戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

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第二十七話:水の巫女の物語

ラウルバーシュ大陸中原アヴァタール地方は、後に大きく五つの国によって形成されることになる。その中でも随一と呼ばれるのが、水の巫女を絶対君主とする「レウィニア神権国」である。レウィニア神権国では、国民の大多数がレウィニア国教を崇め、王都プレイアの地政学的位置と、実在する神による統治によって、永く繁栄をする。しかしこの時点では、国家形成期中であり、レウィニア神権国として正式に国家が樹立したわけではない。神殿が主導しつつも、水の巫女が開いたプレイアという新興都市を豊かにする、という目標に向けて、住民たちが力を併せ、都市形成を進めている段階であった。

 

 

 

神殿についたオレは、中庭に連れていかれるものと考えていたが、神官は更に奥に案内をしてくれた。それなりに立派な神殿だが、まだ建設中の部分もある。この街の成長と共に、この神殿も大きくなっていくのだろう。神官というものは、えてして腐敗をするものだが、神の前でも腐敗するのだろうか、オレはそんなことを考えながら、神官の後に続いた。

 

『こちらが、水の巫女様がいらっしゃる「奥の泉」です』

 

開かれた扉の先には、澄み切った青空を反射し、薄青く輝く広大な泉があった。泉の中央に向けて、欄干が掛けられている。中央には一体の像が置かれているようだ。

 

『中央に行かれましたら、泉に手を浸して下さい。それで、水の巫女様がお姿を現されます』

 

神官はオレにそう告げると、こちら側に入ることなく、扉を閉じた。左右を見ながら、欄干を渡る。美しい泉が波打っている。「神気」とも言える気配で満ちている。

 

(なるほど、本物か・・・)

 

中央には、中庭で見た像と同じ像が置かれている。オレは泉に手を浸した。やはり、少し冷たかった。オレの背後で、ひときわ強い神気を感じた。立ち上がったオレは、振り返る。台座の上に立っていた石像が、神気溢れる神の姿に変わっていた。

 

『ようこそ来てくれました。旅人・・・いえ、黄昏の魔神ディアン・ケヒト殿・・・』

 

オレは特に驚かなかった。神であれば当然であろう。オレは胸に手を当てて応答した。

 

『ディアン、とお呼びください。「巫女殿」とお呼びしても、宜しいでしょうか?』

『えぇ、結構です・・・』

 

台座の上から、水の巫女がオレを見下ろす。少し硬質な雰囲気だ。きっと、泉の水が硬水なのだろう・・・

 

『昨日、あなたが中庭の池に手を入れた時に、あなたの記憶と意識を感じました。興味を持ち、お呼びしたのです・・・』

 

オレは首を横に振りながら、水の巫女の言葉を否定した。

 

『違うでしょう。夕暮れ時に現れ、いきなり「神に合わせろ」などと言う帯剣した男を、神託を受ける中庭まで通す神官などいません。巫女殿は事前にオレの来訪を察知していた。だから、神官に指示し、オレを中庭に通し、池に手を入れさせた・・・ 違いますか?』

 

水の巫女は黙っている。その沈黙が、オレの読みを肯定していた。オレは言葉を続けた。

 

『おそらく、今日あたり呼び出しが来るだろうと思っていました。ただ・・・出来れば朝食後が良かったですね・・・』

 

貌はオレ好みだが、どうも硬い。オレは冗談で場を解そうとしたが、水の巫女は硬いまま、いきなりオレに質問をしてきた。

 

『あなたにお尋ねします。あなたは、人間なのですか?それとも、魔神なのですか?』

 

 

 

私は彼の部屋に入った。彼の愛剣「魔神剣クラウ・ソラス」を机の上に置く。相変わらず、畏ろしい気を放っている。彼は私にさえも、この剣には手を触れさせなかった。それなのに、今朝は私に、この剣を預けた。

 

『大丈夫だ。話をしてくるだけさ・・・』

 

手を振る彼の後姿を思い出す。嫌な予感がした。彼は魔神だ。神殿に神がいるのなら、彼に何をするか解らない。下手をしたら、神と魔神の戦いになるかもしれない。その時は・・・

 

(私も、ディアンと共に、神と戦う)

 

私は剣と胸当てを用意した・・・

 

 

 

『あなたにお尋ねします。あなたは、人間なのですか?それとも、魔神なのですか?』

 

水の巫女の問いに対して、オレは頭を掻くしかなかった。オレは一体、どっちなんだ?

 

『正直、即答しかねますね。オレは、人の記憶と感情を持っているし、人の魂を持っているようなのですが、オレの肉体自体は魔神ですからね。オレの口上、「人と魔物の狭間に生きる」というのはそういうことなんですよ。人間でもあり、魔神でもある、というのが正解かも知れませんね・・・』

 

水の巫女は黙ったままだ。どうも話し難い。「あなたは処女ですか?」と聞いたら和むだろうか?いや、止めておこう。オレは別の質問をした。

 

『私からもお尋ねしたい。「神」とは、生死を超えた超常的存在なのでしょうか?それとも、不老で力は強いが、ただの生物なのでしょうか?』

 

オレの問いに対して、少し黙った水の巫女は、予想だにしない話をしはじめた。

 

『少し、私についてお話しましょう・・・』

 

こうして、水の巫女の物語が始まった・・・

 

 

 

七魔神戦争からおよそ六百年後、ブレニア内海誕生による地球規模の気候変動も落ち着きを見せ、人々は新しい環境に適応し始めていた。だが、内海東岸のアヴァタール地方は、東側に急斜面の山を抱え、洪水が絶えない危険地帯であった。そして、そんな危険地帯にも、人々は住んでいた。

 

『クソッ!また洪水だ!今年で二度目だぞ!』

『せっかく、畑を拓いたのに、これで全滅だ・・・』

 

男たちは頭を抱えていた。ブレニア内海北東部は、新しくできた二つの河川が合流し、大きな流れとなって内海に流れ込んでいた。水量が豊富のため、他地方からの移民者が、田畑を拓き、村をつくり始めていた。だが、二つの河川共に、急斜面の山岳から流れ込んでくる。山に雨が降るたびに、下流は洪水に見舞われていた。耕した畑が、洪水により一瞬で消え去ってしまう。農民たちは苦しんでいた。

 

『あの河だ!あの河を何とかしなければ、オレたちはずっと、苦しむことになる!』

 

若き移民者、アレックスは、村の会議で提案をした。この土地に住み続けるためには、ブレニア内海に流れ込む河を整備する必要があるのだ。アレックスは壁に絵を描き始めた。

 

『海に流れ込む河が一本だから、洪水が起きるんだ。この河を二本にすれば、水量が調整される!』

 

アレックスの発想は大胆であった。内海に流れ込む河の北側に、新しい支流を設け、河を二本にするというものであった。とてつもない大工事である。村人たちはアレックスに言った。

 

『無理だ・・・どれだけの時が掛かると思う?もう村を捨てて、移民するしか無かろう・・・』

『この工事が終われば、二本の川に挟まれた豊かな大地が出来る!俺たちの子や孫が、そこで豊かに暮らすことが出来るんだっ!』

 

アレックスの熱弁も空しく、村人たちは頭を振って、会議は散会となった。独り残されたアレックスは呟いた。

 

『俺はやるぞ。たとえ独りでも、いつか必ず、この土地を豊かな大地に変えて見せる・・・』

 

翌日、内海北東の海岸線にアレックスは立っていた。彼は一人、岩に鶴嘴を振り下ろした・・・

 

 

 

『彼は来る日も来る日も、ただ一人で鶴嘴を振り続けました。やがて、彼の構想に賛同する村人たちが現れ、それは村全体に広がりました。村人たちは力を併せ、五十年という歳月を費やして、新しい河川を敷くことに成功したのです。以来、洪水は起きることなく、二つの支流に挟まれたこの土地は、豊かな実りを齎すようになりました・・・』

 

とてつもない話である。ただ一人の男の行動が、これほどの土地を生み出したのだ。

 

『・・・人々の「この土地を豊かにしたい」という想い・・・ その想いが、私を生み出したのです。そう、私はこの土地に生きる人たちによって生み出された土着神、そしてそれは、現神も古神も関係なく、ディル=リフィーナの神々全てがそうなのです・・・』

『・・・つまり・・・』

 

水の巫女は頷いた。

 

『神とは、人間が生み出したのです』

 


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