戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

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第二十三話:グルップ村の悲劇

主君ルドルフを前にしての大会議で方針が決まると、各将たちは軍の編成に取り掛かる。特に今回は新兵を中心とした編成だ。新兵の中には、メルキア軍の規律を甘く見る者もいるだろう。メルキア軍の強さは、その統制にある。軍規は厳しく、特に略奪と婦女への暴行は、極刑と決まっていた。この一月で、新兵たちにメルキア軍の規律を叩きこまなければならない。万騎将クレーマーは、副官たちと打合せを重ねた。自室に戻ったのは夜半である。

 

『くれぐれも、十一年前の”グルップ村の悲劇”を繰り返してはならない』

 

壁に掛けられた剣を見ながら、主君の言葉を思い出す。クレーマー自身、生涯忘れることのない出来事である。

 

『・・・殿も未だに、ご自分を責めておられるのか・・・』

 

クレーマーは十一年前の出来事を思い出していた・・・

 

 

 

 

 

『師よっ!せめて、我が主君に会うことだけでも、御同意ください!』

 

十一年前、当時二十四歳だったアウグスト・クレーマーは、既に剣においては皆伝の域に達していた。彼の師父「ドミニク・グルップ」は、剣聖と呼ばれる達人で、多くの弟子を持っていた。グルップの教えは、剣術だけではなく、礼儀作法や人としての生き方にまで及んでいる。「護身の剣」を思想とし、我が身と愛する者を護る為にこそ剣があるのだと教えていた。グルップの居る村は、弟子たちが共同生活をし、グルップ村と呼ばれていた。

 

『アウグストよ、私はお前に教えたはずだ。剣を持つ者は、心が強くなければならぬ。心弱き者が剣を持てば、いたずらに他者を傷つけるだけだと。そのために、自らを主として、剣を捧げる主君を持ってはならないと・・・』

『・・・はい、確かにそう教わりました。ですが我が主君、ルドルフ・フィズ=メルキアーナ様は、剣を捧げるに足るお方です。メルキアーナ様は、弱き者が安心して暮らせる世の中を創る為に、戦無き世を創る為に戦っておられる方です。護身の剣の道から、外れているとは思えません』

『それは「戦無き世」という自分の考えを他者に押し付けているだけではないのか?』

 

師父は頑固であったが、クレーマーの懸命の説得により、ルドルフ・フィズ=メルキアーナとの会談には同意をした。師父の家を出たクレーマーのもとに、可愛らしい少女が駆け寄ってくる。

 

『ねぇアーグ、お父さまと、どんなお話をしていたの?』

『・・・私の将来についての相談をしていたのですよ、レイナ嬢・・・』

『ふーん・・・じゃあ、私にも関係あるわね。だって、アーグのお嫁さんになるんだから・・・』

 

自分より、十六歳も歳の離れた幼女の言葉である。この金髪の幼女が美しく成長する頃には、自分になど目を向けなくなっているだろう。クレーマーは微笑みを浮かべて、幼女の前に片膝をついた。

 

『そうですね。とても大切なお話だから、先生にご相談をしていたのですよ。さあ、もう夕暮れです。お家に入りましょう・・・』

 

師父の一人娘が家に入るのを見ながら、クレーマーはホッとため息をついた。

 

 

 

 

『お初にお目にかかる。ルドルフ・フィズ=メルキアーナです』

『ドミニク・グルップです。このような田舎の村に、ようこそお越し下さいました』

 

二人の対談は、形式的な挨拶から始まった。クレーマーは主君の後ろで畏まっている。師父の妻は、娘を連れて外に出ているようだ。

 

『あなたの高弟には、いつも助けられています。彼ほどの男が父と慕うあなたに、一度お会いしたいと思っていました』

『弟子がお世話になっております。先日、アウグストから、どうしてもあなたに会って欲しいと懇願されました』

 

しばし互いを見つめ合った後、師父はいきなり質問をした。

 

『お尋ねしたい。あなたはなぜ、戦をされるのですか?』

 

クレーマーは固唾をのんで、二人の対談を見守った。

 

 

 

 

二人の対談は、長時間にわたったが、どこかで噛み合わない。その理由がクレーマーにも見えてきた。見ている世界が違うのだ。主君は広い世界と歴史を見ている。師父は自らの生き方と愛する人々を見ている。良し悪しの問題ではない。在り方が違うのだ。

 

『「護身の剣」というあなたの思想は崇高なものだと思うが、理想と現実は違う。実際、彩狼の砦の者たちが、我々を脅かしている・・・』

『その原因はどちらにあるのでしょう?他者から従えと言われれば、人は誰しも抵抗するものです。「戦無き世」という貴殿の理想は理解をしますが、そのために戦をするというのは、矛盾をしているのではありませんか?』

 

並行線の続く話し合いの末、ルドルフはため息をついた。

 

『・・・どうやら、これ以上話し合いをしても、纏まりそうにありませんな・・・ 残念ではありますが・・・』

『この村は、攻められない限り、敵対することはしません。貴殿は貴殿の思う通りに、理想を求められれば宜しい。ですが同じように、私にも変えられない生き方というものがあるのですよ・・・』

『言葉というものは、無力なものです・・・』

『いいえ、言葉こそ、最も強い力を持っているのです・・・』

 

ルドルフは頷いて立ち上がった。クレーマーは師父を見る。師父は頷いた。

 

『行きなさい、アウグスト。お前にはお前の生き方がある。主君の下で、お前の信じる剣を貫きなさい・・・』

 

クレーマーは師父に頭を下げ、主君の後に続いた。それが、クレーマーが聞いた、師父の最後の言葉であった。

 

 

 

 

『・・・バカなっ!』

 

報告を受けたクレーマーは、血相を変えて営舎を飛び出した。師父のいるグルップ村に、メルキア軍が攻め込んだのだ。火矢を使い、焼滅ぼしたらしい。主殿に駆け込んだクレーマーを文官長のプラダが止めた。

 

『プラダ殿、どういうことですかっ!』

『私も、先ほど報告を聞いたばかりなのだが・・・』

 

先日の会議で、インヴィティア近郊の完全制圧が決定された。と言っても、戦をするというわけではない。二千ほどの軍で近隣集落を回り、それぞれにメルキア法の遵守と統治を誓わせる、いわば示威行動である。万一の軍事的衝突の為に完全武装ではあるが、こちらから仕掛けることは無いはずであった。

 

『どうやら、新参の将が出過ぎたらしい・・・』

 

舌打ちをしながらプラダが顔を歪めた。最近加わった、傭兵上がりの新参者である。何かにつけ、クレーマーを敵対視していたが、新参者ゆえの焦りと緊張からだろうと、クレーマーは受け流していた。だが、その焦りと緊張が今回の悲劇を生み出した。

 

『グルップ村に使者を出し、メルキアに従わないなら攻撃すると脅したらしい。グルップ殿は、いかなる相手であろうと我々は従わないと応えたそうだ。我が君の名前をそこで出してくれていれば、攻めるようなことは無かったと思うのだが・・・』

 

あの剛毅で高潔な師父が、他者の名前など出すはずが無かった。恐らく胸を張って堂々と拒否をしたのだろう。

 

『・・・それで、村は?』

『全滅だそうだ。遠巻きに火矢を打ち込んで攻めたらしい。辛うじて、若い剣士二人が生き残ったらしい・・・』

『・・・・・・』

 

クレーマーは血が滲むほど、拳を握りしめ、瞑目した。激情を何とか抑える。

 

『・・・殿は何と?』

『決まっておろう。激怒されておられる。当然だ。城攻めでもあるまいし、村一つを焼くなど、メルキア軍の戦い方ではないっ!』

 

沈着冷静なプラダが、珍しく感情的になっている。クレーマーの気持ちを察しているからだ。クレーマーの肩を叩いて、プラダが立ち去る。クレーマーは暫くの間、その場から動くことが出来なかった。

 

事情聴取を受けた新参の将は、即座に斬首が決定した。また戦に加わった二千人は、兵士失格の烙印を押され、軍から追放された。新興のメルキア国にとっては大きな痛手であったが、それ以上にこの悲劇は、メルキア国の方針を決める重要な出来事となった。ルドルフは重臣たちを集め、今回の悲劇を総括した。

 

『この悲劇は、私の誤った決定に原因がある。今後、兵を動かすに当たっては、私自らが陣頭に立つ。たとえそれが、村々を説いて回る威嚇であったとしてもだっ!』

 

 

 

 

悲劇の衝撃が落ち着いたころ、クレーマーはルドルフの自室に呼ばれた。テラスで夕日を眺めるルドルフに敬礼する。ルドルフは暫く黙った後、呟くように言った。

 

『惜しい漢を亡くしたな・・・』

 

クレーマーは、肩の震えを抑えることが出来なかった。

 

 

 

 

その後、生き残った弟子から、師父の妻と娘が村を脱出したことを聞かされた。クレーマーは手を尽くして行方を追った。西に逃げたということだけが、辛うじて判明した。


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