戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~ 作:Hermes_0724
ズズッンンッ・・・
上の方から地響きが聞こえ、パラパラと小石が落ちてくる。プルノー行商隊は、レイナ先導のもと、リプリィール山脈を全速で降りていた。荷車が軋みを上げる。馬も人も、限界に近かった。レイナは他の三人の護衛を見た。全員が蒼白で、一人は恐怖のためか、髪の毛が真っ白になっている。レイナは思わず、自分の髪を見てホッとした。
麓にあるレミの街が近づてくる。ここまで来れば、一安心だ。普通とは逆方向から来たプルノー行商隊に、街の人々は驚いた様子だった。行商隊が無事に街に入ったことを見届けたレイナは、馬を替えると再び、リプリィール山脈を目指そうとした。他の男たちが止める。
『よせっ!いま行けば、死にに行くようなものだっ!』
『ディアンはまだ戦っているっ!私たちを助けるために!彼を見殺しにする気か!』
レイナは男たちの静止も聞かず、山に向けて馬を奔らせた。
≪雄ォォォォォォォッ≫
『覇ァァァァァァァッ』
巨大な魔力の衝突により、岩が一瞬で蒸発していく。はぐれ魔神アスタロトと、力を解放した魔神ディアンは、互いの魔技を尽くして死闘を演じていた。アスタロトの方がより上位の魔法を使えるが、基礎魔力はディアンの方が上である。互いに繰り出す魔法は相殺し合い、破壊の嵐を周囲に撒き散らしていた。
『喰らえッ 一撃・玄武の地走りッ』
大地に刺さった剣が凄まじい勢いで引き抜かれる。アスタロトめがけて破壊の衝撃波が走る。
≪磔剣バルトロマイ≫
衝撃波に対抗する形で、アスタロトも剣を振るう。暗黒の衝撃波が玄武の地走りを打ち消し、逆にディアンに襲いかかる。
『チィィッ・・・竜殺しの剛剣ッ』
ディアンの剣が暗黒の衝撃波を打ち消した。ミスリル剣は既に限界に達している。あと数振りをしたら、剣はその命を終えるだろう。地力はディアンの方が上だが、アスタロトには二千年に渡る闘いの経験がある。ディアンの剣がもう保たないことをアスタロトは喝破していた。
≪嵐の轟雷≫
アスタロトの両手が電撃を発する。ディアンの周囲一帯を凄まじい落雷が襲う。
『贖罪の雷ッ』
同じ電撃系魔術を放ち、アスタロトの魔術と相殺し合う。二つの電撃魔術はぶつかり合い、結果として真横に向けて、遥か彼方まで届く巨大な放電を放った。どれほど時が経ったのだろうか。互いに決定的な一撃を加えられないまま、既に日は傾き始めていた。
≪此れ程に愉シめるとは、思わなんだゾ、魔神ディアンよ・・・サァ、決着の鬨ゾ・・・汝の持ツ最大の技を持ッテ、挑んでクルが良イ≫
アスタロトの言葉に、ディアンが剣を構える。既に刀身には亀裂が走っている。あと一撃が限界だろう。肩で息をしていたディアンは、大きく息を吸い、心気を統一した。ただ一振りの”極実の一撃”に賭けるつもりだった。
『いざっ!』
アスタロトに向けて奔る。間合いの直前で飛び上がり、アスタロトめがけて剣を振り下ろす。アスタロトも剣を持って迎撃を試みる。
≪磔剣バルトロマイ≫
『極実剣技・崩翼竜牙衝ッ!!』
二つの剣が交錯し、凄まじい衝撃波が山全体に響いた。
レイナは、これまでにない地震を感じた。まるで山全体が動いているようだ。
『アイツ・・・まだ生きているッ!!』
山の中腹部に向け、馬を急がせた。
ミスリル剣が柄までボロボロに崩れていく。完全に死んだのだ。ディアンは額から血を流していた。アスタロトの剣撃が額を割ったためである。だが・・・
≪ミ・・・見事ッ・・・≫
アスタロトは左肩から右脇腹にかけて、完全に切り裂かれていた。ディアンの放った極実の一撃の勝利であった。ディアンは片膝をついて、大きく息を吐いた。魔神の肉体は疲労とは縁が無いはずであったが、さすがにこの死闘には疲れた。早く街に行って、レイナを抱こう・・・そう思って立ち上がったディアンは、アスタロトの様子にギョッとした。既に傷がふさがり始めているのだ。
≪汝が放った一撃、確かニ至高のモノであったゾ・・・だが、我の神核を砕くには能わズ・・・≫
『・・・クッ・・・』
ディアンが再び構えたのをアスタロトが止めた。
≪汝トの闘いは、此の上なく甘美だガ・・・邪魔が入っタようダ・・・≫
その言葉でディアンも気づいた。いつの間にか、このあたりに別の魔力が存在している。それは更に巨大になり、やがてディアンとアスタロトの前に姿を現した。
≪巨大な力同士のぶつかり合い・・・我を魅了するに充分であったわ・・・お蔭で、カラダの疼きが収まらぬ・・・さて、どうしてくれようぞ?≫
蒼い髪と見事な肢体を持った美女が現れた・・・
リプリィール山脈山脈の中腹部にたどり着いたレイナは、景色の変容に絶句した。岩という岩は砕かれ、まるで砂漠のようである。
『な、なんなのだ?これは・・・』
馬を進めると、ディアンとアスタロトが向かい合っている姿が見えた。アスタロトは相変わらず禍々しい気配を発しているが、ディアンも同じような気配を発している。これまでのような、女好きだが頼もしい男の気配ではない。まるで魔神そのものであった。そして、彼らの中心に、更に巨大な気配が出現しようとしていた。レイナは思わず、山の起伏部に姿を隠した。
女の気配からして、魔神であることは間違いなかった。だがオレは、その美しさと肢体に目を奪われた。女はオレとアスタロトの双方を見ると、まずアスタロトに話しかけた。
≪久しいのう、アスタロト・・・汝と会ったのは、七魔神戦争以前か・・・もう千年以上も前になるな・・・≫
≪ハイシェラか・・・我ノ邪魔をシに来たカ?≫
≪そのような無粋なマネはせぬ・・・ただ、我の知らぬ気配に、興味を持っただけじゃ・・・≫
ハイシェラと呼ばれたその女は、オレの方に顔を向けた。
≪我が名はハイシェラ、三神戦争をも生き残った地の魔神じゃ・・・そなた、我の知らぬ魔神じゃが、名を何と申す?≫
先のアスタロトといい、このハイシェラといい、魔神というものは独特の自己紹介方法があるらしい。二柱の魔神を前に、オレは即興で口上を考えた。
『オレの名はディアン・ケヒト、白と黒・正と邪・光と闇・人と魔物の狭間に生きし、黄昏の魔神だ』
『・・・ッ・・・』
レイナは思わず口を押えた。確かに聞こえた。ディアン・ケヒト、黄昏の魔神だと。だがレイナは、その場から動くことが出来なかった。三柱の魔神たちの会話に、耳を傾けた。