戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~ 作:Hermes_0724
後世、メルキア帝国はラウルバーシュ大陸の中で、最も魔導技術が進んだ国となる。その契機となったのが、メルキア国宰相ベルジニオ・プラダが、ドワーフ族族長の娘「リザベル・ドーラ」を妻として迎えたことである。リザベルの父ヴェストリオは、保守的な思想の持ち主で、ドワーフ族は、どの種族に対しても中立であるべきという考えを持っていた。だがリザベルは、幼いころからドワーフ族以外の世界に興味を持ち、人間族の中で生活をしていた。つまりリザベルは、ドワーフ族の中では珍しく「開明的思想」を持っていたのである。
ヴェストリオの後を継いだ長男「ヴェイグル・ドーラ」は、リザベルほどに開明的では無かったが、人間族が集落社会から国家形成期に入っていることを知っており、ドワーフ族も国家を形成すべきという考え方を持っていた。これまで、人間族とドワーフ族の関係は、あくまでも個人対個人の関係であったのだが、今後は国家対国家の関係が必要になると考えていたのである。
メルキア国は、バーニエの街近郊を制圧した後に、古の宮に向けて正式に使者を派遣している。国交を樹立し、物資支援の見返りとして魔導技術の提供を求めたのである。ラウルバーシュ大陸初の「異種族間外交」は、双方に大きな利益をもたらした。ヴェイグル・ドーラが建国したドワーフ族の国「ドゥム=ニール」は、肉や穀物といった食料の他に、メルキア国との貿易路を得ることにより、自分たちの制作した武器を安定的に輸出できるようになった。メルキア国は、ドワーフ族から魔導技術を学び、それを軍事に活かすことで、より強力な軍隊を持つことが出来たのである。この歴史的外交の立役者である「リザベル・ドーラ=プラダ」が、兄に宛てた手紙が残されている。
・・・人間族の成長と拡大は、凄まじいものがあります。そう遠くないうちに、人間族は独力で魔導技術を生み出すでしょう。そしてそれは、ガーベル神の制限を受けていない分、より危険な存在になると思われます。であるならば、今のうちにドワーフ族が技術提供者となり、人間族の魔導技術を「管理する立場」になるのが理想だと思うのです。兄様、私はドワーフ族が山中で閉鎖的に暮らしていることに危機感を持っています。父様が間違っているとは言いませんが、人間族を「未開」と見下すことは、ドワーフ族の未来にとって、決して良いとは思えないのです。人間族の全てが信頼できるとは私も思ってはおりませんが、少なくとも夫や、族長のルドルフ殿は、信頼に値する人物です。兄様が族長になられた際には、一度、話し合いの場を持って頂けると、大変嬉しく思います・・・
リザベルは人間族の中で長く暮らしていた分、人間が持つ爆発的な推進力を知っていた。彼女はドワーフ族の未来のためにも、人間族の魔導技術の進歩に一定の歯止めを掛ける必要があると考えていたのである。もしプラダが、この先見性のあるドワーフ族を妻に向かえていなかったら、メルキア帝国の成立は無かったとさえ言われている・・・
ドワーフ族次期族長のヴェイグル・ドーラは、妹からの手紙を読んで考え事をしていた。洞窟の結界が復活し、古の宮は安全となった。無論、チスパ山は依然として、危険な魔物が住む場所ではあるが、人間族は様々な手を考えて、行商路を切り開くに違いない。実施に、たった一隊の行商隊が来ただけで、皆が酒を飲み、かつての明るさを取り戻したのだ。ドワーフ族の良さである「陽気さ」はそのままに、人間族との付き合いを深める必要は、自分も感じていた。だがどの様にしたら良いかが解らなかった。父に相談をするわけにもいかない・・・
(あの男に話をしてみるか・・・)
結界を復活させ、古の宮を救ってくれた。礼儀と節度を重んじるため、父からも一定の信頼を得ている。何より、あの名剣が主人と認めているのだ。「名剣を使いこなす男は信頼できる」というドワーフ族の諺もある・・・
ヴェイグルは立ち上がり、研究室へと向かった。
『・・・では次は私が・・・さぁ、このタオルを頭に巻いて・・・はぁ、頭があったまるぅ~』
『キャハハハッ!面白いですの♪ディアンもやっと、笑いの神髄を掴み始めたんですの♪』
ヴェイグルは扉の向こうから聞こえてくる「極寒の会話」に躊躇したが、意を決して扉を叩いた。椅子に腰かけるディアンの膝上に、魔導巧殻リューンが座っている。リューンは四姉妹の中では開放的な性格だが、魔導巧殻がドワーフ族以外の人間に触れている場面をヴェイグルは初めて見た。
『これはヴェイグル殿、如何なさいました?』
『いまディアンと「笑いの神髄」について修行中ですの♪用件があるなら後にするですの♪』
『・・・そうした方が良いか?』
『いえ、大丈夫です。リューン殿、ヴェイグル殿が何か大事なお話があるようです。修行はまたの機会にしましょう・・・』
『むぅ・・・ディアンがそう言うなら仕方ないですの・・・』
リューンはフワフワと浮き上がり、扉から出ていった。ディアンはようやく、ため息をついた。苦笑いをしてヴェイグルに謝意を示す。
『いい場面で来て下さいました。もう少しで、自分の中の何かが壊れるところでした・・・』
『まぁ、リューンの駄洒落に付き合うには、かなり忍耐力が必要だからな・・・』
ディアンとヴェイグルは、応接用の椅子に向き合う形で腰を掛けた。ヴェイグルは早速、妹からの手紙について、ディアンに話をした。
『・・・いずれメルキア国から使者が来るだろう。妹の意見は一理ある。だが、ドワーフ族はどの種族とも等距離を保つべしという、親父の意見も正しいと思うのだ。魔導巧殻では、エルフ族と協力をしあったが、それは魔導巧殻についてのみの関係だ・・・』
『確かに、メルキア国と正式に交易をするようになれば、人間族との距離は大幅に近くなりますね。それも多方面の分野で・・・』
『そうだ。ドワーフには、ドワーフの文化がある。ドワーフの生き方がある。親父は、それを守るためにも人間族とは距離をおくべし、という考え方だ。妹は、積極的に人間族と交流をすれば、ドワーフ族も繁栄すると考えている・・・』
『ヴェイグル殿ご自身の意見はどうですか?』
『正直、迷っている。俺としては、陽気に歌い、酒を飲み、良い道具を作って満足するというドワーフ族の在り方を守りたいと考えている。これまでは、親父のやり方でそれが出来ていた。だが今後もそれで上手くいくのだろうか・・・』
ディアンは考え込んだ。これは難しい問題である。ドワーフ族は排他的ではあるが、決して人間嫌いというわけではない。人間族との交流が深まれば、人間族の文化、たとえば「金の為に働く」という考え方に染まるドワーフも出てくるだろう。そうなれば、ドワーフ族社会の中に貧富の差が生まれる。それは、ドワーフ族の良さを消しかねない事態だ。同じ人間族同士であれば「文化は入り混じるもの」で片付けるのだが、異種族間という点が、さらに問題を複雑にしているのだ。ディアンは言葉を選びながら応えた。
『・・・オレはここに来る前に、バーニエの街で、ルドルフ・フィズ=メルキアーナ殿、ベルジニオ・プラダ殿と面会をしたことがあります。確かに、両名とも信頼に値する人物であると、オレも思います。ですがオレは、妹君ほどに人間を信頼していません。もし無制限に人間族と交流をすれば、人間のほうが数が多い分、ドワーフ族の文化は間違いなく「汚染」されるでしょう・・・』
『二人に会ったことがあるのか?』
『えぇ、バーニエの街を代表して、彼らと交渉をしました』
ディアンは経緯を簡単に説明した。さらに、ルドルフの思想である「戦無き世」についても客観的立場から説明をした。
『・・・なるほど、やはり親父のやり方通り、メルキアーナやプラダと個別で付き合う方が良いのか・・・』
『いえ、それはそれで、危険だと思います。メルキアーナ殿個人は、いたずらに侵略をするような人物ではありませんが、彼の子孫はわかりません。彼の子孫が軍隊を率いて、このチスパ山に攻めてこないという保証はどこにもありません。そうなったら、妹君個人の力では、とても止められないでしょう・・・』
『つまり、交流をしたらドワーフ族の文化が壊れるし、交流をしなかったらドワーフ族そのものが滅亡しかねない、ということか?それでは八方塞がりだな・・・』
悩むヴェイグルに、ディアンが一つの考えを提示した。
『白か黒で考えるからそう思ってしまうのです。交流をするにしても、一定の制限を掛ければ良いのです。たとえば、古の宮と交流をする行商人を指名制にしたり、持ち込まれる物資に制限を掛けるようにする。ドワーフ族から提供する魔導技術も、その使用目的を明確にし、それ以外に使われていないかを定期的に査察する、こうしたことで、かなりの歯止めが掛けられると思います』
『だが、そのようなことは、我々はしたことが無い』
『いまの体制では無理ですね。古の宮はドワーフ族の「集落」に過ぎませんから。ですから、これから出来るような体制を作れば良いのです』
『体制をつくる?』
『集落内に一定の規律を作り、皆が豊かになるように富の再分配機能を担う。異種族との交流においても、その役割を担った組織をつくり、そこに担当させる・・・こうした体制を人間族は「国家」と呼んでいます』
『・・・国家か・・・』
『ヴェイグル殿には、聡明な妹君がいらっしゃいます。これは幸運なことだと思います。ヴェイグル殿が族長になられた時に、妹君に国家形成について話し合われては如何ですか?また、段階を踏むことも出来るでしょう。いきなりメルキア国と国交を結ぶのではなく、まずはバーニエの街との交流から始めるとすれば、ヴェイグル殿が懸念されている「文化的侵略」という危険も少なくなると思います・・・』
ディアンの話は、ヴェイグルに一定の方向を与えたようであった。
腕を組んで考え込むヴェイグルの口元には、微かに笑みが浮かんでいた・・・