戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

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第二十一話:行商人リタ

リプリィール山脈北端の麓にある「彩狼の砦」から、南に行くと、開けた土地がある。前には広い湖があり、後ろには未踏の山がそびえる。メルキア国の首都「インヴィティア」は、天然の要害でありながら、資源に恵まれた土地に立地していた。その首都では、戦勝の報に沸き返っていた。長年、自分たちの土地を荒らしていた北の勢力「彩狼の砦」を制圧したからである。メルキアが誇る精兵が、胸を張って大通りを行進する。人々が喝采を送る。当主ルドルフ・フィズ=メルキアーナが姿を現すと、その声は最高潮を迎えた。馬上のルドルフが、民衆に手を振る。その時、いきなり子供が進み出てきた。手には木刀のようなものを持っている。両親が気づいたときは既に遅く、ルドルフは馬を止めた。慌てる近衛をルドルフが手を挙げて静止する。

 

『少年よ、私に何か用か?』

『お殿さま、ボク、大きくなったらお殿さまにお仕えします。だから、強くなるために一生けんめい、剣を振っていますっ!』

 

子供が木刀を差し出す。ルドルフは声を上げて笑った。

 

『少年よ、名は何と申す?』

『ハイッ!フェリックスです!』

『フェリックスか・・・良い名だ。フェリックスよ、ただ強いだけでは、私に仕えることは出来んぞ。剣を振るのと同じように、勉強もせねばならぬ。父母の言うことを良く聞き、懸命に学ぶが良い・・・』

 

瞳を輝かせる少年を抑えながら、両親が頭を下げる。ルドルフは頷いて、馬を進めた。その様子を観ていた民衆が、さらに大きな喝采を送る。主君を護衛する近衛長が、馬を近づけてくる。

 

『殿・・・申し訳ございません』

『良い、子は国の宝だ・・・あの子が大きくなる頃には、戦の無い世にしたいものだな・・・』

『御意ッ』

 

近衛長は心からの敬意をもって、主君に敬礼をした。

 

戦勝を祝う宴が終わり、万騎将アウグスト・クレーマーは自室へと戻った。勲一等と主君から褒美を受けても、心のわだかまりは消えない。クレーマーは壁に掛けられた一振りの剣に向かい合う。師より与えられた一振りだ。彼の師は「護身の剣」を思想としていた。それを象徴するように、剣は歯引きがされている。今の自分は、師の教えに背いている。そのことに後悔はない。誰かが、この地を統一し、平和を築かなければならない。そしてそれが出来るのは、自分の主君だけだと確信していた。ただ、師の忘れ形見が見つからないことが、クレーマーの心を曇らせていた。金髪の可愛らしい少女は、どこで生きているのだろうか・・・

 

『嬢よ、あなたはどこにいらっしゃるのですか?』

 

剣は、何も応えてはくれなかった・・・

 

 

 

 

護衛の仕事は、一回ごとの契約が基本だ。次回の契約は別の斡旋所を通じて、ということは良くあることらしい。オレはレイナを伴って、ドルカの事務所を訪れた。ドルカはレイナを一目見て、契約を決めた。女性の護衛役を希望する行商もいるらしい。レイナほどの美人になれば、立っているだけで看板娘になってしまうだろう。だが今回は、店の護衛は避けたいと考えていた。特に、インヴィティアの都市では、出来るだけ人目につかないほうが良い。もしことが露見すれば、行商人やドルカにも迷惑が掛かるかもしれないからだ。オレは交渉のため、今回の雇い主である行商人を訪れた。

 

『初めましてぇ!行商人のリタでございます。ニッシッシッ!まさか高名な魔神殺し、ディアン様が私の護衛役になって下さるとわっ!一騎当千、いや一騎当万を得た思いですっ!』

 

驚いたことに、オレを雇いたいという行商は女であった。二十代後半くらいだろうか。この若さで、しかも女が行商をしているとは、どのような事情があるのだろうか。オレは思わず、レイナと顔を見合わせてしまった。それにしても、オレはいつから「魔神殺し」になったのだろうか?噂というのは尾ひれがつくものである。

 

『今回の行程は、このレンストやシーランス、プレイアで武器や塩を仕入れ、トラナ街道からバーニエの街を通り、インヴィティアで販売をします』

『それで終わりか?』

『いえいえっ!本番はここからです。インヴィティアで酒を仕入れ、それをケレース地方との境界にある古の宮(エンシェント・キャピタル)まで運びます。あそこは昔から、高級な鉱石が取れることで有名ですからね。お酒が大好きなドワーフ族に、金銀宝石と交換してもらおうと思っていますっ。ニヒヒッ!』

 

いわゆる「三角貿易」である。インヴィティアは内陸にあるため、塩が取れない。また戦争中であるから武器が不足している。一方、水資源が豊富で、酒造りが盛んだ。武器や塩を売って、出た利益で酒を仕入れ、それをドワーフ族が暮らす古の宮で売る。ドワーフにとっては金銀宝石など大して価値のあるものではないので、酒と宝石が交換できるということらしい。聞いているだけで、多くの利益が出るであろうことは予想が出来る。オレは素直に感心した。

 

『口で言うのは簡単ですが、実際は結構、危険な道なのです。そこで、ディアン様とレイナ様には、特に古の宮近郊でご活躍を頂きたいと思います』

『なるほど・・・ ところで、様付けは止めてもらえないだろうか?私たちは雇われる側だ。”殿”で十分だ』

『いえいえっ!いつ、お客さまになって頂くかわかりませんし~』

『・・・・・・』

『ぐぬぬぬっ・・・わかりました。ディアン殿、レイナ殿と呼ばせて頂きます』

 

「軽い・・・」オレはそう印象を持った。かなり切れる商人であることは間違いないのだろうが、このあっけらかんとした軽さは何なのだろうか?だが少なくとも、正直ではあるらしい。表情が実に読みやすい。

 

『ところで、一つ相談がある。インヴィティアでの滞在についてだが・・・』

 

オレはリタに対して、要望を出した。リタは悩んでいたが(少なくとも本人は、そう見せているつもりだろう)、オレとレイナに渡す料金は、併せて一人分で良いと言ったらアッサリと折れた。顔の笑みから、何を考えているのかわかる。

 

(ニッシッシッ!まさかドルカ斡旋所の護衛二人を一人分の料金で雇えるとはっ!それに、インヴィティアの売り先は全て奉行所だから、実際は仕入れるだけだし・・・ニヒヒッ!これは出発前から、幸先が良いですよぉ~)

 

わかり易い・・・

 

オレとレイナは肩をすくめて、苦笑いをした。

 

 

 

 

彼との愉悦の後、至福の気怠さの中で、私たちは計画を話し合う。出発まであと一週間。行商隊の中に入れば、疑われることなくインヴィティアに潜入できる。あの男を斬った後の、脱出の計画も考えてある。様々な角度から、幾度も計画を見直す。隙があるとは思えない。でも実際は、行かなければ解らない。彼が、あの男を斬るかどうかも含めて。でもそれでも構わない。この旅が終われば、私は彼と、永遠に生きるのだ・・・

 


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