戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

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第三十三話:仕合前夜

暗愚な統治者であったとしても、民衆たちに直接影響する部分での統治が機能すれば、それなりに平穏を維持することができる。すなわち「公正な税制」「公正な裁判」「治安の維持」である。バーニエ領主であるムスカが暗愚である中、バーニエがそれなりに繁栄を維持できたのは、この三つを担う行政府の役人たちが優れていたからに他ならない。バーニエは古来より人口が多かったため、経験のある役人の数も多かったのである。それでも、ムスカが行った混乱は、バーニエの輝きを失わせるに十分であった。行商人の中には、バーニエに立ち寄らず、そのままインヴィディアまで向かう者も多くいたのである。

 

ディアンが、ムスカの手を斬り飛ばした事件のあと、街の中央にある行政府では役人の責任者が集まって、話し合いが行われていた。ワッケンバインが宣言した通り、ムスカを軟禁状態にして事実上の追放処分とし、当面の統治は、役人による話し合いで行われることが決まった。役人たちの多くも、ムスカにはウンザリしていたのである。だが、近隣では戦乱の中で、この豊かな街を維持するためには、統治者が必要であった。本来役人とは、与えられた目標を実現するための計画策定や、発生した課題に対する対処は出来ても、目標そのものを考える仕事ではないからである。民衆が納得する統治者を選ぶとすれば、それなりに時間が必要であった・・・

 

 

 

 

オレとレイナは、事情聴取のため行政府の警備隊に呼び出されていた。事情聴取と言っても、帯剣を認められた客人待遇である。いわば形式的なものであった。一通りの聴き取りが終わったころ、ワッケンバインが部屋に入ってきた。

 

『改めて名乗らせて頂こう。バーニエ警備隊長のグラティナ・ワッケンバインだ。この度は、とんだご迷惑をお掛けしてしまった。申し訳ない』

 

グラティナが頭を下げた。オレとレイナはその謝罪を受け取り、自分の名を名乗った。グラティナは、レイナの姓がグルップであることに驚いたようだ。

 

『ひょっとして、剣聖ドミニク・グルップ殿は・・・』

『はい、私の父です。父を御存じなのですか?』

『知っているも何も・・・』

 

奇縁なことに、グラティナの父親は剣聖ドミニク・グルップの弟子であった。皆伝の証である「護身の剣」を受け取り、バーニエの前警備隊長を務めていた。彼女自身は、父親から剣の手ほどきを受け、その職を継いだそうである。

 

『・・・十一年前の事件で、父も大きな衝撃を受けていた。当時九歳であった私は、どのような事情であったのかは知らないが・・・』

『・・・そうですか・・・』

『だがメルキア国には、グルップ殿の高弟、アウグスト・クレーマー殿がいる。彼はいま、メルキア国の万騎将となっているそうだ。彼なら、事情を知っているかもしれない・・・』

『メルキアに・・・クレーマーが・・・』

 

その話を聞いたレイナは、顔色を変え、拳を握りしめた。

 

 

 

 

領主ムスカの追放は、瞬く間にバーニエの街全体に広がった。最初は、民衆の多くが戸惑ったが、元々、混乱の元凶がムスカだったのである。当面の統治に影響がないことがわかると、民衆の顔にも久々の笑顔が戻った。事情聴取を終え、役所から戻ったオレたちをリタが待っていた。いつもの笑顔だが、心なしか、目が怖い。

 

『え~ 予定を少し変更しまして、バーニエの街に七日間ほど滞在したいと思います。行商店を出しますので、皆様、警護の程を宜しくお願いします。と・く・に!ディアン殿には毎日、しっかりと警護をして頂きますので悪しからず・・・』

『・・・なぜ、オレだけ毎日なのだ?』

 

リタはヒラヒラとオレに紙を見せた。見てみると、酒場の請求書である。そういえばあの時、他の客の請求はオレにつけてくれって言ったような・・・言ったな。

 

『・・・なんで酒代で、こんな額になるんでしょうかね?今回の騒ぎを起こした原因であるディアン殿には、請求分をしっかりと稼いで頂きますっ!幸いなことに、あなたは今やバーニエの有名人ですので、あなたが警護をすれば、多くのお客さまがいらっしゃるでしょう~ ニッシッシッ!』

『・・・オレは客寄せか・・・』

 

隣でレイナが肩を震わせている。どうやら必死に笑いを堪えているようだ。

 

『さぁ、気張って商売しますよ~』

 

リタの元気な掛け声の後ろで、オレはため息をついた。

 

 

 

 

 

バーニエの政変は、すぐにメルキア国宰相プラダの知るところとなった。以前より、バーニエの街に諜者を紛れ込ませていたからである。

 

『・・・好機だ』

 

今やバーニエは、政治空白地帯と言える。役人たちは当面の維持は出来ようが、必ず統治者を求める。しかし人口八万人以上の都市の統治者など、一朝一夕で決められるものではない。その隙に、メルキアがバーニエの保護国として進出をすれば、労せずして穀倉地帯を手にすることが出来る・・・

 

プラダは足早に主君のところに向かった・・・

 

 

 

 

グラティナは、自分の渾身の一振りをアッサリと躱した男について考えていた。剣は父から手ほどきを受け、自分でも磨き続けてきた。小柄であった父は、剣聖から「虚実の剣」を学んだ。足さばきと体速、そして技術によって非力さを補う。虚と実を織り交ぜることで相手に隙をつくり、そこに斬り込む戦い方である。自分はそれを極めたつもりであった。半分はダークエルフである自分は、力と速さの両方を兼ね備えている。父を超え、剣聖とも伍すると密かに自負していた。その自分が、殺意は無かったものの、必中を期して放った一振りを躱されたのだ。それは、グラティナの自信を揺るがせるものであった。

 

あの男と仕合をしてみたい・・・

 

だが、行商人の護衛役として毎日夕刻まで店に貼り付いている。流石に店先で仕合をするわけにはいかなかった。グラティナは筆を取った。

 

 

 

 

 

店の警護中に、民衆から話し掛けられるのは、もう慣れてしまっていた。しかしグラティナの使いが、手紙を持ってきたときには驚いた。内容を見ると、仕合の申込である。今夜、街郊外で仕合をして欲しいとのことであった。正直、あまり意味のあることと思えなかったが、レイナも同じように仕合をしてから抱いたので、今回もその手で行こうかと考えた。あのダークエルフは、中々に魅力的だ。出来ればオレの傍におきたいと思うくらいである。オレは使いに了承したと伝えた。

 

『仕合?』

『あぁ、グラティナが言ってきた。今夜、オレと立ち合いたいそうだ・・・』

『・・・ふーん・・・』

 

レイナがオレをじっと見る。何か罪悪感のようなものを感じていると、レイナがいきなり核心をついてきた。

 

『・・・ディアン、グラティナさんのこと、抱きたいんでしょう?』

 

オレは大抵の場合、顔に出さずにいられるのだが、この時は失敗した。

 

『・・・やっぱり・・・』

 

レイナが「じとっ・・・」とオレを見る。オレの使徒になるのだから、了承など必要ないと思うのだが、オレの中の何かがそれを許さない。しばらく視線に耐えると、レイナは笑って言ってくれた。

 

『いいんじゃない?私あの人のこと、結構好きよ?でも、ちゃんと朝までには、帰ってきてね』

 

オレは頷くと、愛剣を持って立ち上がった・・・


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