戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

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第二十八話:運命を切り開く力

『神とは、人間が生み出したのです』

 

水の巫女は、言葉をつづけた。

 

『三神戦争以前の旧世界において、ヒトは「機工女神」という神を生み出しました。しかしその遥か前から、ヒトは神を生み出していたのです。いわゆる「古神」たちのことです。ヒトは、自ら創った神を信仰し、その信仰心が神の力を高め、ヒトに恩寵を与えていました』

『具体的には、どのような恩寵なのだ?』

『個人としては心の平穏、ヒトの集団である社会としては規範、文化としては技術や学問の土台、そして国としては統治の仕組みという恩寵です。ヒトは信仰に基づいて生き、信仰が中止として社会が形成され、信仰の下で文化が育まれ、信仰を核として国家が形成されたのです。もちろん当初は、各地で誕生した土着神でした。ヒトが行き交うことで、それら土着神が収斂され、より多くのヒトが信仰する神が、主神となりました。何柱かの主神のもと、ヒトは信仰に基づいて、平穏に生きていたのです・・・』

 

オレは思った。それは果たして「平穏」なのだろうか。神に「依存」しているだけではないだろうか。水の巫女は話し続けた。

 

『しかし、古神たちは大きな過ちを犯しました。ヒトが持つ欲望の力を読み誤ったのです。より多く、より高く、より遠く・・・ この「より」というヒトが持つ渇望、この力により、ヒトは新たな信仰対象「科学と技術」を生み出したのです。原因があって、結果がある。因果律を解き明かし、世界の構造を誰にも解るように紐解いていきました。その結果・・・』

 

水の巫女の言葉に、オレは続けた。

 

『・・・より強く、より賢くなったヒトは、やがて自らを主とする。神の信仰よりも自分の判断に基づいて生きるようになる。それは古神への信仰を薄れさせ、古神は力を失っていった・・・』

 

水の巫女は頷いて、話を続けた。

 

『ヒトの思考は、信仰から自由となりました。「ルネサンス」と呼ばれる変化が、旧世界の古神たちを弱めたのです。ルネサンス以降、ヒトは急速に技術を発展させていきました。信仰に捉われることなく、自由に研究・開発をし、この世界について解き明かしていったのです。そして彼らはついに、異世界への扉まで、開いてしまうようになりました・・・』

『三神戦争以前の旧世界イアス=ステリナの住人にとって、ネイ=ステリナの神々、つまり現神はどの様に見えたのだろうな・・・』

『彼らは忘れてしまっていたのです。ネイ=ステリナの現神と同じように、自分たちも神を持っていたことを・・・ しかし、彼らは自分たちの世界には神は存在していないと考え、人造の神「機工女神」を生み出したのです。そして、その機工女神が二つの世界を繋げ、三神戦争という戦争を引き起こしてしまいました・・・』

『・・・あまりに技術を発展させると、ヒトはいつしか神を忘れ、そして悲劇を生み出していく・・・そう言いたいのか?』

『そうした事実が、過去に存在した、ということです・・・』

 

オレは目を細めた。何だろう、この違和感は・・・

 

『あなたが言っていることは理解はできるが、それはヒトが自ら、克服すべき問題だろう。実際、三神戦争において古神は現神と戦っている。科学が発展しても、全てのヒトが神を忘れたわけではないだろう?』

『ヒトは欲多き生き物です。例えば豊かになりたい、商売を繁盛させたいと強く願えば、やがて商神や福神というものが生まれます。毎日当たり前のように昇る太陽、その太陽に畏敬の念を持つ者、感謝の念を持つ者もいます。山から日の出を拝む者が多ければ、やがて太陽神が生まれるのです。イアス=ステリナにも、そうした欲望や文化が残っていました。故に、古神が存在することが出来たのです。ですが、多くの災厄をもたらした三神戦争を引き起こした機工女神、その機工女神を生み出したのも、ヒトなのです』

『その機工女神の相手である、現神や古神もヒトが作り出したのだろ?つまり、ヒトの信仰そのものが、やがて三神戦争に繋がった、とも言えるのではないか?』

 

水の巫女は沈黙した。オレも黙って彼女を見つめる。オレは一つの疑問を提示した。

 

『一つ聞きたい。ヒトの想いが神を生み出すというのは理解した。その力は、ヒトだけが持っているのか?』

『ヒトは時として、凄まじい力を発揮します。長寿のドワーフやエルフ、あるいは他の亜人たちは、不可能だと思ったことは諦めてしまいます。しかしヒトは違います。どれほど歳月が掛かろうと、強固な意志を持ち続け、血のにじむ努力の末に、それを実現させてしまいます。ヒトが持つ、ヒトだけが持つ、意志の強さとその実現力、奇跡を引き起こす力・・・私たちはこれを「運命を切り開く力」と呼んでいます』

 

どこかで聞いた言葉だ。オレは大天使サリエルを思い返していた。確かあの厨二も、同じようなことを言っていた・・・

 

『私は、四百年前に実在した若き農夫、アレックスが発現した「運命を切り開く力」によって誕生しました。そして時が流れ、人々が彼の名前を忘れ、いつしか当たり前のようにこの土地に住むようになっても、この土地で豊かに暮らしたいという想いは変わりません。この地に住む人の想いが、私の力の源なのです』

『面白いな。人々は豊かに暮らしたいと願い、その想いを源として巫女殿は存在し、この地に住む人々に恩恵を与えることで、さらにその想いを集める。共存共栄、持ちつ持たれつつ、か・・・』

『・・・あなたは時として、身も蓋も無い言い方をされますね・・・』

 

オレは肩をすくめた。思ったことを端的に伝えたまでだが・・・

 

『それで、あなたはオレにそんな話をして、何を望んでいるんだ?そろそろ肚の内を明かしてもらえないだろうか?肚の探り合いも、度が過ぎれば胃にもたれる・・・』

 

水の巫女はオレを見つめると、やっと肚の内を見せてくれた。

 

『あなたのその考え方、ヒトは自らの力で克服すべきという考え方、その考え方の方向を見定めたかったのです・・・』

『ほう?オレは別に、自分が変なことを言っているとは思わんぞ?ヒトは誰に強制されるでもなく、自らの意志で、将来を決めるべきだ。ヒトは愚かなこともするが、その結果をも受け入れ、自らの糧として、次に活かしていくべきなのだ。そうすることで、一歩ずつ成長する・・・』

『ですが、ヒトの命には限りがあります』

『そうだな、だから歴史を見ると、同じ過ちを繰り返し続けるのだろう。だがそれで滅びるのなら、それがヒトの限界だとは思わないか?』

『・・・その結果が、新たな三神戦争だとしても、ですか?』

『そうだっ!いまこの大陸では、ヒトが繁栄をし始めている。いつの日か、ヒトは現神を超えるぞ。魔法なのか、科学なのか、何によって超えるかは解らんがな。そして、それで滅びるのなら仕方がないではないか。ヒトが自らの力でそれを克服すべきであり、神に救われる必要などない!』

 

オレは違和感をようやく理解した。水の巫女も含め、神に対する不信感の原因について・・・

 

『思うのだが、なんでアンタら神は、そんなに偉そうなんだ?所詮はヒトによって産み落とされた、ヒトの想いの残留物ではないか。産み落とされた自分が存在し続けるために、ヒトの欲望やヒトが持つ感情を「信仰」という形で利用しているに過ぎないのではないか?オレから言わせれば、神などという存在は、ヒトの「思想上の寄生虫」に過ぎんっ!』

『・・・・・・』

『巫女殿、アンタはまだいい。寄生虫は寄生虫らしく、宿主に恩恵をもたらすべきだからな。だが現神は・・・例えばバリハルトの狂信者たちのやっていることを見てみろっ!ヒトの欲望を利用し、狂信という形でヒトを操作し、殺戮と破壊という手段で、自らを信仰する信者たちを増やそうとしている。寄生虫如きが人間様を操ろうなどとは・・・いずれヤツには、オレ自身の手で身の程を教えてやるつもりだ・・・』

『・・・あなたは、なにをやろうと思っているのですか?』

 

オレは、この世界に舞い降りて以来、ずっと思っていたことを初めて口にした・・・

 

『ヒトにもう一度、ルネサンスを起こすのさ・・・』

 

 

 

 

 

私が畏れていた懸念は、やはり本当だった・・・

 

(ヒトが魔神の肉体を持ったら、「運命を切り開く力」は発現するのだろうか?)

 

この男個人が、神をどう思おうと、それは構わない。だがこの男は、その考えを広めようとしている。この男は、半分は人間で半分は魔神、だから可能なのだ。彼が本気になれば、数百年後には新たな三神戦争が起きかねない・・・

 

私は瞑目した。もう一度だけ、説得してみよう。もしそれで翻意しなかったら・・・

 

・・・殺すしかない。


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