戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

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第四十四話:白と黒、正と邪、善と悪

ラウルバーシュ大陸において、国家形成期を前後して大幅に変化をしたのが、各地を結ぶ交易であった。国家形成期以前は、しばしば盗賊団が出現をし、街道を往来する行商人や小規模の集落を襲撃していた。そのため、行商人は武装した護衛を雇い、集落は自警団を形成するなどの対処療法を行っていたが、その効果は限定的であり、ヒト・モノ・情報の行き来はごく限られた範囲に留まっていた。しかし各地で国家が形成されると、盗賊団に対して国家的な対策が取られるようになり、その数は劇的に減少をした。そのため行商人の護衛を生業としていた者たちは、傭兵として活動をするようになり、レンストの街などは「傭兵派遣の街」として変貌をしていくのである。

 

一方、国家形成期以降もそれほど活性化を見せなかったのが「海洋交易」である。これは陸上交易と比べて、海洋交易には多額の初期投資が必要であったため、交易が可能であったのは、神殿勢力や一部の国家に限られていたという背景がある。また一説には、海洋交易が盛んになれば、造船技術が進歩し、いずれ神々の大陸である「神骨の大陸」にまで人間族が進出する可能性があったため、現神がそれを恐れたとも言われている。

 

交易の輸送手段に革命を齎したのは、メルキア帝国ヴァイスハイト・フィズ=メルキアーナの治世で開発された「魔導戦艦」である。魔導戦艦は、巨大な船を低高度で浮上させて移動するため、大量の物資を安全に運ぶことが出来、これを海洋交易に適用すれば、人間族の活動範囲は飛躍的に拡大するはずであった。しかしながら、メルキア帝国が内陸国であり海を持たなかったこと、また他国との交易で魔導戦艦を利用すれば、軍事的な警戒を与えるのみならず、技術流出の危険があったことなどから、魔導戦艦は未だに「純軍事的目的」でのみ使用されている。

 

 

 

 

 

殺戮の夜から一夜明け、私たちは変わることなく、古の宮を目指していた。驚いたことに、レイナのみならずリタまでもが、数十人をも殺したあの夜のことについて、何とも思っていないようだ。彼女は私にこう言った。

 

『まぁ行商人をやっていたら、盗賊の襲撃は当たり前だからねぇ。自分で戦ったことは無いけど、死体なら見慣れちゃったかな~』

 

あっけらかんと言う彼女に、私は自分の世界の狭さを感じた。バーニエで警備隊長をしていた時も、追い払うだけであった。「殺す」という意志で人を斬ったことは無い。だがそれは、あの街の中でのみ、許されていたことなのかもしれない。外の世界では「殺さなければ殺される」ことが常識であり、私が非常識なのかもしれない。そう思い悩んでいると、レイナが声を掛けてくれた。

 

『昨日の夜のことで悩んでいるのなら、一度、ディアンに相談してみたら?』

 

もちろんそれは考えた。だが私は怖かった。あの男が、私とは違う考えの持ち主だったら?殺戮を何とも思わず、人を平然と殺すことが出来る男であったら?そう思うと、切り出すことが出来なかった。あの男について行こうと思った私を否定することになるのだから・・・

 

結局、相談も出来ずに夜を迎えた。そして再び、襲撃があった。今度はグレイハウンドの襲撃だった。すると彼は言った。

 

『出来るだけ殺すなッ!適当に傷つけて、追い払えッ!』

 

山賊は殺戮したのに、魔物は出来るだけ殺さないと言う。私にはその基準が理解できなかった。だが襲いかかる魔物を殺さずに追い払うというのは難しい。私は一体を殺してしまった。魔物を追い払った後、彼はグレイハウンドの死体の傍にしゃがみ込むと瞑目し、牙や皮を剥がし始めた。素材を集めているのだ。その上で、残りを炎で焼いた。

 

(この男は、簡単に命を奪う男ではない。彼なりの基準があるのだ・・・)

 

そう思った私は、思い切って相談をした・・・

 

 

 

 

グラティナから相談を受けたオレは、野営地から少し距離を取ったところに彼女と隣り合って座った。山賊襲撃後にグラティナが悩んでいることには気づいていた。だがこれは、自分自身の中で払拭をするしかないと思っていた。この相談は説得ではなく、迷路に迷う彼女を出口に導いてやるものだと思って臨んだ。

 

『・・・あの夜のことを、気にしているのか?』

『うん・・・』

 

グラティナは暫く黙って、それから疑問を口にした。

 

『正直、あそこまでやる必要はあったのだろうか。半分以上を殺した。殺さずに追い返すことも出来たのに・・・』

『そうだな。確かに、殺さずに追い返すことも出来ただろう。なぁ、少し話をしたいんだが、お前は他人の物を盗んで良いと思うか?他人を傷つけたり、嘘をついたり、盗んだり・・・そうしたことをして良いものだと思うか?』

『思うわけないだろっ』

『そうだな、オレもいけないことだと思う。では聞くが、なぜ他人の物を盗んだり、他人を傷つけたりしちゃいけないんだ?』

『・・・え?』

『これはしてはいけない、これはしても良い、何が悪で、何が善か・・・そうした判断は、どうやって学んだんだ?』

『それは・・・両親や近所の年寄り・・・あとは子供の頃の友人たち・・・だろうか・・・』

『うん。こうした判断基準は、生まれながらのモノじゃない。後天的に身に付いたものなんだ。オレたちはそれを「倫理」や「道徳」という言葉で呼んでいる。ではなぜ、こうしたものが必要だと思う?』

『・・・それが無ければ・・・生きていけないから・・・かな・・・』

『そうだ。人間は社会的な生き物なんだ。個体としての人間はとても弱い。だから集まって暮らしている。集まって暮らす以上は、その中に共通した規律が必要なんだ。他人を傷つけてはいけません。嘘をついてはいけません。物を盗んではいけません・・・こうした規律を子供の頃から徹底して教え込む。これにより、その子は集団の中で生きられるようになる・・・』

『そうだな・・・』

『オレが言いたいのは、善悪の判断基準は絶対的なものではない。極端な話、バーニエの街で善とされていた行いが、他の街では悪とされることだってあり得るんだ。そこまでは、理解できるな?』

『あぁ・・・』

 

オレはワインが入った杯を傾け、口を湿らせた。グラティナも飲んでいる。こうした話は、少し酒が入ったほうが良い。

 

『だが人間は、弱い生き物だ。いけないことだと解ってはいても、つい嘘をついてしまう。他人を傷つける言葉を発してしまう。暴力を振るう人間だっている・・・仮に、もしお前が、人を・・・例えばレイナを傷つけてしまったら、お前はどう感じる?』

『・・・その後で、ひどく後悔すると思う。そして許しを請うと思う・・・』

『そうだ。それが「罪悪感」だ。人間は、自分を顧みる生き物なんだ。だが自分を顧みるためには、何かの基準が必要なんだ。善悪の基準がな。お前が罪悪感を感じるのは、何が善で何が悪かという基準がお前の中にあり、その基準に基づいて、自分自身を振り返るからなんだ。理解できるか?』

『うん、理解できる・・・』

『さて、では先日の山賊たちを思い出してみよう。彼らは、罪悪感を感じていると思ったか?』

『・・・いや、感じてはいないな・・・』

『何故だと思う?』

『・・・自分がやっていることが「悪」だと知らないのか?いや、そうではないかな・・・』

『オレが頭目に、一番最初に質問した内容を覚えているか?オレは「悪であると感じないか」と尋ねた。彼は何と応えた?』

『・・・感じない、そう応えた』

『そう、自分たちの行いが「悪」だと知っていて、それでも罪悪感を感じていなかったんだ。どう思う?』

『・・・なんでそんなことが起きるんだ?』

『人間は弱い生き物だが、それは心も同じなんだ。一度や二度であれば、罪悪感を感じるかもしれない。だがそれが当たり前になってしまったら、心が麻痺してしまうんだ。罪悪感を感じながら悪を行うほど、人間の心は強くない。それでも悪を続けた結果、彼らの心が、罪悪感を感じることを拒否するようになってしまった・・・』

『・・・・・・』

『オレはこれを「堕落」と呼んでいる。この状態になってしまった人間は、そこから這い上がることは容易ではない。何故なら、自らを顧みる源である罪悪感を感じなくなっているからだ・・・』

『・・・堕落・・・か・・・』

『・・・憐れだとは思う。彼らだって、最初から罪悪感を感じない人間だったんじゃない。止むにやまれず、山賊になったんだろう。だが、もうあそこまで堕ちてしまったら、救うことが出来ない・・・』

『殺すことで、彼らを救った・・・と言いたいのか?』

 

オレは笑った。そこまで自己肥大はしていない。

 

『そうじゃない。オレは単に「彼らの善悪の判断基準に合わせた」にすぎない。さっきも言っただろう。善悪の判断基準は相対的なものだ。オレたちの善が、彼らの社会では悪なんだ。盗まなければ生きられない、殺さなければ殺される・・・そういう世界の住人にとっては、オレたちの基準は通用しない。オレの判断基準を彼らの基準に合わせてやった、ということだ。彼らは相手から奪い、殺すことを正しいと考えている。だからオレもその基準に合わせ、彼らから奪い、彼らを殺した・・・そういうことだ』

『・・・だが、奪い殺すことは、お前にとっては善ではないんだろう?いや、悪なんだろう?』

『あぁ、オレにとっては悪だ。だがオレは、自分の判断基準が絶対的なものではないことを知っている。彼らの判断基準も、彼らの社会の中では成立することを知っている。だから、彼らに合わせることが出来る。彼らに合わせ、奪い殺し、そしてオレは・・・』

『・・・なんだ?』

『・・・後悔はしていないが、胸クソが悪い思いをしている・・・』

 

グラティナは笑った。どうやら、オレの言いたいことを理解してくれたようだ。

 

 

 

 

彼と話しをして、私の中でモヤモヤしていたものが、綺麗に拭い去ることが出来た。彼はやはり、人と魔神の間に立っている。だから、あんな視野で動くことが出来るのだろう。彼の話を聞いて、私の中の視界も少し拡がった気がした。彼とはその後、とりとめもない話をした。

 

そして翌日に、小集団の山賊が襲ってきた。彼は相変わらず、相手と話をし、そして私たちに「全員殺せ」と命じた。

 

私は躊躇うことなく、山賊を斬り殺した・・・


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