戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

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第三十七話:政治

首都インヴィディアを出陣してから三日目の夕刻、主君ルドルフを総大将とする「バーニエ制圧軍」は、バーニエ近郊に着陣した。直ちに幕舎が張られ、主君以下、主だった者たちが集められた。参謀長のプラダが、今後の方針を説明した。

 

『早速、バーニエに使者を出しましょう。メルキア法の遵守と税制を受け入れれば、都市としての自治を認めると伝えます。明日一日、話し合う時間を与え、明後日の朝に返事を貰いましょう』

『受け入れなかった場合はどうするのです?』

『その時は・・・仕方がありませんね・・・』

 

攻城用の兵器などは、一日遅れで到着をする予定だ。つまり明日一日というのは、メルキア軍側の都合でもある。ルドルフは頷いて立ち上がった。

 

『今回の出兵は、バーニエの政変を好機と捉えた緊急のものだ。あまり時間は掛けたくない。無血開城こそが、最も望ましい。そのためならば、多少の譲歩は認めても良いだろう。プラダ、交渉のほうは任せたぞ。クレーマーは万一の戦に備え、兵を引き締めておくように・・・』

 

両人が頷く。ルドルフは言葉をつづけた。

 

『常に言っていることだが、民衆への略奪、暴行はこれを厳に禁ずる。違反する者は、如何なる身分の者であろうと極刑に処す。全軍に徹底させるように・・・』

 

幕舎から出たクレーマーは、調達隊を集めさせた。近隣の村々から食糧を調達するためである。

 

『穀類および肉、野菜などを中心に調達せよ。くれぐれも丁重に、礼節をもって接するのだ。中には「供出」を申し出る者がいるかも知れないが、それは一切認めん。街価の二倍の額で、きちんと対価を支払うように・・・』

 

後世、アヴァタール地方の大帝国となるメルキアには、ラウルバーシュ大陸一と言われる厳しい軍規がある。総大将から兵士まで、戦場では全員が同じ糧食を採る。この三日間は、主君ルドルフですら、塩湯しか口にしていない。調達隊を一睨みした後、クレーマーは笑顔で告げた。

 

『明日は肉を喰らって、大いに鋭気を養うぞ。俺も出来れば酒が欲しいが、それはバーニエの酒場まで残しておこう・・・』

 

場に笑いが満ちた。

 

 

 

 

 

バーニエの街は混乱に満ちていた。メルキアの大軍が押し寄せてきた、この街を焼き払うと言っている、などの噂が飛び交い、街を脱出する者などが続出した。

 

「降伏か、交戦か」

 

きちんとした責任者がいれば、方針を決定して指示を出し、民衆の混乱を鎮めることが出来ただろう。だが統治者なき現在においては、役所も対応をすることが出来ず、混乱は深まる一方であった。行政府には主だった役人が集まったが、まとめ役を欠いた会議では、話し合いは混乱し、収拾がつかない。その中で、メルキア軍からの使者が来訪した。参謀長ベルジニオ・プラダからの降伏勧告である。使者が書状を読み上げる。

 

『我々メルキアは、いたずらに戦を好むものではない。開城し、速やかに降伏をすれば、メルキア国の保護の下、バーニエの自治を認める。なお、責任者を含め全ての役人、全ての民衆の生命と財産は、これを完全に保証することを確約する』

『・・・メルキアの保護とは、具体的にどのようなものか?』

 

役人たちの質問に、使者が更に読み上げる。その質問があることも、プラダは見越していた。

 

『メルキア国の保護とは、メルキア法の遵守およびメルキア国の税制を受け入れること、メルキア国軍の常駐を認めること、以上の三点である。なお、返答は明後日の真昼までとする・・・』

 

役人たちはそれぞれに顔を見合わせた。条件としては悪いものではなかった。自分たちも民衆も、生命と財産は保証される。つまりこれまで通り、役所での仕事を続けることを認めているのだ。またメルキア国の法や税制は、バーニエよりも優れている。メルキア国軍が常駐すれば、北に横行している盗賊たちに悩まされることも無くなる。つまり、良いことづくめなのだ。統治者がいれば、自分の立場を守る為に反対をするであろうが、幸いなことに自己保身を考えるであろう統治者は不在である。だが・・・

 

「誰が最終的に決定をするか」

 

この一点が問題であった。役人たちは今後もバーニエに住み続ける。誰が決めても「アイツが降伏を決めた」と言われ続けるのである。そのことを考えると、簡単に責任者を引き受けられるものではない。これは責められることでは無い。誰しも、自分自身や家族が大事なのだ。

 

『・・・それでは、明後日の真昼に、お返事を頂戴いたします』

 

メルキア国の使者が一礼して去る。部屋の中に沈黙が流れる。その中で、警備隊長のグラティナが発言をした。

 

『降伏をするにしても、あちらの言われるがまま、されるがままというのは癪ではないか?もう少し、譲歩を引き出せないだろうか・・・』

 

この発言で、再び議論は沸騰した。グラティナの意見に真っ向から反対する者もいれば、賛同の声を挙げる者もいる。まとめ役を欠いた話し合いでは、場を動かす一言を発したものが、自然とまとめ役になっていくものだ。いつの間にか、議論はグラティナを中心に進んでいた。夜半になり、ようやく議論がまとまってきた。

 

『・・・つまり、降伏はする。だがその前に一度、話し合いの場を持ちたい。そういうことで宜しいか?』

 

全員が頷く。だがそうなると、誰が話し合いの交渉役となるかが問題だ。一軍を相手に交渉となると、命懸けである。グラティナが意見を出した。

 

『私一人が交渉をするというわけにはいかないだろう。私は口下手だしな。幸いなことに、交渉役としてうってつけの人物がこの街にいる。物事を公平に見ることが出来、口が達者で、しかもこの街には縁が無い男だ。現在の状況を創った元凶でもある。彼に交渉役を担ってもらおう・・・』

 

 

 

 

 

『・・・交渉役?オレがか?』

 

夜半、宿に来たグラティナから、交渉役を担ってほしいと言われた。役所での話し合いの状況を聴くと、どうも良く解らない。

 

『・・・話し合うと言っても、具体的にどのような譲歩を引き出すのだ?目標が解らなければ、話し合いようが無いだろう・・・』

『うむ、そうなんだが・・・』

 

グラティナの様子に、オレは察した。

 

『・・・要するに、ゴネたいわけだな?』

『身も蓋もない言い方だが、そうだ』

 

使者が来て、一方的に降伏をしたとなれば、後で民衆から責められる可能性がある。降伏をするにしても、話し合いの場を持ったという事実を残しておけば、その後の言い訳になる。オレは言い訳づくりのダシというわけだ。グラティナが言葉を続けた。

 

『この街の住人ではないお前に、このようなことを頼むのは気が引けるのだが、お前以外に候補者がいないのだ。ムスカ追放のきっかけとなったお前は、この街でも名が知られているし、話し合いの後はすぐに街からいなくなる。条件としてピッタリなんだ・・・』

 

オレは少し考えて、返答した。

 

『わかった。引き受けよう。ただし、話し合いにあたって、向こうに要望を出して欲しい』

『どのような内容だ?』

『一つ、話し合いである以上は、対等な「座」を設けて欲しい。こちらからは街代表として、オレとレイナとグラティナの三名が出席する。先方からも、総大将以下三名を出すように伝えてくれ』

『了解した』

『二つ、対等である以上は帯剣を許可して欲しい。向こうは三千、こちらは三名だ。それぐらいは認めて欲しい。三つ、万一、決裂をした場合でも、民衆の生命と財産を守ると確約して欲しい』

『決裂だと!決裂するような話し合いにするつもりなのか?』

 

グラティナが慌てたようにオレに詰め寄る。オレは笑みを浮かべて返答した。

 

『それが、交渉役を引き受ける条件だ。決裂することも覚悟しておいて欲しい』

『・・・決裂する時は、どんな時なのだ?』

『・・・オレが、向こうの総大将を斬ったときだ・・・』

 

 

 

 

私は久々に、彼と褥を共にしていた。彼は「お前以外に寝顔は見せない」と言ってくれた。その言葉通り、彼女を抱いた後も、夜明け前には必ず戻ってきてくれた。だから私の中に、彼女に対する嫉妬は無い。彼は私を大事に思ってくれている。

 

『いよいよね・・・』

『あぁ、明日が楽しみだ・・・』

 

そう。明日の昼に、いよいよ父の仇と対面する。ルドルフ・フィズ=メルキアーナ・・・ あの男を斬る為に、私はここまで来た。彼は「自分が判断する」と言ったけれど、斬れと言うに決まっている。あの男は侵略者だ。父を殺し、村を焼き払った極悪人なのだ。

 

『オレが合図する。ルドルフを斬るのはレイナ、お前だ・・・』

 

私は頷いた。

 

 

 

 

 

『話し合いの座、ですか・・・』

 

主君の幕舎の中で、クレーマーは首を傾げた。武人であるクレーマーには、こうした政治は理解できない。笑いながらプラダが説明をした。

 

『要するに、言い訳づくりなのです。役人は自分で決めることを恐れます。後で責任問題になりますからね。ちゃんとした話し合いの場を持った、ということにすれば、後々で言い訳ができますので・・・ 我が君、明日は私とクレーマーのみで十分で御座います。帯剣をする場に、我が君をお連れするわけにはいきません・・・』

『ウム・・・向こうの使者は誰なのだ?』

『えー・・・うん?これは・・・』

 

プラダは報告書を読んで顔色が変わった。プラダが声を出す。

 

『向こうの使者は、ディアン・ケヒト、グラティナ・ワッケンバイン、そして・・・レイナ・グルップ・・・』

 

クレーマーは思わず立ち上がった。だが立ち上がったのはクレーマーだけでは無かった。主君ルドルフも同じく立ち上がっていた・・・


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