戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~ 作:Hermes_0724
ラウルバーシュ大陸オウスト内海の北部にあるレスぺレント地方で、神と人間との壮大な戦いがあった。世に云う「フェミリンス戦争」である。
神の力を欲した魔術師ブレアードが、女神フェミリンスと戦い、勝利をおさめた戦争である。ブレアードは結果的に、「神の力」を得ることは出来ず、フェミリンスを封印、人間属に呪いを掛けて姿を消した。目標未達である以上、勝利とは言えない戦争である。
『ブレアードか・・・まあコイツも、運命を切り開く力を発揮したってことか・・・』
フェミリンス戦争から10年後のラウルバーシュ大陸に転生したオレは、ディジェネール地方の深い森の中にいた。
ディジェネール地方は、ブレニア内海南部に広がる亜人が治める広大な森林地帯だ。治めるといっても、国家が存在しているわけでは無く、蜥蜴人や竜人、エルフ族の村が点々としている「無統治地帯」である。南西に行けば、人間族が住むセテトリ地方がある。
フェミリンス戦争は、人間族の中では相当な噂になっているが、亜人の中ではそれほどでもない。戦争から10年が経過をしているが、オレはその話を龍人族の村で聞いた。
転生したオレは、まずはこの世界を確認することから始めた。魔法や剣技の素質は十分で、魔力に至っては主神を遥かに超えた「超魔神」だが、知識は皆無である。転生したての赤ん坊のようなものだ。低知能の獣などを狩りながら、ひたすら森を彷徨う日々が続いた。武器一つ持たずに転生をしたため、棍棒や石などで獣を狩る。魔法は何とか火を起こせる程度に使えるようになったが、回復魔法すら使えない。
『しまったな…人間族が治める地方に転生すべきだったか・・・』
その夜も、襲ってきたサーベルタイガーを棍棒で打ち倒し、河辺に火を起こした。都会生活だったオレがいきなりのサバイバルだ。いまは魔神とはいえ、感覚は人間のままだ。こうしたサバイバルを続けると、人恋しさで自然と鬱になる。
ズリッ・・・ズリッ・・・
何かが近づいてくる音が聞こえた。オレは瞬時に飛び起き、棍棒を片手に周囲を警戒する。やがて、ガサガサッと草が揺れると、秀麗な顔立ちをした美女が現れた。
『これは驚きました。こんなところに、人間が独りでいるなんて…』
久々に言葉を聞いたオレは、思わず涙ぐんだ。魔神が涙ぐむなどお笑いだが、オレの外見は人間そのままなのだ。その様子を見た美女は、オレに近づいてきた。よく見ると、脚が蛇のようになっている。上人下蛇の亜人、龍人だ。
『余程、怖い思いをしていたんですね。もう大丈夫ですよ。私の村に来なさい。ここよりもずっと、安全だから・・・』
オレは小奇麗な部屋の中で目を覚ました。オレを助けてくれた龍人「リ・フィナ」の家である。部屋から出ると、ちょうどリ・フィナが食事を作っていた。
『おはよう。良く眠れたようね。疲れていたんでしょう』
『なんと、お礼を申し上げたら良いか・・・』
オレは素直に頭を下げた。リ・フィナは笑いながら頷くと、テーブルに食事を並べた。
『人間であるあなたの口に合うかどうか、わからないけど…』
野菜が大量に入ったスープである。この数日間、肉しか食っていないかったオレにとっては、何よりのご馳走であった。夢中で食べるオレの様子を見ながら、リ・フィナが話しかけてくる。
『ねぇ・・・記憶が無いそうだけど、あなたの名前も覚えていないの?』
オレは頷いた。嘘ではない。”この世界の”記憶は殆ど無い。目が覚めたら森だったのは事実だ。ただ、名前が無いのは不便だ。昨夜、村まで案内される途中で、オレは自分の名前を決めた。
『ディアン・ケヒト』
『え?』
『オレの名前、ディアン・ケヒト…だと思う』
古代ケルト神話に登場する「技術の神」の名前であった。古神と被る可能性があったが、どうやらリ・フィナは知らないようだ。
『そう、じゃぁ、ディアンで良いわね?よろしくね、ディアン』
食事の後、リ・フィナに村を案内された。村は現在、二百人ほどの龍人が暮らしているらしい。ディジュネール地方では中規模の村だ。リ・フィナは村の警備役として、周囲の見回りなどを担当している。人間が余程珍しいのか、龍人たちがジロジロとオレを見る。
『ディアン、これから村の長老に挨拶しましょう。いずれ人間族の街に戻るとしても、
もうしばらくは、この村で過ごすのですから・・・』
村の中で最も大きな家に、オレは案内をされた。
『フム、この気配はリ・フィナじゃな?それともう一つ、面白い気配がする…』
目の前の龍人は、長老と言う呼称に相応しく、白髪で長い髭を生やした老年であった。
寿命の長い龍人族で、これほどに老いているのであれば、千年近く生きているのであろう。
その傍らには、口ひげを生やした中年の龍人がいる。龍人といえば女しか知らなかったが、考えてみれば男もいて当たり前だ。
『リ・フィナよ。昨夜、お前が保護をした人間とは、其の者か?』
『はい、グリーデ様。ディアン・ケヒトという人間です。自分の名前以外は、記憶が無いとのことです』
中年の龍人、グリーデはオレに一瞥を向けると、すぐにリ・フィナとの話しを続けた。
『して、お前は此の者をどうするつもりだ?』
『人間族ということから、恐らくはセテトリ地方の出身者かと思われます。折を見て、セテトリ地方の人間の村まで案内をし、彼らに委ねるべきかと思います』
『ふむ、まあ妥当なところだな…』
リ・フィナとグリーデの話は、オレにとっても助かる話であった。人間族の村まで行けば、より多くの情報が集まるだろう。
そう考えていると、長老が口を開いた。
『ディアン・ケヒトよ。こちらに来なさい・・・』
長老の傍まで行くと、不意に両肩を掴まれた。力はそれほど強くないが、何か別種の力が働いているように感じる。
長老の眼は白い眉毛に隠れて見えないが、どうやら失明をしているらしく、こちらに一切、目を向けない。
『ふむ…力は驚くほどじゃが・・・何も知らずに生まれたのか…』
ブツブツと独り言を呟く姿に、オレは少しばかり、恐怖を持った。魔神であることを見抜かれたかもしれないからだ。
もしバレたら、その場で殺される可能性もある。戦いの技術をまるで知らないオレでは、生きてこの村を出るのは難しいだろう。
『フォッフォッフォッ・・・まあそう、固くなるでない』
長老は笑いながら、オレを掴んでいた両手を離した。何を考えているのか、まるで読めない。
長老はオレを下がらせると、リ・フィナに問いかけた。
『リ・フィナよ。お主、剣術が使えるのう?』
『え?はい、まだまだ未熟ではありますが・・・』
『うむうむ、重畳じゃ。ディアンよ、そなたが望むなら、リ・フィナの下で剣術を学ばぬか?』
『ちょ、長老?それは・・・』
『お待ちください。つまりディアンをこの村に留め置く、ということですか?』
ただでさえ排他的な龍人族が、他者を受け入れ、さらには知識を預けるなど異例中の異例である。
オレとしては望ましいことだが、意味は分かっても、意図が解らない。恐らく、いや間違いなく、長老はオレが魔神であることを見抜いた。その上で、オレを鍛えようとしているのだ。
『記憶を無くしている以上、人間族の村に戻っても、世知辛い世界で生きるだけじゃ。
本人にとっても過酷であろうに・・・それならむしろ、この村で暮らし、人間族との交渉などで役に立ってもらった方が良いのではないか?それに、本人も望んでいるようじゃしの?』
(やはり・・・)
オレは額にうっすらと汗を浮かべた。しかしここは、好意に甘えておくべきだろう。
『お言葉、有り難く・・・出来れば剣術のほか、魔法なども学ばせて頂ければと思います』
『儂らで教えられることがあれば、教えてやるわい。まあ少しずつ学びなさい・・・』
長老の家を後にしたオレは、改めてリ・フィナに願い出た。
『リ・フィナ・・・貴女にとっては迷惑かもしれないが、出来ればオレに、剣術を教えて欲しい。あの森でも生きられるくらいの強さを身につけたい・・・』
『・・・仕方がありませんね。どこまで教えられるか判りませんが、今日から始めましょう』
長老は独り、部屋の中で考え事をしていた。齢のせいか、自然と独り言が出てしまう。
『まさか、生きている間に”無垢なる魔神”に出会うとはのぅ…』
『あの者の力は、計り知れぬ。現神をも超えるやも知れぬ…』
『しかし・・・だからこそ、儂らの手によって導きたい。邪を為す魔神ではなく、邪を討つ魔神に・・・』
長老の独り言は、ひとしきり続いた。