戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

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第五十七話:出会いと別れ

バーニエの街の執政官であるベルジニオ・プラダは、報告書に眉を顰めた。メルキア国は現在、バーニエの街を勢力下に治め、近郊の集落も続々とメルキア国に服従し始めている。メルキア国の将来を考えた場合に、穀倉地帯の次に必要になるのが「塩」「鉱物」の二つである。このうち「鉱物」については、チスパ山「古の宮」に使者を派遣している。ドワーフ族長の娘である妻も協力をしてくれている。希少鉱物と魔導技術については、メドが立ちそうであった。「塩」を手に入れるためには、ブレニア内海沿岸まで進出をする必要がある。幸い、ブレニア内海沿岸地帯は、治安が良い割には強力な国家が出来ておらず、特にプレイアの街は、豊かな土壌を持ち、内海にも近いことから、メルキア国の次の進出先として、検討していた。プラダは既に何人かの諜者を派遣し、プレイアの街の情報を集めていた。そこに、バリハルト神殿の軍隊が押し寄せたことと、撃退され逃げ帰ったことが知らされたのだ。

 

『プレイアには、大規模な軍隊は存在していなかったはずだが・・・』

 

プラダは首を傾げて、更なる情報収集を行った結果、バリハルト軍が、たった一人によって壊滅させられたことを知ったのである。報告書には、黒髪で黒服、背中に大きな剣を背負った男が、五千名以上のバリハルト軍の前に立ち、凄まじい虐殺の末、一千名以上が死傷したという。更には、バリハルト神殿があるノヒアの街までもが、一夜にして「消失」してしまい、その犯人はバリハルト軍を壊滅させた男と、同一人物である可能性が高いと書かれていた。そんなことが可能な存在は、プラダは一人しか知らなかった。

 

『プレイアを統治している神「水の巫女」は、あの魔神と同盟関係にでもあるのか?』

 

もしそうなら、メルキア国にとって最大の脅威は、プレイアの街ということになる。魔神の恐ろしさは、神に匹敵する凄まじい力にある。一方で魔神は、基本的には「自己欲求」でしか動かなく、誰かに頼まれて動くことは無い。味方にはつけられないが、敵に回ることも無いのが「本来の魔神」なのだ。だが、魔神ディアン・ケヒトは違う。この魔神は、自身の欲求ではなく「政治的判断」で動く場合があるのだ。味方につければ心強いが、敵に回したら最悪の相手であった。プラダは諜者に対し、水の巫女と魔神ディアンの関係を徹底的に調べるように命じた・・・

 

 

 

『彼を癒してあげて下さい。それが出来るのは、あなただけなのです・・・』

 

水の巫女からそう頼まれたときは、私は恐縮して了承しながらも、疑問に思っていた。水の巫女が何を懸念しているのが、よく解らなかったからだ。だけど、八日目に彼が戻ってきたときに、私は直感した。彼の「心の疲れ」を感じたのだ。顔はいつも通りだが、全身から血の匂いがした。おそらく血の雨の中を歩き、どこかで躰を洗ったのだろう。私はすぐに、彼を浴場に連れて行った。私は黙って、彼の躰を洗った。プレイアの街の守備などについて聞かれたので、出来るだけ笑顔で答えた。バリハルト軍のことは彼には聞かなかった。

 

夜、私はふと目を覚ました。窓から月を眺める彼の姿が映った。彼は月を眺めながら、私に呟いた・・・

 

『・・・殺しまくったよ・・・出来るだけ残酷に・・・恐怖、痛み、絶望・・・この世のものとは思えないくらいの虐殺をした・・・オレは・・・魔神なんだ・・・』

 

私は起き上がり、彼の背中に抱き着いた。彼の人間の部分が、魔神となった自分を責めているのだろう。

 

『私はあなたを魔神だとは思わない。魔神の力を持っていても、人間の心を持っているから・・・あなたは立派な人間よ?人間だから、後悔をしたり、罪悪感を感じたりするんだと思う・・・』

 

彼は黙って、月を眺めていた。私は黙って、ずっと彼の背に抱き着いていた。彼の背中が少しだけ、震えていた・・・

 

 

 

翌日、オレはレイナやグラティナを連れて、リタに会いに行った。荷物を八日間も預かってもらったことの礼と共に、護衛終了の署名を貰わなければならないからだ。リタは既に、開業する店の内装についての打ち合せなどで忙しいようだが、オレたちが姿を現すと、すぐに駆けつけてきた。相変わらずの明るい笑顔と元気さだ。おかげで、オレの気分も少し晴れた。

 

『ニッシッシッ!バリハルト軍が来たおかげで、この街でも警備を強化するらしいよ?武器も素材も、ぜーんぶ売れちゃいました。今回の行商は大儲けだったよ。それもこれも、みんなあなた達のお蔭だよ。本当に有難うございましたっ!』

 

リタがオレたちに、素直に感謝を示しているのを初めて見た。思わず「裏がある」と疑ってしまうほどだ。そして案の定、裏があった。

 

『えー 今回の儲けから、護衛の皆様にもそれぞれ、追加報酬をお支払いします。これはレイナ、こっちはグラティナ、ディアンは・・・』

『オレの分もあるのか?』

『何だかんだ言って、一番働いたから、一番出したいんだけど、その中から「荷物の預かり賃」を貰うので・・・これくらい・・・』

『・・・レイナやグラティナの方が多いように見えるのだが・・・』

 

オレはそう呟いたが、笑顔を浮かべることが出来た。荷物は既に、水の巫女がいる神殿に運び込まれている。レイナが根回しをして、一時的に一室を借りたらしい。オレたちは書類を渡し、リタから署名を貰った。あとはこれをレンストのドルカ斡旋所に持っていけば、任務完了である。オレはリタに手を差し出した。

 

『有難う。いい旅が出来たよ・・・リタの護衛が出来て良かった・・・』

『こちらこそ、良い護衛役と巡り合いました。またぜひ、お願いしますね・・・』

 

リタはオレの耳元まで顔を寄せた。二人に聞こえないように、オレの耳元で囁く。

 

『・・・レイナとグラティナ、どちらも泣かしちゃだめだぞ、魔神ディアンさん♪』

 

オレは驚いてリタの顔を見た。ニヒヒッと笑って、リタは手を振りながら、その場から離れていった・・・

 

(参ったな・・・御見通しだったのか・・・)

 

オレはため息をついて笑った。この世界には様々な人間がいる。軽蔑してしまう者もいるが、尊敬できる人間も多い。こうやって人と巡り合い、出会いと別れを繰り返しながら、オレはこれからも生きていくのだろう。神の悪戯で死んで、転生をしたこの世界も、決して悪いものじゃない・・・

 

『さぁて・・・レンストに行って、仕事を終わらせるか・・・その前に、水の巫女に会わないとな。約束の確認と、部屋を借りる礼を言わないと・・・』

『レンストの街までは、往復で一週間くらいなのか?』

『そうね。でも出発は明日にしましょ。折角、追加報酬を貰ったんだもの。今夜は豪勢に飲みましょうよっ!』

 

オレたちは笑いながら、神殿へと足を向けた・・・

 

 

第三章:了


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