戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

27 / 79
第二十五話:水の巫女

メルキア国が急速に勃興した背景としては、無論、当主であるルドルフの指導力があったことは言うまでもないが、もう一つの大きな要因として、文官長であり参謀長の「ベルジニオ・プラダ」の卓絶した行政処理能力があったことを忘れてはならない。プラダ家は、後代においてはドワーフを血が流れる魔導技術の大家として知られるが、そのプラダ家の始祖であるベルジニオ・プラダは、もともとは行商人の出身であった。商取引という現実社会を知るプラダは、人間は理想だけでは動かないことを熟知しており、メルキア国の統治機構を設計する上で多大な力を発揮した。

 

まずプラダは、商人であった経験から支出と収入を記録することの重要性を知っており、その考えを国家運営に適用した。中規模の豪族に過ぎなかったメルキアでは、丼勘定の運営が行われていたが、そこに、商人で広がりはじめた「簿記」を導入し、歳入・歳出を管理したのである。これが、ラウルバーシュ大陸で確認されている最古の「財政」とされている。さらに彼は、商取引と納税を円滑化させるために通貨制度を整備した。「パール鋼、アルプネア鋼、ミスリル鋼」と、素材の希少性で価値付けをし、通貨を発行した。また通貨偽造を防ぐため、鉱山は全て国営とした。当初は物納との併用であったが、やがて通貨が流通すると、それに伴って商業が発展する。やがて近隣集落でもメルキアの通貨が使用されるようになる。こうしてメルキア国の経済基盤が完成したのであった。

 

通貨が流通するようになれば、臣下への報奨も通貨に切り替わる。それまで働きのあった臣下には、馬や土地が与えられていたが、馬はともかく土地を与えるなど、自分の体を切り売りするようなものである。プラダは行政府と軍の機構を整備し、役職に応じた報酬を決め、働きによってそれが増減するようにした。人事制度の誕生である。これによりメルキアは、将軍から一兵士に至るまで、通貨による報酬を与えられるようになり、土地は全て、国家の下で管理されるようになった。ベルジニオ・プラダの名言が残されている。

 

はじめにカネがあった。カネは、神であった・・・

 

 

『うーん・・・やはり、南を抑えるだけでは無理か・・・』

 

プラダは執務室で報告書を読み、両目を押さえた。かつて出会った、中規模豪族の跡取り息子は、偉大な名君として成長した。商売に飽いていた自分は、彼の理想を実現するために生きることを決めた。主君に仕えて二十年以上、自分ももう、若くはないと自覚していた。自分が生きているうちに、メルキア国を確固とした大国にしたかった。

 

『やはり、人の流入に比して食料生産が間に合っておらん。塩などは仕方がないが、肉やムギなどは、国内で必要分を確保する必要がある。だが・・・』

 

メルキアの国土面積自体はそれほど広いものではない。アバタール地方東域全体から見れば、猫の額のような狭さだと言える。プラダは地図を見る。自分の代でどこまで国土を広げれば、安心して後代に任せられるだろうか。プラダの指は、首都インヴィティアから西に延びる。ブレニア内海に続く交通の要衝「バーニエの街」で止まった。

 

 

 

 

ドゥラハを出発したオレたちは、ブレニア内海東側海岸を沿うように北上した。次に目指す都市は、近年、人口増加が著しい新興都市プレイアである。ブレニア内海北東にあるエリュア港から、さらに内陸に入った巨大な三角州に出来た都市だ。馬に乗りながら、リタが次の街の話をしてくれた。

 

『プレイアの街は、私も何度か行ったことがありますが、行くたびに人が増えていますね。商売の匂いがプンプンするような街です。今回はここで、五日間滞在したいと思っています』

『ほう、何か仕入れるのか?』

『いや、そういうわけでは無いのですが・・・』

 

リタは言い難そうにしている。若い女が、これから行く街で滞在する「言い難い理由」など一つしか考えられない。オレは笑った。

 

『まぁ、先はまだ長いから、甘えられる時はしっかり甘えておいた方がいい。オレたちのことは気にせず、ゆっくりすればいい・・・』

『・・・ハイ?』

『いや、だからオトコだろ?付き合いは長いのか?』

 

ポカンとしていたリタは、顔を朱くして激しく否定した。

 

『ち、ち、違いますよっ!何を言っているんですかっ!』

『照れるな・・・』

『照れてませんっ!まったく・・・ゴホンッ・・・いいですか?次の街での滞在理由は、物件探しです!』

 

リタの話によると、今回の行商が終わったらプレイアに店を構えるつもりだそうだ。どこに店を出すかを下見するために、五日日間の滞在をしたいらしい。

 

『今回の商売で、古の宮から希少鉱物を持ち帰ることが出来れば、それを元手に店を出そうと思っていたんです。ただこういうことは、実現するまでは言うものではないと思っていたので、黙っていたんです。「採らぬキツネの皮算用」と言いますからね』

『・・・なるほど』

 

「タヌキだろ」と心の中で思いながら、オレは頷いた。

 

 

 

 

北方の山脈から流れてくるビヤール川と、南方の山から流れてくるクルト川は、プレイアの東で合流し、一本の大河になる。その大河がまた二本に分かれ、それぞれがブレニア内海に流れ込む。プレイアの街は、川が分かれる地点「三角州」にある。栄養分の多い肥沃な土地と、山からの綺麗な水に恵まれた街で、海にも近い。発展することが約束されているような街だ。

 

オレたちは、ドゥラハを出発して五日後に、プレイアの街に入った。プレイアの街は、東西の大街道に面し、南のレンストにも一本道で行ける。正に交通の要衝とも言える場所である。当然、行商人の往来も多い。門をくぐると「預り所」がある。街の責任で、荷車や積荷を安全に保管してくれるそうだ。街では至る所で建設が進んでいる。通貨も発行されているようだ。これだけの都市を短期間で創り上げるとは、余程優れた行政者がいるのだろう。オレは興味を持った。

 

『水の巫女?』

 

宿に荷を置いたオレは、レイナを連れて街の酒場に入り、情報を集める。レンストからの商人も多いためか、レンストの通貨も使える。交通の要衝らしく、各地の酒が集まっていた。レイナはワイン、オレは黒麦酒を注文した。オレは魔神剣を背負っているが、レイナは剣と胸当てを外している。服の上からでも、豊かな胸がわかる。店に入ったときから、何人もの男たちがレイナをチラチラと見ている。オレは店員に話を促した。

 

『ハイ、私たちは水の巫女様を敬っています。水の巫女様は、河の氾濫を沈め、この土地を拓き、この街を御創りになられた、私たちの神様なのです・・・』

『・・・それは、古神なのか?』

『さぁ、詳しいことはわかりません。興味がおありなら、神殿に行かれては如何ですか?神殿には、巫女様にお仕えする神官もいますし、巫女様自身もお住まいです』

『・・・神が、ここに住んでいるのか・・・』

 

オレは興味を持った。もし神に会うことが出来るのなら、面白い問答が出来るかもしれない。神とは何かについて・・・

 

 

 

 

夕暮れ時ではあったが、神殿の神官はオレたちを快く迎え入れてくれた。水の巫女に会いたいと伝えたら、簡単に通してくれた。

 

『こちらが、水の巫女様です』

『えっ・・・これが?』

 

レイナが首を傾げた。中庭の池の中に、女神像が立てられている。両耳には魚のヒレのようなものがついている。ハッキリ言おう。

 

『・・・ただの亜人ではないか・・・』

『コラッ』

 

レイナがオレの足を踏んだ。神官は笑いながら説明をしてくれた。

 

『水の巫女様は、普段はこの神殿の奥、河の流れを引き込んだ大きな泉の中にいらっしゃいます。この池は、その泉と繋がっているのです。巫女様は時折、この像に乗り移られて、私たちに様々なことをお伝えくださいます』

『例えば、どのような?』

『街内の規則や警備のあり方、建設すべき建物、この街で発行している通貨についてなどなど、その他にも天候や作物の育ちなど、未来についてのことを御神託下さることもあります・・・』

『・・・一つ問いたい。水の巫女とは、古神なのか?それとも現神なのか?』

『その問いには、簡単にはお応えしかねます。しいて申し上げるなら、どちらでもない、となるでしょうか・・・』

 

オレは首を傾げた。解らない。オレは池に近づいて、しげしげと像を眺める。本当に存在するのだろうか?神殿の池に手を浸す。思ったよりも冷たい水だ。聖なる池にオレが手を入れたことに、レイナは慌てたが、神官は止めなかった。それ以上は質問をしても無駄だと判断し、オレたちは神官に礼を言って、その場を去った。「いつでもお越しください」と神官は笑って見送ってくれた。

 

 

 

 

ディアンとレイナが神殿から去った後、神官は中庭の池に立った。

 

『さて巫女様、これで宜しかったのでしょうか?』

『えぇ、ご苦労様でした。あの者がどのような存在か、解りました・・・』

 

石像が立っていた場所に、本物の巫女が佇んでいた・・・

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。