ミッドナイト・ランナー   作:囃子とも

6 / 14


 テスタロッサがミッションブローした事から、一度エンジンを下ろしてチューニングも同時にするべきだと、留美からの提案が出た。

「本当はもっと後回しにすべきと考えていたんだけど、ここでエンジンを下ろすのなら、全ての作業を行った方が効率良いわ」

 と、留美の弁。

 馬鹿でかいボディは、リジットジャックに乗せられ、リア周りの部品は殆ど取り外されていた。当然、エンジンとミッションが一体のユニットは、車体から分離している。

 5リッターの水平対向12気筒エンジンは、改めてみると巨大だと、拓海は感じた。

「……色々と私なりに、ティーポF113Bユニットの事を調べてみたわ」

 湾曲したインテークマニホールドを右の人差し指で突っつきながら、留美はそう言った。

「……最高出力だけを求めるなら、ターボ化が一番速くなるわね。

 テスタロッサベースのケーニッヒコンペティションは、ツインターボ仕様で700psを発生している。

 ただ、おすすめは出来ないわね」

「それは何故?」

 ヘレンは、留美に聞き返す。

「一番の問題は、耐久性が苦しくなるわね。ターボは、ただ付けるだけって訳にはいかないもの。燃調もベストなセッティングを見つけなければパワーは出ない上に、吸排気の取り回しは、全て作り直す事になる。

 当然、無暗にパワーを上げれば、他の部品が悲鳴を上げるわ。エンジン内部のクランクやコンロッドは勿論。駆動系のトラブルも走る度に起きる。そんな事を、何度も繰り返せる資金は無いでしょう。

 ケーニッヒのコンプリートマシン自体が、エンジンの部品の全てが強化品。他にも、足回りや駆動系、ボディに至るまで全てを改造している。

 そこまでやると、部品代と時間だけで豪邸を建てられるわ」

「……って事は、どうするの?」

 ヘレンは難しそうな顔を作った。

「エンジン関係は、もう少し調べるわ。ただ、それ以上に他も厄介なのよ」

 留美の視線は、エンジンの降りたテスタロッサのフレームに向けられた。

「……テスタロッサの問題は、エンジンが重くて重心が高い。その割に、フレームの剛性が不足しているのよ。

 一度ボディがよじれてから、サスペンションがバンプ(沈み込む)する。シャシー全体に余計な動きが出るから、ドライバーがタイヤのグリップ限界を掴み取れない。前に200kmで、簡単に横向いたでしょう? ああいう事よ。

 タイヤの限界を掴めない様じゃ、湾岸を攻める事は出来ない……」

「……ボディ補強からって事か」

 拓海の言葉に、留美は頷く。

「メインフレームにポイントを押さえて補強を加えるわ。当然フレームの剛性を上げるなら、足回りも強化しなければならない。

 サスペンションも強化品に変えて、ブッシュ類は全部新品に取り換える。強化品が有ればベストだけれどね……。

 ブレーキは、F40用かCカー用のブレンボは欲しい所ね。タイヤサイズも17インチにして、タイヤをロープロファイル化する……。

 エンジンパワーも必要だけど、パワーを受け止められるボディやサスペンションも必要になる。つまり……トータルバランスが問われるのよ

 次々と飛び出す、計画。

「……一体幾らかかるんだ?」

「……部品代だけでも、GT-Rが買えるかもしれないわ」

 留美の回答に、拓海は絶句した。

「……いくらでも注ぎ込むわよ」

 ヘレンは、相変わらず強気の姿勢を崩さなかった。

 

 

 2日後の明け方。

 拓海は仕事で、谷田部の自動車性能試験所に来ていた。1週5,5キロのオーバルコースで、最大傾斜45度のバンクを持つテストコース。

 自動車メーカーが新型車両のテストで走らせる事も多いが、チューニングカーの最高速トライアルの聖地としても知られる。

 当初の設計限界速度はたったの190kmに過ぎなかったが、現在のチューニングカーの最高速は320kmを超えている。

 

 集まったチューニングカーを、一台一台ファインダーに収める拓海。

「精が出るね。拓海君」

「どもです、真奈美さん」

 声をかけてきたのは、木場真奈美。老舗の輸入車専門店で広報を担当している女性だが、湾岸ランナーという顔を持ち合わせている。大学時代にアメリカへ留学していた頃、ドラッグレースにのめり込む余り、中退したという逸話を持つ。

 

 本日の最高速アタックには、真奈美の愛車である87年式のC4コルベットZ51を谷田部に持ち込んできた。

「どうですか、コルベットの仕上がりは?」

「ま、相変わらずだな。エンジンを換えてから、大分煮詰まっては来ているが……バンクの走行だけはテストのやり様がないからな。

 結果は、神のみぞ知るって所だ」

 真奈美は、そう答えた。

 傾斜のあるバンクを全開で走る事は、強い横Gが長時間かかり続ける。横Gがかかり続ける間は、燃料や潤滑油が横に偏ってエンジンを壊しかねない。当然、ボディ、足回り、駆動系、タイヤ。これらの負担も大きい。

「……今日は何馬力でアタックしますか?」

 拓海に聞かれ、真奈美は少し考える素振りを見せる。

「……ま、ウソ800馬力って事で頼むよ」

 そうおどけて見せた。

 

 コルベットに搭載される、L98ユニット。5,7リッターV8のOHVで、スモールブロックの通称で通っているエンジンだ。

 1960年代に誕生し、数多くのアメリカンスポーツカーに搭載され続け、長く愛され続けているエンジンだ。年代ごとに様々な改良を受け、進化し続けている。

 NHRAのドラッグマシンやNASCAR等、レース専用エンジンのベースにも使用されている。アメリカでは、最もポピュラーなチューニングベースのエンジンと言っても過言では無い。

 かの有名なキャラウェイコルベット・スレッジハンマーは、スモールブロックエンジンにターボで武装し900ps以上を叩き出すモンスターぶりを発揮している。

 

 ノーマルでは250psに満たない古典的なOHVエンジンだが、真奈美のそれは本場のナスカーやドラッグマシンで使用されるパーツをふんだんに使い、国産のターボエンジンに負けないだけのパワーを絞り出している。

 大排気量が生み出す強大なトルクを生かした中間加速は、湾岸でも一、二を争う。250kmまでなら、CTRに匹敵するクラスだ。本人は言わないが、最低でも500psは固いと拓海は睨んでいる。

「所で、一つだけ聞きたい事が有るんだが……いいかい?」

 改まった様子で、真奈美はそう聞いて来た。

「何でしょう?」

「……以前、一度だけ湾岸に来ていた、テスタロッサの事だけど。最近、湾岸で見かけないのでね……。少し気になっているんだ」

 真奈美は、テスタロッサの事を良く覚えていた。

「……それだったら、ミッションが壊れて修理中ですよ。流石にあの手だと、修理代も高くて……」

「ふふ……確かにそうだな」

 真奈美は引きつった笑いを浮かべた。真奈美も湾岸では珍しい外車乗りだけあって、テスタロッサの動向が気になっていたらしい。

「……真奈美さん。例えばですけど、テスタロッサでパワーを上げようと思ったら、どんな方法が有りますか?」

 拓海は、それとなく聞いているつもりだが、眼つきは鋭くなっている。

 

 聞かれた真奈美は、あごに手を当てて少し考える。記憶の中から、思い当たる知識を引っ張り出す。

「テスタロッサをパワーアップか……。

 難しい所だな。例を挙げれば、ケーニッヒのターボチューンがあるが、間違いなくドライブシャフトがねじ切れるだろうな……。

 NAのままなら……IMSA仕様のパーツを組んでみればどうだろう」

「イムサ……?」

「インターナショナル・モーター・スポーツ・アメリカンの頭文字を取った略称さ。クラス的には、丁度ルマンの参戦車両と同格にカテゴライズされるレースだ」

「へぇ。じゃあ、日産が優勝したデイトナ24時間なんかもIMSAになるって事?」

「その通りだ。ちなみに、ルマンで優勝した787Bも、IMSAのレギュレーションで制作されてるのさ」

 真奈美から聞いた豆知識に、拓海はウンウンと頷いた。

「じゃあ、テスタロッサのIMSA仕様が有るんだ……」

「いや、無いよ」

「あり……?」

 真奈美の回答に、拓海の首は反射的に斜めに傾いた。

「その変わり、テスタロッサの前身である、512BBはIMSAやルマンに参戦したレース仕様が存在するんだ。

 何十台か制作されて、プライベーターが駆っていたらしいね。勿論、リアルタイムで見た訳じゃ無いけれど……」

「512BBって、テスタロッサとエンジンは一緒でしたっけ?」

「若干モディファイはしているけど、基本設計は同じだった筈だ。……詳しくは覚えていないがね」

 真奈美の記憶が、当てになるのなら有力な情報をゲットした事になる。

「……参考にさせて貰います」

 したり顔で笑う拓海は、軽く頭を垂れた。

 

 その仕草を見て、真奈美は思いがけない提案を出した。

「君達が良ければ、一度テスタロッサを見せては貰えないかな?」

「……テスタロッサを、ですか?」

 拓海は、少し思考を張り巡らせる。

「警戒する事はないよ。別に、どうこうするつもりは無いさ。

 これでも、輸入車専門店の店員なんだ。それなりには、あの手の車は気になる物だよ」

 そう言われ、拓海は容量の少ない脳細胞をフル回転させ、色々な打算をした。

(……まぁ、真奈美さんは輸入車の専門店で働いてる。

 この先、色々パーツが必要になるなら……手を借りる事も有るかもしれねぇ。ここで、手を貸してもらう様にするのは、決して悪い事じゃないよな……)

 頭の中ではじき出した結論。

「……そうですね。専門店の人に見て貰う事も、重要ですからね。よろしくお願いします」

 真奈美へ向け、そう答えた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。