戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

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第六十話:思想と信仰

神官から教えられた道をディアンは歩いた。雨は上がり、夕日が美しく映える。水の巫女からの相談は「国造り」についてのことだった。一国の建国に携わることになり、ディアンは正直、荷が重いと思っていた。転生をする前は、多少は知識があってもただの一市民だったのだ。そんな自分に、国家建設の助言を求められても困る・・・

 

(ヤレヤレ、今日はとんだ厄日だ・・・訳の分からない相談は受けるし、美人からは振られるし・・・)

 

仮住まいとして神殿が用意をしてくれた屋敷に向けて、ディアンはトボトボと歩いた。その後ろ姿は、どこから見ても落ち込んだ青年の姿そのものであった。

 

 

 

水の巫女は、泉の中で考えていた。先ほどまで話をしていた、人間であり魔神でもある男との出来事を振り返っていたのである。

 

『・・・やはり気が変わりました。屋敷も貴女も、欲しいと思います』

 

ディアンはそういうと、水の巫女を押し倒した。巫女の表情はほとんど変わらず自分の上に圧し掛かったディアンを見つめる。ディアンは水の巫女の両手を抑え、彼女の胸を弄ろうとした・・・

 

『・・・お止めなさい。これ以上の乱暴は許しません。ここで止めれば、この無礼は忘れましょう』

 

水の巫女は硬い表情のまま、ディアンに告げた。ディアンは手を止め、水の巫女の貌を暫く見つめた。そしてため息をついて、体を起こした。ディアンは頭を掻きながら呟いた。

 

『ヤレヤレ・・・振られてしまいましたか』

 

『そういう問題ではありません。いきなり襲いかかるなど、普段の貴方らしくありませんね』

 

『オレは半分は魔神だからね。巫女殿の冷たい表情を見ていたら、この表情に喜悦を浮かべてみたい・・・そう思ったのさ』

 

『あのような乱暴をされて、喜ぶと思いますか?』

 

ディアンは再び、深いため息をついて水の巫女を見た。

 

『巫女殿・・・先ほどの話を聞いて、自分に万世一系が可能だと思ったのなら、少し勘違いをしている。万世一系は、権威を担う象徴が人間だから可能なんだ。神である貴女に、人間が理解できるのか?生活の為に働いたことが、貴女にはあるのか?飢えを知らず、子を持つ親の気持ちを知らず、異性を愛する心を知らず、男女の営みの悦びも知らないのに・・・それで国民の象徴になれると思っているのか?』

 

『・・・・・・・・・』

 

『巫女殿がプレイアの住民たちを大切に思っているのは間違いないだろう。この土地を豊かに繁栄させたいという願いも本物だろう。だがそれだけでは、国家の象徴にはなれない。人間の国の象徴は、人間でなければならないんだ。だからオレの世界では、万世一系の国家はジパングしか存在しなかった。他の国々は、それが出来ずに、神・・・つまり「宗教」に頼ったんだ』

 

『この世界は、あなたのいた世界とは違います。神が現実に存在しているのですよ?それでも無理なのですか?』

 

『・・・可能かもな。だがそれは、あなたを神と崇める宗教国家と同じだ。国民では無く信徒たちの集まり・・・国を思う気持ちではなく、貴女を思う信仰心になってしまう』

 

『・・・あなたがなぜ、それほどに信仰を・・・宗教を嫌うのか、教えて貰えませんか?』

 

『・・・オレ個人の問題だ。オレのオンナでもない貴女に、教える筋合いは無いね』

 

ディアンはそういうと、奥の泉から出ていった。

 

 

 

水の巫女は思った。

 

(あの男に抱かれれば、少しは人間のことが理解できるのだろうか・・・)

 

確かに自分は、飢えを知らない。子を持つ気持ちを知らない。特定を異性を愛したことも無い。男に抱かれたことも無い。当然、生活の為に働いたことなども無い。生きるための不安や悩み・・そうした普通の人間が持つ、当たり前の感覚が自分には無かった。そんな自分が、人間たちの象徴になれるのだろうか?ディアン・ケヒトの言葉が、水の巫女の心に深く刺さっていた。

 

(もう少し、あの男と話をしましょう。必要なら、抱かれるくらいは構いません)

 

水の巫女はそう決めた。

 

 

 

神殿が用意をしてくれた屋敷は、程よい大きさの落ち着いた邸宅だった。庭はほどほどに広く、五つの寝室に厨房、応接間、地下室もある。研究室となる書斎には、ブレアード・カッサレの資料が全て収められていた。だがやはり、風呂が無かった。将来を考えると、温泉を発掘してそこに屋敷を建てることが、最も理想に近いだろう。ディアンにとって、研究室と風呂は必須条件だった。

 

『ディアンッ!この家、凄く広くてイイねッ!』

『うむ。庭で剣も触れるしな。悪くない』

 

レイナとグラティナは、二人してはしゃいでいる。ディアンは二人の様子を見て、当面はここに住むことに決めた。

 

『さて・・・では早速、ベッドの具合を確かめてみるか』

 

ディアンは二人の肩を抱いて、寝室へと向かった。

 

 

 

水の巫女とぎこちなく別れてから二日後、ディアンは再び、神殿に呼ばれた。奥の泉で水の巫女を呼び出す。

 

『ディアン殿、よく来てくれました』

 

『先日は失礼をしました。いささか、性急すぎました』

 

ディアンは水の巫女に向けて、謝罪した。水の巫女は頷き、ディアンに着座を勧めた。

 

『・・・あれから、あなたに言われたことを考えてみました。確かにわたくしは、人間のことを知りません。普通の人間が持つであろう「苦悩や歓喜」といったものをわたくしは感じたことが無いのです』

 

『まぁ、巫女殿は「神」なのですから、それも当然でしょう。オレだって、重い荷物を巣まで運ぶ「蟻」の気持ちは理解できません』

 

『・・・お聞きしますが、仮に貴方に抱かれたとしたら、わたくしは人間を理解できるでしょうか?』

 

『まぁ、多少は視野が広くなるでしょうね。ただ、オレとしてはやはり遠慮をしたいですね。これでも欲情で動いたことを反省しているですよ・・・もちろん今でも、貴女のその冷たい表情に喜悦を浮かべたい、という想いは変わりませんが、プレイアの民衆からこれだけ慕われいてる貴女を抱くのは、やはりちょっと、気が退けますね』

 

『・・・わたくしは男を知りません。ですが、これからの国造りにおいては、知っておいた方が良いのかもしれない・・・そう思っています。男女がなぜ、生殖目的以外で異性を求めるのか、わたくしには理解できないのです。男を知れば、理解できるのかもしれません』

 

『あぁ・・・なるほどね。それは男を知らなくても理解はできますよ。貴女の操を犠牲にする必要はありません。オンナの躰というのは、男に触れられたら快感を得られるように作られているのです。オトコの躰も同じです。まぁ場所は男女で、多少違いますがね。お互いに快感を交換しあって、そうやって男女は盛り上がるのです。経験してみますか?』

 

『・・・えぇ・・・お願いします』

 

『・・・・・・・・・』

 

ディアンは固まってしまった。冗談のつもりで言ったのに、水の巫女が真に受けてしまったからだ。

 

(いや、そこは「いえ、結構です。理屈としては理解できました」くらいで流してくれないと・・・)

 

『・・・どうかしましたか?』

 

『あぁ、いえ・・・まさか本気だとは思わなかったので・・・解りました。ほんの少しだけ、お相手をしましょう』

 

ディアンはそう言うと、水の巫女の後ろに回り、両腕を前に伸ばした。水の巫女は微かな期待と共に、目を閉じた・・・

 

 

 

『ヤレヤレ・・・まさかあんなに感じるとは』

 

ディアンは神殿で食事を取っている。水の巫女は、少し躰を冷ましたいと言って、泉に消えた。会談は二刻後と決められた。食事を取り終えると、神殿の中を散策する。書棚には水の巫女の教えについての書籍があった。神官が書いたものらしい。ディアンはそれを手に取り、読み始めた。

 

・・・この世界には、あまねく神が存在しています。現神や古神だけではありません。川の流れの中に、山の土の中に、森の木々の中に・・・大いなる命と共に、無数の神々が存在しているのです。ヒトは誰しも、目に見えるモノだけを信じ、理解できるものしか受け入れようとしません。ですが多くの場合、それらは僅かな経験から生み出された「先入観」で判断をしているだけなのです。大いなる中で、あなたは存在しているのです。生きていることは、それ自体が過酷であり、修行のようなもの・・・だから時として、心が弱くなることがあります。そういう時は、自然の中に生きる神々のことを思い出しなさい。あなたは偶然に生まれたわけではありません。あなたは常に、見守られています。あなたは決して、独りではないのです・・・

 

(・・・自然信仰に近いな・・・水の巫女自身が、水の精霊から生まれている為か・・・)

 

水の巫女の教義は、古神を排除しないと言われていた。だがそれを言葉として読むのは初めてであった。読み進めていく中で、水の巫女を中心とした国家像の在り方が、ぼんやりとディアンの中で形成されていった。だがそれは、水の巫女および神官たちが考えるべきことだ。ディアンと水の巫女は、個人的に親しい程度でしかないのである。

 

『ディアン・ケヒト殿・・・水の巫女様がお待ちです』

 

神官に呼ばれ、ディアンは思索の海から上がった。奥の泉に行くと、水の巫女が既に待っていた。先ほどまでの貌は無く、普段通りの表情である。

 

『ディアン殿、お待たせしました』

 

『いえ・・・落ち着かれましたか?』

 

『お恥ずかしい限りです。あのように乱れてしまうとは・・・』

 

『貴女の、あの貌と姿が見れただけで、オレとしては大満足ですね。一生の思い出になりますよ』

 

『忘れて下さい・・・と言っても、無理でしょうね』

 

『えぇ、忘れません』

 

水の巫女はため息をついて、ディアンに着座を勧めた。

 

『さて、先日の話の続きですが、わたくしでは、万世一系の国家は作れない・・・そうあなたは言いました。その理由をもう少し聞かせて下さい』

 

『簡単に言えば、思想と信仰の違いですね。万世一系は、国家統治の仕組みなのです。そこには国民一人ひとりがどの様に生きていくべきか・・・などという「教義」は存在しません。つまり国民は、自分の人生や自分の判断に「自己責任」を求められるのです。ミカド族を敬まわないという選択まで、許されるのです。ですが信仰は違います。信仰とは、国民一人ひとりを縛るものです。国民は程度の差こそあれ、自分の人生や自分の判断を「神に委ねる」ことになります。解りますか?「思想は、自らが主なのに対し、信仰は、神を主と仰ぐこと」なんですよ』

 

『以前、あなたがバリハルト軍と戦った時に言っていましたね。彼らは信仰に逃げているだけだ・・・と』

 

『自らを主とするのは、実は過酷なことなのです。何があっても自分の責任なのですからね。「神の試練」とか「神のお導き」にしたほうが楽なんですよ。でもそれでは、人は成長しません。自分の責任として受け止め、反省し、学び、次に活かすことを繰り返して、人は成長するんです。もちろん、宗教の効用は否定しませんよ。社会形成をする上で、教義が一定の効果を持ったことは事実です。汝殺す無かれ・・・こうした教えが、人々の倫理や道徳を形成したのは事実でしょう。ですが、バリハルトの神官のように、自分で考えることなく「教義は正しい」と妄信するようでは、それは考えることを放棄していることと同じです。「汝殺す無かれ」という教えがあれば、どうして殺してはいけないのかを考えなければならないのです』

 

『・・・そして行きつく先が、神からの解放「ルネサンス」なんですね?』

 

『まぁ、この世界でいきなりそこまで求めるのは難しいでしょう。ルネサンスとは、極論すれば「自らを神とすること」なんですから。ですが、断言しましょう。いずれ人類は、必ずそこに辿り着きますよ。時間は掛かるでしょうがね』

 

水の巫女は考え込んだ。自分が神官に伝えたことは、人はどう生きるべきか・・・などというものではない。だが、自分が権威を担うとしも、実際の政事は宗教とは別枠で運営すべきではないか・・・水の巫女は自分が考えたことをディアンに伝えた。

 

『まぁ建国時、ということを考えると、いきなりそうした政治体制は難しいでしょうね。神殿の神官たちによる政事になるでしょう。ですが何百年かしたら、そうした権力は神殿から取り除き、神殿はあくまでも権威を担う存在、とすべきでしょうね。理由は簡単です。人間が権力を持てば、必ずそこに腐敗が生まれます。どんなにあなたが神官たちを諭しても、必ず腐敗しますよ。ですが、権威は穢れてはならないんです。象徴なんですから・・・つまり、あなたは穢れてはならないんです。そしてあなたを祀る神殿もね・・・』

 

『またお礼を言わなければなりませんね。良いお話を聞かせて貰いました』

 

『この程度で良ければ、いつでも・・・ところで、気になっていたのですが、国名は何とするのですか?』

 

『この地を生み出した人の名前、アレックス・レウィニアの名を取り「レウィニア国」にしようと考えています』

 

ディアンは首を傾げ、うーんと唸った。

 

『・・・何か、気になることでもありますか?』

 

『いえ、レウィニアとは、人の名前から取ったんでしょ?正直、国名としてはいま一つ・・・いえ、いま三つは足りませんね。アレックスさんの名を知らない人にとっては、レウィニアって何?となるでしょうから・・・国名とは、誰もが「どんな国か?」が判る様な名前が良いんですよ』

 

『そう・・・ですか・・・』

 

『まぁ、巫女殿がレウィニアという名に思い入れがあるのであれば、それは残すとして、もう少し「ドス」を利かせたほうが良いでしょうね』

 

『例えば、どんな名前でしょうか?』

 

『神である巫女殿が統治者となる・・・神による統治のことを「神権」といいます。この「神権」を加えては如何ですか?』

 

『・・・レウィニア神権国・・・』

 

『悪くないでしょ?』

 

真剣に考える水の巫女を見ながら、ディアンは笑みを浮かべた・・・


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