ミッドナイト・ランナー   作:囃子とも

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 丸で、ジェット戦闘機が低空飛行を続けている様な轟音の群れは、街灯が照らす広いアスファルトを支配していた。

 市川パーキングを出発し、各車一団となり神奈川方面へ突っ走る。

 

 目前を走るコルベットのテールを、ヘレンは睨む。

(……いくわよ!!)

 3速全開。8200rpmまで引っ張って4速へ。

 片バンク6本の排気管は等長で1本に纏められ上げ、テールからはみ出る左右のマフラーから、F1マシンの如くソプラノの快音が放たれる。

(……例えようが無いわね)

 フェラーリミュージックに、助手席の留美も聞き惚れていた。

 巨体をグイグイと引っ張る12気筒は、これもまた横長なコルベットのテールに張りつく。スリップストリームを存分に効かせ、左車線からオーバーテイク。

 

 先を行く四台のテールランプが、互いを牽制しながら隊列を組んでいる。

「待ってなさい……」

 小さく呟いたヘレンは、ほくそ笑んだ。

 

 テスタロッサを意図的に先行させ、コルベットはディズニーコーナーに備える。

(……コルベットの本領は、これからさ。精々頑張りたまえ……木村君)

 百戦錬磨の真奈美は、トップ集団の動きを舐める様に観察する。さながら、獲物を狙う蛇の如く、静かにその瞬間を待つ。

 

 先陣を切って飛び出したGT-Rは、加速力も耐久性も優れる。しかし、夏樹は大きなミスを犯していた。

(……やべえな。焦ったか?)

 ルームミラーに反射する、追走車のヘッドライト達が、余計に焦りを増幅させる。

 GT-Rは、本来セダン車のボディがベースとなっており、他車に比べて全高も高く空気抵抗もかなり大きい。

 加えて、200kmオーバーでバトルする時は、スリップストリームが使える後追いの方が、有利に勝負を進められる。

 他のランナー達は、誰かが先に出る事を待っていたのだ。気がはやった夏樹は、追い立てるドライバー達に、まんまとハメられた訳だ。

 

 迫りくる、右に大きく曲がるディズニーコーナー。通常速度の走行では緩やかに弧を描いている様でも、200kmで飛び込めば箱根の山道かと思う位に、ステアリングを切らなければならない。

 夏樹は、軽いブレーキをかけてからインベタで進入。

 

 全員隊列を整えたまま、ならう様にしてインベタで飛び込む。

「……!?」

 四番手のスープラの左ミラーに、ヘッドライトが反射した。

 アヤと拓海は、横目で左のウインドウを一瞬だけ見る。

(テスタロッサか!!)

 ヘレンは、強引にアウトからスープラに並びかける。

「あの……バカ!!」

 アヤは罵った。スープラも1500キロオーバーの重量級だが、テスタロッサはそれに輪をかけてヘビー級だ。それにも関わらず、進入速度はスープラよりも速い。

 テールヘビーなテスタロッサは、コーナー立ち上がりで大きく膨らんで行く。瞬間的に頭をかすめたのは、外壁にへばりつく赤いフェラーリの姿だ。

 

 強くかかる横Gと格闘しながら、ヘレンは右にステアを切り、アクセルワークでマシンをコントロール。微妙な荷重変化を起こして、リアタイヤを踏ん張らせる。

 締め上げたサスペンションが、横Gに流される巨体を支えながらも、路面のうねりをしなやかに受け流す。

 アウト目一杯で持ちこたえ、左のリアタイヤが白線を踏んだ。

 一車線分横っ飛びしながらも、テスタロッサはアウトからスープラを抜き去った。

「サスも剛性、最高よ……」

 ヘレンは嬉しそうに呟いた。

 

 今度は、スープラがテスタロッサの馬鹿でかいテールを拝む事になった。

(……あの状態で持ちこたえやがった。車が良いのか? 馬鹿なのか?)

 アヤは苦々しく歯ぎしりしながら、ギアを5速へ叩き込んだ。

 テスタロッサがRX-7に並びかける時、スープラのテールにコルベットが張り付いていた。

 

 トップで粘るGT-Rは、5速6500rpmまで回っている。250kmで突っ走ると、前を行く一般車は丸で迫ってくるような錯覚をしてしまう。

(……車がいるな)

 湾岸のバトルで、鍵を握るのは一般車の群れだ。ここを如何に素早く切り抜けるかが、勝負の分かれ目。

 夏樹は右車線のまま、パッシングして自分の位置をアピールする。

 フェアレディZのステアリングを握り、あいはGT-Rの動きと一般車の流れを読む。

(……恐らく、右と真ん中が空く)

 ここで、ZはGT-Rのスリップを外れて並びかける。

 

 Zの動きを見て、美世は先を行く一般車の動きを予測する。

(……あいさんは動いたけれど、夏樹は動かない。

 恐らく真ん中と右なら大丈夫だけど……。テスタロッサはどう動くかな)

 サイドウインドウから、左端を突っ切るヘッドライトの光を見た。

 

 他者の動きを読んで、先手先手を取る駆け引きは、湾岸での走りに必要不可欠だ。一般車を如何に上手く避けるか否かで、その先のトップスピードに大きく影響してくる。

 これは、何も湾岸の走り屋だけのテクニックでは無い。

 ツーリングカーレース等、クラスごと速さの違うマシンが混走するレースは、周回遅れを利用してオーバーテイクする技も有る。

 こればかりは、経験値が物を言うだけに、ヘレンは如何にして一般車を切り抜けるのか。

(……こういうのはどうかな?)

 あいの動きに併せる様に、RX-7が真ん中のレーンへ。Zのスリップストリームを狙うと同時に、テスタロッサへの牽制も兼ねている。

 サイドバイサイドで並ぶ。跳ね馬の咆哮と、孤高のロータリーが共鳴し合って、空気の壁を跳ね返す。

 

 留美がRX-7の動きを見て、ヘレンに指示を飛ばす。

「RX-7の後ろに着きましょう。この車線じゃ、一般車に塞がれるわ」

 ヘレンは、首の動きだけで返事をする。200kmオーバーの世界では、口の方で答える余裕は無い。

 一瞬アクセルを抜いて減速。テスタロッサはRX-7の後方へ滑り込んだ。

 

 更にその前で、250kmで並走するZとGT-R。スリップストリームを効かせている分、速度の乗りはZが上回っている。横目でGT-Rをチラリと見て、並んだかと思うと、空気抵抗の少ないボディがジリジリと速度を伸ばしてトップを奪った。

 今度はミラーで後方を見る。

(着いてきているね……。仕上がりは想像以上か……)

 左後方に着いてきているテスタロッサ。その速さは、あいの予想を大きく上回っていた。

(……まだ、コルベットも来る筈だからな。ここは……美世くんと夏樹くんに頑張って貰おうか……)

 先を急いで、テスタロッサをGT-RとRX-7で押さえさせる狙いだ。

 

 先頭グループは葛西ジャンクションを通過。6台はほぼ等間隔のまま、更に速度を乗せていく。

 トップに出たZが、今度は集団を引っ張る。

 

 前方に一般車両が並んで走ってるのが見えた。空いているのは、一番右車線だけ。

(一列になるな……)

 一度左足を使って、何度かブレーキランプを点滅させてから、ウインカーを出して一番右にレーンチェンジ。先にブレーキランプを光らせたのは、一般車が増えたという合図と、一旦ペースをキープするという意思表示だ。

 後続も230kmで走っているので、突然減速したら追突されてしまう。当然、先頭がクラッシュしたら、後続は全員巻き添えを食ってしまう。

 湾岸ならではのマナーの一つだ。

 

 ここからは、右車線で230km前後の速度をキープする。

 フェアレディZを先頭として、GT-R、RX-7、テスタロッサ、スープラ、コルベットというオーダーだ。

 あいは、ここで後続車を牽制している。

(……良い場面だ)

 一番先頭でペースをキープを出来るのは、あいに取って一番理想的な展開だった。

 後続がここで我慢しきれず加速して前に出てしまえば、スリップストリームの餌食になってしまい、東京湾トンネルを抜ける頃にはZの横長のテールランプを拝む羽目になる。空気抵抗の少ないZならば、トップスピードまで伸びてしまえば追いつく事は難しくなる。

 逆にゴールの大井ジャンクションまでの距離が短くなれば、ブーストを上げて一気に逃げる事も、フェアレディZなら十分に可能だ。

 あいが過去に、何度も女王にしてやられたテクニックだ。

 

 当然、他の走り屋もあいの狙いは解っている。読みを誤れば、相手の思う壺。手の内を読み、如何に自分のペースに引きずり込むかが、勝負の分かれ目だ。

 だからこそ、今は隊列を整えてチャンスを待つ。仕掛ける隙を見逃すまいと、前走車のテールランプを睨みつける。

 

 高速のクルージングの中、ステアリングを握るアヤの異変を、拓海は見逃さなかった。

(アヤさん……イライラしてるな)

 アヤがトップグループの中で勝ちきれない理由の一つは、アヤはこういう場面の駆け引きを苦手としている。

 助手席の拓海から見ても、焦ってるのが丸解りだった。

「……っ~」

 有明ジャンクションまで500メートルの看板の地点で、アヤの我慢は限界に達した。

 

 クラッチを蹴っ飛ばして、4速へシフトダウンし、右車線から飛び出てフル加速。テスタロッサ、RX-7を一気にまくった。

 7M-GTEのエキゾーストノートが高鳴ると、口火を切ったように全車フルスロットル。愛車に鞭を入れて、頭を狙う。

 

 ここで、ヘレンも真ん中へレーンチェンジ。スープラの後方にへばりついた。

「……勝負よ!!」

 ヘレンは、威勢よく叫んだ。

 

 この一瞬の駆け引きに後れを取ったのは、美世のRX-7だ。

 3ローターのビッグタービン仕様は、まだレスポンスが悪い上に、加速のタイミングがコンマ何秒か遅かった。低速トルクの細いロータリーエンジンで遅れを取ってしまうのは、致命的なミスだった。

(……しまった!!)

 そう思った瞬間には、時既に遅し。真横にコルベットの低いノーズが並んでいた。

 

 集団のしんがりを走っていたコルベット。真奈美は、虎視眈々とこのタイミングを狙っていた。

(……ここからが勝負所さ!!)

 桁違いにでかい排気量の生み出す強大なトルクで、中間域の加速は随一。RX-7に並んだかと思えば、一気に抜き去って前方のテスタロッサのテールに近づいていく。

(……このまま、一気に行かせて貰おうか!!)

 前を行くマシン全てを、射程圏内に収める。

 

 しかし、今度は真ん中車線をふさぐタクシーがトロトロと走っている。

 右車線で先頭を走るZは車線を変えず、GT-Rもその真後ろのまま。だが、夏樹の真横にはスープラが居て、真後ろにはRX-7が走っている。

 テスタロッサとコルベットはいち早く、左車線へとレーンチェンジして加速を続けた。

(……行く所がねぇ!!)

 拓海は、タクシーのテールランプを見ながら硬直していた。このまま全開なら、タクシーに突っ込む以外考えられない。

 スープラはフルブレーキングする以外に、多重クラッシュからの逃げ道は無いとしか思えなかった。

「……のやろ!!」

 アヤはそう口走って、全開加速状態のまま右車線のGT-Rに幅寄せをかました。

 

 逃げ場が無い筈の車線に、強引に寄せてくるスープラ。

「正気かよ!?」

 夏樹は、声を荒げた。

 アクセルを踏みつけたまま、中央分離帯のガードレールギリギリまでGT-Rを寄せる。なおもアヤは幅を寄せて、GT-Rとスープラの間は10センチも無い。

 当然、3メートル50センチの車線に収まる筈も無く、両サイドが十何センチはみ出たまま突っ走る。

 タクシーの赤いテールが、そこまで迫り来ていた。

 

 ドン、と風圧が左サイドウインドウを叩いた。

 スープラは、タクシーをスレスレで避けていく。追い越すと同時に、アヤは中央車線へマシンを戻した。

 夏樹とアヤは時速240kmオーバーで、一車線の中を並走しながら全開でタクシーをオーバーテイクしてみせたのだ。

(……今のは怖ぇよ)

 スープラの助手席で、拓海は震え上がった。しかも、一番タクシーを近い位置で見ているから、ビビるのも当然だ。

(……勘弁しろよなぁ!!)

 ようやく左隣が空いて、夏樹はアヤに向けて左手の中指を立てる。間違いなく見てはいないだろうが、そうせずにはいられなかった。240kmで幅寄せされれば、ブチ切れるのも当然だが。

(……危ないってあれは)

 一番後ろでスタントを目撃した美世も、流石に焦った様だがアクセルは緩めていない。

 とは言え、この一悶着で夏樹、アヤ、美世の3台は若干遅れを取ってしまった。

 

 先に左車線へ移って、いち早く加速体勢に入ったテスタロッサとコルベット。逆車線から一気にトップのZまでオーバーテイク。ここでヘレンが、集団を引っ張る形となった。

 

 テスタロッサの後ろにコルベット。更にその後ろにフェアレディZが並んで、縦一列の隊列を組む。少し差を広げて、スープラ、GT-R、RX-7が編隊を組んで前の3台を追う。

 5速、6500rpm。メーター読み280kmでも、スピードメーターもタコメーターも、グングンと上昇していく。空気の壁を切り裂き、12気筒の咆哮が響き渡る。

 スリップストリームを生かして、コルベットがテスタロッサのテールに喰らい付いた。

(ここで前に出ないとまずいが……)

 真奈美は、センターコンソールに取り付けられた追加メーターで、水温と油温を見る。

(……水温も油温も上がってるか)

 既に追加メーターの針は、赤い文字盤にまで達していた。

 大排気量エンジンは強大なトルクを生み出す反面、エンジンの発熱量も半端無く大きい。

 油温が130度を超えてしまうと、レーシング用化学合成オイルであっても粘度が落ちてしまい、各メタルの油膜を保持しきれなくなる。

 加えて、スリップストリームで空気抵抗を減らす分、ラジエーターの風当たりは悪くなり、尚の事オーバーヒートを招きやすい。

「……仕方ない」

 コルベットは一度スリップから外れて、ラジエーターに風を当てる。速度は落ちるが、エンジンブローをするよりはマシと言う、真奈美の判断だ。

 

 コルベットに変わって、テスタロッサの後方を捕えた、フェアレディZ。

(……残念だが、勝たせないよ)

 スリップストリームを効かせ、幅2メートル近いテスタロッサのテールに張り付いた。

 スピードメーターが290kmを指すと、東京湾トンネルが迫り来ていた。

 あいは、機械式ブーストコントローラーのダイアルを回した。更に過給圧を上げてパワーを稼ぐ。

 トンネル先の左コーナーを前で抜けて、最後の直線はパワーで逃げきる狙いだ。

 東京湾トンネルに入る。防音壁に反響する、12気筒の甲高いエキゾーストと、V6ツインターボの力強いエキゾースト。

 グイグイとテールに迫る、フェアレディZ。スリップストリームを生かして、テスタロッサを凌駕する伸びを見せる。

(……ここだ!!)

 メーターは300km指したと同時に、あいのフェアレディZが横に出た。

 

 視界が開け、一気にテスタロッサに並びかけた。

(……!?)

 同時に、フェアレディZのボンネットから白い煙が吹き上がった。風圧に負けて、ゆるゆると速度を落としていく。

「……何だ!? 何故……?」

 各追加メーターを見て、あいは状況を判断する。水温は正常。油温も問題無い。しかし、ブースト計は針がゼロを指したまま止まり、油圧も低下を始めていた。

(……まさか……タービンブローか!?)

 過給圧を高めた事で、メタル材質のタービンブレードと受け軸のメタルベアリングが悲鳴を上げたのだ。

 白煙を吐き出しながら、Zは惰性で走るしか無い。

 横目で見ながら、コルベットはZを追い抜いて行く。

 失速するZを何とかかわして、GT-Rはそのまま走り去った。

 スープラとRX-7はゆっくりと速度を落として、東京湾トンネル先の大井出口の路肩でハザードを焚いてマシンを停めた。

 

 Zのトラブルによって、レースにはレッドフラッグが振られた状態となった。

 スープラとRX-7に寄り添う様にZを停めると、あいはがっくりとうなだれるしか無かった。

 

 スープラから降りると、遠ざかるエキゾーストノートが聞こえた。聞き間違える訳が無いテスタロッサの咆哮は、勝利の雄叫びだったに違いない。

(……ヘレンの野郎、勝ちやがった)

 この状況でガッツポーズを出せる筈も無く、拓海は至極冷静を装っていた。

 

 

 

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