戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

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第三十四話:グラティナとの死合

「剣聖ドミニク・グルップ」の名は、アヴァタール地方東域を中心に知られているが、その半生は多くの謎に包まれている。その理由は、グルップ村の悲劇により、ドミニク・グルップの日記などの資料が、殆ど焼失してしまっているためである。ドミニク・グルップの晩年の高弟としては、メルキア国万騎将のアウグスト・クレーマーが著名であるが、彼がドミニクに弟子入りした時点では、既にグルップ村には多くの兄弟子たちが存在しており、何故、ドミニク・グルップは剣聖と呼ばれるようになったのか、その剣術はどこで学んだのか、などは解っていない。

 

ドミニク・グルップの研究において、第一級の資料としては、ドミニクの弟子であり親友でもあった「ワルター・ワッケンバイン」の手紙がある。彼はグルップ村が出来た当初から、ドミニクの弟子であり、「護身の剣」を受け取った最初の皆伝者と言われている。ワルター・ワッケンバインは小柄な体格ではあったが、ドミニクより「虚実の剣」を学び、その極みに達していたと伝えられる。またワルターは、弟弟子たちの面倒見が良く、謙虚で誠実な人柄であったと、複数の証言が残されている。ともすると苛烈になりがちなドミニクの剣術修行においては、ワルターの存在が貴重であったことは間違いないだろう。ワルターは日記を書く習慣を持たず、彼の半生もまた、歴史の霧の彼方ではあるが、ワッケンバイン家にはドミニクからの複数の書状が残っており、当時の中原の歴史および格闘戦術を知る上で、貴重な資料となっている。ワッケンバイン家に残された、剣聖ドミニク・グルップからの手紙には、このような一文がある。

 

『・・・過日の仕合において、貴殿より受けた技には、大きな衝撃を受けました。一撃で相手を屠る「極実の剣」があるとするならば、貴殿より受けた技は、いかなる人間も躱すことのできない「極虚の剣」と言えるでしょう。私の長い剣闘の人生において、他者の技を模倣したことは極めて少ないのですが、貴殿より受けた技は「極虚の剣」として、弟子に伝えさせて頂きたく、お許しを願いたい・・・』

 

剣聖をして「いかなる人間も躱せない」と言わしめた「極虚の剣」が、どのような業なのかは、残念ながら記録に残されていない・・・

 

 

 

 

緊急で招集された重臣たちの会議において、宰相ベルジニオ・プラダから「バーニエの政変」が伝えられた。プラダは、当初予定をしていた南方制圧を変更し、一軍をもってバーニエに急襲し、示威行動と自治容認という「ムチとアメ」を使うことで、バーニエの役所責任者たちに開城させることを提案した。クレーマーは新兵の訓練状況を報告した。クレーマー自身としては、あと一週間は欲しかったが、それは「陣形形成およびその変幻」という点での不安であり、軍としての規律を叩きこむという点では、既に及第点以上を点けることが出来た。

 

『少々、訓練不足の感は否めませんが、バーニエへの急襲ということであれば、夜間行軍の訓練にもなりますので、私も賛成をします。ただ、出来ることならば精兵一千名を加え、三千の軍編成をお願いしたく存じます・・・』

『フム、その理由は、何か?』

『はい、バーニエは軍こそは少ないのですが、街内を保安する警備兵がいます。彼らの装備は我が軍よりは劣りますが、練度という点では、決して退けは取りません。また、それを指揮する指揮官も優れています・・・』

『その指揮官の名を知っているのか?』

『はい、私の兄弟子であるワルター・ワッケンバインの一女、グラティナ・ワッケンバインです。父親から手ほどきを受け「バーニエの黒豹」と呼ばれるほどの腕前と聞いています』

 

クレーマーの進言により、一千名の緊急動員が決定した。後年のメルキア帝国では兵農分離が進んでいたが、この時代ではまだ兵士専業という者は少なく、特に優秀な兵士のみが「専門兵」として雇用されていた。今回の出兵では、メルキア国の専門兵全員を動員することになる。

 

会議後、クレーマーは僅かな時間ではあったが、自室にて休息を取った。だがとても眠れるものでは無かった。相手は「バーニエの黒豹」である。剣で劣るとは思わないが、師に次いで自分が慕っていた兄弟子の一女である。出来れば、戦いたくはなかった。クレーマーはため息をついて、目を閉じた。

 

翌朝、日の出と共にメルキア国の兵士三千名が、バーニエを目指して出陣をした。夜間行軍を兼ね、四日間でバーニエの街郊外に着陣する予定である。主君ルドルフ・フィズ=メルキアーナを総大将とし、陣頭指揮は万騎将アウグスト・クレーマー、調略およびバーニエとの外交折衝はベルジニオ・プラダが担当する。必勝を期した出陣であった。だが、彼らの情報には漏れがあった。バーニエの街には、その十倍の兵を持ってしても不足するほどの力を持つ「魔神」がいたのである。

 

 

 

 

グラティナの仕合に応じたオレは、レイナの許可を得て、バーニエ郊外の草原に足を向けた。雲一つない夜空に、紅い月が出ている。気の強いオンナを抱くにはピッタリの夜だ。約束の場所には、グラティナが先に到着をしていた。

 

『待たせたようだな、ワッケンバイン殿・・・』

『グラティナで良い。気にするな。こちらこそ、一方的な仕合の申し込みを受けて頂いたこと、感謝をする』

『いや、まぁそれなんだが・・・』

 

オレはグラティナに切り出した。

 

『正直、あまり気が乗らんのだ。やはり帰っても良いか?』

『なに・・・怖気づいたか!』

『そういうことにしておいてもいいんだが・・・要するに、オレに何の得もないのだ。グラティナに勝っても得るモノは無いし、負ければ痛い思いをするだけだからな・・・』

『貴様・・・剣士としての誇りは無いのかっ!』

『無いな。オレは剣は使うが「剣士」ではない・・・』

 

グラティナが歯ぎしりする。そして、オレが望んでいる展開へと繋いでくれた。

 

『では、どうしたら仕合を受けてくれる・・・』

『うん、オレのやる気を起こさせてくれ。勝ったら得るモノが欲しい』

『なんだ?カネか?』

『いや、お前だ・・・』

『?』

 

グラティナは理解できていないようだ。やはり男を知らないらしい・・・

 

『オレが勝ったら、お前を抱かせろ。そうだな・・・バーニエに滞在する五日間、毎晩抱きたいな・・・』

『なっ・・・』

 

グラティナが驚き、そして・・・明確な殺気を放ち始めた。

 

『貴様・・・レイナ殿がいながら、よくもそのようなことを平然と・・・』

『レイナも承知しているぞ?』

『・・・なん・・・だと・・・?』

『お前には理解できないかもしれないが、オレとレイナはそういう関係なのだ。オレに抱かれ続ければ、お前も解るようになる・・・』

『解りたくないわっ!』

 

グラティナが怒気を発した。殺気の鋭さと気迫は、正に「バーニエの黒豹」と呼ばれるに相応しい。

 

『・・・で、どうする?』

『・・・わかった。いいだろう・・・』

『オレが勝ったら、五日間は毎晩、オレに抱かれるんだ。それでいいな?』

『構わんっ!どうせ勝つのは私なのだ。お前のその穢れた殖栗を切り取ってやる・・・』

『・・・怖いな・・・』

 

グラティナは剣を抜いた。オレも抜剣する。オレたちは、もはや仕合ではなく「死合」となっていた。

 

『では・・・いくぞっ!』

 

剣を構えたグラティナの姿が消える。次の瞬間には背後から斬りかかってきた。オレは振り返ることなく、剣を背に回して剣を受け止めた。

 

『・・・凄いな・・・』

『まだまだっ!』

 

グラティナの躰が宙を舞う。まるで舞のように美しい。

 

『月虹剣舞ッ』

 

凄まじい連撃がオレに襲いかかる。オレは魔神剣でその連撃を全て弾き返した。グラティナが飛びのく。

 

『枢孔円舞剣ッ』

 

グラティナは、オレの間合いの外から、半円を描く複数の剣撃が放つ。オレは半分を躱し、残りは剣で受け止めた。

 

『・・・クッ・・・化け物め・・・』

 

グラティナの表情から焦りが出始めていた・・・

 

 

 

 

目の前の男の嫌らしい目つきに、私は感情的になった。ムスカとのやり取り、あの豪胆さと手管に、私は素直に尊敬の念を抱いた。だからこそ、仕合を申し込んだのだ。だがこの男は、その仕合をダシに私を抱こうとしている。しかも許せないことに、既にレイナ・グルップという相手がありながらだ。仕合と言ったが、私は殺すつもりで剣を抜き、斬りつけた。

 

『・・・凄いな・・・』

 

必中を期した一撃が、またしても防がれた。だが私の意志は挫けない。この男を殺してやる!連撃を放った時には、斬ったと思った。だが全てを防がれる。私は信じられなかった。この男が使う剣は、大型剣より一回り小さい程度だ。普通の人間では両手でも使いこなすことは難しいだろう。だがこの男は、その剣を信じられない速度で振る。それも片手でだ。人間とは思えない膂力と速度だ。

 

私は次第に、焦り始めていた・・・

 

 

 

 

グラティナは「虚実の剣」を使う。その水準はヒトとしては最高域と言えるだろう。速さと力の双方を兼ね備えている。余裕で躱しているように見せているが、実際はギリギリだ。そろそろこちらから仕掛けないと危ない。

 

『では・・・今度はこちらから行くぞっ!』

 

・・・虎爪斬

 

ギィィンッ!

 

剣に闘気を込めた「実の一撃」を放つ。グラティナを斬るわけにはいかないから片手で振り下ろした。彼女は剣を両手で支え、それを受け止めた。余程の名剣なのだろう。並みの剣であれば、剣ごと真っ二つになっている。だがオレの一撃を受けて無事でいられるはずが無い。彼女は片膝をついて、剣撃を逃がすと、転がって距離を取った。

 

『・・・良く受け止めた・・・』

 

オレは笑みを浮かべ、賞賛した。

 

 

 

 

 

一合を交えれば、相手の剣の質が分かる。この男は「実の剣」を使うと予想していた。そして実際に予想通りだった。予想外だったのは、その速さと重さである。

 

・・・虎爪斬

 

実の剣としては、知られた技だ。受け流して反撃する技も持っている。だがこの男の剣は、とても受け流せる代物ではない。気づいた瞬間には間合いに入られ、剣を振り下ろされていた。両手で辛うじて受け止めた。

 

重いっ・・・

 

父から譲られたこの剣でなければ、私は死んでいただろう。しかもこの男は、片手で実の剣を放った。私は、手加減をされていたのだ。このままではとても勝てない。私は、最後の技に賭けることに決めた。

 

 

 

父から教えられた「極虚の剣」に・・・


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