それから、三日後。土曜日。
拓海は、仕事を終わらせてから、何時もの喫茶店で待ち合わせて湾岸に行く。そう決めていた。
喫茶店のテーブル席で、コーヒーを飲みながら、走り屋達の騒ぎ立てる噂話を耳に入れよう。絶対に、ヘレンのテスタロッサが高峯のあのCTRに勝ったと言う話で持ちきりになってるから。その瞬間を、心待ちにしていた。
しかし、昼前。一本の電話が入った。
「……はい、O誌編集部です。
あ、姉御っすか。どうしてまた、電話なんか……」
スピーカーの向こうから聞いた留美の言葉。
拓海は、性質の悪い冗談にしか聞こえなかった。むしろ、信じたくない現実だった。
「ヘレンが……死んだ?」
突然の訃報だった。
無我夢中で仕事先から飛び出した。ソアラに飛び乗って、留美に言われた場所へ急ぐ。
目的地は、目黒区の警察署だ。
警察署に辿り着いた時、留美と真奈美が先に辿り着いていた。
無言で、そこに保管されているテスタロッサに目を向ける。
左側面。特に運転席の部分が、くの字に折れ曲がっていた。
アルミ製のドアと鉄製のサイドシルが、電柱の形をトレースする様に丸く潰れていた。真横から、ぶち当たった事は容易に想像できた。
警察の実況見分に寄れば、事故が起きたのは昨夜未明。
ヘレンは、昨日の朝からテスタロッサで横須賀のベースに向かい、母親と共に父親のお墓参りに行ってた。
その帰り道。目黒区の市道を走っていた時に、事故が起きた。
事故現場は、飲み屋の立ち並ぶ歓楽街。道に飛び出してきた酔っぱらいを避けた時、コントロールを失って、左側面から思いっきり電柱にぶち当たった。
当たり所が悪く、ヘレンは頭を打って即死していた。
時速は、たったの60kmで起こった事だと。警察はそう伝えた。
リアの重いテスタロッサは、一度でもテールが出るとコントロールが難しいと、以前に留美は言っていた。
「だからって……こんな速度で逝っちまうのかよ……」
夢の残骸を見た時。拓海は、地面に膝から崩れおちていた。
それから、20年後……。
あの日逝ってしまったヘレンが、眠るこの場所に拓海は訪れた。
(久しぶりに、お前の所に来たよ……。すっかり、あたしもおばさんになっちまったな……)
苗字も変わり、子供も授かった。当然、変わったのは自分だけではない。景色も、風景も。そして時代も大きく変わっている。
しかし、片時も忘れなかった亡き友へ。花を手向けて、故人を偲んだ。
(……すっかり、落ち着いたよ。だけど……あの頃、全力でバカやってた事はさ。あたし……いや。あたし達の誇りなんだ)
がむしゃらにスピード求めた走り屋達も、今ではいい年になっている。
しかし、全力で熱かったあの頃の気持ちは、今でも誇りに思っているに違いない。
何時かヘレンが言っていた言葉を、拓海はふと思い出した。
(大陸を、フェラーリで走り抜ける事が、ヘレンの夢だって言ってた……。きっと、天国で走り回ってるんだろうな……)
空を見上げると、青い空が浮かんでいた。
どこか遠い所から、テスタロッサのエキゾーストノートが聞こえてきたような気がした。
首都高速湾岸線。そこはかつて、誰もがスピードを追い求めた聖地だった……。