戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

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第十九話:使徒

レミの街を離れる二日前、レイナがオレを散策に誘ってきた。近くの森を散策し、弁当を共にしようと言っている。オレは笑って応じたが、何か疑問を感じた。レイナの性格上、そうしたことはあまり興味が無いように思っていたのだ。森の中の開けた場所を見つけ、オレたちは食事をした。レイナはオレが思っていた以上に料理上手のようで、美味かった。いささか、肉が多い気がしたが・・・

食事後、レイナが立ち上がってオレを見る。言い淀んでいるようだが、表情は真剣だ。やがて口を開いた。

 

『今日は、あなたに別れを告げようと思っているの・・・』

 

その言葉に、オレの頭は混乱した。

 

 

 

彼は私の言葉に混乱しているようだ。好機だった。私は剣を抜くと、一気に彼に襲いかかった。目は滲んで、何も見えなかったが、ザクッという手応えが確かにあった。

 

 

 

レイナは剣を抜くといきなり襲いかかってきた。速い。座ったままのオレは身を捩った。剣尖がオレの左脇を掠める。ザクッと地面に突き刺さった。オレは体術を使ってレイナの足を掬い、組み敷いた。

 

『どういうつもりだっ!』

『・・・殺せっ・・・』

 

レイナの双瞳から涙があふれていた。余程、思い詰めているようであった。剣を取り上げたオレは、レイナを起き上がらせ、事情を聴いた。レイナは顔を背けたまま何も言わない。ただ涙を流しているだけだ。やがて一言、呟いた。

 

『あなたを殺せば・・・あなたはずっと、私のモノになる・・・』

 

オレは察した。レイナは魔神と人間の違いに苦悩してたのだ。自分の間抜けぶりに舌打ちをした。魔神であることを明かした時に、こうなることは予想できたではないか・・・

しばらく沈黙をしたオレは、レイナに告げた。もっと早く、告げるべきだった・・・

 

『・・・”使徒”というのを知っているか?・・・』

 

 

 

彼は私に教えてくれた。神に認められた人間は、その力の一部を与えられ、神格者となる。人越の力を持ち、不老のまま生き続ける。私も聞いたことがあった。バリハルト神殿やマーズテリア神殿には、そうした神格者がいて、何百年も生きているそうだ。与太話だと思っていたが、本当のことらしい。

 

『オレたち魔神も、同じようなことが出来る。自分の力を分け与える代わりに、自分の命令を聞く”絶対の臣下”にする・・・ 魔神の神格者、それが使徒だ・・・』

 

それは悠久を生きる魔神に認められた存在。魔神の傍らに侍り、魔神を援け、魔神の加護を受け、魔神と共に生き続ける存在・・・

 

彼の使徒になれば、何百年も、何千年も、彼と共に生き続けることが出来る。彼の腕の中で咽び泣きながら、あの喜悦を永遠に味わい続けることが出来る。何と蠱惑的なのだろう。それに抗うことなど、私には出来ない。彼の使徒になることを決意しようとしたとき、彼は無情にも言い放った。

 

『・・・だがお前は、オレの使徒にはなれん・・・』

 

 

 

『なぜっ!なぜ私は駄目なのっ!!』

 

血相を変えて、ほとんど掴みかからんばかりに、レイナがオレに問い質してきた。レイナが考えていることは、大方予想が出来た。使徒になればオレと共に生き続けることができ、夜毎オレに抱かれて悦ぶ・・・いわば「永遠の夫婦」のように考えているのだろう。残念ながら、使徒とはそんなものではない。

 

『使徒になるということは、オレの命令を絶対に聞くということだ。オレが”復讐を諦めろ”と命じたら、お前は聞くことが出来るのか?』

『・・・・・・』

『使徒は、主が最優先だ。オレが他のオンナも使徒にすると言ったら、お前はそれに従えるのか?オレが何をしようと、誰を抱こうと、ただひたすらにオレを想い、オレの為だけに生き続ける・・・お前に、その覚悟があるのか?』

『・・・・・・』

 

レイナが再び肩を震わせ始めた。オンナが泣くときというのは、その姿を男に見せて翻意させようとするときか、自分自身を納得させるときである。そしてオレは、使徒の条件について妥協するつもりは一切、無かった・・・

 

 

 

彼の言葉は、私の胸に突き刺さった。「復讐なんて止めろ」、その言葉は以前にも言われた。だが私はこれまで、あの男を殺すためだけに生きてきたのだ。剣を磨いたのも、彼に弟子入りをしたのも、すべてはあの男を殺すため・・・ 肉欲のために復讐を止めるなんて、私には出来なかった。だが、彼と共に生き続けたいという想いも確かにあった。彼が誰を抱こうが構わない。彼が喜ぶのなら、私はそれで満足だった。でもそのためには、私をこれまで支えていた憎しみの感情を捨てなければならない。私の胸は二つに裂けそうだった・・・

 

(父上・・・母上・・・お許しくださいッ・・・)

 

人の気持ちとは、何と弱いものなのだろうか。過去を清算するための復讐と、彼との未来永劫の日々を幾度も考え、そして私の天秤は、彼に傾きつつあった。

 

 

 

レイナの肩の震えは、一刻以上も続いた。オレは黙って耐えた。泣いているオンナを黙って見守るというのは想像以上にツライ。特にそれが、美人で馴染みのオンナであればなおさらだ。オレはだんだん、腹が立ってきた。レイナに対してではない。彼女をここまで苦しめる、復讐の相手に対してである。やがてレイナが顔を上げた。気持の整理がついたようである。その瞳を見ただけで、オレは満足だった。妥協するつもりは無いが、歩み寄ってやる必要はある。

 

『・・・解った。私は・・・』

『その前に、一つ聞いておきたい。お前の言う”仇討ち”とは、どういう状態のことを言うんだ?』

 

 

 

 

彼は私に、「仇討ちとは何か?」と聞いてきた。そんなことは決まっていた。ルドルフを殺すことだ。だが、もうそれも諦めた。仇討ちよりも、彼との未来の方が、私にとっては大切なのだから・・・

 

『なるほど、ルドルフを殺すことだな?つまり、ルドルフ”以外”は殺さなくてもいいんだな?』

 

彼は念を押すように私に尋ねた。私は頷いた。父の仇は、ルドルフ・フィズ=メルキアーナだ。あの男さえ、この手で殺せればそれでいい。私がそう言うと、彼は納得したように頷いて言ってくれた。

 

『わかった。ならば、そのルドルフという男を殺しに行こう。一緒にな・・・』

 

彼は何故か、怒っているように見えた。

 

 

 

 

『・・・なぜ?復讐なんて止めろと言っていたのに・・・』

『あぁ、その意見は今でも変わっていない。ただ、オレにソイツを殺す理由が出来ただけだ』

 

レイナは首を傾げた。解らないだろうな。オンナに泣き続けられて、それをひたすら耐え続ける男の辛さなど、オンナに解るわけがない。オレはレイナに向けて言った。

 

『オレのオンナをここまで苦しめたんだ。殺す理由としては十分だろ?』

 

レイナを見ながら、オレはニヤリと嗤った。

 

 

 

 

私は茫然とした。泣き続け、気持の整理をつけ、復讐を諦めたとき、彼は仇の相手を殺すと言った。彼は言葉をつづける。

 

『お前の仇討ちを手伝うんじゃない。オレをムカつかせた奴だから殺すんだ。お前のためじゃない。オレのためだ』

 

あくまでも自分のためだというが、それが彼の優しさだということを私は知っている。そしてそれ以上に、私の気持ちを揺り動かす言葉を彼は言ってくれた。

 

『オレのオンナ・・・』

 

これまで、私は彼の何なのか、彼は私をどう思っているのか、ずっと不安だった。でもようやく、ハッキリした。そう、私は彼のオンナなのだ。彼は私を”自分のモノ”だと言ってくれた。嬉しかった。彼の一言だけで、私の躰は熱くなった。

 

 

 

 

レイナの顔に笑みが浮かび始めた。オレは言葉をつづけた。

 

『ただ殺すわけではない。相手にも相応の正義を問い質すつもりだ。その上で、殺すかどうかはオレが判断をする。それでいいな?』

 

涙を拭いながら、レイナは頷いた。

 

 

 

 

明日、レミの街を離れる。一月の復路は、あまり街にも立ち寄らない。だから今夜は精一杯、彼に喜悦を与えてもらおうと思った。レンストの街に戻ったら、すぐに二人で旅立つ。あの男を斬る旅に。そして私は、永遠に彼のモノになるのだ。悩みが消えた私は、これまで以上に奔放に、彼を求めた・・・




取りあえず、第一章はここで終わりです。
ご指摘を頂いた点は、おいおい修正していきたいと思います。

次話から「第二章:メルキア王国編」となります。


それにしても・・・
こうした小説を書くのは初めてなのですが、結構難しいですね(汗)

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