戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

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第十三話:はぐれ魔神との邂逅

フノーロの街を出てから八日後、オレたちはリプリィール山脈の西側麓まで辿りついた。麓といっても、山脈の遥か手前である。リプリィール山脈の大きさは、オレのいた世界で例えるなら、アルプス山脈級だろう。踏破は不可能ではないだろうが、相当の覚悟が必要だ。麓には、狩人たちが生活をする集落が存在していた。プルノーはそこで二人の狩人を雇った。両名とも道には詳しいらしいが、荷車を曳きながら踏破したことは無いらしい。

 

『・・・魔物の情報を聞いたが、ミノタウロスやレブルドルのほか、更に強力なヤツまで出るらしい。やっかいだな、これは・・・』

 

他の護衛たちはため息をついた。レイナはあからさまにオレを睨んでいる。昨日から一言も口を利いてくれないのだ。まあ、この山を見れば、遠慮したくなる気持ちも理解できる。オレも自分が魔神でなければ、絶対に拒否をしただろう・・・

 

『では皆さん!出発をしましょうか!』

 

九日目の早朝、プルノーは朗らかな声で出発を宣言した。オレですら”気楽だね”と思わずツッコミたくなった。狩人たちが案内をした山道は、リプリィール山脈の岩肌に沿って、南を回りつつ踏破をする道程である。三日で踏破となれば、昼夜兼行でギリギリの距離だ。しかも人が行き交う街道ではなく山道である。瓦礫などを退けながらとなれば、通常速度は期待できない。オレは、三日で抜けると言った自分の言葉に後悔を感じていた。五日は必要かもしれない・・・

 

 

レイナは腹を立てていた。リプリィール山脈越えに、ディアンが賛成をしたからではない。理屈を言われれば、確かにこの山越えには賭けるべき価値があるし、成功の見込みも大きいだろう。自分が腹を立てていたのは、ディアンがそれを自分に言わなかったことだ。ディアンは、あの場でいきなり賛成を表明した。昼の時点でリプリィール山脈越えは予想していたし、その時にはプルノーの考えていることも読めていたはずである。であれば、自分にそれを教えてくれても良いではないか・・・

 

『まったく・・・あの男は・・・』

 

レイナ自身、その考えは身勝手であると気づいていた。ディアンとレイナが男女の仲であることは非公式だ。褥を共にしている時間であればともかく、街道を移動している時に、自分にだけそんなことを言うはずが無い。そうした理屈をレイナは押しやって感情的になっていた。つまりレイナは、ディアンに「特別扱い」をして欲しかったのだ。なぜなら、自分にとって、彼は特別な存在だから・・・

 

 

 

リプリィール山脈踏破に挑んだオレたちは、最初のうちは魔物を警戒して慎重に進んだが、初日の夜は何事も無く、二日目の昼も魔物の気配は一切無かった。護衛たちもプルノーも拍子抜けをしたようだ。街道は確かに瓦礫などが多いが、それらは護衛たちが先行調査をする中で、取り除いて行けばいい。二日目の夕方には、リプリィール山脈の半ばまで達しようとしていた。

 

『これは、思いのほか早く着きそうですな・・・いやぁ、これなら今夜は、ここで一泊しても良いのではありませんかな?』

 

プルノーは早くも油断し始めたようで、ここでの野営を提案してきた。馬に乗っているとは言え、夜通しの山歩きで、肉体が悲鳴を上げているのだろう。だが、オレはその提案に反対した。

 

『”越えられそう”と”越えた”とでは、天と地ほどの違いがある。野営をして朝になったら魔物に囲まれていた、ということにもなりかねません。ここは当初の予定通り、山を下りましょう。眠るのであれば、レミの街で幾らでも眠れます』

 

簡単な食事を済ませたオレたちは、そのまま出発をし、夜半にはリプリィール山脈の尾根を越えた。あとは下り道である。荷車が転げ落ちないように注意をする必要があるが、馬も人も、かなり楽をだきるはずだ。この時点でも、魔物の気配は一切ない。警戒は怠らなかったが、オレ自身、踏破成功を殆ど確信していた。

 

 

今となっては、この時に気づくべきだったのだ。魔物の巣を横切りながら、なぜ襲って来ないのかということを・・・

 

 

東側から朝日が昇り、リプリィール山脈の尾根を照らしていく。眩しい光がオレたちの目を癒してくれる。日の光で、岩肌が赤く染まり、草花が命を吹き返す。リプリィール山脈東側は、荒涼とした瓦礫地帯だが、道は単調な下り道だ。荷車を曳いている以上、駆け下りることは出来ないが、そろそろ麓が見え始めても良い頃である。

 

行商隊の後ろを護るレイナに、オレは馬を近づけた。レイナは相変わらずツンとしているが、途中で集めた花をレイナに差し出すと、彼女は表情を崩した。花なんてこれまでも贈られたことは何度もあるのだろうが、男を知ったことでようやく、女性らしい反応も出来るようになったようだ。花の匂いをかぐレイナにオレも笑顔を浮かべたが、次の瞬間に、得体の知れない気配を察知し、オレは馬を止めた。

 

『な・・・なんだ?この気配は・・・』

『どうしたの?ディア・・・』

 

レイナも気配を察知したらしい。おぞましい程の邪の気配が周囲を漂う。オレは馬から降り、剣を抜いた。

 

『来るぞっ!』

 

目の前の空間が歪み、暗黒の口が開く。馬が悲鳴を上げて駆け逃げていく。レイナも、逃げようとする馬を何とか抑えている。手のひらに汗が滲むのを感じた。やはり物事は、そんなに簡単には進まないものだ・・・

 

≪我ハソロモン七十二柱が一柱、四十の軍団ヲ率いし魔の公爵”アスタロト”・・・≫

 

『ひっ・・・ひぃぃぃぃぃっ!!』

 

後ろで男が悲鳴を上げている。プルノーなのか護衛どもなのかは知らない。暗黒の空間から、巨大な大蛇に乗った褐色の女が出てくる。イイオンナかどうかなど、判断をしている余裕はない。凄まじい魔力と邪気で周囲が陽炎のように歪んでいる。

 

≪三神戦争ヨリ悠々の時を生きし我ガ、強キモノの気配を感じて来てみれば、何ぞニンゲンの集団でハないか・・・≫

 

『に、逃げましょうっ!ディアンッ!!』

 

レイナがオレに声を掛ける。だがオレは覚悟を決めた。とても逃げられる相手ではないからだ。

 

『レイナッ!みんなを連れて早く山を下りろ!決して振り返るなっ!!』

『あ、あなたはどうするの・・・こんな相手、とても勝てっこない!!』

『コイツは”はぐれ魔神”だ。簡単にオレたちを逃がしてくれるようなヤツじゃない。オレはここで、コイツを食い止める!』

 

オレは剣を構えると魔神アスタロトの前に立った。褐色の女が蛇のような黄色い瞳でオレを見下ろす。

 

『早く行けぇ!!』

『わ、解った、ディアンッ!死ぬなよっ!!』

 

レイナは馬を翻して、行商隊を先導し始めた。いつ魔神が動き出すかと身構えていたが、オレを見つめたまま動かない。やがて、行商隊の気配が消えた頃、アスタロトが口を開いた。

 

≪さて、強キモノ・・・準備はヨいか?≫

『待っていてくれたのか・・・随分と気前が良いな・・・』

≪我の希みハ血沸キ肉躍ル闘いの喜悦、さぁ、刹那の悦びヲ我に与えヨッ≫

 

アスタロトの両手が魔力を充実させる。性質から見て、雷系の魔法だ。オレは口元に笑みを浮かべた。余裕からではない。現在の自分の強さを測る絶好の機会だからだ。魔神であるオレの力を測る為には、魔神と戦うのが一番手っ取り早い。

 

『アスタロト・・・お前は二つ、間違いを犯した。一つ、オレを人間だと思い込んだこと。二つ、オレの仲間を見逃すことで、オレに余裕を与えてしまったことだ。全力を出す余裕をなッ!!』

 

オレは全身を覆っていた魔力を解放した。オレの身体から、魔神の気配が溢れ出した・・・

 

 


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