戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

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第二十二話:出発

七魔神戦争からおよそ一千年後、ラウルバーシュ大陸中原は、国家形成期となっていた。これはある意味、必然的なことであった。七魔神戦争は、人間を含め多くの種族に災厄をもたらしたが、塩が採れる内海「ブレニア内海」という副産物を生み出した。塩は、人間が生きていく上で欠かせないものである。ブレニア内海の出現によって、アヴァタール地方では塩業が行われるようになる。それに眼をつけたのが、第三級現神の商神セーナルである。セーナルは各地の街道をおさえ、自らを信奉する商人たちに物流を活発化させた。その結果、アヴァタール地方からラウルバーシュ大陸内陸までの流通網が完成した。やがて大商人が誕生し、人口の多い都市に店を構えるようになる。

 

ヒト・モノの移動を活性化させるには、物々交換では限界がある。そこで「通貨」が生まれた。取引の共通信用が通貨だが、その信用は誰が保証するのか。都市が通貨発行者となり、信用を保証するようになる。人口が多く、モノの供給力のある都市の通貨が、高い価値を持つようになり、やがて近隣の村々でも、その通貨を使用するようになる。そうして「共通経済圏」が生まれる。共通経済圏の中では、商取引の取り決めなども統一化されるようになる。また、文字や言葉なども融合し、共通言語が形成されていく。共通経済圏は共通文化圏となり、国家が誕生する。

 

メルキア国の首都「インヴィティア」は、人口八万五千人、この地域では最大の都市である。その大都市を治めるのが、一代でメルキア国を誕生させた建国父、ルドルフ・フィズ=メルキアーナである。後世の歴史家たちは、ラウルバーシュ大陸名君列伝の中に、必ずルドルフの名を挙げる。メルキアの永い歴史上、彼に匹敵する名君は、簒奪王・賢王と呼ばれた、ヴァイスハイト・フィズ=メルキアーナだけである。ルドルフの優れていたところは、国家運営の意思決定、つまり政治の中に、神殿勢力を組み込まなかったことである。彼は布教などは自由に認めたが、あくまでも民間でのこととし、自らは特定の現神を信奉することはしなかった。政治と宗教を分離した「政教分離」を初めて実現したのが、メルキア国である。

 

首都インヴィティアの中心にある館が、ルドルフの住む主殿である。後に豪壮な王宮が建設されるが、ルドルフの代では、行政府としての機能性が重視された造りになっている。多くの名君に見受けられるように、ルドルフも、華美よりも機能性を好んだ。現在は、占領した彩狼の砦周辺の調査、新しく国民となった村人たちの戸籍作成などで、文官たちが多忙を極めていた。

 

 

 

『南への出兵でございますか・・・』

 

主殿内の大会議室では、ルドルフを中心に重臣たちの会議が開かれていた。メルキア国の宰相(文官長)にして、参謀を兼ねるベルジニオ・プラダが腕を組んむ。

 

『しかし我が君、先の戦いにて、万を超える兵を集めました。民衆の負担も大きなものでございました。年が改まってからのほうが、宜しいのではないでしょうか・・・』

 

文官たちが異を唱える。帝政となった後代ならともかく、ルドルフの代では、必要だと思えば主君の考えに異を唱えることが出来た。皆、建国前から苦楽を共にしてきた仲である。百出する議論の中で決めるのが、ルドルフの意思決定方法であった。この方法でルドルフが誤ったのは、ただ一度だけである。万騎将クレーマーが発言をする。

 

『彩狼の砦は、その堅牢さから万の軍が必要でした。ですが、南は集落が点在するだけです。万の軍が必要とは思えません。三千、いや二千で十分かと思われます。また、先の戦で降伏をした者たちの中には、手柄を立てたいと考えている者もいるでしょう。我らの軍に馴染ませる意味でも、彼らに働きの場を与えては如何でしょうか?』

 

クレーマーの意見に、他の将たちも賛意を示す。武将というものはそもそも好戦的である。戦場こそが、彼らの仕事場だからだ。ルドルフが頷いて、プラダに顔を向ける。

 

『万騎将はそう言っているが、プラダの意見はどうだ?』

『国庫の現状を考えれば、二千の軍であれば動かすことは可能です。先の戦で加わった新兵たちを中心とするなら、民衆の負担も少なくて済むでしょう。ただ・・・』

 

プラダが片眉を上げて、肩をすくめる。

 

『やれやれ、我ら文官の仕事が、また増えそうですな』

 

座が笑いに満ちる。方針が決まり、ルドルフが立ち上がった。

 

『クレーマーの意見を是とする。南方への出陣は一月後、新兵を中心に二千の軍を向ける。ただし、無理に攻める必要はない。我らの力を見せ、戦わずに降伏させることが最上だ。くれぐれも・・・』

 

ルドルフは言葉を切って、重臣たちを見回す。

 

『十一年前の、”グルップ村の悲劇”を繰り返してはならない』

 

クレーマーは顔を引き締めた。

 

 

 

 

『これは・・・随分と多くの武器を運ぶのだな・・・』

 

ディアンは荷車に積まれた大量の武器に目を丸くした。武器は重く、かさばるものだ。シーランスで仕入れるものと思っていたので、出発地であるレンストから運ぶことに驚いたのだ。

 

『いやぁ・・・それなんですけどね』

 

行商人のリタが、少し困った表情で事情を話した。

 

『行商人仲間から聞いたのですが、シーランスではいま、武器が売り切れているそうなんですよ。どうやら、誰かが大量に買い付けているらしくて・・・ そこで急遽、レンストで武器を集めました。いやぁ、急に集めることになったので、仕入れ値交渉が大変でした~』

『大量に買い付けている?誰が?』

『いや、そこまでは流石にわかりませんよ。売り先の秘密を守るのは、商売の基本ですから・・・』

 

ディアンは頷きながらも気になった。大量の武器が必要な理由など、一つしかないからである。

 

『武器の仕入れ値が上がった分、塩は少しでも安く仕入れて、利益確保をしたいと思います。少し回り道になりますが、ドゥラハに寄って、塩業者から直接買い付けます。さぁ、商売しますよぉ~』

 

リタは元気よく、出発を告げた。

 

 

 

 

今回の行商路は、チスパ山にある「古の宮」が最終目的地だ。往復で、およそ半年の道程である。魔物が多いケレース地方付近まで行くとなると、護衛もそれなりに必要だが、オレとレイナを含め四名しかいない。どうやらリタは、そういうところは吝いらしい。まぁ、オレとレイナがいれば、魔物の襲撃は十分対処が出来る。他の二人は奇遇なことに、前回のプルノー行商隊で一緒だった男護衛たちだ。白髪不能になった哀れな男は、今回は同行しないらしい。オレは自然と、護衛隊の責任者のような立場になっていた。

 

『ディアン、さっきから考え事をしているみたいだけど、どうかしたの?』

 

レイナが馬を近づけてオレに尋ねてきた。オレは気になったことを端的に伝えた。

 

『シーランスで武器の買い付けが入っているという話だ。大量の武器が必要ということは、戦の準備をしているということだ。一体、どこが買い付けたのかな・・・』

『これから行く、メルキアじゃないの?あそこは戦ばかりしているから・・・』

『そうかもしれないが、であるなら、リタが知っていないのはおかしい。国が武器を買い付ける場合は、リタのような行商たちに、量を割り当てて依頼をするはずだ・・・』

『たしかにそうね・・・』

 

この時、オレの頭の隅に引っかかった些細なことが、後にアヴァタール地方の歴史を左右することになるのだが、それは後の話である。

 


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