戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

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第五十五話:バリハルト神官との問答

嵐の神バリハルト(Barouhart)は、太陽神アークリオン、軍神マーズテリアと並ぶ、光陣営の第一級神である。その姿は、強靭な肉体に刺青の入った人型の上半身と、狼や熊の四肢に猛禽類の翼を持ち、大型の竜巻雲を周囲に纏った姿とされている。バリハルトの妹は風の女神リ・バルナシア、妻は裁きの女神ヴィリナ、三人の子供がいたが、一人は三神戦争にて戦死し、一人は闇勢力側へと堕落している。三神戦争で三人の子のうち、二人を失ったバリハルトは、それ以来、三神戦争の敵であった「古神」に対して強烈な憎しみを抱くようになったと言われている。

 

バリハルトは、粗暴さの中に魅力的な情熱を持つ性格で、三神戦争以前に、妻のヴィリナ、盗賊の神フール・トラーマ、鍛冶の神ガーベルらと共に、試練を乗り越えたことから、太陽神とはまた異なる英雄の風格を持ち合わせている。しかし、やむを得ない状況においては犯罪に手を染めることもあり、夫のいる女神を寝取るという行為で、厳格な性格の妻ヴィリナの逆鱗に触れ、歪みの世界へ落されたという詩歌も残されている。

 

バリハルトは、辺境や開拓地、冒険者の守護神として広く信仰され、開拓の神として開拓民を先導し、政治や警察機構の役割も担うことから、民衆にも密接に浸透している。だが一方で、開拓民たちによって、住み慣れた地を追われた先住民たちには、バリハルトは信仰されておらず、むしろ「邪神」と忌み嫌う者もいる。実際、バリハルト神殿はディル=リフィーナの一般的な認識である古神=邪神という考えを最も苛烈に実行し、古神を倒すためならば、信者の生贄や大量の犠牲者を出す儀式も容認している・・・

 

 

 

バリハルト神殿の神官ゴドニアは、プレイアから半日の場所に陣を構えた。ここからプレイアまでは一直線である。敢えて河を後ろにしたのは、何としても邪神を滅ぼすという決意の現れであった。ゴドニアの中には、水の巫女は、プレイアの住民を煽動する邪神である、という確信があった。大司祭より許可を得て、このセアール教区から邪神を一掃すべく、兵を起こしたのである。

 

『亡くなった村人たちの安らかな死に、祈りを捧げましょう。彼らの御霊は、死によって救われたのです・・・』

 

教典を手に、ゴドニアは天に祈りを捧げた。邪神を信仰する信徒たちを殺害することは、彼らの救済だと信じているのである。それは、これから攻める街に対しても同じであった。街は既にバリハルトの神兵が近づいていることに気づいている。それでも逃げ出さないのは、邪神「水の巫女」を信仰する異教徒である。他の現神たちを信仰するならともかく、異端の神を信仰するなど、現神が許さない、聖なる炎によってのみ、プレイアの街は浄化される・・・瞳には絶対的確信という狂気を宿し、ゴドニアは神兵たちに語りかけた。二刻の休憩の後、バリハルト軍は兵を進めた。今日中に、プレイアの街の北側に着陣するためである。彼らが兵を進めると、一人の男が立っていた。黒髪に黒い服、そして背中には剣を指している。

 

『何者かッ!!』

 

神兵たちは止まり、一斉に槍を向けた・・・

 

 

 

五千人以上の「狂信者」たちを目の前に、オレの精神は昂っていた。兵たちは立ち止まり、オレに槍を向けてくる。オレは語りかけた。

 

『オレの名はディアン・ケヒト、プレイアの街を代表して来た。バリハルト軍の責任者と話をしたい・・・』

 

オレの言葉に頷いた兵が、奥に下がった。やがて馬に乗った神官らしい男が出てくる。手には教典を携えていた。

 

『プレイアの街を代表して来たという者はそなたか?私はノヒアにあるバリハルト神殿の神官ゴドニアである。話しとは何か?』

 

『聴こう。あなた方バリアルト神殿の兵士たちは、プレイアの街を目指しているようだが、何をしようとしているのか?』

 

『何をする?決まっておるではないか。プレイアに蔓延る邪教を駆逐し、バリハルト神の教えを広めるために、我々は兵を進めている・・・』

 

『なるほど、プレイアの住民は、水の巫女という土着神を信仰している。あなた方はそれを「邪教」と仰るか?』

 

『そうだ。曲がりなりにも現神であれば、古神の存在を認めるなどあり得ん。水の巫女とやらは、古神も関係なく受け入れると言っておる。何と言う悪しき教え、悪しき信仰だっ!!』

 

『なるほど・・・現神であれば、古神の存在など認めるはずが無い、と・・・ではお聞きするが、古神の存在を認めないことが正しいと、どうして言い切れるのだ?』

 

『なに?』

 

『あなた方が信仰されるバリハルト神は、確かに古神に対して苛烈であり、その存在を決して認めない。しかし、それが正しいと、どうして言い切れるのだ?』

 

『神の教えを疑えと言うのかっ!!』

 

『そうでは無い。あなた方が何を信じようが、それはそれで良いだろう。だが同じように、他の人間が何を信じようと、それはその人間の勝手ではないのか?土着神だろうが、闇の現神だろうが、古神だろうが、信じることで本人が救われているのであれば、それで良いではないか?』

 

『それは救われておるのではないっ!騙されておるのだっ!!』

 

『あなた方こそ、救われているのではなく、騙されているのかもしれないぞ?どうして自分たちは違うと言い切れるのだ?』

 

ゴドニアの額に青筋が浮いた・・・

 

 

 

水の巫女は、ディアンとゴドニアの問答を水を通して聞いていた。現神バリハルトの気配はない。信徒を相手にするのであれば、ディアンが敗けるとは思えない。だが、水の巫女はディアンの問答の内容が気になった。ディアンは「信仰の在り方」について、語っているのだ。

 

(ディアン・ケヒトが持つ最も恐ろしい力、それは彼が発する「言葉の力」・・・彼の言葉で、人々は己の信仰心に疑問を持ち始める。その疑問が、神の束縛からの解放「ルネサンス」へと繋がる・・・それは現神の支配体制、延いてはディル=リフィーナの世界全体を揺るがしかねない事態・・・でも同時に、人間をより進歩させる可能性をも秘めている・・・正に、黄昏の力・・・)

 

 

 

ゴドニアは退くに退けなかった。神官は言葉によって教えを広め、言葉によって信徒を増やし、言葉によって信仰心を高める。その自分が、言葉で負かされてしまっては、信仰そのものが揺らいでしまう。ゴドニアはさらに言葉を続けるしかなかった。

 

『・・・ディアン・ケヒトと言ったな。確かにそなたの言う通り、信じることで救われているのであれば、それで良いだろう。だがその教えが、信仰をしない他の者たちを傷つけている。水の巫女の教えにより、この地には魔神や闇夜の眷属まで入り込む可能性がある。そうなれば、水の巫女を信じない者たちは不安に苛まされる。関係の無い他者を傷つけること、それは悪ではないのか?』

 

『信仰をしない他の者たちを傷つけているのは、あなた方だろう?村一つを焼き、一体何人の人間を殺した?彼らがあなた方に何をした?単に、水の巫女を信仰していただけだろう。あなた方は、彼らを救った気でいるのかもしれないが、客観的に見れば、あなた方はただの大量殺人者だ・・・』

 

『第一級現神であるバリハルト神と、誰が生み出したかも解らない土着神を同じにするなっ!』

 

『何故だ?バリハルトも水の巫女も、同じ「神」だろう?第一級も第十級も関係ないだろう。あなた方はなぜ、バリハルト神が水の巫女より上だと言い切れるのだ?』

 

『バリハルト神は、三神戦争において邪神を駆逐し、人間族を救った神、冒険者、開拓者に祝福を与え、人間族に繁栄をもたらす神であるっ!』

 

『つまり、三神戦争において古神と信仰心を巡って争い、勝利をしたから相手を「邪神」と決めつけ、開拓者を煽動して先住民を苦しめ、自分を信仰する特定の人間に対してのみ、繁栄をもたらす神なのだな?随分と器の小さい神だな・・・』

 

ゴドニアの我慢が限界に達した。むしろ、ここまでよく耐えたと褒めるべきであろう・・・

 

『だまれっ!バリハルト神を愚弄することは許さんっ!この者は、邪神の教えを広める闇の神官に違いないっ!神の兵たちよ、いまこそ戦いの鬨ぞっ!この者を・・・』

 

ゴドニアの言葉がそこで止まった。目の前の男から、とてつもない邪の気配が発していたからだ。ディアンが魔神の貌を表に出した。

 

≪・・・闇の神官か、当たらずとも遠からずだな・・・オレは神官ではない。邪神そのものだよ。お前たちから見たらな・・・≫

 

ゴドニアをはじめ、神兵たちが後ずさる。彼らはバリハルト神を信仰しているが、本物の神を見たことは無いからだ。たとえそれが「魔の神」であっても・・・

 

『こ、この者は・・・邪神なのか・・・皆の者っ!神が我らについておるっ!バリハルト神の祝福をっ!!』

 

ゴドニアの言葉に、怖気づいていた神兵たちの震えが止まる。信仰心が心を護ったのだ。彼らは再び、槍を構えた。魔神となったディアンがその様子を見て嗤う。

 

≪面白い。試してやろう・・・お前らの信仰心と、実際の痛みと恐怖、どちらが強いかをな・・・≫

 

ディアンは、背中から魔神剣クラウ・ソラスを抜き放った。最後の警告をディアンが与える。

 

≪今すぐバリハルト信仰を捨てれば、五体満足で帰してやるぞ?棄教するか、死ぬか・・・どちらを選ぶ?≫

 

返ってくる応えは、兵士たちの雄たけびであった。ディアンの笑みが大きくなった・・・


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