戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

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第四十五話:古の宮

バーニエの街を出発してから六日目の夕刻、リタ行商隊はドワーフ族の集落「古の宮」があるチスパ山まで辿り付いていた。だが魔物の数はオレたちの想像を超えていた。まるで魔物の巣そのものに飛び込んだようである。古の宮の本城がある洞窟までの山道を走り続けるが、次々と魔物が襲いかかってくる。

 

『あわわわっ・・・』

 

リタが慌てながらも、何とか行商隊を先導する。レイナとグラティナが、前後左右から襲いかかってくる魔物を退けるが、やはり護衛役が絶対的に不足していた。

 

『チィィッ!レイナッ!手綱を頼むっ!』

 

オレは馬から荷車に飛び移った。手のひらを上に向けて魔力を集中させる。

 

『純粋魔法・拡散追尾弾ッ!』

 

オレが開発した純粋魔法だ。数百もの極小の魔力弾が、魔物をめがけて飛び散る。倒すほどではないが、退ける程度の威力は十分にある。一時的に魔物がいなくなる。

 

『今だっ!全速で走り抜けろっ!』

 

古の宮の扉が開かれる。僅かに開いた隙間を行商隊が走り込んだ。これで一安心かと思ったら、その期待は見事に裏切られた。古の宮は、魔物に襲われ続ける戦場であったのだ。至る所でドワーフたちが戦い続けている。

 

『ディアンッ!』

 

レイナが馬の手綱を引きながら、オレに呼びかける。オレは両手を上にかざした。

 

『疲れるが仕方がない・・・』

 

オレは拡散追尾弾を両手から同時斉射した。両手斉射は本当はやりたくない。魔力の消費というよりも、精神的な疲労のためだ。ドワーフたちに当てることなく、魔物に正確に当てなくてはなら無い。処理する情報量が多すぎるのである。

 

『・・・数発外したか・・・』

 

だが魔物を退けるには十分であった。その間にドワーフたちが体制を立て直した。洞窟の中には、鋼鉄の城壁に守られた、巨大な街があった。周囲を溶岩の壕によって囲まれている。温度も湿度も相当高い。不快な場所と言って良いだろう。オレたちは城門を潜り抜けた。後ろで分厚い扉が閉まる。一息ついたのもつかの間、オレたちはドワーフに取り囲まれた。

 

『え、え~と・・・あのぉ・・・』

 

ドワーフの中から、一人の男が出てきた。口ひげを生やしているが、ドワーフ族の中では若い方だ。

 

『・・・あんたら、人間のようだが何しに来たんだ?』

『そ、それはですねぇ~』

 

リタが揉み手をしながら、人外の速度で男の前に立つ。

 

『私、リタ・ラギールと申す行商人です。南のバーニエの街から来ました。お酒をたーんと運びましたので、是非ここで、商売をさせて頂きたいと思いましてぇ~・・・ニヒッ』

 

(最後の「ニヒッ」は余計だろ・・・)

 

だがドワーフの男はオレたちを一瞥すると頷いた。

 

『・・・行商人が来るなんて十数年ぶりだ・・・親父の処に案内をしよう・・・お前らッ!今のうちに罠仕掛けとけッ!』

 

男は他のドワーフに命令をすると、オレたちの先頭に立って歩き始めた。オレたちは荷車を曳きながら、古の宮の奥にある城へと進んだ。そこかしこに鍛冶場があり、何かの研究施設のようなものも見える。だが緑が一切ない。空気が淀んでいるように感じるのはそのためだろう・・・

 

 

 

 

『・・・・・・・・・』

 

オレたちは場内の一室に通された。城と言っても、バーニエやインヴィディアのものとは、意匠がまるで違う。オレには巨大な鍛冶場に見えた。真ん中に座った、白鬚の男が、ドワーフ族の長らしい。先ほどオレたちを案内したのは、息子のようだ。黙って息子から話を聞いている。

 

『・・・城前の広場を使わせろ。バーニエの麦酒は久々だろう・・・』

 

長が頷いた。どうやら許可をくれるらしい。するといきなり、オレに視線を向けて尋ねてきた。

 

『・・・先ほどから気になっているのだが、お主が差しているその剣・・・それはどこで手に入れたのだ?』

『・・・人にものを尋ねる前には、まず身分を明らかにされるべきかと思いますが?』

『ぐぬっ!!』

 

リタがオレを睨んだが、オレは無視した。長が低い声で笑った。

 

『・・・それはそうだな。儂は、古の宮の長ヴェストリオ・ドーラ・・・横にいるのは、儂の倅だ・・・』

『ヴェイグル・ドーラだ。お前の名は?』

『オレの名は、ディアン・ケヒト・・・ディジェネール地方出身の旅人です。いまは縁あって、リタ行商隊の護衛を勤めています。この剣は、ここより遥か南のニース地方を訪れた際に、ドワーフ族の鍛冶屋に鍛って頂きました』

『・・・スマンが、見せてはくれまいか?』

 

オレは鞘ごと外し、ヴェストリオの前に差し出した。ヴェストリオはしげしげとそれを眺めた。剣を抜き、細かく鑑定する。

 

『・・・良い鉱石を相当な高温で、長時間を掛けて鍛ったな・・・鋼と会話をしながら、均一に、それでいて一打ちごとに魂を込めている・・・余程の会心の一振りと見た・・・この核は、魔神の神珠を加工したものか。使い手の意志で、剣の属性を変えられるようにしてあるのだな・・・それに、この魔法糸の結び方・・・ドワーフ族の中でもこれが出来る者はそう多くない・・・』

『鞘も良い・・・年代物の竜族の木、それも一番いい部分のみを使っている。雅地龍の血に浸すことを繰り返しているな。剣の血を拭わなくても、鞘自体が血と脂を吸収してくれる・・・』

 

やはりドワーフなのか、武器には目が無いらしい。ヴェストリオとヴェイグルはオレの剣をしげしげと眺めている。

 

『・・・南、と言ったな?』

『あぁ・・・』

 

ヴェストリオが低い声で笑い、そうか・・・と呟いた。どうやら心当たりがあるようだが、オレはあえて聞かなかった。

 

『いや、良いものを見た。剣が主人のもとに戻りたいと言っている・・・この剣にここまで言わせるとは、お主も相当な使い手だな?』

『この剣が背にないと、オレ自身も何か落ち着きません・・・』

 

ヴェストリオから剣を返してもらい、オレは背に戻した。オレの姿を見て頷くヴェストリオの様子に、かつてこの剣を鍛ってくれた、孤高の鍛冶屋を思い出した。恐らく、何か縁があるのだろう。

 

『さて、行商店を開くのは構わんのだが、見てのとおり、いま古の宮は魔物の襲撃を受けておる。そのため最近は、採掘にも手間取っておってな。さて、どこまで商売になるか・・・』

 

リタの顔が、面白い程に沈んでいる。破産危機の商人は放っておいて、オレは質問をした。

 

『・・・魔物の襲撃は、この最近に起こったことなのですか?』

 

オレの問い掛けに、ヴェストリオとヴェイグルが顔を見合わせた。ヴェイグルが頷いて口を開く。

 

『実は、この十年くらいで激しくなった。それまでも襲撃はあったのだが、それほど強い魔物は出てこなかった。見張りを数人おいておけば、それで十分に対処が出来ていたのだ・・・』

『魔物は、どこから襲撃をしてくるのですか?』

『この山は、全体が鉱山のようになっているのだが、ケレース地方と繋がっている洞窟がある。そこから襲撃をしてくる。百年ほど前に、ケレース地方と繋がってしまったのだ。以来、洞窟内部から魔物が溢れ出してくるようになった・・・』

『つまり、百年前に洞窟がケレース地方に通じて、その洞窟を通じて、この古の宮まで魔物が侵入をしてくるようになった。だがこの十年で、侵入する魔物が強力になった・・・そういうことですか?』

『うむ・・・』

 

オレは首を傾げた。この十年で強力な魔物が現れるようになった、ということは、十年前にこの地に何かが生まれたからだ。あるいはケレース地方に何か変化があったため、とも思われるが、どうもしっくりこない・・・

 

『十年前、何かこの地で見つかりませんでしたか?あるいは何か変化があったとか・・・』

 

二人は顔を見合わせたが、首を横に振る。

 

『・・・変だな・・・』

『ディアン、何が変なのだ?』

 

グラティナの問い掛けに対してというよりは、オレ自身が整理をするために応えた。

 

『魔物というものは、必ず襲ってくる理由があるんだ。大きくは二つあって、一つは、縄張りに侵入したため、もう一つは餌を得るためだ。それ以外の襲撃の理由は、魔物を惹きつける何かがある、ということだ。例えば、魔神を封印した呪物とか・・・そういったものが魔物を惹きつけるんだ。だが話を聞く限り、この地にそういったものは出てきていない。とすると、強力な魔物がいきなり出てくるのはおかしい・・・』

『十年前というと、ちょうど北の方で戦争があったな。あれが原因ではないのか?』

『その可能性は低いな。あの戦争はレスぺレント地方だ。オウスト内海の更に北だ。ケレース地方で生きている魔物の縄張りに変化が出るとは思えない。魔物にも一定の規律があるんだ。互いに縄張りを尊重し合う。この山で生きる魔物たちは、それぞれに縄張りをもっているはずだ。他族の縄張りを侵してまで襲ってくるということは、余程の何かが、この地にあるとしか思えないのだが・・・』

『・・・・・・』

 

二人のドワーフは沈黙をしたまま、オレたちの様子を見ている。ヴェストリオが話題を変えた。

 

『ところで・・・ここで行商をするのであれば、一つ頼みがあるのだが・・・』

 

オレは思考を中断して、長に顔を向けた・・・

 


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