戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~ 作:Hermes_0724
ラウルバーシュ大陸では、一般的な通信手段は手紙しかなかった。庶民は行商人に手紙を託し、家族や友人に近況を伝えていた。魔法を用いた通信手段も存在していたが、これは発信者と受信者の双方に魔術師が必要であり、ごく私的な関係の中で使われていたと言われている。
一方、都市の行政府単位で使用される通信手段も存在していた。これは都市内で発生した火事や河川の氾濫などの災害対策に用いられていた。一般的には、都市近郊に櫓を建て、鐘を鳴らすことで伝える方法であった。「近隣からの侵略に備える」という面での通信手段を最初に用いたのはメルキア国だと言われている。メルキア国では、自勢力内に複数の「狼煙台」を建設し、一日三回「日出・真昼・日没」に、煙の色で状況を知らせる方法を取っていた。とは言っても、平常時は白色、異常時であれば黒色、緊急時であれば赤色、と三種を使い分けるだけであり、具体的にどの様な異常事態、緊急事態が発生しているのかを伝えるには、早馬による口頭伝達しか無かった。通信手段が大幅に進歩を遂げるには、五百年後のヴァイスハイト・フィズ=メルキアーナの治世において開発された「魔導通信」の技術を待つしかない。
メルキア国首都インヴィディアを出陣した三千の「バーニエ制圧軍」は、新兵とは思えない速度で西進していた。当初は四日間の行軍を計画していたが、三日目にはバーニエ近郊に着陣できそうな速度である。出陣初日の夜、クレーマーは糧食が入った器を持ちながら、紅い月を眺めていた。行軍中のため、糧食は豊かなものではない。塩湯に小麦を練った塊を三つほど入れ、それが程よく溶けた汁だけである。バーニエ近郊に着陣をしたら、近隣から牛や豚などを購入し、一日の休憩を入れる予定だ。バーニエへの侵攻は五日目ということになる。月を眺めるクレーマーに、副官が声を掛けてきた。
『クレーマー殿、あと四刻後には出発します。少し、お休みください・・・』
『あぁ・・・ もう少しだけ、月を眺めていたい・・・』
副官は一礼して下がった。クレーマーは月を眺めながら、昔のことを思い出していた。自分が剣聖に弟子入りをした時に、よく面倒を見てくれたのが大兄弟子のワルター・ワッケンバインであった。師とも親友で、ちょうど同じ時期にお互いに娘が生まれたため、クレーマーが世話を命じられることも多かった。師と大兄弟子の娘を並べて、オシメを替えたこともある。
『レイナ嬢とグラティナ嬢・・・良い友人になるだろうと思っていたのだが・・・』
クレーマーは器を空にすると、幕舎に戻った。
グラティナとの死合の翌朝、ディアンは日の出前に宿に戻った。自室に戻るとレイナが眠っている。普通のオンナであれば、妬心でずっと起きているであろうが、レイナのディアンに対する想いは、その遥か高みにある。安心して眠っているレイナの横に、ディアンが腰を掛けた。レイナが目を覚ます。
『すまない・・・起こしてしまった・・・』
『ううん・・・終わったの・・・?』
レイナは血の臭いに気づいた。慌ててランプを灯すと、血塗れのディアンがそこにいた。口を手で押さえて悲鳴をこらえると、ディアンの服を脱がし、濡らした布で躰を拭く。傷は既に塞がっており、痕も見えないが、余程の死闘であったことは容易に想像できた。
『・・・強かったのね、グラティナさん・・・』
『あぁ、強かった・・・一歩間違えたら死んでいたよ・・・』
ディアンは未だに、レイナに剣の修行をつけている。技だけならば、既に自分に伍する腕に達していた。流石に「剣聖の娘」である。だがグラティナは、ディアンが初めて出会った「虚実の剣」の使い手であった。これまで見たことも無い技の数々に、ディアンは素直に感動していた。もし、レイナとグラティナがお互いに修行をしあったら、二人ともさらに強くなるだろう。
『・・・血の匂いが落ちないわ・・・』
『そうだな・・・リタに頼んで、今日は浴場に行こうか。レイナに洗って欲しい・・・』
レイナは笑顔で頷いた。
日の出前に家に戻った私を母が迎えてくれた。どうやら起きて待っていてくれたらしい。自室に戻り、躰を拭いた。
『・・・うっ・・・』
男の放った精が、太腿を伝ってくる。子が出来ることは無いと言いながら、あの男は私の中に三度も精を放った。そのたびに、私は真っ白になってしまった。男に抱かれるなど、考えたことも無い私にとって、今夜の出来事は一生、忘れられないだろう。信じられない程の快感だった。レイナがあの男から離れない理由が何となくわかった。
『レイナ殿は、毎日のようにあんな快感を得ているのか・・・』
心のどこかで、羨ましいと思う気持ちがあるのを否定できなかった。冷たい水で顔を洗う。これまで男から声を掛けられたことは幾度もある。自分に勝てるならと伝えると、無謀にも挑戦してきた男もいた。そして私は、ついに負けた。これから数日間は、毎晩あの男に抱かれる。あの男の腕の中で、快感に酔いしれることになる・・・
『・・・くっ・・・』
頭を振って気持ちを切り替える。あの男は行商人の護衛役だ。そして私は、この街の警備隊長なのだ。ほんの一瞬の邂逅に過ぎない。あの男に囚われてはいけないのだ。着替えをして居間に行くと、母が朝食を用意してくれていた。そういえば、昨日の昼以降は何も食べていない。母と向かい合う形で座る。スープを口にしようとすると、母が言った。
『・・・男を知ったのね?』
私は思わず、スプーンを落とした。
『母上、私はっ・・・』
『いいのよ。あなたに刻める男が現れて良かったわ。あなたは強すぎるもの・・・』
『・・・・・・』
母はしばら黙って私を見つめた。私は俯いたまま、スープにすら手を出せなかった。母が話し始めた。
『ティナ・・・私は実家に戻ろうと思います・・・』
『・・・えっ・・・』
『あの人が死んで、もう三年になります。そろそろ、気持ちにも区切りが必要でしょう。ハレンラーマには私の親族もいますし、そちらに移ろうかと思っています・・・』
『母上・・・』
『だから貴女も、貴女の望む通りに生きなさい。その男に、着いていきたいのでしょう?』
『・・・・・・』
私は自分でも、どうしたら良いのか解らなかった。あの男にはレイナがいる。自分が入ることなど出来ないだろう。だが、本当は・・・
『会ってみたいわね。あなたに刻んだ男に・・・ きっと、魔神のように強いのでしょうね・・・』
母は笑いながら、私に食事を勧めた。私は頷いて、スプーンを手にした。
意外なことに、リタはあっさりと了解してくれた。リタ曰く
『ニッシッシッ!商売繁盛大儲け!いやぁ、バーニエがここまで物資不足とは思わなかったよ~ 七日で売る予定だったのに、初日で殆ど売り切れちゃいました。他の行商人たちも店を出し始めているし、あとはインヴィディアで売る予定なので、店は今日で御仕舞です。明日はお休みにして、明後日に街を発ちましょう』
レイナと共に浴場に行ったオレは、ようやく血の匂いから解放された。グラティナと同じように、レイナも三度抱く。愉悦の余韻に浸りながら、湯船に漬かる。レイナに今夜もグラティナのところに行く旨を話すと、レイナは少し考えて言った。
『・・・グラティナさんも、使徒にしようと思っているの?』
『・・・将来的にはな・・・』
『・・・・・・』
レイナは迷っているようだ。グラティナを使徒にすることには反対ではない。だが、自分とグラティナのどちらを大事に思っているのかで迷っているのだ。オレはレイナに告げた。
『これからも使徒は増えるだろう。第一使徒はお前だ。約束する。オレの寝顔は、お前以外には見せない・・・』
一度だけ、オレの太腿を抓り、レイナは笑顔になった。
男が用意した部屋は、街の中でも値の高い宿であった。部屋の隅に、護符のようなものが貼られている。「歪魔の結界」というらしい。どれだけ声を出しても隣に聞こえないそうだ。レイナはこの結界の中で、喜悦の声を上げているのだろう。薄明りの中で、私は男に押し倒された・・・
『・・・オレたちと一緒に来ないか?』
男は私をそう誘った。男の胸の上で余韻に浸っていた私は、思わず顔を上げた。
『レイナも承諾している。一緒に、この世界を回ってみないか?』
『だが・・・私にはこの街の警備という仕事がある』
言い訳に過ぎない。ムスカが居なくなったことで、警備の仕事も大幅に楽になった。副隊長でも十分に務まるだろう。男もそれを見越しているようだ。
『今すぐに返答する必要はない。オレたちはインヴィディアに行き、またこの街に戻ってくる。その時に返事を聞かせてくれ・・・』
私は頷いた。自分の中では、既に答えは出ていた。
バーニエの街に滞在をしてから五日目は休日だった。他の警備たちも気ままに街に出ている。オレとレイナも街の散策に出た。バーニエは古くから交易の中継地として栄え、多様な文化が交流している。レイナは、東方で鍛えられたという片刃の剣などを見ている。レイナの剣もそろそろ替え時だろう。オレはレイナに声を掛けた。
『古の宮に行けば、ドワーフ族が鍛えた剣もあるだろう。良い剣を見つけたら、買ったらどうだ?』
日も傾きはじめ、食事に戻ろうとしていたら、グラティナが馬で駆けつけてきた。顔に焦りがある。
『ディアン殿、レイナ殿!一大事だっ!』
『どうした?』
『メルキア軍が近づいている!どうやら、この街を攻める気のようだっ!』
レイナの顔つきが変わった・・・