相手のペースに飲まれるのは良い気がしないが私は心を見る。…酷く濁った海のように様々な思惑が入り混ざっている。この女の意志自体が何なのか分からないほどに。けれど一際大きな思惑が眼につく。幻想郷計画?
「なるほど調査済みってわけですか。なるほど。あなたのしたいことは分かりました。私を幻想郷計画とやらに協力させるために恩を売ろうっていうわけですか。」
「心を読めるっていうのは話がスムーズで便利ね。そうよ。とりあえず詳しい話をしたかったのだけど誰か来たようね。別に焦るような話でもないし、続きは次回にしましょうか。」
「立ち去る前にこいしを返してくれないかしら?」
「あら?私が預かっておいた方が貴方にとっても都合が良いんじゃなくって?」
「それは私が決めることです。」
「そう?でもそうね。人質ということにしましょうか。次の日曜日に八坂神社の境内で会いましょう。」
「…勝手な話ですね。」
「ええそうよ。でも貴方に何かできることがあるのかしら?古明地さとりさん。なんなら私から力ずくで奪ってみる?」
私は奥歯を噛みしめると平静を装って言う。
「次の日曜に八坂神社ですね。」
「ええ。ではまた会いましょう。」
女は初めとなんら変わりなく微笑むと暗闇の中に消えていった。
辺りは一瞬の静寂に包まれる。しかしすぐに扉が開かれた。
「あれ?やっと開いたよ。さとり大丈夫だったかい?」
「ああ飛鳥。すいません遅くなってしまって。」
いつもと変わらない飛鳥の顔を見ると少し安心する。こいしは何も危害を加えてはいないらしい。
「私は幸せ者ですね。」
「どうしたんだい?急に。」
「何でもありません。行きましょうか。」
「うん。」
私は何事もなかったのようにみんなのもとへと戻った。今はこの時間を楽しもう。そう思った。
お読みいただきありがとうございます。現在絵を描くことを練習中ということもあり次回は遅めになりそうです。今月中の投稿を目指したいと思います。