戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

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第四十話:一つの旅の終わり

主君ルドルフより暇を貰ったクレーマーは、急ぎインヴィディアへと戻った。レイナと対面をするためである。役場にて、ディアンとレイナが宿泊している宿を確認すると、クレーマーは自室に戻り、すぐに宿に向かった。

 

『外出した?』

『はい、今朝方、お二人で出かけられました・・・』

『どちらに向かったか、教えて頂けないだろうか』

『えぇ・・・そういえば、地図を見ていらっしゃいましたね。南東に向かわれるようでしたが・・・』

 

それだけで、クレーマーには十分であった。南東でレイナに縁のある場所といえば、一つしかないからである。宿の主人に礼を述べ、クレーマーはすぐに追いかけた。

 

 

 

 

グルップ村は、インヴィディアから南東に馬で半日ほどの場所にある。森と山に囲まれた自然豊かな場所だ。オレたちは村の入り口に入ると馬から降り、手綱を引きながら村内に入った。十一年も経てば、草が生え、木の芽が伸びる。だが焼け跡はそこかしこにに残っている。レイナは悲しそうな顔をしながらも、村の中を見て回った・・・

 

『・・・誰もいないわね・・・』

『あぁ・・・』

 

レイナは、ある焼け跡の前で止まった。他の家より少し大きい。

 

『・・・ここが?』

『うん・・・私の家・・・』

 

焼け跡の中にレイナが入る。昔を思い出しているようだ。

 

『・・・ここが台所・・・ここが居間・・・ここは道場・・・』

 

歩きながら、レイナが呟く。全てが焼け落ち、辛うじて柱が残されている程度なのに、レイナには十一年前の光景が鮮明に見えているようだ。話しかける必要は何もない。オレは黙って、その様子を見ていた。

 

日が傾き、西日が差し始めた頃、馬の嘶きが聞こえた。オレたちが振り返ると、村の入り口に体つきの良い一人の男が、馬から降りようとしていた。メルキア国万騎馬将アウグスト・クレーマーだった。馬の手綱を引きながら、オレたちに近づいてくる。レイナは黙って、その姿を見つめていた。オレは多少の警戒心を持ちながら、クレーマーに話しかけた。

 

『メルキア国万騎将アウグスト・クレーマー殿・・・』

『ディアン・ケヒト殿、レイナ・グルップ殿、その節は・・・』

 

クレーマーがオレたちに一礼して挨拶をした。

 

『・・・メルキアの法を犯さない限り、メルキア国はオレたちに関与しない・・・そう約束したはずだが・・・?』

『はい、ですからメルキア国万騎将として来たのではありません』

 

オレは首を傾げた。レイナはじっとクレーマーを見つめる。

 

『剣聖ドミニク・グルップの弟子、アウグスト・クレーマーとして、レイナ嬢にお伝えしたいことがあり、罷り越しました・・・』

『・・・レイナに?』

 

頷くクレーマーの様子を見て、害意は無いことを判断したオレは、レイナに顔を向けて頷き、「馬の世話をする」と告げて、その場を離れた。

 

 

 

 

私は戸惑った。メルキア国に対する憎しみは、もう無い。だから彼を責めるつもりもない。でも、どのような顔をして彼と接すれば良いのだろうか。そう思っていたら、彼は馬の荷を解き、布にまかれた何かを取り出した。私に歩み寄る彼の顔は、十一年前より少しだけ老けたように見える。彼は私の前に跪いた。

 

『これを貴女様にお返し致します』

『・・・これは・・・』

 

受け取った私は、布を解いた。布の中には、一振りの剣があった。

 

『師父より頂戴した、皆伝の証「護身の剣」です。私には、これを持つ資格はありません。ですので、貴女様にお返し致します』

『・・・なぜです?なぜ、資格が無いと?』

『・・・師父より学んだ剣の道・・・私はその道から外れています。そのことに悔いはありませんが、この剣は持つべきではないと思います』

 

私は剣を抱きしめた。彼はこの剣を見ながら、どれだけ悩んだのだろう・・・ 彼もまた、十一年間、苦しみ続けてきたのだ。

 

『・・・わかりました。受け取ります・・・』

 

彼は立ち上がると、十一年前と同じ微笑みを浮かべた。

 

『嬢・・・いつまでも、お健やかに・・・』

 

そう言うと、彼は自分の馬へと戻った。話したいことや話すべきことが沢山あるのに、いざ顔を会せると、何を話して良いのかわからない・・・

 

『・・・アーグッ!』

 

十一年ぶりにその名を呼んだ。彼は足を止めた。

 

『私は、自分の生に後悔していない。これからの生き方にも後悔しない。だからお前も悔いることなく、自分の信じる剣の道を貫けッ!』

 

彼は振り返ると一礼した。西日のせいで、どんな表情をしているのか解らない。馬に乗り、そのまま振り返ることなく去っていった。その後ろ姿を見ながら、私の頬に一滴だけが零れた・・・

 

 

 

 

クレーマーは西日に当たりながら、眼を閉じていた。彼女から、十一年ぶりに呼ばれた自分の愛称、そして彼女の言葉を思い出し、目蓋の熱さに耐えていた。

 

「自分の信じる剣の道を貫け・・・」

 

それは、十一年前に師父から貰った最後の言葉と、同じ言葉であった。

 

(貫こう・・・どこまでも・・・私の剣の道を・・・)

 

クレーマーは胸を張って馬を奔らせた。彼の心は空と同じく、晴れ渡っていた・・・

 

 

 

 

『・・・話は済んだようだな・・・』

 

ディアンは馬に水をやり、草を食ませていた。クレーマーとレイナがどのような話をしたかは聞かない。知る必要もない。レイナの顔から迷いが消えているのを確認できただけで十分だ。ディアンはそう思っていた。

 

『・・・もうすぐ日が暮れる。今日はここで一泊するか?』

『うん。父にも、あなたのことを紹介したいし・・・』

 

ディアンと共に歩きながら、レイナは空を見上げた。自分の心のように澄んでいる。彼女はやっと実感できた。

 

ようやく、十一年の旅が終わったのだと・・・

 


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