飛鳥と悟りの物語   作:桂木ヤユ

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根本的なものは変わらない。変われない。繰り返す。


~性悪説~

「はじめまして古明地さとりさん。僕はここの事務所のプロデューサーをしている峰岸透といいます。」

 

 プロデューサーは名刺を渡した。対するさとりは普段と変わらない様子で答える。

 

「はじめまして。ここのみんなにはお世話になっております。」

「いえいえ。仲良くしてもらっているようでありがたいですよ。何分私は営業で事務所にいないことが多いのでね。」

 

 プロデューサーは相変わらず笑顔だ。

 

「私もみなさんに楽しませてもらっていますので…。」

「そんな敬語で話さなくても大丈夫ですよ。むしろ罵ってくれてもいいんですよ?」

「おいプロデューサー。」

 

 さとりとは初対面というのにプロデューサーは相変わらずなんだから。

 

「今のは冗談ですよ飛鳥。」

「そうだといいね。」

 

 さとりは少し笑顔を浮かべた。僕には分かる。作り笑顔だ。そんなもの必要ないのに。笑顔っていうものは嬉しいと自然に出るものであるべきさ。

 

「私は敬語が話すことに慣れてしまっているのでむしろ話しやすいんですよ。」

「そうですか?まあ僕も似たようなものですけど。ところでさとりさん今日はこれから予定はあるでしょうか?」

「ありませんよ。強いて言うなら買い物に行くことくらいでしょうか。」

「それは良かった。それじゃあ一緒に少しお茶でもどうですか?」

「構いませんよ。」

 

 僕がいないと話せない話というわけかな。それでもプロデューサーの性格のことを考えるとさとりが心配だな。

 

「それはちょっとさとりが心配だね。僕も一緒に行くよ。」

「信用ないですね僕は。」

「大丈夫ですよ飛鳥。少し行ってくるだけです。帰りについでに買い物も済ませてきますよ。」

「なんなら荷物持ちをしますよ。」

 

 さとりは少し微笑む。まあ実際問題さとりのことは家庭の事情で僕の部屋に滞在していると聞いているだろうし、その辺りの話はしなくてはならないよね。

 

「まあさとりがそう言うならいいけど。彼は少し変わった趣味をしているというか、まあMだがら注意して。何かあったらすぐに電話してくれ。」

「いくら僕でもそんな公衆の面前でしかも初対面の幼い少女に罵倒してもらおうなんて思ってませんよ。」

「一応携帯は持っておきます。」

「それがいい。」

「本当に信用無いですね。まあそれじゃあ行きましょうか。」

「ええ。」

 

 二人はそう行って出て行った。それから僕は少し雑誌を読んでいた。ふと僕は時計を見る。時刻は一六時五十分を回った頃だ。今日は一七時から基礎レッスンだからそろそろ行かないとな。僕はジャージに着替え、飲み物や着替えを準備しているところでチャイムが鳴る。

 

ピンポ~ン♪

 

 

「飛鳥。そろそろレッスンの時間だよ。」

「大丈夫。今出ようと思ってたとこさ~。」

 

 少ししてから僕は部屋から出る。

 

「飛鳥が…遅いなんて昔に戻ったみたい…だね。」

「さとりちゃんがいるおかげで早く出るようになったんだっけ?」

「そうさ。一人でいるとつい時間を忘れてしまうことあってね。」

「飛鳥…考え事よくしてるから…でしょ?」

「まあそれもあるね。それはそうと二人が遅いのは珍しいね。」

「杏奈たちは…このみさんに言われて…呼びに来たの。」

「なるほど。通りで荷物を持ってないわけだ。」

 

 僕たちは少し急ぎながら歩き出す。なんだか気が重い。トレーニングでランニングがメインっていうこともあるだろうけど、さとりのことも心配だ。

 

「そういえば…今日ってメニュー…なに?」

「確か基礎トレだからランニングとかじゃなかった?」

「そうだね。昨日このみ先輩が明日は走りこみとか言ってたし。部活じゃないんだからそんなに走ることが必要なのかって疑問に思ってしまうね。」

「右に同じ…。」

「もう二人とも…。スタミナがないと、いざライブするってなっても体力が持たないよ。」

「そう言われると何も言えないね。」

 

 やれやれと思いながらも気持ちを切り替える。いつか大きなステージに立ちたいっていう気持ちは僕にもあることだしね。

 

 

 

 入った喫茶店は近くにあるところだった。時間帯もあって学校帰りの学生で賑わっているようだ。

 

「カフェオレ二つ。あと席一杯のようなので別室利用してもいいですか。」

「ああ峰岸さん。そうぞ出来たら持っていきます。」

「ありがとうございます。行きましょうかさとりさん。」

「…ええ。」

 

 少し危険な気もしますが大丈夫でしょう。そんなことは考えていないようですし。

 

 中央にガラス製のテーブルが、向かい合うソファーが二つある小綺麗な部屋だった。部屋に入るとすぐにコーヒーが運ばれてきた。

 

「それでさとりさん。本題に入りましょうか。あなたのご両親は亡くなっているのですよね?」

「…ええ。私が小さい頃に。」

「それはお悔やみ申し上げます。それで今の親権者は叔母さんになっていると。」

「そうですね。」

 

 どうしたものかしら。おそらくバレているらしい。私は一口カフェオレを啜る。

 

「叔母さんのご住所の方はどちらに?」

「隣町です。詳しい住所は覚えていません。行く道なら覚えているんでけれど。」

「なるほど。いえ疑っているわけではないんですよ。ただあまり長いこと叔母さんの家の方に帰らないと心配するんじゃないかと思いまして。」

 

 ダウト。

 

「それは大丈夫ですよ。仲が悪いので。」

「そうですか。家庭の事情というのは難しい話ですからね。僕から言えることはこれくらいです。」

 

 やけにあっさり引いてきたわね。てっきりその話を追求されるのかと思ったけれど。

 

「お気遣いありがとうございます。」

「いえいえ。まあ本題に入りましょうか。」

 

 !?私は驚いた。

 

「古明地こいしさんについて何か知っていることはありませんか?」

 

 なんでこの男がこいしのことを。私は動揺を隠しきれなかった。

 

「ご存知のようですね。たまたま苗字が同じでしたので、もしやと思ったのですが、まさか的中するとは。世の中何が起こるか分からないものですね。」

「こいしがどうかしたんですか?」

「あらあらご存知ありませんでしたか?」

 

 そう言って峰岸はタブレットを取り出し一つの記事を見せた。東京での連続殺人事件のものである。日付は四年前。

 

「僕は少し前まで弁護士をしていましてね。それで度々この話を聞いたことがあったんですよ。なんでも歩いていると突然何者かに切り裂かれバラバラ死体にされるという事件。しかも不思議なことに犯人の姿を見た人はほとんどいないんですよ。生存者の証言によると振り返っても誰もいなかったと。」

「…恐ろしい事件ですね。」

「そうですね。犯人は幽霊かって当時は話題になりましたよ。でも一人だけ犯人の姿を見たという人がいまして、まあその人が僕の事弁護士務所に来てくれたので聞くことが話なんですけどね。」

 

 峰岸は真っ直ぐ私を見る。

 

「外見は一三歳くらいの少女で体から触手のようなものが生え胸の辺りにはこぶし程の眼球があったと。」

「そして『こんばんわ、お姉さん。月が綺麗ないい夜ね。私は古明地こいし。あなたお目目が綺麗だから貰ったわ。大丈夫よ。ちゃんと大事にするからね』そう言ったそうなんですよ。」

「にわかには信じ難い話ですね。それではまるで妖怪のようですね。」

「そうですね。だから僕も気になって少し調べてみたんですよ。そうすると被害者の死因の大半が出血多量でしてね。身体中のいたるところに刺傷があったと。それも低い位置から上へと向けてのものだと分かったんですよ。そして検死官の方に話を聞く抵抗した後はなかったと。これじゃあまるで刺されたことに気付いていないようだと思いませんか?」

「ますます妖怪染みていますね。」

 

 私は冷めた目をして言う。

 

「ですね。古明地さとりさん。あなたは本当は古明地こいしというんじゃないでしょうか?」

 

 峰岸は立ち上がると腰から拳銃を取り出し私に向けた。私はカフェオレを啜る。そんなものどこで手に入れたのかしら。確か今の日本の法律では持つことは禁止だったはずだけど。

 

「峰岸さんあなたは誤解しています。私は古明地さとりです。こいしではありません。」

「そうですか?ではその上着を脱いでみてくれませんか?」

 

 いっそ殺した方が楽かしら。でもそうなると飛鳥たちの事務所が潰れてしまう。彼女達の気持ちは本物だ。それはあまりに可哀想なことね。私はもう一口カフェオレを啜る。現実もこんなに甘かったらいいのに。ままならないものね。

 

 私は峰岸の言葉に従い上着を脱いだ。私の身体からのびる触手と第三の目が露になる。峰岸は少し動揺したようだが相変わらず私に銃を向けたままだ。

 

「どうやら特徴は一致しているようですね。」

「ですが私は古明地さとりです。こいしは私の妹です。」

「その言葉を信じろと?」

「ええ。仮に私がその犯人なら飛鳥たちは今頃生きていないのではないですか?」

「それは気まぐれなのかもしれませんよ?犯人は快楽殺人者のようですし。」

 

 どうしようか。正直誤解を解ける気がしない。私でもこの状況なら犯人だと思うだろうし。まったく、こいしも久しぶりに私以外の人から名前を聞いたと思ったら殺人事件だなんて。

 

「私が妖怪であることは見ての通りです。しかしさとり妖怪です。心を読む程度の能力しかありません。人に見られにくいということはありますが、人を刺すなんてことをすれば普通に気付かれます。」

「それはあなたの言葉でしょう?嘘じゃないと何故言えるんですか?」

「では好きな色を思い浮かべてみてください。」

「色?」

「赤ですよね。ではそうですね。あなたの好きな人とか?なるほど離婚した元妻のことですか。今も復縁したいと思っていると。」

 

 峰岸は私に対する警戒を強めた。どうやら逆効果になってしまったらしい。

 

「…あなたの力が嘘ではないことは分かりました。けれどそれは単に心読む力の証明に過ぎません。他に力がないという証明にはなりませんよね?」

「ええそうですね。けれど他に証明する手段は持ち合わせてはいないので。」

「さとりさん、僕は善悪の判断ができる程偉い存在ではありません。だからといって警察に行ったところであなたが捕まるとも思いません。」

 

 でしょうね。無実ですし。日本の法律には妖怪を取り締まるものなんてありませんし、専門家の方が繋がっていると少々厄介ですが。

 

「だからお願いという形になります。事務所に近付かないでくれませんか?僕は彼女たちの夢を壊したくはない。ましてや人殺しの化け物を近くに置いておくことはできません。」

 

 峰岸は拳銃を下ろし床に頭を垂れる。

 

「それでも殺したいなら僕で最後にして下さい。これ以上悲しみの連鎖を生み出したくない。」

「…あなたが死んでしまっては事務所は続けられないでしょう?」

 

 彼の気持ちは本物だ。本気でそう思っている。飛鳥、桃子、百合子、杏奈、このみのことを一番に考えている。人のことを本気で思うなんて今時の人間にしては珍しい。

 

「…分かりました。あなたの事務所から離れましょう。私の事は飛鳥に弁明しておいてもらえますか?彼女には私が妖怪であることは話していますので。そうですね、仲間のところに帰ったとかそんな感じで。上手く説明して下さい。彼女は純粋なので悲しんでしまうでしょう。そのことが嬉しくもあり、悲しいです。ではさようなら。もう会うことはないでしょう。…プロデュース頑張って下さい。彼女たちならきっと輝けますよ。」

 

 

 服を着ると喫茶店を後にした。外の空気は冷たい。少し雪も降っているようだ

。峰岸、彼も私の事を憐れんではいたようですね。優しい人間ね。人殺しかもしれない私をも憐れむなんて。優しい人間。優しい世界。そこにはきっと化け物なんていらない。

 

「今日は少し冷えるわね。」

 

 私は事務所の方を一度振り返る。全体的には古い建物だが看板だけ新しい。もう見慣れてしまった事務所だ。

 

「今回は上手くいくって思ったんだけどなぁ…。」

 

 

 どうやら少し雨が降ってきたらしい。

 

 

to be continued




続きます。
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