戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

49 / 79
第四十七話:その男、天才につき・・・

大魔術師ブレアード・カッサレは、一般的にはレスぺレント地方出身の「闇夜の眷属」と言われているが、それは彼が引き起こした大戦「フェミリンス戦争」の中心地がレスぺレント地方であったことからそう言われているに過ぎず、ニース地方、ディジェネール地方の出身という研究者もいる。実際に、フェミリンス戦争の主戦場であった「ブレアード迷宮」は、アヴァタール地方南部の新興国「エディカーヌ帝国」においても、同様の迷宮が見ることが出来る。そのため、彼を生み出した魔術師の系譜「カッサレ家」の始まりは、アヴァタール地方南部と考えられている。

 

ブレアード・カッサレはその生涯を研究に費やし、ディル=リフィーナ成立以降の歴史において、最大の科学者、数学者、錬金術師、魔術師であったことは間違いない。彼の足跡は多方面に及んでおり、国家形成期以前にも関わらず、南のセテトリ地方、西はリガーナル半島、さらに東方諸国、北方諸国まで及んでいる。国家形成期以前は、各街道に山賊や魔物が横行していたことを考えると、驚くべき行動範囲と言える。無論、これは後世の人間による脚色も多分に入っていると思われる。東方諸国の記録には「西から来た魔術師」、北方諸国に至っては「黒い魔法使い」としか書かれておらず、これがブレアード・カッサレを指すものという確たる証拠は無い。だが少なくとも、リガーナル半島レノアベルテにあるルリエン神殿には、彼の署名が残されている。大魔術師でありながらも、フェミリンス戦争の首謀者という以外に、あまり知られていないことから、こうした話が独り歩きをした、という研究家もいる。

 

フェミリンス戦争以前のブレアードの足跡については、確たる証拠が少なく、殆どが不明のままである。その理由としては、ブレアード・カッサレにとって、魔術師としての名声など、路傍の石ころ程度の価値しかなかったからである。彼にとっての研究とは、名声を高めるためのものではなく、自身の知的好奇心を満たすためのものであった。そのため彼は、研究で知り得た貴重な知識や魔術の術式を公表することが無かった。もし彼が研究成果を公表していれば、人類の魔術研究は、一千年は進んだだろうと言われている。

 

ブレアード・カッサレは、一般的には「姫神フェミリンス」の肉体と力を奪おうと企んだ「悪の魔術師」という姿で知られているが、これはあまりに、現神側の視点に立ちすぎていると言えるだろう。姫神フェミリンスは、もともとは神格者であったが、それが神に転じた時、現神としての「公平性」を欠き、人間族に対して異常な偏愛を持つようになった。その結果、レスぺレント地方においては、闇夜の眷属のみならず、エルフ族やドワーフ族までが迫害の対象となっていた。

 

ブレアード・カッサレの起こしたフェミリンス戦争は、「人間のみを偏愛する現神の暴走」を止めるための、一種の革命運動と捉えることも可能なのである。実際、彼の手によって、姫神フェミリンスは封じられ、レスぺレント地方の闇夜の眷属は、全滅の危機を逃れることができた。彼が召喚した「深凌の楔魔」という魔神十柱は、召喚契約に縛られていたとはいえ、序列一位の魔神ザハーニウをはじめ、魔神十柱が、半ば以上は自発的に、彼に協力をしていたのである。ブレアード・カッサレが、単に利己的欲求の充足のためだけに戦争を起こしたのではなく、そこにはより大きな目的が存在していた傍証と言える。

 

ブレアード・カッサレは、一度終了した研究には見向きもしなかった。そのため彼の研究記録は各地に残されていると言われている。特に、彼の書き残した魔術書は「カッサレのグリモワール」と呼ばれ、ディル=リフィーナにおける「最重要書物」となっており、マーズテリア神殿で厳重に保管されている。カッサレのグリモワールは、現在二冊が確認されているが、彼の研究人生を考えると、この十倍以上が存在していてもおかしくはない。

 

実際、深凌の楔魔の一柱である魔神グラザは、カッサレの書を愛読し、かなりの数を収集していたと言われている。だが、勇者ガーランドが魔神グラザを討伐した際には、その書棚は殆どが空であった。単なる噂話であったのか、何者かが事前に持ち去ったのかは、現在となっては謎のままである・・・

 

 

 

 

『ブレアード・カッサレ・・・』

『お主、この字が読めるのか?』

 

ヴェストリオは驚いて、ディアンを見つめた。ディアンは目の前の書物に釘付けになっている。

 

『・・・オレも、彼の魔術書を持っています。他にもあるかもしれないとは思っていたのですが、まさか古の宮で見つけるとは・・・』

『結界についての記述はあるのか?』

『調べてみなければ、何とも・・・この書物、オレが預かっても良いですか?』

『ここにあるモノ全てを持っていって構わん。そのかわり、何としても見つけてくれ・・・』

 

ディアンは研究室を使わせてもらう許可を得、レイナやグラティナにも手伝ってもらいながら、部屋の大掃除をした。

 

『・・・そんなに凄い魔術師なのか?』

『世界一の魔術師だ。歪魔の結界も、彼の魔術書の中で見つけたんだ・・・』

『ディアンは、この人の本に夢中だものね』

 

ブレアードの魔術書は、全部で三冊が見つかった。それぞれ「魔術編」「錬金術編」「魔導術編」と書かれている。その他に、走り書きの紙が数百枚、未知の素材や道具などだ。後世の研究家が見たら、涎を垂らすほどの貴重資料の宝庫であった。

 

『結界の復活を最優先にさせたい。洞窟探索は中断して、洞窟の入り口を固めることを優先させよう・・・』

『そうね。他のドワーフたちにもお願いをして、交代しながら守りを固めましょう』

 

ディアンたちは話し合いをし、昼夜四交代で守りを固めることにした。ディアンは自分の担当時間以外は、不眠不休で解読作業に当たった。

 

・・・現神ガーベルは、旧世界の科学技術と魔法を融合させ、「魔導」という概念を生み出した。ガーベルは、魔法の欠点である「不安定性」を科学によって補えると考えた。魔法に科学を組み込むことで、「魔法を知らない者でも魔法が扱える」ことを目指したのである・・・

 

・・・錬金術とは、物資の構成要素を分解・再構成する技術である。鉄が含まれた石を高熱で熱すると、鉄が溶け、鉄だけを抽出することが出来る。液体の鉄を個体に再構成する。これも立派な錬金術である・・・

 

ディアンは読み飛ばしながら、結界についての記述を探した。「魔術編」の中に、結界の記述を発見した。

 

・・・結界とは概念である。その概念は、空間を「内と外」で分割して捉えることで生まれる。例えば「ここは自分の家」と塀を造るとする。「ここ」が結界の内側であり、塀を造ることを「結界を張る」というのである・・・

 

・・・結界は、その強さと利便性が相反する場合が多い。例えば「他者は出入りできないが、自分だけは出入りできる」結界は、極めて利便性が高いが非常に脆い。「扉に鍵をかけ、自分だけがそのカギを持っている」ということなのだが、その結界は誰でも見ることが出来、力ある者からすれば、鍵のかかった扉など、紙を破る程度のものでしかない・・・

 

・・・この洞窟に張った結界は、エルフ族が杜を守る為に張る結界と同種のものである。プラテットなどの弱い魔物は通過が出来るが、悪魔族や龍族など、強力な魔物であれば、それに比例して強固になる結界である・・・

 

『・・・エルフ族の結界・・・』

 

・・・エルフ族の結界は、現神ルリエンの祝福とルリエン神殿を中心とした森全体の魔力によって維持されている。その結界をここに張るためには、ルリエンの祝福に代わる魔力の供給源が必要である。そのため、ここに住むドワーフたちを利用する。彼らの血で印を描くことで、彼ら自身を魔力の供給源にすることが出来るだろう・・・

 

・・・血液の提供者が死んだ場合、血の結界に供給される魔力は減少する。そのため、出来るだけ多くの者から集めようと考えたのだが、提供者がそれほど多くなく、結局は四名からのみ、血液を提供してもらった。これでは誰かが死亡すれば、結界の効果は消える可能性がある。しかし提供しなかった側の責任でもあるので、このことは黙っておこう・・・

 

『・・・なるほどな・・・』

 

 

 

 

翌朝、ディアンはヴェストリオに解読した部分を説明した。

 

『・・・確かに、あの男は血を分けて欲しいと言っていた。だがその目的を言わなかった。あの男の狂気の姿や、我々の秘密に対する執着から、嫌っている者も多かった。目的を言ってくれれば、協力も出来たものを・・・』

『ブレアード・カッサレは、天才的な魔術師ではありましたが、その才能故に、他者から理解されない傾向があったのかもしれません。余りに秀でた才能や、過剰な情熱というものは、時として他者の嫌悪を誘うものです・・・』

 

ディアンは、ヴェストリオの言葉にある「我々の秘密」という部分が気になった。だがまずは、結界を張ることが優先である。ディアンは血液提供の協力をヴェストリオに依頼した。

 

『・・・出来るだけ多くの者に協力を呼び掛けよう。いつから結界を張ることが出来る?』

『術式は既に明らかですので、血液が集まればいつでも・・・ただ・・・』

『ただ?』

『この結界の範囲は極めて狭いものです。ケレース地方と繋がる洞窟に描いたとしても、他の洞窟で新しく繋がってしまったら、効果がありません。もちろん、そこに新しく結界を張れば良いのですが・・・』

『・・・そうか・・・』

 

ヴェストリオは立ち上がると、息子のヴェイグルを呼んだ。ディアンの話を端的に伝える。ヴェイグルが頷いて出ていく。他のドワーフ族たちに呼びかけるためだ。ヴェイグルが出ていったあと、ディアンがヴェストリオに尋ねた。

 

『・・・お尋ねをしたいのですが、先ほど仰られた「ドワーフ族の秘密」とは何でしょう?』

『・・・・・・・・・』

 

ヴェストリオは暫く黙り込んだ。話すべきかを悩んだのだ。だが半ば諦めたように口を開いた。

 

『あの男の資料を読めば、知れてしまうか・・・話せる部分で良ければ、話してやろう』

『ぜひ、お願いします』

 

ドワーフ族の長、ヴェストリオは語り始めた・・・


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。