ミッドナイト・ランナー   作:囃子とも

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 深夜。市川パーキングエリア。

 スペースの一角は、十何台のスポーツカーに占領されてしまい、さながらサーキットのピットエリアの光景そのものだ。

 ある者はボンネットに頭を突っ込み、またある者は仲間達と談笑を続けている。

 一般客は遠巻きに見ているが、その物騒な雰囲気を感じ取り、とても近づいてこようとはしない。

 テスタロッサの周囲を、物珍しがるギャラリー達が徘徊する。隣にコルベットも並んでいるのだから、目立たない方がおかしい。

 

 女王不在の湾岸。初陣としては、むしろ好都合だった。ヘレン自身、湾岸を走った経験は少ない。いくら真奈美にレクチャーされた所で、他のトップランナーと比べれば、いかんせん引き出しが少なすぎる。下手に翻弄されては、どれだけ車が速くても実力を発揮できない。

 テスタロッサ自体、車は目立つが走りの方ノーマークに違いない。

「……今日で進化が問われるわね」

 そう呟いたヘレンの顔付きは、何処か固さが取れていない。

「水温油温関係は、私がチェックするわ。そうで無きゃ、運転に集中できないでしょう」

 留美は、ナビを買って出た。

 テスタロッサが慣らしを終えて、何処まで速くなっているのかは、ヘレンにも留美にも未知数だ。

 

 拓海がパーキングをうろうろしていると、不意に声をかけられた。

「よう。今日は取材じゃねーの?」

「どもっす、アヤさん」

 桐野アヤは、拓海に声をかける。

「どうっすか。スープラの具合は?」

「ま、何時も通りだな。あれだったら、横に乗ってみるか? アタイの500馬力に」

 アヤは不敵な笑みを作りながら、拓海にそう言った。

「……折角だから、お願いしようかな」

 拓海も結構乗り気だった。

 

 アヤも、湾岸最速を狙う一人で、乗ってるマシンは漆黒のMA70スープラターボA。湾岸のトップランナーに位置する、歴戦の猛者の一人である。

 ソアラ乗りである拓海にとって、7M-GTEで最速を目指すアヤのスープラは、気になる存在の一人だ。

 

 88年に登場したスープラターボAは、グループAのホモロゲーション取得用の限定車である。デビュー当初は国産車で屈指の走行性能を誇っていたものの、翌年に登場したZ32フェアレディZやR32GT-Rに比べれば、地味な印象はぬぐえない。

 3リッターターボの7Mも、10年以上前からチューニングベースのエンジンとして活躍しているが、もはや古さは隠せない。

 アヤのスープラは、TO4EタービンとHKSフルチューン仕様で500psを自称している。

 が、その主張は少し怪しい事を、拓海は知っている。

 CTRに敵わないまでも、Zやコルベットには毎回テールを拝まされている。美世の駆る3ローター仕様のRX-7に、290kmでぶち抜かれた事も仲間内では有名だ。

 ただ、アヤの運転のすさまじさには定評があった。ランナー達の中でも、一際キレており恐怖心が欠落している、と言うのが桐野アヤのもっぱらの評判だ。

 

 以前に拓海が、ソアラで湾岸を走っていた時。湾岸辰巳ジャンクション付近で、大型トラック三台が並走していた。走っていたランナーが、一斉に減速を始めたのだが、アヤのスープラだけは減速しなかった。

 全開のまま、分離帯の切れ目から合流地点の僅か150メートル程度の路肩を使い、横に並ぶ障害物をぶち抜いて行った。目測が少しでも間違っていれば、コンクリートウォールに弾かれて、トラックに踏み潰され即死していたに違いない。

 くそ度胸なのか頭がイカれてるのかは不明だが、あの紙一重の判断は絶妙だった事を、拓海は鮮明に覚えている。

 今夜、アヤのスープラに同乗するのも、密かに拓海は尊敬の念を抱いているからに他ならない。

 

 パーキング内に、個々のエキゾーストノートが響き始めた。

 テスタロッサのティーポF113Bが、牙を見せつけるかのように吠え立てれば、コルベットのL98がドスの効いた図太い咆哮を放つ

 原田美世は、RX-7の低いボンネットの中に頭を突っ込みながら、耳を澄ました。

「……相当にハイコンプだね。レーシングエンジンみたいだよ」

 隣に居座る、東郷あいに向けてそう呟いた。黒いZ32にもたれ掛りながら、あいはテスタロッサとコルベットから視線を離さない。

「どうやら、テスタロッサをかなりのレベルで仕上げてきているようだね」

 あいは、笑みを作っている。自信の表れか。或いはハッタリか。

「フェラーリは、確かに悪い車じゃないよ……エンジンだけならね。

 だけど、ここはサーキットとは違うんだ。わだちやうねりのあるストリートで、何処まで踏める様にしてくるかが、ポイントになるんだよ」

 美世は、黙々とパイピング類やオイル関係など、走行に向けての最終チェックを進める。昨日組み上がったばかりの、3ローターエンジン。本番で、まさかの事態にならない為にも、各部の点検は怠らない。

「……女王が居なくとも、楽しめそうな夜になりそうだね」

 あいはそう告げて、VG30DETTに火を入れた。V6ツインターボエンジンが、雄叫びをあげる。

 

 あいの駆るZ32は、ランナー達の中でも屈指の最高速を誇る。国産スポーツカーの中でも、格段に空気抵抗の少ないフェアレディZは、トップエンドの伸びだけを見ればR32よりも優れている。

 オーバーサイズピストンを組み込んで3,2リッターにボアアップし、カムやバルブも高回転型に合わせてセットアップしている。タービンはTD05ツインで、550psを絞り出し、谷田部テストでは320kmに迫る記録を叩き出している。

 CTR撃墜に、もっとも近い位置に居ると言っても過言では無い。

 

 ちなみに、JUNオートメカニックの作り上げたボンネビルスピードトライアル仕様のフェアレディZは、オプション誌の谷田部テストで、339kmという桁違いの記録を保持している。本番では、424,740kmというワールドレコードを叩き出した。

 市販車をベースに改造する場合、元々の性能の優劣が大きく関わってくる事は、言うまでもない。

 

「……あいさんもやる気満々だね。あたしもだけどさ」

 RX-7のボンネットを閉じて、美世はコクピットへ滑り込む。

 エンジンスタート。ロータリー特有の、モーターが回る様なエキゾーストが奏でられる。軽くアクセルを煽ってフリッピングすれば、タコメーターは軽やかに踊る。仕上がりは上々の模様。

 

「……そろそろ、始まりか」

 取り巻き達との談笑を止めて、夏樹はGT-Rのエンジンをスタートさせる。RB26は威嚇する様に、力強いエキゾーストだった。

(その内……いや。GT-Rの時代はもう来てる)

 夏樹は、そう確信していた。

 R32GT-Rがモータースポーツ界を席巻しているのは、何も日本だけでは無い。マカオGPやスパ24時間でも、ツーリングカーの頂点に立った。世界各地で暴れまわるのは、かつてのハコスカ伝説では成し得られなかった事だ。

(女王、高峯のあを撃墜するのはこのあたしだぜ!!)

 夏樹は4点シートベルトを締め付け、バケットシートに体を固定した。

 目指すは頂点。今夜は、CTR撃墜の筆頭に躍り出る為の通過点に過ぎない。

 

 7M-GTEに火が入った。拓海も毎日同じエンジンの音を聞いているが、改めて別物だと思い知らされる。

 アイドリングの微振動で、内装のプラスティックの部品がコトコトと震える。これが、高速域に飛び込んで行くと、エンジンの振動や空気抵抗、更には路面のわずかなギャプによって、シェイカーの中で振られているかと思う位の振動を感じる。

「んじゃ……よろしくお願いします」

 拓海は、アヤに向けて言った。

「……ああ。所で、テスタロッサは大分前に走った時とは、別物なんだろ?」

 そう言いながら、アヤは4点式のシートベルトで体を締め上げる。

「ええ。お蔭様で、持ち主のハートに火が点いたって感じっす」

 助手席にも4点ハーネスが付いているので、拓海も体をガッチリと固定する。

「そうかい……そう来なくっちゃな」

 不敵に笑いながら、アヤはレーシンググローブに手を通した。

 

「……惚れ惚れするな」

 横に停車する、テスタロッサの低いシルエットを横目で見ながら、真奈美は呟いた。

 大排気量のV8OHVユニットは、アイドリングでも車全体を振るえさせるかのように振動を生み出している。しかし、図太いサウンドに混じって聞こえる、甲高い跳ね馬の雄叫びが、真奈美の耳にも届いていた。

(……どうやら、拓海くんはアヤくんのスープラに同乗する様だな。同情するよ……)

 内心で呟く真奈美の言葉は、ダジャレでは無い。彼女もアヤの運転のキレ具合を良く知っているから、拓海の心中を察しただけだ。

「どれ程の物か……見せて貰うよ」

 そう呟いて、コルベットのギアを1速に入れる。

 90年モデルのZR-1用のZF社製6速と、ほぼストックカー用と言っても差支えの無いスモールブロックユニット。女王不在の夜では、大本命の一台だ。

 

 

 ステアリングのセンターに張り付けられたキャバリーノ・ランバンテを、ヘレンはジッと見つめる。

 誇り高き跳ね馬のエンブレムは、生前の父が最も憧れていた。

「緊張してるの?」

 留美は、ヘレンに聞く。

「……違うわ」

 ヘレンは、強張った笑みで答えた。

「……そう」

 留美はそれ以上は、何も聞かなかった。

 上品な革張りの内装だが、飛び込んでくるのはメカニカルノイズの洪水。アクセルに忠実に反応するエンジンは、けたたましさの中にもどこか品格が感じられた。

 

 テスタロッサ。日本語に直訳すると、赤い頭。

 その名の通り、エンジンの天辺であるカムカバーが、ロッソコルサに塗装されている。

 1950年代から60年代初頭にかけてレースフィールドを戦った名車、250テスタロッサから、この名の由来が来ている。

 フェラーリの市販車は、アルファベットと数字を組み合わせる、言わばコードネームの様な名前が多い。そんな中で、テスタロッサというネーミングを与えられた。開発陣は何か特別な思いを、このテスタロッサに抱いていたのかもしれない。

 

 高まって行くボルテージ。各車のアイドリングが、けたたましくなってきた。

 先陣を切ったのは、GT-R。我慢しきれなかったのか、我先に駐車場から発進する。

 続くは、フェアレディZ、RX-7。そして、スープラ。

 それを見て、コルベットとテスタロッサが、それに倣った。更に続いていく、数台の走り屋達。

 パーキングから続々とスタートしていく、マシンの群れ。

 

 本能が命ずるままに。

 がむしゃらに勝利を求め。

 己の信念の為に。

 

 皆一同に目指すは、スピードの向こう側。

 

 

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