戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

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第五十六話:惨劇

プレイアの街は騒然としていた。バリハルト神殿の軍が迫ってきているのである。レイナとグラティナは、街の混乱を鎮めるために警備兵たちを統率して動いた。部外者であるが、水の巫女直々の指名である。警備兵たちは出歩く住民たちを家々に返し、街は無人状態になりつつあった。

 

『ひょっとしたら、バリハルト神殿の手の者が既に潜んでおるやも知れん。また、これを機として窃盗などの邪なことを考える輩も出る可能性がある。今後は、出歩く者を見かけたら即座に拘束せよっ!間違いであれば、後で詫びれば済むっ!』

 

グラティナはバーニエの街の元警備隊長である。都市防衛についての知見は十分に持っていた。ディアンがバリハルト神殿の神官と問答を始めた頃には、プレイアの街は静まり返っていた・・・

 

 

 

 

 

『ぎゃぁぁぁぁっ!!』

 

断末魔の悲鳴と共に、神兵が倒れる。左腕の手首から先が無い。ディアンは意図的に、殺さずに傷つけるようにしていた。右足を太腿から失ったもの、腕を肩から切り落とされた者など、既に数十人に上っている。さらにディアンは、十人に一人程度の割合で、あえて殺していた。しかも惨たらしいやり方で・・・

 

『・・・母さん・・・母さん・・・』

 

腰から下を失い、腸を飛び出させて腕だけで動く兵を見下し、ディアンはその兵の頭を踏みつけた。頭蓋が割れ、潰れる。脳漿や目玉が飛び散る。魔神の表情は、酷薄の笑みを浮かべたままであった。あまりの残酷さに、兵士たちも青ざめる・・・

 

≪フンッ!死の間際に口にするのは、神の名ではなく母親か・・・お前たちの信仰心とは、この程度なのか?≫

 

『おのれ・・・邪神め・・・恐れるなっ!たとえ死しても、神の御許で永遠の安らぎを得られるのだっ!』

 

ゴドニアが兵士たちを鼓舞する。ディアンは嗤う。

 

≪・・・死んだことも無いのに、何でそんなことが言えるんだ?お前は見てきたのか?≫

 

再び動き出す。矢を射かけられるが、ディアンには当たらない。純粋魔術を応用した物理障壁結界である。自分が斬りつけるときは結界を解除し、矢を射かけられたら結界を張る。ディアンを倒すためには、剣をもって相手をするしかないのだ。そして、魔神となったディアンに剣で勝てる存在は、限りなく皆無である。腕や足を切り落とされ、うずくまる者と、惨たらしく殺されるもの、どちらが幸福なのだろうか・・・手足を失いながら生きていくのは、この時代ではそう容易なことでは無いのだ・・・

 

≪・・・どうした?もっと泣け、もっと叫べ、もっと神の名を連呼しろっ!そうすれば、バリハルトとかいうエセ神が助けに来るかも知れんぞ?それとも、お前らの信じる神は、神骨の大陸とやらで怯えているのか?≫

 

虐殺という言葉ですら生ぬるい、残酷極まりない「魔の饗宴」に、これまでは信仰心で抑制していた恐怖が抑えられなくなる。叫び声を上げ、逃げ出す兵士が出始めた。だが魔神は一切容赦をしない。人外の速度で走り抜け、逃げ惑う兵士を背中から斬りつけ、首を飛ばし、下半身を切断する。内臓を撒き散らしながら息絶える者、大量出血で気を失うものなど、犠牲は既に千名を超えた。

 

≪・・・さすがは我が愛剣・・・これだけ斬っても、刃こぼれ一つしていない。それどころか益々、切れ味が鋭くなる・・・お前となら現神をも両断できそうだ・・・≫

 

ディアンの言葉に呼応するように、魔神剣クラウ・ソラスが輝く。逃げる兵士の背に純粋魔法を当てる。破裂する肉体に、ディアンは見向きもしなかった。あまりの圧倒的な力に、神官ゴドニアも狼狽える。

 

『・・・神よ・・・この試練は、余りにも過酷です・・・』

 

≪・・・そうだな。試練とは普通、努力をすれば超えられる程度のものを指すのだ。お前たちが挑んでいるのは試練ではなく、ただの自殺行為だ。だがそれも、お前たち自身が選んだのだがな・・・≫

 

火焔魔法で兵士たちを焼く。炭となって倒れる者もいれば、腕だけ炭化した者もいる。暗黒魔法で発狂し、嗤い出す者もいる。ディアンは剣を振るい、狂乱する兵士の首を飛ばした。血が噴水のように吹き上がる。阿鼻叫喚の中を散歩をするかのように歩く。ディアンはついに、神官ゴドニアの前に立った。

 

『邪神めっ!私は恐れんぞっ!たとえ死しても、私の後を継ぐ者たちがいる。いつの日か必ず、バリハルト神が貴様を・・・』

 

≪・・・黙れっ≫

 

ディアンが剣を振るった。教典ごと腕が落ちる。ディアンは教典を拾い上げた。

 

≪この本は貰っていこう・・・バリハルトとかいうエセ神が、どのように信徒を誑かしているのか、興味がある・・・≫

 

ゴドニアは切り落とされた腕を抱える。だが悲鳴は上げず、脂汗を流しながらもディアンを睨み付ける。ディアンは多少驚いた。信仰心というものは、こうした肉体の痛みを超えてしまう時もあるのだ。ディアンは、目の前の狂信者がどこまで耐えられるのか、試したくなった。剣を振るい、両耳を切り落とした。

 

『ぐぅぅぅっ!!』

 

≪・・・お前は楽に死ねんぞ?お前が棄教するまで、小刻みに刻んでやる。信仰心がどこまで肉体的痛みに耐えられるか・・・貴重な生体実験だ・・・≫

 

右足の指先だけを切り落とした。ゴドニアが倒れる。だがまだその瞳に意志は失っていない。ディアンは更に刻もうとした。その時、河の方から声が掛けられた。水の巫女であった。

 

 

 

 

自分の眼を覆いたかった。しかし、自分が頼んだ以上、眼を背けるわけにはいかなかった。何と残酷なのだろう。一撃で死んだ者は、むしろ幸福かもしれない。魔神はあえて、時間を掛けて殺している。内臓を飛び出させても、人間は簡単には死なない。飛び出した腸を必死に戻そうともがきながら、出血で死んでいく兵士。全身を焼かれながら、なおも意識だけは残っている兵士。中途半端に頭を斬られ、脳の一部が生きている兵士。腕や足を切り落とされた者も、多量の出血でいずれ死ぬだろう。仮に生き延びたとしても、兵士としては生きてはいけない・・・

 

「楽には死なせない。生き残ったとしても、一生を後悔しながら生き続けさせる」

 

この魔神は、あえてそうしているのだ。しかもそれでいて、この魔神の中では「まだ優しい」ほうなのである。黄昏の魔神が、魔神の方に軸足を置いただけで、この虐殺なのだ。彼が完全に魔神となったら、惨劇はこの比ではないだろう。水の巫女は、これ以上は耐えられなかった・・・

 

『お止めなさいっ!ディアンッ!もう十分です。バリハルト神殿の兵士たちは逃げ帰っています。これ以上、傷つける必要はありません』

 

 

 

 

ディアンは無表情になり、河辺に立つ水の巫女に、顔を向けた。だが、剣を下したその隙に、ゴドニアが短剣でディアンの太腿を刺した。

 

『あっ・・・』

 

水の巫女が小さな悲鳴を上げる。ディアンに一矢を報いたゴドニアは、一瞬笑みを浮かべたが、すぐに叫び声に変わった。ディアンがゴドニアの腕を切り落としたのだ。短剣を引き抜き、回復魔法を掛ける。傷口は一瞬で塞がった。

 

≪・・・見たか?巫女殿・・・これが現神を信仰する信徒たちの実態だ・・・オレの眼から見れば、どう見てもただの狂信者だ。コイツらは、自分の頭で考えずに、ただ現神の教えに依存しているに過ぎない。生きる辛さから、生きる過酷さから目を背け、信仰に逃げているだけだっ!≫

 

『・・・ここであなたと、信仰について議論をするつもりはありません。ですが、これ以上はお止めなさい。これ以上の虐殺は、あなた自身まで殺してしまいます・・・』

 

暫しの沈黙後、ディアンは溜め息をつくと、剣を一振りした。ゴドニアの首が落ちた。兵士たちは既に逃げ出している。

 

≪・・・言っておくが、コイツらはまた攻めてくるぞ?大司祭とやらは、まだノヒアで生きているからな・・・攻めてきたら、またオレに助けを求めるのか?≫

 

ディアンは愛剣を一振りし、血と脂を落とした。鞘に納めると、河辺に立つ水の巫女に歩み寄る。

 

≪オレはアンタのことは嫌いじゃない。だが、オレはアンタの傭兵じゃないんだ。次にまた攻められたときに、オレが助ける保証は無いぞ?≫

 

『・・・・・・・・・』

 

≪・・・解っているはずだ。アンタが愛する、あの街を守る為には、何が必要かということをな・・・≫

 

水の巫女は瞑目した。ディアン・ケヒトの言っていることは解っている。バリハルト神殿がある限り、再びプレイアは攻められるだろう。水の巫女は自分が悔しかった。平和を愛する故に、軍隊を持つことを躊躇っていた。話し合えば、現神バリハルトとも解り合えると思っていた。だが人間というものは、時として愚かしい判断をするものなのだ。バリハルト神殿は、自らの判断で水の巫女討伐を決めた。プレイアには人々を守れる力が無かった。だから魔神の力を借りざるを得なかった。そしてこの惨劇である。全ては、自分の見通しが甘かったということなのか・・・

 

水の巫女の眼尻に涙が浮かんでいるのを見て、ディアンは人間に軸足を戻した。たとえ神であっても「オンナの涙」は常に男を左右する。本来であれば、水の巫女自身に口に出させるところだが、この辺で勘弁してやろう、という気になったのだ。

 

≪・・・このままノヒアに向かう。バリハルト神殿を純粋魔術で吹っ飛ばしてやるっ!≫

 

水の巫女は顔を上げ、ディアンを見た。魔神のままだが、先ほどまでの禍々しさが消え、人間の気配を感じる。

 

≪・・・心配するな。関係の無い人間には事前に警告するさ・・・≫

 

ディアンは乗り捨てられた馬に乗ると、鉱山で栄える街、ノヒアを目指して北西へと向かった・・・

 

 

 

三日後、ノヒアの街は巨大な茸型の雲で覆われ、一瞬で廃墟となった。生き残った人たちは、とてつもない魔物が現れ、逃げざるを得なかったと口々に語った。この惨劇とノヒアの街崩壊により、バリハルト神殿が再びセアール区に進出するまで、百年以上の歳月を必要としたのであった・・・

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