戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~ 作:Hermes_0724
第五十八話:國産み
ディル=リフィーナの世界では、多様な国家が存在する。それら国家を大きく二つに分けると、以下になる。
教権主義:特定の宗教を国教と定め、その宗教権威および聖職者による国家社会支配を肯定する
俗権主義:行政機関が、特定の宗教に左右されず、独立した俗権による国家社会支配を肯定する
教権主義の代表としては、アヴァタール五大国の一つである「レウィニア神権国」、俗権主義の代表は、同じくアヴァタール五大国の一つ「メルキア帝国」である。この隣り合う二つの国は、国家社会の支配体制が全く異なるにも関わらず、長年にわたって友好関係を続けている。レウィニア神権国は、その教義自体に「侵略的概念」が存在しないが、メルキア帝国は軍事力と経済力で各地を征服していった「侵略国家」である。当然、メルキア帝国内でレウィニア神権国への侵攻が議論されたことは、一度や二度ではなかった。
それにも関わらず、メルキア帝国がレウィニア神権国への侵攻を諦めてきたのは、大きく二つの理由がある。一つは、レウィニア神権国が持つ十一の軍隊である。レウィニアを統治する神「水の巫女」の祝福を受けたこの軍隊は、専守防衛を原則としながらも、各隊が強力な力を持っていた。この強大な軍事力が、レウィニア神権国の広大な領土と平和を守っているのである。
そしてもう一つは、メルキア帝国最高機密に属する理由からであった。建国者であるルドルフ・フィズ=メルキアーナから続く、歴代皇帝にのみ伝えられる口伝「バーニエの誓約」である。それは、ただ一人で一国を滅ぼし得る、圧倒的な力を持った「魔神D」と国祖ルドルフが交わした約束であった。
『メルキアは、戦の無い世を創る為に、敢えて戦をする。戦のための戦は許されない・・・』
この口伝がレウィニア神権国との戦争を回避させていたのである。友好関係であり、あえて戦をする必要が無い中で兵を興せば、「戦のための戦」と受け止められ、「魔神D」がメルキアに災いをもたらすとされた。無論、歴代の皇帝の中には、この口伝を鼻で笑い、兵を興そうとした皇帝も存在した。しかしその皇帝は直後に、何者かによって暗殺をされた。プラダ家が動いたとも噂されたが、その真相は一切が、闇の中である。
ただプラダ家でも、歴代当主のみが読むことを許される「ベルジニオ・プラダの日誌」の中に、この「魔神D」について書かれていると言われている。巷で流れる俗説では、その日誌のあまりの内容に、読んだ当主たちは恐怖にかられ、こぞって「魔導技術の推進」へと勤しむようになり、それがプラダ家を魔導技術の大家に押し上げる一つの要因になった、と言われている・・・
外は静かな雨が降っている。神殿の一室で、ディアンは水の巫女との会談を待っていた。バリハルト軍を退け、レンストの街でドルカへの報告を終えたディアンは、活動拠点をレンストからプレイアに遷した。ドルカに引き留められたが、これからのことを考えると、プレイアの方が都合が良かったのだ。雨の中、南門から入ったディアンたちを神官が待っていた。水の巫女がオレ一人に会いたいと言うのだ。レイナとグラティナは、宿で待っている。
『・・・どこかに家を持とうと思っている。神殿の口利きで、家を用意して貰えないだろうか?』
バリハルト軍の撃退を水の巫女から依頼された際に、ディアンはこの条件を提示した。水の巫女はその条件を承諾した。レンストの街に行く前にも、再度の確認をしている。もし約束を違えることがあれば、ディアンにもそれなりの考えがあった・・・
『ディアン・ケヒト殿・・・巫女様がお会いになります。こちらへ・・・』
神官に呼ばれ、ディアンは「奥の泉」まで通された。奥の泉にも雨が降っているが、会談をする場所には屋根がある。ディアンは桟橋を渡り、巫女の像が置かれている泉の中央まで進んだ。泉に手を浸すと、神気が像に宿る。像が生命を宿し、土着神「水の巫女」が姿を現す・・・
『ディアン殿、レンストから戻られたばかりなのに、早々にお呼び立てをして、申し訳ありません・・・』
『なに、構いませんよ巫女殿・・・』
『改めて、あなたにお礼を言わせて頂きます。あなたのお蔭で、プレイアの街は救われました。有難うございました・・・』
『・・・お気になさらず。オレがやりたくてやったのです・・・』
水の巫女がディアンに頭を下げた。土着神といっても、現神の一柱である。それが魔神に頭を下げるのだ。ディアンは頭を掻きながら、謝意を受け取った。水の巫女はディアンに着座を求めた。どうやら少し、長い話になりそうであった。
『あなたが希望されていた家についてですが、神殿の方で手配をしました。まずはそちらを使って下さい・・・』
『感謝します。・・・まずは?・・・』
『あなたの望む家となると、一から建てなくてはならないでしょう?当面の仮住まい、と理解して下さい・・・』
『なるほど・・・お気遣い、有難うございます』
ディアンは目の前に置かれた杯を手に取る。ただの水だが、気持がそれを求めていた。口を潤すと、水の巫女に質問をする。
『それで、オレを呼んだのは、そんなことではないでしょう?バリハルトの次は、マーズテリアあたりが侵攻してくるんですか?』
『いえ・・・実は、あなたに相談に乗って頂きたいのです・・・』
『オレに相談?巫女殿の相談事となれば、こちらも構えてしまいますね・・・』
水の巫女は、腰かけて笑うディアンを見ながら、相談事を口にした。
『・・・国とは、どうやって創れば良いのでしょうか・・・』
レイナとグラティナは、神官に案内をされ、仮住まいに向かっていた。宿で神官が待っていたのである。
『仮住まいか・・・ディアンは恐らく、魔術や魔導技術の研究室を欲しがるだろうから、そうなるとそれなりの屋敷を建てなくてはならんからな。プレイアに屋敷を持つのだろうか?』
『でも、ディアンは旅好きだから、屋敷を持っても殆ど不在になっちゃうと思うけど・・・』
『いずれにしても、まずは家具などが必要だな。ディアンが戻ったら、買い出しに行くか』
『そうね。何だか楽しみ・・・』
宿暮らしから、新しい住まいに移る。あいにくの雨だが、二人の胸は期待に膨らんでいた。
『・・・国とは、どうやって創れば良いのでしょうか・・・』
水の巫女のこの問い掛けに対し、ディアンは笑いを堪えるのに苦労した。肩を震わせるディアンを水の巫女は黙って見つめる。
『アハハハッ・・・オレは魔神ですよ?オレに国造りの質問をして、どんな回答を期待しているんですか?』
『魔神としてのあなたに聞いたのではありません。転生前に、科学世界で生きていたあなた・・・転生者ディアン・ケヒト殿にお尋ねしているのです・・・』
ディアンは水の巫女が何を求めているのか理解をした。ディル=リフィーナは、誕生してまだ二千年と少ししか経っていない。その間、まともな国家というものが出来ていない。つまり歴史が浅いのだ。転生前のディアンがいた世界は、数千年の国家興亡の歴史がある。その歴史から、繁栄する国家を創る為の質問をしているのだ。
『なるほど・・・つまりオレの知識を求めているんですね?』
『虫の良いお願いであることは解っています。ですが、わたくしも神官も、国家というものを見たことが無いのです。神官たちも知恵を出し合っていますが、参考となるのはメルキア国程度しかないのです・・・』
『・・・一つ申し上げておきますが、メルキア国は参考にしないほうが良いですよ。あの国はいずれ、帝国になります。そして大帝国になった後は、おそらく分裂するでしょう。そうですね、千年後くらいには・・・』
『・・・そうした見立てが出来るのは、あなたの中に、わたくしたちには無い「国家の知識」があるからですね。あなたは人間族が生み出す国家の興廃を知っている。実際に見ていなくても、その歴史を知識として持っている。だから未来の歴史が予想できる・・・』
『・・・大まかな流れ、というだけです。メルキア国に似た国として、オレがいた世界で「ローマ帝国」という国がありました。繁栄をしたのですが、結局は東西に分裂をしました。この世界でも多分、そうなるでしょうね・・・』
ディアンは水差しから杯に水を入れた。口を湿らせると、再び話し始める。
『・・・それで、オレが国造りの知恵出しをするとして、その見返りに何を頂けるんですか?』
『あなたが希望させるもので、出来る範囲のもの・・・』
『・・・たとえば、オレが貴女自身を求めたとしても・・・ですか?』
『・・・それを望むのなら・・・』
水の巫女が真剣な表情でディアンを見つめる。雨音が少し強くなってきた。ディアンは沈黙した後、噴出したように笑い始めた。
『・・・冗談ですよ。そんなに真剣に受け取らないで下さい。プレイアの皆から信仰される巫女殿を抱いたとなれば、この街に住むことなど出来なくなっていまいますからね。家を建てるための土地と資金、そしてこれからの旅への援助・・・この程度で十分です』
水の巫女は相変わらず表情を変えない。ディアンは思った。
(・・・惜しいことをしたかもな・・・)
『さて、国造りの知恵出しといっても、結構時間が掛かりますよ?何から話せばよいか・・・』
『あなたは先ほど、メルキア国は参考にしないほうが良いと言いました。その理由から教えて貰えませんか?』
『簡単に言えば、国家とは建国者の思想が反映されるからです。メルキア国は、建国者ルドルフ・フィズ=メルキアーナの思想「戦無き世を創る為に、敢えて戦をする」という考えの下に建国されています。統治機構もそれに合わせて設計されているのです。聞こえは良いですが、要するに「従わなければ侵略する」という考え方です。巫女殿の目指す国も、そういう国なんですか?』
『いえ・・・皆が平和に、幸福に暮らせる国が出来ればと願っています。現神も古神も、闇夜の眷属でさえも・・・』
『様々な神が対等に受け入れられ、差別も無く、皆が平和に暮らす国・・・オレの知る限り、そういう国は一つしかありません。転生前にオレが住んでいた国だけです。「日出る国ジパング」という国です・・・』
雨足が強くなる。天気は荒れそうであった・・・