サウザー!~School Idol Project~   作:乾操

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10話 聖帝と宿命の拳士たち の巻

 +前回のラブライブ!+

 

 『アイドル』とはなにか、という問いは世のアイドル好きたちにとって永遠のテーマともいえる。『好みのアイドル像』はまさしく十人十色で、百人が見て百人の琴線に触れるアイドルなんて存在しないのだ。

 だから、あのサウザーとかいうふざけた輩がアイドルを名乗ることに理屈上で間違いはない。

 それでも私は認めないから。

 そこんとこ、よろしく。にこっ☆

 

 矢澤ニコ

 

 

 

 

 アイドル研究部を追い出されたμ's一行(with等身大ケンシロウフィギュア)は再び音楽室に屯していた。

「困りましたね……」

「どうしよっか、これから」

 困り顔の海未とことり。

 自分たちが音ノ木坂学院の名を背負ってスクールアイドルの活動をするには部として活動する必要がある。しかし、すでにアイドル研究部なる部が存在し、生徒会曰く同系の部の共存は不可能である。抜け道であるアイドル研究部との合併もバッサリ断られてしまった。

「いっそ、ゲリラ活動でもしていけばいいんじゃないかにゃー?」

「それは道理が通りませんよ。第一、そんなことしようものなら生徒会長の胃に穴が開きそうです」 

 主にサウザーのせいで。

 しかし、このような状況下でもお気楽なものはとことんお気楽であった。

「心配するでない。先も言ったが、南斗水鳥拳なぞ、所詮は将星に群がる衛星に過ぎぬ」

 ピアノの椅子を玉座の如く座りこなすサウザーは自信満々にほくそ笑む。

「それってアイドル活動になんの関係も無いんじゃ……」 

「おれはスクールアイドルの帝王でもあるから、問題ないであろう?」

「なんですかスクールアイドルの帝王って」

 呆れ声の海未。そんな彼女に、穂乃果はサウザーに負けず劣らずなお気楽さで「大丈夫だよ」と言ってのけた。

「先輩はアイドルが好きで、私達は本気でスクールアイドルになりたい。きっと分かってくれるって」

 彼女は言いながら「ねー」とケンシロウフィギュアをツンツン弄っていた。

「穂乃果はまた適当に……」

 彼女の能天気さは窮地に陥った彼女たちからすると一種の清涼剤のような効果を持つ。海未はそう言いつつ、なんだか実際穂乃果の言う通り事が運ぶような気がしていた。

 そして、それは間違いではなかった。

「その言い分は間違いやないで」

「うわっ!?」

 ケンシロウフィギュアの背後からぬっ、と副会長の希が姿を現した。

「出たなスピリチュアル女!」

「いつからそこにいたんですか?」

「気にしない気にしない」

 希は穂乃果の疑問を華麗に受け流した。

「間違いではないとは、どういうことですか?」

 海未は突如現れた希に驚きつつ、言葉の意味を問いかける。

「うん、そのままの意味やね。にこっちはアイドルが好き。でも、まだみんなの事は信用できないんよ」

 

 矢澤ニコは一年生の時、同級生数人と共にスクールアイドルを始めようとしたことがあった。

 だが、アイドルへの情熱、愛が並々ならぬ彼女であるから、半端な気持ちで始めた同級生たちはついて行くことが出来なかった。

 結果、彼女以外は早々にアイドル研究部を去った。

 以来、一人である。

 

「きっと本気じゃない、何となく楽しそうだから始めたんだろう……そう思ってしまうんやろね」

 希の言葉に一同は黙りこむ。しかし、希は「でもね」と続けた。

「心のどこかで、あなた達の事を羨ましい、応援したいと思っているのも確かやと思うよ? だって、そうでもなきゃ、ケチをつけたり、熱心に付け回したりしないもん」

「不器用だなその女は」

「サウザーちゃんが言えた口じゃないと思うな」

 言いながら、穂乃果は、

「じゃぁ、なにかきっかけがあれば、ニコ先輩は私達と一緒にスクールアイドルしてくれるかもしれないってことですか?」

「ま、そう言うことやね」

 希はそう言うと鞄からタロットを引きだし、ピッと見せてくれた。

「カードはいいのが出てるよー。ま、なにか困ったことがあったら相談してな」

 カードは、星の正位置であった。

 

 

 翌日の放課後。

 掃除当番のニコは窓を開けて黒板消しを叩いていた。

 叩きながら、思いを巡らす。

 正直、μ'sの初ライブを見た時、かつてないほどの高揚感があった。

 踊りだって、歌だってまだまだ未熟。その上ステージのほとんどがサウザーのワンマンショーで最初は開いた口がふさがらなかった。しかしながら、あの支離滅裂ながら楽し気な、活力に満ちたステージは不思議とニコの理想に近しいものに思えた。自分もあんな風にステージに立ちたいと思った。

 外は今日も雨が降っていた。μ'sは練習を屋上でやっているのだと言う。部活動と認可されればどこかしらの練習場所は都合してもらえるだろうが、いまのままでは雨の日は事実上活動休止状態だろう。

「……ま、知ったこっちゃないけど………」

 ニコは黒板消しを叩き終わり、窓を閉めようとした。だが、ちょうどその時、向かいの校舎の、同じ階の窓が開け放たれ、何かがキラリと光るのが見えた。

「ん?」

 ふと気になって、目を凝らす。すると、それと同時に、一条の矢がニコめがけて勢いよく放たれてきた! 

 危うく突き刺さるところだったそれをどうにかキャッチする。

「ああああぶなっ!?」

 向かいの教室の窓を見やると、すでにぴしゃりと閉ざされており、矢を放った主は見えなかった。

「いったい……うん?」

 手にした矢を見やると、先の方になにやら紙がくくりつけられていた。矢文のようだ。

 文をほどいて、ひらいてみると、それはμ's(というかサウザー)からのものであった。

 

 

 拝啓

 矢澤ニコなる下郎へ

 本日午後五時より講堂にてミューズと下郎で勝負するべくささやかなイベントを用意しております

 下郎であるあなた様にスクールアイドルとしてミジンコほどの矜恃があるなら、ふるってご参加ください

 かしこ

 聖帝サウザー(笑)

 

 

「えぇ……」

 これを読んだニコは、はっきり言って行きたいとは思わなかった。

 しかし、行かなければ行かないで後々ひどく面倒くさいことになりかねないと本能が警告していた。

 

 

 

 

 時刻は流れて、午後5時。

 ニコは言われた通り(しぶしぶ)講堂に顔を出した。

 そんな彼女を、ステージ上でいつもの如くご機嫌なサウザーが出迎えた。

「フフ……よくぞ来たな下郎」

「で、何の用よ。早く済ませて帰りたいんだけど」

「下郎の癖に急くでないわ。用は文面通り、我らがμ'sときさまの因縁に決着をつけることだ」

 そう言う割にはサウザーと共にいるμ's一同はなんとも申し訳なさそうな顔をニコに向けている。

 それにしても、勝負と言ってもいったいどのような勝負なのだろうか? スクールアイドルなのだから、アイドルクイズ対決でもするのだろうか? それならば、十二分な自信がある。例え出題者が向うでも、逆に質問の間違いを指摘していく自信だってある。

「勝負って、何よ?」

 そんなことを考えながらニコは問いかける。

 これに対し、サウザーは不敵に一つ笑い「こい!」とステージの袖へ呼びかけた。

 すると、袖から九人の偉丈夫がゾロゾロとステージ上へと現れた。当事者のμ'sメンバーは入れ替わるようにステージから降りて、最前列の席に座る。

 予想外の展開にニコは何がなんだかか解らなかった。

 サウザーはそんなことお構いなしで高らかに宣言する。

「南斗十人組手ーっ!」

 

 

 南斗十人組手とは!

 南斗の拳士十人を一人で全て倒していくという、勝ち抜き形式の散打である! 挑む者が他流派の者であった場合、十人全員倒せなければその場より生きて帰ることならぬという恐怖の掟が存在する。

 

 

「貴様の相手はここにいる九人の南斗拳士と、特別ゲストの計十人……負ければ、貴様は我が配下に加わり、カレー係として一生を終えてもらう」

「……は?」

「ちなみに勝ったらμ'sメンバーにしてやる」

「私にメリットなくない?」

 どう転んでもサウザーに有利という条件に疑問を呈するニコ。そんな彼女に、拳士の一人が、

「おい! ぐずぐずしないでステージまで来るんだ!」

 彼らの闘志は満々であった。

 それもそのはずである。

 彼ら九人は、かつて後の北斗神拳伝承者、当時九歳のケンシロウが南斗十人組手を挑んできた際、幼子相手に殆ど完敗といった屈辱的な経験を積んだ者たちなのだ。

「俺達はいつか北斗神拳のケンシロウに打ち勝つべく鍛錬を重ねてきた」

「血の滲むような努力の末、俺達は以前と見違えるような強さを手にした!」

「今こそ、新たなる一歩を踏み出す時!」

「その一歩として、同じく南斗聖拳の小娘、貴様に勝負を挑むのだ!」

 拳士たちは各々言うと一様に叫んだ。

「我らこそ南斗十人組手ドリームナイン、『ミューズ』だ!」

 南斗ドリームナイン改め『ミューズ』は自信と誇りに満ちた眼差しをニコに向けた。

 矢文の『ミューズ』とは穂乃果たち『μ's』のことではなく、彼ら組手の拳士たちのことだったのである。

 ちなみに『μ's』の語源である『ムーサ』は文芸を司る九柱の女神を指す言葉であるらしいから、ドリームナインのグループ名としては甚だ不適当である。

 が、彼らはそんなことを気にしない。

「南斗聖拳の矢澤ニコよ! 貴様に拳士としての誇りがあるのなら、登壇して、組手を挑まれよ!」

「怖気づいたなら逃げるもよしだが、それは拳士としての死を意味するぞ!」

「もとより逃げたらカレー係だがな?」

 最後の言葉はサウザーのものである。

 ニコは最前列に座るμ'sへ目をやった。一様に諦めモードになっている。対して、ステージ上のボルテージはうなぎのぼりであった。

 ……ニコは、覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

「弱っ!?」

 しかし、『ミューズ』の面々は拍子抜けするぐらいに弱かった。ニコが一人を破るのに平均一分を要さなかったであろう。それくらいにあっさりとミューズは全滅した。

「ぬっぐ……小娘と侮ったが……なんという強さ!」

 拳士の一人が呻く。

「かよちん、もしかしてニコ先輩ってすごく強いの?」

 観客席ではその様子に唖然とした凛が花陽に耳打ちした。

「いや、確かにニコ先輩も強いけど……」

「じゃぁ、ドリームナインが弱いの?」

「ううん、彼らは言葉通り血の滲むような努力をしてすごく強くなってると思う。ただ……」

「ただ?」

「彼らには……『噛ませ犬の星』が輝いちゃってる」

 それはありとあらゆる世界に存在する星である。名無しと生まれたが故、どれほどの手練れを名乗ろうとも名有には絶対勝てないという宿命の星……そんな悲しき星が、死兆星の如く彼らの頭上に輝いているのだ。

 実際の話、予想だにしないキャラに名前を設定するイチゴ味においても彼らは全員番号で呼ばれている。

「ぬぅ、予想していたとはいえ、思いの外不甲斐ない奴らだ」

 サウザーはミューズに退場を命じ、彼らはとぼとぼと哀し気な背中を向けて去っていった。

「だが矢澤ニコよ。次の相手たるスペシャルゲストは先の連中のようにはいかんぞ?」

 言うと、サウザーは再び袖に向かって呼びかけた。

「シュウ様ー! シュウ様ーっ!」

「えっ、シュウ様!?」

「かよちん知ってるの?」

「うん……!」

 

 南斗白鷺拳が伝承者、シュウ!

 その実力は南斗鳳凰拳伝承者の某氏にも匹敵すると言われ、実力者揃いの南斗六星の中でも屈指の力を持っている。

 無論、噛ませ犬の星は輝いていない!

 

 だが、サウザーの呼びかけに応じて姿を現したのは盲目の拳士ではなく、困り顔のブルであった。

「むっ、おれが呼んだのはシュウ様できさまではないわ」

「サウザー様、それが……」

 ブルは額の汗を拭きながら告げた。

「シュウ様は、いらしておりません」

「なに……!?」

 サウザーの顔が驚愕に染まる。

「いつもの気まぐれに付き合うつもりはない、とのことで……」

「ぬっふ!?」

 シュウの辛辣ながらある意味切実とも言える言葉の威力の前に、サウザーはオデコのほくろから血を噴きだしてよろめいた。

「な、何? シュウ様もしかして怒ってんの? あっ、アレか? 究極版11巻の描きおろしで、俺と一緒に『強敵(とも)』から外されてたことまだ根に持ってんの?」

「いやぁ、それ以前の問題だと思われますが」

 サウザーの受けたショックは余程のものであったらしく、ついにはガクーンっと膝をついてしまった。

「……あほらし」

 そのやり取りを見てニコの抱いた感想がこれである。当然である。

 彼女は鞄を手に取り肩にかけると、そのまま講堂を後にしようとした。 

 しかし、そんなニコの背中に、「待ってください!」と声が掛けられた。

 声の主は、穂乃果である。

「……なに?」

「あの……今回のことは、申し訳ないと思っています。でも、私達、本気でスクールアイドルやりたいんです!」

 穂乃果の言葉には本気さがにじみ出ていた。それはニコにも十分理解出来ることだ。

 それでも、である。

「前々から何度も言ってる通り、アンタ達はアイドルを汚してるの。急に呼びだして、何かと思えば組手させられて……否定できるの? 昨日みたいに、言葉に詰まるだけでしょ?」

 昨日、穂乃果たちが部の統合を申し出に行ったとき、ニコの「アイドルを汚している」という言葉に彼女たちは明確な否定が出来なかった。

 そして、否定できないのは今日も同じである。

 だが、穂乃果はあえて言い訳しなかった。

「はい。μ'sはまだ生まれたばかりで、アイドルの右も左もわかりません。先輩の『アイドルを否定している』っていうのも、否定できません。現に、こんなのですから」

 穂乃果はステージ状の上のサウザーを見やりながら言った。彼は既に機嫌を直していてフハハと尊大に笑っているから説得力抜群である。

「でも、私達は本気です。サウザーちゃんも、あんなんですけどスクールアイドルを頑張りたいと思ってます」

「だから、なに?」

 ニコの問いかけは、穂乃果のみならずμ's全体への問いかけであった。そして、穂乃果の回答は、μ's全体の総意の回答であった。

「私達に、アイドルのイロハを教えてください」

 ニコにとって、これは初めての経験であった。

 アイドル研究部がニコ一人な理由は、彼女の理想の高さゆえであった。

 アイドルという、厳しいながらもオチャラケている面だけクローズアップされる存在。ニコの理想は理解されないことがほとんどであったし、また、しようとする人も少なかった。

 だが、μ'sには……少なくとも、穂乃果の話を聞く限り……理解はせずとも、理解しようという心意気はあった。その心意気が一過性のものでないことは、こっそり覗き見ていた練習風景などからも十分計り知れた。

「……明日の放課後、入部届け持ってきなさい」

 それが、ニコの回答だった。

 

 

 

 




参考までに、リュウガも『強敵』から外されてます。

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