戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

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第四話:旅立ち

『さて・・・魔神ディアンよ・・・』

 

長老からそう語りかけられたとき、オレは表情を変えないための努力が必要だった。だが、一瞬の揺らぎは年長の龍人にとって簡単に見抜けるものであったらしい。長老は笑いながら、片手を上げてオレを宥めた。

 

『そう慌てなさんな。お前さんが魔神であることは、最初に会った時から気づいていた。じゃが、魔神にしては妙に邪気が無かった。恐らく生まれたての魔神なのじゃろうと思い、この一年、お前さんの様子を観ていたのじゃよ・・・』

『世話になったことについては、心から感謝をしています。しかし、何のために・・・』

『前にも話したの?古神も現神も、変わりはないと・・・ 魔神とは、要するに古神のことじゃよ。現神側から見れば魔神じゃが、古神側から見れば同胞じゃ・・・そして、儂ら龍人族は、古神の眷属・・・ 魔神を”邪悪”と決めつけるようなことはせぬ・・・』

 

現神のルリエンを信仰するエルフ族にとっては、魔神とは討つべき存在だが、古神の眷属である龍人族は、魔神に対しても同情的な立場であった。無論、いたずらに破壊を繰り返す魔神に対しては、龍人族も容赦をしないが、そうした魔神は低級の「魔人」に過ぎず、古神のクラスになれば、せいぜいが「はぐれ魔神」程度なのだ。

 

『恐らく、三神戦争の折に、エルフ族と儂ら龍人族とで、立場が割れたのであろう・・・今となっては、記憶も記録も残されていない、遠い昔のことじゃて・・・』

 

長老の話に、オレは納得した。1年前のあの夜に、もしリ・フィナではなくエルフ族に助けられていたら、オレは恐らく、生きていなかっただろう。今さらながら、自分の幸運に感謝をした。

 

『さて・・・お主がこの村に来て1年、ほぼ学び終えたかの?』

『はい、御三方のみならず、多くの方々に教えて頂きました。本当に、ありがとうございました』

『フォッフォッフォッ!魔神とは思えぬ礼儀正しさじゃの?』

 

素直に頭を下げるオレに対して、長老は眉を上げて笑った。オレは、肉体は魔神だが、精神は人間のままである。立派な人格者だとは思わないが、受けた施しに対しては、素直に感謝を示すべきだろう。特に、弱者から受けた施しに対しては・・・

 

『して、これからお主はどうしたい?この村に留まるか、それとも旅立つか・・・』

『出来れば、近日中に旅立ちたいと思います。より広い世界を観てみたい・・・恩返しをすることも出来ず、心苦しいのですが・・・』

『そのようなことは気にせずともよい・・・それより、これからお主が、どう生きるかが大事じゃ・・・』

 

長老は真面目な顔つきをして、話を続けた。

 

『よいか、ディアンよ・・・お主は魔神じゃ。この村を離れれば、多くの者から狙われる。闘わねばならぬ時もあるであろう・・・ お主の力は強い。これから更に強くなるであろう。それこそ、現神が恐れるほどに・・・ じゃが、強き者が振るう力は、弱き者にとっては一方的な暴力になってしまうものじゃ。より強い力には、より大きな責任が求められる。その力を己の欲望のためではなく、より多くの幸福のために使って欲しい・・・』

『長老、私は・・・』

 

自分の出生について明かそうとしたオレを長老は止めた。

 

『謂わずともよい。何者であったかではなく、何者になるかが大切なのじゃ。よいなディアンよ・・・ ”他人の為に生きよ”などと言うつもりはない。お主はお主の望むように生きればよい。じゃが、弱き者の存在を忘れないでいて欲しい。現神も古神も魔神も・・・龍人もエルフもドワーフも・・・生きとし生けるモノ全てが「かけがえの無い存在」なのじゃ。そう思う心を”慈悲”と言う。慈悲の心さえ、忘れないでいてくれればそれでよい・・・』

 

オレは黙って頭を下げた。オレの望みは「欲望の赴くままにオンナを抱くこと」だが、そんな欲望は小さなモノのように感じた。確かに、オレがその気になれば、世界を破壊することも出来るようになるだろう。そしてそれは、オレの望む生き方では無かった。

 

『さて、旅立ちをするとなれば、別れを言わねばならんのう・・・』

 

長老は、グリーデとリ・フィナを呼び、二人に対してオレがこの村を離れることを告げた。グリーデは黙って頷いたが、リ・フィナは取り乱した。

 

『何故ですっ!この村では生きられないというのですか?』

『よさぬか、リ・フィナよ。ディアンは人間、我らは龍人・・・いつかは別れの時が来るのだ。ディアン、いつ旅立つつもりなのだ?』

『・・・明日、発ちたいと思います』

 

グリーデの問いかけにオレはそう応えた。この村は居心地が良い。居れば居るほどに、別れ難くなるだろう。そういう場合は、すぐに旅立ったほうが良いのだ。

 

その夜、リ・フィナの家での最後の一泊となった。食事のときも、リ・フィナは終始無言であったが、深夜遅く、オレの寝ている部屋を訪ねてきた。

 

『もう、止めることはしません。ですが、せめて一夜の想い出を下さい・・・』

 

オレは黙って、リ・フィナを招き入れた。蒼い月明かりのせいで青白かったリ・フィナの肌が桜色に変わる頃、彼女の声も泣き声から嬌き声へと変わった・・・

 

翌朝、長老の家の前には大勢の龍人が集まっていた。オレの旅立ちを見送るためであった。オレは一人ひとりと握手をし、感謝の言葉を述べた。リ・フィナは俯いたままである。

 

『ディアンよ、これを持っていきなさい』

 

グリーデは、掌に乗る程度の小袋をオレに差し出した。中を取り出すと、黄色や青色の宝石であった。

 

『そんな・・・受け取れませんよ!』

『いいから持っていきなさい。この村では無用のものだが、お前がこれから行く世界では、役に立つだろう・・・』

 

宝石の入った小袋をオレは固く握りしめた。転生前のオレは、こうした「善意」に鈍感だった。この世界に来て、いかにそれが尊いものか、身に染みて感じていた。長老に別れを告げ、最後にリ・フィナの前に立った。顔を上げた彼女の瞳には、涙が浮かんでいた。オレは彼女を抱きしめた。

 

『あなたには、どれほど感謝をしても、し尽せるものではない。この一年、本当に世話になった。改めて言いたい。ありがとう。本当に、有難う・・・』

『どれほど歳月が流れても、あなたのことは決して忘れない。いつと約束は出来ないが、必ずこの村に、また戻ってくるよ・・・』

 

オレの胸の中で、彼女は啜り泣きながら頷いた。

 

 

龍人たちに見送られ、オレは村を後にした。リ・フィナも笑顔で手を振ってくれた。

 

『さて・・・南に行けばセテトリ地方だが、北の方が栄えているって言っていたな・・・とりあえず、北に行ってみるか!』

 

オレの旅立ちを祝福するように、空は雲一つない、青空だった・・・


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